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2025年4月 6日 (日)

死の川を越えて 第100回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 一行は草津に着いた後、明霞の希望で万場老人と会うことになった。明霞は、父の鄭東順から老人に会ってよろしく伝えよと言われていたのだ。

 正助が働く山田屋の一室で老人は待っていた。老人は、カールとあいさつを交わした後、申し訳ないが明霞、こずえ、正助と特に話したいことがあると言った。別の一室に入ると、老人は明霞の顔をしげしげと見て涙を流した。

「鄭東順殿は元気ですか。こんな顔でお許しくだされ。正助が大変お世話になったそうな、ありがとう」

「お父さんは、朝鮮人を助けてくれたこと、万場さんに大変感謝していました。よろしくよろしく、言ってました」

「わしは今日、重大なことを話す決意じゃ。この時を待っていた」

 万場老人はそう言って、こずえを見た。一同は何事かと老人の口元を見詰めた。重い沈黙があたりを覆った。老人は意を決したように口を開いた。

「正助が海底洞窟のことを話してくれた。明霞さんの母が日本兵を助けるためにあそこにのまれたな。あの日本兵は、実はこずえの父なのだ」

「えー」

 こずえと明霞が同時に叫び、正助は息をのんで老人の顔を見据えた。

「こずえの父は満州の関東軍にいたが、何かの任務でウラジオストクに入ったらしい。いずれ話さねばと思っていたが、こずの心を思うと機会がなかった」

 こずえは両手で顔を覆い、肩を小刻みに震わせていた。

 遠来の客を迎える場所には正助が働く山田屋が用意されていた。万場老人、さや、こずえ、いつもの正助の仲間たちの他に、集落の役員や正助の呼び掛けに応じた仲間も加わり、会場はにぎやかだった。そして、人々は、聖ルカ病院のマーガレット女史と岡本トヨが参加していることにも驚いた。また、人々は、美しい韓国人の娘に好奇の視線を注いだ。

つづく

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