死の川を越えて 第176回
※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。
「皆さん、冷静に情勢を分析して作戦を立てるべきです。俺はいろいろ調べてみたんです。会社が約束を破ったのは、温泉街が望んだからなんだ。町は一人でも多くの客がほしいだけなんだ。俺たちハンセン病患者に同情する人なんていないと思って頑張らなければならない。同情をあてにしたらますますみじめになるからだ。ハンセン病は怖いという世間の無知と偏見を商売のために利用しているんだ。俺たちの前には、こういう厚い壁がある。力を合わせてこれを破らねばならない」
「そうだ」
あちこちで声が上がった。
「俺たちには、自治会という組織がある。税金まで納めている。こういうところは、世界中ないそうだ。この組織の力を生かして闘うべきだと思う」
「この組織の力で、差別と偏見を打ち破るのです。俺たち患者は、一人一人では弱い。しかし、団結すれば世間を動かす力を出せる」
正助はきっぱりと言った。
「俺は朝鮮で、逮捕者を出さない大衆運動のすごさを見ました。こいいう運動は、この集落だからできます」
正助の話し方は次第に演説になっていた。朝鮮の話をした時、正助は人々の目の色が変わったことに気付いた。正助は既に闘いが始まっていることを意識した。
「皆さん、俺たちは金が目的ではない。遠くからやって来る哀れな同病を助けるためだ。これは差別との闘いです。人間は平等だということを獲得するための闘いです。
正助の胸には、生生塾で万場軍兵衛が人間の平等ということを熱心に説いた姿がよみがえっていた。
「皆さん、この湯の川地区は、俺たちハンセン病の患者が助け合うために生まれ、助け合う歴史を重ねてきました。ある人は、この集落をハンセン病の光が出る所と申しています。ハンセン病の光とは人間の光だと思います。この乗車拒否は湯の川地区が試されている問題です」
「そうだ。若いの、よく言ってくれた」
この声とともに、どっと拍手が起きた。あちこちで賛成する叫びが上がった。それは、日頃差別に苦しみ、世を恨む人々の声であり、また、正助の言葉に勇気付けられた人々の叫びであった。
つづく
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