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2025年11月30日 (日)

死の川を越えて 第176回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

「皆さん、冷静に情勢を分析して作戦を立てるべきです。俺はいろいろ調べてみたんです。会社が約束を破ったのは、温泉街が望んだからなんだ。町は一人でも多くの客がほしいだけなんだ。俺たちハンセン病患者に同情する人なんていないと思って頑張らなければならない。同情をあてにしたらますますみじめになるからだ。ハンセン病は怖いという世間の無知と偏見を商売のために利用しているんだ。俺たちの前には、こういう厚い壁がある。力を合わせてこれを破らねばならない」

「そうだ」

 あちこちで声が上がった。

「俺たちには、自治会という組織がある。税金まで納めている。こういうところは、世界中ないそうだ。この組織の力を生かして闘うべきだと思う」

「この組織の力で、差別と偏見を打ち破るのです。俺たち患者は、一人一人では弱い。しかし、団結すれば世間を動かす力を出せる」

 正助はきっぱりと言った。

「俺は朝鮮で、逮捕者を出さない大衆運動のすごさを見ました。こいいう運動は、この集落だからできます」

 正助の話し方は次第に演説になっていた。朝鮮の話をした時、正助は人々の目の色が変わったことに気付いた。正助は既に闘いが始まっていることを意識した。

「皆さん、俺たちは金が目的ではない。遠くからやって来る哀れな同病を助けるためだ。これは差別との闘いです。人間は平等だということを獲得するための闘いです。

 正助の胸には、生生塾で万場軍兵衛が人間の平等ということを熱心に説いた姿がよみがえっていた。

「皆さん、この湯の川地区は、俺たちハンセン病の患者が助け合うために生まれ、助け合う歴史を重ねてきました。ある人は、この集落をハンセン病の光が出る所と申しています。ハンセン病の光とは人間の光だと思います。この乗車拒否は湯の川地区が試されている問題です」

「そうだ。若いの、よく言ってくれた」

 この声とともに、どっと拍手が起きた。あちこちで賛成する叫びが上がった。それは、日頃差別に苦しみ、世を恨む人々の声であり、また、正助の言葉に勇気付けられた人々の叫びであった。

つづく

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2025年11月29日 (土)

死の川を越えて 第175回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 ところが、草津までが全線開通になって事情が変わった。より多くの一般客が押し寄せることになった。そこで、会社は、乗客の安全に関する社会的使命が格段に大きくなったと受け止めるようになった。これは、無理のないことであった。そこに、草津町からの乗車拒否を求める強い要請である。

 社長は、我が意を得たりと社員に命じた。

「営業規則を実行せよ。ハンセン病を乗せるな」

 しかし、湯の川地区側の状況判断は、これと全く異なっていた。患者の受け止めは、自分たちは迷信、誤解、偏見、差別の犠牲者であった。遺伝病というのはとうの昔に医学的に否定されている事実である。感染力も非常に弱い。このたび、県と国が理解を示して軽症者に寛大な措置をとるに至ったのは、その証拠ではないか。なのに鉄道会社が約束を守らないのは何事か。人々の怒りは増すばかりであった。

 昭和2年5月、新たな状況に対して住民運動が開かれた。真宗の説教所はあふれる人の熱気で満ちていた。高田区長は、県と内務省に嘆願した経緯を改めて説明した。

 するとさまざまな意見が飛び出した。

「会社は約束を破った。それを黙って許すのか」

「われわれの同病が軽井沢から歩いている。足に傷を付け、凍傷にかかる者もいる。仲間を見捨てるのか」

 ここで区長が立ち上がって言った。

「私は、今、実行委員として県と国に行ったことを報告しました。ここにもう一人、岩手の実行委員がいる。下村正助君です。県でも、内務省でも、実は正助君の働きが大きかったのです。正助君には、大陸の経験もあり、私たちにはない深い考えを持っているようです。正助君の意見を聞こうではないか」

「それがいい」

 大きな声が上がった。前回、正助を実行委員に推薦した男であった。

「賛成」

 この声と同時に大きな拍手が起きた。正助は意を決して演壇に進み出た。正助は大勢の人々を前にして、今や、大きな闘いの渦中にいることに身震いを覚えるのであった。その時、シベリアの恐ろしい海底洞窟の光景が頭をよぎった。すると不思議に心が落ち着き、身内に力が湧くのを覚えた。

つづく

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2025年11月28日 (金)

「外国人との秩序ある共生の重要性。小川市長の再選を許さない。タワマン火災は他山の石」

◇高市首相は「外国人との秩序ある共生社会の実現」に向け、強い姿勢で一歩を踏み出した。治安、文化、環境等様々な面で相対的に日本は暮らし良い国である。楽園ともいえる。それは訪日客が非常に多いことが物語っている。結果として違法行為を行う外国人が増えている。違法行為には厳しく対応しなければならない。これは外国人を温かく迎える日本人の心の基盤である。この日本人の心が「秩序ある共生社会」を支えるものと信じる。

◇前橋市長選の行方は非常に重要である。それは民主主義の危機に関わる問題でもあるからだ。私は小川市長とは関わりが深い。窮地に立って捲土重来を期そうとする市長の決意は分かる気がする。しかし、個人的感情に動かされてはならない。民主主義を守るという大局観に立って判断されねばならない。民主主義は衆愚主義に繋がる一面があると指摘される。今回の件はラブホテルで重ねての密会という大衆が興味を示す低次元の一面を色濃く有している。そこで問題の本質が薄れ流されていくことが非常に懸念されるわけである。このことを重視すれば小川市長を再選させてはならない。山本知事が「小川市長の再選があってはならない」と表明する意図はこの点にあるに違いない。同感である。

◇香港高層火災の様子は目を疑うようであった。垂直にかけ登る火の柱はこれが現実かと背筋を寒くした。それはかつて観た米映画が「タワーリング・インフェルノ」を甦らせるものだった。スティーヴ・マックィーンとポール・ニューマンが主演。舞台はサンフランシスコの超高層ビルの落成式。発電機の故障から発火。巨大な炎は最上階に何百人の人々を閉じ込めたまま飲み込んでいく。事件は最新の技術と装備を尽くしたビルの意外な弱点、そして近代都市の弱点をあらわにしていた。

 安全神話に胡坐ということがよく言われるが、それは技術の枠を尽くした近代建築にこそ当てはまると思えてならない。それにしても竹で組んだ足場とは酷い。まるで燃え易い薪の山で囲っているようなものだ。建築物関連で防火基準に反する点があったことも指摘されている。28日までに少なくとも83人が死亡し、連絡がつかない人も多くいるらしい。

 日本でも火災が多発している。大分市の火災は、死者は一人であったが、路が狭く大型車が通れないとか、火が出たら対応に困る状況は至る所にある。私たちは隠れた大きな危険に晒されていることを現在改めて認識すべきである。(読者に感謝)

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2025年11月27日 (木)

「前橋の選挙戦に期待する。安青錦が及ぼす国技への影響。女人禁制はどこまで」

◇小川市長が退職願を提出したことに伴い、市長選に向けた新しい動きが出てきた。暗雲が漂う前橋市の上空に光がさして来た感じで嬉しい。この光を市民がどう活かすかが課題である。市長のラブホ密会は民主主義に泥を塗る行為であった。それを民主主義の根幹たる選挙によって正すことは正道である。

 新人の丸山彬氏が出馬の意向を固めた。丸山氏は「市民が分断されている」と危機感を示し、「結束し、オール前橋で世界に誇れる都市にする」と決意を見せている。市長選に意欲を示すのは他にも複数おり、選挙戦はにぎやかになりそうだ。12月21日告示、29日投開票となりそうだ。

 山本知事は市長の退職願いにつき「遅すぎる。なぜここまで引っ張ってきたのか理解できない」と語った。市民は課題山積、危険いっぱいの嵐の中にいる。前橋丸の船頭不在は嵐の海に市民を投げ出すことを意味する。知事の「遅すぎる」発言はこのことを示すものだ。

◇安青錦が3人の力士がつくる馬に乗りガッツポーズしている。21歳の和装姿に拍手を送りたい。ロシアの非道の侵略に対する怒りの心が励みになったに違いない。ウクライナの人々の沸き立つ姿が目に浮かぶ。そしてチョンマゲで和装の姿がサムライに見える。また、サムライの心意気を忘れている日本人にとっても心地よい刺激である。恒例になっている大関昇進の口上に注目していた。難しい漢字の熟語として何が飛び出すのか。それは意外であった。「大関の名に恥じぬよう、また、更に上を目指して精進いたします」というもの。そして本人は感想を言った。「難しい言葉よりもシンプルの言葉が自分らしい」と。その通りだと思う。目の青い外人が自分でも意味が分からないのではと思われる難しい漢熟語を発信しても心が伝わってこない。安青錦の昇進儀式は大相撲の伝統に爽やかな一石を投じる契機になるかも知れない。相撲の起源は古事記や日本書記の神話にまで遡る。しかし永遠不変でなくともいいのではないか。女人禁制を頑なに守っているが高市首相が土俵に上がれない事態にここまでやるのかと不思議な感を抱いた。天覧相撲には天皇皇后の他、愛子様も観覧される。伝統の国技を真に国民のものにするために工夫すべき時に来ているのではないか。大いに議論すべきものと思う。巡業中、土俵で倒れた市長を救うために駆け上がった女性に「下りてください」の声。大きな批判が。緊急時の人命救助は例外として考慮されるべきだ。(読者に感謝)

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2025年11月26日 (水)

「小川市長辞職と有権者の見識。高市有事発言は閉塞状況に。クマとの共存に知力を尽くす時」

◇小川前橋市長が辞職の意向を固め、市議会議長に退職願を提出した。市議会は辞職に同意。27日をもって退職する。議長が選管に通知した翌日から50日以内に市長選が行われる。どういう選挙になるのか大いに興味が湧く。小川市長は出馬に意欲を示しているようだ。仮に市長が出馬するとして、対立候補は誰か。関係者は準備に入っているだろう。民主主義に泥を塗った小川市長の衝撃は広がり続ける。そして民主主義が危機に晒されている昨今の状況と重なる。前橋市は品の悪い不名誉なことで全国的に注目されることになった。良い選挙を行って市政の混乱と停滞を正さねばならない。それは有権者の見識にかかっている。

 時の経過と共にこの問題に対する市民の怒りが薄れていく気がする。それはこの問題を表面的に興味本位に捉えている人が多いことにも関わっている。これこそ民主主義の危機に違いない。

◇台湾有事に関する高市首相の国会答弁を巡り日中の対立が深まる中、トランプ大統領は中国との対話に乗り出した。最大の同盟国であるアメリカの動きは事態に変化を起こすのか。トランプ大統領の日本支持の発信が出されないことは日本をイライラさせている。米国内の民主党からは中国のご機嫌とりのため台湾政策が後退しているといった危機感も出ているのだ。私が日中友好協会に関わるからいろいろな方面から意見を訊かれる。中国としても国内的な課題を抱えているから解決が伸びることは避けたいのが本音である。その第一は経済である。天を突くような高層マンションが作りかけで放置されているとか、難関の大学を出た若者が就職できずに苦しんでいることなどが伝えられてきた。日本の企業で中国と関わっているものは非常に多い。これらの問題が「台湾有事」で行き詰っていることは日中両国にとって大きなマイナスである。両国の外交交渉で打開策を見出せない筈はないと思う。

◇母子のクマが逃げていく光景を見ると同情を禁じ得ない。対策の妙案は尽くされていないに違いない。高崎市の工夫は参考にすべきだ。その一例はドローンの活用である。また、SOS緊急ダイヤルを開設し、従来それが分散されていたのを一元化し、24時間体制にするなどである。対策の工夫と徹底がクマとの共存に繋がると考える。動物愛護は愛情だけでは実現できない。(読者に感謝)

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2025年11月25日 (火)

「安青錦が賜杯を手にした意味。ポケットに手を入れた不遜な中国高官。慎重さを欠いた台湾有事発言」

◇理不尽なロシアの侵攻に晒された母国ウクライナ。そこから戦禍を逃れて来日した安青錦が賜杯を手にした。重さ29kg、高さ107cmの賜杯を受け取る白い肌は目を潤ませて「素直にうれしい」と語った。徴兵対象となる18歳を目前にした来日だった。徴兵年齢となれば原則出国が認められない。安青錦の胸には祖国の人々を励ましたいという強い思いがあったに違いない。私は安青錦に伝えたい。

「日本は侍の国だ。大相撲は侍の技(わざ)だ。死力を尽くして優勝を手にした安青錦。君の姿に侍の姿を見た。君の母国はロシアに侵されている。かつて日本はロシアを破り世界をあっと言わせた。その歴史を踏まえてウクライナに声援を送る。ウクライナは日本の同志だ。安青錦、君は私たちの同志なのだ。君の活躍はウクライナだけでなく、私たち日本人にも大きな勇気を与えてくれた。ありがとう」

◇中国の高官がポケットに手を入れて日本の高官に対応した姿には呆れて腹が立った。こういう光景を世界の目は厳しく見ているに違いない。中国は墓穴を掘っているとも言える。日本は変に低姿勢にならず毅然として対応すべきである。現在日本は大きな試練の場に立たされているのだ。

 国際会議の舞台で中国の姿勢は依然として厳しい。南アフリカ・ヨハネスブルグの会議でも高市首相は、中国の首相と会話する機会を得られなかった。日中首脳が接触する重要な機会であるだけに期待したが駄目であった。

 今回対話が出来なかったことで日中関係の早期改善は難しくなったと言える。中国の王毅外相は「日本の現職指導者が台湾問題に武力介入しようとする誤ったシグナルを公然と発した」と直接批判したとされる。台湾問題が中国の逆鱗(げきりん)であることを改めて痛感する。高市首相は日本として当然のことを言ったといえるが、勇み足で事態悪化に繋がる発言であったといえよう。高市首相は「台湾有事が存立危機事態になり得る」と発言した。「なり得る」とは可能性を示す表現であるから問題ないように思える。しかし「存立危機事態」を首相が発言したことは衝撃的なのだ。それは自衛隊に防衛出動を命じ、中国と交戦状態に入ることを意味するからだ。高市首相が慎重さを欠いたことは間違いない。国際情勢の複雑さと難しさ、そして政治のトップの発言に於いて言葉の選び方の重要さを改めて痛感した。日本海の波がにわかに荒くなった。日本海は今や世界の中心と言うべき重要地点である。(読者に感謝)

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2025年11月24日 (月)

死の川を越えて 第174回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 ハンセン病の患者が世間から差別され、居場所もなく、彷徨う時代なのである。それが、ハンセン病の自治組織の仕事として、県や国に対して直接に行動を起こして嘆願書を届けたのであるから、まさに前代未聞の出来事であった。効果はすぐに現れた。会社側から「軽症者の乗車については寛大な処置を執る」との回答がなされたのだ。湯の川地区に歓声が湧き起こった。

 しかし、事は、予想した通りには進まなかった。

 大正15年8月15日、軽井沢、草津間の電鉄はついに全線開通した。草津は上信越線を生かすことも可能となり、町の発展にとり画期的な出来事であるから、町を挙げての祝賀会が行われた。

「天皇陛下が重体なのに、こんな祝いをやってよいのかのお」

 祝賀会を見る人山の中からこんな声も聞かれた。

 事実、大正天皇は長いこと重体で、11月24日の県議会では、森山の提案で、一日も早い平癒を願う決議がなされた。

 しかし、そのかいもなく、天皇は間もなく大正15年12月25日、世を去る。大正は終り、昭和元年となった。交通は人体の血管に等しい。草軽電鉄はまさに動脈である。新たな血液が流れ込む。閉ざされた秘境が一変することが予想された。ところで、人の流れの変化、町の発展は、ハンセン病の人々に大いなる影響を及ぼさずにはおかなかった。

 温泉街の人々は、新たな動脈が汚れることを恐れた。つまり、ハンセン病の患者の乗車が一般乗客に恐怖感を与え、ひいては草津町の発展を妨げると考えた。そこで、草津の温泉街が中心となって、草軽電鉄に患者の乗車拒否を強化するよう働きかけた。このような状況の下、「よその人間は、ハンセン病を見るともう来なくなる。電車にも乗らなくなる」。こんな声が多く聞かれるようになったのだ。電鉄会社は、これを受けて、軽井沢からのハンセン病患者の乗車を徹底的に拒むようになった。会社の営業規則は一般乗客の安全と快適な輸送を旨としていた。ハンセン病は怖いという当時の風潮からすれば、ハンセン病の感染は乗客の安全を脅かす事態であり、乗車拒否は会社としても当然と言えた。電鉄の社長、大村銀治は、元来一般乗客の安全を会社の社会的使命と考えていたが、国や県から働き掛けがあったため、不本意ながら「軽症者」については寛大な処置をしぶしぶ認めたのだ。

つづく

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2025年11月23日 (日)

死の川を越えて 第173回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

水野高明は嘆願書を作り、実行委員の区長に読んで聞かせる区長は感心して言った。

「さすが法学の先生です。素晴らしいできだと思います。ところで、最新の群馬県議会の動きをこのように的確につかむとは不思議な位でございます」

「いや。実は、あの正助君という若者のおかげなのです。彼が県議会に行ったことは、形だけではなかった。県もあの若者を評価していることが分かりました。あの若者は志の高い、頭のいい本物ですよ」

 水野という若者もなかなかの人物で、正助のことをこのように評価したのであった。水野は、湯の川地区の役に立ち、学者として褒められたことがいかにも嬉しそうであった。

 実行委員たちは、直ちに行動を起こし、県と国に向かった。この時の県会議長は森山抱月であった。高田区長は嘆願書を説明して議長に渡した。そして、振り向いて少し離れた所に控えていた正助を招いた。

「おお、正助君ではないか」

 紹介より先に、議長が正助に声を掛けたことに高田区長は驚いている。

「この嘆願文作成に当たって、この正助君に大変助けられました」

「おお、そうか。正助君は奥さんと坊やを連れて来て、この議会で湯の川のことを立派に説明した。有望な若者なので大事にしてください。私からも頼みますぞ。嘆願はしっかりと受理したので、担当の方に伝えます。それから本省にも行くのだな、県から内務省の担当課に伝えさせる」

 区長は喜び、正助は大いに面目を施したのであった。

 内務省へ行くと話が届いていて、担当の係長が対応した。本省の役人と言えば大変なものだと聞いていた区長はこちこちになっている。しかし、役人の印象は意外に気さくそうである。

「ああ、皆さん、湯の川から大変遠いところをご苦労さまです。どうぞ、どうぞ。私が担当の係長です。皆さんの所から木檜泰山先生が出ておられ、私は大変お世話になっています。嘆願は上に挙げ、よく検討致します」

 一同は、役人の温かい対応にほっとした。このように、県と国に対する陳情は予想外にうまく進むように見えた。

つづく

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2025年11月22日 (土)

死の川を越えて 第172回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 落ち込んだ水野の心に光を当て望みをつないだものは、ここには自分の研究の課題である人間の自由や人権の問題があって、水野から見れば生きた大学ともいえる状況が感じられることであった。自由に書を読み、ものを書くことができる環境ということも水野は気に入っていた。

 法学士水野は早速、嘆願書に取り組んだがいざ文章をまとめるとなると、湯の川地区の歴史や県、国の動きを知らなければ書けない。

 ある夜、水野はひそかに正助を訪ねて来た。

「聞くところによると、君は県議会へ行き、湯の川地区のことを説明したそうですね。ついては何か資料があれば見せてほしいのだが」

「先生、分かりました。目的は、この湯の川のため、俺たちのためですからね。先生のご協力に俺は感謝しているので、資料を探します。心当たりがあるので少し時間を下さい。明星屋にそっと連絡しますよ」

 正助は、学者先生の面子もあると思い気を遣うつもりでいたのだ。正助は、万場老人に事情を話し、資料作りを手伝ってもらった。老人は言った。

「その学者に良い嘆願書を作ってもらうことは、この集落のため、そして、お前の今後のためだ。わしも力を貸そう」

 老人はこう言って、正助が語る県議会を訪ねた時の状況を詳しく書き取った。それから議会から取り寄せて研究していた県議会の資料を読んだ。

 万場老人は、これらを材料にして、一気に嘆願文の内容の骨子を書いた。正助は、万場老人から説明を受け、さすがは東京帝大と内心舌を巻いたのである。

 正助がこれらを水野に渡すと、この学者はじっと紙面に目を走らせていたが、やがてにっこりして言った。

「君、最高の資料です。私はこれに肉付けするだけ。良い嘆願書が書けますよ。ありがとう」

 水野が驚いているのを見て正助は、自分の先生の助けで作ったことを打ち明けた。

つづく

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2025年11月21日 (金)

「旧統一教会と宗教。信者の自由とその濫用。高裁で審理中。異常気象の常態化と大分の大火」

◇旧統一教会公判の状況から目が離せない。この事件は宗教と個人との関わりがいかに深刻な問題に発展するかということで他人事ではないからだ。日本人は宗教に淡泊だと言われる。日本人は、というより現代人はと言うべきだろう。宗教は心に流れる熱い血と結びついた問題である。私たちの中にも熱いたぎる血が流れている。歴史を振り返れば祖先は宗教に駆り立てられ命を懸けた出来事はいくらでもある。「淡泊」なのは熱い血が眠っている現象に過ぎない。旧統一教会問題、安倍元首相暗殺事件はこのような眠っている宗教の目を醒まさせる契機になる点で重大なのだ。

 山上被告は母の入信で「人生観が根本的に変化してしまった」と述べている。母親が一億円献金したことは想像を超える衝撃だったに違いない。妹はこの母親につき「母の皮をかぶった信者が母のふりをしていると思った」と語った。この言葉の凄さに私は衝撃を受けた。宗教の力、そして宗教にマインドコントロールされた人間の現実を見せつけられた思いである。この母親は事件の原因を問われ「私が加害者だと思っている」と述べた。完全に心を奪われた情況から目を醒まし、我に返った状況がよく分かる気がする。自分のことを「加害者だと思っている」、この言葉の重みを事実が語っている。この母は献金こそが「家族を良くする方法」と信じ教団に尽くした。祖父が亡くなるとその遺産も捧げた。兄は母を殴り、その兄も自ら命を絶った。正に地獄である。母は自らを加害者と言っているが、途方もない財産を受け入れる存在である教会こそ加害者に違いない。憲法は信教の自由を保障する。信教の自由の重要性は根本的なものであるが、その悪用は決して許されるべきでない。

 一連の教会の行為は信教の自由濫用に他ならない。憲法は基本的人権を強く保障するが同時に「国民はこれを濫用してはならない」と明記する。旧統一教会につき東京地裁は解散命令を出し、現在東京高裁で審理が続いている。私たち国民は、このケースが信教の自由とその濫用の問題として非常に重大であるとして審理の行方に注目しなければならない。

◇大分の火災は異常気象が常態化する今日、延焼や飛び火の対策がいかに重要かを訴える。消防庁は17年に「強風下における消防対策について」との文書を全国の消防本部に通知。その中で飛び火は必ず発生するとし、早い段階で延焼を食い止める境界線の決定を求めている。今回蔦島の延焼は飛び火が原因と見られている。(読者に感謝)

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2025年11月20日 (木)

「中国との火花の中で民間交流の重要さを考える。大規模火災に思うこと。安倍元首相暗殺から学ぶこと」

◇私は群馬県日中友好協会会長として、対中国に関し取材を受けている。尖閣問題で激しく火花を散らした時のことが思い出される。あの時も健全な民間交流の存在によって乗り切ることができた。ある中国の要人が日中の会合で「民間交流が全て」と語っていたことが甦る。中国外務省の高官が両手をポケットに入れたまま日本外務省の高官と立ち話する映像に強い不愉快をお覚えた日本人は多いはず。日本を軽蔑する姿に私は強い憤りを感じた。これが礼節を重んじる中国のしわざかと。外交上の優越を強調する意図が明らかだ。中国の女性報道官は「日本はただちに誤った発言を撤回し、方針を改め中国人民に明確な説明をする必要がある」と強気の姿勢を崩していない。

◇大分市の大規模火災は凄い。燃え盛る炎は戦争のようである。あいにくの気候条件が火事を煽った。発生時、強風注意報が出され、風の勢いは漁師が海に出られない程であった。焼損範囲は東京ドームより広いという。この寒空に焼け出された人々はあまりに気の毒だ。火災発生の可能性はどこでも大きい。

 冬は空気が乾燥する上、暖房機器を使用する為に火事が多いのだ。

◇安倍元首相暗殺は震度7クラスの衝撃度であった。7は東日本大震災の震度である。その余震はまだ続いているように感じられる。

 奈良地裁公判から生々しい事実が伝わる。山上哲也被告の妹は母親の信仰で「家庭は破壊された」と証言した。家庭破壊で大学進学も諦めた長男は「お前のせいだ」と言って母親に暴力を振るった。母親はそれでも献金を続け妹にも無心した。鬼の形相で腕にしがみつき金を迫ったという。宗教の力がかくも強く人の心を支配するのかと改めて驚く。オーム真理教をはじめ宗教に関する事件は余りに多い。歴史を振り返れば洋の東西を問わず宗教の力は国を動かす程凄いものだ。旧統一教会に対する解散命令をもっと早く出していればこんなことは起こらなかったという見方は強い。

 東京地裁の解散命令は2025年3月に出され、教会は東京高裁に即時抗告し現在審理中である。奈良地裁で19日に行われたのは第9回公判であった。公判心理の過程から安倍元首相の関与がいかに大きかったかが分かる。全国会議員に教団との接触を断つよう要望書を渡した時も安倍氏側だけが受け取りを拒んだという。振り返って、事件は防げたという見方は強い。行政のなすべきことは大きかった。きちんとした検証が求められる。(読者に感謝)

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2025年11月19日 (水)

「台湾有事に関する高市発言の衝撃度。人気アニメ鬼滅の刃の人気度は語る」

◇国際情勢は複雑怪奇である。高市首相の国会答弁「台湾有事に関し武力行使を伴えば存立危機事態になり得る」がこんなに難しい状況を産むとは思わなかった。台湾問題が中国にとって竜の逆鱗(げきりん)であることを改めて突き付けられた感じである。日中両国外務省の幹部が中国で協議したが、歩み寄りは出来なかった。中国は高市答弁の撤回を求め日本は拒否した。日本は「日本の治安は決して悪化していない」と反論。私はその通りだと思う。外交問題として判断するとこのような想定外のずれが生じるのかと驚く。私は群馬県日中友好協会会長として、また中国人を含めた多くの外国人が学ぶ日本語学校の理事として、治安の悪化は少しも感じないのだ。とにかく、微妙な状況の中で政治のトップにある人は、その一挙手一投足が想定外のものを産むことに細心の注意を払わねばならない。

 中国は国家権力が強い国である。トップの政治姿勢はただちに国民世論に影響する。その現れとして、現在中国内の対日世論が急に硬化している。中国政府とメディアは連日強い姿勢で高市批判を展開しているのだ。交流サイト(SNS)には日本製品のボイコットを呼びかける過激な書き込みがあふれている。国営通信新華社は、高市国会答弁につき「平和憲法を改正し、軍拡を加速するとの政治的野心を暴露した」と主張。そして、SNSには「高市氏は宣戦布告したも同然」などの投稿が相次いでいる。明らかに飛躍だと思う。こうしたフェイクな情報に先導されるようにして日中関係がつくられていくのは誠に残念である。

◇人気アニメ「鬼滅の刃」が中国本土で公開され、中国本土でのアニメ映画の前売り興行収入の新記録を達成した。気になるのは台湾有事に関する高市発言の影響である。上映後初めての休日にあたる15日をピークに興行収入の伸びは鈍化傾向だと報じられている。激減かと懸念していたが、どうやらそれ程ではないらしい。もっとも国営中央テレビは「高市氏の誤った発言は、日本映画の中国市場での公開と興行収入にも影響を与えている」と主張。マイルドな表現が影響の現実を物語っていると思える。いい作品に国境はない。中国との関係で重要なのは民間交流である。特に民間の文化の交流の重要性は決定的といっても過言ではない。それは過去の日中の歴史が物語る。今回、日中国家間で吹き荒れている嵐をどうしのぐか。日中文化の試練に違いない。(読者に感謝)

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2025年11月18日 (火)

「”縦の会”総会は私の作品に注目。暴力団排除条例成る。その歴史的意義」

◇14日、第一高等学校、東京大学弁論部「縦の会」の総会に出た。午後7時開始。上野駅からタクシーで向かった。夜の東大構内は久しぶりで、黒い安田講堂の姿が怪物の砦のように浮き上がっていた。会場は「かどや山上亭」。“さんじょうてい”と呼ぶ。総会の審議事項は形式的に終わる。会費1万円の故か料理はよかった。総会に先立って会報誌「縦の論壇」が関係者に郵送されていた。中味は事務局による活動報告で、細かい数字や表などが並ぶ。私の作品「戦後80年、炎の山河」に多くの人が注目していることが懇親会の会話で分かった。来年はこの作品に少し加えて小著を出版する予定。

 その予告を兼ねて内容を少し紹介したい。項目は「戦後の混乱期、赤城山で開墾生活に入る」、「赤貧洗うが如し、定時制高校へ」、「県議選に元東大総長が。暴力団排除条例成る」、「県議会を離れもう一つの人生に燃える」、「終わりに」。ざっとこんな構成である。冒頭の部分は次のようである。

「戦後八十年目の夏は特に暑い。グテーレス国連事務総長は『沸騰』と表現したが、次のステージはどう表現されるのか。地球が断末魔を迎えているようである。かつて被爆地広島・長崎は3,000から4,000度の熱に晒された。終戦時四歳であった私は現在八十五歳。戦後の混乱の中で少年時代を過ごした私は、現在核戦争の足音が近づくのを感じている。その足音を現実化させてはならない。その思いで大戦のなかった八十五年の人生を振り返ることにする」

 この総会では多彩な人と言葉を交わしたが、その中に法学部教授の五百旗頭薫(Iokibe kaoru)氏もおられ私の作品の中味に興味をもって質問されていた。諸氏の質問中、暴力団対策条例について「その動機はなんですか」と訊く人がいた。前橋市のスナックで起きた凄惨な殺人事件について話すと皆驚いておられた。それは私の家の近く、三俣町で起きた暴力団同志の抗争事件である。いわゆるヒットマンによって組員一人が殺された他、たまたま居合わせた民間人3人が巻き添えになって射殺された。実行犯に対して一審二審とも死刑判決が下されたのである。そこで当時県議会にいた私は公営住宅から暴力団を排除する条例を作る決意をしたのである。議会は積極的でなかった。条文案も私が中心になって作った。全会一致で可決された時、思わず快哉をあげた。その成果は大きく、県内自治体がそれにならうことになった。(読者に感謝)

 

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2025年11月17日 (月)

「台湾問題は中国の逆鱗か。高市発言の波紋。ペルソナ・ノン・グラータ。高市支持69%とは」

◇台湾問題は竜の逆鱗と言うべきか。伝説の生き物、竜の喉元に一枚だけ逆さに生えている鱗があり、これに触れると竜は激怒するという伝説である。

 高市首相の台湾有事に関する国会答弁が中国を強く刺激している。中国外務省は「厳正な申し入れと強烈な抗議」を行うと共に国会答弁の撤回を求めた。過剰な反応ではないかという感を抱くが事態の深刻度を示すといえよう。

 高市首相は予算委員会で、中国による台湾侵攻に関し発言した。「戦艦を使って、武力の行使を伴うものであれば、存立危機事態になりうるケースだと考える」。こういう場合に存立危機事態になると具体的に政府が断定することは今までにない、一歩踏み込んだ姿勢であった。これに対する中国の反応は私には少し異常に見える。中国政府関係者の「汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない」という発言である。政府与党からは強い非難の声が上がっている。自民党は非難決議を提出。「ペルソナ・ノン・グラータ」として毅然とした対応をとるべきだと求めた。ラテン語のペルソナは英語のパーソンで、ノンはNO、そしてグラータは好ましいで、つまりノングラータは好ましくない。ペルソナ・ノン・グラータは「好ましくない人物」ということになる。過去に日本がペルソナ・ノン・グラータを適用したのは4例のみ。このようなやりとりが経済や人の交流に大きな影響を及ぼすことは避けられない。日本産水産物の輸出再会が始まったばかりである。今後どのようになるのか懸念される。

 中国政府は高市首相発言に対し最速対抗措置を打ち出した。中国国民に対し当面日本への渡航自粛を呼び掛けたのだ。中国政府は「中国人の身体と生命の安全に重大なリスクが生じた」と主張している。さっそく訪日に関しキャンセルの動きが現れ出した。これまでに日中間に火花を散らすような場面があった。そのような中、私は中国を訪れたが、まったく無関係なのどかな風が流れており、驚いたことがある。今、私たちにとって必要なことは冷静に事態の推移を見守ることである。

◇外の国の激しさとは別に、首相の支持率は高い。直近の世論調査では69%と歴代屈指の高さを示す。首相の物価高対応については「評価する」が44%と半数に迫る多さである。10月の日米首脳会談については「評価する」が67%である。日本丸は激浪の中どこに向かうのか。(読者に感謝)

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2025年11月16日 (日)

死の川を越えて 第171回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 会議は正助の発言を容れて動いた。改めて住民集会が呼び掛けられた。集会は、日頃住民の集会所としても使われていた真宗大谷派説教所で行われた。県当局および内務省に嘆願書を提出することが決議された。

 実行委員には区長の高田仙蔵らがまず選ばれたが、会場から声が上がった。

「県や内務省に行くのなら、若いけど正助君を実行委員に入れるべきです。強く推薦します」

 異論はなかった。正助は、ここまで来れば遠慮せず、集落のために役立つことをしようと決意を固めた。嘆願書起草委員を選ぶことになった時、明星屋の主人が手を上げて言った。

「うちの客に偉い法律の先生がいます。水野高明さんを推薦します」

 こうして起草委員には水野という学者が選ばれた。湯の川には、このような異色の人物が珍しくなかったのである。正助の頭には万場軍兵衛のことが浮かんだが、先生は表に立つことを望まないだろう。また、明星屋の主人がわざわざ推薦した以上は、それに従うべきだと考え異を唱えなかった。

 明星屋の主人がうちの法学士の先生をと言って推薦した水野高明は、かつて九州帝大で法律を講義していた人物であった。もとより本名ではない。明星屋の主人は逗留の日々が過ぎる中で、この浴客の素性を知り、また篤実な人柄に接し、自分の所にこういう客がいることを自慢に思うようになっていたのだ。

 湯の川で、患者と主人の結び付きは特別である。それは、一種の家族のような関係であるが主人は大事な客を特に大切に扱うので自然と信頼関係が生まれるのだった。

 水野は熊本藩の元士族の出で、相当の資産のある一族であった。ハンセン病を得た水野は一族の名を考えて、退学を辞め、資産を分けてもらって熊本を去る決意を固めた。自分の運命を嘆いた水野は、どこへ行くかと迷った末、大学在職時代の本妙寺集落の研究から、自由があり、自治をはぐくんでいるという湯の川の事を思い出し、逃げるようにしてやってきたのだった。

つづく

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2025年11月15日 (土)

死の川を越えて 第170回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

「昔の百姓一揆をやるのか」

 これに正助は大きな声で応えた。

「昔の百姓一揆は、指導者は首を切られたり、はりつけになった。今はそんな時代ではない。武器を使わないで、住民運動をうまくやるんです。俺は朝鮮で日本に抵抗する大衆運動のすごさを見た。湯の川は自治をやっている。組織があるんだから生かさねば損だ」

 正助の発言はもっともだったので、賛成者が現れ、会議の空気はそういう方向で動いた。

 正助は更に言った。

「ただ騒ぐだけでは効果は小さい。嘆願書のようなものを作って県や国に正式に働きかけるべきだと思います」

 これを聞いてある男が言った。

「正助さんは、県議会に呼ばれて、この湯の川地区のことを説明したそうですね。また山田屋に県会議員が来たことも聞いている。どういうことになっているんですか。そういう筋は、この際助けてくれるんですかね」

 正助は、ここが大事なところと決意して語った。

「みんなに説明する機会がなかったのですが、俺はある県会議員に呼ばれて議会に行きました。そして、県会議員の中には、俺たち湯の川の患者に同情している人が多いことを知ったんです。そして、湯の川は自治会があって選挙で役員を選び患者は助け合って生きている、税金も払っていると言ったら驚いていました」

 人々の間に驚きの空気が広がった。正助は人々の表情を見て気付いた。それは、この地区にとって非常に重要なことを集落の人に知らせないできたことだ。隠すつもりは少しもなかったが、何か新しい突出したことは理解してもらいづらいという村の伝統的な空気を知っていたからである。また、自分の手柄話をすると受け取られるのも嫌だった。自治会の役員でもないのに生意気だという人もいるだろう。そんな思いもあった。今日は良い機会で自然に話すことができたし、素直に受け止めてもらえたらしい。そう思うと正助はうれしかった。

つづく

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2025年11月14日 (金)

「原稿用意は世界への窓。タイムマシンで一心二生を。人口戦略本部新設。ナチュラルと警察の腐敗」

◇ある人のメールに感謝し勇気を得た。私のブログを「いつも読んでいますよ」というもの。私のブログの読者は多いが特別の感を抱く。長く不思議なご縁が続いているからだ。私は早朝2時に起きる習慣である。原稿用紙に向かう。赤と青、二本の万年筆が武器である。私は武蔵が好きで、二本の筆を手にして武蔵を連想する。

 紙面の大きさはA4、この原稿用紙は私にとって無限に広がる世界への窓。私の好奇心は、この窓からロケットに乗って飛び出していく。ロケットで85年の時を遡る。タイムマシンだ。いくつかの別の世界を生きたことを見詰める。一つの身体で二つの人生を生きることを一身二生というとか。家業のだんご屋を支えながら、定時制時代から東京の大学へ入った時は異次元の世界を感じた。徒手空拳の泡沫と言われながら県議会へ入った時もそうだ。一心二生は素晴らしい。人は皆、今度生まれ変わったらとよく口にする。これは一心二生への憧れである。一心二生は蓄えたものを別のことに活かすことの決断によって実現する。変転極まりない世界で生き抜くには変化にしくはない。現状に諦めてぐずぐずと埋没するか、それとも進歩するか、それを決めるのは決断である。一心二生は可能性への力である。

◇閉塞状態を抜けるには変化への決断が要る。日本はこの状況にある。日本の最大の課題は人口減である。加えて高齢化である。萎んで力を失っていく日本を救わねばならない。

 首相は10月の所信表明で人口減少を日本最大の問題と位置付けた。これに異論はない。問題は対策である。政府は月内にも「人口戦略本部」を新設する方針という。高市首相をトップとし閣僚がメンバーになる。関係する政府機関がバラバラでは本来の力を発揮できない。新設の組織は関係する府省庁ごとに取り組んでいる政策を総括する役割を担う。人口減対策が焦眉の急であることを考えれば遅きに過ぎる感は免れない。

◇「ナチュラル」は、匿名、流動型犯罪グループで、全国の繁華街で少なくとも1,500人が活動し一年間で女性を紹介した風俗店から44億円以上を得ていたとされる。この「ナチュラル」に捜査情報を漏らしたとして暴力団対策課の警部補が逮捕された。警視庁は全力を注いでいたが内部にスパイがいたことを物語る。警察内部の腐敗が進んでいるのだ。アメリカ映画などではおなじみの状況が日本でも進んでいるのか。治安の良さで知られる日本が崩れていく音が聞こえるようだ。(読者に感謝)

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2025年11月13日 (木)

「事実は小説より奇なり。26年の歳月と男女の愛憎。ラブホ、市民の怒りは強い。殺害予告とは。中之条町、アプリでクマ対策」

◇「事実は小説より奇なり」、この諺は詩人バイロンの作品に由来する。名古屋の女性奈美子さん殺害から26年が経過した。この間容疑者はどんな心境でいたのか。いつも不安だったと語っている。容疑者は昔、被害者の夫悟さんに強い好意を抱いていたという。悟さんと容疑者は高校の同級生で、高校時代運動部で一緒だった。バレンタインデーにチョコをもらったり、好意を告げられたりした。別々の大学に進学した。容疑者は大学にも会いに来た。「受け入れられない」と伝えると泣き出した。思いが強かったことが想像される。それから20年の時が流れた。この20年はそれぞれにとって重要な意味を持ったに違いない。20年後の部活の同窓会で再会、悟さんの妻奈美子さんの殺害はその5か月後。再会の事実は容疑者にどのような意味を持ったのか。人の心理は分からないが色々想像される。小説を書くとすれば色々な筋と構成が可能だろう。

◇上毛の“ひろば”に松原さんが「前橋市長は辞任を」という厳しい意見を寄せている。市長がグリーンドームで市民と公開対話するとの考えに対し、それを批判し辞任を迫るものだ。例のラブホ密会につき、静岡市の伊藤市長の経歴詐称よりはるかに悪いと厳しい。市民の怒りが沸き立っていることを窺わせる。この“ひろば”の意見とは無関係のことであるが物騒なことが報じられている。

◇小川市長殺害予告である。68歳の男が逮捕された。市長の続投表明に反感を抱いたと見られている。容疑者は前橋市南橘町の高橋正という人。小川市長の事務所に携帯から電話で「責任取らねんかい。殺したくなっちゃったよ。小川に言っておけ」と脅迫した疑いである。市長は被害届を出した。市長に対する怒りの表明は言論の手段によらねばならない。それが民主主義の大原則である。

◇クマの恐怖が本県山地でも深刻になっている。今月15日のミライズクラブでは私が話すことになり、テーマは「新年はどんな年になるか」である。その中の一項目として「クマと人間の対決は新局面に」と予定。本県で目撃が相次いでいるのは中之条町である。同町は今月、有害鳥獣の目撃情報を住民が共有できる「鳥獣通報アプリ」を導入。スマートフォンなどからクマなどの目撃場所や被害状況を簡単に投稿でき、またそれを地図上で確認できる。アプリだと地元の詳しい情報を集約して発信できる。町は柿や栗の木を切るよう呼びかけている。(読者に感謝)

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2025年11月12日 (水)

「情報空間に飛び交う情報は個人にとっても社会にとっても深刻な課題。ロマンス型詐欺に対する政府の対策は」

◇変な社会が進んでいる。今日の我々の空間には限りない情報が飛び交い、それに誰もが関わらざるを得ない状況に置かれ、その関わりいかんによって法的責任を問われ得るのだ。だから個人の問題としてはいかに自衛するかが自分を守るために重要である。

 また、個人を超えた社会全体の問題としては、例えば流れる情報によって選挙が大きな影響を受けるのだから民主主義が危機に晒されていることになる。

 立花孝志氏が名誉毀損容疑で逮捕されたことは、この情報空間に翻弄される深刻な課題を浮き彫りにすることになった。逮捕容疑は自死した元県議に関するデマをSNSで拡散し名誉を傷つけたというもの。死者に対する名誉棄損という点でも注目されることになった。自死した元県議の妻の告訴によって県警が動き出した。立花氏は街頭演説で「竹内県議はめっちゃやばいね。警察の取り調べを受けているのは多分間違いない」と発言。また「どうも明日逮捕される予定だったそうです」などと自身のSNSに投稿した。県警がこれらを事実無根だと表明した。このことにより立花氏は逮捕されるに至った。なお、死者への名誉毀損罪が成立するには、示した事実が虚偽で、更に虚偽であることを認識して発信することが要件とされる。つまり通常の名誉棄損罪よりもハードルが高いのだ。

◇騙し合いの時代は加速するばかりである。社会の倫理や規範意識が乱れているところに便利な機器は増々進化する。その効果が重なり合って酷い状態になっている。現在県内で被害が広がっているのはSNSを悪用し投資や結婚等を働きかける「SNS型投資、ロマンス詐欺」である。従来主流だった「おれおれ詐欺」に比べ、県内の被害は3倍近くになっている。県警は本年度、担当部署を設置して対策に力を注ぐ方針である。新たな部署は「匿名流動型犯罪グループ対策室」である。役割分担などの組織的犯行が増えていると言われる。例えば犯人が示した口座に振り込まれたものが別口座に移され、捜査を難航させている。現金を暗号資産化して海外のサイトに送らせる手口も確認されている。いたちごっこの感がある。そこで政府は本年度、新たな総合対策をまとめた。おとりとなる「架空名義口座」を犯行グループに流し摘発につなげる捜査手法だ。政府は組織力の上で圧倒的な力を有する。その気になれば犯行グループの上を行くことは容易の筈。良好な治安を取り戻して欲しい。(読者に感謝)

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2025年11月11日 (火)

「小川市長への怒りの本質を問う。地方政治の形骸化を許さない。いわき信組と反社との癒着。シロアリを許すな」

◇小川前橋市長の問題を歯がゆく思っている市民は多いはずだ。しかし怒りのトーンが次第に低くなっているようにも感じる。それを計算に入れたかのように市長が市民の前に出る回数が増しているように思える。単なる感情的な怒りは長く続かない。理念や信念に基づく怒りは永続する。今回の市長の行動には週刊誌的な浅はかな面を否定できない。この面に関する大衆の怒りは潮が引くようにエネルギーを失っていくに違いない。小川市長は激しい選挙で理想を訴えて対立候補を降した。女性初の市長誕生に輝く前橋の未来を信じた人は少なくなかった筈だ。日本の女性解放運動の指導者平塚らいてうは叫んだ。「元始、女性は太陽だった」と。

 今日、女性の地位はまだまだ低い。長く続いた男尊女卑の歴史は重い。一朝一夕には変化しない。小川市長の誕生はその一角を突き崩す千載一遇のチャンスであった。それを選挙によって実現させた意義は測り知れない。選挙は民主主義の礎というが正にそのことを示したといえる。小川市長の醜聞は自ら選挙の金字塔に泥を塗る行為として許し難い。時の経過と共に市民が怒りの炎を容易に納めるとすれば、それは前橋市民が天下に恥を晒すことになる。恥の上塗りとはこのことだ。このことを真に理解し行動で示すことが今求められている。それは全ての市民に求められており、その先頭に立つべきは市会議員であり市議会であるが、現在その動きはみられない。残念である。地方の時代と言われ地方創生の時と言われる。難問山積の時に当たりその責任を果たせない地方政治は百年の悔いを残すことになるだろう。

◇いわき信組の虚偽報告、元役員の反社勢力との関わりは信じ難いものだ。反社会的勢力が深く関わっていた。そして、無断借名融資に関する重要データが保存されていたというパソコンを担当者は役員の指示で、ハンマーで壊して処分していたとされる。金融庁は無断借名融資の総額を247億円と認定した。信組が設置した特別調査委員会は20年以上にわたり反社会的勢力に資金を提供していたとする報告書を公表した。反社会的勢力の資金源がこのようにして存在したことは衝撃である。反社の組織に弱味を握られると際限がない。いわき信組の元会長は自ら反社の男性に現金1億円を渡したという。「これが最後だぞ」と告げたが要求は続いた。食いついたらダニのような反社の存在を金融庁は許すべきではない。(読者に感謝)

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2025年11月10日 (月)

「東北はクマと人間の主戦場だ。人肉の味を覚えたクマの実態。タイ少女の人身売買が日本で起きた意味」

◇限られた地域にせよ、本来戦争に備える筈の自衛隊がクマ対策に当てられることは改めて事態の重要性を突き付ける。対クマ戦争と言っても決して過言ではない。最近想定外とか歴史上かつてないとかいう表現が目立つがこのクマ現象もその一つに違いない。クマに罪はないのは明らかだ。母グマの後を追って必死で逃げる子グマの姿は憐れで同情してしまう。クマが生きるべき環境にも変化が生じている。森を整備するとかして人間との共存を図るべき過渡期なのだろう。途方もない変化が人間とクマを包んで渦巻いている。地球温暖化はクマの冬眠を不要としている可能性がある。

 環境省は2025年度上半期のクマ状況を明らかにした。出没件数は2万792件に上り過去5年間で最多。人的被害はけがを含め99件108人。その発生場所は7割以上が人の生活圏であり、それは増加傾向にあるという。岩手、秋田、青森、山形等東北がクマとの主戦場になっていることが分かる。

 クマの被害状況には更に深刻な事態が進んでいるらしい。クマを解剖するとその胃から人間の肉片が見つかることが珍しくないと言われる。これは何を意味するのか。クマが人間の味を覚えたに違いない。クマにとって人間も鹿も変わりないに違いないのだ。このような実態を冷厳に踏まえて有効な対策を立てねばならない。総合的科学的対策は焦眉の急なのだ。

◇12歳のタイの少女が入管に駆け込み事件は明らかに。少女は、出頭は怖かったが、タイに帰りたかったと言っている。一か月で約60人の客への性的マッサージを強要されたという。現場は東京湯島の個室マッサージ店。実の母親が重要な役割を果たしていることは衝撃だ。母親が日本に連れてきて置き去りにしたとされる。人身売買事件の恐れがあり、母親が娘を売った可能性がある。母は逮捕された。鬼畜の母である。タイの女性支援団体は「日本でこの事件が起きたこと、そして母親の直接的な関与は極めてまれ」で衝撃を受けたと話す。

 日本は人間尊重の憲法に基づき、人権が尊重されることで世界に冠たると言っても過言ではない。最近日本人が貧しい外国にでかけて少女を買う事件が報じられている。国及び警察はタイ少女事件の重大性を直視して毅然とした姿勢を示さねばならない。美しい国日本が精神面から崩れていくことを防がねばならない。日本は現在大きな岐路に立っているといえる。(読者に感謝)

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2025年11月 9日 (日)

死の川を越えて 第169回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

「お父さん、初めて聞くお母さんとの出会いの話。素晴らしいわ。ここへ来て本当によかったわ」

「私のお父さんとあなたのお母さんが朝鮮の海の洞窟にのまれて死んだなんて信じられないわね」

 明霞とこずえは不思議な運命を身近に感じて驚くばかりだった。

 一行は、白砂川を下って、いくつかの集落を回って湯の川に戻った。鄭と明霞親子は、数日の滞在期間を有意義に過ごし、名残惜しそうな様子で韓国に向けて帰って行った。

 

  • 住民大会開く

 

 軽井沢、嬬恋村間に鉄道が開通したことはハンセン病の患者にとって天の恵のはずであったが、軽井沢で頻繁に乗車拒否される。このことに対する湯の川住民の不満は日を追うごとに大きくなった。実は、鄭東順らが乗車拒否された頃、住民の怒りは忍耐の限界を超えるほどに高まっていた。区長の呼び掛けで対策会議が度々開かれた。ある日の会議に正助が出席していた。

 区長が発言した。

「乗車拒否がひどすぎる。会社には何回も止めてほしいとお願いしているが聞いてもくれない。どうしたらよいでしょうか」

 いろいろ意見が出たが聞いていた正助が発言した。

「先日も、韓国からの大切なお客様が乗車拒否をされました。会社にお願いするという穏やかな方法では駄目ですよ。力で動かす他ないでしょう」

 誰かが即座に声を上げた。

「そんないい手があれば教えてもらいてえ」

 正助はこれに応えて言った。

「会社は俺たちを営業の邪魔者と見ている。俺たちは弱い立場です。しかし、まとまれば会社に圧力をかけられます」

つづく

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2025年11月 8日 (土)

死の川を越えて 第168回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 翌日、一行は荷車に乗って、ふもとの里へ向かう坂を下った。うっそうとした森を流れる湯川の音が近付いたかと思うと遠ざかる。一つの曲がり角に近付いたとき、数人の人影が見えた。正助が飛び降りて走って行く。何やら言葉を交わして戻って来て言った。

「朝鮮の人たちです。鄭さんとつながりのある人たちで、近くで働いています。昨日のうちに連絡しました。皆会いたがっています」

「ほほー。それは何とありがたいこと。温かいご配慮に厚く感謝します。明霞、お前も一緒に」 

 そう言って、鄭東順は人々に近付いた。正助が荷車から見ていると、人々は、主人に対するように低く頭を下げ、礼を尽くしているようだ。鄭と明霞は同じように腰を折って手を差し伸べている。しばらく話して人々は去って行った。

「気の毒な人たちです。私も昔、近くの鉱山で働いた。お元気で、体を大切にと言うことしかできませんでした」

 鄭東順は、人々が去った方向を見ながら言った。

 荷車は坂道を西から東に向けて下り続け、村々を北から南に流れる白砂川に行き着いた。渓谷に沿ってちばらく走った時、鄭は手をあげて言った。

「止めてください。この辺り、あの松の木です」

 切り立つ断崖から松の木が宙に浮くように伸びている。

「あの松の所から私は落ちました」

 鄭は懐かしそうに身を乗り出して眼下を眺めた。

「鉱山から重いものを運んで足を滑らせたのです。松の根をつかんだら太い蛇で、蛇が嫌いな私は慌てて手を放しました。後は何も覚えていません。霧の中を彷徨っていました。美しい女の人が現れて手を差し伸べてくれるのです。私は必死でその手を握り歩き続けました。女の人は頑張るのよ、この手を放しては駄目、と励ますのです。意識を回復し目を覚ました時、私はお藤の手をしっかりと握っていました。私をのぞき込んでにっこり笑ったお藤の顔を今でもはっきり覚えています」

 明霞とこずえがじっと聞いていた。

つづく

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2025年11月 7日 (金)

「12月14日芳賀公民館で忠臣蔵の話を。吉良の死を事前に知っていた唯一人の男とは。大高源吾の役割。人間臨終図鑑とは」

◇赤穂浪士の討入は元禄15年12月14日の出来事であった。47人の浪士が吉良邸に討ち入り主君の怨を晴らした。日本人の人情に訴える出来事として昔から年末といえば忠臣蔵の映画が定番であった。偶然のことであるが、私は12月14日、芳賀公民館のビブリオバトル(知的書評合戦)で忠臣蔵に関する話をする予定である。

 不思議なことに47人以外に唯一人吉良の死を事前に知っていた人がいた。表千家の山田宗徧である。この茶人の弟子に脇屋新兵衛という男がいて、14日の吉良邸の茶会の話をしたら顔色が変わった。そしてその朝またやって来て「今日は吉良さまのところへお出かけでございますか」と念を押した。宗徧は目の前の新兵衛が赤穂の浪人であることを知っていたが、浪士たちに同情し黙々と吉良上野介の前で茶をたてていた。果たせるかな15日の午前2時浅野の浪人たちは吉良邸に討ち入り、吉良の首を取った。浪人たちの一人大高源吾は文武に優れた武士で俳諧や茶道に堪能であった。このような能力を活かして吉良邸の茶会に潜入して重要な情報を得ることに成功した。茶人大高源吾の俳人としての動きは興味深い。この人の役割がなかったなら討入の状況は変わったかも知れない。忠臣蔵をみる視点を豊かにする要素といえる。12月14日の芳賀公民館に於けるビブリオバトル(知的書評合戦)は偶然が私に与えたチャンスである。このバトル(合戦)は参加者が書を紹介しその事について5分間話すルールである。私は上記の事実が書かれている「人間臨終図鑑」について話すつもり。この書は奇想天外の忍法小説で知られた山田風太郎の作品である。数え年16歳で火あぶりの刑に処せられた「八百屋お七」から始まる。人の死がこんなに面白いかと引き込まれて読み進むうちに自分の中の悪魔的なものに気づかされはっとしたりする。この書で注目する一つに65歳で死んだ田中義一がある。田中は満州重大事件の処理に関し、天皇に「お前の顔を二度と見たくない」と叱責されそのショックで死んだと言われた。それを聞いて天皇もまたショックを受け、以後政治的な事柄について口を出すことに遠慮するようになったと言われる。田中の失敗はその後の軍部の独走を許した。立憲政治は崩れ、日本は暗黒の穴へ落ちて行った。後を継いだ浜口首相は政党政治の恢復を長い年月をかけても実現せねばと訴えた。(読者に感謝)

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2025年11月 6日 (木)

「古書店巡りの楽しみ。懐かしい“紅はこべ”を入手。革命のパリ、謎の団体紅はこべとは」

◇昔は前橋市内に何件も古書店があり、そこを巡るのが一つの楽しみであった。経営者は一見左翼系の人に見えた。現在はすっかり様変わりして昔の面影を残す店はごく少なくなった。三俣町の「山猫館」はその一つ。狭い店内はまともに歩けない。カニの横ばいのようにして進む。この店はかつて前橋市街の細い路地裏にあった。私はその頃からの馴染みである。現在、煥乎堂の古書部が新しいタイプの古書店として登場している。最近これらの古書店を巡り一冊の本を入手した。「紅はこべ」である。学生時代、フランス革命に関心をもった折読んだ懐かしい書である。時代背景は1792年でフランス革命の嵐が吹き荒れていた。長い間社会を支配してきた階級は価値観が逆転して悪者として糾弾されることになった。毎日無数の首がギロチンによって落とされた。中には罪のない人が犠牲になることも少なくなかった。紅はこべとはギロチンから救おうとする謎の存在である。紅はこべ団は猛火のフランスから人々をイギリスに救出しようとしていた。つまり一団の人々はイギリス人であった。パリの群衆はギロチンの処刑に狂喜した。人間は血を見ると興奮する。しかも国王や若く美しい王妃までが落下する刃によって一瞬のうちにこの世を去る。悪魔と化した群衆は高貴な人の血を争ってハンカチに浸し自分のものにしようとした。周辺国の支配階級にとってこの狂乱は他人事ではなかった。革命が波及すれば自分たちがギロチンに脅かされるからだ。紅はこべ団の人々は階級的使命感をもって活躍していたのだ。紅はこべの首領はイギリスの貴族で、団の結束と動きは凄いが、この人物、表向きはおちゃらけた頭が空っぽの凡庸な人物を装っている。我が忠臣蔵の大石内蔵助といったところである。

 パリの人民公安委員会は反革命派から地獄の魔王と見られた。恐怖の改革を断行しようとしたロベスピエール、ダントン、マラー等もやがては失脚の運命を辿った。「紅はこべ」はこれらの時代背景の下で展開された冒険小説である。高貴な身分の者たちが荷馬車の野菜の下に隠れ、必死で変装して抜け出そうとするが多くは見破られて人民公安委員会に引き立てられる。紅はこべによってドーバー海峡を越えイギリスに辿り着くことは命がけであった。このような時代背景は現実のことであったから、紅はこべのような存在は必然のこととして存在したであろう。パリの革命広場ののどかさから昔を想像することは難しい。(読者に感謝)

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2025年11月 5日 (水)

「ぐんまマラソンは死力を尽くした。私は戦中派、激しい人生を振り返る」

◇ぐんまマラソン10kmに死力を尽くした。時々小雨がぱらつくような異様な朝であった。毎年、文化の日は気候上特別の日とされ晴天が続いてきた。青い空に輝く太陽が走者の心を励ましたのだ。毎日走り続けて来た私の足は確かで正直であった。一日3回の走りにより距離に関しては自信があったが速度には限界を感じていた。本番もその通りで第一関門はギリギリセーフ。「大丈夫だよ、頑張って」の声援があった。次に第二関門は目の前の走者がセーフ、私は2、3メートルの差でアウトになった。「残念」の思いと共に、「ここまでやれた」の思いが交差する。係の人が胸のチップを外した。冷厳な現実と受け止めた。実はこの日心の栄養剤を呑んで臨んだ。吉川英治の宮本武蔵である。試合に臨む武蔵の心境から勇気をもらったのだ。チップを外されても利根の川岸を南下するといつもの場所で娘夫婦が待っていた。飛びつくようにハグする女性があった。これらもこの日を飾るドラマの光景であった。友人と食べた「宮ステーキ」の味は格別であった。この人は言った。「今年のしめくくりですね」。思えば間もなく師走なのだ。一年を振り返れば万感迫る。

◇10キロが終わり新しい10キロが始まる。脚は痛くない。試みに就寝前少し走ってみた。いけると思った。ありがたい。深夜、ペースを落としていつものコースを走った。AM2時半起床、原稿に向かう。3時、ポストに新聞が届いている筈。全国紙と地方紙をとっているが上毛の「ひろば」に久しぶりに私の「誕生日に思うこと」が載った。85年の人生を振り返る文である。激しい人生の感慨が筆を持つ手を押した。自分で激しいと思う半生を見詰める内容である。戦中派であることを次のように表現した。『私が生まれたのは1940(昭和15)年で前年に第二次世界大戦が始まり、翌年太平洋戦争が始まった。廃墟と化した前橋市街地の光景がまぶたに焼き付いている』、そして様々な出来事が甦るとして『山奥の掘立小屋と開墾生活。すし詰めの教室は騒然としていじめは日常でしたが誰もが平気でした。互いの存在を認め合い、いたわり合う空気が同居していました。どこでもリンゴの唄が流れていました』。最後は次にように締めくくった。『人間が本来備えていた野性的原始的要素がどんどん低下、あるいは失われているように思えてなりません。人間の危機、文明の危機を感じます。今こそ踏みとどまって人間の原点を見詰める時です』。新年は天下大乱の予感がする。安全神話を戒める一歩にしよう。(読者に感謝)

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2025年11月 4日 (火)

「26年前の殺害容疑者逮捕の衝撃。学歴詐称市長の末路はあわれ」

◇天網恢恢疎にして漏らさずという。天がしく法の網は悪事を逃さないのだ。この諺を如実に示すような驚くべき出来事である。26年前の主婦殺害に関し容疑者の女が逮捕された。容疑者は被害女性の夫の同級生だという。長い歳月が関係者の愛憎を変化させたことだろうが、生々しい事実が時を超えて甦ったのだろうか。解決に至った背景は衝撃的である。被害者の夫悟さんの執念に頭が下がる。この人は事件発生から26年間、計2,200万円超の家賃を払い続け現場の部屋を借り続けたという。妻への思い、愛情がこの人を支えたに違いない。県警は延べ約10万1千人の捜査員を投入した。警察庁はこの事件を有力情報の提供者に最高300万円を払う捜査特別報奨金の対象としていた。日本はかつて治安の良さで奇跡と言われた国である。その伝統と文化を守らねばならない。悟さんは自ら街頭に立ちティッシュやチラシを配布してきた。このような地道な努力が日本の伝統の良好な治安を支えていることを痛感する。

◇女性市長があちこちで注目されるのは、女性が活躍する時代の反映であろうか。女性の力を増進させる方向での注目なら素晴らしいが、このところ逆の面の動きなのでその底流に何があるのか大いに懸念される。小川前橋市長は前橋のイメージを一気に悪化させた。前橋市の顔に泥を塗る所業というべきである。前橋は県都であるだけに県令楫取素彦もあの世で顔をしかめているに違いない。

 現在、世の注目を集めているもう一つの事態は静岡県伊東市長の失職問題である。学歴詐称とは情けない。田久保市長は「東洋大卒」と自己紹介したが実際は卒業していなかった。東洋大学は東大と直線距離で1キロちょっとなので学生時代身近に感じていた。それ程難関校でないことが詐称の対象にし易かったという見方もあるらしい。伊藤市議会は31日、市長に対する2度目の不信任決議案を可決。市長はこれで失職に至り、50日以内に市長選が行われる。現在地方自治体はどこでも少子化問題等難問を抱え危機にある。それを乗り切ることが最大の課題なのに、地方議会の形骸化が指摘されている。伊東市議会の対応に全国の注目が集まるのは当然である。学歴は有権者が判断するために重要な指標である。市議会は毅然とした態度で臨み糾弾するべきだ。この問題は伊東市だけのものではない。全国民が自分の問題と受け止めねばならない。日本がずぶずぶと底なし沼に沈む恐怖を覚える。(読者に感謝)

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2025年11月 3日 (月)

死の川を越えて 第167回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 こずえは、明霞が差し出す写真帳をめくった。双子の姉妹が白い倉の前で並んで立つ姿。松の木や池がある屋敷の佇まい、家族の団欒、工場で働く女工さんたち。こずえの母お品はこういう写真を残さなかった。

 お藤は韓国に嫁ぐので、貴重な写真を思い出にと、みな持って行ったに違いない。こずえはこう思いながら言った。

「どれもこれも初めて見る写真ですわ。あまり語りたがらなかった母の子ども時代が初めて分かりました。分けて頂けるならこんなにうれしいことはないわ。母たちの過去は、明霞さん、私たちの過去ですわ。さあどうぞ、あなたが必要なものをお取りください」

 こずえはうれし涙をぬぐっている。

「そんなに喜んで頂いて、私、とっても感激です。それからこれね」

 そう言って、明霞は布の包みを解き始めた。

「あっ」

 こずえは包みから顔を出した封書の文字を見て思わず叫んだのだ。

「それは母の字」

 次に出た言葉だった。

「そうです。あなたのお父様が韓国におられる時、日本のお品おばさんから手紙がよく来たそうです。お父様が危険なお仕事でロシアに渡るとき、母に預けたものです。これはあなたのものです。どうかお受け取りください、母も天国で義務が果たせたと安心するでしょう。お品おばさんもきっと喜ぶに違いありません」

 こずえは、封書の束を強く抱きしめて涙を流した。感動の物語に聞き入っていた人々の間から拍手が湧いた。

 話に一区切りがついた時、鄭東順が改めて言った。

「皆さんにお願いがございます。昔私が落ちた白砂川の断崖、命を救われたふもとの里の医師の屋敷、その辺りを案内してもらえないでしょうか。亡き妻をしのびたいと思います」

「喜んでご案内いたそう」

 万場軍兵衛は深く頷いて言った。その後で、老人は正助に何か小声で話していた。正助が頭を縦に振る様子が見えた。

つづく

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2025年11月 2日 (日)

死の川を越えて 第166回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

「湯川生生塾ですか」

 鄭はしげしげと看板を見て言った。それから湯川をのぞき込み、いかにも感慨深げである。

「この流れがふもとの白砂川に合流しているのですね。明霞よ、よく見よ。私は、この先の白砂川の高い崖から落ちて、お前の母お藤に助けられた。前にも話したが、この川を見て実感が湧くであろう。この流れは、鉄も溶かす死の川なのだ。人間の一生はこの流れのように厳しいものだ。お藤の一生も実に激しかった。お藤の助けがなければ、私もお前もここにいない。人の縁は実に不思議です。いや、皆さん、つい昔を思い出しておしゃべりをしました」

 人々は、川の淵で不思議な話に身動きもせず聞き入っていた。皆が座につくと、こずえは鄭の前に手をついて言った。

「改めて大川一太の娘こずえでございます」

「おお。先ほど一目でそれと分かりました。お藤とも明霞とも本当によく似ています。お藤もあなたのお母さんのお品さんも悲しい運命でした。それを無駄にしてはならぬと今、噛み締めております」

 話に花が咲いている時、明霞は荷物の中から何やら取り出した。

「こずえさん。母、お藤の遺品から出て参りました。あなたのお父様が母に預けたものもございます」

 こずえは、明霞の手紙に遺品のことが書かれており、それは何だろうと、ずっと気に掛かけていた。母は少女時代を語ろうとしなかった。不幸な出来事を思い出したくなかったのか。母のことを知りたいという思いは募っていた。今、それが明らかになろうとしている。こずえは、期待と不安が交差する思いで明霞の手元を見詰めた。

 明霞は言った。

「これは写真帳です。前橋の大きなお屋敷、製糸工場の様子、お品さんと並んだ母藤の姿。母から何度も何度も聞かされました。母はよほど懐かしかったのでしょう。ここで、私はこの写真を分けたい。こずえさん、あなたがまだ見ていないもの、あなたにあげます。二人が持つことによって、過去を一緒にし絆を強めること、できます」

つづく

 

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死の川を越えて 第165回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

「韓国では大変助けられました。こうしてここに居られるにも皆さんのおかげです」

「おお正助君、会いたかったぞ」

 それぞれの胸に限りなく熱い思いが込み上げていた。驚いたことに嬬恋駅には万場老人が用意した馬が引く荷車が待っていた。ふもとの里の枯れ木屋敷に話して用意させたもので、粗末な庭が敷かれており、人々は腰を落とした。狭い空間が人々の親密さを一層濃くしていた。

 鄭が軽井沢で乗車拒否に合い、こういう男に誘われて馬で来たと説明すると正助が苦々しげに言った。

「又八というダニのような男です。駅の乗車拒否を悪用しているのです。それにしても乗車拒否は酷すぎます。電車という公共の事業が公然と差別をしているのです。黙っていたら差別を認めたことになる。いずれ大きな反対運動が起きると思います」

「韓国で大衆運動を見ている正助君の意見ですね。同感です。私も日本へ来て、先ほど、初めて乗車拒否を経験しました。差別ですよ。権利は闘わなければ実現できぬ。弱い立場は、団結せねば何もできぬ」

 鄭はそう言って、鋭い視線を正助に投げた。これを聞いて万場老人が言った。

「その通りじゃ。日本でも富山の米騒動は大きな威力を示した大衆運動であった。新聞が越中女一揆と書いたので全国に広まった。正助が関わったシベリア出兵が始まる年で、その五年後に関東大震災が起きた」

「そうでありました。あの大震災では朝鮮人が大きな被害に遭って、皆さんに助けられました。心から御礼を申します」

「なんの、なんの。正助が朝鮮であなたに助けられたことに、先に例を言わねばならぬ」

 荷車の中でお互いの話は尽きなかった。

 遠来の客の宿は、正助が働く山田屋と定めてあった。一行はまず、万場老人の家に落ち着いた。

つづく

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2025年11月 1日 (土)

死の川を越えて 第164回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 又八は訳有りげな二人に早速目を向けた。金のあるげな朝鮮人と見て駅に告げた。父娘は乗車を拒否された。しめしめと思いながら頃合いを見て又八は声をかけた。

「へ、へ。檀那さん、お困りのようで。お見受けしたところ、湯の川に行かれるようで、あっしは湯の川の宿屋のものでごぜえます。馬が二頭ありますのでお使いくだせえ」

 電車に乗れないとなれば、この男の言う通りにする他はなかった。

「嬬恋駅に迎えが来ることになっています。そこまでお願いします」

 はるかな山の路を思えば胡散臭い男の申し出を断ることはできなかった。

「こっちは女だから、馬の方も気を付けてください」

「へっへい。それはもう。きれいなお嬢様で。馬の方も匂いで十分承知でごぜえやす」

 又八は品の悪い笑いを浮かべて言った。途中の茶屋でも言われる通りの金を払い、嬬恋駅に着くと、二頭の馬賃を払った。

「ここに、宿の名が書いてありやす。特別奉仕でやす。ぜひここによろしく頼みます。へっへ」

 又八はそう言って去って行った。

 嬬恋駅では、人々の歓声が上がった。

「やあ」

「おう」

 同時に出た驚きの声であった。

「万場さん」

「鄭東順さん」

 二人は固く抱き合っている。

「明霞さん」

「こずえさん」

 二人の女性も抱き合っている。

「こずえでございます」

 こずえは鄭の前に進み出て言った。万感の思いが胸に迫っていた。

「おお、お品さんの」

 鄭は思わずそう言ってこずえの手を握った。傍らに居た正助が進み出て鄭の前に立った。

 つづく

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