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2025年9月30日 (火)

「老人施設で高齢者の奪い合いとは。小川市長問題は広がるばかり。総裁選の行方」

◇超高齢社会を背景に高齢者の奪い合いのような出来事が起きている。また、100万円いじょうの高齢者紹介料ビジネスも横行しているという。強引な「奪い合い」の背景には政府の福祉施設優遇策がある。老人ホームなどに多くの補助金を出してきたのだ。その結果高齢者施設の供給過多が起きている。昨年一年間の老人福祉、介護事業者の倒産、休廃業は過去最多となった。施設とすれば利用者を多く入れたい、要介護度の高い人を入れ、報酬を上げたいと考えるのは当然である。要介護度の高い人は身体が不自由、そして認知症の人が多いに違いない。そういう人を対象とする奪い合い、そしてある日突然そういう人が姿を消すとなれば人権問題であり、犯罪行為に繋がるといえる。このような社会の構造的問題は今後増える可能性がある。高齢者ビジネスにおける「人身売買」と指摘する声もある。喫緊の課題と言わねばならない。

◇ラーメン屋で食べながらテレビを観ていたら小川市長問題をやっている。前橋市も変な問題で有名になったものだ。週刊誌でも取り上げられている。

 ラブホテル代を私費で払ったと説明しているが公選法違反の問題が浮上している。公選法は政治家が選挙区内の有権者に寄付することを禁じているからだ。法律の専門家は頻度やラブホテルの性質から民事訴訟になれば不貞行為と推認される可能性が高いとしている。小川市長は続投を口にしているが無理ではないかという声は高い。日頃、子育てや女性の地位向上を主張していただけに今回の事件は多くの有権者を裏切ることを意味する。

 27日の「ふるさと塾」に現役の市会議員が出席していた。意見を聞きたいという声に応えて市議は発言した。市議は議会で厳しく対応する、と決意を示した。塾生からは「恥を知れ、恥を」と市長を追及する声も上がった。

◇10月4日投開票の自民党総裁選が迫った。世論調査では小泉、高市氏が先行し、二人の決選投票の公算が大きいらしい。誰が総理になるかを想像すると緊張と興味、不安が交差する。トランプや習近平など世界の役者と対峙するのだ。発展途上の貧しい国々とも広い心と人権感覚をもって対応しなければばらない。

◇だいぶ秋らしくなった。深夜ランニングシャツで走っていたらどこかのおじさんが「寒くないですか」と訊いた。毎日鍛えていることを話すと感心していた。もう少しで85歳。ぐんまマラソンが近づいたが時間との戦いが厳しいことになるだろう。(読者に感謝)

 

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2025年9月29日 (月)

「シーボルトの娘イネは、女性による女性のための産科を目指した。蘭学医緒方洪庵と除痘館」

◇9月が間もなく終わる。27日の「ふるさと塾」はシーボルトとその娘イネを中心に語った。題は「近代日本の医学を開いたシーボルトとその娘イネの生涯」。しっかり準備して臨んだ。最初の場面に登場するのは鮮やかな水色のアジサイである。

「この花の学名から私の話は始まります。それはヒドラゲン・オタクサです」

 日本の医学・漢方医で見放された人を救った長崎出島の医師シーボルトは「神の手」とも「奇跡の人」とも言われた。このシーボルトが愛した女性がお滝さんであった。シーボルトは彼女をオタクサンと発音し、それをアジサイの学名に組み込んだのであった。シーボルトは博物学者でもあったのだ。

 このおタキさんとシーボルトの間に生まれたのがイネであった。イネは尊敬する父の影響で医師を目指したが医師への動機にはもう一つの重大事があった。江戸時代男尊女卑は深刻な状態であった。そして女性は恥ずかしさで診察を嫌がり、そのためにお腹の子が犠牲になったり女性の命が危機に陥ることも少なくなかった。そこでイネは女性のための女性医師を目指したのであった。また、出産は汚いものとされ、納屋の中、ムシロの上などで行われた。イネはこの習慣に憤慨した。生命の誕生は極めて神聖なもので、女はこれに命を懸けるのだ。これこそイネが産科医を強く目指した背景であった。お産に関わる女性医師、いわゆる産婆の存在は多く存在したが蘭学の基礎に立って系統的な学問の上での産科医はイネが最初であった。

 国外追放が解かれてシーボルトは30年ぶりに日本の地を踏んだ。美しく成長した我が子に語った次の言葉が伝えられている。「医学があなたの美しい聡明な容貌を磨いたのですね」。実の娘に語り掛けるこの言葉からシーボルトの娘に対する愛情と共に、医に対する深い思いが伝わってくる。

◇塾では日本の近代医学に尽くした代表的な蘭学者たちを紹介した。その一人が緒方洪庵であった。緒方洪庵は適塾を開き天然痘予防のための種痘事業やコレラの治療法などを提示した。天然痘予防のワクチンを接種すれば牛になると多くの人が信じた時代であった。一度発生すると多くの死者が生じ大変であった。洪庵は「除痘館」を設けて天然痘対策に尽くした。またコレラの治療に貢献した。天然痘の治療機関が東大医学部に発展した。日本の近代医学に蘭学が果たした役割は絶大であった。(読者に感謝)

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2025年9月28日 (日)

死の川を越えて 第155回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

「まあ、ご隠居様、大変なことになりました。お芝居のようではございませんか。それをお芝居でなくやれということですね。母のことが出ました。考えますに、強く生きることは、母の人生とも、お藤おばさまとも関わる問題ですから、私、頑張りますわ」

「よくぞ申した。その通りなのじゃ。ハンセン病の集落でこのような教育の動きができるのは、世界広しと言えど他にあるまい。お品とお藤があの世で見ているに違いない。力を合わすことに致そう」

 その日がやってきた。山田屋の会場には、「湯川生生塾」の看板が運ばれて立てられた。演芸会のような雰囲気は避けたいと心配したが、全く無用の心配だった。

 噛み砕くように発する老人の一語一語は人々の心に自然に入り込んでいくように見えた。老人の荘重な風貌が言葉に重みを添えていた。こずえは、合図を受けて、「人間の平等」、「ハンセン病の光」、「学問の意味」等の文字を書く。その筆先を人々は見詰めた。

 こずえが書き上げて書を掲げ、笑顔をつくると拍手が起きた。1時間ほどあっという間に過ぎた。万場老人が、このような勉強会を時々やりたいが、いかがかと問うと賛成とか、お願いします、という声が起きた。山田屋の主人はいつでもお使いくださいと言った。

 湯川生生塾は、予想外の成果をあげて滑り出したのであった。

 万場老人は興奮冷めやらぬ中で、西村課長のことを思った。西村課長は、以前、その手「子どもは将来を担う存在です。また、社会から一番差別される弱い立場にあります。ですから、紙で自治の集落が子どもの教育にどう取り組んでいるか気に掛かっています」と正直な気持ちを伝えてきた。

 これに答えねばならぬ、それは今後の布石にもなる。老人は、こう信じて筆を執った。その内容は、「湯川生生塾」を始めたこと、この塾の目的、ここで正太郎が真剣に学んでいることなどであった。そして、最後に、次のことを付け加えた。

「母校のことを振り返りつつ、私の学問が天下のことに多少とも役立つことは感無量でございます。小さな小さな塾ですが、学問という光を通して、この塾が大きな世界につながっていることを信じております。かの松下村塾には遠く及びませんが、この特殊な環境で、小さな芽が少しずつ伸びることをひそかに夢みております。どうか遠くから見守りくださいますようお願い申し上げます」

つづく

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2025年9月27日 (土)

死の川を越えて 第154回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 しばらくしたある日のこと、正助がやって来て興奮ぎみに行った。

「先生、親たちの評判がいいです。子どもがいろいろ話しているのですね。こずえ先生の評判も上々です。皆、美人先生が好きなようですよ」

「まあ、そんな。恥ずかしいわ。私なぞ、何でもないのに」

「は、は、は。それは愉快。わしもうれしい」

「そこで、先生。お母さんたちが俺に言ってきたのです。今、湯の川地区が揺れているらしい。勉強しないとついていけないから湯川生生塾で、易しく教えてほしい。子どもたちのように。こう言うんですよ」

「ほほう、それはいいことだ。親にとっても勉強は生きる力。親は現実の厳しさに日々直面しているのだからな。よし、そういう人たちに、承知したと申してくれ。よい動きだと思う。わくわくするが、慎重にしっかり取り組むぞ」

 正助は、権太や正男たちにも頼んで準備を進めた。お母さんたちは、塾という学校に参加できることがうれしくて周りに話を広げ、仲間を誘った。正助は、動きが大きくなっていることを感じた。

 予定の日が近づいたある日、正助が万場老人のところへ走り込んで来た。

「先生、大変です。希望者が多くてとてもここでは狭すぎます。どうやって断りましょうか」

「ふぅむ。うれしい悲鳴というやつじゃ。断るのはよくあるまい。今回は、山田屋の世話になろうではないか。お前から話してみてくれぬか」

「先生やってみます」

 正助は勇んで飛び出して行った。

「よいか、わしの方針じゃ。難しい問題を幼児にも分かるほどに易しく話す。わしの学問の本当の力が試されると覚悟した。そこでは、子どもたちに教える時のように紙を用意せよ。大勢だから大きい紙にして、10枚程準備してくれ、使う言葉はあらかじめ決めておくが、書くのは、皆さんの見ている前が効果的だ。よいか、お前の役割は重要じゃぞ。噺台に立つ覚悟でやるがよい。時には小さな笑顔を見せよ。お前の笑顔じゃがな。母のお品さんを思い出す。母が傍らに立っていると思って頑張るのじゃ」

つづく

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2025年9月26日 (金)

「スマホ2時間条例成立す。認知症新薬レカネマブの登場」

◇かねてスマホ使用に関する弊害が言われていたがスマホ2時間条例が成立した。愛知県豊明市議会は賛成多数で可決成立させた。仕事や勉強以外の自由時間でスマホやゲーム機などを1日2時間以内を目安とするよう住民に促す。スマホなどの過剰使用防止を目的。小学生以下は午後9時まで、中学生以上18歳未満は午後10時までを求めている。罰則はない。全住民を対象としたこのような条例は全国初と言われる。

 スマホ過剰使用の弊害とは視力低下、睡眠障害、依存症、うつ病、社会的経済的トラブル等が問題とされているが、特に子どもの脳の発達に影響が出やすいと言われている。この条例がどのように運用され、そしていかなる効果が生まれるのか注目したい。

◇開闢以来の高齢化が進む。その必然の副産物として認知症も空前の勢いである。世界中がその対策に躍起となっている。対策の一つとして重要なのが新薬の開発だ。認知症の中の一つであるアルツハイマー型については新薬「レカネマブ」が厚労省により正式に承認され、2023年12月から保険適用が開始されている。進行を遅らせる顕著な効果がある。18か月の投与で認知機能低下を約27%抑制し、日常生活における能力の低下も遅らせる効果が確認された。効果を得るには早期に、そして軽度の患者であることが重要とされる。

 アルツハイマー病の診断で画期的な発展がみられている。血液検査によって正確な診断が出来るようになりつつある。アルツハイマー病の診断で「曖昧さ」がなくなろうとしているのだ。切り札となるのが、脳の様子を血液検査で推定できること。従来は問診や認知テストであったため「誤診」の恐れもあった。アルツハイマー病治療は新たな時代に入ったといえる。エーザイやアメリカの大学機関は脳内のアルツハイマー原因物質の蓄積を血液中の物質から把握できることになった。診療に変革をもたらすと期待される研究は英科学誌ネイチャー・メディシンに発表された。世界の認知症患者にとって大きな光明である。超高齢化と止まることを知らない我が国の認知症状況にとっては特に素晴らしい光明である。(読者に感謝)

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2025年9月25日 (木)

「小川晶市長のスキャンダルに驚く。万博巨大リングを残せの声。尿道を広げる手術」

◇24日衝撃のニュースが多くのメディアで報じられた。何と小川前橋市長が部下の男性職員と繰り返しラブホテルに通ったというのだ。市長は臨時記者会見を開き「軽率だった、安心して話せる場所で相談に乗ってもらっていた。男女関係はなかった」と話すが信じる人は皆無だろう。二か月でラブホテルに10回以上、相手が妻帯者であることを認識していたと語った。マスコミ、特に週刊誌の餌食になるのは間違いない。複数の市職員や市議から話を聞いた。市関係者の動揺が伝わってくる。綱紀の乱れは市政全般に影響するだろう。市長は子育て、教育、女性の地位向上に力を入れていただけに残念である。進退問題については「第三者とも相談しながら考えていきたい」としている。

◇万博の閉幕が近づいた。10月13日である。1日あたりの来場者は連日20万人を超えている。歴史に残る国をあげての一大イベントである。巨大な木造建築「大屋根リング」、「世界158ヵ国、地域の文化を体験できるパビリオン群、最新技術を体感できる「未来社会ショーケース」、さらには「火星の石」展示など。特に注目すべきは世界最大級の木造建築だ。直径約615mのリングから一望できる大阪湾の光景は素晴らしい。木造のリングという点がいい。日本の文化と技術を象徴するものである。閉幕と共に巨大リングを取り壊すのはいかにも惜しい。現在、約200メートルの保存が計画されているが更に保存部を増やすべきだという声があがっている。大阪大、近畿大、立命館大等の総長、理事長等である。これらの人々が万博協会や大阪府に送った意見書は訴えている。「リングには極めて重要な文化的歴史的な価値がある。大部分を解体すると文化的損失として後世に大きな禍根を残す」と。同感である。

◇昨日かかりつけの泌尿器科でちょっと痛い思いをした。私の持病で尿道が細くなる病気である。かつて前立腺ガンを測る指標PSAの数値がかなり高くなって精密検査をしたことがあった。幸いに前立腺肥大症と分かりほっとした。この肥大症と関係するらしいのが、尿道が細くなる症状である。およそ2か月に1度、尿道に細い鉄線を刺し込み広げる手術を受ける。麻酔はなしである。始めは痛さより心理的恐怖が大きかった。今はだいぶ慣れた。これも生きるためと受け止めている。一病息災という。一つくらい病気を持っているほうが長生きするというのだ。名優ゲーリークーパーが前立腺ガンで亡くなったことが思い出される。(読者に感謝)

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2025年9月24日 (水)

「認知症の日に思うこと。映画“殺し屋”の中の認知症患者。手塚治虫の“陽だまりの樹”を読む」

◇9月21日は認知症の日で、9月は認知症月間である。これは共生社会の実現を推進する認知症基本法によって定められた。これらの日と月間は認知症に対する正しい理解を広め、認知症になっても安心して暮らせる共生社会の実現を目指す。間もなく満85歳を迎える私は、周囲の同じ年の人々の多くが発言や行動においておかしくなっていることを感じる。現在認知機能に障害のある人は1,000万人超と言われ、厚労省は2060年には高齢者5.6人に1人が発病すると予測する。

 認知症の人にもいろいろな程度がある。私の知人には母親が自分のことを分からなくなったと嘆いている人がいる。しかし多くの人は周りのサポートがあればかなりのことが出来る。こういう人を社会が支えることこそ人間尊重の実現であり、認知症基本法の精神である。

◇DVDで映画「殺し屋」を観た。裏の社会では超一流の凄腕をもつ。老境に近い殺し屋アッシャーはふとしたことで一人のダンス講師の女性ソフィーと知り合い、次第に惹かれていく。女性は老いた認知症の母を抱えていた。毎日母を訪れ身の周りの世話をするが、母は娘であることが分からない。母は娘に「死にたい」「死にたい」と訴えた。娘は母の苦しみを見兼ねて「楽にしてやりたい、できることなら殺してやりたい」と悩む。娘はアッシャーの正体を知らない。訊かれたアッシャーは請負業だと答える。ある時アッシャーはソフィーと共に寝ている母を訪ねた。ソフィーがちょっとベッドを離れた時、アッシャーが枕で母の顔を押さえつけようとする場面があった。その後、ソフィーは言った。「母は私より勇気がありました」。自ら命を絶ったのだ。アッシャーはソフィーとまともな人生を歩みたいと願った。アッシャーの本領を発揮した凄い銃撃の場面もあるが、認知症の母の生と死をめぐる苦しみ、殺し屋が本物の愛に目覚めて人生を模索する姿に引き込まれた。この種の映画には珍しいことだが、ストーリーはアッシャーとソフィーのハッピーエンドで終わるのであった。

◇手塚治虫の漫画「陽だまりの樹」を読んだ。登場する青年医師・手塚良庵は実在した手塚治虫の先祖がモデル。舞台は動乱の江戸末期、チャランポランな医師手塚良庵は医師としての情熱に富み優れた技術を持つ。当時幕府の公認は和学の医で、蘭医は傍流だった。手塚たちは蘭医に熱中し、種痘所の創設に狂奔する。当時種痘を打てば牛になると真面目に信じられたのだ。近代医学の幕開けに引き込まれる。(読者に感謝)

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2025年9月23日 (火)

死の川を越えて 第153回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

子どもたちの頷く顔を確かめるようにして老人は続ける。

「湯川の音が聞こえるな。この流れは命あるものの生きることを許さない。死の川と呼ぶ人もいる。鉄も溶かす。人間なぞ、肉も骨もすぐに溶かしてしまうぞ。昔はな、生きられないハンセン病の患者をこの川に投げ込んだという話もある。怖い怒りの流れなのじゃ。流れの音が聞こえるであろう。この音はな、世間に負けないで強く生きろと私たちに呼び掛ける川の声じゃ。この湯川と共に生きる。人生を強くたくましく生き生きと生きる。そう誓うためにつけたのが湯川生生塾という名なのじゃ」

 こずえは、この時、細い棒を取り出し、笑顔を作って漢字を指し、次にひらがなを指した。棒の先を子どもたちの視線が追った。

「これが、この塾の勉強の目的であるぞ。よいかな。もう一度耳を澄ませてみよ。湯川の音が心に響くであろう。湯川がお前たちに呼び掛けているぞ。しっかりやれと。今日はこれで終わりじゃ。皆さん、ご苦労様であった」

 子どもたちが去り、後に残ったこずえと正助に万場老人は言った。

「ご苦労であった。どうじゃな開校式は。完走を述べてみよ」

「先生、すごいですよ。子どもたちが真剣に聞いていましたよ。勉強の目的が分かったみたいです」

「皆さんの顔が輝いていたみたい。ご隠居様の指図で書いた二枚が役に立ったみたいで、私もどきどきでした」

 こずえの表情がいかにもうれしそうである。

「そうか、そうか。よい出発になったのだな。勉強の目的が分かってもらえればすごい成果じゃ」

 万場老人の声も弾んでいた。

 このようにして、湯川生生塾は週に一度ほどで、歩み出して行った。万場老人が語り、その中の言葉を選んでこずえが書き出し、子どもたちが習字するという型が次第に定着して行くのであった。

つづく

 

 

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2025年9月22日 (月)

「安倍元首相の公判の行方。認知症の日に思うこと。総裁選は役者不足だ」

◇安倍元首相暗殺事件の初公判が10月28日に始まる。衝撃の事件は2022年7月8日、あの場面が昨日のことのように甦る。平和な日本故か、最も重要な要人の警備に大きなミスがあった。67歳であった。

 社会的衝撃を与えたのは旧統一教会との関係であった。被告の母親は被告が小学生の時入信し、夫の死亡保険金約1億円を献金し被告は大学進学を断念した。被告は供述で語った。「献金で生活は破綻した。教団に恨みがあり、関係が深い安倍氏を狙った」。弁護団は背景に宗教的な虐待があったと主張していると言われる。これに対し検察は生い立ちではなく犯行そのものの悪質さを重視する方針。法廷でどのような攻防がなされ、どのような責任が追及されるのか注目される。

◇9月21日は認知症の日、そして9月は認知症月間である。この定めが実現した背景には国際アルツハイマー病教会がWHOと共同で制定した「世界アルツハイマーデー」(9月21日)と「世界アルツハイマー月間」がある。認知症が世界共通の課題かつ、人類の問題であることが分かる。世界ではこの日を中心に認知症の啓発の取り組みが行われている。

 認知症の方を社会が優しく対応することが重要である。認知症基本法という法律が出来ても認知症の方を囲む人々の対応が最も重要だと思う。なぜならそういう対応が患者に直接の影響を与えるからだ。

 ここで認知症の「ダメ三原則」が注目される。認知症の方と接する場合に避けるべき行動のことである。「怒らない」、「ダメと言わない」、「押し付けない」が挙げられている。

 これは「怒る」、「ダメと言う」、「押し付ける」行動をされた場合の心理を想像すると分かる。怒られたり、ダメと言われることで認知症患者の心を委縮させる。だから避けるのだ。優しい対応は社会の人々の優しさの自覚に懸る。

◇総裁選は今日22日告知される。各社の世論調査では高市・小泉両氏が上位にあると伝える。大丈夫なのかと叫びたい。世界のリーダーは役者ぞろいだ。対峙できるのか。並んだ姿を想像すると心細い。高市氏の超保守的姿勢に公明党は強い拒否反応を示している。自民党は公明党と組まねば国政を動かすことは難しい。誰が総裁になるにしろ、国民の信頼を回復しなければ力を発揮できない。裏金事件を中心とするカネの問題をうやむやにして日本のかじ取りが出来るのか。総裁選の行方に日本の運命がかかるといっても過言ではない。(読者に感謝)

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2025年9月21日 (日)

死の川を越えて 第152回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 老人の容貌自体は、湯の川地区では珍しいことではない。しかし、うずたかい書物を背にした姿は不思議な力を放つように子どもたちを威圧していた。親に言われてやって来たがこれから何が始まるのか。子どもたちの心には好奇心と不安が半ばしてあった。

「皆さん、こんにちは。わしが万場軍兵衛と申すものです。今日は、湯川生生塾の出発の日です。まず、この塾は何をするところなのか話したい。わしの顔を見て恐れるような意気地なしは、この集落にはいないはずじゃ。は、は、は」

 老人の笑い声が、張り詰めたその場の緊張を幾分ほぐしたようだ。

「わしにもお前たちのような小さい時があった。一生懸命勉強したが、勉強の目的は、実はよく分からなかった。試験を通るため、あるいは偉くなる手段と考えていた。ある時、この病気になって草津湯の川に来た。振り返るとな、世の中は驚くほど変わった。この集落が、病気ゆえに世間からいじめられていること、ここの人々は、つらい思いで生きねばならぬことを、お前たちは分かっているであろう。だから、ここの人は賢く、そして強くならねば生きられない。勉強はそのためなのじゃ。今日は、初めの日なので難しいことを話すようだが、心配せんでいい。だんだんに分かる」

 万場老人は、ここで言葉を切って、子どもたちの顔を一人一人眺めた。そして、こずえの方に顔を向けると、こずえは心得て待ち受けたように茶を差し出した。老人はそれをうまそうにすすって話を続けるのだった。

「さて、湯川生生塾じゃ」

 老人はそう言って、こずえに目配せをする。こずえは2枚の紙を並べ、筆を取り出した。子どもたちの好奇の視線がこずえの白い手と筆先に集まる。こずえは、1枚にひらがなで、もう1枚には漢字で塾の名を書いた。美しい字は子どもたちの心を捉えたようだ。こずえはよく見える位置に2枚を貼った。

「次からは、この字をお前たちが書くのじゃぞ」

つづく

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2025年9月20日 (土)

死の川を越えて 第151回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

「こずえの役割は大切であるぞ。読みと書きじゃ。材料は、論語などから選ぶ。ただ、読みと書きだけでなく、それを通して歴史とか心の問題を話すつもりじゃ。どうじゃ、楽しいとは思わんかな。こずえ先生。は、は、は」

「ご隠居様、からかうのはお止めになってくださいませ。私はそんな重い役が果たせるのか心配でなりません」

 こずえは困った表情で言った。

「おお、そうじゃ。これも教材に使おう」

 万場軍兵衛は思いついたように書物の山を捜していたが、一冊の古い冊子を引き出した。

「修身説約と申して、群馬の初代県令の楫取が作らせたもの。全国的に広く学校で使われたが、今、忘れられている。今の知事、牛川虎一郎さんは楫取と並ぶ名知事と言われ、教育にも力を入れておる。子どもにも親にも、この中の幾つかを話してやりたいと思うぞ」

「いよいよ、湯川生生塾が始まるのですね」

 正助が目を輝かせて言った。

 数日が過ぎたある日、正助たちが作った粗末な机に数人の子どもが姿勢を正して座っていた。その中に正太郎の緊張した顔があった。子どもたちの後ろに、2、3人の母親たちと正助夫妻の姿が見られた。

「皆さん、こんにちは」

 こずえが口を開いた。大変な緊張を笑顔で隠そうとしていることが窺えた。

「今日は湯川生生塾の始まりです。私はお手伝いのこずえと申します。こずえおねえさんでも、こずえおばさんでも結構よ。よろしくね。ほ、ほ、ほ。それでは万場塾長のお話を聞いてくださいね」

 正太郎以外の子どもにとり、こずえも万場老人も初対面の人であった。きれいな女の人と怖いような老人の取り合わせが子どもたちにとっては不思議であった。

つづく

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2025年9月19日 (金)

「都市の脆弱性と300キロメートルの陥没リスク。新生児殺害に懲役13年の求刑。ユタ州成年に死刑を求刑」

◇計300キロメートルに陥没リスクとは。今年1月の埼玉県八潮市の道路陥没事故は日本中を震撼させた。日常の都市のどこでも起こり得る驚異だからだ。あの時の光景が甦る。大通りに生じた直径5メートルの穴にトラックが落下。運転手は亡くなった状態で発見された。周辺の住宅街はいつ足下が崩れるかと脅えた。あそこだけではないと誰もが思った。そこで今回の調査になった。300キロメートルのリスクの中で72キロが緊急度1である。この場合、一年以内に速やかな対策が求められる。

 大災害の時代である。首都直下、南海トラフなどの巨大な怪物の足音が近づく。現代都市は絶えられるのか。都市の脆弱性は陥没リスクに限らないに違いない。

◇乳児殺害事件が相次いでいる。享楽の社会と表現されるが、その実態は想像を超えるものらしい。若い親は小さな命をどう捉えているのか。その残虐な行為は命を一個の物体と見ているのであろうか。

 前橋地裁公判で新生児殺害の男に懲役13年が求刑された。2022年の事件である。その実態は各地の同種の犯罪の象徴といえるだろう。検察側は生後1日の新生児を浴槽の湯に沈め苦痛を与えながら窒息死させたと非難。被告の25歳の男は死体をゴミ集積所のコンテナに遺棄したとされる。

 母親のことは想像するしかないが、本来の母性はどうしたのであろうか。生後1日で命を落とした赤ちゃんの人生を考えてしまう。無限の可能性があったのだ。毎日のように繰り返される幼児や嬰児の殺人事件は皆小さな命の果てしない可能性を踏みにじっているのだ。人命尊重は教育の原点である。教育の目的は生きる力を養うことであるべきだ。教育はこの役割を果たしているか問いたい。

◇アメリカ・ユタ州の検察当局は22歳の容疑者を訴追し死刑を求める方針だという。現場は大学構内で被害者は講演中であった。事件は政治性、思想性を帯びているようだ。同性愛とかトランスジェンダーの権利が動機と関係しているとも。検察は凶行が政治的発言に対するものだったとして、殺人罪の中で最も重い「加重殺人」を適用する方針と言われる。アメリカの死刑制度は揺れている。廃止の州は50州中23州、そして存置州のうち11州は過去10年執行されていない。ユタ州の今回の事件の行方に私は大きな関心を寄せている。アメリカの死刑の在り方は日本の世論にも影響を与えるからだ。世界の大勢は廃止の方向であるが日本の世論は感情的に死刑の存在を支持する。(読者に感謝)

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2025年9月18日 (木)

「強者共の夢のあと、東大駒場寮の廃寮と東大の変化。認知症の蔓延と認知症サポーターの意義。子どもの自殺を考える」

◇過日、東大駒場寮で一緒だったO氏と飯を食べる機会を得た。二人は伝統の自治の砦がなくなって淋しいと昔を振り返った。かつて駒場寮は学生運動の一大拠点であった。北寮、中寮、明寮の三つの学生寮はクラブによって部屋が割り当てられた。私は寮委員として、当時の様々な出来事に関わった。懐かしい名刺を大事にしている。東京大学教養学部駒場寮委員会管理部庶務とある。1、2年生は目黒区の教養部に属し、3年から本郷のキャンパスで専門の学部に進む仕組みであった。

 寮の建物は老朽化して、時代の変化に取り残された感があった。大学側の廃寮決定に学生側は抵抗したが勝てなかった。O氏は蛮カラな風習が懐かしいと語った。運動部がよくストームを行った。寮委員室からマイクの声が流れる。「これから空手部のストームがあります。出迎えて下さい」と。腕章を付けた委員が割られたガラスをチェックしていく。寮雨などもあった。上層階からの人口雨で女子寮ではあり得ない。下の者が頭を出すとヤバいことになる。蛮カラが姿を消したことと廃寮は無関係ではないだろう。東大も変わりつつある。「日本人がエネルギーを失いつつあるのと関係がありそうですね」。私のこの言葉にO氏が頷いていた。

◇超高齢化に伴い認知症が凄い勢いで増えている。高齢化が人間にとって必然であるから認知症はすべての人にとって避けられない課題。予備軍を入れれば認知症1,000万人の時代である。9月は認知症月間である。認知症になっても人間の活動能力は残されている。住み慣れた地域で自分らしく暮らせることは可能である。それには地域社会の支えが必要である。昨年から認知症基本法が施行された。地域で優しく支えるためのボランティアの存在は重要である。認知症サポーターが増加していることは社会の良心を示すものとして救いである。全国のサポーターは1,600万に達し本県にも19万人存在する。90分の養生講座を受ければ誰でもなれる。自己中心で他人の事には無関心な社会の中でサポーターの増加にほっとさせられる。

◇小中高校生の自殺が増えている。これを防ぐため、児相・学校・医療等が連携しなければならない。表に現れない自殺未遂は非常に多い筈。生きにくい不安に満ちた社会である。未遂をしたことのある子から学ぶ意義は測り知れないと思う。そのような子を包む環境が問題である。死を選ぼうとする子は憐れだ。(読者に感謝)

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2025年9月17日 (水)

「今こそ楫取素彦を見詰める時。精神の乱れと誤情報と排外主義。ヘイトスピーチ解消法」

◇今日は9月17日、9月も後半に入った。連休も終わった。ジリジリした暑さは続くが酷暑のトンネルはどうやら出口に近づいたようだ。夜走ると、虫の声がしきりで秋の気配を感じる。

 昨日煥乎堂から「楫取素彦読本」の注文があった。細々と売れていることがうれしい。わずか100頁程の小著だが13刷まで発行し存在感を示した。初代県令、吉田松陰の義兄楫取素彦の今日的意義を守らねばと痛感する。

 そんな思いで先日前橋公園の楫取関連の施設及び臨江閣を訪ねた。公園には楫取の銅像、顕彰碑、私が書いた顕彰板などがある。今年7月23日、萩市の楫取素彦顕彰会の人々をこれらの施設に案内した。人々は強い関心を示し、改めて教育者楫取の偉大さをかみ締めているようであった。

 また、10月12日には高崎市の浄土真宗の寺敬西寺で講演をする。テーマは「今こそ楫取素彦を見詰める時」である。私の胸には現在の日本人の精神の乱れ、劣化への憂いがある。題にある「今こそ」にはこの思いがある。

◇精神の乱れ、劣化と繋がると思えるのが情報に木の葉のように動かされ反応する人々の光景である。反移民の勢いが強まっている。「日本人のために税金を使え」、「移民を増やすな」と訴えるデモである。国際交流を目的とする国際協力機構JICAに対し解体しろと叫んでいる。JICAはアフリカ各国と交流の深い国内4市を各国のホームタウンに認定した。アフリカの国々とはナイジェリア、タンザニア、ガーナ、モザンビークである。これらの国々が国内の市とペアを組んで国内の市がホームタウンになる。排外主義をあおる誤情報と絡んで人々の心が揺れている。「日本の市や町をアフリカに譲渡した」、「アフリカから移民が押し寄せる」といった投稿が急速に広まっているという。アフリカの黒人蔑視の思想も背景にあるに違いない。問題となっている地方の自治体には電話が殺到し業務に支障が出る騒ぎだという。こういう事態は今後いろいろなところで起きる可能性がある。国や自治体は問題が生じる前に基本的な方針を研究しておくべきである。各自治体は対策のための新しい課やチームを設け、問題が生じた自治体から学ぶなどが必要だと思う。

◇排外主義の風潮が高まる中で懸念されるのはヘイトスピーチの増加である。ヘイトとは憎むの意である。法務省はヘイトスピーチの実態調査を行うことになった。ヘイトスピーチ解消法施行から10年を迎える。今こそこの法を活かす時。その為には実態を知らねばならない。(読者に感謝)

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2025年9月16日 (火)

「日本の高齢化に驚く。男女114、111歳。残留孤児たちハルビンを訪ねる。731部隊・恐怖の人体実験」

◇9月15日は敬老の日。「お年寄りを大切にし村の発展のための知恵を借りよう」という提唱が発祥とされる。高齢化の勢いは凄い。これを支えるのは平和と福祉。戦争終結から80年、多くの若者が海に空にと散った。「お母さん、もっと生きたい」、彼らの心の本音が聞こえる。

 信長は好んで謳った。「人間五十年下天の内をくらぶれば夢幻の如くなり」。敬老の日の時点で100歳以上は約10万人。老人の日を定めた1963年は153人だった。約88%は女性。女性の圧倒的な生命力に驚く。最高齢は奈良県の女性の賀川滋子さん。何と114歳である。男性では静岡県の水野清隆さん111歳である。高齢少子化は止まる所を知らない。そして晩婚、非婚が進み、消滅自治体の増加が叫ばれている。消滅の危機は自治体だけでなく日本そのものだ。

 本県の100歳以上は1,598人で27年連続増加である。最高齢はやはり女性で、邑楽町の橋本オイクさん111歳。男性は中之条町の佐藤吉雄さんである。

◇日本に永住帰国した残留孤児がハルビン市を訪問した。孤児たちの高齢化が進み最後の訪中団になりそうだ。訪中団の最年少は80歳である。孤児たちは敗戦前後の混乱の中、家族らと離別し中国の養父母に育てられた。軍国主義の日本は中国を侵略し残虐な行為を行った。私はかつてハルビンの七三一部隊の跡地を視察して息を呑んだ。細菌兵器の実験、研究を行った。中国人などの捕虜を「マルタ」と呼び人体実験に使った。マルタとは木の丸太のことで、人間を丸太のように扱ったのだ。研究者たちの多くは優秀高名な医師だった。これらの人々は研究資料を米国に引き渡すことによって戦争犯罪人として責任を追及されることを免れた。

 残留孤児の養父母はこのような敵国の子どもに温かい救いの手を伸ばしたのだ。孤児たちは養父母への感謝の気持ちを伝える演劇や歌を公演した。そしてその恩は一生忘れないと話している。私は群馬県日中友好協会会長として嬉しく思う。現在世界平和に暗雲が広がり始めている。戦後81年を経て世界各地で戦争が起きている。日本と中国は世界の大きな対立の中で互いに最前線にあるから日中の友好は極めて重要だ。残留孤児の存在は日中の架け橋の意味を持つ。今回行われた残留孤児のハルビン訪問は大きな役割を果たした。この成果を今後に向け活かすべきである。(読者に感謝)

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2025年9月15日 (月)

死の川を越えて 第150回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

「リー先生にご承知願いたいことがござる。わしは、少しでも、日本の歴史、東洋の文化に根ざしたことを教えたいと思っとります。その点で、同じ子どもが、先生のところと、わしのところ、両方に出入りすることもあると思うのじゃが」

「それは良いことです。子どもに任せることですが、大きな望みがあります。前にも申しましたが、大変賢い子ですわ。この集落の未来のためにも、正太郎君のようなお子さんを大きく育てたいと思ってますの。万場先生が、日本の学問を与え、日本人の心を育ててやってください。私は時々西洋のことを教えますから」

「は、はー。それは素晴らしいことですな。正太郎のことをそのように思って頂けて、わしは本当に感激ですぞ」

 そう言って、万場老人は目頭を拭っている。孫が褒められた以上にうれしいのであった。

 それから間もなくして、万場老人は、こずえ、正助、そして、さやを前にして言った。

「大したことはできぬが、第一歩を踏み出したい。そこで、お前たちにわしの考えを聞いてほしい。学問は生きる力。特にわれわれ患者にとっては、学問は目であり耳なのだ。なぜか分かるか。学問がなければ、物事が正しく見えない。物事が自分の心に響かない。心そこにあらざれば見れども見えず、という諺がある。リー先生とも話した。役割の分担じゃ。わしは日本の学問と日本人の心を少しでも教えたい。正太郎君は両方で学ぶことが良い。リーさんの所では西洋のことにも接することができるだろうからな」

「俺たちはどんなお手伝いをすればいいのですか」

「おお、連絡、準備などいろいろある。熱を支える大変重要なことじゃ。またな、子どもだけではなく、時には大人にも話すつもりじゃから、正助には韓国やシベリアの経験を話してもらうこともあろう。心の準備をしておくがよい」

つづく

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2025年9月14日 (日)

死の川を越えて 第149回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 万場老人は、湯川生生塾の看板を改めてじっと見詰めた。目を移すと湯川が音を立てて激しく流れている。岩に砕ける白波が見えた。老人は湯川の光景を見ながら、自分の学問の人生に思いをはせていたのだ。東京帝大を出て一族からも世間からも嘱望された人生のはずだった。昔の仲間とは一切の連絡を絶ったが、彼らは昔、輝かしい栄達の道を歩んだはずだ。自分は地獄に落ちた。この醜い姿は何事かと世を恨んで、この湯川に身を投げようと思ったこともあった。それを踏み止めさせたのは何かと自問した時、答えは学問だと気付いた。

 追い詰められた時、自分に示唆を与えたもの、そして自分の心に勇気を与えたものは折りに触れて読んだ学問であり、歴史であり、大学の講義であり、その他学問生活の中で積み重ねたものであった。自分にとって救いになった学問なら他の患者にも力になるに違いない。

 自の学問を同病の人のために役立てねばならない。万場老人はそう決意したのである。

 マーガレット・リー女史の寺小屋に通える子どもは限られていた。湯の川地区に住人の数が増えるにつれ、子どもの数も増えていた。世の流れはとうに寺小屋の時代ではなくなっていた。明治5年に学制が敷かれて以来、全ての子どもは公教育にという国の方針もあって、ほとんどの寺小屋や塾は姿を消した。しかし、湯の川地区は別であった。ここの子どもは、社会一般から差別され受け入れてもらえないのだから、湯の川地区が自治ということを誇るなら、自治の重要な内容として教育に取り組むべきであり、西村課長が自治と聞いて集落の教育に関心を示したのも当然であった。

 万場老人は、このことに思い至ったとき、リー女史の教育活動に敬意を払いつつ、自分も役割を果たさねばという思いを強めていた。

 万場老人はある時、リー女史と会った。

「子どもの教育は本当に大切じゃ。リー先生には頭が下がりますぞ」

「いえ、心は焦りますが何もできません。小さな歩みを大切にしておりますわ」

「「わしは患者の一人として、また学問をしてきた者として、湯の川の人たちの教育について何か役割を果たさねばと思ってきました。差別された人にとって、教育は生きる力ですぞ。しかし、何をすべきか、何ができるのか分からんのです。先生は先輩です。よろしく頼みますぞ」

「まあ、万場先生こそ学問の人。力を合わせることはたくさんあると思いますわ」

 リー女史はにっこり笑って、老人に女史としては人に見せたことのないような熱いまなざしを向けた。

つづく

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2025年9月13日 (土)

死の川を越えて 第148回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

第七章  湯川生生塾

 

 森山県議が去ってしばらくしたある日、こずえは、万場老人の家の前に立っていた。

「何かしら」

 そっとつぶやく。入り口に墨痕鮮やかに「湯川生生塾」と書かれた板が掛けられているではないか。

「こずえか、何をしておる。入るがよい」

 弾んで聞こえる老人の声がした。

「はい、ご隠居様」

 こずえは明るく応じた。それを見て万場軍兵衛は言った。

「はは、驚いたらしいな」

「何を始めますの」

「わしの寺小屋じゃ。西村課長が集落の教育を気に掛けていた。森山議員も正太郎はどうしているかと言った。リー女史は寺小屋をやっていると申していた。実はな、この集落で教育は、人間として生きるために最も重要なことなのじゃ。わしの頭には以前から構想があったが踏み切れなかった」

 万場老人は目を閉じ少し考えて続けた。

「こんなあばら家で、という意識があった。また、松下村塾を頭に描いたこともあった。しかしな、建物がどんなであるか、また、塾の規模の大小などは無関係と気付いたのじゃ。1人でも2人でも、人間の成長に役立てば素晴らしいことと思わねばならぬ。それに何より重要なことは、患者が人間として生きる上で、学問が必要だということじゃ。この集落でわしが教えることには、格別な意味があることになぜ気付かなかったか。大いに反省しとる」

「湯川生生塾でございますか」

「そうじゃ、死の川湯川と共に生きる。人生をたくましく生き生きと生きるという目標を掲げたのじゃ」

「まあ、素晴らしいことですわ。この湯川も先生なのね。私もお手伝いできるのかしら」

「おお、できるとも、お前は私の助手じゃ。お前は字が上手。読み書きを教えねばならぬからな。教えることは自分にとっても勉強なのだ。頼むぞ」

 こずえには、万場老人の熱いものが伝わってくるのが感じられた。

つづく

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2025年9月12日 (金)

「部活の在り方と勝利至上主義。“お前はもういらない”顧問の言葉。火星に生命の痕跡か。首都圏の大水害」

◇愛知県の私立高校女子生徒の自殺に衝撃を受けた。部活動に於ける指導の在り方が問題となっている。女子生徒はソフトボール部の主将だった。第三者委員会の調査によれば「顧問の不適切な指導が自殺の一因」と結論している。女子生徒は部活動を終え帰宅後に自殺した。当日女子生徒は打撃練習のミスにつき顧問から「お前はもういらない」と言われたという。

 私は県議時代を通じ部活動と教育に関わってきた。そこで、理想と現実のぶつかり合いで生じる様々な問題を見てきた。そこでの大きな課題は勝利至上主義である。学校と部の名誉を掛けて勝利を目指す。現在、この勝利至上主義に関し科学的見地や教育的見地から疑問があがり反省を迫まられている。

 文科省の部活動ガイドラインは体罰、ハラスメントの根絶を訴えている。「お前はもういらない」発言は思春期の女性の胸をぐさっとえぐったに違いない。顧問にこの発言をさせたものは勝利至上主義であったと思う。この問題は愛知県の私立高校だけの問題ではない。全国の学校が他山の石として受け取るべきである。

◇果てしなく広がる宇宙に知的生命は存在するか。これは子ども時代から私の心を掻き立ててきた夢であった。今やエスエフの領域の問題ではない。ごく近い将来驚くべき事実の判明があるかもしれないと科学者は公言している。このような状況下、NASAのニュースが飛び込んだ。火星で微生物の痕跡を示唆する物質が見つかったというのだ。確認するには持ち帰って分析するなど課題があるらしいがわくわくするニュースには違いない。

 火星の科学探査に詳しいある専門家は驚いて言う。「火星探査の50年の歴史の中で最も生命の痕跡に肉薄しった成果だ」この成果は火星だけの問題ではない。広い宇宙で生命の存在が普通の現象であることに繋がり、その先には知的生命体の存在があるに違いない。

◇首都圏にまさかの光景が出現した。目黒区では1時間に134ミリの雨が観測された。川はあっという間に増水し滝と化した。正に想定外の出来事で、近代化された大都市の弱点を突かれた形であった。地球温暖化の加速が避けられない中、地下街を含め人命救助の対策は喫緊の課題である。異常降雨だけではない。大災害の時代の根本的な対策を国と地方は連携して進めねばならない。(読者に感謝)

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2025年9月11日 (木)

「東大の機関誌に私の歩みを書く。日本の役割と日本の生きる道は」

◇東京大学の機関誌「縦の論壇」から依頼され、「戦後80年、炎の山河」を書いた。論壇の幹事によれば10月下旬頃東大関係者に広く配布される予定という。この文は私の84年の人生の歩みに合わせ時代の流れと変化を描いたもの。冒頭部分とそれに続く主なポイントを紹介したい。

「戦後80年目の夏は特に暑い。グテーレス国連事務総長は“沸騰”と表現したが、次のステージはどう表現されるのか。地球が断末魔を迎えているようである。かつて、被爆地広島・長崎は3,000から4,000度の熱に晒された。終戦時4歳であった私は現在84歳。戦後の混乱の中で少年時代を過ごした私は、現在核戦争の足音が近づくのを感じる。その足音を現実化させてはならない。その思いで大戦のなかった84年の人生を振り返ることにする。県庁の近くで生まれた私は加速する食糧難と米軍進駐に関する流言飛語に追われるように父母と共に赤城の山奥の開墾生活に入った。小川にはカニが戯れ、空は吸い込まれるように青く豊かな自然は別天地であった。しかし、毎日の食事はサツマイモ、大根、ウリッパなどが中心で辛い思いをした。戦後の混乱期は大きなチャンスでもあった。目先が利く人は大きなチャンスとばかりに都会で頑張るのに、父は反対であった。しかし、人生は不思議である。父が山奥に逃げたことで私の人生の軌跡が決まり、その後の運命の原点も形成されたのである」

 これに続く項目は次のようなものである。

「時代の大きな節目・天皇は人間宣言」

「赤貧洗うが如し、定時制高校へ」

「県議選に元東大総長が。暴力団排除条例成る」

「ブラジル・ペルー・アルゼンチン訪問」

「県議会を離れもうひとつの人生に燃える」

「終わりに」

◇「終わり」にでは次のように書いた。

「この文の冒頭で核戦争の足音が近づくと書いたが、現在世界各地で戦争が行われ日本は大きな世界的勢力が火花を散らす最前線にある。世界の平和、そしてアジアの平和のために日本の役割と使命は増々大きくなっている。人類初の被爆国日本である。我々は広島長崎の惨状を忘れてはならない。核を乗り越えて手にした平和憲法の意義と重みをしっかりと受け止めねばならない。日本は多くの発展途上の国と力を合わせ強大な覇権主義の国と適切な外交力で対応することこそ生きる道である。(読者に感謝)

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2025年9月10日 (水)

「出産時取り違えられた人の人生。東京地裁の判決。アフリカとの交流事業と誤解騒ぎ。認知症と成年後見人」

◇病院で出産時取り違えられた人江蔵さんが自分の人生を語っている。自分の真の親を知りたいと願うのは当然であるが問題はそれだけではない。事件は67年前、都立病院で起きた。真実の親を知ることは自分が何者かを確認することである。江蔵さんは都を訴え今年4月判決が下った。東京地裁は「出自を知る権利は個人の尊厳などを定めた憲法13条が保障する法的な利益」として都に「生みの親」を調査するよう命じた。この人は小さい時から違和感を感じてきた。親族から「お前は誰にも似ていない」と言われ続けた。育ての親の血液検査がきっかけで血縁関係がないことが判明した。昔から取り違えは報じられてきた。ある法医学者は、一定期間に全国に32件あったと報告している。取り違えの結果は深刻である。大きな人権問題であるばかりか多くの関係者に複雑で重大な法律問題を起こしてしまう。世の中には調べることも出来ずいたずらに人生を過ごしてしまう人もいるだろう。国は原因の究明と再発防止に向けて真剣な取り組みを行うべきである。

◇「アフリカ・ホームタウン」騒動は深刻な課題を投げかけている。ホームタウン事業は本来JICA(国際協力機構)の国際協力事業であるが誤解も重なって大きな混乱が生じている。「日本が乗っ取られる」、「移民で埋め尽くされる」、「外国人犯罪が多発する」といった声が一斉に上がっているのだ。ホームタウン事業として名が上がっている国はアフリカのナイジェリア、タンザニア、モザンビークなどの国々である。問い合わせや批判の声は、一時自治体の業務が出来ない程だったという。このような騒ぎになる背景には昨今の「移民反対」、「自国第一主義」の風潮がると思われる。参政党が驚異の躍進を遂げたことを想起させる。この国には軽挙妄想、付和雷同の人が如何に多いかを物語る。このようにして世論が動かされていくとすればこれは民主主義の危機と言わねばならない。主権者の質が低下すれば衆愚政治になる。

◇認知症患者の加速は凄い。団塊ジュニアが65歳以上になる2040年には584万人になると見られる。老後の財産管理や自身の暮らしにつき知人から相談された。成年後見人制度があるが信用できない後見人があとを絶たないのが現実だ。認知症になる前に信頼できる人を見つけておくことが何よりだ。騙し合いの社会で信頼できる人を捜すことは困難だが重要なのだ。(読者に感謝)

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2025年9月 9日 (火)

「鳴滝塾を開いたシーボルトは愛する日本人女性との間にイネをもうけた。イネは立派な女医に。解剖に感動するイネ」

◇シーボルトは医学の名門の出で医学をはじめ、動物、植物、地理など他分野に通じた博学の人物であった。鎖国時代の日本にこういう人物が存在したことは日本の近代化に測り知れない意味を持ったといえる。「鳴滝塾」を開き西洋医学(蘭学)教育を行った。全国から優秀な医師や学者が集まった。その中には高野長英、二宮敬作、伊東玄朴らもいた。

 シーボルトが日本女性滝を深く愛した話は有名である。植物学者でもあったシーボルトは、アジサイの学名をヒドランドゲア・オタクサと名付けたがオタクサはお滝のことで、シーボルトは彼女をオタクさんと呼んだのだ。この滝との間にもうけた娘がイネであった。

 イネは赤い髪の混血児としていじめられた。「だれかしゃんの髪は赤かとばい。オランダさんからもろたとばい。やーい」。イネは怒ってやり返す。「赤かったら悪かと。赤かったらどぎゃんね」。

 イネはいじめに屈することなく、父シーボルトを誇りとしてしっかり学び日本女性初の産婦人科医となった。

 当時の社会の男尊女卑は酷かった。それはお産に於いても同様で、出産は不浄なものとされ産室は土蔵や納屋、別棟のムシロの上で出産させることもあった。イネは女医となってこのような風習に強く反対した。

「生命の誕生は最高に尊く厳粛なもので、女はこのことに自分の命をかけるのに不浄扱いは間違っています。出産こそ最も条件の良い環境で行われるべきです」と強く訴えた。

 オランダの軍医ポンぺは日本で初めて体系的な西洋医学教育を行い、日本の近代医学の基礎を築いた人物である。基礎医学の中で、人体のしくみを知る解剖はとりわけ重要である。長崎におけるポンぺによる解剖にイネはただひとりの女医学生として見学した。イネはその時の驚きと感動を語っている。

「ポンぺ先生のメスが動いた瞬間、私はくらくらと目まいを覚えました。しかしすぐ気を取り直し感動したのです。人体はなんと巧妙につくられているのか。少しの無駄もなく、必要なものが必要な部位にしっかりと位置し、これらがいっせいに関連し合って動いている様子を想像した時の私の感動を何と伝えたらよいか分かりません」

 イネはポンぺが去った後もオランダ人医師ドクトル・ボードエン、ドクトル・マンスについて産科の修行に励んだ。イネは東京築地に開業し、福沢諭吉の推挙により宮内省御用係として大正天皇の誕生にも奉仕した。(読者に感謝)

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2025年9月 8日 (月)

「阪神の優勝が秒読みに。道頓堀ダイブの狂喜。関東大震災と朝鮮人の犠牲と大災害の時代」

◇たかが野球とは言えない。熱狂のファンにとって勝負が決まる瞬間は抑え難い興奮の炎に胸が焼かれるに違いない。阪神の2年ぶりのリーグ優勝が秒読みになった。阪神ファンの熱狂ぶりは伝統的なものだ。大阪ミナミには優勝の度に大勢のファンが詰めかけ、過去には道頓堀川に飛び込む人が相次ぎ死亡事故も起きている。こういう事態を警察も防がねばならない。大阪地区には伝統的にこの地区独特の特色があるといえる。それは、政治を含め物事を思想的に筋を通して捉えるのではなく、お笑い事のように考える傾向である。かつてお笑い芸人の横山ノックが大阪知事に当選して世間をあっと言わせたこともこの傾向と繋がっているとも言える。

 阪神は5日から広島と3連戦、9日からはDeNAとの3連戦がいずれも甲子園球場で行われる。本拠地で優勝が決まる可能性があるのだ。大阪府警は今回、人が多く集まる戒橋周辺を中心に最大1千人態勢で警備に当たるという。歓喜の道頓堀の写真が目の前にある。狂喜の大群衆と大歓声の中、大きく両手を上げ空中を舞う男の姿である。人間の心理は不思議なものである。何十億の脳細胞に火がついた状態になるのであろうか。恐怖心などは吹き飛んで人生で一度の英雄と化しているのかも知れない。しかし、死の可能性もある危険な行為であることは間違いない。従って警察には規制する責任がある。祝賀ダイブの対策として戒橋両側のスロープや橋の下の道頓堀川沿いの遊歩道への立ち入りを規制するという。1年ぶりのリーグ優勝という祭りが大過なく終わることを祈るばかりである。

◇関東大震災から102年を経た。パニックになると何が起こり得るか。人間心理は変わらないから102年前に学ぶことは大きい。多くの朝鮮人が犠牲になった。朝鮮人を軽蔑する意識が被害の要因となり被害を大きくしたと言えよう。しかし朝鮮人の問題には、知らない人を排斥する心理として共通性があるから同様のことは今日でも起こると考えねばならない。首都直下、南海トラフ、富士山爆発など大災害の足音が聞こえる。信頼関係という基盤を持たない人々の大移動、そして流言飛語が重なる。根拠のない情報が簡単に作られあっと言う間に拡散される時代である。防災対策が広く進められているが目に見える形の予防だけでなく人間心理への対策の重要性を強く感じる。難しいことであるが行政と地域社会が知恵を絞らねばならない。(読者に感謝)

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2025年9月 7日 (日)

死の川を越えて 第148回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

第七章  湯川生生塾

 

  • 塾始まる

 

 森山県議が去ってしばらくしたある日のこと、こずえは、万場老人の家の前に立っていた。

「何かしら」

 そっとつぶやく。入口に墨痕鮮やかに「湯川生生塾」と書かれた板が掛けられているではないか。

「こずえか。何をしておる。入るがよい」

 弾んで聞こえる老人の声がした。

「はい、ご隠居様」

 こずえは明るく応じた。それを見て万場軍兵衛は言った。

「はは、驚いたらしいな」

「何を始めますの」

「わしの寺小屋じゃ。西村課長が集落の教育を気に掛けていた。森山議員も正太郎はどうしているかと言った。リー女史は寺小屋をやっていると申していた。実はな、この集落で教育は、人間として生きるために最も重要なことなのじゃ。わしの頭には以前から構想があったが踏み切れなかった」

 万場老人は目を閉じ少し考えて続けた。

「こんなあばら屋で、という意識があった。また、松下村塾を頭に描いたこともあった。しかしな、建物がどんなであるか、また、塾の規模の大小などは無関係と気付いたのじゃ。1人でも2人でも、人間の成長に役立てば素晴らしいことと思わねばならぬ。それに何より重要なことは、患者が人間として生きる上で、学問が必要だということじゃ。この集落でわしが教えることには、格別な意味があることになぜ気付かなかったか。大いに反省しとる」

「湯川生生塾でございますか」

「そうじゃ。死の川湯川と共に生きる。人生をたくましく生き生きと生きるという目標を掲げたのじゃ」

つづく

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2025年9月 6日 (土)

死の川を越えて 第147回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

「実は木檜代議士に対する政府の答弁書にも、牛川知事の請願を重視していることが表れています。正助君が、湯川に沿って広く歩いたことは、このような点から大変重要な意味を持っています。私も遠からず、正助君が歩いたところをぜひ見たい。その時は案内を頼みます」

 森山は正助を見て言った。正助は深く頷いてみせた。

「ところで」

 森山は、ここで話題を変えるように笑顔をつくり、辺りを見回して言った。

「県議会で元気に名前を答えられた坊ちゃん。ええと、正太郎君と言ったかな、どうしているかな。は、は、は」

「元気で飛び回っております」

 正助が答えた。

 その時、黙っていたマーガレット・リー女史が微笑みを浮かべて言った。

「実は、私のところでささやかなスクール、寺子屋を始めまして、正太ちゃんが来ております。大変賢い子で楽しみです」

 それを聞いてさやのうれしそうな笑みがこぼれた。

「子どもは希望の芽じゃ。実は西村課長もこの点に関心があるらしく、自治の集落の教育はどうなっているのかと心配しておる。世の中の進歩は目覚ましい。子どもの教育は、急務なのじゃ。リー先生だけに任せておいては申し訳ないことなので、わしもあることを考えておる」

 万場老人の言葉を人々は不思議そうな表情で受け止めていた。

「今日は、実りある集いが実現できました。皆さんに感謝しますぞ。今日のことは県政の上で生かしたいと思います。また、地元の木檜代議士に知ってもらうことは、今後のことを考えると非常に大事です。私からも話しますが、直接皆さんに会ってもらうことが何よりでしょう。万場さん、その時はまたよろしく頼みますぞ」

 万場老人は、当然とばかりに深く頷いて見せた。

つづく

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2025年9月 5日 (金)

「減量に挑戦、遂に69.4キロに。ぐんまマラソンが近づいた。ストーカー対応の形骸化を歎く。県内猛暑は最長に」

◇嬉しいことがあった。日記帳に数字が並ぶ。71.2、70.5、70.2。そして69.4と。体重の変化である。9月4日、69.4と書く。心は躍った。間食をしないことを心に誓って努力を続けてきた。絶えず口に何か放り込んでいなければいられない一種の食べ物依存症であった。兎に角、食欲の塊で何を食べても美味しい。ステーキは600グラムをペロリとたいらげ周りを驚かせた。間食無しを続け、その依存症のトンネルをやっと抜けたが体重はなかなか減らないもの。娘の提案で体重計を用意して毎日測ることにした。体重計の数字との対決には意味があった。数字の呼びかけに応えねばという心理が働くことになった。数字は本来負けず嫌いの私の競争心を駆り立てるのだ。その効果がやっと現れて69.4キロの数字と対面することになった訳である。

 私は84歳、毎日走っている。今年は危険水域と言われ、「沸騰」と表現された中でも一日3回、各2キロを走ってきた。これは長年続けていることであるが、今年は特別の意味がある。約2か月後に迫ったぐんまマラソンである。10キロコースの完走を続けているが今年は不安材料を意識している。足の筋力の衰えを意識しているのだ。時間内に走ることへの限界に挑戦している現実である。昨年は最後に辛くともゴールに達し貴重な完走賞を手にした。

◇神奈川県警本部長がストーカー対応の不適切につき謝罪した。当時20歳の岡崎彩陽(あさひ)さん殺害を防ぐことが出来なかった。娘の父親は警察への怒りと不信を表明している。「白井被告が自宅付近をうろついて怖い」と9回も署に連絡したが対応した警察官は危険性、切迫性を過小評価しストーカー事案として認知しなかった。県警はストーカー事案への対応体制が形骸化し、部門間の連携も不足していたと、「組織的課題」を認めた。神奈川県警と警察庁は一連の対応に関わった関係者43人を処分した。この処分数は異例の規模という。組織的問題であることを物語るといえる。

◇沸騰と表現されたこの夏の酷暑であるが、県内でも8月の猛暑日は過去最多の21日となった。前橋気象台によれば8月の平均気温は全13の観測地点で平年値を1.4~3.3度上回った。降水量も多くの地点で平年より少ない。最近八ッ場のダム湖を見て驚いた。異常気象はジリジリと加速する。どこまで進むのか。(読者に感謝)

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2025年9月 4日 (木)

「日航職員の飲酒を絶対許さない。恥を知れ。アフガンとスーダンの天災に思う」

◇信じ難い出来事である。日航機が機長の飲酒で出発に大幅な遅れを生じた。同社ではパイロットの飲酒による欠航や遅延が続出している。

 機長は前日ホテルの部屋で500mlのビール三本を一人で飲んで体調不良だったことを認めた。過去には大量飲酒した副操縦士が英国警察により逮捕された事件、昨年4月には英国で機長が同僚と飲酒し大声を出し現地警察から注意された出来事が報告されている。日航の人々は喉元過ぎれば熱さ忘れるの状態に違いない。人の命をどう考えているのか。1985年8月12日の御巣鷹の尾根、520名が命を落とした。肉片は木にかかり、遺族は「命を返して」と叫び、社長は土下座して二度と起こさないと誓った。酒を飲むことが常態化しているに違いない。疲れとか人手不足などとは言わせない。この怒り、あの千切れた肉片を機長の口に押し込んでやりたい。防災の日を迎えた9月、人命尊重の原点に立たねばならない。

◇世界の各地で信じ難い大災害が続いている。他山の石としなければならない。アフガンの地震とスーダンの土砂崩れである。両地域は内戦の国内状況が被害を大きくし、女性や子どもなどに深刻な問題を起こしている。

 アフガンのタリバン政権は女性の就労を禁止して世界の非難を浴びている。人権抑圧の政治姿勢が世界の人道支援を妨げているのが実情である。こういう状況下での今回の地震である。死者は1400人を超えると報じられているが、国連の機関は地震の直接的な影響は最大1万2千人に及ぶと見ている。爆撃を受け瓦礫の山と化したような惨状が報じられている。被害者の多くは女性と子どもと言われる。日本では古来、地震は不正な政治に対する天の怒りと信じられてきた。今回の大地震は正にタリバンの政策に対する天罰と言えるだろう。

 アフリカ東部のスーダンも深刻な内戦状態が続いている。今回大規模な土砂崩れで死者は千人を超えるとされる。村民の大半が死亡したと見られる地域を支配する反政府組織が国連に支援を要請した。内戦の影響で国際援助機関の人道支援も制限されてきた。国連によれば難民や国内避難民はスーダン出身者が世界で最も多く、深刻な飢饉も起こり世界最大の人道危機の国と言われている。アフリカ大陸第3位の面積を誇り、ナイル川が縦断している。国民の3人に1人は人道支援を必要としている。多くの難民や避難民を抱え、その半数以上は子どもである。支援の上で日本の役割は大きい。(読者に感謝)

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2025年9月 3日 (水)

「宇宙船を舞台と告げる壮大な詐欺事件。金正恩は要塞列車で中国へ。新浪氏辞任の衝撃」

◇騙し合いの世の中が続いている。だからどんな事件も驚かなくなっているが、昨日飛び込んだ話には思わず「へえー」と唸ってしまった。被害者は80代の女性で、宇宙飛行士が登場するのだ。SNSを使ったロマンス詐欺の一つという。女性はSNSで宇宙飛行士を名乗る男と知り合いになった。ある時男からSOSの連絡が来た。それは驚くべき内容である。「今、宇宙船で宇宙に来ているが攻撃を受けており酸素が少ない。酸素購入のためのお金を助けて欲しい」というもの。女性は電子マネー購入を指示され100万円分をだまし取られた。変な詐欺があるもの。こんな騙され方をする高齢女子がいることに私は思わず笑ってしまったが、私の周りにはこの被害女性にしきりに同情する者もいる。

◇北朝鮮の金正恩総書記が専用列車で北京入りした様子が大きく報じられた。抗日戦勝利80年記念行事への参加である。専用列車は「動く要塞」と言われる。厳重な安全対策は迫撃砲も搭載した物々しさである。金氏の姿は毎日のように見あきる程だ。この人物がつば広の帽子をかぶった姿は藤子不二雄の笑うセールスマンの喪黒福造に似ている。例の、指を突き出して「ドーン」とやるやつ。もっとも喪黒のような不気味さはなく金氏は笑いの対象である。あのぶよぶよな太った身体では長生きは出来ないのではとつい同情してしまう。ただ喪黒より恐いのはこのような独裁者の手に核のボタンが握られていること。

◇連日のように大きなサプライズが続く。サントリーホールディングスの新浪会長が辞任した。違法サプリ購入をめぐり福岡県警の捜査対象となったためである。普段から精悍な表情が特徴的であった。高い発信力が評価されていた。日本の人口減少に対し人材への投資の重要性を訴えていた。経営者の仲間は言っていた。「日本人であれだけの発信力をもった人はなかなかいない」世界の顔だったのだ。疑惑につき真偽のほどは分からないが、警察の捜査を受けたということで企業のイメージを大きく傷つけることになったのは間違いない。現代社会は誘惑の海である。存在が大きくなればなる程その波は大きく激しくなる。新浪氏の辞任はあらゆる経営者に、いや経営者に限らず必死で生きているあらゆる人が警告として受け止めねばならぬことである。今日、余りに物欲中心が進み人間の精神の質が低下している。新浪事件は天の警告でもあるのだ。(読者に感謝)

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2025年9月 2日 (火)

「東大から寄付要請を受けて星名さん渋川市長当選の意味。止まらない少子化と日本の未来」

◇東京大学のある機関「縦の論壇」から寄稿の要請があり一気に書いた。テーマは「戦後80年、炎の山河」。私は戦中派である。終戦時4歳の私は間もなく85歳を迎える。核戦争の足音が聞こえる。足音を食い止めねばならない。その意識に駆られて迫る課題を取り上げた。その中で、1946(昭和21)年の天皇の人間宣言にも触れ、これが日本の民主化の原点であることを訴えた。このように私の人生の歩みと合わせて日本社会の変化を描こうとしたのである。

 これを読んだ論壇筆頭幹事(女性)から真摯な感想文が寄せられた。そこでは、中村の「精力的な活躍について大変興味深く拝読した」とこ、「暴力団排除条例から日本ペルー間の歴史に至るまで」幅広く述べていることに「感銘を受けた」趣旨のことが書かれている。そして感想は「責任をもって論壇発行作業を進める」とある。最近の東大生の質の変化を憂い一石を投じたいと秘かに思っていた折、私の一文が東大関係者に広く読まれることを願っている。

◇弾けるような笑顔が躍る。星名さんが渋川市長選に初当選した。県議を5期やり、その間県会議長、自民党幹事長も務めた。政治経験、行政経験は豊富である。温厚な人柄でバランス感覚もあるので良い市長になるに違いない。現市長と議会の間には対立や混乱があった。星名さんは「安定した市政」、「オール渋川・チーム渋川」を掲げる。今、地方自治体は少子高齢化が加速する中、大変である。星名さんの当選で思うのは県内市長の多くが県会議員出身者であることだ。それには理由が考えられる。県議会の劣化とも関係する。県会議員は議員として十分な力を発揮できないと感じている人が少なくない。一種の村社会の中で大勢に流されてしまうことも否定し難いのだ。その点首長の椅子は魅力的である。大きな権限を持ち自分の信念と政策を貫くことが出来るのだ。

◇少子化が止まらない。厚労省によれば去年1年間の赤ちゃんの出生数は68万6,961人で、統計開始以来初めて70万人を下回り過去最少を更新した。出生数の減少は9年連続である。出生数はすべての都道府県で進んでいる。全国で出生率が最も低いのは秋田県で、逆に最も高いのは沖縄県である。世界中ほとんどの国で出生率は低下している。特に高所得国で顕著となっている。労働力不足は増々深刻になる。解決の道の一つは外国人の受け入れである。

 異状な温暖化は限界で、若い人の産む意欲を喪失させている。(読者に感謝)

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2025年9月 1日 (月)

「外国人受け入れ政策が変わることと保護主義の恐れ。緊急避妊薬の承認。防災の日に思う」

◇政府の外国人受け入れ政策が大きく変わろうとしている。人口減少が加速する状況で外国人の増加は避けられない。しかし一方で外国人の増加によるトラブルも増えている。今回の参院選で参政党が躍進したが、この党が掲げる政策で目立ったのは日本人ファーストであった。移民に反対し、自国第一を主張することには、それが分かりやすく身近な利益と結びつくだけに一定の賛成者があるのは分かる気がするが危険な要素が含まれることに注意しなければならない。日本人ファーストは保護主義に繋がる恐れがある。保護主義は振り返れば日本にとって、いつか来た道である。

 現在世界にこの保護主義が広がっている。非常に危険な兆候が感じられる。

 移民が増えることは必要であり避けられないが社会にトラブルが生じるという現実も見詰めねばならない。

 政府は外国人の受け入れに制限をかけることも検討しようとしている。日本は移民の少ない国である。総務省の推計では現在2.9%であるが1割になるのは速いと言われる。

 外国に見る移民に関する深刻な課題は社会の分断である。分断には秩序の乱れ、また文化の崩壊の恐れなどが伴う。これは一つには行政の問題であり行政を支える国民の問題である。日本は現在大きな試練の時に立たされているのだ。

◇緊急避妊薬が処方なしで使えることになる。望まない妊娠を防ぐための画期的な道が開かれる。厚労省が承認したのは「ノルレボ」。性交後72時間以内に飲めば約8割の確率で避妊できるという。販売は対面のみである。研修を受けた薬剤師の面前で服用することが条件。年齢制限も親の同意も不要である。処方箋が必要だと近くに医療機関がなかったり、受診が心理的な負担になる。市販薬を求める声は高まっていた。性の世界が大きく変わる。避妊手術で胎児の命を奪うことが少なくなる点では人命尊重に繋がるともいえる。性をめぐり社会が大きく変化する局面にいるといえる。

◇いよいよ9月である。9月1日は防災の日である。1923年9月1日に関東大震災が発生したことにちなんで制定された。災害について心構えや準備をする日である。巨大災害が近づいている。周りを見れば災害は目白押しの状態であるが私たちの危険感覚は麻痺している。群馬県は安全神話と重なっているだけに事態は深刻である。フェイクな情報あっと広まる時代。防災の日は心を建て直す日だ。(読者に感謝)

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