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2026年6月10日 (水)

「独立宣言に現れた恐るべき革命権の思想。マリー・アントワネット、ルイ16世はギロチンで斬首に」

◇トランプ大統領の奔放な姿を見るにつけ、この大統領の頭には格調高いアメリカ建国の精神があるのかと疑ってしまう。私は東大の教養学部時代、中屋健一教授の「アメリカ史」のゼミに出た。少人数のグループで英文の原書に取り組んだ。中屋先生の性格には情熱が感じられたが、この題材には先生が語るにふさわしいアメリカの開拓時代のフロンティア精神があふれていた。中屋先生がアメリカ独立宣言を説明する姿からは、西部へ向けて進む幌馬車隊の光景が窺えた。アメリカの13州の代表がフィラデルフィアで、独立宣言を発表したのは1776年7月4日のことであった。独立宣言の中心は、次の点にあった。「すべての人は生命、自由、幸福追求の権利を神から与えられている。これらの権利を確保する目的のために政府がつくられている。もし政府がこれらの目的を破壊するものになった場合にはその政府を改革し、あるいは廃止して人民の目的を達する最も適切な政府をつくることが人民の権利である」

 ここに書かれている恐るべきことは「革命権」である。この思想の大きな影響を受けてフランス革命が誕生した。1789年5月のことであった。憲法制定を求める民衆は憲法が制定されるまで解散しないことを誓った。これは民衆が集まった場所の名からいわゆるテニスコートの誓いと言われた。国民議会は憲法制定議会と称して憲法の起草にとりかかった。ところが国王は保守的な貴族に動かされ、武力で議会を弾圧しようとした。これに怒ったパリの民衆は7月14日、ついに暴動を起こし圧政の象徴バスチーユ牢獄を占領した。この知らせが伝わると全国に暴動が起こり、農民は貴族、官吏、富豪の家を襲い、一部の貴族は国外に亡命をはじめた。8月4日国民議会は封建的特権の廃止を決定し、アメリカの独立宣言にならって、ラファイエットらの起草した宣言を採択した。これが世に言う有名な人権宣言である。この宣言はすべての人間の自由、平等、主権在民、言論の自由、私有財産の不可侵など、近代市民社会の原理を主張した。しかし国王はこれを認めようとせず、なおも議会の弾圧を企てたのでパリの民衆は再び立ち上がり10月はじめ女性たちを先頭にヴェルサイユに押し寄せ国王をパリに連行した。1791年6月ルイ16世はマリー・アントワネットに動かされ、革命に対抗するため国外逃亡をはかり連れ戻された。これは国王への国民の信頼を失わせ革命の気勢は上がった。1793年ルイ16世は断頭台で首を落とされた。(読者に感謝)

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