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2026年4月30日 (木)

「医療従事者性犯罪の衝撃。外国人犯罪の増加に思う。国家情報局の創設と情報の重要さ」

◇医療従事者による性犯罪が後を絶たないと言われる。こども家庭庁は病院や診療所など医療機関での性被害に関する初の実態調査結果を発表した。医療従事者と患者は医という特別の関係を基礎にした関係にある。それだけにそこで生じる性犯罪は深刻である。こども家庭庁の調査と公表は遅きに失した感がある。調査の結果は衝撃的である。性被害の当事者団体はこの調査結果を氷山の一角とみているという。この問題は特別の環境下に於ける人権被害として国も行政もしっかり受け止めねばならない。

◇日本はかねて奇跡的に治安が良い国と言われてきた。このことは来日外国人による警報犯検挙数と結び付いている問題に違いない。新型コロナウィルス流行期後、窃盗や組織的な犯罪が増加傾向にあり、特にベトナム人やカンボジア人の検挙件数が増加している。

 2023年の来日外国人の刑法犯検挙数は1万5,541件で、前年比20.0%増となっている。出身国別の状況はというと、中国人の第一位が続いてきたが、2024年度はベトナム人が一位となった。全国の刑務所の中で最大規模は府中刑務所である。ここは、東京ドーム約5~6個分の広大な敷地を持ち収容定員は2,668人である。そして外国人は現在、前年より約40人増え4人に一人が外国人である。来日外国人の犯罪状況を知ることは外国人との共存が加速する中で不可欠である。現在日本では外国人排斥が広がる傾向がある。グローバル化が進む中、人口減少が避けられない日本である。外国人への理解は非常に重要なのだ。外国人政策を適切に進めることは日本の国際的信用を維持する上でも重要である。日本は国際協調を憲法で高く掲げ、人間尊重と人権を国の基本に据える国である。現在日本人の精神の基盤が危機にあることを感じる。余りにも器械文明が発達し過ぎ、重点が精神から指先に移っていると思われるからだ。

◇現在、世界は情報戦争の渦中にある。日本は長いことスパイに弱い国、スパイが暗躍する国とされてきた。国の安全保障の危機が叫ばれている。孫子の兵法に「敵を知り己を知れば百戦危うからず」とある。孫子は約2,500年前の人であるが情報の重要さを示すこの言葉は兵器が異常に発達した現代に於いても少しも変わらない。首相の公約である「国家情報局」の創設が近づいている。我が国初の統合調査機能を持つ機関の実現である。改めてこのことを次回に書くつもりである。(読者に感謝)

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2026年4月29日 (水)

死の川を越えて 第222回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

五 水野は語る、本妙寺集落

 

 明星屋の浴客水野高明が、かつて九州帝国大学で法学を教えていたこと、そして元熊本藩士の子孫であることは既に書いた。湯の川の患者一般にいえることであるが、この水野も謎の存在であった。それが渦巻く状況の中でこの男は集落の出来事に関わる中で、湯の川で次第に重要な役割を演ずることになる。

 そこで、信頼感が芽生えれば同病のこととて、絆がつくられることも自然の流れであった。ある夜、正助は明星屋の水野の居室を訪ねることになった。水野が話をしたいと言うのだ。一歩部屋に入って正助は思わず息をのんだ。壁を埋め尽くす程に積み上げられた書物。それは、万場軍兵衛の所に凌ぐ景観といえた。

「は、は。驚いていないで座りたまえ。お互い不思議な人生ですな。ハチマキをして群集の前に立つなど想像もしなかったことです」

「先生、格好よかったですよ」

「ありがとう。昔大学では若い人に囲まれていました。君を見て、あの頃を懐かしく思い出しました。この湯の川は、天国と地獄ですな。万場先生がハンセンの光と言い、リー女史は喜びの谷と申しておりますが、私にとっては、生きた真の大学であり人生の実験場です」

「先生は、自由の大学だと言いましたがそのことですか」

「そうです。大学とは立派な建物で囲まれた所とは限らないのです。人間の真実を追究するところです。個々の学問のその手段です。私は湯の川でそのことを肌で理解しました」

 水野はこう言って、遠くを見る目をした。そして、笑顔になって言った。

「あの住民集会で、正助君の演説の姿を見てな、九州大学のキャンパスを思い出しました。学生運動というのがありました。純な若者は、社会の不正に怒りをぶつけます。権力に抵抗します。私の心の中では、その乗車拒否反対集会は九州大学の構内の如く見えました。そこで思わず、ハチマキの行動となりました。は、は、は」

つづく

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2026年4月28日 (火)

「選挙は民主主義の根幹、これを振り返る時。俵で寝た人々の衝撃の光景」

◇地方選がたけなわである。「選挙は民主主義の根幹」と言われて久しい。日本の選挙制度を振り返る時である。1925年に女性参政権が認められた。1945年は昭和20年で、日本はこの年終戦を迎えた。日本の社会に正に革命的変化が生じた時である。歴史をかえりみれば、長い間男尊女卑が続いた。私が生まれたのは1940年である。戦後の混乱期、食糧難や社会的混乱による流言飛語が飛び交う中、私の一かは赤城の谷の奥に開墾生活に入った。現在の前橋市柏倉町落合である。私たちが掘立小屋を建てた時、その場所に住んでいた3軒の家があった。その一軒についての衝撃の光景は今でも瞳に焼き付いている。家族が米俵に入り頭だけ出して横たわっていた。開墾生活が並大抵でないことを覚悟した。私の人生の原点であった。後年、篠の山をかき分けてその場所に入ったことがある。大胡町のある人の所有となっており、小さなプレハブ小屋とドラム缶があった。ここで冬の日、強風と獣におびえながら過ごしたことを思うと懐かしさで感無量であった。ここでの生活は困難であり、学校に通うのも無理であったので間もなく下の部落に移った。現在の「大崎つりぼり」のあたりである。ここから鼻毛石町の小学校に通った。後に歩いてみたがかなりの距離で、よくやったものだと我ながら感心した。足が強くなったのはこのお陰である。当時は下駄であって、長い道のりには面倒なので道端の木の根に隠して走った。教室入口に水をたたえた場所があり、ザブンと飛び込んでビチャビチャと駆け込んだ。衛生状態は悪かった。校庭で忘れ難い思い出があった。シラミであった。今の子はシラミやノミを知らないのではないか。シラミは白く、ノミは赤っぽいのである。青いセーターにシラミがすみ着いている。母と爪でつぶした思い出がある。75、76と数えたことが忘れられない。ある時お尻がヌメヌメして気持ちが悪かった。長い回虫が下がっていてトイレに走ったことがある。学校ではカイジン草とかミグとかが配られた。虫下しである。こんな状況でも皆元気で健康だった。今思えば腹の虫たちも助け合って生きる友達だったのだろう。現在の子どもたちは無菌状態で生きるためにかえって弱いとも言われる。人間は野性から遠ざかる程弱くなるという説があるが真実かも知れない。小学校時代がいかにも懐かしい。野性こそ原点であった。(読者に感謝)

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2026年4月27日 (月)

「アメリカの大統領暗殺の歴史に思うこと。核の時代の日本の役割。核拡散の衝撃」

◇あわやの襲撃に驚愕した。刀によって語られる日本の時代劇、銃によって綴られる西部劇、これは二つの社会の特徴をよく現わすものである。アメリカの要人暗殺の歴史は凄い。背景には銃の所持が憲法によって保障されるという銃社会の存在がある。大統領暗殺は、誰もが知るリンカーン大統領暗殺に始まり、ガーフィールド、マッキンリー、ケネディと続いた。ケネディ暗殺事件は特に有名である。世紀のこの暗殺は事件後も長いこと謎に包まれている。真相については諸説あるが、その中にはケネディが進めようとしていたベトナムからの撤退を望まない勢力によるものという陰謀論まである。国を挙げての調査活動が始まったが、調査委員会スタート時、不審な死をとげた者は12人にのぼるとされた。ケネディはアメリカの良き時代の象徴であった。ケネディが葬られているアーリントン墓地には毎年400万人もが訪れると報じられた。大事件は悲劇となり、人々の想像力によって悲しみの度合いが膨らむのと比例して発展する。人間は本性として悲劇を望む。他人の不幸は密の味という言葉は人間の悲しむべき本性を物語る。

 歴史を振り返れば単一民族で島国の日本は総体的に波乱が少なかったといえる。その点アメリカなどは他民族の抗争の坩堝であったから、血で血を洗う歴史は想像を絶するものであった。歴史はダイナミックに変化し、日本の新しい役割と使命が問われることになった。マルコポーロが伝えたおとぎの国ジパングは、21世紀に至り大きく変身して世界の中心に立ち現れた。

 現在、地球規模の対立と混乱の中にあって、日本はその最前線にある。長い人類の歩みの中で、予想だに出来なかったことは核の出現である。頭上に太陽が落ち、鉄が溶け、人の影がコンクリートに焼き付けられることを誰が想像できたであろうか。広島と長崎の出来事は戦争の歴史を変えた。戦争は必然的に核戦争に繋がり、それは人類を滅亡に導く。私は小学生低学年の頃、映画で「ピカドン」を観た。肉が垂れた両手を突き出して歩く幽鬼のような姿は衝撃の一言であった。あれから80年余が過ぎた。現在核戦争の足音が聞こえる状態である。ピカドンを観た時と決定的に違うのは核が拡散してしまったことだ。核が民主的にコントロールできない非道の国に握られている。しかも非道の国は隣国なのだ。日本は稀に見る貴重な存在と言わねばならない。人間尊重も人権も現在累卵の危機にある。今、日本人一人一人が試練の場にある。それを自覚しなければならない。(読者に感謝)

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2026年4月26日 (日)

死の川を越えて 第221回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 木檜泰山はじっと考えている様子である。

 その時、高田区長が言った。

「予定地は大変広大なようです。開所式とは申せ、まだ何も決まっていません。国立療養所ですから全国から患者が集まるのでしょう。今のうちに、私どもがぜひ提案したことがあります。それは、この湯の川の人たちが自治会を作れる湯の川地区ともいうべき場所を確保することでございます」

 これを聞いて万場老人は言った。

「それは素晴らしい提案です。ハンセンの光が発する地区ですな。湯の川地区、あるいは自由地区、じゃな。そこへわれわれの家を移築できればよいな。どうでしょうか。木檜先生」

「うーむ。皆さんの考えを先ほどから聞いていて、感心しました。実に適切な、そして切実な要求です。また、当然だと思う。地元の国会議員として、国にしっかりと伝えたいと思います。森山さんは知事に伝えてください。県からも国に働きかけてもらわねばなりません」

 森山抱月は当然ですという表情で頷いた。

 集まった一堂にほっとした安堵の空気が広がった。人々は知恵をしぼって嘆願書を作った。それは、湯の川地区にはハンセン病の人々が築いてきた代え難い歴史がある、ハンセン病の光とも言うべきものだから、それを自由地区としてぜひ存続させてほしいというものであった。

 その後、木檜代議士の働きかけおよび、安達内務相の思い入れ等があって事態はひそかに動いた。広い国立収容所の一区画に「自由地区」を設ける方針であることが伝えられた。その場合、湯の川地区は解散するのか、それはいつで、どういう条件の下で行われるのか等、さまざまな課題は残ったが、それは時間をかけて住民の意見をよく聞いて行こうということでひとまず人々は安心することができた。

つづく

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2026年4月25日 (土)

死の川を越えて 第220回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

「今日は、このことが決まったことで、良き作戦会議となった。次はこれを踏まえて、輪を広げた本格の会議じゃ。この湯の川の運命がかかっておる。水野先生、案内状を作ってくだされ。地元の木檜先生の都合を伺って、それに合わせるがよかろう」

「早速、取りかかりましょう。案内状は私が作るが、筆はこずえさんに頼みましょうかな。役割分担ですよ」

 さすがは水野法学士。事務局長気取りで事をてきぱきと進めた。木檜代議士の日程に合わせた拡大作戦会議となり、人々は集まった。

 万場老人が口を開いた。

「木檜先生にお尋ねします。中国の情勢はただならぬことじゃ。満州国建国は、中国との関係、アメリカとの関係を決定的に悪くすると存ずる。これと呼応するかのようにドイツではヒトラーのナチスが第一党になったと聞きます。日本が戦争に巻き込まれていく恐怖を感じます。こんな中で国立療養所の開所式が行われました。湯の川地区の理想は守ると言った国の約束は大丈夫なのであろうか」

 万場老人の言葉を受け継ぐように水野高明が発言した。

「木檜先生、直接お会いするのは初めてと存じます。この集落の客で水野と申します。実は安田大臣と同郷でございます」

「ほほう。熊本ですか。実は私は、あなたの勇ましい姿を駅前の集会の折、拝見しております」

「ほほー。それはお恥ずかしい。恐縮です。さて、国の約束の件ですが、今万場先生の続きですが具体的な要求の形にして文書で国に提出する必要があると存じますが、いかがでございましょうか」

「その通りですな。私は、国会で湯の川の地に理想の療養村を作れと訴えた。あれから事態は大きく進展したが、状況は複雑で、重大な局面に来ている。この湯の川地区でなく、移転した所で理想の療養所を作る方向である。一歩譲っても、理想の里をつくることは何としても実現せねばならぬ。そのためにも、理想の里について具体的な要求を国に突きつけておく必要があるな」

つづく

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2026年4月24日 (金)

「国家情報会議創設に思う。80年余を経て憲法を考える。憲法9条を改正すべきだ」

◇「国家情報会議」創設法案が衆院を通過した。市民への監視が強まる懸念がある。参院の存在意義が問われる事態である。参院は衆院の追随機関のように見られがちである。現在の時局のようにじわじわと国の方向が変化しつつあり、しかも緊迫感がもたれずに推移している時こそ参院の存在意義が試されるというべきである。高市首相は、スパイ防止法策定や対外情報庁創設なども目指している。どさくさに紛れて事態が進み、気がついたら取返しがつかない所に来ていた。こういう事は過去に何度となく繰り返されてきた。どさくさとは世界の対立と混乱が激化していることだ。大波の中で小さな波は軽視されがちである。しかし小さな波が重なって、継続することによって大きな力となっていく例は歴史が示すところである。高市総理の支持率が高いのも危険要素の一つと見るべきだ。現在の状況は付和雷同する群衆真理を動かすには絶好のチャンスともいえる。歴史は繰り返す。現在、奇妙な機械手段が異常に発達し考えることをしない大衆が洪水のように渦巻いている。「この道はいつか来た道」という歌の文句の怖さが肌で感じられる。こういう時こそ原点に立って足元を見つめるべきだ。足元とは歴史の大きな流れである。日本は広島・長崎を経験し新憲法を手に入れた。その惨劇もいつしか忘れようとしている。「喉元過ぎれば熱さ忘れる」である。その新憲法は成立時、理想に過ぎ空文であるかのように低く見られたが、80年余が過ぎ、現在息を吹き返した感がある。現在核戦争の危機が近づいている。米中の対立は加速し、日本はその間に立たされ、最前線にある。そして北朝鮮、ロシア、中国などと堺を接し、外交を一歩誤れば滅亡を免れない危機にある。正に累卵の危うさにあるというべきだ。しかし累卵は鉄壁の砦に変化し得るのだ。それを可能にするのは国民の力であり、外交の力である。日本は民主主義の国であり、民主主義は空気のように実態がなく頼りないと批判される。しかし、民主主義は適切な力に支えられて威力を発揮する。今、日本の国運を左右するのは憲法9条である。憲法は最高法規であるべきなのに9条は空文に等しい。私は9条を改正し国民を守るにふさわしい力を与えるべきと考える。決して軍国主義に戻るのではない。広島・長崎を活かした適切な力は国民を守るために必要であるだけでなく、日本が混乱の海を乗り切るために不可欠な舵でもある。衆愚政治の海の中で、現在その舵が求められている。(読者に感謝)

 

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2026年4月23日 (木)

「安達結希君の死は女霊媒師まで登場して賑やか。恩師林先生は序文で満州について書いた」

◇11歳で殺された安達結希君の聡明そうな表情が同情をそそる。女霊媒師まで登場して世の中は朝から夜までお祭り騒ぎのようだ。昔はこういう事件が起こると、おかみさんたちが集まって、どこの町内でも井戸端で蜂の巣を突いたように賑やかだったに違いない。今はテレビなどのマスコミが情報を提供するから、おかみさんたちはにわか探偵や、にわか記者になって巷は怪しげな情報も含め洪水のようである。こういう状況の中で次第に深層が明らかになっていく。「そら、私の予想が当たった」そんな声があっちでもこっちでも出てくることだろう。世間に渦巻く情報を拾い上げてみると次のようである。今回の事件の一つの特色は女霊媒師の登場である。女霊媒師と言えば卑弥呼を想像する。卑弥呼は3世紀の人で中国では魏・呉・蜀の三国志の時代であった。私は子どもの頃、群雄割拠する中国大陸の治乱興亡の動乱に胸を熱くした。天才軍師蜀の諸葛孔明、そして魏の曹操、吾の周瑜、これら英雄たちの権謀術数を尽くした戦いに引き込まれ、私は中国の歴史が好きになった。後年中国と深く関わるようになり、中国各地を歩き様々な人と接することになって、三国志への思いを新たにした。私が特に関わったのは中国東北部であった。この地域は南から北へ遼寧省、吉林省、黒龍江省と伸び大河黒竜江を経てソ連に連なる。これらの東北地方はいわゆる満州として日本の近現代史と重要な関わりを持つにいたる。日本は1930年代世界大恐慌の中で生きる道を求めて満州に侵出した。近代日本と満州との関わりについては、「上州の山河と共に」(続編)「炎の山河」として詳しく書いた。この書については恩師、元東大総長の林健太郎先生が貴重な序文を寄せて下さった。その中で書いた松井かずさんの部分については「極めて貴重な歴史の史料であると言えよう」と書いて下さった。先生は後に群馬県民会館の集いに参加され、私の東大に於ける歴史研究について触れて下さった。先生は享年91歳でこの世を去られたが、歴史を机上の学問としてでなく行動の上に於いても実践された優れ歴史学者であった。それは東大紛争の中で長時間軟禁状態に於かれながら屈しなかった強い信念と行動が雄弁に物語っている。先年西洋史の研究室に郷里の人たちを案内したことがあった。狭い研究室に飾られた先生の姿に手を合わせた。端正な表情に秘められた静かな表情は歴史とは何かを語りかけているようであった。研究室で読んだE・H・カーの「歴史とは何か」を思い出している。(読者に感謝)

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2026年4月22日 (水)

「今こそ東日本の衝撃を活かす時。行政は人間の悲しい性を活かせ。稲村の火に学べ」

◇日本列島は地震の巣と昔から言われてきた。日本列島は世界有数の地震多発地帯であり、過去にも何度もマグニチュード8以上の巨大地震に見舞われてきた。特に、太平洋側の海溝沿いや南海トラフ沿いで発生するプレート境界型の巨大地震は甚大な被害をもたらしてきた。最近の巨大地震で瞳に焼き付いているのは東日本大震災である。2011年3月11日に発生したM9.0の巨大地震と大津波の光景は目を疑うものであった。死者・行方不明者は約1.8万人に達し、東北・関東の太平洋側を中心に全半壊した住宅は約37万棟、最大避難者数は約47万にのぼる未曾有の国難であった。直接的被害は約16.9兆円に達した。現在、巨大地震の足音が聞こえる程に迫っている。私たちは慣れてしまった面も否定できない。しかし、超巨大地震は確実に迫っている。首都直下型、南海トラフ型等、超巨大な怪物は容赦ない姿で、飢えた口を大きく開けて獲物を求めて狂っているように感じられる。三陸沖で20日夕発生した最大震度5強の地震につき、北海道から始まる5道県の約18万人に政府は避難指示を出した。幸いにも避難指示は大したこともなく解除されたが、これは天が与えた警告と受け取るべきだ。「狼が来た」の話が繰り返し語られる。また空振りだと油断することは禁物である。歴史を振り返れば本物の狼に遭遇して大変な被害を被った例がいかに多いか歴史が語ることである。今回、巨大地震が起こる可能性は高まっていると見なければならない。巨大地震への警戒を呼びかける発表は昨年12月に続き2度目である。内閣府は「日頃からの備え」の再確認に加え、「すぐに逃げられる服装で寝る」などの「特別な備え」を求めている。内閣府の調査は衝撃的である。情報を届けた北海道から千葉県の3500人を対象にアンケートをとった。それによれば特別な備えにあたる「枕元に防災グッズを置くなど、すぐに逃げられる態勢をとった」人は8%にとどまった。人間は自分だけは大丈夫と思っているのだ。巨大災害が目の前で現実化した時、パニックを起こす。過去の大災害を教訓として活かすことを行政は最大限活かさねばならない。振り返れば、長い災害の歴史に於いて呆れる程同じ愚を繰り返してきた。国民の悲しい性かも知れない。この現実を踏まえ、対策を立てることは国と行政の責任である。諦めずに工夫を凝らして国民を導かねばならない。「稲村の火」を思い出す。小学校から防災の物語を重視すべきである。(読者に感謝)

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2026年4月21日 (火)

「憲法に最高法規の重みと権威はあるか。満州の死線をただよった松井かずのこと」

◇今日、戦後の歴史を考える中で憲法の原点に立ち返ろうという気持ちになった。憲法は最高法規である。では最高法規としての権威と重みはあるか。一概には言えない。権威と重みが素晴らしい輝きを発している部分とそうでない部分があると言わざるを得ない。日本国には、この憲法はアメリカから押し付けられたものだからと言って全部を否定する意見と勢力が存在する。それは木を見て森を見ない態度であって正しくない。まず現憲法は歴史的産物であるから、その歴史を正視しなければならない。日本には軍国主義体制を押し進め、他国を侵略した悲しい歴史が存在した。それは明治維新から1945(昭和20)年の敗戦までである。特に1939年代以降、軍部が台頭し暴走した。それは先ず中国大陸への侵出である。1930年代の世界大恐慌は、多くの人口を抱え食糧難に苦労した日本を大陸へと駆り立てた。日本は活路を満州に求め、軍部が暴走した。それは軍国主義まっしぐらの動きであり、太平洋戦争へ向けて引き返すことのできない奈落へ向かう一直線の坂道であった。

 このあたりのことは、上州の山河続編「炎の山河」に書いた。その中の第5章「地獄の満州」の要点をここで紹介したい。ここで登場した人は前橋市の製糸工場で働く20歳の女性松井かずであった。松井かずは10人兄弟の三番目の子として吾妻郡原町の農家に生まれた。彼女は敗色の濃い昭和20年5月、22歳の時、勤労奉仕隊に参加して満州に向かった。政府は国策として国民を満州に駆り立てた。多くの国民同様、政治に無知で時局を見る目がない松井かずは前途に地獄が待ち受けていることも知らず、国のためと信じて満州に向かった。当時、日本をとりまく戦局は日毎に悪化しており、やがて日本が負けるという噂が広がるようになった。それが現実となる日はあっという間に訪れた。ソ連の宣戦布告、そして同時にソ連軍の満州侵攻であった。松井かずのもとへも、天皇が敗戦を認めるお言葉が届き、日本人は呆然として天を仰ぎ大混乱に陥った。天を黒くしてソ連機が迫り、日本の敗戦を知った中国人は暴徒と化した。そういう中で松井かずたちの地獄の逃避行が始まったのだ。逃げる日本人にとって飢えや中国人の逆奪より恐ろしいのはソ連軍の暴行であった。ソ連の兵は頻繁に現れた。ある時逃げ遅れた若い娘が犠牲になった。「ギャー」という悲鳴が上がりその声は息を殺して床下に隠れている松井かずの所へも届いた。かずたちは文字通り死線をさまよって撫順炭坑に辿り着き、ここで辛うじて命を繋ぐことが出来たのであった。(読者に感謝)

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2026年4月20日 (月)

「皇室典範の意義を考える時。憲法改正に臨む首相の意欲。憲法9条の改正は実現するか」

◇18日、私が主催する勉強会「ミライズ」で「世間で注目されている出来事」について話をした。話題は、ホルムズ海峡のこと、ヒズボラのこと、皇室典範のことなどに及んだ。ホルムズ海峡は、日本がここを通る石油に生死を握られていることから非常に参加者の関心は高かった。そこでホルムズ海峡の実態と今後についてまず力を入れたが、私が正面から強く取り組んだのは「皇室典範」であった。それは、憲法に近づくための一歩として考えたからである。私は現在の非常に重要な問題として憲法改正があると捉えていたが、いきなり改正問題では抵抗が大きいに違いないと思ったのだ。皇室典範は皇室の在り方を定める法律であり、皇室は日本国民にとって最重要の課題の一つである。日本は世界でも稀な万世一系の国であり、遡れば女神天照大御神に至る。

 女性の時代と言われて久しいが、開闢以来である女帝高市総理の誕生で日本中が沸き立っている。日本の国力を正しく伸ばす、またとないチャンスであるに違いない。高市内閣の支持率66%はこの流れを物語る。高市首相は12日の自民党大会で憲法改正について次のように意欲を示した。「改正の発議のめどが立った状態で党大会を迎えたい」と。日本国憲法は世界で最も改正が難しい部類に属する。アメリカに押し付けられた憲法と言われることと関わりがある。表向きは、自主的に制定した憲法であるが、実質に於いて、アメリカの強い圧力によって成立したことは否定できない。憲法96条は改正について定める。「各議院の総議員の三分の二以上の賛成で国会が発議」しなければならないのだ。「各議院の三分の二」は衆参各議院の三分の二以上を意味し、いずれか一方の三分の一が反対すれば改正は不可能ということで、事実上不可能に近いと見られてきた。現在の国会の勢力図は改憲を意図する側にとって、またとない瞬間を迎えている。2026年4月の状況では改正に前向きな力(自民・公明・日本維新・国民民主など)が衆院において発議に必要な三分の二を上回っている。国会では2月の衆院選大勝を受けて改正の機運が高まっている。特に憲法9条改正に向けた機運が勢いづいているといえる。憲法は国の最高法規である。最高法規は空文であってはならない。地に足がついたものでなければ権威がない。特に9条は国民の生命と財産を守る砦である。現在、我々国民にとって最も重要なことは9条の文言をしっかりとかみ締めて、これでよいのかと考えることである。陸海空軍は持たないと定める。これでよいのか。(読者に感謝)

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2026年4月19日 (日)

死の川を越えて 第219回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 万羽老人はこずえに発言を促す表情を向けて言った。

「こずえ、お前も役割を果たしたはずじゃ。みんなが力を合わせたことを語り合って、今後につなげることが、今日の会議の重要な点じゃ」

 万場軍兵衛はきっぱりと言った。

「まあ、私のしたことなど、小さなことです。お役に立ったのかしら。ご隠居様がおっしゃることは、住民集会で私がたすきをかけて字を書いたことでしょうか。恥ずかしいわ」

「いや、こずえのあのたすき姿は絵になっていた。皆を盛り上げる力があったのじゃ」

「さあ、そこですよ。皆さんの頑張りを今後に生かす闘いです。私は、さらに、自由を守る自治の大学なのだと思います。これが失われるようなことがあれば大変です。知恵を出しましょう」

 こう言って水野はマーガレット・リー女史に目を向けた。女史の表情に何か動くものがあることに気付いたからだ。リー女史はそれに応じて口を開いた。

「私は過日、皇太后さまに招かれて宮中で励ましの言葉を頂きました。それから安田大臣の晩餐会に出て、ごあいさつする機会を得たのでございます。そこで私は、湯の川で、病の方々が助け合っている姿を語り、日本人の細やかな人情や礼儀正しさが好きだと申し上げました。神様の導きで草津に参り、湯の川で多くの人々の中で幸せに暮らしていることもお話致しました。水野先生がおっしゃった、人類の大学、自由と自治の大学を理解してほしいという心でございました。今、ここがどうなるか大変心配なので、私は皇太后さまと安田大臣様に、この喜びの谷を今後の国立療養所の中で、実現してくださるよう手紙を書こうと思います。万場先生、水野先生、どうかお力をお貸し下さいませ」

「おお、それは素晴らしいことじゃ。ぜひお願い致しますぞ。それから皆さん、ここが正念場じゃ。リー先生が今、手紙を書こうと申された。リー先生の立場で手紙を書くことには格別の意味がある。われわれもリー先生と合わせて行動を起こす時。われわれもこの湯の川の意志を国に示すために行動を起こすべきではなかろうか。木檜先生、森山さん、この自治会の代表になってもらって協議しようではないか」

 万場老人の提案に、皆異存はなかった。

つづく

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2026年4月18日 (土)

死の川を越えて 第218回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 ある日、明星屋の客、水野高明が正助を訪ねて言った。

「正助君、このまま黙って見ているだけで、事がうまくいくと思うのは甘いのではないかね。権利というものは、闘って勝ち取るものなんだよ。私は、学生にこのことを教えてきたが、今、現実に囲まれて心配なのです」

「先生、俺も不安です。国が大変な時なのに、この湯の川のために、莫大な金を出してくれるのでしょうか。国の真意は何ですか」

「そこなのです。うまいことを言って、われわれを隔離することを狙っているのではないか。君から万場先生に話してくれたまえ。作戦会議を開きましょう」

「分かりました。早速電話します」

 正助が水野の意図を伝えると、万場老人も同じ思いでいることが分かった。

 作戦会議は万場老人の生生塾で開かれた。正助は、リー女史にも特別に参加をお願いした。そして、権太とこずえも顔を連ねていた。

「いよいよですね。万場先生。私は小学校の校長を宣言し、隊列を組んで進もうと呼び掛けました。湯の川は人権の大学だとも発言しました。居ても立ってもいられぬ気持ちです」

「俺は県議会へ行きました。牛川知事様にも会いました」

 万場老人が言う。

「牛川さんは理想の療養所を作れと国に請願し、木檜代議士は、国会でこの湯の川のために熱弁をふるった。そして、安田内務大臣をこの湯の川に、そして、こともあろうにこの生生塾にまで案内した。あれを忘れてもらっては困るのじゃ」

 リー女史が言った。

「あの時、森山先生が私を紹介してくれました。そして、私はこの人々をお守りくださいと申し上げました。そしたら、大臣は、よく分かりました、あなたの国には日露戦争で大変助けられたので、と申されました。今の状況が続けばイギリスとの関係が悪くなりそうで心配です。国際情勢はどうなるのでしょうか」

 その時、権太が言った。

「俺も人生で二度とねえ大芝居をやった。正助に言われた通り、火の見に登って半鐘をありったけの力でぶっ叩いたぞ」

「おお、あのジャンジャンはいかにも効果的でありました」

 水野高明は権太の顔ににっこりと笑顔を向けていった。

つづく

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2026年4月17日 (金)

「結希君の殺害は衝撃の結末に。タイムは100人の中に高市首相を選んだ。現代の卑弥呼への期待は」

◇報道では、最悪の結末を前に母親と義父は「家庭の事情」を語らないとしていたが、その家庭の事情が明らかになった。安達結希君11歳の優しそうな表情が悲劇を物語っている。最悪の結末は、結希君の殺害であった。報道は悲嘆に暮れるのは母親と義父としたが、意外な展開となった。それは詳細な事実が明らかになるにつれ信じ難い事実となって社会を震撼させることになった。結希君を山中に遺棄したのは37歳の義父であり、やがてこの義父は殺害も認めるに至ったのだ。

 この義父安達優季は16日逮捕された。「どうして父親が」と、静かな山あいの集落に悲しみと衝撃が走っている。住民は「なぜこの場所に遺棄されたのか、理由を知りたい」と憤りを現わしている。複雑で難しい社会である。このような事件の再発を防ぐためには事件の背景や動機を知ることが欠かせない。

 容疑者は結希君と養子縁組した養父で、家庭は平穏だったと言われる。この養父、つまり容疑者は事件のイメージとは全く違うらしい。子どもの頃はサッカーに打ち込み、祖母を慕って「おばあちゃん子」だった。小中学校時代はサッカー部に属し、「賢い優しい子」だったという。京都の電気機器メーカー社員として勤務していた同僚は「はきはきとしゃべる明るい人。パソコンが得意で仕事ができそうだった。職場で悪い評判は聞かなかった」と語る。立派な社会人として活動している人が些細なことで失敗する例は少なくない。そういう人が立ち直れる社会、失敗した人を受け入れる社会でなければならない。そういう人創りこそが健全な社会づくりの第一歩であることを重視すべきである。社会防衛の第一は健全な人づくりにあると言わねばならない。

◇米誌タイムは毎年恒例の世界で最も影響力のある100人に高市早苗首相を選出した。小池都知事が紹介する文を寄せ「高市氏が日本初の女性首相に就任したことは歴史的な瞬間だった」と指摘した。同感である。「元始女性は太陽だった」という言葉があるが、かけ声倒れにならず実現したことは素晴らしい。かつては卑弥呼がいた。3世紀の「魏志倭人伝」では中国の魏に使いを送り「親魏倭王」の称号と金印を授かり、強力な外交力で国を安定させた。強力な力とは、倭国大乱をまとめた点に現れている。当時中国は魏呉蜀のいわゆる三国志の難しい時代であって外交力は非常に重要であった。高市首相に卑弥呼の役割を期待したい。開闢以来の女性総理への期待は大である。(読者に感謝)

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2026年4月16日 (木)

「遂に父親逮捕。現代社会の人間関係に衝撃を受け驚愕す。85年前を振り返る」

◇「事実は小説より奇なり」とよく言われる。遂に父親の逮捕にまで発展した出来事に14日、日本中の多くの人々がテレビにくぎ付けになった。多くの憶測や推理が飛び交う中、にわか探偵や解説者が至る所に出現し賑やかなことこの上ない状態である。事の真相は洪水のように渦巻く巷の指す方向にあった。報道は「母親と義父が語らない家庭の事情」の一点に集約されていったのだ。そのことを物語るように16日の報道は早々と安達結希さんの義父の逮捕を報じた。母親と義父は家庭の事情を語らないと報じられていたが異常に発達した情報の世界にあって、あらゆる方向から押し寄せるあらゆる情報を遮断することは不可能である。様々なことが複雑な、本来表立って語られないことまで次々と明らかになってきた。

 安達結希君の家は代々の大きな農家で、地元の名士でもあった。母親は東京で美容師として働いていた際に結婚して結希君を出産したが間もなく離婚し地元に戻り、結希君と二人で暮らしていたという。その後、母は失火騒動に関わったりするが、やがて結希君の義父に当たる男性と職場で親しくなり、その後結婚する。この男性もバツイチで、結希君と同年齢くらいの子どももいた。この男性は、10年ほど前に一回りも年上の女性と結婚し、すぐに子どもにも恵まれたがその後離婚したという。結希君が複雑な人間関係の波に揉まれ苦労したことが窺える。結希君の母はこの男性と結婚し、連休には家族3人で旅行する予定だったと言われる。職場ではいろいろな噂が飛び交っていたらしい。「新婚旅行に行くの」とか。そして義父は捜査に全面的に協力する、職場でも信頼される中堅社員で、周りの評判も良かったようだ。ただ、結希君は義父とよくケンカして、不満を漏らす場面もあったらしい。結希君の優しそうな表情とこの人を囲む理解が難しい人間関係をどう捉えたらよいのか。現代社会の人間関係は、単純に生きて来た私にとって、複雑怪奇に見える。私が生きた85年を振り返ると広島、長崎があり、天皇の玉音放送があり、国民は皆飢餓線上をさまよった。しかし、比較して私が生きた時代がより過酷で辛かったとは言えない。このことに今、はっと気づく思いである。物質的には非常に豊かになったが人間は必ずしも幸せとはいえないのだ。心は逆に貧しくなったことを認識しなくてはならない。精神的な貧困こそ真の貧しさなのだ。しかもそれは人間の崩壊に繋がることを知らねばならない。(読者に感謝)

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2026年4月15日 (水)

「子どもへの性暴力は一回で終わり、一発退場だ。教育長の決意が示すもの」

◇全国で教職員の性暴力が後を絶たない。これは教育環境の破壊であるばかりでなく日本人の心の崩壊を意味する現象である。手遅れにならぬうちに適切な手を打たねばならない。県教育委員会は、本年度児童生徒らへの性暴力が発生した際の学校の適切な対応を示す性暴力発生時の対応に関するフローチャートを作成した。問題発生時に対応すべき行動の流れを図で示すことで、より適切かつ的確な処置を行い、児童生徒を守ろうとする狙いである。県内の全公立学校に向けて配布した。被害の把握から最初の対応、再発防止措置までの手順について、注意点を例示して記した。この事件は県教委にとって衝撃の汚点となった。平田郁美県教育庁は県立学校の校長らを集め、強い表現で次のように強調した。その表現からこの事件の衝撃度が伝わってくる。「子どもに対する性暴力は最初の1回で終わり。一発退場だ」と。当然のことである。そもそも教育の原点は倫理であり道徳である。そして学校は倫理道徳の砦でなくてはならない。小学校の校庭はどこでも二宮尊徳(金次郎)の銅像が置かれている。現在、尊徳の思想を再認すべき時にあると思う。金次郎は江戸後期の農政家、思想家で、勤勉と倹約を重んじる「報徳思想」を提唱し、600以上の荒廃した村や藩の財政を再建した。薪を背負って本を読む姿で有名であるが、その本質は合理的な経済感覚で農村を救った「報徳仕法」にある。昔、子どもたちに金次郎の話をしたら本を読みながら道を歩けば交通事故にあうと笑われたことがある。物が有り余る時代になった。物を大切にしないことが人間の命まで軽視することに繋がっている。事の本質を子どもたちに理解させねばならない。物の軽視が心の軽視、そして道徳・倫理の軽視は深刻である。教育界に於いて道徳が地に落ちている現実は衝撃という他はない。「教員を見たら盗撮と思え」という時代になっている。目を見張るほどの文明の器械の発達が教員の手によって悪用されている。平田教育長の「一発退場だ」の叫びを全教育界、そして全家庭が真摯に受け止めなければ日本は滅びる。日本は正にその瀬戸際に来ていると言わねばならない。道徳という言葉が木の葉のように軽くなっている。何とか思い切ったことをしなくてはならない。私は「群馬県道徳宣言」とかいうものを発信すべきだと思う。日本は人類初の核の洗礼を受け日本国憲法を誕生させた。新憲法の本質は人権の尊重にある。そして人権の尊重の神髄は道徳、倫理の尊重にある。今こそ、この原点をしっかりと見据えねばならない。(読者に感謝)

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2026年4月14日 (火)

「神を感じた宇宙飛行士の衝撃。宇宙時代の最大の課題は。日本国憲法は世界の宝」

◇何度も書くが、人類が最初に月に一歩を印した時の言葉「これは人間にとっては小さな一歩だ。しかし人類にとっては大きな飛躍だ」。この言葉の重みには測り知れないものがある。これは、宇宙時代の扉の前に立った人間の心を象徴するものに違いない。アポロ11号のアームストロング船長が月面に第一歩を踏み出したのは1969年7月20日午後10時56分のことであった。この瞬間に全世界の人々の目が釘付けになったのだ。この光景は世界中にテレビで放映された。世界で5億人、日本では7,000万人がこの場面に見入ったと言われた。宇宙をその足で踏んだ飛行士の体験は衝撃的であった。その一人は、月に降り立ち、静寂で荒涼とした世界に足を踏み入れた時、そこに神がいると感じたという。その気持ちがよく分かる気がする。地球からおよそ40万キロメートルも離れた天体に立って理屈を超えた絶大な力を感じるのは自然であり、その力こそ人間を超えた存在であり、そこに神を感じることは素直な人間の在り方に違いない。

◇宇宙船オリオンが10日間の旅を終えて地球に帰還した。宇宙船は月の裏側を回り、地球から40万6,771キロメートルまで到達した。月までの距離はおよそ40万キロである。カリフォルニア沖に10日午後5時7分に着水した。NASAは2028年の有人月面着陸を加速させる。2028年には2回の有人月面着陸を目指している。このアルテミス計画は月の資源採掘や将来の火星探査に備え、月面に活動拠点を構築するのが目的である。宇宙船は音の30倍以上で大気圏に突入。2千度以上の高温に曝された。4人は高校生へのメッセージを求められ次のように語った。「人生で学んだ最大の教訓は、どれだけ成功したかではなく、どれだけ失敗したかだ。困難に直面した時こそ立ち上がり、挑戦しなければならない」と。日本にも「失敗は成功のもと」という諺があるが、これは洋の東西を問わず普遍の真理なのだ。宇宙時代に大きく踏み出したことを感じる。宇宙時代の最大の課題の一つは、この神が創造した地球を壊さないことだ。現在地球では愚かな対立と争いが加速し、核戦争の足音が聞こえるようだ。人類で初めて広島と長崎の悲劇を経験した日本の役割と使命は増々大きくなっている。日本国憲法は世界の宝である。97条は訴える。この権利は過去幾多の試練に耐え、現在および将来の国民に対し侵すことのできない永久の権利として信託されたもの。国民一人一人がこれをかみ締める時である。(読者に感謝)

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2026年4月13日 (月)

「ピカソを唸らせたアルタミラの洞窟壁画の衝撃。インドの神童に称賛。私はホルモンが大好き」

◇AI(人口知能)の躍進には脅威を感じる。人間は器械に負けるのか。これは現在の人類に課された最大の課題である。私は人類の勝利を信じる。人類の脳細胞は驚異の存在である。その数は数千億個と言われ、人類の進化の歴史が凝縮されている。約18,000年前にクロマニヨン人が描いたアルタミラの洞窟の壁画は人類の偉大さを物語る。天才ピカソを「これ以上の絵は誰にも描けない」と唸らせた。18,000年という時の流れを振り返る時、人間の才能の偉大さが時を超えたものであることに驚嘆させられる。人類はどこから来たのかとその起源に限りない好奇心と夢をそそられるのだ。人類の存在を神と結び付けるのは自然のことと思われる。時にとんでもない天才が現れるが、それも天から降って現れたものでなく我々と同類であり誰にもその可能性が秘められていると考えねばならない。

 インドの神童が報じられている。わずか6歳でAIの基本概念を分かりやすく解説した書物を出版し、国連のグテーレス事務総長から称賛された。オープンAIのサム・アルトマンCEOに名刺を手渡すサチデバ君は黒い帽子に眼鏡姿のかわいい少年である。

 インドは人口が世界一位。産業を初めその発展は凄い。安全保障を含め、日本にとっては非常に重要な存在である。また、インドは神秘の国で仏教と関わりが深い。不思議なのはカーストの風習である。法律上は確か存在しない筈であるが、長く続いた習慣は根強く残っているらしい。不可触民という存在があると聞く。日本にかつてあったエタ、非人どころではない。非人といえば白土三平のカムイがそれだ。非人はかつて重要な役割を果たしたことが想像される。動物の処理、皮の加工などは重要だったろう。かつて四つ足の肉は食べなかったが、非人は肉を食べたばかりが内蔵も食べたに違いない。今日ホルモン料理は堂々と看板をかかげて食堂として行われている。ホルモンは私の大好物である。ホルモンの語源は身体の重要な機能を支える内分泌腺から分泌される重要物質と思われるが、放るもん、つまり捨てられる物という説もある。面白いことである。戦争の時、馬を殺して食べた体験談を聞いたことがある。頭に布を掛けて殺したという。愛馬を殺すのだから、拝む心で内蔵も食べたに違いない。人間は飢えれば内蔵でも食べる。人肉まで食べたことは恐るべき事実に違いない。今時の戦争でも極限の物語をいろいろ聞かされている。(読者に感謝)

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2026年4月12日 (日)

死の川を越えて 第217回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 平田知事の時代は、ごく短命で終わり、昭和7年の知事は金沢周であった。金沢知事は、「政友会知事だから政友会のために思い切ってやる」と言って憚らなかった。そこで、この年の11月議会は政友会、民政党の対立乱闘となり全議案審議未了という前代未聞の事態が発生した。

 このような別の次元の政治的混乱の故か、この年県議会では、ハンセン病については目立った動きは見られない。しかし、湯の川に関しては重大事が進行しつつあった。

 昭和7年6月28日、国立草津栗生園の地鎮祭が執り行われた。幕を巡らせた中で、白い装束をまとった神宮が祝詞をあげ榊を振っている。湯の川の人々はそれを遠くから不安に駆られて見守った。

 10月1日、人々の不安をあおるように白根山が大爆発を起こした。ドドーン。轟音が草津から六合にかけての山野を震わせた。硫黄採取中の作業員5名が死亡したと伝わる。湯の川の人々には、山の神を怒りを表しているように思えた。また、自分たちの前途に訳の分からぬ不安が横たわっていると感じられておびえた。

 そしてさらにこの年、12月16日、国立療養所草津栗生園の開所式が行われたのだ。前年の6月に建築工事が始まったばかりである、諸施設の完成などはまだまだで建設途中の開所式である。国立療養所の建設を急ぐ国策に基づいて、反対も予想される中、とにかく作るのだという国の強い意志を宣言する意図がうかがえた。

 内務省予防衛生局長等の関係者が出席。その中に地元代議士木檜泰山や何人かの県会議員の姿も見られた。

 長島愛生園に次ぐ第二の国立ハンセン病療養所の主な目的が、湯の川の患者の収容であることは明らかであった。それが現実に動き出したのだ。万場老人や正助たち、湯の川地区の住人は不安が具体化していくことに戸惑った。

 ハンセン病の光はどうなるのか、湯の川開設以来の歴史はどうなるのか。国や県の約束は果たして守られるのか。

つづく

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2026年4月11日 (土)

死の川を越えて 第216回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

「うむ、お前が迷うのも当然じゃ。非常に難しい問題で、わしとて一刀両断にこうだとは言えぬ。じゃがな正助よ、人間を大切にするのが民主主義じゃ。確かに民主主義は効率が悪い。非常時に重要なことを即座に決めることができないように見える。根本のことは、人間を大切にするか目先の利益を重視するかなのじゃ。民主主義の難しい点は他にもある。民主だから民が決める。民が賢くなければ間違った決断をするということじゃ。今、ドイツでも日本でも一人一人の人間の自由よりも国全体の当面の利益が重視されておかしな方向に向かっている」

「人間を大切にするというのは漠然として大変難しいですね」

「うーむ。難しい。絶対の物差しなどない。現実と離れた理想は物差しにならぬ。今の日本の屋台骨であるはずの立憲主義は一つの物差しと言わねばなるまい」

「立憲主義とは何ですか」

「憲法によって、政府の勝手を許さぬ仕組みじゃ。帝国憲法は議会を定め統治権の乱用を戒めている。不十分とはいえ三権分立で人道主義を目指している。この帝国憲法、そして現実の人道主義が物差しだと思う。今の軍国主義の動きは立憲主義に反し国民を不幸に導いていると思えてならん」

「先生、俺は難しいことは分からねえ。民主主義も独裁主義も俺たちには当てはまらねえ気がします。結局、つきつめれば俺たち国民を幸せにできるかどうかではないですか」

「その通りじゃ。よくぞ申した。わしは難しい理屈を言っただけ。理屈ではない。政治の目的は国民の幸せを実現すること。何々主義はこれから時間をかけて勉強するがよい。今いえることは、現実の独裁政治が国民を不幸にする方向に進めている不安なのじゃ」

 社会改革および政治改革は本来なら平和的手続き、すなわち民主的ルールにのっとって行われるべきであるが、非常時の手段として、暴力的手段がとられがちだ。軍部の独走と並行して、また、軍部の独走を支える思想、ファシズムが台頭していた。

つづく

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2026年4月10日 (金)

「膨脹宇宙の衝撃。知的生命体は必ず存在する。宇宙の謎は深まるばかりだ」

◇我々は現在、本格的に宇宙時代に突入した。そして驚くべき一歩を踏み出したのだ。私は現在満85歳である。85年を振り返ると少年の頃、宇宙を見る窓は手塚治虫の鉄腕アトムであった。当時、宇宙は夢の世界であり空想の世界であった。年を重ねるにつれ、そして科学の知識を得るにつれ、宇宙がビックバンによって始まったこと、宇宙が現在も膨脹を続けているという膨脹宇宙の現実を知った。現在私を虜にしているものは、宇宙に知的生命体が人類の他に存在するかということである。現在の定説ともいえる考えでは人類は孤独の存在ではない。宇宙が誕生しておよそ138億年。太陽系が属する銀河も全宇宙の中の毛の先で突くような存在である。そんな途方もなく広大な宇宙で知的生命体が人類のみと考えることは非常識であり、非科学的であるとさえいえる。

 約半世紀ぶりに月周回を果たしたオリオンの船長は、月の裏側への飛行について「思い出すと鳥肌が立つ」と語った。1969年7月20日のことであった。忘れもしない。長女が誕生した年である。私の弟は、あの時「アポロと名付けたら」と言っていた。一瞬迷った私は、自分がキリスト教徒でもあることから、キリストとの深い絆をもつゆりに決めた。キリスト教における白いゆりは、聖母マリアの純潔や無垢を象徴する「聖花」である。

 オリオンの船長は更に語った。「故郷である地球が月の後ろに隠れていくのを見るのは本当に素晴らしかった」と。地球が「故郷」という表現で語られることに宇宙時代の到来をリアルに感じる。かつてアームストロング船長が初めて月を踏んだ時の言葉が甦る。「一人の人間にとっては小さな一歩、人類にとっては大きな飛躍」。私の目の前にNASA提供の一枚の写真がある。3つの物体が次の順で並ぶ。宇宙船オリオン、月、地球である。一瞬三日月かと思えるのは地球である。石原裕次郎の歌の一節を思い出す。「ジャックナイフによく似た月が今日も出ている港町」。そのジャックナイフに似た天体は月でなく地球なのだ。「ジャックナイフによく似た地球」と歌われる時が来るのであろうか。遥か遠方に地球を配したこの写真は、アームストロング船長が語った「人類にとっての大きな飛躍」を示すものである。膨脹を支えるエネルギーの実態は。ニュートンの重力の法則が書き換えられることはあるのか。ホーキングが警告した宇宙人との接触はあり得るのか。謎は深まるばかりである。(読者に感謝)

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2026年4月 9日 (木)

「米とイランの停戦合意はどこまで。石器時代に戻すの暴言の衝撃。ディエンビエンフーの戦いは今。アンクルトムの小屋を思う」

◇「石器時代に戻す」などという言葉が飛び交う恐怖の状況が、ひとまず落ち着いたかとほっとする。米国とイランは2週間の停戦に合意したのだ。米国とイランの仲介役はパキスタンである。国際関係は驚く程加速し多様化している。複雑な国際関係の中でどの国も平和と繁栄を求めている。日本に対する信頼が大変大きいことは何といっても嬉しい。私は現在、大変な数の外国人留学生と日本語学校を通して関わっている。彼らの多くは日本の文化を尊敬し愛している。このような情況は日本にとって最大の安全保障であると信じて疑わない。若者たちに日本をどう思うかと訊いたことがある。「サムライの国で、世界を相手に戦って強かった」という発言には驚いたが、その続きが重要であった。その若者は何と広島と長崎について得意げに話したのだ。若者は日本の歴史をしっかり学んでおり現在の国際情勢についても強い関心をもっていた。若者は言った。「現在核戦争が近づいています。核は世界を破壊します。日本は唯一の核被爆国です。広島と長崎の体験を活かせる国です。ぼくは日本に大きく期待しています」。こういう趣旨の発言は私を大変喜ばせるものであった。ベトナムといえばフランスの植民地として苦しめられた。反植民地の戦いは言語に絶するものだった。目に焼き付いている光景がある。パラソルと白手袋のフランスの貴婦人がベトナム人に菓子を投げた。許せない屈辱と感じた人は多かったに違いない。民族の怨みを晴らす時が来た。ディエンビエンフーの戦いである。フランスが近代兵器をいくら注ぎ込んでも勝てなかったのだ。ベトナムは穴を掘り地にもぐって戦った。私は自分がディエンビエンフーの戦いに参加しているような興奮を覚えた。菓子をまいた貴婦人の姿はベトナム人の心に抜き難い屈辱の楔を打ち込んだのだ。このような差別の歴史を貫いて世界の平等が実現したことを痛感する。肌の色による差別は現在でも続いている事実である。かつて、壮大な奴隷制度があった。黒人はかつて動物のように鎖につながれて海を渡り酷使された。少年のころ、「アンクルトムの小屋」を手にして読んだことが忘れられない。人を差別することは、人間の本性のようなものだ。それは底流においていじめの問題とも繋がっている。人権尊重の日本国憲法の素晴らしさを改めて思う。日本国憲法14条の平等の定めは時を超えてその輝きを増している。核の足音が近づく現在、14条の意義をかみしめるべきだ。(読者に感謝)

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2026年4月 8日 (水)

「宇宙の謎に迫る。ビッグバン宇宙はどこまで続くのか」

◇宇宙時代は現在更に大きく踏み出しつつある。子どもの頃から目と耳に親しんだ「日の出」ならぬ「地球の出」の光景がそれを物語る。宇宙時代の身近な衝撃である。NASAは、アメリカ主導の探査計画「アルテミス計画2」が6日、4人の飛行士を乗せ地球から40万6,771キロまで飛行したことを報じた。これまで人類が到達した距離を約6,600キロ更新した。4人のうち1人が女性であることも画期的なことである。今後、宇宙時代が加速することは必然に違いない。その場合、そこには女性の宇宙への登場は避けられない。女性としての様々な課題が待ち受けるだろう。現在、我々が抱える男女協同参画社会の究極な姿は宇宙に於いて実現されねばならない。人類が宇宙で生活する場合、男性だけということはあり得ないからだ。女性が抱える身体的特性を宇宙空間でどう解決するかは最大の課題に違いない。

 子どもの頃、地球は途方もなく大きな存在だった。その地球が宇宙空間に浮いていることも実感することは出来なかった。ところが今や地球の存在は増々小さくなっている。この宇宙は約138億年前、究極の一点から始まった。この信じ難い現象は、ビッグバン宇宙として今や定説となっている。今回の「アルテミス2」の躍進により、人類の夢は更に大きく飛躍した。もうビックバンも膨脹宇宙も驚かない。何でもありの宇宙なのだ。

 教育の世界も大きく変わるだろう。子どもたちの夢はついていけるのだろうか。教える側の体制は大丈夫なのか。とにかく前代未聞の大波が押し寄せているのだ。子どもたちの心が健全であるなら、今や教育は絶好のチャンスを迎えている。教育界は子どもたちの好奇心に応えねばならない。今回、4人の宇宙飛行士は肉眼による月面観測を実施した。それは月の成り立ちを探る手掛かりを見つけるためである。その過程で新たに複数のクレーターを発見したという。ハンセン飛行士はその一つにキャロルの名をつけることを提案した。これは船長ワイズマン飛行士の亡き妻の名である。6年前ガンで亡くなったという。ワイズマン氏は、涙をぬぐっていた。このような宇宙科学が驚異の発達を見せる中でも、小さなガンを克服できないのだ。40年以上前、妻をガンで亡くした者として、ワイズマン氏の胸中がよく分かる。宇宙に大きく踏み出した科学の力をガン克服に役立てることをいかに多くの人々が望んでいることか。アポロ13号の爆発を思う。(読者に感謝)

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2026年4月 7日 (火)

「歴史とは現在と過去との対話だ。相沢さんは衝撃の古代史の扉を開いた。ホメロスを信じたシュリーマンの偉大さ」

◇歴史とは何か。「歴史は現在と過去との対話である」、現在から語りかければ過去の事実は正直に答える。このことを歴史学者E・Hカーの言葉として受け止めたのは大学一年の時の自主的な勉強会の時であった。その時、私が求められて発言したのは相沢さんが群馬の人であることが主な理由であった。私は相沢さんが苦学の人という点に強くひかれた。相沢さんは納豆の行商で走り回っていた異色の人物であった。この人は行商の傍ら独学で考古学研究を続け1946年群馬県みどり市の岩宿の崖で石器を発見したのだ。相沢さんが石器を発見したのは赤土の中であった。赤土は関東ローム層であった。1946年といえば昭和21年で、私が小学校に入る前年のことであった。納豆売りをしていた相沢さんは、赤土の崖に露出していた黒曜石の石片を見つけた。専門的な教育を受けず、ただ古代への限りない憧れをエネルギーとして古代史の扉を開いた相沢忠洋は歴史上に測り知れない夢と力を子どもたちに与えることになった。

 古代史は謎と夢に満ちている。古代史の扉の奥には神話の世界が広がっている。天照大御神は女神であった。神話は民族の文化を支えるものであり、民族の精神を支えるものである。相沢さんの業績は貧しい境遇の中で独学で古代のロマンへの道を開いた。

 相沢さんのことを日本のシュリーマンと称する意味は深く大きい。私は子どものころシュリーマンに強く憧れた。シュリーマンはドイツ人で貿易商から身を起こし、トロイカやミケーネなどの遺跡を発掘した考古学者である。幼少期、ホメロスの叙事詩にあるトロイカの伝承を実在した国と固く信じ、貿易で得た財をつぎ込んでエーゲ文明の存在を実証したのである。シュリーマンは貧しい牧師の子として生まれた。純真の子どもの心に衝撃を与えた美しい詩とそれをひたすら信じて疑わなかった少年の姿。私はこの物語に強くひかれた。「叩けよさらば開かれん」、聖書のこの神の言葉はシュリーマンの情熱と行動力と共に少年の私に限りない力を与えた。日本にも多くの神話や伝説がある。それらは決して作り話ではない。その奥にはきっと真実に繋がるものがあるに違いない。少年の頃の私は神話や伝説の背後にはきっと何か確かなものがあると信じた。シュリーマンの物語はそんな私に大きな勇気を与えた。赤城山の奥地の開墾生活の一つ一つはそんな私にとって素晴らしい教科書であった。(読者に感謝)

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2026年4月 6日 (月)

「最初の人類月面の一歩、その衝撃が今甦る。知的生命との遭遇まであと数年か。天才ホーキングの警告」

◇NASAなどの飛行士4人が乗る宇宙船が日本時間2日、ケネディ宇宙センターから打ち上げられた。約10日間かけて月を周回して地球に戻る。人類がアポロ11号で最初に月面に立った56年前の興奮が甦る。あの時信じられないような出来事に全世界が沸騰した。第一歩を印したアームストロング船長は語った。「一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍だ」と。アームストロングとオルドリン両飛行士は月面をカンガルーのように飛び跳ねた。あの時、私はそばにいた子どもに大きな声で叫んだ。「あのピョンピョンは月の重力が地球の6分の1である証拠だよ」。宇宙を舞台にしたこんな素晴らしい理科実験はなかったのだ。

 二人の飛行士は、予定では4時間の睡眠と二回の食事の後に船外活動に移ることになっていた。しかし予定は5時間繰り上げられた。待っていられなかったのだ。オルドリンはその興奮を著書で語っている。「船外活動の前に睡眠をとれというのは、子どもにクリスマスの朝、正午までベッドに入っていろというのに等しかった」と。彼の心がすっかり子どもに戻っていたことが想像される。56年前の人類の一歩は現在大きな飛躍となって宇宙時代が発展を続けている。

◇人類の科学の目が飛躍的に発達している現在、最も興味が向くことは人類以外の知的生命体の存在である。この分野における研究は驚く程発展している。私の子どもの頃はSFの領域に近かったが、今日宇宙における人間以外の知的生命体の存在の可能性は、科学的に非常に高いと考えられている。

 知的生命体探査の最前線は驚くべきところに来ていると言われるのだ。ケンブリッジ大学の研究チームは124光年先の惑星大気に生物由来のガスが含まれている可能性を示唆した。またNASAは火星の岩石から古代の生命痕跡の可能性を発見した。これらの状況から発見は「あと数年」の段階にまで来ているとされる。あと数年といえば、満85歳の私は存命中に世紀の発見に遭遇する可能性が高い。車椅子の天才ホーキング博士は、宇宙人はほぼ確実に存在するとしつつも、それとの接触は人類にとって「破滅的な結果をもたらす」と警鐘を鳴らした。博士は宇宙人からのメッセージに積極的に返信したり、地球から存在を知らせるメッセージを送るべきではないと主張。コロンブスの新大陸発見が先住民にもたらした悲劇の再現の可能性を指摘したのだ。(読者に感謝)

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2026年4月 4日 (土)

死の川を越えて 第215回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

「はい大変心配でございます。わたしの父は軍人でした。私が小さい時に亡くなりましたが、アメリカとイギリスは兄弟以上で、切手も切れない仲だと申していたそうで、母がそう教えてくれました。イギリスを振り返れば、その通りだと思います。日本はアメリカ、イギリスと戦わないでほしいと思います。アメリカとイギリスの歴史の基礎にあるものは、人間の平等と民主主義です。日本の軍を動かす人たちがアメリカとイギリスの歴史を理解し、人間の平等とか民主主義の考えを少しでも知って欲しいと思います」

 難しい話に人々は熱心に耳を傾けた。教会の雰囲気も人々の心を厳粛にさせたようだ。その中で、リー女史の真心が人々に伝わった。そして、人々は世界で大変な動きがあり、その渦中に、この湯の川地区と共に自分たちがのみ込まれていくことを感じたのだ。

 

  • 遂に草津栗生園開く

 

 昭和6年は慌ただしく去り、日本は昭和7年という逆巻く激浪の中に突き進む。水野法学士が早くも情報提供した満州建国はこの年3月に実現し、世界に衝撃を与えた。世界大恐慌の影響は依然深刻で、特に農村の疲弊はその極みに達した感があった。このような社会状況を打開するために、個人個人の意見を尊重する議会や民主主義の制度は無力に思われた。多くの人は、非常時の最も効率のよい政治体制は独裁主義であると考えた。だから正助は人間の平等と民主主義の素晴らしさを熱く聞かされ混乱した。

 正助はいずれが正しいのか苦しんだ。そして避けてはならない重大問題だと思った。

「万場先生、民主主義と独裁主義、どちらが正しいのですか。俺には分からない。民主主義はきれいごとの理想主義に聞こえます。かといって独裁主義は時代遅れの野蛮な制度で江戸時代に逆戻りするようだ。物差しは何ですか」

 

つづく

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2026年4月 3日 (金)

「エイプリルフールに思うこと。宇宙は膨脹を続ける。その力はどこから。子どもの澄んだ瞳を宇宙に」

◇アメリカ西部のサウスダコタ州の景勝地には歴代4人の大統領の顔が刻まれていることで有名である。大統領とは、ワシントン、ジェファーソン、ルーズベルト、リンカーンである。ここに、およそ85年ぶりに新顔が加わるとの記事が報じられた。「4月1日」、英紙デーリー・メールの記事。トランプ大統領が昨年の二期目就任初日に工事を発注したとも。エイプリルフールは「嘘をついてもよい日」とされ、人を傷つけないユーモアのある嘘やジョークを楽しむ風習である。その起源については諸説あるが、フランス説が有力である。窮屈で緊張した社会にあっては時にはほっとした瞬間も求められる。日本では「四月馬鹿」、そして中国では「愚人節」とも言われる。気の利いた冗談は人間関係の潤滑油である。あの人には冗談が通じないなどと言われるのは社会生活にとってマイナスなのだ。昔は4月1日に、今年は誰をターゲットにと身構えたこともあったがそんな大げさなことはエイプリルフールの趣旨に反すると気付いた。

◇宇宙時代が大きく前進したことに胸が躍る。少年時代から宇宙は夢の舞台であった。4人の宇宙飛行士を乗せた宇宙船オリオンが2日ケネディ宇宙センターから打ち上げられた。打ち上げは長さ98mの大型ロケットでなされた。飛行士たちは約10日間飛行し月の裏側を回って地球に帰還する。今回の計画が成功すれば地球からの人の飛距離が40万キロを超え、人類最遠記録が塗り替えられることになる。

 晴れた夜に静かな星空を見上げた。宇宙とは何だろうかと改めて思う。およそ138億年前、宇宙はビックバンと呼ばれる大爆発から始まった。そして現在も膨脹を続けている。膨張宇宙の膨張力はどこから生まれるのか、それに限りはあるのか。素朴な疑問は尽きない。我々が空に向かって物を投げればそれは放物線を描いて落ちてくる。投げ上げる力と重力との綱引きである。現在の物理学では膨脹の力は尽きず加速しているという。驚くべき謎である。我々の感覚では力は尽き落下してくる筈である。ビックバンとその逆であるビッククランチは繰り返されていると主張する研究者もいる。

 宇宙は無限である。子どもたちの澄んだ瞳をそこに向けねばならない。教育、教育と世の中はかけ声ばかりは凄まじいが、かけ声倒れでその実が上がっていない。その瞳を生かすのは宇宙をおいてない。降るような天の星は子どもたちに呼びかけている。この瞬間にも宇宙の膨張は続いている。子どもたちの夢を乗せて。(読者に感謝)

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2026年4月 2日 (木)

「G7で高まる日本の存在感。聖徳太子の和の精神は時を超えて。太子の悲願は試練の時に」

◇G7のうち米伊英加仏五カ国全てが、ここ半年弱の間に訪日した。異例の大物ラッシュに驚くと共に、日本の存在感が高まっていることが単純に嬉しい。

 かつて、日出ずる国日本と言ったのは聖徳太子であった。国際的に極めて小さな存在であった日本が堂々と見事に自国を世界の大国に示した姿に胸を熱くする。太子が遣隋使に持たせた国書で表現されたのだ。日本を日の出の太陽を象徴する国と胸を張ったその壮大な精神こそ日本の原点とすべきである。日本はこの願いを1400年を超えて連綿として堅持してきた。太子が掲げた17条憲法の時を超えた普遍性と先見性に度肝を抜かれる思いだ。和をもって貴しとなす。つまり平和を最上の価値とし政治の基本とした姿勢は時を超え地獄の試練を耐えて生きている。地獄の試練とは広島と長崎である。1945年8月6日広島に、そして同年8月9日長崎に運命の炎は炸裂した。

 この人類初の試練は日本の使命を決定し、戦後の日本の方向を揺るぎないものにした。「日本は神の国」という思い上がった思想があった。聖徳太子が示した「和」の精神がこの思想に影響を与えたとすれば、それは歴史の曲解に他ならない太子の17条憲法は、仏教の慈悲と儒教の徳を基盤に「和(平和)」を最優先した日本初の道徳理念である。特に第一条の「和を以て貴しと為す」は、争いを避けて話し合いを重視する平和主義の根幹を示すものである。権力闘争が絶えない時代にこのような相互理解と共存の理念を説いたことは不思議ですらある。これを説いた太子の時代に核はなかった。太子は人間の本性の中に救い難い悪魔の存在を認め、それを乗り越えるために平和への願いを掲げたに違いない。太子は人間の知性には悲しい危険性が宿ることを憂えたと思われる。人間の優れた頭脳の奥には仏の姿と悪魔の力が存在すると見抜いた筈である。人間の悲しい性としてそれは必ず争いを引き起こす。争えば勝つために手段を選ばないことは歴史が教えるところだ。人間の知性はとんでもない武器や手段をつくり出すことは必然である。争えば行きつく所まで争う。「和を以て貴しとなす」は空念仏に帰すだろう。それはその後の戦国時代が実証することになり、更にその後に広島・長崎が実現した。日本の悲劇は人類の悲劇である。太子の和の悲願は、今最大の試練に直面している。広島・長崎を経て「和を以て貴しとなす」の実現を日本から踏み出さねばならない。(読者に感謝)

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2026年4月 1日 (水)

「4月の節目に思うこと。天が与えた男女平等の機会を活かせ。日本が果たすべき真の勇気を」

◇4月がスタートした。この節目の時に一日一日を大切にする決意がおのずと生まれる。満85歳の私は、毎日走り懸垂、腕立て伏せをなどの運動を続けている。天から授かった健康に感謝する日々である。かつては夢であった人生百年時代が着々と現実になっている。82歳のとき書いた小著「生まれいきそして未来へ」で102歳まで走ることを宣言した。自慢する気持ちはなく、高齢社会の先頭に立つことを示して社会貢献したいという秘かな自負があったのだ。振り返ると良く生きたという思いと共にまだまだこれからだぞという熱いものが湧いてくる。

 気づけば目も眩む激動である。この浪は私をどこへ運ぶのか。江戸時代の人がここに現れたら腰を抜かすに違いない。生まれによる人の上下はなくなり、人はうまれながらにして平等となった。これ以上の革命があろうか。この変化は社会をどこに導くのであろうか。開闢以来の大波が天が崩れ落ちるように襲ってくる。それは信じ難い社会現象となって人々を押し流そうとする。その顕著な例が、女性総理の実現である。歴史を振り返れば男尊女卑は当然のことであった。日本史上最大の革命である新憲法の誕生によって男女平等の理念が生まれたが現実の壁は堅固でなかなか崩れなかった。2025年10月21日の高市早苗総理の実現は正に青天の霹靂であった。日本は天が与えたこの機会を真に活かさねばならない。「太古女性は太陽であった」と言われてきたが、長いこと絵に描いた餅であった。神話を振り返れば、女神・天照大神が存在する。神話は民族の心の原点であり軽視すべきではない。現在、日本人の精神の危機が叫ばれている。器械文明が異常に発達し伝統の精神文化が危機に晒されている。「あつものに懲りてなますを吹く」という諺がある。日本は誤った軍国主義を強く否定する余り、守るべき美しいサムライの文化まで否定しようとしている。現在日本人に求められているものは歴史の正しい捉え方である。

◇日本は歴史・長崎の悲劇を乗り越えて平和憲法を手に入れたが、現在核戦争の足音が聞こえるようである。人類初の悲劇の体験を世界のために活かすことは日本民族の使命である。世界は分断と対立が深まり、日本はその最前線にいる。北朝鮮、ロシア、中国などに毅然とした姿勢を示して言うべきことを言わねばならない。多くの国々が日本の真の勇気を期待しているのだ。(読者に感謝)

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