「震度7の衝撃に思う。巨大地震が近づいている。観音堂の悲劇を考える」
◇今回ばかりは地震の恐ろしい力を痛感した。毎日のように地震と付き合って、すっかり慣れっこになっている筈なのに。28日午後4時27分ごろであった。恐らく日本の地震史に残る出来事になることであろう。過去の巨大地震でまず頭に浮かぶのは関東大震災である。亡き母がよく言っていたことを思い出す。「立っていられないようだった」と。また「東京が真っ赤に燃えていた」こともよく聞かされてきた。流言飛語が飛び交い社会は大混乱に陥った。多くの朝鮮人が犠牲になった。本県にも被害は及んだ。藤岡市の警察で保護されていた朝鮮人17人が群衆に引きずり出されて殺害されたのである。群衆真理は恐ろしい。パニックになると人間は変わってしまう。社会が進歩し教育が進んでも人間の心の本質は変わらないことを私たちは自覚すべきである。
巨大地震が確実に迫っている。魔人の足音が聞こえるようだ。首都直下、南海トラフ、富士山大爆発等々だ。群馬は大丈夫という安全神話が怖い。ブログ等で繰り返し書いてきたが、大災害は必ず起こる。災害は忘れた頃に来ると言われるが、人間は忘れることの達人である。
日本のポンペイと言われる東吾妻の鎌原観音堂の悲しい物語が甦る。石段わきの石柱の言葉が全てを雄弁に物語る。「天明の生死をわけた十七段」である。本県の歴史にも深く刻まれる悲しい出来事は天明3(1783)年のことであった。和讃は語る。「妻なき人の妻となり、主なき人の主となり」と恐ろしい速さの熱泥流に追われ「十七段」より上に逃げた人は助かった。助かった男女は村の有力者の計らいで組み合わせを作った。つまり夫婦を形成したのだ。「あの人がいい」とか「この人はいや」など少しでも我がままを通せばなにも実現できないことは明らかである。地を裂く炎、押し寄せる泥流、全山火と化し想像を超えて実現したこの世の地獄が人々を限りなく謙虚にしたに違いない。かくして夫婦となった男女は世にも稀な人生の道を歩むことになった。私はかつて観音堂を訪ね、老人たちが口を揃えて和讃を称えている光景を不思議な思いで眺めた。あれから何十年か過ぎた。老人たちのあの姿はまだ続いているか非常に気になることだ。世代を超えて伝統の行事を続けることの困難さを思う。「歴史とは現代と過去との対話」であるが、その対話を活かすことは容易ではない。学校で歴史教育は如何に行われているか気に掛かる。単に知識を増やして受験技術を競うことであってはならない。(読者に感謝)
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