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2023年11月18日 (土)

シベリア強制抑留 望郷の叫び 一一六

※土日祝日は中村紀雄著「シベリア強制抑留 望郷の叫び」を連載しています。

 

 用意されている宿舎に入る前に、ある建物でエンジン付きの散布機でDDTをかけられる。頭から背中の奥まで白い粉をかけられた。DDTが終わった者は、次の建物では入浴だという。朝風呂とはありがたいと思っていると、湯舟は冷たいクレゾール液である。アメリカ兵が側に立って物体を消毒するように、日本人の頭から液体をかけている。鬼畜米兵と思い込んでいたアメリカ兵に身近にしかも裸で接するとは思ってもみなかった。彼らに占領されている日本はどうなっているのだろうか、これから自分たちはどうなるのか。一抹の不安が青柳さんの頭をよぎる。

 しかし、そんな不安も次の瞬間吹き飛んでいた。三番目にやっと温かい湯舟が待っていた。人々のどよめきが聞こえてくる。石鹸があって、頭から身体中を良く洗い、ゆっくりと日本の湯につかった。これは、出国以来初めてのことであった。

 入浴の後、調査の書類にいろいろ書き込む作業があり、それが済むと昼食であった。瀬戸焼のドンブリに割箸が並んでいる。懐かしい光景なのだ。青柳さんは故郷の家族を想像した。そして、早くも心は越後の古里に飛んでいた。それは、戦後の青柳さんの新しい人生のスタートでもあった。

 

第四章 高良とみ、国会議員として初めて強制収容所を訪ねる

 

一 日本人抑留者、日の丸に涙

 

 シベリアの長い過酷な抑留生活は、そこに閉じ込められた日本人の身体も心もずたずたにしていた。遠い祖国は手の届かない、まさに憧れの別の世界であった。極限に迫る飢えと寒さと労働は、これでもかこれでもかと打ち付ける鉄槌のように、強制収容所の日本人の頭上に振り下ろされ、耐えきれぬ多くの人々は、無念の涙をのんで凍土の中に打ち込められて消えていった。

 冬の寒さは格別だった。鉛色の、重く垂れ込めた雲の下、大気を引き裂き、一木一草はおろか人の心までも凍らせるツンドラの寒気は、寒さに弱い日本人を恐れさせ絶えず絶望の淵に引き込もうとした。

 

つづく

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