シベリア強制抑留 望郷の叫び 一二十
※土日祝日は中村紀雄著「シベリア強制抑留 望郷の叫び」を連載しています。
警戒兵の厳しい視線にもかかわらず、一人が意を決したように口を開いた。
「日本に帰れるでしょうか。それだけが唯一の望みです。死ぬまでにぜひ、もう一度日本が見たいのです」
続いて、もう一人が、訴えるように言う。
「我々は日本に帰るのをこんなに待っています。毎日、そのことばかり考えて、何年もたちました。それに対して日本の同胞は何を考えておりますか」
「祖国では常に皆さんのことを心配しております。いろいろな民間団体も立ち上がって、皆さんにどうか一日も早く、お帰り願いたいと、とくに婦人たちは真剣に努力しております。皆さんのご家族は、皆さんの帰ってこられるのを切に待っています。私は、日本の婦人の真心をお伝えに来ました」
高良とみの言葉を遮るように、隣のベッドの日本人が言った。
「国家の命令で、ここへ来ました。国家の命令で戦場に行ってこうなったのです。いったい祖国は私たちを救う気があるのですか」
国家の命令ということを重ねて口にし、救う気があるのかと迫るこの男は射るような視線を女史に向けていた。頬がそげおちたこの日本人の姿は、高良とみには抜き身の日本刀のように見えた。
高良とみは、男を正視し直立不動の姿勢で答えた。
「申し訳ありません。我々の責任です。皆さんがそうおっしゃるのもご無理ありません。だから国民の声によって、何としても、一日も早く国交を調整し、皆さんを内地に復員させたいと思っています。私は、そのために障害を乗り越えてここに参りました」
高良とみは十八人の日本人に会った。一人ひとりのところへ行き声をかけた。そして、帰国後、家族に消息を伝えるからと言って、順次名前を聞くと、ある者は、自分はもう死んだも同然だから名を聞いてくれるなと叫んだ。
つづく
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