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2025年12月31日 (水)

死の川を越えて 第185回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 草津町小学校は正太郎を診断し学力を検査した。正太郎は11歳に達していたのである。学校側は正太郎の学力の確かさに舌を巻いた。算数、国語、歴史などの教科の力は草津小の生徒と比べ群を抜いているように見えた。そして、協議の結果4年生への編入が適当だろうということになり、町長もこれを認めた。

 ある日、正太郎は4年生のクラスに出席した。緊張で胸がドキドキしている。クラスの皆が好奇の視線を向けている。それが正太郎には刺さるように感じられた。

 萩野花子という若い先生は、正太郎を紹介した。

「下村正太郎君です。今日からクラスの仲間です。仲良しになってくださいね。草津小学校に入るための試験に健康も勉強も立派な成績で合格しました。正太郎君をクラスに迎えることは、皆さんにも大変勉強になるに違いありません。席は市川純子さんの隣よ。純子さんお願いね」

「はい、分かりました。大丈夫です」

 活発そうな女の子はにっこり笑って正太郎を隣の席に迎えた。萩野先生は、湯の川の子ということでいじめられたりしないよう、また、不安がったりしないよう配慮するように校長から言われていたのだ。

 正太郎が湯の川の子どもということは、初め秘密にされる方針であったが、隠し切れることではない、やがて分かるということで、あえて隠さず自然に任せることになった。正太郎の両親も、むしろそれを望んだ。一部の生徒には早くもどこからか、正太郎が湯の川の子であることが伝わっていた。

 正太郎は全身を耳にして座っていた。湯の川とささやく小さな声が聞こえた。休み時間になった時、純子という女の子が言った。

「私のお父さんは警察官よ。でもね。優しい、いい警察官なの。あたしも、最近越してきた新入生なの。よろしくね」

 純子は、新入生の割には皆に溶け込んでいて元気にはしゃいでいる。正太郎は勇気付けられる思いであった。

つづく

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2025年12月30日 (火)

死の川を越えて 第184回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

  • 正太郎、草津小学校に

 

 昭和の初めの頃、湯の川地区の患者の子どもが草津小学校へ通い始めた。湯の川の人口は増え、健康な子どもたちも増えていた。一方、国民に等しく教育を施すことは、明治以来の国の一大方針であったから、県および草津町としても湯の川地区の子どもたちを放置できなかった。

 湯の川の健康児童を受け入れるといっても、ことは簡単ではなかった。ハンセン病の菌が隠されていて、感染する心配はないのか。そういう町民の不安をなくして、受け入れるためには、健康診断を整え、一般の生徒と父母の理解を進める等の準備が必要であった。それにしても湯の川地区の子どもが草津の町立小学校に通えることは革命的な出来事であった。

 ある日、万場老人は正助、さや夫婦と話した。

「正太郎君を草津小学校に通わせることをどう考えるか、お前たちの考えを聞きたい」

 正助が口を開いた。

「素晴らしいことで、名誉ですが不安もあります。マーガレット先生、そしてこの塾にもお世話になっています。どうしたらよいのでしょうか。先生、教えてください」

「うむ。よいか。一つは正太郎君のため。正太郎君は賢い子じゃ。広い競争の世界で才能を伸ばすことが大切なのだ。もう一つは、より重要なことで、この湯の川のため、そしてわれわれハンセンの患者のためなのじゃ」

「どういうことですか先生」

「分からぬか。差別の突破口よ。湯の川は特別とはいえ、まだまだ差別されている。低く見られている。学問する能力も資格もないと考えている人が多いのも事実じゃ。正太郎に よって見直すに違いない。正太郎はつらい思いをするに違いないが、名誉ある先兵になるのじゃ。あの子ならできる。われわれも力いっぱい支えねば」

「先生、よく分かりました。正太郎にはよく言って聞かせます」

 正助夫婦の目には喜びの色が溢れていた。

 万場軍兵衛は次にマーガレット・リー女史に会った。正太郎のため、湯の川に対する差別を突き破るためということに女史は打たれた。

つづく

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2025年12月29日 (月)

「10キロマラソンは今年の重大事。85年の原点を振り返る。市長選の課題は雪辱である。新年に思う。叩けよさらば開かれん」

◇12月29日、いよいよ今年が暮れる。胸に迫る思いに駆られ、一年を振り返る。重大事の一つは10キロマラソンである。熱い感慨が甦る。前の走者まで数メートルの差で完走を逸した。数メートルの距離は85歳の体力を物語っていた。同時に新たな挑戦の気が燃えた。『来年は、体重を落とし身体を引き締めて頑張ろう』。

 新年を前に改めて生き抜いた85年を振り返る。県庁の近くで生を受けた。その1940年は日本の歴史上大きな節目であった。戦雲は黒く立ち込め、間もなく日本は戦火に巻き込まれ、3歳の私は母に手を引かれ、防空壕に逃れた。一夜明けると衝撃の光景が広がっていた。「国破れて山河あり」。赤城山がぐっと近く見えたのだ。それは私の人生の原点であった。開闢以来の敗戦は、敗戦国の悲惨さを痛いほど思い知らせた。鬼畜と教えられた米兵の進駐が迫り流言飛語が飛び交った。女子どもは風前の灯に思えた。

 そのような社会状況の中を逃れるように我が家は赤城山の開墾生活に入った。そこは私の心身の開拓の舞台でもあった。85年生きて未だ心身が健全なのは開墾生活の賜物である。同世代の者たちは皆必死で生きたが、多くは現在人生の終焉に近づきつつある。人生百年時代と言われるが、一方で認知症の時代が進む。軽度を含めると、およそ500万人が認知症と言われる。元気がよかった仲間もバタバタと倒れたり施設に入ったりしている。85年を生き、見渡せば死屍累々の世界が広がる。

◇新年の重大事の一つは前橋市長選である。おかしな時代になったものだ。「信なくば立たず」という言葉がある。これは政治の原点は何かを訴える。市長選の告示は1月5日である。世の中のモラルの基準がおかしくなっている。これは民主主義の危機に他ならない。前橋市は今年、天下の物笑いの的になっている。新年初の最大の課題は、「雪辱」である。27日の「ふるさと塾」で候補者の一人丸山彬さんが前橋再生の決意を語っていた。

◇このブログで私の心を訴え続けて、今年も終わる。読んでくださる方々に改めて感謝。来年も初心を貫いて情報発信を続ける決意である。激動と混乱の流れは激化するに違いない。皆様と力を合わせ、恐れずに挑戦を続けたい。聖書の言葉「叩けよさらば開かれん」が私たちの胸に勇気と新風を送っている。皆様のよき新年をお祈り申し上げる。待ち受ける様々なサプライズは試練を意味する愛のムチだ。(読者に感謝)

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2025年12月28日 (日)

死の川を越えて 第183回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

「ははー。これはえらいことになりましたわい」

 水野は前に進み出た。

「私はフランス革命など、人権の問題を研究してきました。人権、つまり人間の平等です。差別は人権の否定です。患者として、この集落で皆さんと生きて、人権のための闘いの渦中にいることを肌で感じておるのです。私たち一人一人は誠に弱い。集団で行動しなければ権利は守れない。しかし、集団は群集心理で暴走しがち。そこで私は、謙虚な気持ちで集団行動を行うことで伝えたいと願った。そこで、小学生のように列を作ってと提案しました。皆さん、その通りやってくれました。私は生涯でこんなに感動したことはありません」

 万場老人も感動した様子で言った。

「実により勉強ができました。ハンセンの光が実を結んだ姿じゃな。小学生のようにとは実に妙案。大群衆が隊列を組んで進んだとは。学者のあなたが鉢巻きして先頭に立った。それを見て、群集はあなたを校長と信じ、素直に小学生の心になれたのじゃ。実に愉快。そして、わしが声を大にしたいのは、今回のことは湯の川という自治の歴史があったればこそ実現できたということ。消毒の対象として我々を汚物のように見ていた警察はさぞ驚いたに違いない。それ以上に、県と鉄道会社が驚いたのだ。県が自動車を出し、会社がわずかな期間とはいえ、患者専用車を用意すると言い出したのは、何よりの証拠じゃ。我々は、このことに驕ってはならぬ」

 万場老人はこう言って、人々の顔を見た。正助が応えた。

「勝って兜の緒を締めよですね、先生」

「そうじゃ正助。今回の出来事を通じて、お前は大きく成長した。お前の責任は今後大きくなるぞ。謙虚に学ぶことを続けることじゃ。水野先生、よろしくお願い申しますぞ。そうじゃ、あなたにも、この湯川生生塾の講師をお願いしたい。よろしいかな」

「はい。喜んでお引き受け致します。ここは、大学の教室にはない生きた学問の場ということに気付きましたのでな」

 人々の間に一斉に拍手が起きた。

つづく

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2025年12月27日 (土)

死の川を越えて 第182回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

「おお、あなたが水野先生ですか。正助が大変お世話になっております。また、この度は大変勇ましいご活躍をなされたそうで敬服致しておりますぞ」

「はは、もう伝わっておりますか、お恥ずかしい限りです。は、は、は」

「皆さん、今日の塾は特別のものですぞ。先日の大集会は大成功であった。ここには、勉強する大切なことがいっぱい詰まっておる。わしは集会には出られなかったが報告を受けて感動したのじゃ。まず、正助から大切な点を話してほしい」

「皆さん、集会の成功はまず大勢の人が集まったことです。そして、今回は怒った人々であるにもかかわらず、警察の世話にならなかったことです。どちらもうまくいきました。半鐘が鳴ったので皆が駆け付けたと言っていますが、やったのは権太です」

「えー」

 驚きの声が上がった。まさかという視線が権太に向けられる。

「正助に言われていたんだ。嘆願が駄目になって集まれと紙が回ったらやることになっていた。後でまずいことにならねえかと言ったら、問題ねえと言うんでやった。高けえ火の見に登ったら興奮して、思いっきりぶっ叩いた」

 どっと笑いが起きた。

 正助は続けた。

「それから皆、殺気立って何か起こるか分からなかった。長野原の警察署長はサーベルを抜いて今にも斬りかからんばかりだった。大震災の時の朝鮮人の騒動を想像したんではないでしょうか。大勢が暴れなかったのはここにいる水野先生のおかげです。小学生のように列を組みましょうと言って、鉢巻姿で先頭に立ってくれました。学者先生のあの行動に、俺は涙を流しました。先生、ありがとうございました」

 これを聞いて万場老人が言った。

「ほほー。目に浮かぶようじゃ。水野先生、これはすごいことじゃ。先生のお考えを話してください」

つづく

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2025年12月26日 (金)

「今年最後のふるさと塾は外国人対策を。水資源保全条例の意義。宇宙船地球号は神の賜物」

◇今年最後のふるさと塾が明日に迫った。一年を振り返ると激動と混乱の激流であった。その中で木の葉のように翻弄された自分の姿が浮き上がる。非力で何も出来なかったという自責の念が湧く。そして来年こそはという思いをかみ締める。「叩けよさらば開かれん」、この神の言葉が「勇気を出せ」と挑戦を促す。来年は挑戦の年にと秘かに誓う。来年の終盤は85歳を迎えるが心身共に健在である。毎朝7杯の水をかぶり、走る等の修行は心地よい鞭となっている。

 ふるさと塾で重点を置くテーマは外国人問題である。グローバル化が加速する中、人口減少に押し流される我が国は外国人との共生共存が最重要な課題の一つ。「外国人との秩序ある共生社会の実現」は、待ったなしに迫る。

 首相は「秩序ある共生」に関し、外国人に対する政策の厳格化を表明している。その主な点は、在留資格や帰化の厳格化等を強く押し進めることである。ふるさと塾では具体的には次の点を取り上げることになろう。現在、ルールなき外国人が日本の資源を買っている状況である。広大な原野が買われていることは深刻だ。それは安全保障上の懸念にも繋がる。特に森林と共に水資源が買われている現実は重大である。美しい緑の国日本は美しい水があってこそ存在するからである。水資源を守るためには水源地域の保全条例が大きな役割を果たしている。群馬県は全国有数の森林県であり、水資源保全条例を有する県の一つである。群馬県水資源保全条例は、水源地域の重要性に関する理解を深め行政が実施する水源地域保全の施策に協力するよう県民に努め、水源地域を所有する者に対し、所有権移転に関し届出義務等を課している。

 森林は条例が訴えるように県民の宝である。ところが現在、この森林が危機にあることを痛感する。それは森林を支えるのは人間であるのに高齢化が進み、森林は荒廃の危機にあるからだ。私たちは森林の危機が人間の心の荒廃に繋がることを意識すべきである。人間は森から出てひたすら文明を求めてきた。森から遠ざかり、コンクリートのジャングルに慣れるにしたがって人間の心は貧しくなった。そして、心の貧しさが文明の危機を招いていることは皮肉である。地球の温暖化は止まることを知らない。氷河は溶け、海面は上昇し、異常気象は常態化した。宇宙船地球号は破滅のブラックホールに向かっているのかも知れない。緑の惑星が、今日不思議な存在に思えてきた。当たり前の惑星が非常に稀な神の賜物であることを今こそ認識すべき時である。(読者に感謝)

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2025年12月25日 (木)

「止まらない人口減少の衝撃。新制度育成就労に上限を設ける意味は。クリスマスにカトリックの歴史を思う」

◇人口減少が止まらない。雪だるまが斜面を転がるようである。朝日新聞の推計によれば2025年に国内で生まれた日本人の子どもは66万7,542人で、10年連続で過去最少を更新する見通しという。高市首相は「我が国最大の問題は人口減少だ」と危機感をあらわにした。政府の推計では人口が一億人を割るのは2056年だという。岸田政権は23年、若手人口が急減する30年代に入るまでが、少子化傾向を反転できるラストチャンスとして「異次元の少子化対策」に着手したが、出生数の減少傾向に歯止めはかからない。急激な人口減少は経済、社会保障、地域社会の持続可能性といった多方面に深刻な影響を及ぼすことになる。そして国力の低下は安全保障に影響を及ぼすことは避けられない。日本は、北朝鮮、ロシア、中国などを隣国に持つことを考えると容易ならざる事態が進んでいることが懸念される。

◇外国人労働を受け入れる新制度「育成就労」が2027年度から始まる。この制度は外国人を受け入れ、原則3年間の就労を通じて「特定技能1号」まで育成することを目的とする。人手不足分野における。「人材の確保」と「人材の育成」を主眼とするのだ。この制度に関して政府は、開始から2年間で受け入れ可能な上限を42万6千人とする方向を打ち出した。外国人労働者の受け入れに反対する声が高まっている。育成就労は、人権侵害の温床と批判されてきた技能実習に代わる制度として創設された。育成就労は「介護」、「建設」、「農業」など17分野に増える見通しだ。

◇昨日はクリスマスイヴ。教会は国際色豊かで賑やかだった。静かだった昔の教会の雰囲気とは隔世の感がある。ブラジルの人々が多いことはカトリックの勢力による新大陸の発見と征服の歴史を物語る。カトリックの力は神の名の下に残虐の限りを尽くした。途方もない数のアフリカの黒人が奴隷として新大陸に渡った。ストウ夫人のアンクルトムの小屋を思い起こした。

◇昨夜は遅かった。11時過ぎ焼酎をあおりぐっすり寝た。午前4時起床、風呂場で7杯の水をかぶると心身共に甦る。工業団地のいつものコースを走る。一年の計は元旦にありというが、元旦にしっかり走るため「計」は今にありという心意気で走った。一歩一歩新年に近づく。一歩一歩が走れることを神に感謝しながら。来年は10キロを今年よりもゆとりで完走するぞと近いながら走った。人生街道に手応えを感じながら。(読者に感謝)

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2025年12月24日 (水)

「日本版DBSの実効性と教育現場の深刻さ。教室に防犯カメラとは。自治体に新たな覚悟が求められる時」

◇日本版DBSが来年12月から始まる。教育や保育現場などで子どもと接する人が、性犯罪歴がないかを確認する制度である。教員・保育士などによるわいせつ行為の多発状況から子どもを守ることは差し迫った危機となっている。子ども家庭庁は詳細な運用指針案をまとめた。背景には社会の危機感と既存制度の不十分さがある。公立学校教員によるわいせつ行為処分は10年連続で200人を超えている。内閣府の調査では性加害者の7~8割が親族や教師などの「顔見知り」であるという。日本の社会が子どもと接する身近なところから崩れようとしているのだ。日本社会の崩壊現象を防がねばならない。特に「小児わいせつ」に於ける常習性、再犯率が非常に高いのは深刻である。対策として内定者に性犯罪の前科があれば内定取り消しや配置転換で子どもから遠ざける、前科がなくも性暴力につながる「不適切な行為」があれば指導する、職場に防犯カメラの設置を推奨し性暴力早期発見につとめるなどが考えられている。私の子どもの頃を想像すると教室に防犯カメラなど、考えられないことであった。子どもたちは常にカメラを意識することになる。教育の目的は生きる力を養うことにある。防犯カメラのある教室では子どもたちは委縮するに違いない。「不適切な行為」かどうかの認定は難しいことだ。運用指針では「仕事上必要でないのに膝に乗せる」、「必要以上に長時間抱きしめる」などを不適切とするが、教師の教育活動がぎくしゃくしてしまうのは避けられない。教師は血の通った温かい人間であることが求められ、教育ロボットではない。犯罪歴照会には難しい課題も懸念される。限定的に行うべきは当然であろう。刑法の不同意性交罪や不同意わいせつ罪、児童買春、盗撮違反などが挙げられている。国会審議では「これで本当に子どもを守れるのか」といった実効性への疑問も指摘されている。子どもを性暴力から守るためには地方自治体の自覚と使命感が非常に重要である。この点で注目すべき事実が報じられている。教員採用時に法律で義務づけられている対応を学校法人や教育委員会などの7割近くが怠っていたというのだ。文部科学省が全国調査の結果を公表した。子どもを守るための砦がしっかりしていないことを痛感する。子どもを性暴力から守ることは、社会を守ることの第一歩である。今年が終わり、新年が始まる。子どもを守る砦は社会を守る砦。激動と混乱が予想される新年に新たな覚悟で臨みたい。(読者に感謝)

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2025年12月22日 (月)

「中央アジア5カ国とシルクロードのロマン。国家機密たる絹の秘密と王女の決意」

◇高市政権が初めて主催する首脳級の国際会議が、20日東京都内で開かれた。参加国である中央アジア五カ国には広大な砂漠も存在する。中でもトルクメニスタンは国土の大半がカラクム砂漠で占められている。水と緑があふれる日本から見れば中央アジアは過酷な自然が広がる対極の存在である。一方、中央アジアは壮大なユーラシア大陸に於いて東西文明が交差するロマンの舞台でもあった。歴史を振り返ればシルクロードが甦る。古代社会に於いてシルク(絹)は富と権力の象徴であり、中国ではその生産技術は国家機密として厳重に管理されていた。蚕や桑の木の種などを国外に持ち出そうとした者は死刑に処せられた。絹の秘密は国の存立に関わることであり、今日でいう国の安全保障に関わる重大事であった。この点につき古代中国で絹の秘密を国外に持ち出した有名な逸話が伝わっている。世界中で絹がいかに重要な物であったかを物語るものだ。例えば次のようなエピソードに衝撃を受ける。6世紀頃、東ローマ帝国のユステー二アヌス帝の命を受けた修道士が、中国から蚕の卵を杖の中に隠して持ち帰ったという話。そして次のホータン国に嫁ぐ王女の決死の行動は特に有名である。王女は嫁ぐ際に、秘かに蚕の卵を髪飾りの中に隠して持ち出したという。最高の嫁入り道具だったという訳である。王女の機転によりホータン国では養蚕が始まり技術が西方に広まるきっかけとなった。王女は生涯にわたり国民から愛され大切にされたと伝えられている。ホータン(現在の新疆ウイグル自治区)にはこの出来事を描いた古い絵画も残されているという。これらの物語は絹につき中国の独占状態が崩れ、養蚕技術がインド・ペルシャ、そしてヨーロッパへ広まり各地で養蚕業が発展していったことを物語るものである。シルクロードは中国の長安(現在の西安)を起点とし、中央アジアのオアシス都市を経由して、ローマまでを結んだ、当時としては空前の交易の舞台であった。

 高市首相は5カ国の首脳を前に強調した。「中央アジアを取り巻く環境が急激に変化している今こそ、地域協力と世界との連携がますます重要だ」。そして首脳会議では物流ルートの円滑化やAI分野などに関する協力方針をもとめた「東京宣言」を採択した。この宣言では法の支配に基づく国際秩序の維持に向けた連携も確認した。閉塞した国際情勢に古代のロマンが吹き込む感動を覚える。中央アジア5カ国と日本との今後の大なる発展を願う。(読者に感謝)

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2025年12月21日 (日)

死の川を越えて 第181回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 何度か会議がもたれた。湯の川側は乗車拒否の廃止と患者専用車の配備を主張し、会社側と激しく対立した。正助は姿勢を正し静かな口調で主張した。

「駅前の集会で、人々は大切なことを学びました。それは自分たちの主張と行動は間違っていないということです。学者先生が暴力はいけない、逮捕者は出すなと訴え、自ら鉢巻で先頭に立ちました。湯の川地区が長い間、村をつくり、税金まで払い、助け合って生きてきた意味を人々は実感したのです。次は、他の地区の半鐘も鳴らし、もっと大きな集会をと話を広げている状況です」

 これを聞いた会社側および県の人々の顔に動揺の色が走った。ついに県は次のような調停案をまとめた。

 患者輸送用の自動車一台を県より貸与する。

 会社は、冬、雪のため自動車の運行が不可能の間、短い区間、限られた日に、患者専用車を配備する。

 患者専用車については、高い料金を払わねばならない等の条件が付いたが、会社とすればぎりぎりの譲歩だった。

 また、県が出した車が警察本部長の乗用車であったことも面白い。窮余の策だったことを物語る。

 住民集会が終った後のある日、湯川生生塾に人々が集まった。成人の部の授業ということで触書が回ったのだ。ひげをつけた学者風の新顔が人々の注目を集めた。

 正助が紹介する。

「明星屋にいらっしゃる水野先生です。偉い法律の先生で、今回、県や国に出す嘆願書で大変お世話になりました。この塾のことを知って、ぜひ参加したいというのでお連れしました」

 水野は万場軍兵衛に近付いて丁寧に頭を下げた。

「お噂は聞いておりました。明星屋の客、水野と申します。この湯の川で新たな生きがいを見つけました。以後、よろしくお願い致します」

つづく

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2025年12月20日 (土)

死の川を越えて 第180回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 一方、湯の川では、実行委員を中心とした会議がもたれた。高田区長が口を開いた。

「このままでは住民は治らない。正助君が言うように、この大会を第一歩として今後に生かすためにはどうしたらよいか。正助君に何か名案はあるかね」

 正助は答えた。

「はい、県当局、会社、警察を入れて、打開策を話し合ったらどうでしょう。その際、住民は、次はもっと大きな集会を予定していることを知らせることが戦略として重要だと思います」

「なるほど、君は若いがなかなかの軍師だ。それも、朝鮮やシベリアで身に付けたことかね」

 区長の言葉にどっと笑いが起きた。

 県に連絡すると、県は心配していたとみえすぐに対応した。県から会社に連絡し、草津で会議がもたれることになった。県からは社会課長の他、保安課長も出席、会社からは社長の代理という役付きの者が参加していた。

 実は保安課長の出席には次のような訳があった。駅前の大会のとき半鐘の音と共に集まった群衆の勢いに、長野原署の署長は何事が起こるかと慌てふためき、抜刀して臨んだのだ。しかし、群集は大声の割には整然としており、抵抗もないので、署長は拍子抜けしたのである。日頃、権力を笠に着てハンセン病の患者を見下していた巡査の姿が人々には滑稽に映った。

「ふん、ざまあ見やがれ」

 という声が聞こえた。署長は決まり悪そうに刀を鞘に納めた。逮捕者は一人も出なかったのだ。これは、正助が、逮捕者を出さない大衆運動の重要さを強く訴えた効果であった。保安課長は、署長から整然と動く群集の姿を報告されていたので、底知れぬ不気味さを感じ、対応を誤ると大変なことになると恐れたのであった。

つづく

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2025年12月19日 (金)

「大分大規模火災の教訓。空き家の抱える深刻な課題。安倍襲撃犯に無期刑の衝撃」

◇大分市佐賀関の大規模火災から一か月が過ぎた。事件は現代社会の深刻な課題を突き付けている。教訓を得て活かさねばならない。焼失面積は4万8,900平方メートルに及んだ。広がる空き家、密集し狭い道路、強風、これらは私たちの共通する課題である。およそ100年前の関東大震災が甦る。死者は10万人を超え、ライフラインは壊滅的衝撃を被った。悪夢のような惨状から活かすべき教訓は、今日でも訴え続けるものが大きい。虐殺された朝鮮人は、ある調査では6,000人以上に上った。身近な例として藤岡事件がある。本県藤岡市で激高しパニックとなった民衆が警察署に保護された朝鮮人を襲い17人を殺した事件である。現在、当時と比べフェイクなニュースを流す手段は格段に高度になり、大衆の心理は変わらない。

 人間の心の深層には悪魔が潜む。大災害時、悪魔をコントロールする理性が力を失い悪魔が頭をもたげるのだ。大災害が近づく今、心しなければならない深刻な課題である。

 街を歩くと空き家が目立つ。人口減少社会の現実である。大分の火災では被災建物の約4割が空き家だった。空き家と火災はどのように関わるのか。明らかになったことは空き家になり管理が十分にできないことがリスクに繋がることである。瓦や窓が破損した建物は飛び火のリスクが高まるという。住民不在で消火が遅れる点も重要であろう。空き家は全国で増えており、2023年の空き家は900万戸という。高齢社会の進行と共にこの数は増えるに違いない。空き家の存在は景観の問題でもあり、街づくりとしても新たな課題を投げかけている。

◇安倍元首相襲撃犯に対する刑の行方に注目していたが、求刑がなされた。検察側は「戦後史に例を見ない重大事件」として、山上徹也被告に無期懲役を求刑。弁護側は「重くても懲役20年」と主張している。意見が分かれた最大のポイントは山上被告の生い立ちをどう考慮するかである。この点、検察側は不遇な生い立ちは量刑の大枠を変えるものではない、重視すべきは犯行の危険性や計画性、動機といった行為そのものに関する情状だと強調。

 無期懲役は死刑に次いで重い自由刑である。10年以上服役し更生の情が認められれば仮釈放の可能性がある。これが終身刑と異なる点である。近年は30年以上服役するケースが多く、事実上の終身刑化が進んでいる。最近の改正により懲役刑は「拘禁刑」に一本化される。更生を重視する流れに注目したい。(読者に感謝)

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2025年12月18日 (木)

「天変地異、その足音が聞こえる。天明の生死を分けた十五だん。観音堂の悲劇に学ぶとき」

◇乾燥の季節が進むにつけ火が恐いことを痛感する。高齢社会と重なって、逃げ遅れて焼死する例が跡を絶たない。最近は山火事も多い。身近な例では本県妙義山の山火事である。また、岩手県大船渡市では2月、国内最大ともいわれる山林火災で3370ヘクタールを焼いた。山火事は世界的に頻発しており、地球温暖化による極度の乾燥が影響していると言われる。今年は水の被害も大きかった。見渡す限りの濁流が想定外の地域を襲う光景はノアの方舟を連想させた。今年夏の酷暑を振り返る。原因とされる地球温暖化は恒常化している。国連事務総長は「沸騰」と表現した。人類は煮えたぎる焦熱地獄を生き延びることはできるのか。風前の灯のような人々の姿を晒しながら今年も暮れる。85年激流の中を生きてきて、迎える新年に身構える心境である。途方もないことが待ち受けているように思えてならない。まず天変地異である。首都直下、南海トラフはいずれも足音が聞こえるようである。それぞれの神秘の力の主は地下で申し合わせを済ませているのではなかろうか。「各々方、そろそろ頃合いではなかろうか」、「そうだ、目に余る人間の所業に鉄槌を下すのは今をおいてあるまい」。このような人知を超えた動きが最近頻発する地震と共に伝わってくるようである。

 今朝も寒風を走った時、冷厳と立つ浅間が見えた。天明の大噴火は1783年8月4日のことである。あれから240年余が経つ。不気味な沈黙は何を物語るのか。蓄えたマグマは限界に達しようとしているに違いない。歴史は繰り返すものだが、それは大自然の仕組みについても言えるに違いない。今、改めて日本のポンペイ、鎌原村の悲劇を想像する。生き残った人々が、今までの関わりを一切捨てて村の指導者の支えに従い新しい夫婦関係を築いて立ち上がった。浅間山大和讃は語る。「妻なき人の妻となり、主なき人の主となり」と。これは人類史上稀有のことであり、ポンペイ以上に誇るべきことと信じる。観音堂の苔むす石段は静かに雄弁に悲劇の歴史を語っている。石段の傍の標柱は刻む。「天明の生死を分けた十五だん」。令和7年は終わろうとしている。新年はいかなる年か。「天災は忘れた頃にやってくる」、しかも必ずやってくるのだ。大災害を身近に控え、最大の防災対策は私たちの心構えにある。そしてそれは歴史に学ぶことにしくはない。今こそ、鎌原観音堂の悲劇を心によみがえらせる時である。「天明の生死を分けた十五だん」

(読者に感謝)

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2025年12月17日 (水)

「映画ヒトラーの衝撃。ユダヤ人に対する憎悪と偏見は続く。太陽光パネル猛反対の高市首相」

◇ビデオ映画「ヒトラー」を観た。自殺に追い込められたヒトラーが虚ろな目で自分の最大の功績はユダヤ人に公然と対決したことだと語る場面が印象的である。ナチスドイツが行ったユダヤ人600万人に対する大量虐殺は身も凍る歴史的事実である。この根底にはヨーロッパに古くから存在したユダヤ人に対する憎悪や偏見である「反ユダヤ主義」があった。ナチスヒトラーは反ユダヤ主義を人種主義的教義の中心に据えユダヤ人をドイツ社会から排除すべき脅威だと主張した。ヨーロッパの長い歴史の中でユダヤ人に対する偏見はあらゆる文化の面でも圧倒的な力で押し進められてきた。私は子どもの頃、冷酷なユダヤ人の高利貸しが登場する「ベニスの商人」を読み、ユダヤ人に対する怒りを覚えた経験がある。人類は特異な選民思想と能力をもつユダヤ人に対し恐れを抱いてきた。イエスキリストもユダヤ人であることを知った幼児の頃の私はユダヤ人に対する憧れに似た不思議な感情を抱いたことがある。ユダヤ人に対する偏見と憎悪は、今日に至るも脈々と受け継がれていることは驚くばかりである。

 14日、オーストラリアの最大都市シドニーで、10歳の少女を含む15人が死亡する銃撃事件が起きた。ユダヤ教の祭りの最中であった。ユダヤ系の人々を標的としたとみられる凶行にオーストラリア社会に衝撃が広がっている。アルバニージー・オーストラリア首相は「反ユダヤ主義を根絶するために、必要なことは何でもする」と訴えた。また同首相は「悪意に満ちた反ユダヤ主義的なテロ行為だ」と非難した。

◇私が毎日車を走らせる県道76号線(前橋西久保線)は、かつて利根川が流れた広い氾濫原の北岸である。その広い斜面を黒く覆いつくすのはメガソーラーのパネルである。太陽光をエネルギーに変える再生エネルギー源の壁である。この岸壁の光景が、そして各地で展開する自然エネルギー生産の光景が変更を迫られるかも知れない。高市首相は中国製太陽光パネルの国内導入に「猛反対」を表明している。各地の開発現場では景観を巡り住民が反発し、トラブルが続発している。高市政権は国の補助廃止への方向転換に動き出した。再生エネルギーは重要である。景観と中国流入の問題は、日本の技術で乗り越えるべきである。従来のパネルより圧倒的に薄く、立地スペースを省略できる次世代の太陽電池が可能になっている。ペロブスカイト太陽電池と呼ばれるもの。地球温暖化は止められない。環境に優しいエネルギーは不可避の流れである。(読者に感謝)

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2025年12月16日 (火)

「県書道展で伝統文化の危機を訴える。書は人。伝統文化を愛する意義。新年に向け、叩けよさらば開かれん」

◇13日午後4時から第76回県書道展の表彰式が高崎市のホテルで行われた。2時ぎりぎり駐車場に着く。会場に駆け込むと既に式典は始まっていた。広い会場を埋め尽くす人々はほとんどが女性に見える。女性の時代と言われて久しいが文化的な催しは圧倒的に女性が優勢である。ホテル一番の大広間は着飾った女性たちが埋め尽くし、お花畑のようである。書道の文化的意義と今日の文明の危機を語らねばならない。お花畑のきらびやかさに心を奪われてこの使命を忘れてはならない。こう言い聞かせながら挨拶に臨んだ。

「書は人なりと言われます」。冒頭、真剣勝負に逸る心を抑えて切り出した。「一本の線や点から書く人の魂が伝わってきます」。私の言葉がお花畑の蝶のように軽く浮き立つことを戒めながら進める。「書は日本の伝統文化であり精神文化の柱です。今日、日本人の精神世界が貧しくなっていると言われます。これは文明の機器が異常に発達しているのと繋がっています。指先一つで情報を発することが当たり前となり、文字を読む人も減るばかりです。これは書の世界の危機であり文明の危機でもあります。今こそ、この負の流れを食い止めねばなりません」。私は目の前のひときわ美しい花の列を見据えながら言った。そこに、私の言葉に頷く気配を感じ、我が意を得たりと思い次の発言に力を入れた。

「激流の中を木の葉のように翻弄されながら今年も終わりが近づきました。新年は力を合わせ少しでも良い年にしようではありませんか」。明らかにはっきりと頷く顔が見えて嬉しかった。そこで私は更に力を込めて言った。「その力の中心に書道が存在することを自覚し誇りにしようではありませんか」。頷く顔が更に増えた。その光景は一層私を勇気づけるものであった。私は身内に自信がみなぎるのを覚えつつしめくくりの言葉を述べた。「私たちは今、人口減少と少子高齢化の真っただ中にいます。外国人との共生共存は避けられない時代のすう勢です。その中で日本の文化を守り日本の社会を発展させるためには私たちが日本の文化と伝統を愛し誇りを持つことが何よりも重要です」。多くの人々が一斉に頷き瞳を輝かせるのが分かった。「私は伝統と文化を愛することで危機に立ち向かう勇気が湧くものと信じます。書道界の更なる発展と書に携わる者の一層の躍進が要です。輝かしい道を踏み出す先に素晴らしい未来が待ち受けています。叩けよさらば開かれんです」。

(読者に感謝)

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2025年12月15日 (月)

「リブリオバトルでチャンピオンに。人間臨終図巻は死を語る。吉良の死を事前に知った男・大高源吾」

◇12月14日は芳賀公民館で「リブリオバトル」が行われた。バトルは合戦で「知的書評合戦」のことだ。12月14日は何と赤穂浪士の討入の日。この日に私が赤穂浪士討入をテーマに語るのは偶然の成り行きによるものであった。バトラー、つまり闘士は7人で、くじで順番を決める。それぞれ自分が申告した書籍につき5分間話し、それについて参加者が良いと思ったものに一票投じ、その多さを競う仕組みである。私のくじの順は7番だ。私が申し出たのは山田風太郎の人間臨終図巻3巻である。私が話す順はラストの7番であった。臨終図巻の1巻~3巻を提示して切り出した。「よく離島を訪ねるとして、持ってゆく本はと訊かれますが、私の場合の候補としてこの臨終図巻を挙げたいと思います」。会場に好奇心の視線が飛び交うのが感じられた。臨終という名称が奇異なことに受け取られていると思えた。「人の死程面白いものはないといえます」。私は勇気を出して一歩踏み出した。禁猟区に踏み入れる心境である。反応に励まされる思いで続ける。心の深層に棲む悪魔的なものが頭をもたげる後ろめたさを感じる。このことを「悪い心を抑えて」と表現しながら悪人の私を語り出した。「人の不幸は密の味と言います」。人の死は究極の不幸である。この人間臨終図巻にはおよそ900人の人の死が詰まっているのだ。

 その中で、私が特に紹介したいのが吉良上野介の死である。元禄15年12月14日、吉良邸で茶会が開かれた。この茶会の宗匠は表千家の山田宗偏である。この宗偏の弟子に脇屋新兵衛という茶人がいた。実はこの新兵衛、実名は大高源吾で、大石内蔵助に命ぜられて吉良の茶会を探っていたのである。大高源吾は赤穗藩でも有名な茶人であった。宗偏が偶然14日の吉良邸の茶会の予定を口にしたら新兵衛、つまり大高の顔色が変わった。ついに茶会の日を突き止めたのだ。14日の夜、宗偏は黙々と吉良上野介の前でお茶を立てていた。浪士たちの討入は数時間後のことであった。果たせるかな浪人たちは吉良邸に殺到。その中の一人が脇屋新兵衛と名乗った大高源吾である。

 私がこのバトルで測らずもチャンピオンの座を得た。混乱の中で今年も暮れる。吉良の死には同情せざるを得ないが大高源吾という茶人の関わりは血生臭い暗殺劇に一つの涼風を感じさせるものである。そして私の年末を飾る一つの天からのプレゼントとなった。新年は良い年になることを信じて踏み出す決意である。(読者に感謝)

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2025年12月14日 (日)

死の川を越えて 第179回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 興奮する人々に向かって正助は叫んだ。

「暴力はいけません。人を傷つけたり、物を壊したりしたらこの運動は負けです。これは、湯の川の自治会の行動です。湯の川の誇りが懸かっているのです。警察の世話になるようなら第一歩になりません」

「その通りだ」

「警察は消毒屋だ。ここでは用はねえ」

 さまざまな声が聞こえた。群集は殺気立っていた。

 この時、鉢巻きをした一人の紳士が興奮した様子で飛び出して来た。明治屋の浴客、法学士の水野高明ではないか。目の色が変わっている。

「皆さん、ここが正念場です。小学生のように列を作って進みましょう。正しい行進が私たちの心を伝えるのです。私も先頭に立ちますぞ」

「いいぞー。鉢巻きが似合うぞー」

 どっと拍手が湧いた。人々は隊列を組み、気勢を上げながら温泉街を練り歩いた。先頭に立つ学者風の鉢巻姿が、群集にただならぬ意味を添えているようであった。この光景の一部始終を物陰からじっと見ている人物がいた。帽子を目深にかぶった男は傍らの連れらしい人に言った。

「あれが湯の川の団結か。暴徒とは違うな。組織の力は大したもの。正助という若者も大したものだ」

 この人物こそ、吾妻出身の国会議員、木檜泰山で、連れの男は従者であった。

 大村社長に嘆願書を突きつけて交渉したこと及び草津駅前の大集会は波紋を広げていた。半鐘を鳴らして湯の川を挙げて人々が集まったことは警察や県当局も大いに注目するところとなった。また、草津駅の駅長は仰天して嬬恋駅に逃げる始末であった。これらの住民運動は詳しく本社にも伝えられたので、大村社長は相手がハンセン病の患者のことであるから、対応を誤るとまずいことになると恐れた。

つづく

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2025年12月13日 (土)

死の川を越えて 第178回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

「このままでは済まされないぞ。草津駅に実行委員を出迎えよう。それを利用して大きな大会にするんだ。報告を聞いた上で、次の戦に立ち上がろう」

 さやが万場老人の所へ走った。

「先生、皆が騒いでいます。大変なことになりそうなの。正さんは大丈夫でしょうか」

「うむ、正助は心配ない。しかし、群集は火が付くと止まらなくなるから、ちと気になるぞ。この動きは今後のために重要じゃ。さやさんは正助の動きをしっかり見届けて報告しておくれ」

 さやの表情には悲壮なものが漂っている。それを見て、老人はつぶやいた。

「これは荒れた大会になるぞ。群集のエネルギーをうまく導かねば大変なことになる」

 実行委員の電車が着く時刻が近付くと、火の見櫓に登る男がいた。男は半鐘を打ち始めた。櫓に必死にしがみつく男は何と権太であった。

―ジャン、ジャーン、ジャン、ジャーン

 黒く低く垂れ込めた雲の下で、半鐘の音は風に乗って木々を揺すって遠くまで流れた。

 人間は燃え盛る炎の興奮する。半鐘は火事の連想と結びついて、人々の中に眠っている野生の本能を刺激した。

―ジャン、ジャン、ジャン、ジャン

「駅に行け」

「会社を許すな」

 伝え聞くうわさによって、会社は情を知らない悪者になっていた。包帯を巻き、眼帯を着けた異形の人々もいた。群集は200人ほどにふくらんで次々と駅の広場に集結した。実行委員が着くと人々は万歳を叫んで出迎えた。

 高田区長は言った。

「皆さん、既にご承知と思いますが、私たちの嘆願は聞き入れられませんでした。残念です。期待に応えられず申し訳ありません」

「そんなことはないぞ。会社が悪いんだ」

「このままでは済まねえぞ。湯の川の力を見せてやれ」

 人々は拳を突き上げて叫んだ。高田に促されて正助が進み出て言った。

「皆さん、嘆願は駄目でしたが、私たちの考えはきちんと伝えました。第一歩です。これから発展させる第一歩にしなければなりません」

「そうだ」

「負けねえぞ。裏切った奴らをぶっ殺せ」

 つづく

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2025年12月12日 (金)

「16歳未満SNS利用制限の波紋。豊明市の条例施行の意味。マチャド出国劇場はアクション映画そのもの」

◇世界初、16歳未満のSNS利用制限がオーストラリアで施行された。きっかけは「写真をばらまく」との脅しだった。利用制限法に反した企業には最大約51億円の罰金が科される。影響は世界に。SNSと現代社会の関わりがいかに深いかを物語る出来事である。この流れは世界に広がっている。欧州では、フランス・ドイツが既に利用制限を設け、欧州連合では広く全体に広げる方向である。SNSとの付き合いは現代社会で生きる者にとって最大の課題。また、悩みの種でもある。文科省の担当者は、適切な活用には、国、学校、家庭などそれぞれの対応が必要だとする。その通りで、私は地方行政が先頭に立って行動すべきだと考える。

 ここで注目されるのが愛知県豊明市の取り組みである。同市はスマホの使用を一日2時間以内とするよう条例を施行。小学生以下は午後9時まで、中学生以上18歳未満は午後10時までを目安とした。この条例はスマホの使い過ぎで睡眠時間や家族とのコミュニケーションが減るのを防ぐことが目的だという。

 今日、SNSが子どもの非行や性被害の契機になるケースが後を絶たないのが現実である。警察庁の資料によれば、SNSを通じて面識のない相手と知り合って性被害にあった子どもは2024年1,486人で、性被害者の低年齢化が進んでいる。現代の憂うべき現象として子どもたちの、性に対するハードルが著しく下がっているといえる。これは学校教育の問題でもある。盗撮教員の例が後を絶たないという信じ難い状況と結び付いていると思えてならない。

◇ベネズエラの女性指導者マチャド氏のノーベル平和賞受賞と出国行動ほどわくわくさせる出来事は少ない。マチャド氏は独裁政権により渡航禁止を課されていた。波乱に満ちた出国劇はアクション映画そのもので、事実は小説より奇なりとは正にこれと思える。独裁政権とすればマチャド氏の出国により政権が不利となるから必死で阻止しようとした。マチャド氏はかつらで変装して漁村にかくれ、10か所もの軍事検問を突破した。この極秘の出国作戦を支えたのは米国だとも言われている。麻薬の国、「資源の呪い」の国は、どうなるのか息を呑む。資源の呪いとは世界最大規模の石油資源が仇となって独裁政治と人道危機を招いていることを指す。黒のダウンジャケットにジーンズ姿の雄姿に思わず快哉を叫ぶ。ノーベル平和賞を象徴する姿である。「資源の呪い」が投げる意味は深く大きい。ベネズエラの未来に期待を抱くようになった。(読者に感謝)

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2025年12月10日 (水)

「震度6強の衝撃。後発地震注意報の意味。前橋市長選の争点は小川問題だ」

◇けたたましくスマホが響いた。緊急地震速報である。とっさにただ事ではないと直感した。「とうとう来たか」と思った。8日の深夜、「震度6強、マグニチュード7.6」と報道。津波警報は、最大3mと報じている。「大変なことになるぞ」。テレビにしがみつくように見入りながら呟いた。このところ大きな地震が頻発している。慣れっこになった感があるが、今回は違うらしい。震源は青森県八戸市。東日本大震災で、本震は観測史上最大の震度7、そして宮城・福島・茨城などの各県で「6強」であった。今回の地震の凄さを痛感する。気象庁は初の「後発地震注意報」を発表した。巨大地震発生の可能性が高まったことを覚悟しなければならない。

 人的被害は9日午後3時までに少なくとも3道県で怪我人51人と報じられている。津波は岩手県久慈港に70センチが到達した。

 地震の巣と言われる日本列島が蜂の巣を突いたように騒がしくなってきた。大地は我々の存立の基盤である。それが見えない力によって揺れ動くのだから昔の人が不気味さと恐怖を感じたのは自然なことであった。古来、人々は地震を神の怒りと結びつけ政治が乱れた時に起きると捉えてきた。このような心の習慣は科学が発達した現代でも否定できない一面がある。今日、政治不信は極点に達している。素朴な心理が震度6を神の怒りと結び付けるのは当然といえる。首都直下、南海トラフなどの超巨大地震の足音が聞こえるような状況が続いている。今年が終わりに近づいた今、それは来年かも知れないのだ。初の「後発地震注意」の発表をその警鐘と受け止めるべきではないか。

◇来年1月5日の告示が迫った前橋市長選に元市議の店橋氏が出馬を表明した。この選挙を巡っては丸山彬氏も出馬を表明している。店橋氏は「今回の大きな争点は小川さんの問題ではなく、中心市街地の再開発事業だ」と強調しているが私は反対である。小川さんの問題は民主主義を傷つける点に中心がある。民主主義は主権者、有権者の信頼が基盤であるのに、それを裏切り傷つけたからだ。そして選挙は民主主義の根幹をなすもの。だから今回の選挙は小川さんの問題こそ争点にすべきである。県都前橋は民主主義に泥を塗った状態で暮れようとしている。新年を希望の年にするには小川問題で市民が明快な態度を明かすことこそ重要である。1月5日の告示が迫った。一年の計は元旦にあり。絶好のチャンスを活かす時、前橋市民の試練の時である。(読者に感謝)

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2025年12月 9日 (火)

「水の惑星の水を守らねばならない。水をねらう外国資本の現実。本県の多文化共生条例を活かす時」

◇水は命の源であり私たちは水がなくては生きられない。地球は水の惑星であり、日本はきれいな水に恵まれている。しかし、水は無限ではない。私たちは水を空気のように当たり前の存在と思っているが、水源を守る努力をしなければならない。北海道などの原野は所有者にとって無価値に等しい存在かも知れない。そこで管理に困っている等に付け込んで取引の対象とする行為が跡を絶たない。ただ(無料)に等しい額で買い取り、そこを水源とする水で大きな利益を得る行為が社会問題となって久しい。

 日本の土地は外国資本が取得できる。そして所有権の範囲は法令の制限内においてその土地の上下に及ぶとなっているから、土地を買えばそこに含まれる水源まで手に入れることができる。このような制度に目をつけ広大な原野が外国資本に買われようとした例が多く存在する。多くの事例が報じられているが、その規模の大きさを知ると衝撃的である。そのいくつかを挙げると、①三重県大台町では、08年1月頃、中国企業関係者が訪れ「立木と土地を買いたい」と、ほぼ中禅寺湖の広さの土地買収を町に働きかけた(町は断った)。②08年6月、長野県天竜村では、「中国人が広大な緑資源を書いたがっている」、「今の市場価値の10倍を出すと言っている」(村は断った)。これらは町や村が断ったから良いが買われた所もあるに違いない。

 日本では外国人の土地取得について原則として制限がない。ただ安全保障上の観点から重要土地等調査法などによる届出義務や報告義務がある。憲法上の理由として憲法29条の財産の保障は外国人にも及ぶことが存在する。

 今日、外国人住民が急増する中で、地方自治体は直接に外国人問題を抱えるに至っている。自治体によっては条例をつくり工夫することで問題解決に取り組んでいる所は多い。法律と条令の関係など難しい課題は多いがその努力は評価すべきである。本県では群馬県多文化共生・共創推進条例を令和3年4月1日に施行した。この条例は今後増大することが予想される外国人県民と力を合わせ持続可能な地域社会を実現させていかねばならないこと、外国人県民は唯一人取り残さない地域を共に創っていく「仲間」であること、私たち群馬県民は日本人県民と外国人県民が手を携え、多文化共生、共創社会の実現に向けるさらなる一歩を踏み出せるようこの条例を制定すると決意を定めている。(読者に感謝)

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2025年12月 8日 (月)

「外国人と秩序ある共生を実現する時。外国人居住者の驚くべき増加。底なし沼に沈む日本」

◇外国人対策は現代日本にとって正に焦眉の急。この問題の背景には今日の日本の深刻な人口減及び高齢化がある。排除に繋がることを避け共生を求めねばならない。高市首相は「外国人との秩序ある共生の実現」を打ち出した。この「秩序ある共生」の重要性を理解し、実現すべきである。「秩序」に関しては外国人の不法を許さない、日本人の利益を守る、ということを考えるべきだ。日本人ファーストを掲げる参政党が躍進した背景には耳を傾けるべき一定の理由が存在する。

 外国人の増加なくして日本の社会は成り立たない。そして、その実現には国民のコンセンサスが不可欠であり、日本の国益を適切に守ることが前提なのだ。日本は、治安の面、文化の面、豊かさの点等に於いて住みよい国である。だから多くの外国人が集まるのは理の当然である。これを適正に活かすことが求められている。

◇外国人の居住者が著しく増えている。これは日本全体いついて言えることで日本の産業の動きとも密接に関わっている。この動きは県内に於いても同様である。

 県内各市町村で暮らす外国人は、10年前と比べ2倍以上になったところが25市町村に至った。外国人居住者の伸び率が最も高い片品村では9倍を超えたというから衝撃的である。この状況はそれぞれの地の日本人の生活に大きな影響を及ぼすに違いない。行政の役割が問われることになる。そして地方議会の真価が試される。地方議会の劣化が叫ばれて久しい。議員の役人任せは許されない。新しい激浪に応じるためには条例を作ることも求められる。行政改革は待ったなしでなるだろう。このような状況で今年が終わる。新年には想定外の事態が待ち受けている筈である。力を合わせねば難局は超えられない。そのための最大の課題は政治不信である。特に与党には謙虚さと覚悟が求められる。

日本の社会が不気味な底なしむなに沈んでいく恐怖を感じる。新年は何としてもターニングポイントとしなければならない。国際情勢が沸き立っている。こういう時こそ原点をしっかり踏まえねばならない。日本の原点は日本国憲法である。広島・長崎を乗り越えて作られた人類の宝を活かさねばならない。各地で戦争が起き、核戦争の足音が聞こえる。平和ぼけと言われる日本人の心の目を醒ます時である。(読者に感謝)

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2025年12月 7日 (日)

死の川を越えて 第178回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 

「先生、ありがとうございます。俺は、初めて大勢の前に立った時、足がすくむ思いでしたが、シベリアの海底洞窟のことを思ったら気持ちが落ち着きました。しかし、もっともっと大切なことがあると気付いたんです。それは正しい知識、そして俺がやっているのは正しいことだという自信です。それを湯川生生塾が支えてくれることがよく分かりました。先生、俺頑張ります」

 正助は、励まされて外へ出ると、改めて湯川生生塾の文字を見詰めた。ごんごんと流れる湯川の音も正助を励ましているようであった。正助は立ち止まってじっと考え込んでいる。正助の胸に韓国で経験した激しい反日運動の光景が甦っていた。〈中途半端なことは逆効果だ〉。正助はそうつぶやいて何か考えていたが、ある事を決意し権太の所へ走った。正助は嘆願が簡単に通るとは思わなかった。その時は住民の騒ぎになるだろう。それを予想して権太にある策を授けたのだ。

 実行委員たちは、嘆願書を持って上京した。一行の中には正助の姿もあった。

 大村社長は頑として引かなかった。

「当社は経営上の無理を承知の上で、草津の発展を願って電車を通しました。患者専用車の配備などとんでもない。余裕がまったくない。無い袖は振れませんな」

 正助は発言した。

「ハンセン病は遺伝病ではありません。感染力も非常に弱い。世の中には誤解と偏見があります。草津の湯はハンセン病に効く。患者にとっては天の恵みです。草津の発展のために草津まで鉄道を伸ばして下さった精神で、患者を助けて頂けませんか。それが草津の発展に通じ、鉄道会社の評判が高まり、それは会社の発展のためになると信じますが」

「君、それは理想論だよ。現実はそんなに甘いものではない。会社は多くの社員を抱えているのです。慈善事業をやっているのではない。また、会社の経営が安定することが草津の発展の基礎ではありませんか」

 大村社長は、生意気な青二才とばかりに不快感をあらわし、頑として要求を聞こうとしなかった。

つづく

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2025年12月 6日 (土)

死の川を越えて 第177回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 正助が壇から下り、ふたたび高田区長が議事を進めた。熱気に包まれた空気の中で議事は一直線に進んだ。「難渋している罪のない同病者を救うために患者専用車の配備を求めること、これらを嘆願書にまとめて会社に訴えるなどが決められた。

 集会が終って外に出ようとした時、正助の耳に突き刺さるような言葉が飛び込んだ。数人が興奮して話している。

「おい、嘆願書が駄目な時は、乗車拒否をたきつけた奴らを生かしちゃおけねえな」

「その通りだ。今、命を懸けてと決めたんだ。こっちが命を懸けるんだから、あっちの命ももらわなくちゃなんねえ。俺たちをなめるとどうなるか見せてやるべえ」

 誠に物騒な話である。正助は先ほど話した逮捕者を出さない運動のことを噛み締めながらその場を離れた。

 建物を一歩出た時、一人の紳士が正助に近付いた。驚いたことに明星屋の浴客で、あの嘆願書を作った水野という法学士であった。

「君の話は素晴らしかった。私は、人権ということを長いこと研究していますが、いや、生きた勉強になりました。これからも協力させてください」

 意外な言葉に正助は胸を熱くして水野の手を握りしめた。

 その時、人々をかき分けるようにして、さやとこずえが進み出た。

 さやが興奮した表情で言った。

「正さん、じんときたわ。涙が止まらなかった」

 さやがこう言うと、こずえが涙を拭いながら言った。

「私たちの心を皆に伝えてくれたのね。今日のこと、ご隠居様に詳しく話しますわ」

 正助は、人生の新しい道に踏み込んだことを感じた。

 ある日、万場老人は正助たちを集めて言った。

「正助、良い話ができたらしいな。わしは、この生生塾が役に立っていることを感じてうれしいぞ。お前は住民運動の流れに加わったのじゃ。われわれ患者のためという大義を信じて謙虚に、そして堂々とやるがいい。お前の行動と発言はこの塾に報告せよ。生生塾にとって素晴らしい成果であり、生生塾がお前を支える基礎になるからな。この小さな塾が天下の大問題を支えると思うと痛快ではないか」

つづく

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2025年12月 5日 (金)

「老老介護認認介護の現実。元始女性は太陽だった。スパイ防止法の議論を深める時」

◇高齢者問題は想定を超えて深刻化している。驚くのは「老老介護」、「認認介護」の現実である。老人が老人を介護する。認知症の人が認知症の人を介護するという状況だ。私たちは現在「2025年問題」に直面している。団塊の世代が一斉に75歳以上になり介護を要する人は急増し、それに対応する介護人材は不足するばかりである。上の「老老介護」「認認介護」もこのような現実が背景となっている。

 介護に於いて、介護人材は根本的に重要である。その不足をどう乗り越えるか。介護ロボットをはじめ様々な工夫が試みられているが外国人の利用は不可欠な方向である。高市総理は外国人に対し毅然とした対応を打ち出す考えだが排除に繋がらぬよう願っている。

◇外国人の増加は凄い。この流れを活かすことは非常に重要で、政治の最大の課題でもある。適切に流れを調整し共存共生を築かねばならない。排除にならず、不正を許さず、日本の文化を守らねばならない。困難を伴う道ではあるが新しい輝く地平線が待っている。間もなく新年である。日本の伝統と歴史に自信と誇りを持ちたい。史上初の女性総理が誕生した今は大きなチャンスである。「元始女性は太陽だった」。これは女性解放運動に尽くした平塚らいてふの言葉である。平塚は、かつては独立した存在であった女性が、近代社会において男性に依存し、光を奪われた月のような存在にされた現状を批判し、抑圧からの解放を求めたもの。日本の歴史を振り返れば、中国では三国志の時代、わが女王卑弥呼の国際的な活躍があった。現代、男性は魂を抜かれたような状況である。サムライの姿を取り戻さねばならない。

◇高市首相は、スパイ防止法の制定に積極的である。日本は外国勢力にとってスパイ天国だと言われてきた。日本は外国の謀略機関が暗躍する部隊になっていると言われる。北朝鮮による拉致問題などは日本人の生命と安全を守ることが差し迫った状況であることを物語るといえる。現在、日本の安全保障環境は厳しさを増している。しかし、スパイ防止法が真に必要なのか、それにはどのような問題点があるのか。国民の議論は尽くされていない。国民の人権が制限され侵される恐れも存在するのだ。日本国憲法は人権の尊重を高く掲げ重視する。憲法の理念との関係でスパイ防止法が十分に議論されていない。これは教育の問題でもある。国民は教育の場で十分に教えられてこなかった。日本がどこかへ流されていく恐れのある問題なのだ。(読者に感謝)

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2025年12月 4日 (木)

「通称使用の法制化について。伝統の価値観か多様性重視か。外国人制度の適正化と共存の問題」

◇政府は、結婚後の通称使用を法制化する方向で動き出した。旧姓の通称使用とは、婚姻などで姓が変更された後も、仕事や日常生活で結婚前の旧姓を便宜的に使用することである。これは夫婦同姓を維持しつつ旧姓を使えるようにする制度で、改正に伴う不利益を避けたり、キャリアの分断を防いだりする目的がある。具体的にどういうメリットがあるのか。実績の連続性を保てること、プライバシーを保護できること、そして事務手続きの負担を軽減できることである。プライバシーに関しては、離婚などを公表せずに済ませる。また、社会生活が長年旧姓で認識されている場合、姓が変わったことを改めて通知しないで済むなどである。通称使用を法制化することで、慣例として行われていたことが堂々と表に出て行われることになる。

 この動きに関しては大きな問題点がある。それは選択的夫婦別姓度との関係である。旧姓の通称使用が法制化されれば選択的夫婦別姓の導入に向けた政治的機運が失われる可能性があることが指摘されている。

 生前の安倍首相は選択的夫婦別姓に対し否定的であった。それは伝統的家族観を踏まえる立場である。つまり「夫婦や親子が別姓になると家族が崩壊する」との懸念である。ところで、旧姓の通称使用の「法制化」は野党の動向がカギを握る。与党は衆院で過半数を確保したものの、参院では過半数に至らないからだ。野党では参政党が「日本の伝統的な家族観を守るため、選択的夫婦別姓制度には反対」と主張している。日本社会は、現在大きな岐路に立っている。日本社会の伝統を守るか、多様な生き方、選択肢のある社会を目指すかである。私たちは難しい選択を迫られている。憲法は人間の尊重を高い理念として掲げている。この点からすれば多様性や選択肢に軍配が上がりそうであるが、人間尊重から一気に割り切ることは困難があると思う。国会は国民の世論を尊重しながら議論を尽くすべきだ。

◇政府は、外国人制度の「適正化」に意欲を見せている。背景には外国人が優遇されているという不公平感が広がっている事情がある。国民が問題視するのは社会保険料や税金の未納、医療費の不払いなどである。日本のルールを守らせることに毅然たることは当然であるが、それが排除に繋がらないようにすることが重要。人口減、高齢を乗り切るためには外国人との共存は不可避なのだ。バランスを実現することは困難を伴う。正に正念場である。(読者に感謝)

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2025年12月 3日 (水)

「日本人ファーストは民主主義の危機。前橋は風雲急。余談を許さない市長選の行方」

◇群馬県は人口に占める外国人の比率が高い。全国でも東京、愛知に次ぐ勢いと言われる。特に大泉町や草津町などは外国人の割合が10%を超える。このことは何を意味するのか。

 7月の参院選群馬選挙区で、太田、伊勢崎、大泉など7市町で「日本人ファースト」の参政党候補の得票率がトップだったことは、衝撃的である。多文化共生への影響が懸念される。この社会現象に不安を覚える人々は少なくない。日本人ファーストという一見単純明快な主張が大衆の心理を捉えているのではないか。付和雷同する大衆によって動かされていく。これは民主主義の危機である。私たちは現在、この危機の大きな流れに晒されている。行きつく先に何が待ち構えているのか。一人一人が流れに任せきりにならず問題の本質を見詰めることが民主主義の救いに繋がることを重視すべきである。外国人が急増する群馬県は、日本の近未来の姿ともいえる。そう考えると、私たち県民は歴史を築く事業に参加しているのだ。

 かつて、「史上最大の作戦」の歌が流行った状況が甦る。「海から山から、若い兵士は今や進みゆく歴史をつくるため」。

 この作戦は第二次世界大戦中のノルマンディ上陸を目指すもので、ナチスに対抗して民主主義を守る戦いであった。参政党の日本人ファーストの掛け声と共に、選挙という民主主義の基盤が崩れていく。これこそ新たな型の民主主義に対する脅威に他ならない。

◇前橋市長選が新たな展開を見せている。小川市長の再選を阻止しなければならない。情緒的な雰囲気が広がる中で、市長不倫の本質が薄れていく危機が感じられる。これこそ民主主義の危機なのだ。当初山本龍氏が捲土重来を期す姿勢を示した。小川市長は山本龍氏が相手なら勝てると思ったかも知れない。ここで新たな変化が生まれた。丸山彬氏(39)の出馬表明である。新鮮で強いなという印象を持った。

 山本知事は早速積極的な支援を表明した。県庁で面会し、「前橋を思う気持ちもある」と感想を語り、「必ず応援するから頑張って欲しい」と伝えたと言われる。龍氏は支援者の組織もしっかりしていて、これまで幾度も大きな会合を開き、「いざ鎌倉」に備えてきた。従って三つ巴の戦いとなれば勝敗の行方は、予断を許さない。知事は龍氏の出馬のいかんが焦点だとして、その出馬断念を求めると強調しているらしい。山本龍氏とすれば圧力を前にして正念場である。前橋の風雲は急である。(読者に感謝)

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2025年12月 2日 (火)

「大分市大火災が教えるもの。大災害の時代に。日本のポンペイを思う」

◇各地で大規模な火災が続く。日本だけではない。香港の火災は死者が146人に達した。高層ビルの火災は、高層住宅で多くが暮らす日本も他山の石としなければならない。

 大分市の火災は40時間余り燃え盛った。その焼失面積は4万8900平方メートル、焼損建物は170棟。当日は強風で、現場は木造住宅が密集し、狭く入り組んだ路地は消火活動を妨げた。大変な状況にもかかわらず死亡一人、負傷者一人は不幸中の幸と言うべきか。私たちが学ぶべきことは少なくないようである。

 大分市の佐賀関で、火元とみられるのは老いた元漁師の住む一軒家だった。亡くなったのはこの老人であった。火災現場の状況に注目する。高齢化率は6割近くに達し、焼損建物のうち、空き家は4割ほどという。高齢化率が高いのは、超高齢社会日本の一般的特色である。今回の大火は高齢化と火災の問題を突き付けている。空き家は一般的に延焼の大きな要因であると言われる。前記のようにこの日は強風が吹いていた。それにも関わらず今回人的被害が少なかったのは地域の連携の成果である。今日の社会は人情が薄くなり助け合いの和は小さくなっている。今回、現場から1.5キロほど離れた介護施設が車をフル稼働させ、避難所とのピストン輸送に尽くしたことが大きな成果をあげた。火災だけではない。今日、大災害の時代にさしかかっているといえる。連日のように大小の地震が続く、これは巨大地震が近いことを思わせる。首都直下型、南海トラフ型の巨大地震の足音が聞こえるようである。富士山も不気味な沈黙の中でマグマをため込んでいると見られる。私たちに身近なのは浅間山である。あの未曾有の大噴火から240年。沈黙は備えを急げと呼びかける警鐘かも知れないのだ。日本のポンペイ、鎌原観音堂の埋没石段が呼びかけている。「天明の生死を分けた十五だん」は、当時の地獄を雄弁に物語る。

「災害は忘れた頃にやってくる」、これは誰もが知っている諺であるが、「それは必ずやってくる」と合わせて胆に銘じておかねばならない。近代科学と技術が進歩した今日であるが、最大の備えは地域社会の連携であり、人と人の助け合いの心であることを再認識しなければならない。昔の人は、災いは手を携えてやってくると言った。同時に発生することが多いことを指す。また、地震は政治の乱れの時に生じると言われた。今日ほど政治が信頼を失った時代は稀である。私たちはその時を覚悟するべきである。(読者に感謝)

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2025年12月 1日 (月)

「水は日本の宝。水を守る法規制は焦眉の急。外国による土地取得を抑えよ。日本のナショナリズムを問う」

◇水は生命の源である。そして地球は水の惑星といわれる。ところが現在、世界中で水不足が発生し水争奪戦が激化している。日本は水の宝庫である。私たちは水を空気のように当然の存在と思っているが、これが外国勢力などにより不法に採取されているとなれば黙認できない。現在、日本の水資源が外国から狙われているという現実は重大である。外国資本の土地買収が明らかになって久しい。北海道などの広大な森林や原野は所有者にとって無価値に等しい存在である。こういう土地は、外国資本が買いたいと言えば、所有者は喜んで売るに違いない。結果として重要な宝である水が奪われていく。法規制がない盲点を突かれている

現実に対応するのは焦眉の急である。

◇政府は外国人に対して毅然とした態度を示してきた。それは、高市総理の当初からの基本的姿勢であった。人口減が加速する中で、外国人との共存は不可避の大勢である。それゆえに総理の政策は外国人排斥かと批判もされてきた。タカ派と目される総理は規制と共存のバランスを考えているに違いない。規制と共存のいずれに重きを置くかで社会の情況は大きな影響を受ける。国民は冷静に考え政府を監視しなければならない。

 政府はこのような情況を踏まえて、外国人による土地取得の規制に関して積極的な一歩を踏み出した。この動きは11月初めに遡る。首相は11月4日、外国人による土地取得の在り方や実態把握を含めた検討を関係閣僚に指示していたのである。これに基づいて今回、政府は外国人による不動産所有状況を一元的に把握、管理するデータベースを構築する姿勢を明らかにした。外国資金を使い、国内に拠点を置く法人を通して不動産を取得した場合でも、購入の実態を把握できるようにすることが狙いである。森林や大規模・重要土地の取引では、法人の主な株主や役員の国籍の届け出も求める方向と言われる。

 外国人の土地取得に関する国民の対応は土地を守るという事に関係する点でナショナリズムに繋がるといえよう。現在の日本人の公共心は薄れていると言われるが、ナショナリズムも低調になっているといえよう。外国人の土地取得を怒る国民の心理には健全なナショナリズムの動きが感じられる。高市政権の支持率が高いのは、このような国民感情が背景にあるのではないかと感じられる。外国人土地取得問題がどう変化するのか注目したい。これも大きな時代の節目の問題である。(読者に感謝)

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