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2024年6月29日 (土)

死の川を越えて 第12回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 大川仁助は、数ヶ月で釈放された。その間、説教所の建設も進んでいた。

 仁助にとって、この説教所も許せぬ存在であった。元はと言えば、この計画のための奉加帳から、お貞の不実までの出来事が始まったのだ。

 ある春の日の早朝、仁助は建設中の説教所に火を放った。火事は幸い未遂に終わったが、集落の騒ぎは大きかった。人々の騒ぐ声を後ろに聞きながら、仁助は憎き二人の所へ走った。手には日本刀が握られていた。

 子分に調べさせておいた宿の部屋に駆け込むと、男女はまだ布団の中である。二筋の盛り上がった人の形が憤怒をかき立てた。

「やろう」

 叫んで布団を引きはがすと、肌をあらわにしたお貞のしどけない姿が目に飛び込む。

「あれ、あんた」

「この、アマめ」

 身を起こそうとするお貞を仁助は激しく蹴った。お貞は壁に頭を打って気絶した。

「わあー、助けてくれ」

 男が叫んだ。男の丸い大きな顔が仁助には留置所で悩まされた大蛇に見えた。

「こんちくしょう」

 ひらめく日本刀が打ち下ろされると、頭は割れて鮮血が吹き出し、男は虚空をつかみ、もがきながら息絶えた。

 仁助は、倒れているお貞、血の海で息絶えている男の姿を見て我に返った。じっと惨状を見詰めていたが、やがて、血刃を引っ提げて何かを求めて走った。

 走り込んだのは、湯の川のもう一人の親分大門太平の所であった。

「おう、何でえ、その格好は。何をしでかした」

「人を殺っちまった。俺も生きちゃいられねえ。お縄についてくくられるのは嫌だ。潔く自分でけりをつけるつもりだ。ついては兄弟、俺の最期の頼みを聞いてくれ」

「まあ、落ち着いて訳を聞こうじゃねえか」

つづく

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