遙かなる白根(46)序章 100キロメートル強歩序曲
食堂・ルート146の主人は豪快な人物で、毎年100キロ強歩のために一肌脱いで協力している。子どもたちは、ここで休憩し、カレーやうどんを食べ、エネルギーを蓄えて出てゆく。
「頑張れよ。根性だせよ」
店の主人は奥のイスにどっかりと座って、出てゆく子どもたちにドスの利いた声をかけている。
入口には、幼児の背丈程の一抱えもある木彫りの男根が無造作に置かれているが、子どもたちはそれに目をくれる風もない。林道を出た子どもたちは、次々にこの食堂に入り、また、次々に出てゆく。ここから国道146号を3キロほど南下してから、コースは右に外れて北西の方向にやや逆行するように広い畑の中を進む。このあたりは応桑(おおくわ)という。畑が見わたす限り続き、農家が点在し、彼方には紅葉の森が静かに広がっている。第6 ポイントの田通しの公民館に立ち寄り、すぐ歩き出して小夜で来ると、道は森の中へと伸びる。このあたりには、道の端に「オウム反対」、「オウム出て行け」と書かれた木の板が沢山立てられているのが目につく。畑が尽きて森に入った所に鉄筋コンクリート4階建ての建て物がひっそりと建っていた。今は人影もみられないが、これが例のオウムの施設である。この建物と道を隔てて、検問中と書かれた臨時派出所が出来ていて警察官が待機している。その前を周平が過ぎて行った。後を追うように一人、二人と、子どもたちが歩いてゆく。学校のマイクロバスがゆっくりと子どもたちを追い抜いて行った。学校の車は常に何台かがコースをまわっていて、歩けなくなってギブアップする子、また、ワープといって、途中のある区間だけ車に乗る子などを拾い上げてゆく。記録には、ギブアップ組はリタイア(RETIRE)ということで「R」が、そして途中飛ばしはワープ(WARP)ということで「W」と記されるのである。「W」と記録された者が完歩の資格を失うのは当然のことである。周平は車の中を見た。車の中には、まだ、RもWもいないようであった。
うっそうと茂る木立の下を長い下り坂が続いていた。このはるか下を小宿川が流れている。坂の中腹あたりの道の端に、“史跡常林寺跡入口”と書いた柱が立っていた。子どもたちはこの柱に目もくれず黙々と歩いている。
☆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。
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