死の川を越えて 第104回
※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。
金髪で青い目の異人がなぜ大きな声で怒るのか、その深い意味が人々にはよく分からない。ただ朝鮮人を差別すること、自分たちハンセン病の患者に災いが及ぶことを心配してくれていることは分かる気がした。そして、白い肌の異人が真っ赤になって怒るというめったに見られない光景を人々は固唾をのんで見守った。
この時、万場老人が手を挙げて発言を求めた。
「リーさんの言うこと、カールさんが怒る意味、わしはよく分かりますぞ。皆さんは神の前の平等ということを申された。神のいうことは正しいに違いないが、神を知らぬ者、また、違う神を信じる者も人間は平等でなければならぬ。この点が大切じゃ。生きるに値しない命と名札を貼られるのは人ごとではない。わしは、中国に力を広げようとしている日本の将来を心配しておる。アメリカとの関係が悪化して戦うことになれば、日本はドイツと同じような状況に立たされる。困難な社会状況の中で多くの弱い人たちは、国にとって無用のもの、お荷物とされ、生きるに値しない命とされてしまうに違いない。そうなれば、真っ先に名札を貼られるのはわれわれハンセン病の仲間であろう。大変なことじゃ」
この時、それまで黙って聞いていた一人の若者が突然声を上げた。正男だった。
「カールさんが怒っている意味が分かったぞ。俺たち患者は世の中のお荷物だから殺されることになる。カールさんは、おれたちのために怒ってくれているんだ。感謝しなくちゃなんねえぞ」
これを聞いてカールが言った。
「ありがとう。ありがとう。君の今の言葉、聞いて、私が日本に来た目的、達せられた思いです。この声を日本中に広げること、大切です。皆さんの心が分かって、私本当に幸せです」
この時、そっと手を挙げた若者がいた。皆の視線が集まる。権太であった。
「俺は難しいことは分からねえが、体の腐った部分を切り捨てるというのは納得がいかねえ。人間を腐った部分と見るなんて最低の考えでねえか。聞いたことがねえ。西洋の文明国の偉い先生もこんなものかと思いますだ」
「そうだ、権太の言う通りだ」
誰かが叫ぶと一斉に拍手が起きた。権太は自分の発言が思わぬ反響を巻き起こしたことに驚き、しきりに恐縮の様子である。
「わしにもう一言いわせてくれんか」
万場軍兵衛であった。
つづく
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