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2024年6月30日 (日)

死の川を越えて 第13回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

「俺は、憎い野郎の頭をたたき割ってみて目がさめた。人を殺してからさめても遅いんだが、俺のどじだからしようがねえ。のたうちまわるのを見てな、ハンセン病患者を蛇や毛虫のように毛嫌いする世間と同じことをやっちまったということに気付いたんだ。こんちくしょうと尻をまくって粋がってた自分が嫌になった」

「うーむ。どえれえことをやらかしたもんだが早まっちゃなんねえ。ところで俺に頼みとは何でえ」

「俺たちは侠客の端くれのつもりで粋がってきたじゃねえか。おとこ気とは何だ。それは虫けらのように嫌われる俺たちも、人間なんだと世間に見せつけてやりたい意地だと思う。それは俺たちハンセン患者じゃなくちゃ分からねえ。坊さんどもがよう、ナンマイダー抜かしやがって、おためごかしに説教するなんざあ我慢できなかった。そんなきれいごとで片付けられる問題かよ。ばかにしやがって。俺たちにゃ、神も仏もねえと思ってきた。しかしよう兄弟、今、人を殺してみて思うんだ。俺の中には、神様だか仏様だか知らねえが、そういうものが奥の方にあるような気がするんだ。そういうものと鬼だか蛇だかが一緒にすんでいるに違いねえ。この鬼か蛇が殺っちまったんだ。俺も焼きが回ったか。線香臭せえことを言っちまった。まあ許してくれ。腹の中をきれえにしてえんだ。頼みてえのはよ、粋だけでは、この湯の川をよくできねえ。神でも仏でも、本物なら引き入れて生かしてもらいてえということだ。この集落には、頼朝を祭った頼朝神社がある。今まで気にも留めなかったが、今あの頼朝神社がやけに気になるんだ。集落の守り神だったんだなあ。俺の最期の気持ちはお前に頼んだ。この集落をよくしてもらいてえ。よろしく頼む。じゃあ、達者でな。あばよ」

「おい、どこへ行く。早まっちゃなんねえ、待て」

 仁助は、その声に耳を貸そうとせず刀をつかんで飛び出した。

つづく

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2024年6月29日 (土)

死の川を越えて 第12回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 大川仁助は、数ヶ月で釈放された。その間、説教所の建設も進んでいた。

 仁助にとって、この説教所も許せぬ存在であった。元はと言えば、この計画のための奉加帳から、お貞の不実までの出来事が始まったのだ。

 ある春の日の早朝、仁助は建設中の説教所に火を放った。火事は幸い未遂に終わったが、集落の騒ぎは大きかった。人々の騒ぐ声を後ろに聞きながら、仁助は憎き二人の所へ走った。手には日本刀が握られていた。

 子分に調べさせておいた宿の部屋に駆け込むと、男女はまだ布団の中である。二筋の盛り上がった人の形が憤怒をかき立てた。

「やろう」

 叫んで布団を引きはがすと、肌をあらわにしたお貞のしどけない姿が目に飛び込む。

「あれ、あんた」

「この、アマめ」

 身を起こそうとするお貞を仁助は激しく蹴った。お貞は壁に頭を打って気絶した。

「わあー、助けてくれ」

 男が叫んだ。男の丸い大きな顔が仁助には留置所で悩まされた大蛇に見えた。

「こんちくしょう」

 ひらめく日本刀が打ち下ろされると、頭は割れて鮮血が吹き出し、男は虚空をつかみ、もがきながら息絶えた。

 仁助は、倒れているお貞、血の海で息絶えている男の姿を見て我に返った。じっと惨状を見詰めていたが、やがて、血刃を引っ提げて何かを求めて走った。

 走り込んだのは、湯の川のもう一人の親分大門太平の所であった。

「おう、何でえ、その格好は。何をしでかした」

「人を殺っちまった。俺も生きちゃいられねえ。お縄についてくくられるのは嫌だ。潔く自分でけりをつけるつもりだ。ついては兄弟、俺の最期の頼みを聞いてくれ」

「まあ、落ち着いて訳を聞こうじゃねえか」

つづく

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2024年6月28日 (金)

人生意気に感ず「国賓対応で示した象徴天皇の姿。福祉を食い物にする“恵”。石破氏の出馬は」

◇チャールズ英国王の日本語が胸に響いた。「おかえりなさい」と「乾杯」だ。今回のイギリスの国賓対応については、単なる儀礼を超えた深い心のもてなしを感じる。天皇のふるまいも堂々として自然の姿に威厳が感じられた。知性と理性に於いて日本の象徴であることを示された。7つの海に日が沈むことがないと言われたイギリスの歴史を振り返る。1902年の日英同盟はアジアの小国日本と対等の立場で結んだ条約である。これは日露戦争の勝利を支える要因となった。天皇は晩餐会で「両国には友好関係が損なわれた悲しむべき時期があった」、また「今後とも両国がかけがえのない友人として永続的な友好親善を築いていくことを心から願っている」という趣旨を述べられた。今回の出来事は歴史を踏まえた良好な国家関係の樹立こそ日本の平和と発展の基礎であることを示した。天皇はそのための大きな役割を果たされた。

◇福祉を食い物にする。しかも障害者の人権を踏みにじって。障害者グループホームの「恵」が組織ぐるみで障害福祉サービス等の報酬を不正請求した。愛知県と名古屋市は最も重い処分である事業者指定の取り消しを決めた。同社の100カ所のグループホームが運営できなくなる

連座制の適用の結果である。実費の3倍もの食材費を徴収しながら実際は障害者は痩せて健康を害している。名古屋市は「経済的虐待」と認定した。林官房長官は「到底看過し得ない重大な違反があった」と述べ、愛知県知事も「関係者の信頼を裏切るもので大きな憤りを感じる」と発言した。

 内部告発で発覚した。内部告発の重要性を感じる。告発がなければ巧妙な組織ぐるみを明らかにすることは困難だったに違いない。障害者を地域社会で支えるという流れに乗って砂糖に蟻が集まるように営利目的の法人が集まった。関係者は営利目的で参入できる構造がおかしいと指摘する。障害者の人権を守るという原点に立ち返るべきだ。

◇ドトールコーヒー関連株が右肩上がりである。石丸効果なのだ。ドトールの創業者鳥羽博道氏は自ら買って出て石丸氏の後援会長になった。猛暑の中格別の思いでコーヒーを口にする人が増えているのではなかろうか。NHKの政見放送は玉石混交で比較して評価するにはいい機会。石丸氏の波が燎原の火のように広がっていく。

◇次の首相は誰か。岸田再選はあるのか。日本丸の船長は世界的に重要である。石破氏が総裁選立候補の意向を固めたという。河野氏も意欲を示したという。自民党内の動きが急に激しくなった。(読者に感謝)

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2024年6月27日 (木)

人生意気に感ず「月の裏側に手をのばした中国の力は。都知事選の大義名分。民主主義を守れ」

◇楫取素彦の総会をはじめいくつもの課題を乗り越えてきた。猛暑の中、身体がだるい。一日3回の走りは欠かさないが速度は出せないのだ。それでも深夜は心地よい。闇の中、昼間は気付かない小川の音が生きている。とどろく上武道路の音は昼夜を問わない産業界の姿である。見上げると満月である。

 月がまた身近な存在になった。中国が月の裏側の資料を持ち帰った。月は同じ面を地球に向けて回っているから裏面は謎の世界だった。そこには宇宙人の基地があるなどという話が飛んだこともあった。嫦娥6号が持ち帰った資料は月の南極域の盆地の物。この盆地は巨大隕石の衝突で削られてできたから、深部がむき出しになっており資料は深部の貴重な情報を教えてくれるだろう。

 中国は「宇宙強国」の建設を掲げ月の探査に全力を上げている。月には未知の資源も予想されるが国際ルールはなく「早い者勝ち」となっている。美しい満月が「あれは我が国の物だ」などと言われる状況は避けねばならない。中国の覇権主義が批判されている。覇権を宇宙に広げることがないように人類は英知を傾けるべきだ。7月1日は、群馬県日中友好協会の総会である。真の友好を進める上で私たちは試練の場に立たされている。日中両国の重要度は昨今の国際情勢の中で加速している。それは民間同志の友好の大切さを意味する。これらのことを踏まえて1日はしっかりした挨拶をしようと思う。

◇都知事選、夏の陣はいよいよ熱くなっている。古来戦いには大義名分が重要だ。大義は美しく光るものでなくてはならない。小池・蓮舫両氏の旗には汚点がある。学歴詐称や二重国籍である。小池氏のことを緑のタヌキという人がいる。一方がタヌキなら蓮舫氏はキツネか。東京の有権者は眉に唾して騙されないよう警戒すべきである。タヌキやキツネの所業を浮き立たせ光を当てているのは石丸伸二氏の存在である。街頭演説に途方もない多くの人が集まっている。政治に不信を抱き現状を変えようという人々の怒りを示す光景である。選挙の構造が東京から変わりつつある。「もしかして」という微かな望みが現実に移ろうとしている。民主主義の危機を救わねばならない。公共報道を利用して「NHKをぶっ壊せ」と妙な連中が叫んでいる。その中味は聞くに耐えない。こういう存在を法的にぶっ壊すことは民主主義を守るために必要である。沸騰する東京都に一筋の涼風が生まれた。それを大きな流れにしよう。(読者に感謝)

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2024年6月26日 (水)

人生意気に感ず「燃える地球は手遅れか。宗教の力と民主主義の行方。検察高官の性犯罪。沖縄米兵の性犯罪の意味」

◇連日の酷暑。この先地球はどうなるのか。無心に水に戯れる子どもたちを見て、彼らの将来が心配でならない。地球が燃えているのだ。地球温暖化は止まらない。専門家は手遅れだと指摘する。世界では50度を超えるところも出ている。空前の直射日光の中を黙々と歩く人々がある。狂気の沙汰を支えるのは宗教心。

◇サウジアラビアのメッカで1,301人の死者が出た。気温は51.8度。体温を遥かに超えた熱湯にひしめく群衆。宗教の凄さと無気味さに圧倒される。メッカはイスラム教最大の聖地である。全世界のイスラム教徒にとってあこがれの地なのだ。このエネルギーが政治と結びついた時の恐怖を想像する。イスラム教はかつて右手に剣を左手にコーラン(イスラムの経典)をと叫んで世界を席巻した。祭政一致の権化の姿だった。人間尊重の民主主義は政教分離でなければならない。日本国憲法も高らかに謳う。大巡礼での異常事態に接し民主主義の尊さを思った。

◇大阪地検元検事正がこともあろうに在任中の部下に対する性的暴行の疑いで逮捕された。超エリートの経歴を持ち辣腕ぶりは有名で「関西検察では神のようにあがめられていた」という。現在の日本は享楽の巷と化し男女問題は末期的様相を呈している。それを食い止める砦が検察の使命ではないか。逮捕容疑は酒や薬などの影響で抵抗できない相手に性的暴行を加えた罪。現場は検事正の官舎で被害者は酒に酔っていたという。高検は被害者の特定につながることは一切言えないとする。こういう姿勢に対し身内びいきではないかという声が上がるばかりでなく被害者への好奇心も高まる。状況からして被害女性は相当な公職にある官憲であることが窺える。

◇また起きてしまった。米兵による少女性的暴行事件である。16歳未満の少女を誘拐し同意なく性的な行為をしたとして、那覇地検は不同意性交とわいせつ目的誘拐罪で在沖米空軍の兵長を起訴した。米兵による少女の被害は過去にも度々起きた。玉城知事は「強く抗議しなければならない。怒り心頭だ」と発言。今回のように表沙汰になる米軍関係者による性犯罪は「氷山の一角」と言われる。不起訴になり泣き寝入りする人が少なくないのが実態なのだ。沖縄の基地は現在の国際情勢の中で、そして日米同盟に於いて非常に重要である。米兵の犯罪が日米の信頼関係を脅かす事態を深刻に受け止めねばならない。

◇岸田首相退陣の風がにわかに強くなった。大きな津波に日本はどう対応するのか。(読者に感謝)

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2024年6月25日 (火)

人生意気に感ず「石丸の勢いの源は。“恥を知れ”はどこまでも響く。大谷23号はどこまで」

◇ふるさと塾で私の話が終わって自由な発言となった時、Fさんが手を上げた。「先生は都知事選をどう見ていますか」。この人は蓮舫氏支持であることを私は知っている。「まさかのサプライズが起きるかも知れません」私がこう言っても塾生の反応は鈍い。都で石丸氏の嵐が日毎に激しくなっていることを真剣に受け止めていないのだ。大学時代の友人が電話をかけてきた。「石丸ボランティアが凄いよ。30万枚の証紙を二日で貼り終えた。女子高生がビラ配りを真剣にやっているんだ。タヌキとキツネは無党派層には飽きられているよ」と。小池知事を緑のたぬきというそうだ。いかにも化かしそうだなと笑ってしまった。これがタヌキなら蓮舫氏にはキツネの表現がふさわしい。政治不信は加速するばかりで一般大衆はいい加減にしろと思っている。「恥を知れ」と叫んで登場した石丸伸二に人々が注目するのは当然のことだ。今や街頭に立つと2,000人もの人が集まると言われる。ドトールコーヒーの創業者鳥羽氏が進んで後援会長を引き受けた。首都には津波や巨大地震の自然災害が迫っているが石丸旋風は大津波の感がある。緑のたぬきの学歴詐称をメディアは本気で追及しないが大衆は知っている。国会が形式に流され日本丸が羅針盤を失って漂流し民主主義が衆愚政治になりつつあることに大衆は怒っている。この大衆の怒りが石丸現象のエネルギー源になっているに違いない。7月7日までにこの流れはどう変化するのか。私の友人で元都庁幹部は驚くべきことを漏らした。「都の職員で石丸と一緒に仕事をしたい人が少なからずいるようだ」と。また元高級官僚の友人は「東京周辺自治体の人々の影響力は大きいよ」と指摘する。東京に職場があるとか知人友人親戚などの繋がりは膨大だというのだ。この人は笑いながら言った。「地殻変動は確実だよ、君」。この声に揺すられる自分を感じた。そして思った。これがその地殻変動の力かもしれないと。

◇23日大谷が23号を放った。快音は私の心まで響く。誰かが言った。「大谷は日本の宝」と。その通りだと思う。昭和15年生まれの私は少年時代アメリカに対してコンプレックスがあった。敗戦の衝撃は大きかったのだ。大谷の雄姿は日本が大きく変わったことを示している。国産物に誇りを抱く現在である。大谷の活躍はそれを象徴している。一本打つごとにスタンドが沸き立っている。大谷は日本の文化を伝えている。そこに日本の宝といえる意味があるに違いない。(読者に感謝)

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2024年6月24日 (月)

人生意気に感ず「ふるさと塾は燃えた。奇襲の成功はアメリカを一つにする大義名文となった。太平洋での日本の役割は」

◇連日のハードなスケジュールで身体は疲れていたが爽快な気分で完投できた。22日のふるさと塾である。気持ちを奮い立たせたのは山本五十六のストーリーである。ホワイトボードに二枚の絵を描いた。フリーハンドで太平洋の図を描くことは人々の心を引きつける。画面の下部にオーストラリアの上部が。大きな湾曲の右手に突き出たヨーク岬半島、その上に怪物のように横たわるのがニューギニア島である。湾の中央をニューギニアを貫いて縦に走る線は東経140度の経線で先へ延ばせば東京に至る。「これが赤道です」そう言ってニューギニアの少し上に東西の赤い線を引いた。ニューギニアには右手にニューブリテン島とブーゲンビル島を描く。「ここがニューブリテンのラバウルで北に辿るとトラック島で日本海軍の重要な根拠地がありました。山本は視察のためここを飛び立ちラバウルに至りブーゲンビルに向った時、米軍機に撃ち落とされました」こう説明した時、私の胸にはかつてニューギニアを慰霊で訪れた時の戦跡の光景が甦っていた。もう一つの図は1941年12月8日未明、真珠湾に向けて183機の攻撃隊が飛び立った時の説明である。北海道の北に国後、択捉の二島が並ぶ。この択捉(エトロフ)のヒトカップ湾から出撃したのだ。大きな課題は途中発見されないか、真珠湾に米の艦船が集まっているかであった。山本の賭けには大きなリスクがあったのだ。山本の胸には気になっていることがあった。必ず直前に事前通告することである。「大丈夫だろうな」と何度も念を押した。山本は比べものにならない国力の差を知っていた。だから長期戦になれば勝利は有り得ない。奇襲で決定的な打撃を与え国民の戦意を喪失させ講話に持ち込まねばと信じていた。旗艦長門からトラトラトラ「我奇襲に成功せり」の暗号電報が届く。ルーズベルト大統領は日本の騙し討ちを厳しく非難し国会は燃え上がった。事前通告なしの奇襲はアメリカを一つにして日本と戦う大義名分を与えてしまった。大統領は直ちに日本に宣戦布告しここに太平洋戦争は始まった。ハワイ沖の空母にいた大石参謀は日誌に書いている。「わずか一時間半で米戦闘部隊とハワイ空軍をせん滅せり。これぞ武人の最大の本懐なり」と。日本中が狂喜した。この日の塾は太平洋戦争の認識を深めるのに役立ったに違いない。ホワイトボードの地図を改めて強調した。太平洋の波が新たに高くなっている。その中心は米中の対立である。日本の役割と使命は大きい。(読者に感謝)

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2024年6月23日 (日)

死の川を越えて 第11回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 その頃、湯の川地区では、真宗の説教所をつくる話が進んでいた。人々がまっとうな生活をするように導くといううわさであった。仁助はこの動きに反対であった。

〈坊さんどもに何ができる。地獄の釜の中で生きる俺たちにとって、ばくちは苦しみを忘れるせめてもの慰めだ〉

 彼はいつもこう思っていた。「浄化だと、ふん、笑わせるねえ。手前らのナンマイダで、湯川の水が変わるもんか。俺たちには神も仏もねえんだ。説教所をつくって、訳の分からねえお題目を唱えるぐれえなら、俺たちのために金をつくる算段でもやれ」

 仁助はたんかを切って、回ってきた奉加帳を破り捨ててしまった。説教所設立を目指す人々は、仁助の存在が運動の妨げとなっていることを憂慮し、仁助の暴挙を器物破壊罪で告訴した。

 そして仁助は地元の警察に留置されてしまった。留置されている仁助の下に子分がとんでもない情報をもたらした。

 仁助にはお貞という愛人がいた。子分の知らせによれば、お貞が最近、都会からやってきた金持ちの患者と浴客といい仲になっているというのだ。

 仁助は閉ざされた空間で妄想の虜になった。お貞の白い肌と嬌声が大蛇のように彼を襲った。妄想は膨らんで、別の黒い大蛇が登場し、二匹は絡み合って一つになり仁助に迫った。

「ちきしょう、許さねえ。出たらたたき切ってやる」

 そう言って、仁助は壁に頭を打ち付けて叫んだ。

つづく

 

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2024年6月22日 (土)

死の川を越えて 第10回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

「娘さんを助けに来た。俺を信じて任せてくれ。事は急ぐ。身一つでいい。安全に暮らせる場所に連れていく」

「お、お前様はどちら様で、娘を一体どこへ」

「安全に暮らせる所としか言えねえ。詳しいことを知らねえのがお前さんのためだ。父っつあん、俺の目を見ろ。命がけで来た」

 しばらくやりとりがあった。その時である。襖が開いて、一人の小娘が進み出て両手を突いた。

「お父っつあん、陰で聞いていました。巡査に調べられたら、あたしは死のうと思っていました。このおじさんを信じます。救いの神様です。どうか、その安全な所へ連れて行ってください」

「おお、よく言った。着たままでいい、死んだ気になれば怖いものはねえ。いいか父っつあん、騒ぎになるだろうが、お前は何もしらねえんだぜ。そこに巡査が倒れている。誰かが押し入って娘を無理やり連れて行ったことにしねえ。巡査はどこかの女衒と思うだろう」

 母親も娘の側に座り、ぼうぜんとして事の成り行きを見ていた。

「お父っつあん、おっ母さん、私は行きます」

「おさや」

 母と子は抱き合っている。

「落ち着いたら連絡をする。女衒でねえことは信じてくれ。今は、六蔵さんに頼まれた者だとだけ言っておく。ではな」

 仁助は近くにつないでいた馬を引き出してきた。日はとっぷりと暮れていた。仁助と娘を乗せた馬が闇の中に消えていく。ひづめの音が小さくなっていった。

 湯の川地区では享楽の中で改善の動きが起き、宗教が登場する。博徒と宗教の結び付きは湯の川地区であればこその展開を示した。

つづく

 

 

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2024年6月21日 (金)

人生意気に感ず「抜け道で実効性のない規制法の成立。風雲児石丸伸二はどこまで。楫取素彦顕彰会総会は大成功」

◇国会の品位を傷つけ政治の信頼を地に落とした裏金国会が大きく動いた。改正政治資金規正法の成立である。抜け道が多く実効性が不十分で国民が納得するものではない。多くの野党が求めた企業団体献金の禁止や政策活動費の廃止などは空振りとなった。

 規制法成立後の党首討論は最大の課題をかけた真剣勝負だが、限られた時間のため相手を打ち倒すに至らない中途半端なものとなった。立憲代表は大上段に振りかぶる。「こんな方改正では国民は全く納得しない」。首相はこれを受け止めて「政治活動の自由と国民の知る権利のバランスの中で作った制度だ」と。泉代表の切っ先は届かなかった。血しぶきが飛んで片腕くらい落とすかと期待した人もいた筈だがそこに至らなかったのだ。

◇都知事選の幕が開けた。最大の関心事は風雲児石丸伸二がどこまで伸ばすかである。この選挙に銘打つなら「恥を知れ選挙」だろう。安芸高田市長の時、議員の政治姿勢に腹をたて発した「恥を知れ」は既存の政治に広く当てはまる。彼は記者会見で政治屋の一掃を主張した。事務所開きで訴えた。「社会が大きく変わろうとしています。私たちの手で社会を動かしましょう」。この人の武器の一つはYouTubeなどの動画配信である。その発信力は驚異的だが何よりもインパクトがあるのはその新鮮な政治姿勢である。7月7日を目指して都民がどう変化していくか息を呑む瞬間が続く。

◇楫取素彦顕彰会の総会が終わりほっとしている。ある幹部は言った。「人が集まるだろうか」と。長いこと活動を停止していたからだ。そこで力を入れて準備したのである。小冊子「楫取素彦の歩み」を作った、今なぜ楫取素彦なのかを訴えた。約80人が参加しホテルの一室は人で溢れた。楫取が県令を辞し前橋を去るとき数千人の人が別れを惜しんだ。私は挨拶でこの事実に触れて言った。「これほど県民に信頼された政治家はおりません。政治の信頼が地に落ちた今こそ楫取を群馬の誇りとすべきです」と。

 この日特別企画・松陰大学元教授長谷川勤先生の講演は素晴らしかった。吉田松陰と楫取の関係について史実を掘り下げ格調高く情熱を込めて平易に語った。黒船に乗り込む松陰の姿を想像し、人々は息を詰めたように聞き入った。鎖国の時代に於いて松陰の目は国や藩を超越して世界に向けられていたのだなと、私は感銘を覚えながらきいた。(読者に感謝)

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2024年6月20日 (木)

人生意気に感ず「沸騰する都知事選、石丸氏の行方は。楫取素彦の今日的意義」

◇沸騰するのは気温だけではない。今日の社会情勢こそ狂乱のように沸き立てっている。それを象徴するように都知事選が始まる。50人以上の立候補は前代未聞。300万円の供託金の行方はどうなるだろう。一定の投票数に達しなければ没収となる。その額もかなりのものになりそうだ。1千万人を超える有権者の中で膨大な無党派層の存在。もしそれが何かのきっかけで一つの方向に動けば東京が変わり日本が変わる。昨日(19日)4人の共同記者会見があった。二人の女性の他に前安芸高田市長の石丸伸二氏、元航空幕僚長の田母神氏。事実上この4人に絞られるのだろうか。米大統領選では「もしトラ」が盛んに言われるが、都知事選でも「もし」に関心が高まっている。そんな思いで共同記者会見では石丸伸二氏に注目した。この人物について言えば記者会見の場に登場しただけでいよいよここまで来たかの感がある。

 この人物についてちょっと前まで私は全く知らなかった。市議会の惨状に怒って「恥を知れ」と絶叫した。この叫びは安芸高田市の議場を超えて国会にも都知事選の場にも余韻となって不気味に響いている。ボランティアを呼びかければ2千人近くが集まり、人々は広報ビラなどを持って配布に動いているという。これらの人々は裏金に対し、あるいは学歴詐称に対し「恥を知れ」の思いで炎天下を衝き動かされているに違いない。「もし石丸」、つまり「もし石」を期待しながら。いよいよ告示である。投票は7月7日。恥を知れの風は勢いを増すのか、それとも選挙戦の嵐の中で下火になっていくのか、興味は増すばかりである。

◇ドジャーズの大谷が20号をたたき出した。快音が響きスタンドが沸き立ち颯爽とした雄姿がスタンドを回る。大谷の姿は私たちに何か暗示を与えているように思える。胸につかえる政治不信のもやもやを吹き飛ばすような。人々はそれを求めて喝采を送っているに違いない。

◇今日、楫取素彦顕彰会の総会が行われる。休眠状態が続く中で会長として責任を痛感していた。準備に全力を尽くして今日を迎えた。冒頭約5分の挨拶で楫取とは何者で、何故今楫取が求められるかを語る。未曾有の社会的混乱は幕末と似ている。黒船に乗り込もうとした吉田松陰は国や藩を超越して目を世界に向けていた。楫取は松陰の義兄である。29歳で処刑された松陰の遺志を継いで楫取は群馬の礎を築いた。群馬を去るとき数千の人々が別れを惜しんだ。政治家の信頼が地に落ちた今楫取に学ぶべきことは限りなく大きい。楫取と松陰を胸に総会に臨む。(読者に感謝)

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2024年6月19日 (水)

人生意気に感ず「自衛隊の役割と応募者の減少。教員志願者の減少。石丸伸二の衝撃度」

◇人口減社会の衝撃が続く。高齢者は増え若者は減り続ける。晩婚、非婚が時代の大きな流れである。近い将来(2040年)18歳人口は7割ほど減ると専門家は分析する。厳しい国際情勢下で自衛隊は大丈夫なのか。北朝鮮、ロシア、台湾有事など日本を囲む環境は深刻である。国内的にも災害の多発が続き自衛隊の役割は増している。自衛隊は正に内憂外患の中にある。募集しても志願者がなかなか集まらないと言われる。今の若者は危険な職種を避ける。国民の生命財産を守るという公共心が薄れているのだ。自衛隊は大丈夫なのか。日本は大丈夫なのか。私は心配でならない。現実はまったなしである。自衛隊の減少が避けられないとすればその対策を考えねばならない。アメリカに頼り過ぎることはできない。装備の無人化が言われている。ドローンやAIの導入は当然であろう。しかし、枝葉の問題を論じても解決にはならない。国会で真正面から取り組み激しく議論すべきだ。裏金で国会が機能しないのは悲しい現実である。我々国民一人一人が主権者として国を守ることを真剣に考えるべきである。

◇教育は国の大本であり、それを支えるのは教員である。公立学校採用試験の志願者が減り続けている。この事態は教育の崩壊に繋がりかねない。窮余の策として各地の教育委員会は試験日程を早めている。採用が早い民間企業に流れるのを防ぐことが目的である。しかし日程を早めるだけでは問題は解決しないだろう。民間企業は教員採用試験が早まればその先回りをして採用すると言っている。背景は人手不足なのだ。若者は条件が良い職場を選ぶから教員の労働環境の改善が急務に違いない。

◇安芸高田市長を辞めて都知事選立候補を表明している石丸伸二氏が政策を発表した。中心は「経済により東京都を動かす」だという。ボランティアを募集したら千人以上が集まったというから驚く他ない。市長時代過激な発言で注目され、YouTubeの発信力で日本一と世界一を達成した。「もしかして」と興味を示す人は増えているに違いない。私の周りにも夢中になっている人がぼちぼち出ている。もしものことがあれば東京都だけでなく日本が動くことになるだろう。

◇副知事1年限りでやっと県議会で可決された。知事は議会側と確認書を交わしたがその中に次の項目がある。「丁寧に県職員に対応するよう宇留賀氏を指導する」、「議会との意見交換の場をつくる」これが問題の本質を雄弁に物語る。(読者に感謝)

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2024年6月18日 (火)

人生意気に感ず「パリ五輪の暗雲。育英大学の壮行会で櫻井選手と握手。岸田政権の支持率低下は何を意味する」

◇オリンピックが秒読みの段階になり連日各種競技戦で沸き立っている。今年はパリが会場なので選手たちの心には格別のものがあるに違いない。「パリに行きたい」という合言葉にそれが滲んでいる。しかし、平和の祭典には暗雲も漂う。テロの脅威である。花の都は警戒でピリピリしている。ウクライナ、イスラエルとハマスなど世界は争乱の中にあり、パリの治安はそれと密接な関係にある。凱旋門、セーヌ川、ベルサイユ宮殿等を血で汚してはならない。

◇15日、パリ五輪壮行会に出た。育英大学の二人の職員、櫻井つぐみさんと元木咲良さんがレスリング代表でパリ行きが決定したのだ。育英大学は創部7年にしての快挙に奇跡だとして燃えている。二人は「パリでは絶対に金を」、「自分にしか出来ない試合を」と決意を語った。激励の言葉を語る人は「必ず凱旋門を通って下さい」と励ました。懇親会の席で私は櫻井つぐみ選手に近づいて言った。「握手をお願いします。力一杯で願います。オリンピック選手の手の力を知りたいのです」。「手の力は強くないのですよ」彼女は笑いながら言った。握りつぶされるような力を予想したが柔らかい手はそれ程ではなかった。多分加減したのだろう。私は手の力には自信があって若い人に簡単には負けないのである。

 今回のパリ五輪ではセーヌ川やベルサイユ宮殿も会場に使われる。花の都パリはかつて多くの血が流された革命の地であった。フランス革命の中で生まれた人権宣言はその後世界の人間尊重と民主主義の理念を導く星となった。それは日本国憲法の基本理念となって私たちの生命および自由を支えているのだ。パリのオリンピックはメダル争いだけの場ではない。選手たちはフランス革命の歴史を概略だけでも学んで行くべきだ。より大きな力と勇気が生まれるに違いない。

◇自民党支持率が19%に下落した。岸田内閣の支持率も22%に下がった。朝日新聞の世論調査である。岸田首相は平和サミットでも存在感を示していた。帰国した姿を見てその目まぐるしい動きをみてよくやっていると思った。それにもかかわらず変わらず支持率が上がらないのは裏金づくりへの国民の怒りがいかに激しいものかを物語るものといえよう。本来なら政権交替が行われる場面だがそれも望めない。他党の力が余りに弱いからだ。他党の支持率は立憲が8%、維新・公明・共産が横並びの3%である。日本丸は羅針盤を失ってどこへ流れていくのか。(読者に感謝)

 

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2024年6月17日 (月)

人生意気に感ず「恥を知れとさけぶ姿に喝采。議会の形骸化は。男性の育休と社会の変化」

◇女性同志の対決として久しぶりに面白くなるかと期待したが肩すかしの感が出てきた。公明党が先頭に立って旗振りし、小池氏の学歴詐称もどこ吹く風と過ぎて行きそうだ。蓮舫氏も期待と新鮮味が薄れ、切れ味が鈍ってきた感がある。51人以上の立候補者が予定され首都の戦いは芋もみの状態である。国乱れて群雄割拠と言われるが現状は首都乱れて群犬吠えるというべきか。ただ、これから本格的な選挙戦に進む中で異色な新人が登場しないとは限らない。堕落した政治に愛想を尽かした人々はそれを期待しているに違いない。

◇インターネットの動画で議員に向って「恥を知れ」と叫ぶ男の姿を見た。安芸高田市長の石丸伸二氏である。地方議会の実態を熟知している私は「その通り」と思わず声をあげていた。そして継ぎの瞬間「国会も同じだ」と心に叫んでいた。石丸氏は市長を辞し都知事選出馬を表明している。石丸氏の「恥を知れ」発言は「議場で居眠りをする」、「一般質問をしない」、「説明責任を果たさない」等に対する批判としてなされた。

 私の県議選初当選は1988(昭和63)年であった。高い理想を信じて飛び込んだ世界の現実に私は愕然とした。恥を知れと叫ぶことはしなかったが、居眠り、一般質問もしない長老議員、役人に質問の原稿を書かせる議員などが存在した。その後議会改革が行われ状況は大きく変わったが地方議会に於ける理想と現実の乖離には著しいものがあり議員の質は総じて低い。私が知るある市議は私が「地方議会は形骸化している」と言ったら、「形骸化って何ですか」と言っていた。

 私は石丸氏の「恥を知れ」は裏金問題で混乱し機能不全に陥っている国会議員にこそ浴びせるべきだと思う。日本は未曾有の国難の時にあり国民の生命と財産を守り国の進路を担う国会議員の責務は極めて重大だからである。都知事選は、東京都の重要性を考えれば国政選挙と変わらない。都政に活を入れなければならない。50人以上が立候補を表明しているが蛙の合唱で終わらせてはならない。

◇男性の育休が大幅に増えていることに驚く。少子化に歯止めがかからず危機的な状況である。男性の育休は社会の理解があって成り立つ。県の調査では、民間事業所で働く男性職員の育休取得率は36.9%で過去最多だった。若い父親が子どもを抱く姿を時々みかける。古い世代の私はかつてその姿に衝撃を受けたことがある。時代は変わったのだ。子どもは社会が育てる雰囲気が生まれつつあり嬉しい。(読者に感謝)

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2024年6月16日 (日)

死の川を越えて 第9回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

  

 仁助が湯の川地区から姿を消して数日が過ぎたある日、馬を引いた仁助が福島県の山村の一軒の農家に近づいた。秋の日は既に西の尾根にかかり、農家を囲む森が長い影を落としていた。仁助がわら屋根の農家に近づいた時、彼の前に進み出た人影があった。

「こら、どこへ行く」

「どこへ行こうと勝手ではねえですかい」

 どすの利いた声と鋭い眼光に驚いた様子の男は、これが見えぬかとばかりに腰のサーベルを動かした。

「へえ、管区さんかね。そんなものをちらつかしたって、びくつく俺様じゃねえ。それに何も悪いことはしちゃいねえ。弱い者いじめの管区さんが何の用でえ」

「怪しいヤツだ。ちょっと署まで来い」

 巡査はそう言って仁助の腕をつかもうとした。

「何をするんでい。冗談じゃねえ。俺たち虫けらにも意地があるんですぜ。ちょっとおとなしくしてもらおうじゃねえか。えいっ」

 仁助の口から裂帛の気合いが漏れたと思うと、当て身をくらって巡査は崩れ堕ちていた。

「ざまあみやがれ」

 仁助はつぶやいて巡査に猿ぐつわをかませ縄で縛り、側の納屋に引きずり込んでしまった。あっという間の出来事だった。

 仁助はつかつかと農家に入っていった。外の争いを感じてか、中は異様な空気で満ちていた。仁助は言った。

あんたがこの家の主ですかい。大変なことになっているそうですな。ある男から聞きました。六蔵と言えば分かると言っていた」

「おお、六さんが」

 主人はおびえた表情で後ずさった。

 

つづく

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2024年6月15日 (土)

死の川を越えて 第8回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 親分大川仁助は激情の人であり、無学であったが才覚があった。自ら湯の川地区で明星屋という宿屋を営み、その規模は湯の川の宿屋で一、二を争う程であった。

 しかし、彼の性分は周囲に波紋を及ぼし、とかくトラブルを起こした。特に、宿屋組合が湯の川地区で中心的な役割を目指すとなると、彼の存在は組合にとっても邪魔であった。仁助は宿屋の経営を表向き養子に任せていたが、このような環境の変化はこの男をますます放逸に向かわせた。

 仁助は、神も仏もあるものかと日頃からうそぶいていた。しかし、ハンセン病に対する差別には激しく抵抗し、時にはあいくちを抜いて渡り合うこともあった。

 彼の心の底には、どす黒い狂気とともに男気と正義感が混じり合って存在していた。彼は、死を恐れぬ男として他の町のやくざも一目置く存在だった。

 ある時、福島県の山村のある農家にハンセン病が発生した。あどけない少女の雪のような白い肌に赤い斑点ができた。村の医者がハンセン病だと言ったということで大騒ぎになった。

 世の人のつながりは不思議なもの。この少女と湯の川地区が結びついていくのだ。明星屋に福島県出身の客がいた。ある時、この客が仁助に妙なことを言った。

「親分、私の縁者に当たる娘がハンセン病にかかった。かわいそうでなりません。まだ小娘だ。近いうちに、巡査が先頭に立ってやってきて、家じゅう調べるといううわさです。ひでえことになりますよ。一家は村に居られなくなる。娘は首をつるか、井戸に飛び込むよりほかありません。何とかならねえものでしょうか」

 仁助は黙って聞いていたが、やがてきっぱりと言った。

「この明星屋の客は、家族と同じだ。特にお前さんは兄弟と同じ。お前の頼みとあっちゃ黙っていられねえ。何とかするから任せてくんねえか」

 仁助の中に眠っていたおとこ気と正義感が頭をもたげたのだ。

 

つづく

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死の川を越えて 第8回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 親分大川仁助は激情の人であり、無学であったが才覚があった。自ら湯の川地区で明星屋という宿屋を営み、その規模は湯の川の宿屋で一、二を争う程であった。

 しかし、彼の性分は周囲に波紋を及ぼし、とかくトラブルを起こした。特に、宿屋組合が湯の川地区で中心的な役割を目指すとなると、彼の存在は組合にとっても邪魔であった。仁助は宿屋の経営を表向き養子に任せていたが、このような環境の変化はこの男をますます放逸に向かわせた。

 仁助は、神も仏もあるものかと日頃からうそぶいていた。しかし、ハンセン病に対する差別には激しく抵抗し、時にはあいくちを抜いて渡り合うこともあった。

 彼の心の底には、どす黒い狂気とともに男気と正義感が混じり合って存在していた。彼は、死を恐れぬ男として他の町のやくざも一目置く存在だった。

 ある時、福島県の山村のある農家にハンセン病が発生した。あどけない少女の雪のような白い肌に赤い斑点ができた。村の医者がハンセン病だと言ったということで大騒ぎになった。

 世の人のつながりは不思議なもの。この少女と湯の川地区が結びついていくのだ。明星屋に福島県出身の客がいた。ある時、この客が仁助に妙なことを言った。

「親分、私の縁者に当たる娘がハンセン病にかかった。かわいそうでなりません。まだ小娘だ。近いうちに、巡査が先頭に立ってやってきて、家じゅう調べるといううわさです。ひでえことになりますよ。一家は村に居られなくなる。娘は首をつるか、井戸に飛び込むよりほかありません。何とかならねえものでしょうか」

 仁助は黙って聞いていたが、やがてきっぱりと言った。

「この明星屋の客は、家族と同じだ。特にお前さんは兄弟と同じ。お前の頼みとあっちゃ黙っていられねえ。何とかするから任せてくんねえか」

 仁助の中に眠っていたおとこ気と正義感が頭をもたげたのだ。

 

つづく

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2024年6月14日 (金)

人生意気に感ず「マンモス都市の女性対決は。今こそ楫取素彦と吉田松陰を。副知事の任期と自治法」

◇有権者は1千万人を超え予算規模は約16兆円でスウェーデンのそれに匹敵。正に東京都はマンモス。このマンモスは今危機に瀕している。小池知事は出馬表明で「首都防衛」と表現した。首都が抱える未曾有の危機が彼女の頭にあるのだろう。私なりにそう想像した。ゼロメートル地帯にひしめく人口。そこに直下型大地震、押し寄せる大津波、呼応するように富士山の大爆発。これらが手ぐすねをひいてその時を窺っている。小池百合子と蓮舫両氏の戦いは既に始まっている。女性の時代という声が高まる中、日本では女性の社会進出が遅れ特に政治の世界ではそう指摘されてきた。首都の女性対決は前代未聞である。こんな興味深い女の戦いはない。問題はどちらが強いか。貫禄は小池氏が圧倒的である。蓮舫氏が飛びけりや頭突きで攻撃しても弾き返されてしまうだろう。大方の観衆はそう見ているようだ。ところで野次馬は意外性を求める。それはウラガネという怪人が現れて蓮舫に秘策を授けることである。天下分け目の夏の陣は時を超えて、戦場は関ヶ原から東京に移された。難攻不落の大阪城の運命は。月曜のブログは「恥を知れ」の石丸伸二の登場である。

◇初代県令楫取素彦顕彰会の総会が迫った。混乱の時代にこそ群馬の原点をということで開くことを決意した。楫取は吉田松陰の義理の兄。楫取は松陰の妹を妻にしたからである。楫取と松陰の絆は思想信条の上でむしろ強い。松陰は萩から江戸へ送られ処刑されたが萩を去る時、孟子の言葉「至誠而不動者未之有也」(至誠にして動かざるは未だこれあらざるなり)を贈った。楫取はこの松陰の情熱と高い志を受け継いで群馬県を築いた。県庁舎南の清光寺は人間尊重の思想を基礎にする浄土真宗の寺。松陰の妹で楫取の妻・寿の努力で作られた。現在、文明の危機が叫ばれ人間の精神が崩れようとしている。今こそ楫取素彦及び吉田松陰の復活が求められている。6月20日を大切な節目としなければならない。

◇宇留賀副知事の任期1年案が自治法に抵触しないのか議論されている。地方自治法では任期は4年と定めるからだ。山本知事は、「任期は4年で、1年というのは議会との約束。全く心配ない」と見解を述べている。自治法上の任期4年を議会との約束で1年とすることに説明不足を感じる。宇留賀氏が自分の意思により1年でやめるか否かという点が重要なのではなかろうか。因みに議長職も自治法上は任期4年であるが1年でやめるのが慣例に。それは「一身上の都合により」と形の上で自らの意思によることになっている。(読者に感謝)

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2024年6月13日 (木)

人生意気に感ず「小池知事の出馬表明。沖縄の県議選。山本知事と県議会」

◇小池都知事が遂に知事選出馬を表明した。世界中で選挙が行われる特異な年である。東京都は地方自治体であるがその規模に於いて一つの国家に相当する。また、その抱える問題の重要性に於いて知事選には世界中の注目が集まる。複雑な世界情勢の中で日本の役割はかつてない程大きい。都知事選は、その日本の運命を左右するといっても過言ではない。ところで都知事選を面白くしているのは小池知事が盤石ではないことである。蓮舫氏が颯爽と登場し女性対決となった。両者、すねに傷と言われるがその深さは学歴詐称の小池氏が深刻である。。裏金と政治不信の嵐は蓮舫氏には大きな追い風で小池氏には打撃に違いない。マンモス都市の有権者の多くは浮動票である。風の吹き方でうねりは簡単に変わり得る。日本の民主主義の真価が問われている。40人にも及ぶ候補者群は供託金を積んで何を訴え、いかなる存在感を発揮できるか劇場の幕開けがいよいよ近づく。

◇連日32度を超えるような猛暑が続く。沖縄の暑さは格別だろう。その沖縄を更に燃え立たせているのが沖縄県議選である。7つの選挙区は基地問題を抱える上に裏金の政治不信が渦巻く。自民党の連敗のうねりは更に加速するのであろうか。政府自民党は危機感でテコ入れに努めている。林官房長官、茂木幹事長、小渕選対委員長等を投入して必死だ。16日が投票日。私は沖縄の県議選にこんなに注目したことはなかった。そういう人は多いに違いない。

◇副知事再任問題で山本知事と県議会が緊張し揺れている。私の議長時代が思い出される。事案は異なるがいろいろ摩擦が生じ当時の小寺知事が頭をかかえて議長室に出向いたことがあった。県議の定数削減を巡っての対立であった。私は知事が議会の自主性尊重に欠ける点を挙げて反対したのだ。知事と議会は二元代表制の下で対等の建前であるが実際は大きく異なる。それは議会の質の問題とも繋がっていた。このような状況を背景に小寺さんにも議会の自主性尊重の点に少し油断があったかもしれない。現在の山本知事と議会の問題も多少似た点が感じられる。山本知事は宇留賀氏再選に関し議会への説明不足を陳謝した。そして次のように発言した。「慢心というか県議会に対する甘えがあった。反省を伝え上で続投をお願いする理由を誠実に正直に丁寧に説明したい」知事の苦しい胸中が伝わってくるようだ。この出来事が議会の活性化と議会改革のきっかけになることを願う。(読者に感謝)

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2024年6月12日 (水)

人生意気に感ず「虎に翼が面白い。選択的夫婦別姓の行為。妖怪が世界を徘徊。マクロンの決意」

◇NHKの連続テレビ小説「虎に翼」が面白い。憲法14条両姓の平等の文言が度々出てくる。茶の間で憲法の両姓の平等が切実のドラマと結びついて語られる影響は大きいと思う。結婚により女性は夫の姓を名乗ることについての真剣な議論がある。普段憲法論に無縁な多くの人々も引き込まれて見ているに違いない。

◇経団連は10日、選択的夫婦別姓制度の早期導入を政府に求める提言を公表した。民法は夫婦同姓を定める。「夫婦は婚姻の際に定めるところに従い夫または妻の氏を称する」。95%の夫婦は妻が旧姓を改めている。提言は希望すれば夫婦どちらも姓を変えずに結婚できる。法制審議会は1996年に導入を答申。自民党だけが反対している。伝統的な家族の在り方を尊重すべきだというもの。最高裁は選択的夫婦別姓を認めない現制度を合憲としているが経団連の提言により議論が激しくなるに違いない。寅が議論の輪に加わったらどんな発言をするだろうかと想像した。

◇妖怪が頭をもたげ世界中で徘徊しているかのようだ。妖怪は人間の平等とか人権の尊重という理念ではなく自国第一主義を叫んで支持を集めている。喜んでいるのはプーチン大統領だ。自国第一主義の勢力はウクライナ支援に消極的だからである。ロシアはここぞとばかりに自国の立場の有利を宣伝している。

「自国民を犠牲にしウクライナの民族主義者を支援する無能な政策の結果である」と。

 自分が再選すれば24時間でウクライナの戦争は終結させると豪語するトランプ前大統領も我が意を得たりと思っているに違いない。自国第一主義は移民の受入れや地球全体のことを考える環境政策にも消極的である。

 現在世界の一体化は加速し人間の尊重及び環境の問題は国境を超えて考えねばならない。そしてそれらを支えるものが平和である。世界の民主主義は危機にあり試練の場に立たされている。

 マクロン仏大統領は欧州議会選の歴史的敗北に直面し議会を電撃的に解散した。反極右を旗印にするマクロン氏である。極右の主張は人権否定を含む。フランス革命の核心は人権尊重の人権宣言である。その思想は日本国憲法にも流れ込んでいる。マクロン氏の決断に接しフランスの熱い歴史を感じた。

◇私は高齢ドライバーなので運転には細心の注意を払っている。昨日自宅近くで大きな事故があった。16歳の女子高生が死亡。一方のワゴン車の主は同じ町内の人。上武道路交差点近くである。

(読者に感謝)

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2024年6月11日 (火)

人生意気に感ず「甦るノルマンディ上陸作戦。史上最大の作戦の今日的意義」

◇「いつも戦いは辛いものだぜ、海から空から若い兵士は勝利信じて・・・今日も進みゆく歴史を作るため・・・」ノルマンディ上陸作戦を舞台にした映画「史上最大の作戦」のテーマソングである。この映画の場面が今甦る。悪天候で足止めされた兵士たちがトランプをする姿。ナチスの将軍は「自分なら上陸地点としてここを選ぶがアイゼンハワーは決断できないだろう」とノルマンディの地図を指して言った。ある朝、海岸線の要塞を守るドイツ兵は目を疑った。目の前の海を埋め尽くすように上陸しようとする連合軍兵士の姿があった。それは80年前、1944年6月6日の出来事であった。この頃日本も戦局は末期の状況で前年4月18日連合艦隊司令長官山本五十六がソロモン島上空で戦死、12月には出陣学徒壮行大会が行われた。そしてこの年1944年にはサイパン島守備隊全滅、東条内閣総辞職と続いた。

 ノルマンディの海岸は約80キロにわたり米英カナダの兵士が上陸した。作戦は成功し連合軍勝利の流れは決定づけられていく。フランス国民は狂喜して兵士を迎えた。

 一方日本も激変、激流の中にあった。真珠湾の勝利に狂喜沸騰しているときドイツはソ連に侵攻し悲劇的な敗退が始まっていたのだ。真珠湾攻撃の3日前、ドイツ戦車戦の名将ブーデリアン大将は日記に「我々は惨たんたる敗北を喫した」と記した。日本帝国はナチスドイツの勝利を最大の頼りにして対米英開戦に踏み切ったのだった。ノルマンディ上陸作戦は崩れていくドイツに止めを刺すと同時に日本の敗戦をも決定づける要素となった。正に史上最大の作戦だったのだ。

◇バイデン大統領はノルマンディの式典で戦った兵士の勇敢さを次のように称えた。「彼らは使命と義務を果した。彼らはまさしく米国人だったのだ。作戦で犠牲になった彼らは米国が世界を照らす光だと信じていた」

 フランスのマクロン大統領はこの式典に車イスで参加した元米兵士たちに感謝の意を伝えた。「欧州が自由な世界を取り戻せたのはここで戦った兵士たちの意思のおかげです」と。マクロン大統領は上陸作戦の日を民主主義の理想を追う現在の欧州が始まった日、繰り返す夜明けと表記した。またマクロン氏はロシアを80年前のナチスドイツと重ね「ウクライナ国民の勇気に感謝する」と称えた。これはウクライナ国民が欧州はじめ自由主義世界のために戦ってくれているという認識を示すものだ。アメリカ及び欧州各国がウクライナへの支援を強めている。甦れノルマンディの声が聞こえる。(読者に感謝)

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2024年6月10日 (月)

人生意気に感ず「ふるさと塾、山本五十六の決意と真意。騙し討ちか。アメリカ国民に大義名文を与えた」

◇今月のふるさと塾(22日土曜日)は山本五十六である。前回の井上成美と共に三国同盟に強く反対した。山本五十六にどう切り込み、何を語るかを考えて資料を読んだ。山本は長くアメリカ駐在武官を務めアメリカの底知れない国力を肌で感じとっていた。彼は語った「デトロイトの自動車とテキサスの油田を見ただけでも日本の国力でアメリカ相手の戦争も建艦競争もやりぬけるものではないことがわかる」と。だからアメリカと戦って勝ち目がないことを確信していたのだ。三国同盟への強い反対もこの同盟により米英との戦争に至ることを恐れたからである。1939年に第二次世界大戦が勃発するとナチスドイツは破竹の勢いであっと言う間にヨーロッパの大部分を占領し世論はバスに乗り遅れるなと沸騰し翌1940年日本は遂に三国同盟を締結した。米英との戦争が避けられない状況で山本は真珠湾襲撃を決意する。彼の目的はほとんどの主力艦隊が集結している真珠湾を襲い壊滅的打撃を与えアメリカの戦意を喪失させ機を見て講話に持ち込むことであった。軍の中央は反対であった。成功はおぼつかない。大きな博打とみたのだ。確かに真珠湾を成功させることは綱渡りの感があった。次のような課題を乗り越えねばならなかったからだ。

◎真珠湾を目指す機動部隊が途中でアメリカ等の船と遭遇し不慮の事態が生じないか。

◎ハワイのレーダーに発見されないか。

◎途中米潜水艦に発見されないか。

◎真珠湾に米主力艦隊が当日在泊しているか。

 これらを全てクリア出来たことは奇跡であった。そして奇襲攻撃は大成功であった。ところで山本が異常な程気にしていたことがあった。それは事前にアメリカに通告することであった。事前通告は攻撃実施の30分前ということになっていた。「外務省は大丈夫だろうか。どこかに手違いがあってこの攻撃が騙し討ちになったとされるなら陛下に対しても国民に対しても申し訳がたたない。必ず調べておいてくれ給え」山本は何度も念を押した。ところが外務省は事前通告をしなかったのだ。手違いだったという説があるが疑わしいらしい。ルーズベルト大統領は「日本政府はアメリカを騙したのです」と議会で演説し、議場は熱気と興奮が渦巻いた。結果として挙国一致して自由と平和のために戦うという大義名文をアメリカ国民に与えることになった。太平洋戦争は真珠湾攻撃と同時に始まった。日本はアメリカが石油を全部止めたための自衛のための戦いと考えた。当日は熱く語ろうと思う。

(読者に感謝)

 

 

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2024年6月 8日 (土)

死の川を越えて 第7回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

「今日は、ここまでに致そう。あまり欲張っては消化不良になる。次回は、最近の奇妙な来訪者の話をしよう。この集落に、逆に光が差し込むような話だ。異国人の女とだけ、今は申しておこう。今日は別の女が差し入れた下の里の菓子を食え」

 

 そう言って、万場老人は盆に盛った菓子を勧めた。

「このお菓子は、先日のこずえさんですね」

 正助が言うと、「は、は、は。この辺りには見かけぬ美形であろう。あるいは、お前たちと力を合わせることがあるかも知れぬ。いずれ改めて紹介致そう」

 万場老人の黒い顔から明るい笑い声が流れた。

 

二、賭博の親分

 

 湯の川地区には、その魅力に惹かれて全国から患者が集まったが、現実は厳しかった。そこには地獄の業火にもがく壮絶な人生のドラマがあった。つかの間の享楽に溺れる者も多く、賭博は誰でも手の届く日常の娯楽として大いに盛んであった。賭博には争いが付き物で、それを仕切る人物が現れる。

 湯の川地区の暗黒時代、大川仁助と大門太平という親分が登場した。2人はハンセン病の患者であるが、対照的な性格を持っていた。

 上州は賭博の地である。各地に大小の親分が勢力を競う歴史があった。うわさでは2人は大前田英五郎の流れをくむ者であった。

 

つづく

 

 

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2024年6月 7日 (金)

人生意気に感ず「大谷は前進を表明した。処刑後再審の衝撃。鹿児島県警と内部告発制度」

◇大谷選手が待っていた15号を放った。心のストレスが吹っ飛んだことを示すようだった。水原元通訳の銀行詐欺などが決着した。大谷は声明を発表した。「私および家族にとり重要な終結を向かえることができた。事件に終止符を打ち前に進む時期が来たと思っている」と。6月は大谷の月と言われる。15号はそれを示すものだろう。心から期待したい。

◇重要な刑事事件の裁判に関する報道が続いた。一つは注目していた飯塚事件の再審に関するもの、もう一つは県警本部長の犯罪隠蔽に関する問題だ。

 飯塚事件の再審は死刑執行後の再審を求めるもの。女児2人を殺害する事件は福岡県飯塚市で起き、久間氏の死刑が確定し執行された。弁護側は冤罪だとして再審を求めたもの。5日福岡地裁は再審開始を認めない決定を下した。久間死刑囚は逮捕から処刑までの14年間、一貫して無実を訴えた。DNA鑑定が有罪の決め手とされる事件であった。それにつき多くの疑問点があった。処刑された死刑囚が実は無実であったとすればそれこそ死刑制度の根幹を揺るがす事件であったが、それにつき多くの疑問点があった。私は大きな関心を抱き続けてきた。死刑囚が冤罪であったことが現実に存在する以上、処刑された死刑囚についても冤罪であったことは有り得るに違いない。処刑後に無実が判明してもあの世から戻ってくることは出来ない。だから再審をしてもしようがないという人がいるかも知れない。しかし、処刑された人の名誉を回復することに意味がある。うやむやにしないで今後の反省に活かさねばならない。袴田元死刑囚の再審の結果は近い。

◇鹿児島県警に日本中が注目している。前県警本部長の本田容疑者は職務上知り得た秘密を退職後漏らしたとして逮捕された。

 本田氏は現本部長が犯罪行為を隠蔽しようとするのを許せなかったと主張した。警察の威信と信用が関わる重大な問題である。本部長は「最後のチャンスをやろう」、「泳がせよう」と発言し本部長指揮の印鑑を押さなかったという。前本部長は「自己保身を図る組織に絶望した」と語る。この人は組織の不正を正す内部告発の意図であったと思われる。それ故に大きな社会問題となっているのではないか。企業や役所の不正を内部告発した人を守る公益通報者保護法が存在することを尊重すべきである。内部告発した人が組織内で不利益を受ける例は多いと言われる。内部告発で明らかになる不正は多い。裏切りと冷たく見られる風潮が存在する。古い村社会を改めねば真の前進はない。(読者に感謝)

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2024年6月 6日 (木)

人生意気に感ず「目を覆う自民党の凋落ぶり。止まらない人口減。水原氏と司法取引」

◇「おごれる者久しからず唯春の夜の夢の如し」と平家物語の光景を想像させる自民党の凋落ぶりである。選挙で連敗が続いている。かつての遠い昔なら一族は切られたり都落ちの悲劇を免れなかった。岸田首相は窮地に立たされている。ついに今国会での解散を見送った。首相は4月の訪米成果などで支持率をあげた上で解散総選挙に踏み切り総裁選を乗り切る戦略だった。

◇衝撃の数字である。出生率・出生数ともに最低だった。厚労省は5日人口動態統計を発表。

 一人の女性が生涯に産む見込み数を示す合計特殊出生率は1.20、そして2023年に生まれた日本人の子どもは72万7,277人。出生率は前年の1.26より0.06ポイント低下、出生数は前年より4万3,482人減少した。このまま下降線を辿るなら日本の社会はどうなるか。ある専門家は3千万人台になると分析する。3千万人台に落ち着いて新しい秩序が生まれるまでの過程は大変な混乱となるだろう。自分の死んだ後のことだからどうでもいいという訳にはいかない。思い切った少子化対策をとらねばならない。諦めるのは早いと思う。奇跡の自治体として出生率、出生数が増加している例が存在する。これは打つ手が存在することを物語る。首相は異次元の対策をとると語ったことがあるが口先だけの感がある。命をかけて事をなすとは死語になったのかも知れないが日本国が命をかけてつまり国の存立をかけて対策に当たるべきだ。政治家は言葉によって信頼を得る存在である。日本の現在の国力をもってすれば不可能ではない。裏金議員には出来ないことだ。

◇水原被告が裁判所に出廷し有罪を認めた。大谷の口座から盗んだ額は26億5千万というから正に異次元である。水原氏は違法賭博の負けを大谷選手の口座から払ったことについてその動機を語った。「考えられる唯一の解決方法が彼のお金を使うことだった」と。

  刑罰は銀行詐欺と虚偽納税申告で最長禁錮33年であるが司法取引に応したことで禁錮5~6年半程度かと言われる。判決は10月25日に言い渡される。水原氏はギャンブル依存症だった。途方もない大罪を犯したのだから刑務所入りは当然だろう。それにしても司法取引は不可解の制度である。検察官との取引で有罪を認めることで刑を軽くするというのだ。裁判に要する時間と費用を節約することが目的とされるが司法の権威にかかわることである。その運用のルールが非常に重要と思われる。(読者に感謝)

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2024年6月 5日 (水)

人生意気に感ず「車産業の違法は衝撃的。天安門広場と私。中国は月の裏側に。水原氏の司法取引」

◇日本の基幹産業「車」に激震が走っている。トヨタをはじめとする大手5社に認証不正が発覚。認証制度は大量生産される車の安全性確保が目的である。膨大な量を一台ずつ検査することは事実上不可能に近いからメーカーはサンプルについて試験を行い、そのデータを国に提出する。それで合格すれば指定を受けられ一台ずつの検査は不要に。メーカーは国に虚偽の申告をしたというのだ。例えばずっと以前のデータを使っていたとか。

 専門家の間には、多少のルール違反は安全性に問題がないというおごりがあると指摘する。金城鉄壁も蟻の一穴からという諺もある。車の品質は人の命と安全に繋がることを再認識すべきである。

◇天安門事件から35年が経った。それは1989年6月4日であった。1989を私は酷く薄情と頭に刻んできた。何度も足を運んだが広場は途方もなく広い。当時集まった民主化を求める民衆は百万を超えると報じられた。犠牲者につき中国政府は319人と報じる。桁が違うのではという声は多い。遺族の会「天安門の母」は真相解明と正確な犠牲者数の公表を求める声明を発表。

 私は昨年11月の天安門広場で肌で感じた異常な緊張を思い出す。昨年7月に反スパイ法が強化されていた。広場の入口でボディチェックを受け、内ポケットにあった3枚の原稿用紙を指摘されたのだ。スパイの嫌疑であった。末端の公安役員は職務に忠実である。同行していた私の事務局の黄さんの必死の説明で事無きを得たが原稿は没収されてしまった。人権を尊重する日本の民主主義を有り難く思った瞬間であった。

◇中国は月の裏側に世界で最初に到達し試料を採取し帰還の途についた。月面探査機は「嫦娥6号」。嫦娥は中国の伝説で月に住む仙女の名。日本にはかぐや姫の竹取物語がある。月までは40万キロ弱。この距離が増々小さくなり月が近くなった感がする。世界の軍事大国と異なり日本は国の基本から平和国家である。日本の宇宙技術はハヤブサに象徴されるように世界が注目する存在。この勢いを発展させるために教育がカギになる。学校で宇宙にもっと力を入れるべきだ。そして子ども達の夢と好奇心に火をつけるべきだ。私は鉄腕アトムと共に育った。

◇6月に強いという大谷の成果が気になる。元通訳水原一平氏の法廷の姿を見た。カリフォルニア大学卒業は詐称であることも判明。大谷への謝罪はなかった。司法取引による量刑が注目される。(読者に感謝)

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2024年6月 4日 (火)

人生意気に感ず「トランプへの有罪判決は。評議後の83億円もの献金。公明への異常な譲歩」

◇こわばった険しい表情が各紙の一面を飾った。トランプ前大統領である。ニューヨーク州地方裁判所で有罪の評決が出た。有罪の評決には全評議員の一致が必要である。大統領の職にあった者が刑事事件の評決で有罪となったのは前代未聞のこと。12人の評議員の氏名が明らされなかったのも異例である。身に危険が及ぶことを恐れた裁判所の配慮である。アメリカに於ける分裂と対立がいかに激しいかを物語る。この事件がポルノ女優に対する口止め料に関することは、トランプという男の怪物性及びこういう人物を大統領候補にしてしまうというアメリカ国民の不思議さを示している。量刑の言い渡しは7月11日。トランプ氏は吠えた。「不正で恥ずべき裁判だ。本当の評決は11月5日国民から下される。私は無罪だ」。彼が言う11月5日の評決とは大統領のこと。そこで世界中が注目するのはバイデン氏トランプ氏のいずれが勝つかである。11月11日有罪の判決が下れば無党派に与える影響は大きいだろうと専門家は分析する。現在盛んに「もしトラ」が言われている。もしトランプが勝てばどうなるかという巷の噂である。

◇評決直後から多額の献金が寄せられているオンラインでの小口献金は評決後24時間で約83億円に達したと報じられた。アメリカという国は、そしてアメリカ国民は不思議な存在と思わざるを得ない。共和党はバイデン大統領が政敵を潰すために司法を政治利用していると主張している。上の小口献金の勢いは一般市民の中で謀略説を信じている人がいかに多いかを物語る。アメリカの現実は民主主義が衆愚政治に墜ちていることを示すともいえる。アメリカを批判する国を勢いづかせることではないか。

◇公明党への驚くべき譲歩。裏金事件は落ち着くのか。政治の信頼は少しでも回復するのか。どうもそうは思えない。自民党の凋落の姿は絶壁に細い糸でぶら下がる萎びた巨体に見える。人口減少で坂を転げ落ちる日本を象徴するようである。辛うじて落下を免れているのは野党が弱いからだ。

 政治資金規正法改正案で自民はパーティ券購入者の公開基準額を「5万円超」に引き下げることにした。現行は「20万円超」である。公表を恐れ5万円以上買わなくなる者が多くなるだろう。岸田首相は語った。「今国会で改正を実現しなければ政治の信頼回復はできない。こうした強い思いから、思い切った案を決断した」首相の決断は一般人には理解し難い。

(読者に感謝)

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2024年6月 3日 (月)

人生意気に感ず「大学の同窓仲間に天安門の出来事を話す。心温まる高校生のこと。女性市長と形骸議会。大谷14号」

◇6月1日東京大学のあるクラブのかつての仲間が十数人集まった。私が先ず近況を話すことになり天安門広場での原稿没収事件及び楫取素彦顕彰会総会を今月行うことなどを話した。

 帰りの新幹線で私の胸には楫取の生涯が甦っていた。このクラブの機関誌「縦の論壇」で楫取について書いたことがあった。題は「近代群馬の基礎を築いた初代県令楫取素彦」であった。人生の最終段階を迎えた大学時代の仲間の姿は楫取と取り組む私の心を刺激した。6月20日の楫取の集いは成功させねばならない。当日は挨拶の中で楫取の姿を簡潔に語るつもりだ。黎明期の群馬で楫取は高い志を天下に示して気を吐いた。その一つが金字塔を打ち立てたと評される廃娼運動である。百四十年も前に女性の人権に情熱を注いだことこそ金字塔の本質である。

◇先月30日上毛新聞の『ひろば』の欄に載った「心温まる高校生の行動」が静かな反響を起こしているようだ。いくつかの電話からそのことが窺える。その一つが前橋高校の校長の声である。二人の生徒を校長室に呼んで励ましたという。私は『ひろば』の一文を次の言葉で結んだ。「純粋な二人の少年の行動が、多くの仲間の胸に潜むマグマに響くことを期待します」。前高の校歌には「健児の粋を集めたる」とある。真の健児を支えるものは真の学問である。表面的な軽い知識の量ではない。眠っている若者のマグマを醒すことが危機の日本に求められている。

◇前橋市議会で市長提案の多選自粛条例案が否決された。議員から「多選の是非を判断するのは有権者だ」という意見も出たといわれる。地方議会の形骸化が叫ばれている折だ。地方は現在難問山積状態であるから地方議会の役割は重大である。歴史的出来事として注目された女性市長の真価も議会との対応にかかっている。議会と市長がかみ合うためには議員の質の向上が求められる。ふるさと塾から4人の生徒が来年の市議選を目指している。塾で学んでいることが糧になっていると思うと嬉しい。

◇大谷に14号が出た。ヒットは多く絶好調と報じられていたが多くの人はホームランを期待していた。スランプだったのか表情には悲壮感も窺えた。14号の快音は私の胸にも響いた。テレビで、あるコメンテーターが「大谷は日本の宝」と発言していた。時に心身が疲れた時、大谷の快音は励ましであり癒しである。個人の立場からも大谷は日本の宝と見てしまう。(読者に感謝)

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2024年6月 2日 (日)

死の川を越えて 第6回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

「うむ。日本では江戸時代の初めごろに当たる。イギリスで宗教的迫害に遭った人々が北アメリカに逃れて開拓の一歩をしるし、ニューイングランド建設の基礎となった。ピルグリムとは巡礼のことじゃ。話はそれたが、湯の川地区の人たちは、このようにして、自分たちの手でこの地を治めることを進めた。戸長を選び、税金を納めるようになった。このことがどんなに素晴らしいことか、お前らはにわかには分かるまい」

 万場老人は正助の顔をのぞき込むようにして言った。

「先生、多くのハンセン病の者は、家にも村にも居られず、巡礼のように放浪したと聞きます。それを思うと、この集落はハンセン病患者にとって特別の所だという意味がよく分かる気がします」

 こう答えた正助の瞳は輝いていた。

「ハンセン病の患者が自らの手で村をつくり、患者のために自治を行う。こんなことは世界中にないと、わしは信じる。ハンセン病の光と申したのはこのことなのじゃ。問題は、この光が弱くなってきていること。光の意味が分からない人が増えている。光を支えるのはお前たちだ。全国の患者のために頑張るのじゃ」

「光が弱くなっている、光の意味が分からない人が増えているとは、どういうことですか」

 正助が不思議そうに尋ねた。

「うむ。初心忘るべからずと言うではないか。時が経つにつれて、開村の理想を理解しない人が増えてきた。治る見込みがないと思うと、世間の差別の中で生きる望みを失い、神も仏もない、太く短く生きようと考える人が増える。そういう人は、今がよければいいと思って享楽にふける。賭博は当たり前になり、人の道を踏み外す者まで出てくる始末となった」

「先生、分かる気がします。なあ、みんな」

 正助の声に他の2人は大きくうなずいた。

 

つづく

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2024年6月 1日 (土)

死の川を越えて 第5回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

「湯の川地区の開村は先日話したように明治20年。実は、開村といってもそれまでにいろいろあった。温泉街、つまり本村と分離されこの地に追われるようにして始まった新しい村じゃ。開村といっても、この年、この地に移った患者の家はわずか4戸であった。わしが言いたい重要なことは、ここからハンセン病患者の手で一歩一歩、新しい村の形をつくっていった事実じゃ。翌年には、患者が経営する患者専門の宿屋、小田屋、鳴風館などが移り、30人余りの小集落となった」

「小田屋は俺んとこだ」

 権太が叫んだ。

 すると、すかさず正男が言った。

「鳴風館は俺が働いている」

 万場老人は、それを目で受け止めながら続ける。

「この辺りには幸いの湯があったが、集落の人々はこれを殿様の湯に改名し、また、頼朝神社を集落内に建て氏神とした。殿様の湯は源頼朝が入ったと伝えられ、頼朝神社は頼朝を祭った祠に由来する。頼朝は、公家に代わる力強い武士の社会を築いた改革者じゃ。湯の川の人々は、改革者としての頼朝に、苦難に立ち向かう自分たちの姿を重ねたに違いない。これらの努力は、立派な自分たちのとりでを築きたいという人々の覚悟を示すもの。そして、集落の人々の心を一つにするために大きな意味を持ったに違いない。湯の川地区をつくった人々には開拓者の根性と使命感があったと思う。わしは、かのアメリカのピルグリム・ファーザーズを思い出す」

「先生、何ですか、そのピルグリム何とかとは」

 正助は不思議そうに尋ねた。

 

つづく

 

 

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