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2026年7月 1日 (水)

「宇宙時代に人間の無常観を思う。宇宙人は必ずいる。距離と時間の壁を超えて会えるか」

◇7月1日、今日は運転免許認知症検査の日である。85歳の現実を突き付けられた思いである。信長は人間五十年と言った。寿命はどこまで伸びるのか。新聞のお悔やみ欄を見るのが習慣になっている。それは政治と長く関わってきた関係で知人の死を無視できないからだ。それにしても同級生が次々にこの世を去っていく。死屍累々と言っても過言ではない。鴨長明の方丈記が自然と浮かぶ。「行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとどまりたるためしなし」

 長明が生きたのは平安末期から鎌倉の初期で、稀に見る天下騒乱の時代であった。貴族の世から武士の時代へと社会が大転換した時でもあった。今、甦るのは大学時代、それは東大の教養学部の時、日本史の笠原一男先生が情熱を傾けて天下大乱と庶民の宗教について語っておられた姿である。笠原先生は、「一向一揆の研究」に生涯をかけた人である。八十五年を生きた私は今、笠原さんの人生観と宗教観に再会できることを幸せに思う。笠原さんは浄土真宗の思想を熱く深く学生たちに語ったことで印象深い。日本人の心は淡泊で宗教心が薄いと言われるが「そんなことはない」と学生たちに訴えたのが笠原さんであった。死も恐れずに権力に対抗した姿、そしてそれを支えた庶民の宗教心は学問とは何かにつき学生たちに気づかせるものがあったと思われる。

 笠原さんは教室で庶民の宗教心が時代を大きく動かした時期が三つあったと語った。それは平安から鎌倉へ幕末から明治へ、そして第二次でかい大戦後のことであった。笠原さんが語った時の時代観としてはその通りに違いない。

 しかし、現在日本は開闢以来の時代の転換点に居ることを見詰ねばならない。現在の壮大な変化を一言で現わせば宇宙時代である。知的生命体との遭遇を現実のものとして語られる時代になったのだ。車椅子の天才ホーキング博士は、宇宙人との接触は危険であることを警告している。それはコロンブスがアメリカ大陸を発見したことで生じた先住民の悲劇に似た事態を恐れているのである。遠い彼方から地球に到来できる科学力は測り知れない。価値観や文化も根本的に違うのだ。人類はそういう現実の中に今、一歩踏み入れようとしている。定説となっているビッグバン宇宙は今後どうなるのか。私の最大関心事は生きている間に宇宙のいかなる大事件に遭遇するかである。宇宙的なニュースの発表が近いかも知れない。(読者に感謝)

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