死の川を越えて 第13回
※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。
「俺は、憎い野郎の頭をたたき割ってみて目がさめた。人を殺してからさめても遅いんだが、俺のどじだからしようがねえ。のたうちまわるのを見てな、ハンセン病患者を蛇や毛虫のように毛嫌いする世間と同じことをやっちまったということに気付いたんだ。こんちくしょうと尻をまくって粋がってた自分が嫌になった」
「うーむ。どえれえことをやらかしたもんだが早まっちゃなんねえ。ところで俺に頼みとは何でえ」
「俺たちは侠客の端くれのつもりで粋がってきたじゃねえか。おとこ気とは何だ。それは虫けらのように嫌われる俺たちも、人間なんだと世間に見せつけてやりたい意地だと思う。それは俺たちハンセン患者じゃなくちゃ分からねえ。坊さんどもがよう、ナンマイダー抜かしやがって、おためごかしに説教するなんざあ我慢できなかった。そんなきれいごとで片付けられる問題かよ。ばかにしやがって。俺たちにゃ、神も仏もねえと思ってきた。しかしよう兄弟、今、人を殺してみて思うんだ。俺の中には、神様だか仏様だか知らねえが、そういうものが奥の方にあるような気がするんだ。そういうものと鬼だか蛇だかが一緒にすんでいるに違いねえ。この鬼か蛇が殺っちまったんだ。俺も焼きが回ったか。線香臭せえことを言っちまった。まあ許してくれ。腹の中をきれえにしてえんだ。頼みてえのはよ、粋だけでは、この湯の川をよくできねえ。神でも仏でも、本物なら引き入れて生かしてもらいてえということだ。この集落には、頼朝を祭った頼朝神社がある。今まで気にも留めなかったが、今あの頼朝神社がやけに気になるんだ。集落の守り神だったんだなあ。俺の最期の気持ちはお前に頼んだ。この集落をよくしてもらいてえ。よろしく頼む。じゃあ、達者でな。あばよ」
「おい、どこへ行く。早まっちゃなんねえ、待て」
仁助は、その声に耳を貸そうとせず刀をつかんで飛び出した。
つづく
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