死の川を越えて 第238回
※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。
小河原は大変驚き、すぐにも会いたいと言った。さやは、正太郎の興奮した表情を見て、自分もぜひ会って一言お礼を言いたいと言った。早く報告し礼を言うべきなのに、それができずずっと心にかかっていたのだ。そういうことで、さやが同行することになった。
ある日、京都帝国大学の構内に踏み入れる母子の姿が見られた。
「こずえさんと初めてここを訪れた時のことが昨日のように思い出されるのよ。あの高い塔を見上げて足が竦む思いでいるとね、こずえさんがおなかの小さな赤ちゃんが頑張れと応援していると言ったの。すると、お前の動きが感じられてね、本当に励ましてきれているようだったの。それで私は勇気を出したのよ」
さやは、時計塔を見上げて言った。
「僕がここを通るのは2度目ということになるんだね」
正太郎が不思議そうに言った。受付に告げると、2人はすぐに一室に通された。〈わあー〉さやは心で叫んだ。こずえと訪れた20年前の昔がそこにあった。思いにふけっているとドアが開いた。
「やあ、お待ちしておりました。実にお久しぶりです。小河原です」
「まあ」
さやは胸が詰まって、小河原が差し出す手を握ったまま声が出なかった。自分がここに立っているのが不思議であった。目の前の人物は一目見た時、かなり年を重ねたように見えたが、懐かしそうに笑う顔は、一変して長い歳月を吹き飛ばしたかのように若々しかった。
「この方ですか」
小河原は正太郎をじっと見た。昔、さやがおなかをそっとさすりながらすがるような目で小河原の話に耳を傾けていた姿を思い出していた。さやがその後子どもを産んだことは水野から聞いていた。
つづく
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