死の川を越えて 第234回
※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。
第10章 大転換
時は巡り、この間時代は激しく動いた。日本が狂奔する中で、ハンセン病の人々は激流にますます翻弄されていた。そして、草津栗生園は人々の当初の願いとは別の方向に動きだしていた。その象徴とも言える出来事が草津栗生園における特別室・銃官房の設置であった。
そして、国際情勢の変化には驚くべきものが見られた、万場軍兵衛や水野高明が恐れたように、日本と中国の対立は決定的となりつつあったのだ。
中国大陸の事態は、水野高明が語ったように推移した。それは満州国の建国とそれに対する世界の非難である。日本は満州国設立を認めない国際連盟を脱退し、国際的孤立を深める中で、中国そして中国を後押しするアメリカとの対立は抜き差しならない状態になっていく。
日本軍、およびそれと運命を共にする日本は果てしなく広がる中国大陸の泥沼に足を踏み入れていったのだ。
一方ヨーロッパでは、ふぉいつ人宣教師カールが湯川で語った危険思想の渦が現実の形となりつつあった。危険思想を掲げて突き進むのはナチス党を率いるヒトラーであった。日本が国際連盟を脱退するのとほぼ時を同じくして、ドイツではヒトラーが独裁政権を握るに至った。
日本は中国大陸の泥沼でもがく中で全面戦争に突き進んでいった。正しい情報が伝わらない国民にも異常な緊張が走り、国内は騒然と沸き立っていた。
草津栗生園に特別病室という名の極限の懲罰施設「銃官房」が設置されたのは、日中戦争開始の翌年のこと、昭和13年であった。
物語は時の流れ乗って矢のように動き、新たな舞台の上で展開しつつあった。そこでは必死で時を刻む人々がいた。いよいよ老境に深く踏み入れたマーガレット・リーや万場老人、人生の円熟期を迎えた正助、さや、こずえ、そして老境に入った水野高明。また、正太郎は立派な若者に成長していた。
つづく
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