死の川を越えて 第68回
※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。
この人物は歴代群馬県知事の中で最も政党色を露骨に出した人として知られる。非政友会系の県会議員に露骨な嫌がらせをしたり、党勢拡張のため党利党略の政策を打ち出した。このような大山知事の政治姿勢に敢然と闘志を燃え立たせた県会議員が民政党の木檜泰山であった。大正8年の県議会は飛び交う騒然たるものとなった。
議長本島悟市が閉会を宣すると、会場がざわつき始めた。木檜泰山がいきなり予告なしに手を挙げて発言を求めたからだ。何かが起こる。議員たちの目はそう語っていた。議場に緊張が走った。
「過日の予算説明について知事に質問したい」
木檜の声は感情を抑えたように落ち着いていて静かであった。議員たちには、それが何かの予兆であるかのように不気味に思えた。
「当局者の説明を聞いてからだ」
「日程にないぞ」
と、政友会議員たちの声が飛んだ。木檜の毅然とした姿は、周りの雑音をはね返して意に介さない。
「大山知事は群馬県知事として本県に赴任されたか、それとも群馬県の政友会知事として来たか、県民はそれを知りたがっている」
「そうだ」
傍聴席から声が上がった。議長がきっとして視線を投げた。本島議長は政友会所属であった。木檜がいきなりとんでもないことを言い出した。議員たちはこう思って、次に何がこの男の口から飛び出すかと固唾をのんで待った。
木檜泰山は、言葉を切って知事を見据えた。会場は水を打ったように静かになった。
「何を挙げる。県会議員選挙に臨んでは極端に官憲の力を乱用して政友会関係者の当選に努めた。実例を挙げれば、県の土木課長が吾妻郡に電話して、人を集めさせ、道路のことは知事様のお考え一つでどうにでもなるから村民に政友会を応援させてほしいと働きかけた。また、長野原役場にも同様の働きかけを行った」
「議長、中止させるべきだ」
木檜は意に介することなく続ける。
つづく
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