「アメリカの独立宣言の衝撃は時を超えて。解体新書翻訳の姿に感銘する」
◇85年を生き、アメリカの建国記念日に出会った。独立宣言の文言が躍る。それは1776年7月4日のことであった。そのわずか13日後にフランス革命の人権宣言が出された。戦争によって多くの命が奪われるのは、繰り返された歴史の現実で、人々はそれ程驚かないかも知れない。しかし思想の力により王や王妃が断頭台の露と消えることは大きな衝撃である。人類の文明と文化はそういう血の海を泳いで今日に至っているのだ。「宣言」を改めて読んだ。恐ろしい「魔物」がうごめいているのを感じる。
人民の権利を守らない政府は打倒して適切な政府をつくることが出来ると定める。これは人民の抵抗権であり革命権の承認である。新興のアメリカ合衆国が発信したこのような宣言が政府に反感を抱く人々をいかに勇気づけたかは測り知れない。フランス革命にどのような影響を与えたかを想像する。「宣言後の13日間」は事態切迫の状況を雄弁に物語るものである。日本では杉田玄白が解体新書を書いた頃である。ヨーロッパで革命的思想をエネルギーとして歴史の新しい幕が上がろうとした頃、東洋の果ての日本は鎖国の最中で、その鎖国の隙間からわずかに文明のあかりがもれている状態であった。
杉田玄白たちの医学に掛ける情熱と執念には頭が下がるし、日本人として誇りに思う。玄白たちはオランダの解剖学書を翻訳した。解体新書は日本初の本格的な西洋医学の翻訳書で日本の近代医学の礎となった。私は少年の頃、辞書もほとんどない状態で解剖書の翻訳に心血を注いだ玄白等の姿に測り知れない感銘と勇気を受けた。
「フルフツヘンド」を巡り悩み抜く玄白たちの姿は実に面白く、受験勉強をする私は大きな勇気を与えられた。ある時、玄白たちは罪人の解剖に立ち会った。解剖されたのは死刑になった女性の遺体であった。玄白等はオランダの解剖書「ターヘルアナトミア」の記述が人体の実際の構造と驚くほど一致していることに驚愕し、その日のうちに翻訳に取り掛かる決意をした。医師としての使命感と共にこの時の感動が翻訳を支えるエネルギーになったのだ。玄白等が解体新書の翻訳にとりかかったのは1771年の春であった。完成までに約3年から4年をかけた。江戸時代、日本の医学は漢方が主流であった。それは5世紀から6世紀にかけて中国から伝承した医学が日本人の体質や国土に合わせて独自に発展したもので、病気の治療から人々の健康管理まで、医療の根幹を担っていた。(読者に感謝)
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