死の川を越えて 第54回
※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。
「大陸では大変なことが起きている。戦場にならぬ日本は暢気じゃが」
「正さんの身に何かありましたか」
「うむ。シベリアがいよいよ決着らしい。革命勢力の勝ちは決定的。そんな中で、日本はみじめな足掻きを続けている。正助はウラジオストクらしいぞ」
「まあ、正さんはどうなるの」
さやが叫んだ。さやの心配はその一点にあった。
「無事を祈りたい。ウラジオストクは、日本海に面し韓国に近い大きな都市で、シベリア鉄道の終点じゃ」
万場老人は広げた地図の一点をにらんでいる。
「みじめな足掻きとは何ですか」
正男の顔も不安そうである。
「日本兵がシベリアに留まる理由がなくなったのに撤兵しない。世界が非難し始めた。日本の領土的野心を疑っているのだ。わしは、アメリカとの関係を心配しておる。アメリカとの関係は心配でならぬ。アメリカと仲が悪くなると日本はやっていけないのだ」
「そんなにアメリカに頼っているのですか」
権太が言った。
「そうだ。例えば、アメリカが石油を売ってくれなければ日本は干上がってしまう。これからますます工業が発展し、ますます石油が必要となる。わしの情報ではな、シベリアで非常に多くの日本兵が無駄な命を落としておる」
「まあ、正さんはどうなるのでしょう。何とかならないのですか」
「道義なき戦いで、日本兵はわしに言わせれば犬死にじゃ。こんな戦いで正助を死なせるわけにいくものか。韓国には、前に話したようにハンセン病の人たちがいて助け合っている。ウラジオストクにも、朝鮮人のハンセン病の人々が移り住む集落があるそうだ。
そこが、なんとか助けにならぬものかと今、調べさせておる。正太郎のためでもあるからな」
万場老人はすやすやと眠る正太郎に視線を落として言った。
つづく
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