人生意気に感ず「国破れて群雄割処。湛山、吉田、鳩山、池田を語る。自民の大敗よ」
◇27日のふるさと塾は前例がないほど盛会であった。疲れを忘れて声に力が入った。声の力は参加者の人数だけではない。テーマの登場人物が私の胸を熱く押したのだ。石橋湛山、吉田茂、鳩山一郎、岸信介、池田勇人などの面々は「千万人といえども吾往かん」の気概をもっていた。会場の人々は益々小粒になって埋没していく政治屋たちの存在に怒りを募らせた。湛山は国民の機嫌とりはしないと叫んだ。吉田の「バカヤロー」の暴言も国民はどこかで許していた。鳩山は日ソ国交回復の一事をもって歴史に一頁を刻むことになった。岸の怪物ぶりは人々を唸らせた。控え目に語ったが一つ一つの行動が戦乱の時代の姿を甦らせた。安保闘争の狂乱の中で東大駒場寮では「岸は敵ながらあっぱれ」という声が多くあった。これは安田講堂占拠に象徴される東大闘争にあって非妥協を貫いた林健太郎に与えられた学生の「林健太郎に敬意」の落書きを思わせる。血風の中を過ぎる涼風の感があった。池田勇人は傍若無人ぶりで知られた。貧乏人は麦を食え、中小企業の一部が犠牲になってもやむを得ないなどと平然と言ってのけた。
この日、一つのサプライズがあった。吉田松陰の研究で知られる松陰大学の元教授が突然姿を現したのだ。私のブログを読んで日時を知ったというこの人は埼玉県から駆けつけた。この人は私の紹介を受けて私の話をサポートしてくれた。タイムリーで花を添えてくれた。
長いことウクライナの戦乱を語ってきたが今回思い切って視点を変えた。社会が人をつくる面は否定できないがその社会状況の中で人が歴史をつくっていくことはより重要である。しばらくはこの路線を辿りたいと思う。
◇ふるさと塾の余韻の中で次のテーマの候補が浮かぶ。それはかねて温めていた「井上成美」。山本五十六と共に三国同盟を結ぶことに強く反対した。当時ナチスの快進撃に押されて乗り遅れるなという空気が強かった。敗戦後は亡国の運命を救えなかった反省から徹底した清貧を貫き横須賀のあばら屋で英語を教えて過ごした。この頃、彼のもっていた下着は古いゆかたを裂いて作った数本のフンドシとつぎのあたったパンツ2枚だけだった。ヒトラーやムッソリーニにも触れたいと思う。
◇衆院選はやはり自民が全敗。島根一区までもが。有権者の怒りの爆発だった。島根は接戦かと思ったら意外な大差。政治不信に対する国民の怒りがいかに大きいかを改めて知った。(読者に感謝)
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