死の川を越えて 第249回
※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。
ある予感が湧いたのである。目を閉じると重監房の姿が浮かんだ。同時に水野は、昔本妙寺の集落に調査で踏み込んだ時のことを思い出していた。しかし、無法無秩序と言われる中にもある種の静かな秩序と統率が不気味に感じられた。隣県にまで代表を送って寄付金を集めることを長いこと続けているが、その歳使われる知事の許可証は偽造であるとのうわさが流れていた。水野がひそかに調べたところによれば、知事がそのようなことを許可するはずがないというのがおおかたの見方であった。長い間とがめられずに習慣と化し、違法感覚がなくなっていた恐れがある。しかし、きちんと調べ偽造と判断すれば、公文書の偽造罪および同行使罪を働いたことになる。その他に無法地帯で闇に葬られた犯罪は多いと言われてきた。目を閉じた水野の脳裏をこれらのことが瞬時に流れた。
水野はふたたび副島の書面に目を戻した。
「本県知事は、国の方針を受け入れて本妙寺集落の人々を一斉検挙することを決定しました。先生、私は心を痛めていますが、これはどうすることもできません。混乱を防ぐため秘密にしなければならないこと、どうかご理解願います。今までの経験から分かっていることですが、事前にハンセン病集落の検挙に向かうと知ると警察官が尻込みして効果が上がらないのです。警察には現場に突入する直前に目的を知らせる必要があります。問題は一斉検挙後でございます。全国の国立療養所の監禁所へ分散して送ることになると思います。私が最も心配していることは、その中の一部が草津の特殊監禁所へ送られるのではないかということです。聞くところによれば、そこは刑務所以上にひどいところだそうですね。そうなった場合には、人々を救済するためにできるだけのことをする決意です。その時はどうか、先生および湯の川地区の皆さまのお力をお貸しください」
水野の予期した通りであった。
〈大変なことになるぞ〉。水野は呟いて万場老人や正助たちに話した。水野はある面白い話を聞かされていた。いつものように、本妙寺の寄付集めが知事の許可証をもってある大きな屋敷に入っていた時のこと。立派な風采の主人が許可証を一見して叫んだというのだ。
「わしはこんなもの許可した覚えはない」
烈火の如く怒ったその主人は、許可証に名を書かれた元熊本県知事であったという。
つづく
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