「国民総認知症時代と図書館の意義。武蔵を読む。お通は永遠の理想の女性」
◇私の文化活動の大切な拠点として県立図書館がある。こことの付き合いは長い。かつては前橋市日吉町の広瀬川のほとりにあった。色々な人が出入りしていた。今でも目に浮かぶ顔がある。図書館とはそういう場所なのである。今日の社会の特色として、情報が洪水のように渦巻いていることがあげられる。余りの勢いに埋没し、押し流される恐怖を感じることがある。そういう状況の中で受付係の親切な対応には救われる思いである。私は各地の図書館を訪れるが、図書館は地域社会の文化度を物語っている。現在、器械文明が異常に進んでいる。そして、社会の高齢化と認知症が凄い勢いで加速している。図書館はこういう状況に適切に対応しなければならず、それは図書館の重要な社会的責務と言わねばならない。
認知症患者の状況は唯事ではない。現在その数は、厚労省の試算では約443万人で、軽度の者を含めると約計1,000万人を超えると言われる。これは高齢者の3~4人に1人に相当する。高齢化の勢いは加速するばかりであるから、日本全体が不気味な底なし沼に沈んでいくような恐怖を感じる。誰もが避けられないこの問題を何とかしなければならない。現在、認知症やその疑いで行方不明になっている人は年間1万8,000人に至り、毎年数百人単位で累積している。1日あたり約50人が行方不明になっているのだ。そして年間約500人前後が亡くなった状況で発見されている。先日、私が長くお世話になったある美しい女性が行方不明になったことを聞いて耳を疑った。こういう事態がひたひたと押し寄せていることを感じる。それは社会の高齢化と不可分のかたちで増加している。私は現在85歳。「まだまだ大丈夫」と思いながらも物忘れが少しずつ多くなっていることを感じる。生活習慣は各人様々であるから、一人一人が工夫を重ねねばならない。私に関して言えば「心に刺激を与えること」が第一と考えて努力している。その一例として愛読書を手の届く所に置いて自分が心をときめかせた所を繰り返しかみ締めるのである。一度読んだ所も時を経て変化した心で接すると違った収穫が得られるのだ。吉川英治の宮本武蔵では、厳流島の小次郎との対決に際し、お通が手を突いて見送る場面がいい。お通は私の理想の女性である。お通は砂浜に手をついて「お心置きなく行ってらっしゃいませ」と言った。お通にとっても命がけの勝負の舞台であった。お通が人生の最期と意を決して訴える場面がある。「ただ一言、仰って下さいませ。つ、妻じゃと一言」、そしてお通は賢明な力で武蔵の手を掴んで叫んだ。「死んでも、お通は死んでも・・・」。お通はそれ以上を言葉にして言えなかった。「あなたの妻です」と。武蔵は小舟に乗って出ていく。お通は走った。波打際近くに座り、武蔵の舟に手を合わせていた。ドラマの中で描かれる昔の日本女性の心理を想像した。何百年という時を経て時代が途方もなく変化した。人も心が変化するのは当然である。女性が変わるのも当たり前である。しかし永遠に変化しないものがあってもいい。私は少年の頃から宮本武蔵のお通に憧れてきた。お通は大和なでしこの象徴である。長い時を経ても、日本文化の底に流れる女性の不変の姿があってもいい。いやあって欲しい。私は若い頃理想として描いた女性像があったが、お通を念頭に置いたものであった。八千草薫が演じるお通はよかった。(読者に感謝)
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