死の川を越えて 第107回
※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。
- 神との出会い
山田屋の出来事は、人々に感銘を与え、それは一人一人の心に根を下ろしていった。新たな出会いと発見を人々がそれぞれの立場で受け止めた。人間とは何か、国家とは何か、これらを今まで人々は深く考えたことがなかった。これらはにわかに消化し難い難問であったが、人々は今、理屈を超えた力を感じて真摯に向き合おうとしていた。
ある日、正助はさやに言った。
「カールさんやリーさんの偉さと大きさが分かったな。あの人たちは、国境も人種も越えて人間を救うために命を懸けているんだね。俺は目の前が大きく開けた気持ちだよ。さや、お前はどう思っているの」
「私も同じ思いなの。リー先生の偉さが初めて分かりました。イギリスの偉い生まれで大変な財産をお持ちで、それを湯の川のことにすべてつぎ込んでいると聞きました。その意味が山田屋で初めて分かった気がするの。神様の命令と思っていらっしゃるのね。異国の神様って分からないけど何かすごい力なのね」
「俺もそう思うんだ」俺はシベリアで大変な体験をした。撃たれて土に埋まって、もう駄目だと諦めた時に救われた。今思い出しても身の毛がよだつのは海底洞窟だ。今振り返ると神様に救われたと思えてならない。さや、俺は、あの日から心にかかっていたのだが、リーさんに近づいて神様のことをもっと知ろうと思うのだがどうだろう」
「まあ、あなた」
さやはそう言って、大きく見開いた目で正助を正視した。
「実は私も同じことを考えていたの。あなたのいない時、おなかの正太郎を産かどうか大変迷って聖ルカ病院のクリスチャンの女医先生に相談しました。先生は京都大学の小河原先生を紹介して下さいました。私は、こずえさんと京都大学へ行き小河原先生を訪ねてその教えを聞いて産む決意をしました。今振り返ると神様の力が働いたような気がしますわ」
「2人とも不思議な体験をしたのだね」
さやは頷きながら袂に手を入れた。拳に何かが握られている。
「実はあなたに言い出せないことがありました」
「一体何だい」
正助は不思議そうな顔をしてさやの目を見た。
つづく
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