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2024年8月31日 (土)

死の川を越えて 第31回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

「こちらこそ。こんなところで女が2人。ご隠居様が喜んでいるに違いないわね。ほ、ほ、ほ」

 こずえは老人をチラと見ながら言った。

「これもな、差別と偏見に悩む女じゃ」

 万場老人はこずえに視線を投げながら言った。さやは、こずえの美しい笑顔には結び付かない老人の言葉に奇異なものを感じた。

「まあな、話はそれたがな、村は新しい時代の変化に合わせるために、われわれ患者を切り離してこの湯の川に移そうとしたのじゃ。患者は怒ったぞ。しかし結局、自由の別天地で自由の療養を営むという大義に患者のための自治の力が生まれたのだ。村も出ていってもらった手前、集落の自治に協力した。そして助け合う集落が出来た。これが先日話したハンセン病患者の光の原点じゃ」

 さやは、老人の話を聞き漏らさじと真剣に耳を傾けていた。

「今日は、ここまでじゃな。愉快なひとときだった。一言言っておきたいことがある。今、世界大戦のただ中にあるのを知っているか。幸い日本は戦場になっていない。イギリスがドイツと戦っている。日本は日英同盟を結んでいるから、イギリスを助けるということを理由に、ドイツに宣戦を布告した。そして、中国におけるドイツの権益を奪いにかかっている。そこでじゃ。中国の半日感情に火がついている。わしは日本の将来が心配じゃ。日本は、日英同盟によって中国で漁夫の利を得ようとしている。軍国主義はわれわれ患者の敵だということをお前たち、胸にとどめておくがいい」

 さやは、こずえと知り合いになれたことを改めて喜んだ。こずえは、力になると約束した。

つづく

 

 

 

 

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2024年8月30日 (金)

人生意気に感ず「10号の中、重監房へ。伊勢湾台風を思いつつ。飲酒運転の衝撃。革命広場で最初の金」

◇今午前2時半、外は静かである。耳を澄ますと柿の葉を打つ微かな雨の音。今日は草津に向うので昨日から台風10号に注意している。草津は重監房資料館である。雨に煙る八ッ場ダムが目に浮かぶ。ジョギング並みの10号は行き先をはっきり示さずやきもきさせる。遠く離れているが油断できない。10号の特色は離れた地域に大雨を降らせるからだ。愛知県蒲郡市では27日、土砂災害に家族5人が巻き込まれたがこの時10号は鹿児島県奄美大島沖にあった。各種報道は台風一色である。最強とか最強に近いと表現されている。最強といえば1959年の伊勢湾台風を思い出す。9月10日5,200人余の犠牲者を出した。政治の騒乱と大災害は不思議に重なる。岸内閣の時で安保反対の動きは最高潮に達していた。愛知県の生き埋め救助は懸命である。救助隊の覚悟と執念が埋もれた人の運命を分ける。救助隊は車のエンジンを全て切って隙間に声をかけ気配をさぐった。2001年9月11日のニューヨーク同時多発テロの救出劇を思い出した。「反応があったぞー」救助隊員の声が響いた。

 30度を超す海水温が台風のエネルギー源となっている。この温暖化を引き起こしたのは人間である。手遅れの声が聞かれる中で私たちは成し得る最大限のことをしなければならない。

◇5月6日の伊勢崎市国道上の酒気帯び運転の悲劇は世の中を震撼させた。常習で多量の酒を飲んでいたことが窺われた。3人の命が奪われた。裁判の過程で事実は明確になるだろう。専門家によれば懲役20年から30年という。酒のみで車は凶器になる。3人の命を奪い自分の人生も棒に振った。県警はこの事件を受け県内3カ所の国道で飲酒運転検問を実施。トラック運転手を対象としたもので飲酒運転はなかったと言われる。事故直後ということもあるのか。あるトラック運転手の話を聞いたことがある。検問は滅多にしないので疲れを紛らわすため結構呑んで運転しているというのだ。今回の運転手につき常習性が窺われることからこの話を信じたくなる。

◇障害者スポーツの最大の祭典が革命の舞台コンコルド広場で始まった。大会組織委員会長は「パラリンピック革命だ、皆さんが改革者だ」と語った。共生社会、多様性の尊重を理念に掲げる。フランス革命は人間の尊厳を生み出した。障害者が自分の存在を満開させることはフランス革命に繋がる。鈴木孝幸選手が片手で水をかき最初の金を得た。棒のような片手が輝いて見えた。(読者に感謝)

 

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2024年8月29日 (木)

人生意気に感ず「パリパラの開幕と障害者への理解。裏金と堀井議員の辞職と香典の怪」

◇いよいよパリパラの開幕である。29日未明、開会式はコンコルド広場である。障害者スポーツの祭典は共生社会の実現を目標に掲げる。それは障害の有無の垣根を越えて誰もが認め合う社会。本県からは3人が出場。陸上の唐沢、競泳の由井、サッカーの園部である。視覚障害の唐沢剣也は1,500mと500mの2種目に出場。

 セーヌ川で開会式が行われたパリ五輪の熱気は冷めない。パリ五輪のテーマは多様性であった。多様性とは全ての人の特色や個性を尊重することで、それは人権の尊重であり民主主義の基盤でもある。パリ五輪では肌の黒い人の活躍が目立った。聞いたこともない小さな国や地域の存在に驚いた。

 この多様性を最も象徴的に発揮するのがパラリンピックである。今、午前3時30分、シャンゼリゼ通りを車イスの人々が進む。弾けるような笑顔には障害の暗さは微塵も感じられない。

 日本選手団の団長田口亜希さんは豪華客船の乗組員だった。脊髄の血管の病気で車イスの生活に入った。この人は語る。「東京大会を機にパラスポーツに関する報道は増え、世間の理解も深まったと感じる。街中の人の障害者を見る目が柔らかになった」と。この動きはパリパラで一層大きくなるに違いない。

 開幕式の最後はフランス勢だった。マクロン大統領も姿を現し、選手たちを称えた。

◇自民党派閥の裏金事件を巡り、堀井議員が辞職した。堀井氏は「選挙で託された1票を踏みにじる結果になった。全て私の順法精神の欠如が原因。深くおわび申し上げる」と表明した。

 自民党内からは河野氏が裏金問題の政治的責任を追及する姿勢を示したことに対し反発の声が上がっている。国民世論は裏金問題が解決したとは思っていない。堀井氏が略式起訴され議員辞職したことで世論は更に厳しくなるに違いない。堀井氏の事務所関係者は「違法な香典に裏金が使われていた」と供述している。東京地検特捜部は悪質性が高いと批判しているもようだ。堀井氏はリレハンメル冬季五輪スピードスケートで銅を得た。事務所内で香典提供の違法性が指摘されたのに「慣例としてやってきた。いきなり止められない」として秘書らに続けることを指示した。香典の額は1万~数万と言われる。私の議員生活の経験からすればおよそ考えられないことだ。香典を受け取った方も厳しく調べられているに違いない。堀井氏は北海道の比例区で当選を重ねた。途方もなく広い選挙区でどの位の香典を配ったのか興味が湧く。政治不信は収まりそうにない。(読者に感謝)

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2024年8月28日 (水)

人生意気に感ず「火山防災の日に思う日本のポンペイ。鎌原観音堂の衝撃。夫以外の精子による人工受精の闇」

◇8月26日は「火山防災の日」。国内には111の活火山があり、過去には想像を絶する災害が生じたが地震と比べ国民の関心は低い。様々な状況を想定して災害に備えねばならない。その関心を高めることが火山防災の日の目的。本県には5つの活火山がある。最大のものは浅間であり1783年の爆発は犠牲者1,600人以上という未曾有の災害を生じた。鬼押し出し園では防災訓練が行われた。私は日本のポンペイと言われる鎌原村の出来事に思いを馳せた。観音堂に至る石段の麓に立つ標柱には「天明の生死を分けた十五段」とある。熱泥流に追われて必死で石段を這う人々の姿が甦る。鎌原の住民570人のうち生存者93人。生き残った人々は地域の有力者の指示で男女の組み合わせがなされ新しい夫婦が次々に誕生していった。この村では家柄などの差別が厳しかったが、そういう今までのいきがかりは一切捨てて縁組みがなされたという。記録には結婚式に櫛が寄付されたとある。せめて花嫁の姿を作ろうとしたの心情が窺われる。人々を説得した最大の力は大自然の脅威であった。天地は鳴動を続け山の動物は狂ったように走り遂に吹き出した熱泥流は時速100キロを超える勢いで迫った。人々は大自然の中に神の存在を感じたことだろう。村人が語り継ぐ大和讃の一節には「隣村有志の情にて、妻なき人の妻となり、主なき人の主となり」とある。事実は小説より奇なりという。正にその通りである。あれからおよそ240年。現在魔の山は無気味に眠っている。体内に溜めたマグマに揺り動かされて目を醒す日は近いかも知れない。火山防災官は過去の例から降灰は山の東側に向う。高崎市なども数十センチの降灰が見込まれると説明する。「火山防災の日」が出来たことを機に日本のポンペイをリアルな教材として教育の場で甦らせるべきである。

◇夫以外の精子による人工受精の記事に衝撃を受けた。慶応大病院で行われていたことが昔から知られていた。多くの大学病院で行われていると言われる。提供された精子に深刻な遺伝病が隠されていた例が報じられている。ある母親は「だまされた。不良品をつかまされた」と嘆く。また遺伝上の父親が他にいることを知ったある人は「私は誰なのか。子どもが欲しいという願望を満たすためにつくられた人間なのか」と悩む。自分の出自を知りたいと望む人を守るべきだ。当時者は精子を何年保存して誰に使ったという記録を残すべきだと主張する。法規制がない現実は許されないだろう。(読者に感謝)

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2024年8月27日 (火)

人生意気に感ず「大谷の快挙と日本人の海外進出。サイパン陥落と日本の運命。中国人フルマラソンに。私のかかり付け医。総裁選の世論調査」

◇新聞でもテレビでも「40-40」の叫びが。本塁打と盗塁の数である。大谷の快挙に私も快哉をさけぶ。「通過点だ」、解説者の言葉を吹き飛ばすように早くも41号の達成。アメリカには勝てないという先入観を持つ戦中派の私はスタンドに突き刺さる弾丸ライナーの軌跡を格別の思いで仰ぐ。今の若者は進取の気概がないと嘆く人は多い。大谷の活躍はその認識を改めさせる。日本人もここまで来たとの感を抱く。グローバル化が進む中日本人の海外進出は増えている。その先頭に立つのが大谷である。

◇敗戦から87年のこの夏太平洋戦争の記録がしきりに報じられる。先日、NHKのサイパンの戦いを観た。1944年、サイパン島の攻防は日本の運命を決するものだった。アメリカは長距離爆撃戦B・29を完成させていた。サイパンを取ればここを拠点に日本列島の攻撃が可能になる。99歳の元米兵の証言もあった。この年7月サイパン島守備隊は全域。翌1945年3月6日B29によって東京大空襲が行われた。そして4月米軍は沖縄本土に上陸。サイパンの陥落は日本軍の終わりの始まりであったのだ。

◇11月3日のぐんまマラソンが近づいた。その直前私は84歳を迎える。毎日約2キロのコースを3回走っている。体力の衰えを感じつつ私が目指す10キロを制限時間で走ることはかなり難しい。覚悟して臨もうと思う。今年は中国貴州省の人が4人参加する。群馬県日中友好協会に連絡があり私は実現に努力した。驚いたことはこの4人はフルマラソンへの参加である。かつて貴州省の市街を走ったことを思い出した。中国人の走る姿は話題を呼ぶだろう。

◇私には優れたかかり付け医が居る。定期的にチェックしてもらっている。先日、心電図・肺のレントゲン・血液その他を細かく調べ全ての項目が良好で「この年で」と先生は驚いていた。〈走っているからか〉と秘かに思った。この医師には懐かしい思い出がある。昔週一で家庭教師をしたが非常に優秀で、私は課題を出して居眠りしていることが多かった。医学の進歩は目覚ましいが信頼できる医師である。

◇次の自民党総裁で誰がふさわしいかの世論調査で、石破・小泉氏がトップ21%に並んだ。そして高市氏8%、上川氏6%、河野氏6%、小林鷹之氏5%、林官房長官1%、斉藤経産相0%などである。自民党支持層の中では小泉氏28%、石破氏23%、河野氏8%、小林氏5%などとなっている。これらのデータはどれ程実態を反映するのか、今後どう変化するのか興味がもたれる。(読者に感謝)

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2024年8月26日 (月)

人生意気に感ず「ハリス氏の凄まじさ。それに応える熱狂の民衆。県外大規模災害と藤岡市の対応」

◇ハリス氏の大統領指名受諾演説の衝撃。「我々は戻りたくない」、「この選挙戦は未来のための戦いであり、この国は前に進む準備ができている」、黒人女性でありアジア系として初めて大統領候補に指名されたカマラ・ハリスの姿はドラクロアが描く民衆を導く自由の女神のようであり民主党の聴衆は熱狂的に応えた。党大会は中西部のイリノイ州のシカゴで、副大統領候補ウオルズ知事の出身地はミネソタ州である。ウオルズ氏が持つ素朴で実直な中西部の雰囲気をアピールする狙いとされる。

 バイデン対トランプの状態では総じてトランプが優位に立ち、公開討論会のバイデン惨敗後は「ほぼトラ」とまで言われた。それがカマラ・ハリスの出現による巻き返しは凄まじく、ハリス氏の選挙集会は毎回記録的な数の聴衆であふれかえっているといわれる。しかし勝敗は激戦7州の動向で決まる。7州とはペンシルベニア、ミシガン、ノースカロライナ、ジョージア、アリゾナ、ネバダ、ウィスコンシンの各州である。この中でペンシルベニア州はアメリカの歴史を象徴する重要州である。州の最大都市フィラデルフィアは独立宣言公布の地でアメリカ発祥の地とも言われるからである。

 ハリス氏勝利の最短の道はラストベルト州、つまり錆びた工業帯、ペンシルベニア、ミシガン、ウィスコンシンの各州で勝つことである。繰り返すがペンシルベニア州は民主主義の原点なのだ。ハリスは受託演説で強調した。「我々は世界史上最高の民主主義を受け継いでいる。世界最大の特権に伴う壮大な責任を維持しよう。それは米国人であることの特権と誇りだ」と。この訴えの実現は目前の大統領選の勝利にかかっている。その瞬間を全世界が固唾をのんで見守っている。私もだ。

◇県外大規模災害は確実に近づいている。すは南海トラフかと衝撃が走ったばかりだ。そのような時群馬県が取るべき対応は何か。「安全神話にあぐら」と言われる状況を利用して他県の危機に手を貸すことは多い。藤岡市は市内3施設を被災者の避難所に充てると発表。被災自治体から広域避難要請があった場合の対応である。「地域づくりセンター藤岡」など3施設合計200人を収容可能という。藤岡市は現在全国110自治体と災害時応援協定を締結。事前に具体的な避難所を決めておく必要を痛感して今回3施設の決定になったという。東日本大震災は要請を受けてから収容先を決めたため手間取った。これを全県で参考にすべきである。(読者に感謝)

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2024年8月25日 (日)

死の川を越えて 第30回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 老人は少し考えて続けた。

「このノルデンシェルドはな、草津の共同浴場で、ハンセン病の者も、普通の人も混浴している姿を見て、大変驚いている。社会の発展と、こういう人たちが温泉の良さを発表した影響は大きかったに違いない。こうした事情で草津は、新しい繁栄期を迎えるのじゃ。そして新しい客層が増える。新しい旅館経営者も増える」

「新人は草津の習慣を嫌う。ハンセン病を怖がる。そこでハンセン病の患者は分ける、という声が高まったのですね」

「営業の妨げとなる。ハンセン病患者は出て行けだ」

 正男と権太が次々に声を上げた。

「その通りじゃ。営業上の理由からハンセン病患者を温泉街から締め出しにかかったのじゃ。草津の歴史は古い。その中で人々は、ハンセン病を恐れない習慣を作った。恐らくハンセン病がうつらないことを経験から学んでいたといえよう。そうでなければ同じ湯に入るなどできるものか。肌を触れ合うようなものだ。それに、われわれの風貌を恐れないというのも意味が深い。草津の人々は、ハンセン病の差別と偏見を無意識のうちに乗り越えようとしていたのではないか。ノルデンシェルドがハンセン病患者との混浴を見て戦慄したというが、この人が驚いたことにはもっと深い意味があって、偏見や差別を超えた姿に度肝を抜かれたのではないか。わしは、そう信じたい」

 万場老人が言葉を止めた時、戸外に足音が近づいた。こずえであった。一歩踏み入れて、さやを見ると言った。

「こんにちは。あら、お久しぶりね」

「いつぞやは大変お世話になりました。これからもよろしくお願いします」

さやは丁寧に頭を下げた。

 

つづく

 

 

 

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2024年8月24日 (土)

死の川を越えて 第29回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 大正5年は西暦で1916年。2年前に第一次世界大戦が勃発した。これはドイツを中心としたその同盟国とイギリス、フランス、ロシアなどとの戦いだった。日本は日英同盟を理由としてドイツに宣戦布告し、中国におけるドイツの根拠地を占領、そのほかドイツの利権を強引に継承する動きに出た。

 中国に二十一カ条の要求を承認させたことで、中国の民衆の半日感情は一層激化した。中国へ強引に進出する動きは、日本の運命を誤った方向に導くことになる。そして、軍国主義の激しい渦の中にハンセン病の人々は巻き込まれてゆく。

 大正6年のある日、正助たちは久しぶりに万場軍兵衛を訪ねた。正助のそばに座るさやの姿には、新妻の雰囲気が漂っている。それを見て万場老人が言った。

「若いというのはいいものじゃな。は、は、は」

「さやちゃんも勉強したいと言うので」

「おお、それは感心じゃ。これからは、女が学ばねばならぬ時代なのじゃ」

「さやちゃんは、この湯の川地区ができたいきさつを知りたがっています。前に、ハンセン病患者の光ということを教えてもらいましたが、その時、村から追われるようにしてこの集落ができたようなことを言われましたね。そのことを俺たちもっと深く知りたいのです」

 正助がこう切り出したとき、権太が言い出した。

「うん、先生、俺も知りてえ。昔は、本村の病気を持たねえ人と一緒に風呂に入っていたという。それが何で追われたんですか」

「権太、お前が不思議に思うのも無理はない。よい機会じゃ。昔のことを話そう。それを知ることが、この集落を守り、偏見と闘う原点となる」

 万場老人はきっぱりと言った。そして、後ろに手を伸ばし、古い書き付けを引き寄せた。万場老人は書き付けをめくりながら語り出した。

「この草津は昔から有名だった。明治の初め、明治12年頃かな、スウェーデンの人物で地理学者のノルデンシェルドやドイツの医学者ベルツも草津を訪れている」

つづく

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2024年8月23日 (金)

人生意気に感ず「サイパンからのラジオ放送を秘かに聞いた東大教授。知覧へ行きたいと早田ひな。糸川博士」

◇深夜のテレビでNHKの太平洋戦争ドキュメントを観た。その中である少女がアメリカの飛行機から撒かれた投稿をすすめる文を見た場面がある。文には安全を約束するとあるが少女は語る。「女はいたずらされて引き殺されると教えられていた」と。アメリカの作戦として大量のビラが撒かれていたこと、それを読んだ人がこの少女のように信じなかったことも事実であった。しかしアメリカの流す情報を冷静に分析していた一人の学者がいた。東大法学部の川島宣教授である。ドキュメントは多くの若者が特攻で散っていく場面を描いているが冷静な情勢分析に基づく政策が実行されたならと改めて考えさせられた。川島教授は私の学生時代特別の関係をもった人であった。

 戦争の末期サイパン島から中波のラジオ放送が発信されていた。これを聞くことは厳禁されていたが教授は相模の山中で秘かにこれを受け止めていた。それは驚くべき占領政策を語っていた。つまり「占領したら徹底的に民主政策を実行する」というもので古い憲法体制をなくして民主主義体制にする、社会生活の民主化を促進する、労働運動を自由にする、農地改革を行うなどだ。初めは半信半疑で聞いていた教授は次第に信ずるようになった。さすがは優れた社会科学者だと思った。

◇日本軍の特攻作戦に関しなぜ実行したかを考え運命から逃れられなかった多くの若者の心中を想像した。ここで、パリ五輪、女子卓球で2つのメダルを得た早田ひなの発言が話題を呼んでいる。パリから帰国後行きたい場所はと問われ、鹿児島県の知覧特攻平和会館をあげた。あどけない美少女と特攻隊がどうして繋がるのかと不思議に思った人は多いだろう。私もその一人だった。彼女は言う。「資料館に行って、生きていることを、そして卓球を当たり前に出来ることが当たり前じゃないっていうのを感じたい」と。早田は成績も良く、社会科が特異だったというから知覧資料館のことも知識として知っていたということで特攻を讃美することとは関係ないに違いない。パリ五輪で対戦した中国選手がこの発言に反応したことが報じられているが誤解か気の回し過ぎだろう。知覧は私も行きたい所。早田さんには是非行くことを勧めたい。

◇日本初の超小型ペンシルロケットが航空宇宙技術遺産に認定された。日本のロケットといえば糸川博士。「逆転の発想」で知られる博士の行動に少年の頃から注目してきた。ペンシルの様で水平に発射する実験だった。正に逆転の発想だった。(読者に感謝)

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2024年8月22日 (木)

人生意気に感ず「トランプの焦り。バイデンの演説に総立ちの人々。小泉氏の女性スキャンダル。父との比較」

◇実業家のイーロン・マスク氏を閣僚にというのはトランプの焦りを示すものと思っていた。しかし民主党の怒濤の勢いの中で今度は民主党のケネディを閣僚にと言い出した。呆れると同時にトランプがパニックに陥っているような感を抱く。

 バイデン大統領のお別れ演説に会場では数分間のスタンディングオベーションが起きた。「自由と民主主義のために投票する準備はできているか」と問い、「トランプを打ち負かす必要がある」と力強く訴えた。「私たちはアメリカ合衆国だ。結束すれば不可能なことはない」と締めくくった。

 オバマ元大統領は「アメリカは新しい章の準備が出来ている」と語り、ミシェル・オバマ夫人は「アメリカに希望が戻ってきた」と訴えた。元国務長官ヒラリー・クリントンは女性の社会進出を阻む「ガラスの天井」に言及しハリス氏の挑戦について「ガラスの天井を決定的に打ち破る直前まで来ている」と語りハリス氏支持を呼びかけた。これらの人々のメッセージは多くの人々の胸を打つに違いない。特にトランプの危険性に不安を感じる人々を動かす筈だ。22日にはハリス氏の指名受諾演説が行われる。11月5日は目前である。歴史の巨大な歯車が回ろうとしている。そして新しい扉が開かれるのだ。

◇小泉進次郎が総裁選で大きな可能性をもって語られ出した。菅・森両元首相などが推しているとみられている。現在最も求められるのは新鮮さなのに「傀儡」のレッテルを貼られかねない。これまで軽率と見られる発言も指摘されてきた。大丈夫なのかの声も少なくない。週刊文春の最新号を読んだ。「重大リスク」としていくつもの問題点を取り上げているが、最大のものは女性問題。元復興庁職員、女子アナ、人妻実業家など華麗な女性遍歴から永田町のドンファンと称されたという。文春が今この問題を大きく取り上げるのは自民党の総裁を目指す者は政治の信頼を問われるからである。裏金が騒がれた。女性の乱れた関係はそれ以上の重大事。求められるクリーンさと新鮮さは人間の信頼性に支えられたものでなければならない。それを追求することが週刊誌の社会的使命と考えている筈だ。裏金の汚れた海を泳ぎ抜いて次代のリーダーになる者は誰か。小林鷹之氏との決戦も話題になっている。父親で元総理の小泉元総理には、一筋の道を激しく貫く武士道を感じさせるものがあった。つい親子を比較してしまう。大丈夫なのか。(読者に感謝)

 

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2024年8月21日 (水)

人生意気に感ず「沸き立つ民主党大会。ハリスの勢いは本物か。ペンは剣より強し、ペンクラブの存在意義は」

◇世紀のイベントが開幕した。民主党大会だ。舞台は中西部イリノイ州シカゴ。トランプ氏との対比に沸き立ち、「もしトラ」、「ほぼトラ」の空気は吹き飛んだ。バイデン大統領の涙を拭う後ろ姿は彼の胸中を想像させた。目の前の興奮の渦は何を物語るのか。自らの決断が歴史の一頁を開いたことへの感慨に違いない。民主党のテーマは「我々の未来のために」。新世代の候補者であることをアピールするのが狙いである。オバマ氏の選挙運動に携わったピーター・ジアングレコ氏は言う。「民主党の支持層は激しく奮い立っている。この党大会で更に無党派層やトランプ氏に不満を持つ共和党支持者らの支持を取り込めるかが大きな課題だ」と。

 マスコミはハリス氏の興味ある逸話を紹介している。養父の性的虐待で苦しむ親友を自らの屋敷に住まわせ助けた話である。この親友は語る。「ハリスは正しくないことにためらわずに声をあげる勇気を持っていた。今こそ女性大統領を生み出す時だ」と。党大会にはバイデン氏の他、オバマ、クリントンの両元大統領、ヒラリー元国務長官らも登場する。オールスター戦である。その成果に全世界が注目している。

◇「ペンは剣より強し」という諺がある。私はペンクラブの会員の自覚をもってペンを握る。国際情勢の雲行きが怪しい時、ペンクラブとして発言することは当然である。この度日本ペンクラブは桐野夏生会長の名で米国の臨界前核実験に抗議する声明を出した。アメリカはこのところ続けてこの実験を続けている。国際社会では核軍縮、不拡散の機運が高まり2021年には核兵器禁止条約が発効している。こういう状況での臨界前核実験の実施は条約の趣旨に反する。会長声明は次の点を強調する。「私たち日本ペンクラブは、終戦の日にあたって、日本が周辺諸国と諸地域の人々に与えてきた戦争の惨禍を深く反省するとともに、あらゆる核兵器の開発、実験に反対します。私たちは相次ぐ米国の臨界前核実験に強く抗議すると同時に核兵器を所有する諸国と諸国民がこれに追随することなく、核廃絶を求める国際的な動きに合流し、努力されるよう強く訴えます」。「ペンクラブって何」、「何をしているの」という声が多く聞かれる。それに答える意味でタイムリーなこの抗議声を紹介するものである。

◇小泉進次郎氏が総裁選立候補の意向を固めたことに注目する。菅元首相、父親の小泉首相がバックアップすると思われる。小林鷹之と共に新しい流れが生まれそうだ。(読者に感謝)

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2024年8月20日 (火)

人生意気に感ず「面白くなってきた大統領選の行方。夫以外の精子による人口受精の衝撃。酷暑と動物愛護」

◇アメリカ大統領選が面白くなってきた。「ほぼトラ」の局面が大きく反転しているようだ。アメリカ社会の複雑な閉塞感を抜け出すためにトランプ氏の特異な性格に期待する面もあったと思われる。バイデン大統領のヨタヨタぶりは誰の目にも救い難いものに映った。そこに颯爽と登場したのがカマラ・ハリス氏である。黒人女性という要素を初めとしたキャラクターには時代の潮流に合致したものがある。アメリカの大統領は世界の動きに結び付くだけに救いを感じる。

 11月5日が刻々と近づく。7つの接戦州の動向が勝敗を左右する。直近の世論調査ではそのうちの5州でハリス氏が上位に立った。トランプ氏は執拗に個人攻撃を始めた。彼の異常性を現すもので身内の共和党からも批判が出ている。今月のふるさと塾は「米大統領選、トランプ対ハマス」がテーマ。8月31日(土)で既に通知を出した。飛び入り歓迎である。

◇人口受精に関する衝撃の報道である。坂口元厚労相は自らの提供を証言。実名での証言は極めて異例で国内では初めて言われる。晩婚その他の事情で不妊治療として人口受精を求める女性は多い。しかし夫以外の精子の使用(AID)は深刻な問題と結び付く。人間の存在を決定づける上で遺伝的要素は極めて重大だからである。精子には代々受け継がれた遺伝情報が込められており深刻な可能性も有り得るのだ。そこで提供者は優秀な男性に限定するとして昔から特定の大学の生徒を対象にしてきた。しかしこの基準は非科学的でいい加減なもの。私は昔から放任することに疑問を持ってきた。AIDの実施は慶応医大など7大学病院が実施してきたと言われ、坂口元厚労相はその一つである三重県立病院の生徒だった。坂口氏によると大学は他の学生にも募集した。将来問題にならないかという学生の質問に、大学は「めったに成功しない。相手側に名前を明かすことは絶対にない」と告げたと言われる。恐らく非常に多くの実施が秘密裏に行われてきたに違いない。現在超党派の議員連盟で生殖補助医療の法制化が議論されている。人権の問題であると同時に前記のように遺伝と結び付く深刻な事態だから国会を中心にして深く議論すべきだ。

◇酷暑は人間よりも動物に打撃となっているに違いない。我が家の柴犬さんたも元気がない。酷暑を作りだしたのは人間の仕業である。その上飼われている動物は人間の好みの犠牲になっている。だから動物愛護の点に重点を置くべきである。それは社会全体の課題である。さんたに水をかけると嬉しそうに体を振り陽光に虹ができた。(読者に感謝)

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2024年8月19日 (月)

人生意気に感ず「台風7号を機にキャスリン台風を振り返る。富士見村の凄さよ。農民は濫伐を訴えた」

◇台風7号は関東に接近し無気味な力を見せつけ太平洋の彼方へ去っていった。瞬間最大風力60m、鉄骨が入った電柱や一抱えもある大木をなぎ倒し走るトラックをも転がす程の凄まじさであった。前橋を中心とした群馬も暴風に曝されるかと身構えたが事無きを得た。「安全神話にあぐら」という言葉がある。7号の出現は天の警鐘に違いない。振り返れば私たちも巨大災害に見舞われてきた。この警鐘を生かすために昭和22年のキャスリン台風を見詰めたい。

 カスリンの襲来は昭和22年の秋、私は宮城村の鼻毛石の小学校1年生だった。通学路の二つの川は岩をかむ激流で、帰路私の通過後落ちた。赤城山を中心に降った雨は宮城村では10人の死者を出したが富士見の惨状は想像を絶するもので死者は200名を超えた。

 当時の村人は体験を記している。目の前の本物と対峙している凄さが伝わってくる。「水がうんと来たよ」女の子が狂気のように叫ぶ。「皆、2階へ上がれ」と父が怒鳴る。小さい子を背にして必死で2階に上がり前方を見ると部落の家々は盛り上がる山のような水に呑まれてしまった。流されていく人々が見えた。前橋の日輪寺や下小出まで流されて助かった人もいる。私は東日本大地震の大津波の光景を想像する。

 当時の新聞は記す。要点を拾うと「赤城の大洞に源を発し川幅五米、水流は僅か一米に足らぬという白川、これが富士見村を流れる唯一の川で、また今度の被害のもとだ。連日の500ミリにも及ぶ豪雨に赤城山は耐えられずあらゆる水をここに流し白川が増える一方になった。ついに白川は崩れ始め山のような怒濤は多くの犠牲を呑んだ」

 また当時の北野知事は富士見村の惨状に胸打たれ災害復旧に全力を尽くすと同時に一般県民の絶大な協力を要望し次にように述べた。

「19日に開かれる知事会議に本県の甚大な被害状況を報告し、中央当局の善処を望むつもりだ。また、県下の羅災地については手分けで調査し対策を講じ17日現在の報告をまとめ、副知事から関係各省へ陳情する」、また当時の平野農相は、北野知事の案内で富士見の水害地を視察し農民から森に関する重要な質問を受けた。「今度の災害は山林の濫伐過伐にあると思うが本県のようないわゆる水源地の治山治水は全て国費でやってもらいたいがどうか」これに対し農相は「計画書が県から提出されれば農林省から予算案を提出し国家的事業として行いたい」と答えた。さすが船津伝次平の出身地の農民の質問だと感心した。(読者に感謝)

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2024年8月18日 (日)

死の川を越えて 第28回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 正助とさやを喜ばせたのは、山田屋の主人の計らいで、新郎、新婦の衣装を整えたことである。花嫁姿となったさやは見違えるようであった。

 さやは、福島の古里を思って涙を落とした。自分を追った農村の風景が一瞬頭をよぎる。

「さやさんきれい」

 こずえが思わず叫ぶ。

 神職が祝詞を上げ、2人が夫婦であることを宣言した。三三九度の杯を上げると、人々の明るい笑顔が社にあふれた。正助の胸には万感迫るものがあった。

 

五、時代の風

 

 時代は内外ともに激しく動いていた。そうした政治、社会状況はハンセン病患者に対しても影響を与えた。国のハンセン病対策は予算に関わることであり、景気や国防費に左右されたからである。

 また軍国主義の機運が高まる中で、ハンセン病に対する偏見と相まって、この病気が「聖戦」を汚す国辱ととらえる傾向が生まれ、このことが偏見を助長するという悪循環につながったからである。

 イギリス人宣教師、マーガレット・リーが湯の川地区でハンセン病患者の救済活動に入ったのは、大正5年のことであった。そおきっかけは、前記のさやのような少女の保護があった。男性患者の争奪の的となった患者の少女を憐れみ、湯の川地区の陽春館の一室を借りて保護したのである。

 マーガレットは、翌年にも同じような立場の少女3人を保護している。このような状況を考えた時、仲間の正助に助けられ、喜びを共有できたさやは幸せであった。マーガレットはその後、莫大な私財を投入して病院をつくるなど、キリスト教に基づく救済事業として展開していく。

つづく

 

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死の川を越えて 第28回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 正助は早速動いた。権太と正男に相談すると、2人とも「応援するぜ」と言った。仲人役の男も正助の情熱に反対する理由はなかった。さやは大変な喜びようだった。

「正さん、あたしうれしい。ありがとう」

「湯川に飛び込まなくて済んだね」

 2人は固く抱き合って離れようとしない。正助はさやの胸の鼓動を受け止め、頬の温かさを感じ取って、これが生きることだと噛み締めたのであった。

 それからしばらくしたある日、権太と正男が正助の前に立っていた。そして、正男が言った。

「正助、お前、本当にさやちゃんが好きか」

「そうだよ。ならどうした」

「そのままにしておくのはよくないと思うぜ。集落では、あれは正助の芝居ではないかとうわさする者がいるんだ」

「芝居でなんかあるものか」

 正助がむっとした声で言った。

「それなら、ちゃんと嫁さんにしろよ。難しいことねえだろう」

 権太が言った。

「うーん、所帯を持つのは大変だと思うが」

「家を持つことは後でもいい。正式に嫁さんになったことを集落に知らせることが必要だ」

 こう正男が言うと、権太が一歩踏み出して笑顔をつくった。

「ご隠居さんに仲人になってもらえ。式は頼朝神社がいい」

 3人が万場軍兵衛を訪ねて意見を聞くと大賛成であった。

「頼朝神社とは、お前たちよく考えたな。あそこは集落の氏神だし、源頼朝を祭った点もよい。頼朝は新しい武士の時代をつくった男。2人はこれから闘いの人生を始めるのだ。頼朝が2人の将来を勇気付けてくれるだろう」

 話は一気に進んだ。老人1人が仲人ではよくないというので、こずえが役割を担うことになった。参加者は権太と正男を中心とした数人の若者、それに正助とさやが働く山田屋、大津屋の主人であった。主人たちは、住まいについてはいずれ2人で暮らせるように考えるからしばらく待てと言ってくれた。

つづく

 

 

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2024年8月17日 (土)

死の川を越えて 第27回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 「えー、何だって」

 正助は大きな声で叫んだ。さやは、わあと泣き伏せた。やがて意を決したように顔を上げぽつりぽつりと語り始めた。

 湯の川地区には患者同士が結婚することが多く行われていた。同病相哀れむと言われるが、ハンセン病の場合、世間で差別され迫害され、神も仏もない、明日なき人生を生きている人々であるから、同病の男女が求め合うのは当然と言えた。

 しかし、無理な結婚を強いられる状況も多かった。ハンセン病の発症率はどういうわけか女性の方が低い。だから女性の患者は男性と比べ少なかった。

 従って、男にとっては競争相手が多く、次は誰と順番をつけて待ったと言われる。だから若い女性の患者が集落に入ると、取りっこで大変であった。

 もちろん、建前は強制でなく一応仲人のような人が間に入って話を進めるが、重い病をかかえ、先の望みを捨てた少女たちの立場は弱く、断ることはできない。

 さやが今、そういう状況に立たされているというのだ。さやの相手は年が離れ、顔は黒いかさぶたが重なった容貌の男であった。

 

「あたし、湯川に飛び込んで死にます」

 さやの表情には、それが本心であることを示す思い詰めた決意が表れている。重苦しい沈黙が続いた。じっと考えていた正助が顔を上げて言った。

「さやちゃん、待てよ。死ぬことはない。よい考えがある。入れがその仲人に会って話をつけてやる。悪い習慣だけれど破るには理由が要る。そこでだ。いいかい、おれはさやちゃんが好きで、将来一緒になりたいと言おうと思う。さやちゃん、それでいいかい」

 正助は、目の前のさやから話を聞くうちに、心の底にあったさやへの思いが一気に燃え上がるのを感じていた。

「わあー」

 さやは正助の膝に泣き崩れた。さやの胸にも正助への思いがあったが、まともな恋など望むべくもないという諦めが重圧となって心の叫びを抑え込んでいたのだ。今、熱い激情が心のふたを吹き飛ばしたのであった。

つづく

 

 

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2024年8月16日 (金)

人生意気に感ず「総裁選の意義。野党の力なさ。南海トラフの危機は減らない。戦没者追悼式に若者を」

◇国乱れて群雄割拠す。群雄というにはスケールが足りない面々だが政治の舞台はそれを求めている。県内各党にも衝撃が伝わっている。自民党県連会長小渕氏は総裁選に向け変わっていく姿を示せなければ党の再生はないと危機感をあらわにした。また立憲民主党の後藤会長は野党が政権担当能力があることをしっかり示す必要があると強調。その通りだがお題目を唱えるだけに見える。野党の力は余りに弱く政権担当能力はゼロに近い。

 自民総裁として求められる第一の要素は「刷新感」である。最大の課題である国民の政治不信を乗り越えていかねばならないからだ。注目されているのは石破、河野、小泉の3氏。このうち選挙の顔として期待されるのは43歳の小泉進次郎元環境相である。父親の小泉元首相と重なるがあの突破力と破壊力があるか未知数である。現在権謀術数がめぐらされているに違いない。

◇南海トラフ臨時情報の呼びかけは15日で終わった。そして政府は普段の生活が出来ることを表明している。危機は去ったと受け止める人は多いだろう。しかし大自然は人間が線を引くように単純ではない。南海トラフの巨大地震が迫っているという従来の実態は変わらない筈。宮崎県沖の今回の「6弱」は大自然の「更に近いぞ」というシグナルに違いない。過去には数ヶ月から数年後にM8.2やM8.4などが起きた例がある。数年などの期間は、大自然にとって一瞬である。観光事業へのマイナス効果を考えているふしがあるが生命第一で行かねばならない。政治の混迷と重なった。政治の第一の使命は国民の安全である。国会が機能不全に陥って久しい。新しいリーダーはこの国難に政策とビジョンで立ち向う気概を示すべきだ。

◇終戦から79年の15日、群馬県戦没者追悼式が行われた。県遺族の会代表は「戦争の悲惨さと平和の尊さを孫、曾孫の世代に永遠に語り継ぐことを誓う」と挨拶。この挨拶を踏まえる時、この式典に若者が参加する意義は大きい。二人の高校生は「平和な社会が継続していくよう努力し続ける」と誓った。今年の式典は高校生が他に6人参加した。私は県会議員の時、多くの高校生が参加することの意義を強調し提案したことがあった。高校生に戦争の悲惨さを実感させる最も良い機会なのだ。多くの高校から大規模に参加させるべきである。ぐんまアリーナの会場で総勢317人。参加者の多くはどのような心で犠牲者を受け止めているのか。大胆に発想の転換を計るべきだ。(読者に感謝)

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2024年8月15日 (木)

人生意気に感ず「岸田首相の退陣に思う。故前田洋文先生のこと。終戦の日に鈴木貫太郎を思う」

◇ビッグなサプライズである。14日、岸田首相が退陣を表明したのだ。街には号外も出た。ニュースは列島はおろか世界を走った。改めて日本の存在感を思う。世情を現すキーワードは「裏金」。政治不信は極点に至り、国会は機能不全に陥り、国民の怒りは爆発寸前だった。

 政治家は引き際の姿によって価値が決まる。首相は言った。「組織の長としいて責任をとることにいささかの躊躇もありません。新たなリーダーを一兵卒として支えていきます」。また次の点も強調した。「国民の共感を得られる内閣をつくらねば」最大の課題は「新たなリーダー」の存在である。現実の問題として野党に人材が乏しいことが誠に残念である。次のリーダーは自民党から選ばれるに違いない。早速国会議員の推薦人20人を集めることで動きが始まっている。政治の舞台はグローバルである。それを支えるべき民主主義がコップの中のもので良い筈がない。この理想と現実の狭間で国民の共感を得ることは不可能に近い。

◇昨日14日、故前田洋文先生宅を訪ね、夫人や二人の子どもさんと話が弾んだ。前田先生には懐かしい思い出がある。私は衝撃的な出会いを語った。先生は前橋高校の教師として夜間部でも教えておられた。江田島の海軍兵学校を出られ戦後東大に入った。きりっとした容姿から秘められた闘志が伝わってくる。私は波乱の半生を想像して心を打たれた。ある時、受験参考書の難解な長文を質問すると黒板いっぱいに書き、所々赤を引き見事に解説され舌を巻いた。先生とはその後個人的な関係を深めお世話になった。後年私の講演に奥様とよく参加してくれた。この日、私の「死の川を越えて」上下巻を霊前に供えた。ハンセン病を正面から取り上げ連載することは新聞社として勇気ある決断であった。生前に読んで欲しかったが叶わなかったのである。激しく生きた先生はきっと深く理解してくれるに違いないと手を合せた。

◇79回の終戦の日に鈴木貫太郎を偲ぶ。78歳の時組閣の大命が下った。組閣当夜のラジオ放送で「国民よ我が屍を超えて行け」で発言した。死を決意していたのだ。戦局は末期で多くの若者が特攻に飛び立っていた。鈴木は玉砕主義に反対であった。「いやしくも名将は特攻隊の力は借りない」と言った。御前会議で議論がまとまらない時、「かくなる上はお上の判断で」と天皇の終戦の意志を引き出した。鈴木こそ名将であった。自ら考えた戒名は「大勇院尽忠日貫居士」。「尽忠」に日本を救った誇りが現れている。(読者に感謝)

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2024年8月14日 (水)

人生意気に感ず「熱狂の閉幕、本県勢の活躍。がん死の元妻の墓に。タリバンの性差別は異次元」

◇熱狂の五輪が閉幕した。驚くべき大会だった。歴史的舞台で人間の力が極限まで発揮された。一方で人間の醜い面も現れた。SNSでの選手への誹謗中傷などだ。男女平等が形の上でも前進したことは救いだった。男女の参加者枠の同数が実現した。女子やり投げで金を得た北口が旗手を勤めた姿はその弾ける笑顔と共に象徴的であった。本県勢も活躍した。レスリング女子元木咲良の金には感動した。私は育英の理事で、元木の五輪出場が決まった時、壮行会で身近に接していたからだ。この人は育英大の助手である。女性版文武両道の人である。山本知事は語った。「元木選手の金メダルは県民に感動と勇気を与えてくれた」と。感動の勇気の意味はこの人の文武の活躍を知る時一層の重みをもって心を打つ。

 創始者クーベルタンの母国に100年ぶりに戻った今大会である。フランスは国の誇りと名誉をかけて取り組んだ。フランス革命で、ギロチンで首を落とされたマリー・アントワネット。開会式ではその出来事を窺わせる演出があった。フランス人は王妃の血を乗り越えて近現代の世界があることに誇りを持っている。華々しい女性たちの活躍は苦難の歴史が支えている。王妃は天国で時代の変化を驚きの目で見ていることだろう。

◇昨日、お盆の墓参りをした。十字を刻んだ墓石は亡き妻のもの。8月14日が命日である。早いもので、あれから間もなく44年になる。最も苦しかった時の人生の同志であった。彼女の兄は「限りなく熱き墓なり妹よ」と詠んだ。壮絶ながん死。日赤での闘病の姿が甦る。死の重みが分かる年になって彼女の最期が輝いて見える。死と対峙することは密度の高い生きる姿であった。手を合せ「あと20年走るつもりだよ」と語りかけた。

◇オリンピックに難民枠で出ている人々がいた。満開の女性たちの華々しさと対照的に性差別に苦しむ女性たちのことを考える。イスラムの世界、特にアフガニスタンで差別が酷い。タリバンは女子の中等、高等教育を禁じ、女性のスポーツも許さない。ヒジャブの着用を義務付けるがその理由につき驚くべき論理をあげる。タリバンの幹部は言う。「我々は女性の尊厳を守る。夫だけが妻の美しさを眺める権利を持つ」と。彼らはパリ五輪の女性の活躍をどう受け止めているのか。人間性を無視され、物と同様に扱われ自殺に追い込まれる女性も多いという。このような異次元の国がグローバル化の中でどこまで存在するのか注目する。(読者に感謝)

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2024年8月13日 (火)

人生意気に感ず「1944年12月7日の東海地震、その翌日は真珠湾攻撃後3年の日。1707年は三つが同時に。オリンピックのサプライズ」

◇「南海トラフ地震臨時情報」を最大安全地帯で受け止めた。南に南海トラフ、北に東日本大震災、群馬は中間で周りの多くの人は臨時情報を他人事と見ている。反省の気持ちを込めて地震の歴史を振り返る時だ。数ある大地震の中で政治と結びついた特異な出来事があった。戦意喪失を恐れてひたすら隠そうとしたのだ。「大本営発表」に沸いた時代である。1944年は敗戦の前年で戦局は末期を迎えていた。この年12月7日、東海地震は起きた。M8クラスの巨大地震である。驚くべきはこの地震の翌日(12月8日)の各紙の紙面である。各紙一面は昭和天皇の軍服姿を大きく報じた。なぜか。この日は3年前、真珠湾を攻撃し米英に宣戦を布告した日であった。天皇が開戦の詔書を書いた「大詔奉載日」であった。地震について国民はほとんど無視された。日本を代表する大新聞も社会面に小さく昨日の地震は大した被害もなしと書いた。東南海のひと月後、1945年1月13日午前3時38分、三河地震が発生。ほとんどの住民が就寝中のため死者は2,306人という惨害が生じた。

 現在地震の巣がにわかに騒がしくなった。とんでもないことが発生する危機が迫っていると考えねばならない。過去には東海、東南海、南海の三つが同時に発生したこともあった。1707年の宝永地震の時は3つの震源域が同時に動いて超巨大地震となった。この年には富士山も大爆発し大災害を生じた。私たちの地下は神のみぞ知る仕組みで連動しているに違いない。今回宮崎県沖で大地震が起き南海トラフの発生が高まったと報じられた。歴史的瞬間をしっかり見届ける覚悟である。

◇オリンピックが幕を閉じた。サプライズが爆発した祭典だった。私の胸を打ったのは先ずパリが舞台になったこと。ベルサイユ宮殿、革命広場、凱旋門、セーヌ川等々。フランス革命では多くの血が流され、そこで生まれた人権宣言は人類進歩の基盤となった。ギロチンで首を落とされたマリー・アントワネットは天国で女性の活躍ぶりに目を見張っていることだろう。女性が一際輝いたのが今大会の特色である。憲法14条は人種・信条・性別を超えた平等を高らかに謳う。金20、銀12、銅13のメダルはこの平等原則がエネルギ-となった。硝煙が鼻をつき、核の影がちらつく中での平和の祭典であった。ロシアの参加を国として認めなかったことはオリンピックの良識を示すものだ。ほとんどあらゆる種目で黒い肌が輝いていた。奴隷制度を乗り越えた人類の進歩を示すもの。(読者に感謝)

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2024年8月12日 (月)

死の川を越えて 第26回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

「えー、親分て誰だい」

 正助は思わず声を上げた。さやはそれには答えずに語った。

「ぴゃぶんさんは巡査を殴り倒し、私を馬に乗せて助け出したのです。人の目を避け、夜に馬を走らせて、3日かかって草津に着きました。私は、死のうと思っていましたから、親分は命の恩人です。私は助けられましたが、姉が大変なことになりました」

 さやはそう言って押し黙った。2人の間に重い沈黙が流れた。

「うーん。親分といえば、今は大門さん1人だが」

 さやは黙って首を横に振った。

「では、大川仁助さんかい」

 さやは、じっと正助を正視してうなずいた。

「それは驚いた。仁助さんが馬で助け出した少女のことは聞いていたが、さやちゃんだったとは。仁助さんは、気の毒なことになったが、あの最期を無駄にしちゃなんないと俺たちは思っているんだ」

 さやは目に涙を浮かべていた。

 ある日のこと、正助はさやがいつになく深刻な顔つきであることに気付いた。正助と会っても視線を避けるし、一見してただごとでないことをうかがわせた。

〈何だろう。湯川に身を投げるようなことでなければよいが〉

 正助は心配に駆られ思い切って声を掛けた。

「さやちゃん、どうしたの」

「・・・」

 さやはうつむいて答えない。

「何かあるんだな。同病の仲ではないか。俺にできることなら力になるよ」

「うん、ありがとう」

 さやは消え入るような声で言って去って行った。それから2,3日を経たある日、さやが近づいて言った。

「正さん、相談があるの。今日、仕事が終わったら聞いてくれる」

 さやの目には思い詰めた様子がうかがえた。その晩、山田屋の一室で、さやは衝撃的なことを語った。

「正さん、あたしお嫁に行くの」

つづく

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2024年8月11日 (日)

死の川を越えて 第25回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

四、出会い

 

 正助は前橋市で生まれた。少年の時、腕に斑点が出来た。「つねっても痛くねえぞ」と面白がっていたが、ある時、医師の目に留まり、大変な病だと分かった。両親は驚き、なすすべを知らなかった。もちろん、最も悩み苦しんだのは正助自身であった。家族と暮らすことができないことを知ったからだ。八方手を尽くした中で、草津の湯が効く、そして湯の川地区という患者同士が助け合って自由に生きる村があることを知った。

 そして、ハンセン病の患者が同病を泊める宿を経営している所も何軒かあることも分かった。その一軒が山田屋であった。正助は決心を固め、主人に直談判して、この旅館で働くことになった。

 正助は真剣に働いた。やがて、その真面目な性格と聡明さは主人が認めるところとなった。正助も頼りにされることがうれしかった。そして、同病の権太や正男とも知り合いになった。

 しかし、この集落にどっぷり浸かるにつれ、この病の実態が分かり、自分の将来に絶望し、おびえるのであった。

 正助が山田屋で働くようになってからおよそ1年がたったころ、東北の出だというあるハンセン病患者の娘と出会った。娘はさやといい、正助と同じように患者が経営する旅館、大津屋で働いていた。さやは器量よしで利発そうであった。そして東北人らしい素朴さを失わないでいた。

 2人は同病ということで時々顔を合わせ、さやちゃん、正さんと呼び合うようになったが、初めのうちはそれ以上に特別の感情を抱くことはなかった。というよりも、心の底にあるものに気付かなかったという方が正確かも知れなかった。時々言葉を交わすうちに、さやは、驚くべき身の上話を語った。

 さやは福島の田舎の出で、ハンセン病にかかったことが分かり、大掛かりに調査されることになって、一家が途方に暮れていた時、湯の川の親分に助けられたというのだ。

 

つづく

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2024年8月10日 (土)

死の川を越えて 第24回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

「これが神というものなのか」

 正助はそう感じるのだった。

 若者たちが不思議そうな顔をしているのを見て、マーガレットは言った。

「イエス様は、昔、王さまに逆らって十字架にかけられて死にました。イエス様は人類のために身をささげ、そして教えを示されたのです。イエス様を思えば何でも耐えられます。この世の中は矛盾でいっぱいですが、神を信じて戦うことで一歩一歩進んでいくのです。私はこの谷の病と闘うことを考えています。皆さんと会えたのも神様の力です」

 マーガレットは、言葉を選び、短く区切りながら、語り掛けた。万場老人が口を挟んだ。

「西洋の神のことは、すぐには分かるまい。この国では、昔の戦国時代、ザビエルというキリスト教徒が来てキリスト教を広めた。江戸時代に入って、キリスト教は厳罰となった。明治になって、それが許され、群馬にもキリスト教が少しずつ広まっておる」

「安中の新島襄ですね」

 正助が言った。

「おお、そうじゃ。昔、その教えを受けてキリスト教徒になった県会議員がおった。最近の県会には、わしの友人の森山抱月さんがいる。信者になるならぬは別のこととして、お前たち、異国の神を白い目で見たりせぬことが、この集落のためじゃぞ」

 万場老人はそう言って正助たちを鋭く見据えた。

「前に話したハンセン病患者の光を育てることにもなる。マーガレット先生に協力してやってくれぬか」

 うなづく若者の姿を見て、マーガレットが笑顔をつくって言った。

「皆さん、ありがとう。私の下に、岡本トヨさんという優秀な女医さんがいます。病気で心配なことは、この人にお気軽に相談なさってください。

注)作中のエリザベス・リデルはハンナ・リデル、マーガレット・リーはコンウォール・リーをそれぞれモデルにしています。

 つづく

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2024年8月 9日 (金)

人生意気に感ず「南海トラフが近づいた。すかいらーくさんは語る。長崎の悲劇よ」

◇「すわ、南海か」、8日午後4時43分頃車の中でK君が叫んだ。食い入るようにスマホを見ている。「どこですか」と私。「宮崎県日向灘です」。「ヤバイですよ。普段から南海要注意の所だよ」」私の声は上擦っていた。

 来る来ると言われ続けてきた。想定される最大の津波は20m以上とも。その時が来たのか。テレビはオリンピックより優先させた。当然である。宮崎県を中心とした津波予想線、そして高台へ逃げる人々の姿。最大の関心事は巨大地震との関連である。的確な情報こそ生命線だ。マグニチュード7.1、震度6弱、巨大地震との関連は専門家チームが協議中と報じられた。協議の結果が待たれた。遂に示されたのは「南海トラフの発生が普段と比べ相対的に高まっている」とのことであった。怪我人の発生、商品の散乱、道路の亀裂、建物の倒壊、新幹線の停止状況などが報じられている。地震の権威は今後マグニチュード8~9の規模の発生があると語った。地下で巨大な構造物がギシギシと動き限界の時が近づいているのは間違いないと思われる。

◇1日の人との出会いのスタートは深夜の“すかいらーくさん”。勤務先の名でこう呼ぶ。暗い中に黒い巨大な輪郭が浮かんで近づく。何十秒かの会話が毎朝の楽しみである。9日の話題は昨日の大地震。すかいらーくさんは東北岩手の出身である。「南海トラフが近づきました。東日本より大きいと言われています」私が言うとすかいらーくさんは東日本大地震の恐怖を語った。義理の兄は船2艘と共にさらわれた。溝側などには脚や首がごろごろ。人の身体は何倍にもふくれ上がる。異臭は耐えられない程。「この世の地獄ですよ」すかいらーくさんの声が暗い中で重く流れた。

◇79年前の今日、広島に続いて長崎に原爆が投下された。広島に投下されたのはリトルボーイと呼ばれたウラン爆弾であったのに対し、長崎のはファットマン(太っちょ)と呼ばれたプルトニウム爆弾でより強力であった。第一目標の小倉市は雲で覆われていたため第二目標の長崎の悲劇が生じた。長崎はカトリックが非常に多い。隠れキリシタンの苦難の歴史もある。カトリックの大聖堂浦上天守堂は当時信徒1萬4千人を数えた。原爆により司祭以下10数人が死亡した。

 今回の平和式典には過去最多の100カ国地域と欧州連合が出席する。異例な事態が生じた。それはイスラエルが招待されなかったことから米英など主要6カ国とEUの大使が欠席となったこと。反戦と慰霊の追悼が粛々と行われることを祈る。(読者に感謝)

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2024年8月 8日 (木)

人生意気に感ず「155センチの小さな巨人を見上げる。ハリスの新風とトランプの退潮。甲子園始まる」

◇ダイナミックに空に舞う姿。ピタリと着地。正に神業。体操の岡真之助が三冠を達成した。その笑顔は金メダルより輝いて見えた。身長155センチ、20歳はチーム最年少。小さな巨人の偉業は日本の体操界の歴史に新しい一頁を開いた。内村航平なき後を支えるニュー・ヒーローの胸中を思った。小さい時からの極限の努力があった。小さな身体は厳しい鍛錬の凝縮を物語る。多くの子どもたちの心に限りない夢と希望を与えたに違いない。歴史的なオリンピックが間もなく終わる。私はしっかりと受け止め貴重な社会的財産として役立てるべきだと思う。

◇ハリスの新風が力を増し、高揚感が広がっている。副大統領候補に中西部ミネソタ州知事ワルツ氏を起用したことで勢いは増すと思われる。私はヒューストンの空港で演説するハリス氏の姿を新聞から切り取った。その表情は伝えられるキャリアを語り、深さと力強さを現している。ハリスとトランプ両氏は対極に位置づけられる存在である。ハリス氏は強調する。「検察官対犯罪者」、「未来志向対過去志向」と。また、次のようにも主張する。「自由と思いやり、法の支配の国」対「混乱と恐怖、憎悪の国」との戦いだとも。ハリスの民主党にとってはとりわけ、さび付いた工業地帯「ラストベルト」と言われる東部ペンシルベニア州の他、中西部のウィスコンシン、ミシガン両州で白人労働者層の取り込みが鍵となる。

 両候補の副大統領候補も戦局に大きな影響を与えそうだ。副大統領はパートナーでありそれは選挙戦でも同様。トランプ氏はハリス氏の人種や容姿に絡んだ個人攻撃をしているが彼が起用した副大統候補のバンスも酷い。同じ穴のむじなに見える。この人物はハリス氏を「子なしの猫好き女性で惨めだ」と形容し問題視された。花の都パリ五輪と共にアメリカ大統領選が面白くなってきた。両者とも女性の活躍にスポットが当てられることも興味深い。

◇真夏の祭典甲子園が始まった。灯熱の太陽の下で青春の純粋な血が燃える。その伝統に於いて、選手とスタンドそして地域社会が一体になることはオリンピック以上の祭典に違いない。伝統と言えば今年は球場生誕100年である。球児にとって「聖地」である。砂を持ち帰る姿は聖地を象徴する。心の世界が崩れる危機の現在100年の金字塔に拍手する。高崎健大が一点を守り抜いて勝利した。甲子園には不思議な力が棲むと言われる。球児たちが変身して次の一勝に進むことを上毛三山と共に祈る。(読者に感謝)

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2024年8月 7日 (水)

人生意気に感ず「ジェットコースターの株価に対応する。メダルの数と憲法14条。勢いに乗るハリス。しぼむトランプ」

◇「2000万円もの損失だ」、茫然と立ち尽くす人。株価は谷底を目指すように一気に4,451円も下げた。かつてのブラックマンデーの再来かと報じられた。アメリカの経済動向と日本の経済政策などが重なったのだ。「冷静に」と呼びかける蔵相。経済に於いての結び付きがアメリカといかに連動しているかを思わせる。人々はパニックに陥っているがかつての金融恐慌とは違う。日米の経済は基本的に健在であるから一時的な現象に違いない。買いの絶好のチャンスと密かに準備したら果せるかな直ぐに3,000円以上も上げた。ジェットコースターのようだ。私はある大型株の株主である。少し買い足すことにした。株価は生き物のように時々の経済を反映する。ギャンブルのように対応し木の葉のように翻弄される人も多い。生きた教材とすべきだ。

◇オリンピックが終盤に入った。11日のメダルは金10・銀5・銅11。その一つ一つに人生の全てをかけた人々の血と汗が結びついている。帰国する人々の表情はそれを物語る。今回のオリンピックを格別の思いで受け止めた。平和の祭典はいつもながら時々の社会状況と不可分である。各地の戦火は絶えることなく花の都はテロに脅かされた。それでも大きな救いがある。私が感じるのは肌の黒い人々と女性の活躍である。かつて黒人は奴隷とされ、女性は男尊女卑の重圧にあえいだ。今回の祭典に人類の進歩を思う。テレビ小説「虎に翼」では憲法14条が強調される。人種、信条、性別の平等である。メダルの状況はこの14条が生み出した成果と私は思う。

◇大統領選候補の黒人女性ハリスが輝いている。そしてトランプ氏の焦りが報じられる。オバマ元大統領はいち早くハリス氏支持を表明しできることは何でもすると強調した。オバマの大統領選を支えたスタッフがハリス陣営に参加している。オバマ氏とすれば共通する理念と共に黒人同志という絆があるに違いない。トランプ氏は相変わらず女性蔑視のおかしな発言を続けている。岩盤支持層は動かないだろうと報じられているが無党派層は許さないだろう。ハリス氏と比べると太陽に照らされて逃げ出す悪魔にも見える。

◇今月のふるさと塾(31日土曜日)はアメリカ大統領選の行方をテーマにする。ハリス・トランプ両氏の政策、理念の比較、両氏のキャラクターなどを取り上げたい。ペンシルベニア州など幾つかの接戦州がカギを握る。中屋健一ゼミが甦る。米国史は壮大なドラマだ。(読者に感謝)

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2024年8月 6日 (火)

人生意気に感ず「大統領選、ハリス候補の行方。同時テロを振り返る時。水責めの拷問」

◇他国の問題だとして軽視したり無視したりは出来ない。アメリカの大統領選のことだ。人類共通の問題、そして日本の現在と未来に密に関わっている。トランプ氏に「老いぼれ」と口汚く罵られ、ノックダウンを食らってよたよたと立ち上がるバイデン氏。「ほぼトラ」現象が進むことに絶望しかけていた。カマラ・ハリス氏民主党候補が確定となった。黒人女性、そしてアジア系の政治家が大統領候補に選ばれるのは初めて。新たな流れは次第に大きくなっているらしい。7月だけで約450億円の献金が寄せられた。3分の2は初めての献金者、この額はトランプ氏の2倍を超える。一時的な花火と見る向きもあるが私は違う。彼女のキャリア、建国の精神と結び付くその信条、これから選ばれる副大統領候補、これらはこれからの伸び代を示すものだ。大統領選は限られた接戦州の動向で決まる。その一つがペンシルベニア州である。最大都市フィラデルフィアでは独立宣言と憲法会議が行われ合衆国発祥の地と呼ばれる。世界の民主主義が音を立てて崩れる危機が迫る。アメリカの良識が目を醒し、息を吹き返すことを祈らずには居られない。

◇2001年の同時多発テロは記憶に新しい。高層ビルに飛行機が突き刺さる光景に目を疑った。約3千人の犠牲者が出た。それはアメリカの繁栄と誇りが脆くも崩れ落ちた瞬間であった。全米のナショナリズムが火のように燃えた。犯人捜査の過程には酷い行きすぎもあったらしい。アルカイダの幹部はCIAの施設で水責めなどの拷問を受けた。映画でよく見るシーンは現実のものであった。

 オースチン国防長官は2日主犯格との司法取引を破棄したと発表。司法取引の内容は犯罪を認める代わりに死刑を免除し終身刑とすることで合意が出来ていた。方針転換の理由は遺族の反発やテロリストと取引したとの批判を回避するためらしい。私は同時テロに関する映画をいくつか観た。その一つが「ワールド・トレードセンタ-」。救出作業のため貿易センターに向った警察官ヒメノは瓦礫の下に埋まってしまう。最後まで諦めずに必死で音を発信し遂に救われる。ヒメノを支えたものは家族との絆だった。視界を遮る砂塵の中で、どどっと建物が崩れ落ちる音が響く。多くの一般市民を巻き込んでニューヨークは戦場と化していた。極限の状況で死と直面する人間の姿、最後まで諦めないことの大切さ、人間関係の素晴らしさ、テロの陰を跳ね返す人間賛歌に打たれた。(読者に感謝)

 

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2024年8月 5日 (月)

人生意気に感ず「書道授賞式の光景、豆粒のような姿。フェンシングの輝く少女たち。予選で敗れた富士見の女性」

◇豆粒のような女の子が表彰台に登る。小さな手で筆を握る姿が浮かぶ。第77回群馬教育書道展の受賞の光景である。私は4団体に群馬日中友好協会長賞を与えた。私は県書道協会顧問。最近日中友好協会賞が創立され会長として授与を行った。

 書の世界に大きな変化が起きている。書を学ぶ人が少なくなっているのだ。書は心の文化であるから私は日本人の心の衰退に繋がる問題として懸念する。今回の出品総数は1万6千567。かつては遥かに多かった。それでも群馬県書道協会は格別の存在感を示す。昭和23年4月に第一回書道展が行われた。昭和20年敗戦、昭和22年新憲法施行という時代背景の中のスタートであった。昭和22年といえば私が小学校に入学した年。国破れて山河ありの混乱の社会が甦る。

◇柔道団体選では日本はフランスに惜敗して銀。日本で生まれた柔道がここまで発展したかと感動した。ある日本人女性選手は言った。「オリンピックの借りはオリンピックで返すしかない」と。リベンジを決意する表情は美しい。

 女子フェンシング「銅」に注目した。中世ヨーロッパの剣術で、かつては決闘の手段であった。細い剣をふるう姿を見て日本の剣道がいつの日か五輪の種目になる日を想像した。銅を得て写真撮影に応じる選手の姿からも感じられるが、女子フェンシングに携わる人々は限られたお嬢さん達と思われる。かつてコーチは厳しく指摘したという。「お前たちは外国チームから可愛い存在だとなめられている。弱さは捨てろ。虎になれ」と。フェンシングの女子フルーレ団体で日本勢が表彰台に立つのは個人団体を通じて初。日の丸を背にして立つ女性選手たちの笑顔は輝いている。これを機にフェンシングに参加する少女たちは増えるに違いない。次の五輪に向けた歴史の新しい扉が開きつつある。フェンシングは日本の武士道と通じるものがある。国際舞台に立つ変身した大和撫子、美しさと強さを備えた女性像を期待する。日本の歴史に於いて「太古女性は太陽であった」。男尊女卑の暗い壁を超えて真の男女平等が五輪の場で実現しつつあることを感じる。

◇宮田選手の喫煙飲酒による辞退の結果、追加配分で五輪の切符を得た樺沢選手は予選で敗退。隣町で我が家とも近い。パリでは家族が応援したと報じられる。富士見中学時代の恩師は「人一倍の努力であの舞台に立ったと思うと感無量」と語る。そして激励する。「ここがゴールじゃない。ここから学び進化して」と。同感である。(読者に感謝)

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2024年8月 4日 (日)

死の川を越えて 第23回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 マーガレット・リーはイギリス貴族の名門につながる生まれで莫大な財産を有するキリスト教徒であった。カンタベリーで生まれ、一族はハイリーのうっそうとした森に囲まれた大邸宅に住み、一族と使用人は会わせて200人に達した。何不足なく貴族の令嬢として育てられ、巨万の富を相続した。

 マーガレットは、この財産と自分の余生を人類のために使用できるようにと神に祈った。母と世界旅行の途中に立ち寄った時、日本の風物が深く心に刻まれたという。来日は明治41(1908)年である。マーガレットにとって、布教と患者救済は不可分のことであった。

 マーガレットは湯の川地区を実際に訪ね、万場軍兵衛にも会って、湯の川の実態に近づけたことをかんじた。彼女は、理想の村を実現するためには、この集落の若者に会いたい、そして、キリスト教徒でない若者に会ってみたいと願った。

 それは万場老人の力で実現することになった。ある日のこと、正助ら若者は、万場老人の家でマーガレットと会った。前回と同様、通訳の井村祥子が同伴していた。若者たちは、異国の高貴な女性といろりを囲むことに興奮していた。マーガレットは若者たちの心をほぐそうとするかのように笑顔を作っている。老人の背後にこずえの姿もあった。

「何でも尋ねてよいと申されておる」

 万場老人が硬い空気をほぐすように口を開いた。

「誰から給金をもらうのですか」

 正助の唐突な質問であった。マーガレットの英語まじりのたどたどしい日本語を通訳が補った。

「神の命令です。神に応えられたという喜びが何よりの報酬なのです」

「神様って、見えないけれど本当にいるんですか」

 権太が聞いた。

「おられます。神は偉大です。神の前では皆平等です。国境も、人種も、肌の色もないのです」

 マーガレットは静かに微笑んでいる。若者たちは、目の前の異国の女性から何か犯し難いものがにじんでいるのを感じた。

つづく

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2024年8月 3日 (土)

死の川を越えて 第22回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 万場老人の目は少年のように燃えていた。

「どうだお前たち、これからの成り行きによっては、力を貸そうではないか。われわれのためなのだ」

「やりましょう」

 3人は一斉に言った。

 それを見て万場老人は言った。

「いずれ、お前たちもマーガレットさんに会う機会があるであろう」

 草津の温泉街の東の端から更にふもとの集落に向けて1本の道がのびる。そこへ向かう道の左は急斜面で、その下から湯川の流れが聞こえている。

 しばらく進むと右側に正門があり、その奥に広がるのが草津栗生園である。国の方針で、このハンセン病の療養施設ができたのは昭和7年のことであった。

 この園の近く、少し草津寄りの道路端に1本の石柱が立ち、それには、マーガレット・リー女史墓所入口と刻まれている。

 木立に囲まれた細い道を登ると、十字架を頂いた納骨堂とその奥にキリスト教徒の墓群がある。納骨堂には次のような表示がある。

「ミス・マーガレット・リー教母は英国に生まれ、病者の救済に私財を投じて献身され、キリストの愛を証明された。リー教母の遺骨は遺言により多くの信徒と共にここに納骨されている」

 そして、納骨堂の前に、堂を守るように2人の教徒の墓があった。岡本トヨと大江カナである。

 マーガレット・リーが、草津のハンセン病患者の救済に生涯をささげる決意をしたのは、大正5年、59歳の時であった。

つづく

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2024年8月 2日 (金)

人生意気に感ず「パリ五輪で女性の歩みを見る。永瀬81キロの爽快な執念。佐渡金山世界遺産に。虎に翼と朝鮮人差別」

◇パリ五輪がメダルの数に目を奪われる中で過ぎていく。ふと気付くことはメダルの背景の壮絶なドラマ、そしてメダルに現れない出来事である。五輪が人類の矛盾と理想の狭間でもがきながらも進化を続けていることに救いを感じる。出産育児とスポーツの継続は最大の課題の一つ。今大会では育児中の選手が授乳できる工夫を実現させた。女子柔道フランス代表の黒人ママ、アグベニェヌが女児を抱く姿は胸を打つ。柔道界で出産後のメダル獲得は少ないという。アグベニェヌは出産で身体が別人になったと語る。力を発揮できなくなったのだろう。しかし娘がかわいくてその愛情に力をもらったと話すことはスポーツでメンタルの要素がいかに大きいかを物語る。銅を得て娘を抱く姿は輝いている。女性の参加が認められなかった五輪の歴史を振り返るとき、遙かな谷底から登り詰めてきた人類の歩みに感動する。

◇男子81キロ級を制した永瀬選手の爽やかな執念は胸を打つ。30歳9ヶ月の金獲得は柔道日本男子史上最年長の偉業。それを支えたのは一筋のひたむきな努力であった。母校筑波大の道場では学生と同じメニューを最初から最後までこなす。年齢や疲労で、途中で休むOBが多いという。永瀬は語る。「紙一重の試合で、俺はこれだけやってきたということが自信になる」。永瀬の心中には剣の道に命をかけたかつての武士の姿があるのかも知れない。

◇佐渡金山世界遺産登録が決まった。朝鮮人強制労働問題が壁になっていた。朝鮮半島を不当に支配した暗い歴史がある。韓国を併合し植民地とし朝鮮人の誇りと人権を踏みにじった。金山の労働は過酷を極めるものだった。ここに多くの朝鮮人が強制連行された。金山の遺跡が世界遺産として脚光を浴び暗い歴史に蓋をされるようなことに韓国が異を唱えるのは当然である。文化遺産を守るという世界遺産条約の主旨に添わない恐れも生じる。政府は韓国の理解を得る努力を重ねた。その方向は歴史を一点だけで見るのでなく総合的に判断するのだ。強制労働の事実を客観的に示して反省材料とし今後の教訓として活かすことには大きな意義があるに違いない。

◇いつしか「虎に翼」にはまり込んだ。朝鮮人差別が司法の場で扱われる。放火事件の朝鮮人被告人は公正な裁判を諦めていた。主人公寅子裁判官の異例な努力で無罪を言い渡された朝鮮人は法廷で泣き崩れた。憲法が変わってもなかなか変わらない差別の現実があった。憲法の理想を信じて前進する人々の姿が胸を打つ。(読者に感謝)

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2024年8月 1日 (木)

人生意気に感ず「男子体操の奇跡を生んだものは。ウクライナ選手が得たメダル。広瀬議員のあきれた所業。トランプの天に唾する叫び」

◇男子体操の金はまさかのドラマだった。助け合う5人の心が奇跡を生んだ。橋本の鞍馬落下もあった。中国との差は3点余りで絶望的とも思えた。橋本は「死ぬ気でいく。絶対にやる」と決意を固めていた。若者たちの姿を見て日本人の国民性、サムライの心意気が受け継がれていることが感じられ嬉しい。

 中国は鉄棒でまさかの落下を二度喫した。天を怨んだに違いない。体操の金は新たな歴史の幕開けを意味する。日本の体操界は「キング」内村航平が長く支えてきた。今回それが抜け穴が開いたような空虚感が漂っていたという。テレビではこの快挙に視聴者の声が報じられた。「チームワークに心が震えた」、「最後まで諦めない姿に感動した」。

 ◇ロシアの侵略と闘うウクライナの選手が今大会初のメダルを得た。フェンシング女子のハルランさんだ。「国と兵士、戦争で五輪に出られなかった仲間のために戦った」、「ウクライナ人としての誇りを強く感じる」と語った。

 この人は昨年の世界選手権でロシア出身の選手に勝利したが握手を拒否して失格となりパリ五輪出場も一時危ぶまれたのである。ウクライナ人の心情は痛い程分かるが、それでも五輪憲章は尊重されねばならない。握手してこそ尊敬の大きな拍手が得られたに違いない。

◇また政治とカネか。自民の広瀬参院議員が詐欺容疑で家宅捜索を受けた。公設秘書には勤務実態がなく議員が給与を国から騙し取った疑い。週刊新潮が大きく報じていた。この報道を広瀬氏は事実無根としていたが、家宅捜索後事務所関係者は勤務実態がなかったことを認めているようだ。

 新潮は議員の外国人男性との不倫も報じた。議員はその点は認めた上で信頼を取り戻すために誠心誠意努めると述べていた。座右の銘は「何とかなる」だという。何とかなるかどうかは国民が許すか否かにかかる。政治不信を加速させながら「何とかなる」と図太く構える姿に世論は鉄槌を下さねばならない。自民の堀井学氏が秘書を通じて香典を配った出来事と合せて懲りない面々にはあきれるばかり。蛙の顔に何とかである。政治の世界は絶望的に見える。

◇「掘って掘って掘りまくれ」。「何を、石油や天然ガスである。地球温暖化を煽るようなトランプの声とそれに熱狂する人々。アメリカ民主主義の実態と限界を示す光景である。大統領選はハリスの登場で新しい流れが生じつつある。アジア系黒人女性大統領は実現するのか。(読者に感謝)

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