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2026年7月25日 (土)

死の川を越えて 第249回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 昭和15年に入ると国内外の動きは一層沸き立った。ヨーロッパ戦線で、ドイツの進撃には実際目を見張るものがあった。ドイツと同様に国際連盟を脱退し侵略戦争の道を進む日本では、これに刺激されドイツに乗り遅れるなという機運が高まっていた。ついに万場軍兵衛が口ぐせのように言っていた事態が発生した。15年9月の日独伊三国同盟の締結である。もはやアメリカとの関係は引き返すことができないところに来てしまったのだ。

 日本国内も戦争に向けて国民全体が興奮状態にあった。同年の群馬県議会では、次のような知事の発言が見られる。

「日独伊三国条約の成立、また紀元二千六百年祝典に当たり、天皇陛下より勅語が発せられた。恐れ多いことです。しかし、帝国の前途は容易ならず。我ら国民は一億一心一体となって高度国防国家を完成し国の総力をあげて難局を打開したい」

 この年、全国で紀元前の記念式典が行われた。この年は、日本書記にある神武天皇即位の紀元元年から2600年に当たるとされたのだ。戦争協力への機運を盛り上げる狙いがあった。

 

三 重監房の中で

 

 6月の終わりが近づいていたある日、熊本県庁の副島悟郎から水野高明の下に一通の手紙が届いた。それには次のようにあった。大変な時局となり、ハンセン病の関係も深刻な状況が進んでいると感じられること、そしてそちらに造られた「特別病室」のことがとても気掛かりだと述べ、この書面で特に伝えたいことは本妙寺集落のことだとして、

「わが県の特殊地域として本妙寺集落があることは既にご承知の通りと思われます。この集落は、歴史のあることでわが県も目をつむってきたところもありますが、非常時に突入した現在、そういうことは許されなくなりました。困難に立ち向かい、聖域を戦い抜くためには、この国全体がきれいにならなければならないのに、ハンセン病の集落は社会を汚す存在だ、その上ハンセン病は恐ろしい伝染病だから放置すると国民の体力が落ちる。これが上の方の考えです。残念ながら先生が説かれている人権尊重はここには見られません。最近、国から県に指令がありました。そこで本妙寺の無法状態、つまり一種の治外法権は許されなくなりました。近く、早ければ今月中にも本妙寺集落に官憲の手が入るでしょう。今、ひそかに準備を進めています。私個人とすれば集落の人々に対する同情の念もありますが、いかんともできません。ところで、先生とすれば特にお知らせしなければならぬことがあります」

 水野はここまで読んで、紙面から目を逸らした。つづく

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