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2026年7月31日 (金)

「甦れ観音堂。熊本地震の衝撃度。72時間命の闘い」

◇「副首都立候補」に注目し賛成である。山本知事は指定に向け立候補の姿勢を示した。この問題は巨大災害と大いに関わることである。現在大災害の足音が聞こえるような状況である。首都直下、南海トラフ、富士山噴火などだ。群馬県は大丈夫という安全神話が支配的らしい。果たしてそうかと疑うべきではないか。警鐘の役割を意識してこのブログで時々触れているのは「天明の生死をわけた十七段」である。かつて見た鎌原観音堂の光景は衝撃的であった。老人たちが口をそろえて和讃を唱えていた。「妻なき人の妻となり、主なき人の主となり」と。

 安全神話は否定すべきであるが総体的にみて群馬は安全地帯といえる。天明の大事件はいかに安全と言われる所でも大自然の威力を謙虚に怖れねばならないという警告と受け止めるべきである。

24日の「熊本地震」の衝撃度は日を追うように大きくなっている。熊本県は、熊本地震の死者につき調査中を含め34人になったと発表した。

◇酷暑の中の大地震ということが問題の深刻さを増加させている。地震がなくても熱中症で搬送される人が相次いでいるのだ。今回の地震は災害対応について新たな課題を浮き彫りにしている。夏の災害、暑さ対策である。高齢化が加速する中、限界の状況で生きるための闘いを強いられている。地球温暖化は継続する課題である。地球温暖化は先進国が目先の利益を求めて暴走した結果であるから自業自得といえる。後進国や発展途上国こそ気の毒である。地球は一つということを今こそかみ締める時である。

 熊本地震では酷暑の中、爆発で閉じ込められ、あるいは下敷きになった人々が懸命な命の闘いを続けている。「限界」といわれる72時間との闘いでもある。人間の生命力は個人差があり、過去には驚くべき例もあるから決してあきらめてはならない。72時間は阪神大震災での経験を踏まえた指標とされる。様々な条件と共に個人の生命力が大きなカギになると思われる。戦場で傷ついた兵士の霊が多く語られている。「生きて帰れぬニューギニア」と言われた。私は親しい人の体験を基に小著「今見る地獄の戦場」を書いた。亡き知人は傷口に生まれたウジと共に生きたと語った。ウジが沸いた人が不思議に助かったという。ウジを使った治療も開発されているというから面白い。下等動物ほど神秘な力を秘めていることは示唆的である。「人間は万物の霊長」とは思い上がりである。(読者に感謝)

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