死の川を越えて 第33回
※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。
早速、さやにありのままを話すと、さやは正助が驚くほど喜んだ。遺伝病でないことは。半信半疑のようであったが、心の持ち方と免疫力については、いかにも納得したようである。
「正さん、あたしうれしいわ」
「うん、俺もうれしい。生きる望みが湧いたね。力を合わせれば、その免疫力とやらも倍、増するに違いないよ」
正助が抱きしめると、さやはその胸の中で泣いた。それから数日したある日、正助とさやは仕事が終わってから向き合っていた。正助の様子がいつもと違っていた。
「正さん、何かあったの」
さやさんが心配そうに正助の顔をのぞき込んだ。思い詰めたような目がただならぬことを物語っている。
「大変なことが起きた」
正助はぽつりと言った。
「何なのよ、正さん。話してよ」
さやは泣き出さんばかりの声である。重い沈黙が流れた後で正助は口を開いた。
「召集令状が来た。お国から。本当なんだ」
「えっ。戦争に行くの」
さやは叫んだ。
「まだ、どこへ行くのか分からない。どうなることか分からない。先日、万場老人が世界の戦争のことを話した。中国のことも話していた。あのことと関係あるのだろうか」
正助は、きっと唇をかんでさやを見詰めた。言葉を出せない重い空気が2人を包んでいた。2人の運命はどうなるのか。2人には分からない。
やがてさやが言った。
「病気があっても行くの」
「ハンセン病と登録されているわけではない。それに俺は軽い。だから20歳の徴兵検査でも合格した。その時、俺は国から一人前だと認められたことを喜んだ。しかし、まさか天皇陛下から召集令状が来るとは夢にも思わなかった」
「正さんはどうなるの。私たちはどうなるの」
つづく
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