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2024年5月31日 (金)

人生意気に感ず「引き取り手がない無縁の遺骨。孤独死を避ける居住サポート住宅。高齢者見守りライト」

◇日本の社会が限りなく解体していく。死後はどうなってもよいのか。生きている限りの刹那主義。暗闇が広がる社会への恐怖。こんなに思いに駆られる。この世限りでないという世界観を持つ立場からは寺や教会や墓は人生の重要な要素である。

 引き取り手がいない無縁遺骨が増え続けていることも社会の解体の不気味さを思わせる。全国自治体が保管する無縁遺骨は約6万体に上るという。ほとんどは身元が判明しているのに引き取らない。これは何を意味するのか。身寄りのない人が死後のことを託せる終活支援事業を行っている自治体もある。例えば横須賀市は全国に先駆けて「わたしの終活登録事業」を始めた。全市民が緊急連絡先、かかりつけの医師、遺言書の保管場所、墓の所在地などを無料で自治体に登録できる。そして万一倒れたり亡くなった場合も関係者に情報が伝えられるシステムである。このような制度がない自治体も多く存在するだろう。今求められていることは誰もが自分の死後のことを生前に選べる社会の実現である。これは自分の人生を自分で決めることであり、個人の尊厳の尊重に他ならない。5人に1人が後期高齢者になる日が近い。認知症も巷にあふれる時代だ。そういう中で葬送の自由を実現することは難しい。国と自治体が手を組んで実現することが急務である。

◇一人暮らしの高齢者世帯が増加している。孤独死を防ぎ緊急時に備えることは急務である。この度単身高齢者のためのサポート住宅が制度として実現することになった。そういう住宅の確保を支える法律が成立したのだ。「居住サポート住宅」として制度化される。単身高齢者居住の賃貸住宅を支援法人が見守りなど支える。具体的な見守りの内容は安否の確認、福祉サービスへの取り次ぎなどで、異変を知る人感センサーを備えることなどが要件となる。市区町村が認定する。孤独死などすると大家は大変だ。この制度によりリスクが減るため大家は積極的に物件を貸し出せることに。人感センサーなどの設備費は国が一部補助するという。

◇昨日臂伊勢崎市長に会ったら高齢者見守りライトの話をされた。65歳以上の一人暮らしの人などが対象。トイレ、洗面所、廊下など毎日使う場所に通信機能を備えたLED電球を設置する。照明の点灯、消灯が24時間ない場合、家族などに自動で異常検知メールを送信する。高齢者の安全をそれぞれの自治体が知恵と工夫で守る時代が訪れていることを感じた。進歩した科学技術は高齢者のために役立つ機会を待っている。(読者に感謝)

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2024年5月30日 (木)

人生意気に感ず「清光寺住職の興味ある法話。旧優生保護法の残虐性。臓器移植と知的障害者」

◇5月が終わる。6月の重要な行事楫取素彦顕彰会の総会が迫った。コロナ禍もあり長く中断していた行事。混乱の社会で群馬県の原点をという声が多くあり気にかけていた。楫取と縁が深い浄土真宗の清光寺で先日興味深い住職の法話に耳を傾けた。生命の尊重を宗とする宗派は間引きを行わなかった。そして、長子相続であったため次男三男などで関東に出た人々も多かったという。清光寺の関係者も北陸とつながる人が多いとか。私の祖先も福井県である。

◇生命の尊重を踏みにじる旧優生保護法に関する最高裁の判断が下される。本人の同意なしの強制不妊手術が多く行われた。人権侵害の極致ともいうべき出来事。法の主な目的は不良な子孫の出生防止である。旧法下で同意のない手術は約1万6500件だった。注目すべきはこの法律が1948年に成立したことである。人権の尊重を最大の使命とする日本国憲法の施行は前年の1947年であった。ナチスの残虐行為を思わせる。人権侵害とは別に除斥期間の適用の可否が問題となっている。除斥期間とは権利関係を速やかに確定されるために設けられた権利の存続期間である。ある原告の代理人弁護士は「戦後最大の人権侵害が20年過ぎただけで無罪放免になるのか」と除斥期間の適用否定を訴えている。高裁段階の判決には除斥期間の適用は著しく正義、公平の理念に反するというものがあった。70代である原告の一人は16歳の時、手術を受けさせられたと語る。29日最高裁正門前には傷害のある人と支援者が傍聴券を求めて列をなした。判決は夏にも言い渡される。

◇臓器移植によって多くの人が救われている。提供者の崇高な精神には頭が下がる。ところで提供者の意思が尊重されるべきは当然でありその意思が正常な判断力に基づくべきことも言うまでもない。ここで知的障害者の意思表示に関して重要な問題の存在が明らかになった。それは臓器移植あっせん機関が知的障害の療育手帳を持つ人の臓器提供の意思表示を一律に無効とする運用をしていたことだ。厚労省は手帳を持つことのみを理由に一律に判断しないよう徹底を求める通知を出した。知的障害の程度は個人差が大きい。これまでに一律の運用により提供しようとする意思がいかされなかった可能性がある。同時に提供により救われたであろう人々の健康を犠牲にした可能性も存在する。運用を誤った関係者の責任は大きい。人権感覚の欠如及び知的障害者に対する理解の不足というべきだ。療育手帳には障害が重度か否かも記されている。(読者に感謝)

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2024年5月29日 (水)

人生意気に感ず「蓮舫登場と都知事選の行方。静岡県知事選の衝撃度。人手不足社会の運転手」

◇都知事選が俄然面白くなった。立憲民主党の蓮舫氏が立候補を表明したからである。首都の有権者は約1千万人。日本全体が未曾有の政治不信である。自民党は目を覆う惨状で選挙に負け続けている。その決定打が静岡県知事選で野党系が自民系を破った。時の流れは恐ろしいばかり。その波に乗って白ずくめの蓮舫氏が颯爽と登場した。悲壮感を漂わせた千両役者に対するマスコミの反応は凄い。一夜にして知名度は小池氏と並ぶばかりとなった。小池都知事は先の都知事選で366万票を得た。カイロ大学卒という学歴詐称の問題を抱え3期目という曲がり角でもある。立候補者の多さも前代未聞だろう。雨後の竹の子のように次から次へと名乗りをあげている。広島県安芸高田市の石丸伸二市長もその一人である。古来戦いは時の運が重要な要素となるがこの点は絶妙なタイミングの蓮舫氏である。反自民、非小池知事を掲げて彼女は強調した。「自民党の延命に手を貸す小池都政をリセットして欲しい。その先頭に立つのが私の使命」と。時の運には女性の時代の加速という点も大きい。6月20日告示7月7日投開票である。天下大乱を象徴する戦いであるが足元ではそれと呼応するかのように首都直下型が秒読みだ。

◇静岡県知事選の結果は何を物語るか。自民派閥の裏金事件を受け今国会最大の焦点である政治資金規正法改正案が審議中であった。静岡県有権者の投票行動に影響を与えたに違いない。自民の改正案は政治資金の透明化につながらないと国民は捉えている。静岡県選挙の衝撃度は大きい。政治不信の嵐は増々大きくなっていることを示すものだ。都知事選にどう響くか目が離せない。

◇人口減・人手不足社会でほっとする動きが。19歳のバス運転手誕生及び女性タクシー乗務員の増加である。バスの運転に必要な大型2種免許は21歳以上かつ普通免許取得から3年以上が条件であった。それが道路交通方改正で緩和された。特殊教習を受けることで19歳以上かつ普通免許取得から1年以上に。かくして群馬バスではピカピカの19歳運転手が誕生することになった。人生経験が浅いことを乗り越えて順調に船出していくことを祈る。大切な人の命を預かることに強い緊張感を抱いているだろう。

 タクシー業界も運転手不足が深刻である。こういう状況でタクシー業界は積極的に女性乗務員を採用している。タクシー乗務員は女性に向いている職種といえる。勤務時間を工夫することで子育てとの両立も可能だろう。社会全体の後押しが必要である。(読者に感謝)

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2024年5月28日 (火)

人生意気に感ず「ふるさと塾で井上成美を熱く語った。三国同盟に反対し海軍兵学校長としての井上の真実」

◇今回のふるさと塾は大変盛況で大きな成果が感じられたが非常に疲れた。後半、立っているのが辛い程でこんなことはかつてなかったことだ。午前一時に起きて休まなかったことが響いたと思われる。井上成美(しげよし)につき何をどう語るかに心を砕いた。成美の名の由来は論語の君子は美を成す、立派な人は美、つまり良いことを成すである。ある歴史家は彼を異常なまでに清冽でまた苛烈な性格の武人と評した。私は主に彼が三国同盟に強く反対したこと及び江田島の海軍兵学校校長として特色を発揮したことを説明した。三国同盟を説明するためにホワイトボードにヨーロッパの地図を描いた。パワーポイントで既成の地図を表示するより人々はこの方にずっと興味を示す。ドイツ、イタリア、ポーランド、そしてフランス・イギリスなどを中心に描いた。ドイツがポーランドに侵攻したのが1939年9月1日、そして9月3日に英仏はドイツに宣戦布告して第二次世界大戦が始まった。ドイツは破竹の勢いであっという間に英米を除く全ヨーロッパを征服してしまう。バスに乗り遅れるなという世論が沸騰した。井上は山本五十六、米内光政と共に強硬に三国同盟に反対するが抗しきれず1940年遂に同盟は調印に至り翌1941年12月8日真珠湾攻撃により太平洋戦争が始まった。

◇井上が江田島の海軍兵学校校長になったのは1942(昭和17)年である。画期的な教育方針を大胆に進めたがその典型は英語教育の推進である。日本全体は敵性語として英語を排除した。野球でも「ストライク」、「ボウル」でなく「いいたま」、「だめ」という始末。2千5百人もの生徒に英語を徹底することは国賊として非難されたが井上の信念は動かなかった。勝っても負けても英語は不可欠と信じていた。実は彼は、敗戦は必至と読んでおり、戦後の大変な社会を生きる若者のために英語が必要だと考えていたのだ。井上は、士官に必要なものは一般の教養で、自由裁量によって判断する場合に求められるものは一般の教養なのだと考えていた。井上は敗戦後横須賀の海が見える丘に引きこもり子どもたちに英語を教えて過ごした。極貧の生活に甘んじて周りから強い勧めがあっても二度と世に出ようとしなかった。戦争への歩みを止めることで出来なかった自責の念からであった。多くの生徒が真剣に聴いてくれたことが何よりもの栄養剤であった。終了後、現在の政治不信を憤慨する建設的な発言がいくつもあり、この塾の意義を感じた。(読者に感謝)

 

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2024年5月27日 (月)

人生意気に感ず「北陸の星・大の里の優勝。日中韓の協議の意義。静岡県知事選で自民またも敗北」

◇危なげない堂々たる初優勝であった。大の里が阿淡を下した瞬間、思わず手を叩いた。テレビの画面にはニュース速報の文字が流れた。横綱をはじめとして休場が続出し大波乱の夏場所であった。解説の舞の海が「大相撲界に大スターが現れました」と語った。観覧席の巨漢が手を合せていた。似ているので近親者かと思っていたら父親だった。涙を流している。ふるさと石川県では町の人々が大勢集まって固唾をのんで待っていた。大地震で打ちひしがれた人々にとって何よりの励ましになったに違いない。復興の大巨人である。北陸は相撲王国である。振るわなかった遠藤も目が覚めたような活躍ぶりであった。パリ五輪が近づきスポーツ界が沸いている。様々な分野に新星が現れている。皆連動しているかのようだ。野球の大谷も絶好調らしい。相撲は国技である。高齢少子で元気を失っていく社会に相撲が活を入れているようで嬉しい。連日の満員御礼の観客席に注目していた。女性と外国人が目立っていた。外国人は日本の伝統文化に心を打たれているに違いない。

◇アジアと世界の安定と平和にとって日中韓の交流は非常に重要である。この三国は歴史問題を抱えている。26日、三国の会議が行われた。2008年に日本の提案で始まったが中断していた。議長国は韓国である。北朝鮮が暴走しようとしている。米中の対立は激化している。台湾に火がつこうとしている。その他懸案は多い。私は日中友好協会に関わる者として今回、中国首脳との協議に注目した。岸田首相は李強首相と約1時間にわたり協議した。岸田首相は会談後語った。「建設的かつ安定的な関係の構築という大きな方向性に沿い、様々な課題や懸案について進展を図ることを確認した」と。その中には原発処理水問題の協議の加速もある。尖閣周辺の日本の排他的経済水域に中国が設置したブイの撤去も要求した。何も手が打てないのかと心配していた問題である。台湾周辺の大規模軍事演習に触れると李氏は、台湾問題は「核心利益の核心」と強調した。重要なタイミングで日中首脳が協議したことに意義があった。

◇静岡県知事選で自民系が敗北した。衆院3補選の敗北に続くもの。しかも知事選という大型地方選での敗北は今後の選挙、そして政局にも影響を与えるに違いない。立憲と国民が推薦した鈴木氏は自民が推薦した元副知事の大村氏を破った。裏金問題による自民党に対する政治不信がいかに根深いかを物語る。最大の焦点は未着工のリニア中央新幹線への姿勢であった。(読者に感謝)

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2024年5月26日 (日)

死の川を越えて  第4回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

 万場老人はいろりにくべる枝を折った。パチンという音が強い怒りを表すように正助の胸に響いた。

「いよいよ湯の川地区への移転が決まった時、患者たちは生い茂るクマザサを刈り、荒地を切り開いて新しい村づくりに取り組んだのじゃ。大海に乗り出すような不安とともに、自分たちの別天地をつくるという夢があったに違いない」

 万場軍兵衛はしばらく話した後で言葉を切って言った。

「正助とやら、今晩はこの位にしよう。こずえが話をしたいようじゃ。次は仲間を連れて来るがよい。その時本論に入ろう」

 正助は丁寧にお辞儀をし、こずえに会釈をして去って行った。

 次の機会は間もなくやってきた。湯川の縁に茂るササの葉には早くも白い雪が積もっていた。

 正助は2人の仲間を伴っていた。

「よく来たな。まあ座るがよい」

 万場老人は3人をいろりに招いた。

「ご老人、先日はありがとうございました。俺は胸が熱くなって、この者たちに話しました。権太と正男と言います。それから、お願いですが、これからは先生と呼ばせてください」

「は、は。老いぼれだから老人で十分じゃが、勝手にせい。じゃが、先生とあっては、いいかげんな話はできぬわい」

 4人の笑い声が炉に立ち登る煙の中に響いた。正助が口を開いた。

「先生は先日、湯の川地区には世界のどこにもない、ハンセン病の光があると言いました。俺たちには信じられないことです。そんなすごいものがここにあるなんて。まず、それを教えてくれませんか」

「おお、確かに申したぞ。若いお前と熱い話ができて、久しぶりに忘れていた若い血が燃えたのじゃ。気持ちが高ぶっておったが、間違いなくハンセン病にとっての光だ。今日はそのことから話すことに致そう。ちと難しい。根性を据えて聞くがよい」

 万場老人はこう言って、飲みさしの茶を一気に飲み、3人の顔をじっと見詰めた。

 

つづく

 

 

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2024年5月25日 (土)

死の川を越えて 第三回

※土日祝日は、中村紀雄著「死の川を越えて」を連載しています。

 

「えっ。ハンセン病の光とは」

 正助が声を上げて姿勢を正した時である。

「こんばんは」

 若い女の声がした。

「ああ、こずえか。入るがよい」

 万場老人の声と同時に戸が開いて女が姿を現した。

「まあ、お客さま」

 驚いて会釈する顔が、はっとする程美しい。女の美しさは、この家の状況と場違いの故か一層際立って見えた。正助は驚きながらも、これが万場老人を訪ねる噂の女に違いないと思った。

「これはわしの縁者でふもとの里の者じゃ。こずえ、この若者は集落の者で、今日は勉強に来ている。感心なのじゃ。茶でも入れてくれぬか」

「まあ、ご隠居様。早速に」

 こずえと呼ばれた女の視線を受けて、正助はどぎまぎした様子である。正助は出されたお茶を飲み、菓子を食べた。こずえは万場老人の側に膝をそろえて座っている。万場老人はいろりに薪をくべながら語り始めた。

「ハンセン病の患者は、浴客が増える中で湯の里の発展の妨げになるからと、中央部から追われるようにして湯の川地区に移ることになった。患者を分けてこの地区に移すという計画を知った時、患者は従党を組んで役場に押しかけ激しく抗議した。事もあろうに、汚物や死体も捨てるこの湯川の縁に移り住むというのだから当然じゃ。患者たちの怒りと不安、情けなさは、同病のわれらでなければ分からぬことだ」

 

つづく

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2024年5月24日 (金)

人生意気に感ず「袴田再審の行方。日中友好協会理事会で。台湾有事と日本」

◇深夜毎夜ほぼ定位置で会うFさんとの話題は昨夜は袴田事件だった。Fさんから切り出したのだ。「ズボンのサイズも違うというではありませんか。酷いですね」。一般の人々の関心の高さを示すものだ。再審公判が22日結審した。再審は確定した裁判をやり直すのだから余程のことがなければ認められない例外中の例外である。かつて再審は針の穴を通るほど難しいと言われた。しかし誤った裁判は現実に有り得る以上その扉は開かれねばならない。死刑判決の再審となれば人権上特に重大な問題である。袴田さんは長年の死刑の恐怖のため拘禁症となっている。姉のひで子さんの姿は母親のようだ。検察はここに至っても死刑を求めた。判決は9月26日。過去死刑再審は4事件あり検察はいずれも公判で死刑を求めいずれも無罪となった。ひで子さんは「余命いくばくもない人生、巌を人間らしく過ごさせてください」と述べた。91歳のかくしゃくたる姿を支えるのは弟を思う肉親の情であろう。9月26日の判決文は心して読もうと思う。

◇昨日群馬県日中友好協会の理事会があり、私は冒頭会長として挨拶した。「緊迫の国際情勢下、日中関係は極めて重要である。日本は正しく賢明に友好関係を進めなければならない」という内容である。昨年の北京に於ける日中友好交流会議での発言である。その中で具体的に強調したのは日中友好条約の意義であった。「私が訴えたポイントは3点あります。両国間の全ての紛争を平和的手段で解決すること、全ての地域で覇権を求めるべきでないこと、両国民は民間交流の促進に努めるべきこと、です」

 私の胸には天安門広場が原稿を没収された出来事が甦っていた。

 日中友好交流会議のことは事業報告の中で説明された。理事会は私が議長として進め全ての議案が承認された。

◇台湾有事が迫ったかの感である。中国軍が台湾を囲んで大規模な軍事演習を始めたのだ。これは覇権主義を露わにした姿ではなかろうか。台湾独立を目指す勢力への懲罰と説明している。沖縄の島々とは指呼の間にある。台湾侵攻が現実化したとき日本への影響は深刻である。日本人も多いところ。日本へ逃げようとする人は多くなり日本は大きな渦に巻き込まれる恐れがある。日本の離島にシェルターを作る動きが始まっているらしい。しかしアメリカとの本格的な衝突に発展する恐れがあるから、賢明な中国は冷静に動くに違いない。備えはしておかねばならない。日本周辺の波はにわかに高くなってきた。(読者に感謝)

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2024年5月23日 (木)

人生意気に感ず「AIに支配されてはならない。AIと民主主義。臆病なサンタ。大相撲が面白い」

◇人口知能(AI)はどこまで進化するのか。人間がAIに振り回され支配される恐れがある。人間の本性は便利なものを求める。AIの学習能力は脅威的だ。AIにデータを提供するのは人間なのに気付けばAIに支配されていることになりかねない。人間中心の社会を守らねばならない。人間か機械か。人間かロボットか。恐ろしい社会が近づいている感がする。現在イスラエルとハマスの戦争が続いている。そこでAIが軍事兵器に使用されていると言われる。女性や子どもに多くの犠牲者が出ていることと無関係ではないと思う。戦争は勝つためには何でもありであるからAIは悪魔の兵器になり得る。翻訳機能や自動車運転といった身近なところから人事評価や軍事に至るまであらゆる分野に広がりつつある。野放しであってはならない。人間社会は自分の手で自分の首を絞めることを避けねばならない。

 規制が必要である。欧州連合(EU)はこの程(21日)世界で初めてAIを包括的に規制するAI法を成立させた。規制の法がEUという民主主義の世界で実現したことに私は注目する。規制の目的の中心は人間を守ることにあるからだ。ロシアや北朝鮮、中国などの非民主主義の世界では有り得ない。AIとの対応は政治体制の優劣を評価する一つのカギになるに違いない。

◇昨日、我が家の柴犬サンタを動物病院へ連れて行った。フィラリアと狂犬病の対策である。先代の秋田県のナナはフィラリアに罹った。顕微鏡を覗いてぞっとしたことがある。無数の虫が蠢いているのだ。退治するのに苦労した。寿命を短くしたかもという悔いがある。天国へ行ったら先ず会いたい。ナナも待っているだろう。フィラリアは蚊が媒介する。「早速飲ませて下さいね」薬を渡しながら女性事務員が言った。蚊の季節なのだ。サンタもそろそろ老境である。ナナの二の舞にはさせたくない。家族であることを実感した。サンタは甚だ神経質かつ臆病である。狂犬病の注射では怯えて大変だった。動物も生きるためには闘わねばならない。

◇異例な休場続出の大相撲が面白い。モンスターの風貌の大の里が豊昇龍に投げ飛ばされた。豪快な技は下手投げと発表されたが柔道の内股に見えた。ひいきの熱海富士は惨敗続きで高安に敗れた。宇良の人気は凄い。プロレス出身というがバック転を見たことがある。小兵で意外性が魅力である。観客に女性が増え日本の伝統文化に好奇の目が注がれている。(読者に感謝)

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2024年5月22日 (水)

人生意気に感ず「若者の自殺は何を意味するか。人口減と外国に選ばれる日本。感心な高校生の こと」

◇群馬県の一年の自殺者が382人と聞いて驚く。しかもその内容は若年層が多いと知り、更に驚く。こんな状況が毎年続いていることはただ事ではない。生と死は人間にとって最大の課題である。若い自殺者はどのような心境で死を選ぶのであろうか。人生百年時代となり豊かで平和といわれる社会である。私の議長日記にアルゼンチンのことがある。2005年8月のことだ。県人会の人が語った。「日本は豊かな国なのに多くの人が自殺するが、ここでは自殺はしない。自殺するくらいなら人を殺す」と。深刻な国日本はどこへ向うのか。

◇韓国・日本両国とも異例の速さで少子化が進んでいる。先進工業国として生き残る道は外国人との共生であり移民の受入れ拡大である。日本は移民の受入れに慣れない国である。国も地方も我々も外国人への認識を根本的に改める時が来たと思う。私は千数百人の留学生を抱える日本語学校の理事として社会の変化を肌で感じている。今や外国人から選ばれるには何が必要かを考えねばならない時に至っている。先日前橋市行政との間にちょっとしたトラブルがあった。ビザ取得の手続きがスムーズに行かず、多くの留学生が困り果てた。市側は担当の職員が少ないとか器機が古くてとか瑣末な理由をあげていた。外国人留学生の人権にもかかわる問題などで私は市長と話し合った。立場の違う同志でも話し合い協力しあうことで乗り越えられることは多いのだ。

 日本と韓国は人口減少国として東南アジアの人々の受入れで競争することになるだろう。その場合賃金が高い韓国が有利とする見方がある。しかし重要なことは文化の特色であると思う。おもてなしの尊重とか外国人への接し方などである。日本の社会にはまだまだ誇るべき文化や伝統が多く存在する。自国の文化を愛し尊重できることが他国の文化を大切にする前提である。

◇先日このブログで感心な高校生の話を紹介した。関根悠一郎君と椛沢智紀君である。コーヒーをこぼした時とっさに立って拭き取ったりしてくれた。前橋高校の先輩後輩と分かり話しが弾んだ。こういう話は社会のために広げた方が良いと思い校長に電話したら大変喜んでおられた。とかく進学校は難関大学志向が強いと言われる。表面的な知識の量と試験技術を追うことであってはならない。校長はちょうど校内試験が始まる日だと言った。彼らはあの時それに備えた勉強をしていたのだろう。勉強ができる喫茶の場であった。健闘を祈った。(読者に感謝)

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2024年5月21日 (火)

人生意気に感ず「カイロ大学チームメイトが衝撃の発言。二人の高校生の心温まる行動」

◇ピラミッドを背景に立つ二人の女性の姿がある。1976年に撮影した北原百代さんと小池百合子氏のツーショットである。北原さんは小池氏のカイロ大学留学時代のルームメイトであり同居相手であった。4月末北原さんは都内でメディア数社に実名で詳細な証言を行った。その内容は衝撃的だ。

 小池さんはある時カイロ大学の進級試験に失敗して落胆して言った。「落ちちゃった」と。教授に相談すると、言われた。「あなたは最終学年ではないから追試は受けられない」。小池さんは事情もあって卒業しないで日本に帰る。その時北原さんに言ったという。「日本に帰ったら本を書くつもりよ。でもそこに北原さんのことは書かないわ。ごめんね。だってバレちゃうもの」。小池さんは再びカイロに戻ったとき、北原さんに日本の新聞記事を見せた。それには「カイロ大学文学部社会学科を日本人女性として初めて卒業」と紹介されていた。北原さんは驚いて「そういうことにしちゃったの」と問うと小池さんは「うん」と答えた。北原さんの発言が事実だとすれば小池さんの行動はかなりうかつだったことになる。将来政治の道に進むことは考えてもいなかったに違いない。北原さんの指摘で重要なことがある。それはエジプト社会の特色である。コネとお金がものを言う。お金で権力を動かすことが出来、いろんな証明書はいくらでも作れるというのだ。都知事選が目前に迫った。小池さんの出馬は確実だろう。カイロ大学は卒業を証明している。証明書は本物である。それを覆すことは不可能に近い。有権者の都民の中には卒業が真実か否かを深く考えずに投票する人も多いと思われる。文藝春秋の最新号では小池都知事の学歴詐称につき元再側近の弁護士が刑事告発することを表明している。そういうことになれば事態は深刻なものとなるだろう。

 裏金問題による政治不信の嵐を連動することも有り得るだろう。当分目が離せない。

◇大谷の快音に続いて心をときめかせる珍事があった。マクドナルドの二階でコーヒーを倒してしまった。その時、隣りの席の二人の高校生がさっと立ち上がり、飛び散ったコーヒーを紙で拭き始めた。私がハンカチを取り出したら「ああ、汚れるからいいです」と言って自分のハンカチで拭いてくれる。訊けば前高生だという。「実は君たちの先輩なんだ」ということで話が弾んで発展した。中国に触れ、一人っ子政策を改めても非婚化晩婚化が進み日本と同じように社会の高齢化が加速している。これからの日本は中国と賢明に付き合わねばと日本の役割を話した。熱心に耳を傾けていた。(読者に感謝)

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2024年5月20日 (月)

人生意気に感ず「つばさの党の暴挙。ミライズで明石市元市長泉氏を取り上げた。ロスで大谷の日が決まる」

◇つばさの党代表ら3人が逮捕された。4月の衆院補選の選挙妨害である。容疑者は正当な政治活動だと主張している。選挙は民主主義の根幹を支える。しかし政治活動はルールに従って行われなければならない。彼らの行動は明らかに常軌を逸していた。警視庁は大挙して家宅捜査を行った。注目すべきは全国に寄付金まで出して支持する人が少なからず存在することだ。背景に既成政党に対する不信があるに違いない。党代表の黒川氏は大阪大学出身である。逮捕の二人は6月20日告示の都知事選立候補を表明していた。逮捕によってどのような影響を受けるか注目したい。逮捕に関しては憲法の表現の自由との関係が問題になるのは当然であるが私は逮捕と特別捜査本部設置による全容解明の姿勢を支持する。都知事選には小池知事が立候補するだろう。明日のブログでカイロ大学で共に学びエジプトで同居したという北原百代さんのことを書く予定。驚くべきことを語っているのだ。

◇18日のミライズクラブは充実した内容であった。テーマは「地方自治体における先進的な政策の研究」。明石市元市長泉氏の破天荒な政治行動と政策の意義が語られた。市長選では大方の予想に反して極く僅差で勝利。それは信長が桶狭間で今川の大軍を破った古事を思わせる。公共工事を大きく制限した予算編成は建築業界に大反対される。建築業界が政治と選挙で大きな存在を示すことは常識である。大きな壁を乗り越えて政策を進める姿は我々に勇気を与える。

◇ミライズクラブが取り上げたもう一つの課題は「行政とAI」。AIは何にでも解答を出す。行政に携わる人が減少していく中で不可欠な存在であるが、AIをうまく使いこなせるかが重要であるという意見が出た。代表幹事である私は「何か質問してみて下さい」と振られた。行政とAIの関わりに関することの他に突飛な質問を試みた。それは10年以内に知的生命体との遭遇はあるかというもの。期待に反して、はっきりしたことは言えないという解答であった。

◇大谷の13号が新聞で大きく報じられた。快音が胸に響くようであった。5月17日をロス市では大谷の日とすることが決まった。17は大谷の背番号。日本人の野球選手がこのように扱われることは信じ難い。太平洋戦争で破れ自信を失った私の少年時代が思い出される。パリ五輪が迫りスポーツ界は大いに盛り上がっているがその頂点に大谷の雄姿が存在するかのようだ。13号はどこまで伸びるか楽しみだ。(読者に感謝)

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2024年5月19日 (日)

死の川を越えて 2

※土日祝日は著書「死の川を越えて」を連載致します。

 

「うむ。お前は賢い若者らしい。お前のような若者が、わしの前に現れたことは時代の変化だ。ハンセン病にも希望の芽が出てきたように思える。わしにできることなら力になろう」

 万場老人の乾いた岩のような表情を押し分けるように、ほほ笑みが現れた。

「ありがとうございます。仲間もきっと喜ぶでしょう。俺だけで聴くのはもったいないのですが、今日は仲間に伝える手土産にも、と少し聴きたいのですが」

 正助の瞳は輝き、頬が紅潮している。

「その通りじゃな。わしもお前に会って、この胸が熱くなった。少し話したいと思うぞ」

 万場老人は手を伸ばし、薪をとって炉にくべた。秋の日は釣瓶落とし。早くも窓外には夕闇が迫っていた。静けさの中に、湯川の音が急に高くなったように聞こえてくる。

「この湯川を見よ。死の川と言われるが、われらの仲間と思えるではないか。命の存在を許さぬ姿は、娑婆への怒りだ。この川から力をもらうか否かは、われらの心にある。草津の湯の街は、この川に尿も、ごみも、梅毒の綿も、一切の汚物を投げ込んでいる。われわれもこの谷に投げ込まれる不要物だというのか。いや、違う。われわれは人間なのだ。汚物ではないぞ」

 万場老人は言葉を切って、じっと正助を見詰めた。その目は怒りに燃えているようである。正助は、万場老人の黒い土を塗ったような顔の割れ目から希望の芽が吹き出るような熱いものを感じ、次の言葉を待った。

「無知が差別と偏見を生む。だから無知を乗り越えねばならない。この集落には希望の芽がある。それを知ることで、我々は無知を乗り越える勇気を得るだろう。振り返れば、差別と偏見の犠牲は大変なものだ。この湯川の流れの先に、投げ捨ての谷があることを知っていよう。昔、生きられぬハンセン病の者を生きたまま投げ捨てたという。この集落の開村は明治20年。そこまでにいろいろあった。その歴史を知ることが第一じゃ。それにこの集落には、世界広しと言えど恐らく例のないハンセン病の者にとっての光がある。それをぜひ話したい」

つづく

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2024年5月18日 (土)

死の川を越えて 1

※土日祝日は著書「死の川を越えて」を連載致します。

 

―、万場軍兵衛

 

 湯の川地区は、草津の温泉街の外れにあった。湯畑から発する湯川は、この集落の中を走り、その先は深い谷を刻んで松やもみの茂る暗い森の中を流れ下っている。人々はかつて、この流れを死の川と呼んだ。小指程の太さの鉄を数日で細い針金と化す強酸性が、一切の生命の存在を許さないからである。

 死の川の名の由来はそれだけではない。この川の辺には、長いこと深刻な病に直面して生きる人びとが住んでいた。

 ハンセン病の人々である。峻厳な流れは人々の運命を語るようにごうごうと音を立て、下流に広がる村に向けて勢いを増していた。

 時は明治が終わり、大正に入っていた。この湯の川地区の一角に、不思議な男がかやぶきの小さな家を建てて住んでいた。がっしりとした体軀で、老けて見えるが年は初老の域と思われる。その黒い容貌は異様に見えるが、鋭い眼光と調和して、一種の犯し難い威風を放っていた。

 初めて訪れた人はまず、この男が背にしたうずたかい書物に驚いた。この男の家を時々、一人の若く美しい女性が人目を盗むように訪れることも、集落ではひそかな話題になっていた。うわさでは、この男はふもとの里にある大家の縁者ではないかとのことであった。

 男の名は、万場軍兵衛といった。ある秋の日の午後、正助という集落の若者が万場老人の家を訪ねた。

「俺は下村正助と申します。この湯の川地区の歴史を知りたいのですが、多くの人が、あなたなら何でも知っていると申しています」

「ほほう。この集落の者だな。わしは万場と申す。して、なぜ集落の歴史を知りたいのじゃ」

 万場老人はいろりの火をかき立てながら、若者の顔に鋭い視線を投げた。

「はい、この病を持って将来が不安です。できることなら人間として生きたいのです。俺たちに未来はあるのでしょうか。ずっと悩んで考えてきました。そして、思い至ったことは、この集落のこと、そしてハンセン病のことを正しく知ることが第一だということです。同じ思いの仲間が何人かおります。まずお前が行って、話を聞けるか様子を見てこいというので参りました」

つづく

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2024年5月17日 (金)

[ブログ新連載のお知らせ]

土日祝日のブログに小説『死の川を越えて』を載せることになりました。上毛新聞に約1年連載されたもので、ハンセン病に苦しむ人々が必死で生きる姿を描きます。誤った国策の犠牲になった人々の苦しみは大変なものした。社会に広がる差別と偏見がハンセンの人々を苦しめたのです。ハンセン病のことを正面から新聞で連載するのは勇気が要ることでした。差別と偏見は絶えることがありません。小説のクライマックスは国を相手にした国賠訴訟の舞台です。登場する人物小河原泉は実在した京都大学の医師で小笠原登がモデルです。この人はハンセンの患者を人間として厚く尊重しました。その墓はハンセンの人たちと眠る無縁墓として存在します。私のブログで再現することで改めて人々の熱い生き様を振り返り、今も残る社会の課題を見詰めたいと思います。

 

中村紀雄

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人生意気に感ず「美しすぎる女性落語家・林家つる子。ブログにハンセン病の物語が登場。事故物件情報サイトの衝撃」

◇週刊誌が「美しすぎる」と取り上げている落語家が話題になっている。林家つる子さん。群馬県出身で女性初の抜擢真打ち昇進である。近く真打ち昇進披露興行が行われる。大学1年の時、落語研究会で先輩の古典落語を聞き、虜になったという。九代目林家正蔵に入門した時勇気が要ったに違いない。女性落語家は今でも非常に少ない。抜擢真打ち昇進は100年の歴史を誇る落語協会の快挙。女性の時代が一歩前進した感がする。

 私は江戸時代の長屋を舞台にした庶民の話が好きだ。落語も男の世界であった。つる子は語る。「女性落語家と知ると顔を下に向け、噺を聞かないお客様もいらっしゃいました」古典落語を女性中心にアレンジした噺が人気。その一つが「芝浜」である。酒飲みの勝五郎は大金を拾って働かなくなる。妻のおみつは生き生き働くかつての夫に戻って欲しいと努力する。女性落語家の正念場である。トラさん八さんの世界には必ず「お前さん」と言って女性が登場するのに余り光が当たらなかった。江戸の庶民の姿は現代社会の原点でもある。金に目の色を変える狂った今日に於いてつる子師匠が爽やかな一石を投じることを期待したい。

◇土日祝日のブログは、今週末から小説「死の川を越えて」を載せる。ハンセン病と闘う人々の姿を描く。上毛新聞で約1年間連載を続けたが、新聞がハンセン病を取り上げるには勇気が要ることであった。小説のクライマックスは国を相手にした国賠訴訟の舞台。一人の反権力の医師を原告側の証人が語る。小河原泉医師は実在した京都大学の医師小笠原登がモデルで、ハンセンの患者を人間として厚く扱った。私はその墓を訪ねて衝撃をうけた。それはハンセンの人たちと共に眠る無縁墓だったからだ。小説は草津温泉から流れ出る湯川の辺から始まる。ここに一人の不思議な老人万場軍兵衛が住んでいた。老人はハンセンの患者である若者にハンセン病の光という妙なことを口にした。ある時老人を若い美しい女性が訪ねた。差別と偏見は今も存在し永遠の課題である。この小説を通して改めて振り返りたいと思う。

◇自己物件情報サイトに注目する。殺人、自殺、火災などで死亡者が出た物件につき住所・部屋・番号・入居者だった人の死因まで公開している。自殺だけ見てもその多さに驚く。歌舞伎町界隈などは図面の色が重なって炎上しているかのようだ。状況は全国に及ぶ。日本社会の病状と深い闇を不気味に語っている。(読者に感謝)

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2024年5月16日 (木)

人生意気に感ず「高齢者を狙う新しい犯罪と外国人。銅線盗と少年の頃の思い出。ダルクの人と。大谷と一平」

◇日本社会はかつて治安の良さで世界から不思議がられた程だった。田舎ではちょっとした外出でカギをかけない習慣が現在でも珍しくない。最近、この治安の状況がじわじわと変化していることを感じる。高齢者の一人暮らしが増加している。地域社会で隣人との連携が薄れている。これは地域社会の高齢者の無防備を意味している。

 群馬を含む北関東で老人を狙った強盗が多発している。最近安中市の農村の一軒家の老人が被害にあった。手足を縛り片言の日本語で「カネ、カネ」と要求したという。国際化が進む社会である。日本の社会で生活に苦しむ人々は多い。外国人との健全な共生を進めねばならない。平穏な農村を狩りの場にしてはならない。何よりも地方で孤独に暮らす高齢者の安全を守らねばならない。日本の社会は治安の面でも新たな大きな節目を迎えている。かつて「向こう三軒両隣」という連携のかたちがあった。本格的な認知症社会の大波が迫る。治安も福祉も人間の尊重も皆連動している。消滅自治体の増加も。

◇銅線盗が著しく増えている。ターゲットは太陽光発電所。昨年の被害は約14億円という。クリーンエネルギーを進める時代、発電所の無防備状況、銅の高騰などが背景にある。カンボジア国籍の男が逮捕された。自宅からはカッターや目出し帽などが押収された。

 車で郊外を走ると至る所に大中小の規模の発電所に出合う。人目に付かない所に存在する無人の発電所は格好のターゲットに違いない。

貧しかった少年時代、鉄くずや銅線を売った経験がある。電線工事の場では銅線の切れ端が拾えた。銅の価格は鉄よりずっと高額で売れた。仲間の不良には神社の屋根の銅板をはがして売る者がいたし、電線を切断する本格的な犯罪もあった。昭和30年代の始めの貧しい時代の出来事である。

◇群馬ダルクの福島ショーンさんが新聞で紹介されている。私はダルクの役員で、福島さん等に地元芳賀中で体験を語ってもらったことがある。薬物依存症の害は深刻だ。脳の奥の影響は消えることがないという。ダルクの幹部の一人Hさんは、良い家庭で育ち家は事業をやっていたがこの人のために崩壊したという。薬物は社会の暗部と繋がっている。一時の快楽のために誘惑に負けると身を滅ぼすことになるとHさん等は訴えた。享楽が渦巻く社会から人々を守らねばならない。

◇大谷12号の快音は私の胸にも響く。元通訳一平氏は巨大な司法の網にからめ捕られその先には獄が待ち受ける。2人の日本人の天国と地獄。(読者に感謝)

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2024年5月15日 (水)

人生意気に感ず「孤独死の増加と日本の未来。つばさの党と民主主義の危機。大相撲が面白い。ふるさと塾から市議選へ」

◇知人の民生委員が打ち明けた。「担当する一人暮らし老人が増加し、目が離せない」と。人間関係が希薄になっている。「隣りは何をする人ぞ」と昔から都会の現象が表現されたが今や全ての所で生じている。民生委員が目を離せばあっという間に消えてしまう。風前の灯火という老人が多いというのだ。

 誰にも看取られずに死んでいく「孤独死」が増加している。警察庁の公表によれば65歳以上の孤独死の推計は年間6万8千人に及ぶ。厚労相は今後更に、確実に増えるとして取組みの必要を訴える。助け合いの雰囲気が盛んであったかつてのハングリーの社会が懐かしい。

 私たちは豊かな社会を実現させたが人の心は逆に貧しくなった。行政の役割は極めて大きいが社会全体の課題である。ボランティア精神を発揮して全ての人が力を合わせる時が来た。消滅する自治体の恐怖が叫ばれている。

◇つばさの党が家宅捜索を受けた。先の衆院補選における選挙活動の妨害容疑である。警察庁は複数の陣営の被害届を受理。報じられる状況は常軌を逸している。つばさの党のメンバーは電話ボックスの上に登ったり、他候補に急接近し追い回し大音量を浴びせている。つばさの幹部は選挙の妨害をしたつもりはないと語っているが、選挙妨害に当たると思う。警察が被害届を受理したことはそれを物語る。表現の自由を踏越えるというべき。つばさは政治団体の行動と称しているが一連の行動は墓穴を掘ることに通じるだろう。つばさの黒川代表は「言論行為」だと正当性を主張し、権力と戦う姿勢を示している。選挙は民主主義の根幹を成す。その妨害は公選法により重罪とされている。つばさの行動は重要な問題を社会に投げかけている。投票率が極めて悪く民主主義の危機が叫ばれる中で、羅針盤のない日本丸がどこかへ流されていく恐怖を感じる。

◇大相撲が面白くなっている。注目は若い日本人力士、大の里と熱海富士である。大の里は怪力無双の不気味さを感じさせる。対象的な存在が熱海富士。二人とも今場所好調スタートである。熱海富士は見上げるような巨体にも拘らず生まれたばかりの赤ちゃんの感がある。懸賞金の束を一度付人に渡し、再度手にして喜びを隠さない。この二人が角界を背負う時代が来るに違いない。千秋楽の成績が楽しみだ。

◇ふるさと塾から来年の市議選に四人が立候補する。彼らの志の一端を塾が育てたかと思うと嬉しい。今月は三国同盟に強く反対した海軍軍人井上成美。清冽にして苛烈な武人であった。(読者に感謝)

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2024年5月14日 (火)

人生意気に感ず「デリヘルに急ぐ日本の女性。不同意わいせつ罪と不同意性交罪。このままでは日本は滅びる」

◇欲望が渦巻く社会である。世界の混乱地帯、危険地域と比べると一見のどかで豊かな日本であるが一皮向けば弱肉強食のジャングルに他ならない。特に日本が固く守ってきた倫理観や道徳観が崩れた今日、悲惨な状況が加速している。無防備な若い女性が容易に罠に落ちている。表紙のタイトルが妙に長い本を読んだ。「時給7000千円のデリヘル嬢は80万円の借金が返せない」。きっかけは某紙が全国紙で取り上げていたこと。普通の女性がいかにも軽率に都会の悪の手に絡め取られていく。24歳の女性つばきは借金返済のため高額を稼げる仕事を探し、時給7000円を見つける。それは『デリヘル』だった。古来弱い女性が追い詰められた時、生きる道として選んだのが身体を売ることであった。それは現代社会に於いても変わらない。それは洋の東西を問わない。憤りを覚えるのは教育の無力さである。教育の目的は生きる力を身につけさせることである。物語の主人公の名はつばき。冬でも咲く花からとったという。彼女が生きるに必要な力は倫理や道徳を生かすことである。それを学校でちゃんと教えていたら売春の道に簡単に入らなかった筈である。クモの糸に虫が巧妙にからめ取られるようにつばきは泥沼から抜け出せなくなっていく。身体の不調で仕事が出来ないとき風俗の主人は海綿を詰めてやれと命ずる。海綿が取れなくなって婦人科へ行ったら男性医師に「あなたは馬鹿か」と言われ目を覚ます。現在有名大学の女子大生が多く風俗で働いていると聞く。何かが根本的に狂っているに違いない。

◇私は千数百人の留学生が学ぶ日本語学校の理事である。彼らはハングリーの国から来て日本の文化と習慣を学ぼうとしている。額に汗して働く彼らの姿勢には頭が下がる。高齢少子化が止まらない日本でより深刻なのは容易に風俗で働いて恥じない若者の存在である。憲法の人間尊重の理念には倫理や道徳など普遍的価値の重視も含まれる筈だ。憲法をしっかり教えない教育と知識偏重で受験技術重視の弊害は日本の運命に関わる程深刻である。

◇昨年改正された刑法の不同意わいせつ罪及び不同意性交罪の条文を読んだ。性暴力、性搾取など信じ難い程乱れた社会の実態に対応するものだ。不同意わいせつ及び不同意性交の両罪には共通部分がある。それは暴行や脅迫を用いること、アルコールや薬物を摂取させること等々に乗じる点である。つまり、8項目もの事態に乗じてわいせつ又は性交することが両罪を構成する。それぞれの場合婚姻関係の有無にかかわらずと規定されている。(読者に感謝)

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2024年5月13日 (月)

人生意気に感ず「裏金、森元首相の奇怪な存在感。2千万円と土下座。書道協会で挨拶」

◇裏金問題に関する虚偽記載の罪の初公判が10日東京地裁で行われた。裏金事件は収まる気配もない。国民の怒りの炎を前に為す術を知らない自民党は余程のことがないと立ち直れないのではないか。

 こんなタイミングで文藝春秋の記事を読んだ。森善朗元首相「裏金問題」真相を語るである。森氏は滅び行く自民王国を象徴する姿に見える。私はかつて県議の時、あるボス議員の発言に驚いたことがある。大きな影響力を誇るこの人は「政治は情だ」と強調した。理想を信じて政界に飛び込んだ私は戸惑いを覚えたのであった。

 裏金問題はドロドロした政治の暗部と繋がっている。それは人間の問題と関わることだから政治は情の一環であろう。春秋に登場する森元首相は情を強調して存在感を発揮する典型に見える。今だに大きな影響力を有するのは理性や論理以外の部分のエネルギーの故かも知れない。元文科相下村博文氏との対面の場は凄まじい。安倍派の後継会長になりたくて森氏を訪ね土下座して2千万円を差し出したというのだ。「下村、みっともないから起きろ」。下村は立ち上がって言った。「とにかくご無礼もお許し頂きたい。これはわずかですが」そう言って2千万円を差し出した。「清和会の会長をこんな金で手に入れられると思っているのか。俺は許さん。持って帰れ」。これは森氏が語る光景なのである。この人の傍若無人振りは蛮勇の発揮といえる。このような人物に一目も二目も置かざるを得ない自民党の未来は危ういと言うべきだ。

◇11日、書道協会の大きな行事があり私は二人の受賞者の歓迎祝賀の部で来賓を代表して挨拶した。受賞者は新井祥石氏及び下谷洋子氏である。私は県書道協会の顧問である。挨拶の要旨は現在機械文明が異常に発達し人間は危機に直面している。お二人の受賞はだから格別な意義があるというもの。その上で具体的に次の点を強調した。字を読まない人が増えている。AIは人間の領域を侵そうとしている。人間がその尊厳を保つには機械に勝たねばならない。書道は精神の文化でこれを守ることは極めて重要である。お二人の受賞を大きなステップアップにしなければならない。

◇宝島夫妻殺害事件は人の命を軽視する世相に乗って起きた。ハンマーで殴り飛び散る血、泣き叫ぶ声。凄まじい光景を想像する。直ぐに発見される場所に死体を置くことが示すように思慮のない人々の犯行だ。人命は木の葉のように軽い。(読者に感謝)

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2024年5月12日 (日)

シベリア強制抑留 望郷の叫び 最終回

※土日祝日は中村紀雄著「シベリア強制抑留 望郷の叫び」を連載しています。

 

 塩原さんは桟橋を数歩進んでくるりと向きを変えると、こちらへ向かってゆっくりと歩みを進め、この一歩ですと言って桟橋から岸壁の端に足を下ろした。

「高鳴る胸の鼓動を抑えて桟橋を渡り、ここで祖国の大地を踏みしめた時のあの感動は、今でもはっきりと覚えています。ちょうど我が家の庭先に入った感じがして、あの時ほどの安心感は二度と味わうことはないでしょう」

 やや興奮気味に話す塩原さんの瞳は若者のように輝いてみえた。

 その夜、私たちは、舞鶴港のとあるホテルでカニをつつきながら酒を酌み交わしていた。二人の老人は、半世紀前のシベリアの抑留生活が幻のようだ、そして、日本の戦後の復興も夢のようだ、この豊かさを知らずにシベリアで死んだ多くの同胞を想うと胸が痛むと、しみじみと語った。

「スターリンに感謝状を書くほどに、なぜ民主運動は盛んになったのですか」

「日本人には団結心が生まれなかったので、本当に助け合うことができなかったのでしょうか」

 塩原さんはグラスを口に近づけながら振り返った。

 塩原さんは以前にも、語ったことがある。私が、日本人はドイツ人の捕虜と比べ従順で奴隷のようだったと聞くが、なぜかとたずねたのに対し、日本軍人は階級制度が激しくあのような状況で団結心が沸かなかったためと思うと答えている。

「団結心が沸かない」というのはどういうことか。日本軍は鉄の結束を誇った。それを維持したものは冷厳な階級制度と上官による厳しい鍛錬であった。私的な制裁は禁じられていたが、軍事隆医を養うということで何かというと殴った。そのようなしごきによって世界に誇る無敵な軍人をつくることができると軍全体が確信していた。その目指すところは、天皇のため、国を守るため、ということであるが、外からの強い力によって人を動かそうとすると、人の心に真の力が育たないのだ。そして、軍が瓦解し、天皇の権威もなくなると、人々を動かしていた外からの力もなくなった。

 シベリアの日本人捕虜は、魂を失ったような状態で過酷な環境の中に放り込まれた。そして、ソ連のなすがままに何でもする奴隷のような日本人になっていった。その一つの表れが「民主運動」であった。

 「民主運動」が掲げた社会主義の理念自体は、一つの理想であり、多くの人々を動かす魅力を持ったものといえるが、収容所のほとんどの日本人は、これをよく理解できず、ただ帰国した一心で運動に盲従していた。あのような過酷な状況で運動に参加した日本人の心情は痛いほど分かるが、日本人を運動に駆り立てた要素あるいは背景には、日本人の心理的特性や日本の文化の特色があるものと思われる。このことを今、見つめることが、抑留者の犠牲や苦しみを今後の日本及び日本人のために生かす上で重要なことである。

 私たち日本人は、孤独や淋しさに弱い。そしてまわりの仲間と同じ行動をとらないと不安を感じる。これは、日本人が農耕民族として、また、島国で他民族との交流もない村社会の文化の中で生きてきた結果、個人としての自立が養われていない結果だと思われる。だから日本人は、一つの方向、一つの理念でまとまったときは強い力を発揮するが、一人一人が自分の価値観で動くことは非常に苦手である。二人の老人は、日本の戦後の復興は夢のようだと語ったが、自覚した個人に支えられることのない物質的な豊かさは幻のように瓦解する危険性を孕んでいる。

 戦後、世の中は百八十度転換し、日本は世界でも最も理想的部類に属する民主憲法を手に入れた。その中枢をなすものは、人間の尊重、即ち個人の尊重である。しかし、その前提である個人の自立は実現しているとは言えない。

 戦後社会において、自由を声高に叫び、民主主義一色の流れが続いてきたが、その姿はシベリアの「民主運動」と共通な面がないとは言えない。今こそ、個人の自立を重んじた真の民主主義を確立させなければならない。シベリアの民主運動は、今、私たちに大きな歴史的教訓を突きつけているといえる。

 

 

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2024年5月11日 (土)

シベリア強制抑留 望郷の叫び 一七二

※土日祝日は中村紀雄著「シベリア強制抑留 望郷の叫び」を連載しています。

 

 かくして、引揚げに伴う混乱は次第におさまってゆく。

 塩原さんの帰国は、このような騒ぎのあった翌年、昭和二十五年二月のことであった。このときは、舞鶴港での引揚げ業務も順調で、東京駅では、誰に邪魔されることもなく、家族をはじめとした出迎えの人たちとの涙の再会を果たすことができたのである。

 平成十六年十二月二十一日、小雨が降る中、私は塩原眞資さん、青柳由造さんと共に舞鶴港の引揚げ桟橋に立っていた。この桟橋は、二人の老人がかつて、引揚船から第一歩を印したそれではない。昔をしのぶために、桟橋の一部を新しく造ったものだ。二人の元抑留者は、静かな海面と雨に煙る湾内の光景をじっと見詰めて立ち尽くしている。

「ボラがいっぱいはねていて、私たちの帰国を喜んでいるようだった」

青柳さんがぽつりと言った。

「ここに夜着いて、朝目を覚ますと、あのあたりの松や竹の緑が、それはそれはきれいでした」

 塩原老人は、前方の小高い山を指して感慨にふけっている。

「上陸を目前にした心境はどんなだったですか」

 私がたずねると、塩原さんはそれまでの深刻そうな表情を急にくずし、懐かしそうな笑顔になって言った。

「実は、日本に上陸したら、共産党の応援ぐらいはしなければと思っていたのです。そしたらこの湾内に、夕焼けこやけの赤トンボー、追われていたのはいつの日か、とあの童謡が海面を伝わって流れてきたのです。この静かな日本の海が私たちを迎えて優しく歌っているようでした。それを聞いたら、そんなことはすっかり私の心から消えてしまって、私は、いっぺんに日本人の心になってしまいましたよ」

 塩原さんは、ハンカチを取り出して目頭を拭いている。

「世の中、変りましたなあ、本当に夢のようですよ。あのあたりには、崩れそうな小屋が並んでいましたよ」

 青柳さんの指す方向には、近代的な高層のビルが並んでいる。

つづく

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2024年5月10日 (金)

人生意気に感ず「3人に1人が認知症に。2042年問題の恐怖。子ども性加害から救う性暴力防止法」

◇近い将来3人に1人が認知症に。少子高齢化が進む中で衝撃の事態である。日本は枯れ木のように朽ちていくのか。憲法は人間の尊厳を高く掲げるが高い理念そのものが老いて萎んでいく恐怖を感じる。間もなく84歳を迎える私は改めて周りの人々を見る。同級生は元気を失い、戸を閉ざして死を待っているかのようだ。死亡適齢期という現実が社会を覆っていることを感じる。私の誕生日は10月30日で、その4日後がぐんまマラソンである。先日10キロコース参加の手続きを済ませた。

 近著「生まれいきそして未来へ」の中で102歳まで走ることを宣言した。なぜ102歳か。その年2042年、団塊ジュニア世代が全て高齢者となり後期高齢者人口が4千万人のピークを迎える。認知症は増え続けるだろう。元気で走ることが多くの人に少しでも刺激となれば社会貢献になると期している。

◇重い現実を前に喫緊の課題は全ての人が支え合う共生社会の実現である。1月に施行された認知症基本法は強調する。「認知症の人が尊厳を保持しつつ希望を持って暮らす共生社会の実現を」と。これは国と地方の共通の課題であり、何よりも国民一人一人が抱える自覚の問題である。行政とそれを動かすべき政治家に危機意識が足りないと思う。

 沈み行く我々の社会を待ち受けるのは途方もない天変地異である。首都直下、南海トラフ、富士山爆発等々。大災害と共に生きてきた日本は現在稀な程の試練に直面している。高齢者として貢献すべきは過去の経験を生かすことである。国破れて山河ありという。あのハングリーな状況を貴重な財産として伝えねばならない。

◇子どもへの性加害が絶えず大きな社会問題となっている。対応する新制度「こども性加害防止法案」が衆院本会議で審議入りした。幼児など子どもへの性加害につき自分を抑えられず繰り返す人の存在が指摘されてきた。防止のためには犯罪歴の有無を例えば保育所に就職する人について役立てなければならない。欧米などでは先行している。対象となる性犯罪の前科には不同意わいせつ罪などの刑法犯に加え痴漢などの条例違反も含まれる。性被害の経験者は主張する。「懲戒処分者も犯歴確認の対象とすべきだ」と。初犯で見た目も悪くないからと懲戒にとどめたという記事をよく目にする。性暴力をした人を子どものいる職場から除かねばというのだ。関係省庁の連携で子どもを守ろうとする子ども家庭庁の正念場である。(読者に感謝)

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2024年5月 9日 (木)

人生意気に感ず「地方分権と国の指示権。トヨタのシニア従業員再雇用拡大。宝島夫妻殺害の闇。水俣病と環境省」

◇大災害の時代である。国民の生命安全を守るために行政の役割は重大である。国と地方の関係はいかにあるべきかは待ったなしである。今国会で新たな動きが始まっている。国が地方に指示権を発揮できる法改正である。国と地方は対等が原則であるが、いざという時対等が国民救済の妨げとなってはならない。日本は民主主義国家であり地方分権は民主主義を支える柱。このことを踏まえた上での国の地方に対する指示権である。地方分権に対する逆行になるという批判がある。ブレーキ、歯止めが有効に利くことを重視しながら「非常事態」に備えなければならない。衆院総務委の審議を見守りたい。

◇トヨタは65歳以上のシニア従業員の再雇用を拡大する新制度を始める。トヨタだけの問題ではない。日本社会では人口減と高齢化が深刻の度を増している。シニア労働者は長年蓄積した高い技術力を持ち培った人間関係も貴重である。トヨタが65歳以上を再雇用するのは賢明で必然の方向である。グローバル社会が広がる中でトヨタのようなグローバル企業はそれに対応する人材確保の面でもシニア従業員の再雇用の拡大は必要なのだ。このような傾向は大企業だけでなく企業全般につき広がっていくに違いない。

◇今連日日本中の話題になっている奇妙な事件がある。宝島夫妻が焼かれて発見され関係者が6人も逮捕された。犯罪は時の社会状況を反映して起きる。6人の中には軽い気持ちで金を目当てに加わっている者もいるようだ。主謀者と見られている人物に目が釘付けになる。身体中の刺青は何を物語るのか。身体に墨を入れることが珍しくない時代とはいえ胸元までのぞく状態は異常である。誰もが思い描く。この男が中心になって宝島夫妻を惨殺したことを。この関根なる人物は宝島夫妻の娘と内縁関係にある。事実は小説より奇なりという。正にその通りのおどろおどろしい闇が口を開けようとしている。やがて全容が白日の下に明らかになっていくに違いない。

◇水俣病被害者のマイクを切る光景は衝撃的だ。環境省の職員の一見穏やかな対応を見て水俣病の深い闇を知る人は強い憤りを覚えるのだ。8団体が参加。一団体の時間は3分。水俣の呪いと怨みを思えば3分という設定自身がおかしい。環境省側は水俣の真実に背を向けているといわれても仕方がない。官房長官はいち早く環境省を不適切と評し大臣は謝罪した。(読者に感謝)

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2024年5月 8日 (水)

人生意気に感ず「サンパウロの日系人社会で意外な人に。日系人との絆を活かせ。政治改革は正念場」

◇岸田総理が南米訪問から帰国した。先日、パラグアイについて書いたが、サンパウロについても私の訪問と重なる。コロンブスの新大陸発見後新大陸はスペインが支配したがブラジルは例外でポルトガルの植民地となった。サンパウロにはブラジル最大の日系人社会が存在する。新大陸には広く奴隷の暗い悲惨な歴史がある。そういう背景の下で東洋人も差別され苦労した。岸田総理が今回訪れたイビラプエラ公園のことが懐かしい。公園には慰霊碑があり開拓で苦労した人々の過去帳が保管されていた。この日の昼食で「フェイジョアーダ」を食べたことが忘れられない。黒い椀にどす黒いものが入っている。豚の尻尾や足なども材料になっているという。昔奴隷が食べた物を今は珍しい精力料理として大事にされている。あの時、食べ物にも民族の悲しい歴史が結び付いていることを知った。

 サンパウロ日本文化協会は思い出深い。心を打たれる人々に会ったし、出会いを通じて学ぶことも多かったのだ。心を打たれた人に私の地元芳賀の嶺町から渡った勇気ある女性がいた。会場に何時間もかけて駆けつけたKさんは花の栽培を大きくやっている。小神明町のあの橋の所から見る赤城山が好きで懐かしいと語った。世界を股に掛けるという言葉があるが、女性としてその行動力と精神力には脱帽するばかりだ。日系人の活躍は素晴らしいが二世三世になるにつれ言葉の問題もあって日系らしさが薄れていくという指摘を深刻に受け止めた。ブラジルとの今後の発展のために日系人の存在は非常に重要である。現在多くのブラジル人が日本で働いている。日系人も多い。日本人移民が過酷な状況で築いた歴史を無駄にしてはならない。国と地方がその気になれば打つべき手は沢山ある。それが人口減少社会、外国人との共生が加速する社会の扉を開くことに通じることを銘記すべきだ。

◇岸田首相が参加国歴訪から帰国した。その激務ぶりには驚くばかりだ。休む間もなく最大の政治課題が待ち受けている。政治資金規正法改正問題である。裏金問題に帰因する選挙の大敗の嵐は未だおさまるどころではない。思い切った改革をしなければ国民は許さない。政策活動費

の透明性の中味にどこまで踏み込めるかが焦点になっている。パーティ券購入者に関する公開基準額を現行は20万円超であるが、公明党は5万円超への引き下げを主張している。あの大打撃を受けながら小手先改革で終わることはないだろう。(読者に感謝)

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2024年5月 7日 (火)

人生意気に感ず「戦艦大和の沈没は無駄だったのか。なぜ最高の戦記文学か」

◇『戦艦大和の最期』を読んだ。大和の生還者吉田満の作品。カタカナの文語体の文面が真実に迫力をつけ想像力をかき立てる。かねて聞いていた名作であるが単なる作家による物語ではない。「断末魔」の大和と行動を共にし奇跡的に生還した兵士の体験談である。阿川弘之の戦記物(井上成美・米内光政)を読んで戦艦大和を読みたくなった。大和に沖縄への出動命令が下ったのは1945年4月3日。既に沖縄本島に米軍が上陸し、次は本土決戦という状況であった。大和の幹部たちは艦長以下勝ち目のない自殺行為に断固反対だった。中央作戦本部の大和出動の真の狙いは巨艦をおとりとして使うことであった。限りない米軍機を引き寄せ長時間沖縄に釘づけにする。これを囮(おとり)と称した。そうすることによって本土決戦の時間稼ぎをしようとしたのだ。それでも大和側は納得しなかった。そこで中央は連合艦隊参謀長などを特使として派遣し説得にあたった。大和の艦長は必死の説得にも納得できず、美辞麗句の命令の背景にある真の作戦目的は何かと迫った。それに対し特使は「一億玉砕に先駆けて立派に死んでもらいたい」と答え、艦長側は納得した。

 大和の総乗組員は3,332名であった。吉田満は東大生で学徒出陣であった。

 本部が描いた「おとり」作戦は功を奏さなかった。空を黒く覆い尽くした米機は百機以上、一波が去ると二波三波と続きその間絶えず魚雷が船腹を抉る。遂に第六波、七波、八波に至る。艦上は血の海、阿鼻叫喚の地獄と化し、巨艦は傾き続ける。「浸水間近、浸水近し」と切迫した声。不沈の巨艦は今や水面をのたうちまわる絶好の爆撃目標であった。副長は艦長に告げた「傾斜復旧の見込みなし」。艦長は近くにいる参謀や士官と視線を交わし、数名と握手し艦橋直下の長官私室へ入った。その後沈没までその扉は開かなかった。

 満身創痍の巨艦大和は積んでいた砲弾と火薬によって自爆した。その火柱は鹿児島から見えたと新聞は報じた。吉田は巨大なスクリューに危うく巻き込まれそうになった。漂流中救助の駆逐艦に拾われる。治療室への廊下は死体の山。麻酔もなく脚を切断する光景。著者吉田はこのような生々しい体験をありのままに刻み自分及び社会の再出発の基礎にしようとしたと思われる。そして亡くなった多くの仲間への鎮魂の心もあった。太平洋戦争最高の戦記文学と言われる。なぜ最高なのか。極限に於ける生と死との対決を極限の心理で描くことで文学に昇華させたからだ。(読者に感謝)

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2024年5月 5日 (日)

シベリア強制抑留 望郷の叫び 一七一

※土日祝日は中村紀雄著「シベリア強制抑留 望郷の叫び」を連載しています。

 

 朝日新聞は、品川駅から再び上野の大会に出るといって乗り込む男を加速が泣きながら引きおろす様子、「来ない者がいるぞ」「後で吊し上げだ」と叫ぶ声などを報じている。

 妻や肉親との再会を悲願としてあらゆる苦難に耐えてきた人々が、同じようにこの瞬間を夢にまで見て待ち焦がれていた家族を振り切って赤旗と労働歌の中へ進んで行く姿はまさに異様であり、家族には言い知れぬ衝撃を与え、一般の日本人には全く理解できないことであった。赤旗の国で何があったのか、日本中の人々が不思議に思った。

 また、七月五日の各紙は、千七百人の引揚者が京都駅で、乗車を拒否して座り込んだことを報じている。これは、京都駅前の集団デモ行進禁止の市条例に違反した共産党員が検挙されたことに対する抗議行動である。

 このようなトラブルは引揚者が入港する度に、また、引揚げ列車が日本各地の駅に到着する度に起きていた。

 これに対して、当時の増田官房長官は、七月六日、大要、次のような談話を発表する。

「ソ連帰還者諸君、我々は、あらゆる準備をして諸君を待っていた。我々は、諸君が今こそ、正しい認識と理解をもって祖国の現状を直視されることを切望する。諸君が入港されてからそれぞれの郷里に帰られる途上、自由の発言について制裁を受け、仲間から疎外され、命ぜられるままに踊り、歌わされ、発言し、祖国の国旗に対してすら自由な感情の表現を拒否されたと聞く。諸君、これで自由な平和日本の建設ができようか。我々は、諸君が祖国の地を踏まれた今日、今までの脅迫と威嚇の残像を直ちに棄てられ真に明朗な日本人と成られることを心からこい願う。そして諸君がその多数の同胞と共に平和日本民主日本建設のために新しい出発をされることを我々は堅く信じて疑わない」(昭和二十四年七月六日付の朝日新聞)

 そして、この年八月には、政府は引揚業務が秩序正しく行われるように政令を出し、引揚げ者は、指定列車に乗って秩序正しく帰郷すべきこと、引揚げ者がこれに違反するように圧迫したり、そそのかしたり、あおったりしてはならないこと、違反者には一年以下の懲役または一万円以下の罰金、等を定めた。

つづく

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2024年5月 4日 (土)

シベリア強制抑留 望郷の叫び 一七〇

※土日祝日は中村紀雄著「シベリア強制抑留 望郷の叫び」を連載しています。

 

 瀬下龍三はその回顧録で次のように述べている。

「浅原グループに対しては、二十代の若い人たちが本気で、海にぶん投げようと相談していたが、彼らにも親兄弟がいると言って指導し船内事なきを得た」と。

 引揚船上のトラブルは、年により、また「民主化」された人たちの大小によっても様相を異にした。「民主グループ」の力が大きい船内では、日本海の上でも吊し上げがあったという。

 日本へ上陸した後も混乱があった。特に著しい騒ぎは昭和二十四年以降のことである。それは、昭和二十三年頃から「民主運動」の嵐が激化する中で、洗脳され、筋金入りの共産主義者になった者も多かったからである。

 舞鶴港では、スクラムを組んだ上陸、日本共産党のために資金カンパ、虚偽の申告、沈黙戦術、診療拒否など、さまざまなトラブルがあった。新聞はこの様子を各社とも大きく取り上げ日本中が注目した。

 舞鶴で取材した記者は、引揚者が自分の祖国はソ連同盟だと語ったことに驚いている。 

 騒ぎは引揚げ列車と共に京都、東京と、各地に広がる。

 昭和二十四年七月三日の各紙には「当てが外れた歓迎陣・肉親が無理に汽車へ」「家族や出迎人を置き去り赤い行事へ直行」などの記事が大きく踊る。いずれの記事も、出迎えの家族を振り切って共産党の大会に向かう品川駅の引揚者の行動を書いている。

 読売新聞は、駅の光景を次にように伝える。

「訓練された赤の精鋭たちはこれを迎えるにふさわしい赤旗の嵐の中に降り立った。ゴッタ返すホームの中央では、久しぶりに見る我が子を抱いて涙にむせぶ老母と言葉もなく手を握り合っている中年の夫婦者がいる。しかし、突然労働歌が爆発し、上野駅前で日本共産党の歓迎大会が行われるぞと伝わると引揚者たちは家族を振り切って再び上野行きに乗り込んでいった」と。

つづく

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2024年5月 3日 (金)

シベリア強制抑留 望郷の叫び 一六九

※土日祝日は中村紀雄著「シベリア強制抑留 望郷の叫び」を連載しています。

 

「まってくれ、あれには理由が、私も立場があって・・・」

「何が理由だ、立場だ。どうだ説明はできまい。貴様のような奴は、ソ連に魂を売り渡した売国奴だ。日本に帰る資格などない。わが祖国ソ連同盟と言っていたではないか。海へ放り込んでやるから、貴様の国へ帰れ」

「俺たちは、二人だけのことを言っているのではないぞ。お前らにいたぶられ、無理な労働をさせられ命を落とした者はどれくらいいるかわか分からない。その関にはどうとるのだ。さあ答えてみろ」

「そうだ敵を取れ」

「やっちまえ」

 あちこちから怒号があがった。かつての収容所の吊し上げの場面の主客が転倒した光景が繰り広げられていた。

 このような復讐劇が帰還船の上で、事実、しばしば行われたらしい。帰還した日本人、帰還船の乗組員の証言によれば、船上での復讐劇はすさまじいものであった。かつて収容所で痛めつけられたのは、将校、下士官、特務機関員などである。これらを反動として追及した「民主運動」のリーダーたちは、旧軍隊では下級の位置にいた人たちである。旧軍隊の厳しい規律やしごきが、「反動」「非民主」として吊し上げの対象となった。元幹部たちは、天地がひっくり返ったような屈辱を、恨みをのんで耐えた。今、帰還船の上で、再び立場が逆転することになった。アクチーヴなど目をつけられていた者は、次々と引きずり出され、足腰の立たなくなるほど殴られたり蹴られたりした。さらに、ロープで縛って海中につけたという話もある。

つづく

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2024年5月 2日 (木)

人生意気に感ず「首相の悲壮な表情。甦るパラグアイ、壮大な前原牧場」

◇岸田首相の表情には悲壮感があった。先月30日の記者会見である。唇を一文字に引き締め一点を見詰めている。一瞬目に光るものを見たと思ったのは私の間違いか。感情を現さないことで知られる首相である。3つの補選の敗北がいかに深刻かを改めて示す光景であった。

 この会見で首相は解散を強く否定した。解散は国民に信を問うことが目的である。本来政略の手段とすべきではない。首相はフランスや南米に向けて出発した。南米という別世界の上空で混乱の政情について何か着想を得るかもしれない。南米はブラジルとパラグアイを目指すという。この2国、私にとっても懐かしい。雄大な自然と共に県人会の人々の顔が甦るのだ。

◇私は県会議長の時パラグアイを訪ねた。ボリビアと共に海のない国で南米のへそと言われる。南米一の親日国とも言われる。実は出発前、議長室を堀口礼子さんという女性が訪れた。パラグアイの首都アスンシオンの出身である。

 堀口さんが語ったパラグアイとは、そしてアスンシオンとはどんな所か想像が描く世界に引き寄せられるようにパラグアイに向った。群馬県人会長は堀口さんの一族であった。事務所の書棚に私の「シベリア強制抑留・望郷の叫び」があった。パラグアイで日系人は高い評価を受けている。それは正直、勤勉、教育熱心、そして能力があると思われているからだという。歓迎会で私が「りんごの歌」を歌うと人々は手を打って喜んでくれた。

 私たちは途方もなく広大な前原農場を訪ねた。入口で車ごと消毒液の中をくぐった。草原の赤土の

道が果てしなく続く。テキサスの大農場を舞台にしたアメリカ映画「ジャイアンツ」を思い出した。前原さんは養鶏事業を熱く語ってくれた。ここからパラグアイ全土に出荷されアスンシオンで消費される卵は全てここで生産されるという。

 前原さんのお父さんは広島で下駄の工場をやっていたが倒産し裸一貫でやってきたという。日本人の勤勉さで困難を乗り越えてきたのだろう。恐れているのは鳥インフルエンザという。リスクを分散させるために広大な土地を確保して牛を始めたという。農場の一角に日本の城を建設中であった。望郷の思いが込められているに違いないと思った。岸田首相はパラグアイで日系の経済人に会うのであろうか。あれからおよそ19年、前原牧場、パラグアイの県人会の人々はどう変化したであろうか。地球の反対側の大地をもう一度訪ねてみたい。(読者に感謝)

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2024年5月 1日 (水)

人生意気に感ず「自民3敗。島根一区の惨状。天変地異は続く。受刑者の読書」

◇衆院補選で自民は全敗した。3つの選挙で2つは不戦敗である。島根1区は自民の王国だっただけにその惨状は凋落する自民を象徴するものだった。政治不信が地殻変動を起こしたともいえる。裏金問題は政治とは何か、政治家の役割は何かを最も分かり易い形で有権者に訴えたのだ。保守王国、全国一と言われた保守の砦があっけなく落城した。東京と長崎で仮に候補者を立てたとしても自民党はみじめな結果を招いたことだろう。同じ風が吹いていたのだから。

 岸田首相は選挙の顔として必死だった。島根1区に二度も姿を現したことはそれを物語る。なり振りかまわない状況といえた。

 選対委員長の小渕優子さんの表情も深刻さを現していた。岸田首相は総裁選で勝てるのか。自民党内での岸田おろしはまだ本格化していない。世論的には石破元幹事長の人気が高いが党内の力は弱い。政治に無関心な一般国民が政治の大波を受けている瞬間である。その意味で裏金問題は 卑近にして最良な教材を提供することになったから皮肉なことだ。

◇地球的規模で天変地異が続いている。インドネシアでは大規模な火山爆発が続いている。この現象は日本列島と全く無関係なのか、それともある種の前兆なのか。連日の真夏日も不気味である。28日桐生では今年初の真夏日となり31.4度となった。県北部では平年より10度ほど高い所があった。

◇5月である。人に言われて驚いたことがある。「群馬マラソンの申込みはしましたか」。インターネットの受付が始まっているというのだ。11月3日はまだ先のことと思っていた。昨年、11月4日から毎日走り続けてきた。北京の朝も次のぐんまマラソンを意識して走った。今年は満84歳である。毎日3回の走りは苦にならず続けているが筋力の放物線は目に見えぬ変化を生んでいるようだ。工業団地の一区画を全力疾走するときそれを感じる。体重を落とし筋力維持と復活に挑戦である。

◇受刑者への書類差し入れを大きく削減するのは違法という判決がでた。栃木刑務所は判決を受け、「月3冊」を「1日3冊」に戻した。受刑者にも限られた範囲の人権は認められるべきである。希望者の読書を大きく制限すれば心の自由を奪うものとして人権侵害に繋がる可能性も。自分が受刑者となったらと想像したことがある。独房で壁に向って終日書を読む。吉川英治の武蔵は名古屋城の天守閣に閉じ込められ3年間書を読んだ。武蔵を待つおつうの姿よ。少年時の読書の世界である。(読者に感謝)

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