死の川を越えて 第113回
※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。
- 牛川知事に会う
それからしばらくしたある日、リー女子から正助に会いたいと連絡があった。
「森山先生が正助さんに会いたいと言っています」
開口一番、リー女子は言った。
「えっ、あの県会議員の」
正助が驚いていった。正助の胸には妻と正太郎を連れて県議会に招かれた時の光景がよみがえっていた。その後、県議会でハンセン病のこと、湯の川地区のことがどう話し合われているか、正助は気にかけていたのだ。
「正太ちゃんも県議会へ行ったそうですね。森山先生が、大変お利口な子どもだと感心されておりました」
「正太郎は褒められて、得意になり俺たちより張り切っておりました。子どもは怖いもの知らずで、大勢の偉い先生もまるで眼中にありません」
「ほ、ほ、ほ。それが子どものよいところ。若い心は純で無敵なのよ」
「ところで森山先生のご用とは」
「県議会で湯の川地区の移転に関することが議論されているそうです。前に、湯の川に来て皆さんと話して実態は分かったが、集落を移すかどうかというと重大なので、私の考えを聞きたいというの。それなら正助さんにお聞きなさいと申し上げましたら、それがいいということになりました。それから、正助さんがイエス様を勉強していると申し上げたら大変驚いておいででした」
「そうですか。そのことを森山先生に聞かれたら俺、恥ずかしいな」
正助はこう言って頭をかいたが、その表情はうれしそうである。
つづく
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