「阿部監督辞任の衝撃。心が貧しくなった日本の悲劇。私の人生の軌跡を振り返る」
◇巨人の阿部監督が辞任した。難しい世の中であるから些細と見えることも対応が慎重さを欠くと大変なことになってしまう。辞任の理由は18歳の長女に対する暴行容疑である。長女はAIに相談しその回答に基づき児相に相談した。原因となったトラブルについては次のようであったらしい。「長女と次女が自宅で喧嘩した。阿部監督は止めに入ったが長女から言い返されて腹を立て投げ飛ばすなどの暴行を加えた」。暴力行為は刑法に当たる違法行為でるから形式的に問題にすれば面倒なことになってしまう。私にも娘がいる。一緒に暮らしていた頃はトラブルもあった。自由気ままに一つ屋根の下で生きていいれば当然のことである。そういう中で親子の情も磨かれ、生きる知恵を身につけていくのだと思う。今日、家庭の分解が叫ばれている。かつて社会が貧しかった頃、狭い空間で肌を寄せ合うようにして生きたことが懐かしい。私は貧しい時代の中でもことさら厳しい情況の中で生きた思いがあるため、一層その感が強いのかも知れない。私は貧しい中を必死で生きた経験を今では貴重な財産であると振り返る。現在、日本は物は豊かになったが心は貧しくなったと言われる。心が貧しくなったことは大変なことである。人間は言うまでもなく心の生き物である。あらゆる文化も心が生み出すものだ。心は人間存在の源泉なのだ。その泉が枯れていくとは、これほど恐ろしいことはない。世界は現在大きな節目にあるが、その中で日本の役割は増々大きくなっている。それは日本が「広島」と「長崎」という人類史上初の核の悲劇を経て再生したことと結び付いている。ここで私たちは重要な諺をかみ締めねばならない。「のどもと過ぎれば熱さ忘れる」である。私は85歳で戦争の悲惨さは私の人生の原点になっている。戦争の体験があるだけにそれを現在に活かさねばならないことを痛感するのだ。周りを見て戦争を知る人が非常に少なくなったことに衝撃を受ける。前橋市街が焼け野原になり赤城山が身近に感じられたことが甦る。正に国破れて山河ありであった。その情況に追われるように赤城の山奥の開墾生活に入った。そこから始まった人生の軌跡を改めて振り返る。残りの人生はこの軌跡を如何に活かすかにあることを改めて感じる。夜間高校時代の苦闘、異次元の如く思えた東大の世界等々、様々なことが劇画の世界にように目の前に展開する。これから起承転結の「結」に入る。新たな決意で頑張らねばと思う。(読者に感謝)
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