死の川を越えて 第31回
※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。
「こちらこそ。こんなところで女が2人。ご隠居様が喜んでいるに違いないわね。ほ、ほ、ほ」
こずえは老人をチラと見ながら言った。
「これもな、差別と偏見に悩む女じゃ」
万場老人はこずえに視線を投げながら言った。さやは、こずえの美しい笑顔には結び付かない老人の言葉に奇異なものを感じた。
「まあな、話はそれたがな、村は新しい時代の変化に合わせるために、われわれ患者を切り離してこの湯の川に移そうとしたのじゃ。患者は怒ったぞ。しかし結局、自由の別天地で自由の療養を営むという大義に患者のための自治の力が生まれたのだ。村も出ていってもらった手前、集落の自治に協力した。そして助け合う集落が出来た。これが先日話したハンセン病患者の光の原点じゃ」
さやは、老人の話を聞き漏らさじと真剣に耳を傾けていた。
「今日は、ここまでじゃな。愉快なひとときだった。一言言っておきたいことがある。今、世界大戦のただ中にあるのを知っているか。幸い日本は戦場になっていない。イギリスがドイツと戦っている。日本は日英同盟を結んでいるから、イギリスを助けるということを理由に、ドイツに宣戦を布告した。そして、中国におけるドイツの権益を奪いにかかっている。そこでじゃ。中国の半日感情に火がついている。わしは日本の将来が心配じゃ。日本は、日英同盟によって中国で漁夫の利を得ようとしている。軍国主義はわれわれ患者の敵だということをお前たち、胸にとどめておくがいい」
さやは、こずえと知り合いになれたことを改めて喜んだ。こずえは、力になると約束した。
つづく
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