死の川を越えて 第120回
※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。
それからしばらくして万場老人から声がかかりいつもの人たちが集まった。老人がおやという目を向けた。その視線の先に見慣れぬ女の姿があった。老人の表情に気付いた正助が言った。
「市川とめさんです。赤ちゃんを連れてこの湯の川に来て、生きることの大切さを知った人です。仲間に入れてやってください」
正助とさやは、かうって幼い娘を殺して自分も死のうとしていたとめを偶然助けた出来事を思い出し、この勉強会に誘ったのであった。
「おうそうか、大切な同志ですね。歓迎しますぞ」
老人はうれしそうに言った。
「正助が初めてここを訪ねた時のことを思い出す。お前は、あの時、ハンセン病と闘って人間として生きるために湯の川の歴史を知りたいと言ったな。わしは驚き、そしてうれしかったのだ。わしはあの時、確かハンセン病の光を語ったはずじゃ。あれから歳月があっという間に過ぎた。この間の世の中の変化は目を奪うばかり。われわれハンセン病の身も、社会の動きそして世界の動きと結びついていることを正助の体験からも知った。わしも、お前たち若者にずいぶんと教えられたのだ。わしは今、老いの身で決意したことがある。それは、われらが経験したことをバラバラにしておくのでなく、一つにつなげて理解することが力になるということじゃ。そのために、わしの知識が役立てばと思うぞ」
そう言って、老人は分かるかなという目で一人一人の顔をのぞき込んだ。
「賛成、その通りだと思います」
正助がすかさず言った。正助はそれに応えて大きく頷く老人の顔を見ながらさらに続けた。
「先生に、尋ねたいと思っていたことがありますが、いいですか」
「おお、何でも聞くがよい」
「俺は朝鮮で不思議な体験をしました。ハンセン病の集落の頭は、先生と浅からぬご縁があって、こずえさんのおばさんと結婚されたと申しました。その人とこずえさんのお母さんは双子だそうで、そのお子さんの明霞さんが草津に来たなんて本当に不思議です。これらは草津、そして湯の川とどうつながっているのでしょうか」
「うーむ。いずれ話さねばと思っていた。その時が来たのじゃな。よく聞いてくれた。話そう」
万場老人は、そう言って目を閉じ、そして開くと過去をたどるように遠くに視線を投げた。何が語られるのか、静寂が辺りを覆っていた。
つづく
| 固定リンク
最近のコメント