シベリア強制抑留 望郷の叫び 一六九
※土日祝日は中村紀雄著「シベリア強制抑留 望郷の叫び」を連載しています。
「まってくれ、あれには理由が、私も立場があって・・・」
「何が理由だ、立場だ。どうだ説明はできまい。貴様のような奴は、ソ連に魂を売り渡した売国奴だ。日本に帰る資格などない。わが祖国ソ連同盟と言っていたではないか。海へ放り込んでやるから、貴様の国へ帰れ」
「俺たちは、二人だけのことを言っているのではないぞ。お前らにいたぶられ、無理な労働をさせられ命を落とした者はどれくらいいるかわか分からない。その関にはどうとるのだ。さあ答えてみろ」
「そうだ敵を取れ」
「やっちまえ」
あちこちから怒号があがった。かつての収容所の吊し上げの場面の主客が転倒した光景が繰り広げられていた。
このような復讐劇が帰還船の上で、事実、しばしば行われたらしい。帰還した日本人、帰還船の乗組員の証言によれば、船上での復讐劇はすさまじいものであった。かつて収容所で痛めつけられたのは、将校、下士官、特務機関員などである。これらを反動として追及した「民主運動」のリーダーたちは、旧軍隊では下級の位置にいた人たちである。旧軍隊の厳しい規律やしごきが、「反動」「非民主」として吊し上げの対象となった。元幹部たちは、天地がひっくり返ったような屈辱を、恨みをのんで耐えた。今、帰還船の上で、再び立場が逆転することになった。アクチーヴなど目をつけられていた者は、次々と引きずり出され、足腰の立たなくなるほど殴られたり蹴られたりした。さらに、ロープで縛って海中につけたという話もある。
つづく
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