死の川を越えて 第196回
※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。
安田大臣の一行は湯の川地区に入った。大臣にはハンセン病の人たちが暮らす集落の実態を見たいという決意があった。安田の胸には故郷熊本の本妙寺のハンセン病の集落の姿があった。
「こんなに多くの家々があるのですか。商店も旅館もある。あれは郵便局ではないか。これら一帯がみなハンセン病の人々の町なのか。整然として、無法地帯ではない」
これを聞いて待っていたとばかりに木檜は説明する。
「はい大臣。選挙で区長を選びます。税金も納めているのです。かなりの識者が集まっていまして意識も高いのです。世界広しと言えど、このような所はありません。日本の文化の堅さ、文明の高さを示す象徴です。さらに大臣が驚かれるようなことがございます」
「ほほー。それは何か」
「すぐに分かります」
しばらく進んで内務大臣は一点に目を止めた。
「何じゃ、これは。湯川生生塾とある」
直ちに木檜は言った。
「驚かれることとはこれです。現代の松下村塾でございます。子どもを教え、志ある大人たちに先生が難しい政治や歴史を易しく説いて教えているのです」
「驚きであるな。立ち寄っても構わんであろうか」
「現職の大臣がここに立ち寄ったとなれば、末代までの語り草となります。ところで、周りの役人の皆さんが心配の目つきですがそれは無用です。この塾に集まる人は、今、病気は出ておりません」
「は、は。見損なうでない。これでも私は済々黌で学んだ肥後もっこすだ。怖いものなどあるものか」
「いや恐れ入りました。正助君、それでは」
木檜は後方にいた正助を招いて何やら囁いた。正助は走り込んで行ったがすぐに現れて大臣を招き入れた。
つづく
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