「大きなガマガエルを助けた。林道の喜び、鹿との遭遇。野性動物との共存は人間の責任だ」
◇ある日の山の出来事である。ドキッとして思わずブレーキを踏んだ。目の前に不気味な怪物がいたのだ。それはペタンペタンと歩いている。大きなガマガエルなのだ。まわりの緑の木々に心を奪われていたら踏み潰すところであった。こういう連中も天から命を与えられて生きているのだ。ガマガエルを助けて悪い気はしなかった。カエルの恩返しが何らかの形であるかもしれない。「ケチな見返りを期待するのはケチな心だぞ」心のどこかでそんな声が沸き上がるようだ。カエルが進もうとしていた方向は深い谷である。ヘビがいるかもしれない。多くのヘビがひとかたまりになってうごめく光景を想像してぞっとした。幼少時代が甦る。山の中に裸足で踏み込んでも平気であった。自然から遠ざかって弱くなったとつくづく思う。改めて開墾時代を振り返る。原点を忘れていたことにはっとする。上品な都会人になったことに満足していたのだ。あのガマガエルから遠ざかる程、生の原点から離れ人間として弱くなっている。今回、赤城の山に入ったのは生の原点を少しでも取り返すためである。ガマガエルとの距離を縮めるためである。つまりガマガエルとの距離を縮めるためなのだ。
◇この日の午後、杉の林道で心躍ることがあった。目の前に突然鹿が現れたのだ。成獣の鹿は私の方をながめ頭を振るようにして林に消えた。私には「今日はこんな山の中へようこそ」と挨拶しているように見えた。「お前さんの領分に入らせてもらうよ」私はそう心で呟きながら前進した。この鹿と友だちになれたと感じられた瞬間であった。あの鹿は仲間の所で報告しているだろう。「林道で変な人間に会ったぜ。悪い人間には見えなかったが用心してすぐに森に飛び込んだんだ」と。それを聞いた仲間の声が想像できる。「お前はおひとよしで甘いんだよ。人間の恐ろしさが分からないなんて呆れたもんだ。人間はわれわれの仲間の肉を食い、皮を敷物に平気で使っているのだぞ」
林道で鹿と会い改めて思った。野性の生物との接点が広がっていることだ。クマが都会に現れて大騒ぎする時代である。問題はクマだけではないのだ。動物愛護と人間の生活領域を守ることの両立を真剣に考える時である。あの鹿がいた谷には様々な生き物が暮らしているに違いない。私の開墾生活の時代は動物に恐怖を感じることはなかった。人間が領分を広げ動物を脅かしている現実の根っこを考えねばならない。(読者に感謝)
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