« 死の川を越えて 第122回 | トップページ | 「曽我ひとみさんが訴える拉致の現実。北朝鮮、ロシア、中国と対峙する日本の役割。イスラエルの暴挙に怒る」 »

2025年6月15日 (日)

死の川を越えて 第123回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

「そうじゃ。あの時はそんな考えは間違っていると攻撃したが、ではどうしたらよいかを論じなかったのじゃ。弱ったものだ」

「難しい理屈は分からねえが、この湯の川のように自治会があって、リー先生のような支えがある所は、お上に頼る部分が少ねえから上等だと思うが」

 大門の親分が言った。

「その通りじゃ。ところが、この湯の川地区の将来も最近不安になってきた。誠に重大な問題なのじゃ。湯の川地区の移転と解散につながることだ。腰を据えて対策を考えねばならぬ」

「えっ、そんな深刻な問題があるとは聞き捨てならねえ。じっくり聞かせてもらいてえもんだ」

 大門親分は身を乗り出して言った。

「あまりに大きな問題じゃ。いずれ話そう。そして、じっくり取り組むことにしよう」

 他の者たちも不安な顔を表しながら頷いた。

「とにかくじゃ、ハンセン病の患者にとって、最大の敵は戦争なのだ」

 万場老人は語気を強めて言った。

「どういうことですか。もう少し詳しく教えてください」

 正助が問う。

「よいか。重要じゃが単純なこと。戦争になれば、国民は皆協力しなければ非国民と言われる。国の乏しい税金は戦争に使わねばならない。ハンセン病のために使う余裕などないということになる。しかも、ハンセン病の患者は病気を広めて戦力をなくす。国辱と言われるのだ」

「ああ、もうやめてください。分かりすぎるくらい分かります」

 さやの声であった。

「わたしたち、どうしたらいいの。どうなるの」

 こずえがさやの手を握って言った。

「うむ。確かにわれわれは世界の波にもまれているが、遠くばかり見てもしようがない。大切なことはこの湯の川を守ることじゃ。理想のハンセン病の里で自治会は続いている。ハンセン病の光は消えていない。リー先生のような方が支えてくれるのもその現れだ。そう思わんか。われわれが必死で頑張る姿は世間に勇気を与えているはずじゃ」

つづく

|

« 死の川を越えて 第122回 | トップページ | 「曽我ひとみさんが訴える拉致の現実。北朝鮮、ロシア、中国と対峙する日本の役割。イスラエルの暴挙に怒る」 »