死の川を越えて 第108回
※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。
さやは頷いて拳を開いた。
「あっ」
正助は思わず叫んだ。さやの手に小さな十字架が光っている。
「明霞さんが私とこずえさんに、お守りにと言って下さいました。大切にしてね、ご縁があるといいわねと言いました。そして明霞さんはそっと、首に下がる同じような十字架を見せてくれました。おそらく明霞さんはこの神様を信じているのよ」
「そうか、そうだったのか。明霞さんがこずえさんとお前に・・・」
そう言って、正助は感慨にふける様子であった。
ある日、正助夫婦とこずえはマーガレット・リー女史と会っていた。
「先生、先日の山田屋ではお世話になりました。あんな感動は初めてです。新しい世界を見た思いです」
正助がこう言うとリー女史は表情を一変させた。
「まあ、私こそ、とても感動でした。皆さまとイエス様を囲むことができたのですもの。教会でないところで、教会を実現できたなんて。奇跡です。私の胸、今もドキドキです」
「私たち、今日、あなたの神様をもっと知りたくてやって来ました」
「オオ、ワンダフル。なんと素晴らしいこと。あなたたちの上にイエス様の姿が見えるようでございます」
正助も、さやも、こずえも、リー女史の輝くような瞳に圧倒された。目の前の女史は老女ではなく、若く美しい西洋の女に見えた。3人はリー女史に神が乗り移ったと見て、神とはかくも不思議なものかとあっけにとられたのであった。
リー女史は3人の表情に頷きながら静かに語り出した。さやは、以前、岡本女医がイエスについて話したことを思い浮かべながら耳を傾けた。
「お聞きください。今から1900年も昔のことです。西洋の世界はローマ帝国の支配下でした。その帝国の片隅でイエス様はお生まれになりました。帝国には多くの奴隷がおり、その他にも虐げられた多くの人がおりました。ユダヤの民もその一つで、イエス様はユダヤの民に属しておりました。イエス様は隣人を愛しなさいと人々に説きました。皆さま、この意味をどうお考えになりますか」
リー女史は微笑みながら問いかけるのであった。
つづく
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