« 2023年2月 | トップページ | 2023年4月 »

2023年3月31日 (金)

人生意気に感ず「いよいよ告示。無投票地区の問題。富士山爆発は近い。昔の塾生松島ゆき出馬」

◇いよいよ告示である。総社神社の祈願祭、県庁前の第一声、出陣式等、私は某候補のこれらの計画に参加する。県会議員をやめて8年が過ぎたが選挙から離れることが出来ない現実である。各地で私の支援者が健在であるという事実が生きている。私が社会活動を続けている以上、この事実を切り捨てることが出来ないのだ。

 無投票は太田・沼田・渋川・富岡・北群馬・甘楽・吾妻・利根・佐波の選挙区である。特にこれらの中、大きな都市太田・沼田・渋川・富岡で無投票とは衝撃的だ。

 無投票選挙区の候補者と有権者の心中はいかがなものか。議会の形骸化、民主主義の危機が叫ばれて久しい。選挙は形式的な儀式だという見方があるが、他候補たちが必死で競い政策を訴える中に民主主義の真の姿が存在する。これは長年激しい選挙を戦った私の経験から言えることである。

 私が代表を務めるミライズクラブは、選挙の活性化に繋げる目的で、前橋市区で公開討論会を実施した。参加した各候補者の選挙戦の動きに注目したい。公開討論会は今後に繋げることに意味がある。苦心のノウハウを役立てたい。

◇富士山噴火避難計画が公表された。巨大な活火山は1707年の宝永の大噴火以来約300年眠り続けている。いつ目を醒ましてもおかしくない時期である。これまでもマグマが上昇しあわやという状況が報じられたことがあった。自然の営みは計りがたい。人間界をにらみ、他の大自然の変化と連動し申し合わせてそのタイミングを待っているかのようだ。人間とすれば唯神を畏れ、その意を推し量って備えるばかりだ。それが改定された避難計画である。「逃げ遅れゼロ」を目指す。人口の高齢化、高度かつ複雑に発達した現代社会で車か徒歩か、その組み合わせをいかにと人知が試されている。

 いずれにしろ過去から学ぶことは重要だ。

◇今回の県議選に、昔の中村塾の生徒が立候補した。松島ゆき、活発な正義感をもつ女の子だった。公開討論会に出たことから初めて知った。人生の荒波を生きてきたらしい。バツイチ、障害の子などが波乱の人生の一端をうかがわせる。居酒屋の一間が選挙事務所でボランティアの女性たちが懸命に動いている。先日、「ふるさと塾」で紹介した。少子化、高齢化、エネルギー、女性参画等々セールスポイントは多い。孤軍奮闘の女性の声はどこまで人々の胸に伝わるであろうか。彼女は今回の選挙の注目点の一つだ。(読者に感謝)

|

2023年3月30日 (木)

人生意気に感ず「教科書に同性愛が。高校野球の熱狂は懐かしい。県議選が始まる」

◇小学校で使われる教科書の検定結果が公表された。私が注目するのは同性愛など性的少数者に全ての出版社が触れていることだ。教科書の内容は子どもの精神形成の原点になるから非常に重要である。時代の大きな変化を感じる。かつて教科書検定は家永訴訟でみられたように大きな社会問題であった。憲法は検閲はこれをしてはならないと定める。国家権力が国民の内面に干渉することを禁じたもので、人間の自由・人権尊重の基本に関わることである。

 ある代表的な教科書に次のような表現がある。「生まれた時の体の性と、今、自分が思っている性が違うこともあります。気になったり、好きになったりする相手が異性の場合もあれば、同性の場合もあって、好きの形もさまざまです」。また「さまざまな性を現す言葉の一つにLGBTという言葉もあるよ」ともある。このような教科書で学んだ子どもたちが社会を支えていく。多様性を尊重する社会の流れはどこに向うのか。

 これは保健体育の教材だが、道徳教育にも関わることだ。私が学んだ小学校時代の教科書を考えると隔世の感がする。

◇野球のWBC、大相撲が終り、高校野球である。スタンドと一体となった球児たちの活躍に年を忘れて血が燃える思いである。

 野球は瞬間の判断力が重視されるスポーツである。咄嗟に状況をよんで投げる、走る。鍛え抜かれた選手たちの体と心に応援団が呼吸する。太鼓の音、チアガールの笑顔、全てがオーケストラの舞台となって炎上している感じだ。感動のドラマはテレビを通して全国に繋がる。少年野球は教育の貴重な一環である。甲子園から日本の社会の健全性が伝わってくる。

◇県議選が始まる。無投票選挙区が10もある。選挙戦が予想される地区も盛り上がりはないようだ。元気なくしぼんでいく社会を感じる。社会が政治への関心を薄めている。公共のことを他人事と考えている人が増えているのだ。他人事では済ませない少子化、高齢化、迫る大災害等様々な課題は政治と結びついている。投票率が極端に低いかも知れない。困った選挙の状況は地方自治と民主主義の危機につながる。他人事と見ていた政治が自分事となって頭上に落下し足下を崩そうとしているのだ。

◇ウクライナ訪問の決行などで岸田政権の支持率が若干上がっているようだ。そこでこの上げ潮ムードに乗って総選挙の動きが見られる。(読者に感謝)

|

2023年3月29日 (水)

人生意気に感ず「大相撲が終った。福田赳夫の歩みを描く。“東大歴代総長”の歩みを新入生に贈った」

◇大相撲春場所が終った。霧馬山の引き締まった身体に引きつけられた。モンゴルの遊牧民の出身だという。優勝した瞬間控え目な表情に喜びがにじんでいた。霧馬山に関心を持ったきっかけは深夜のジョギングである。私は毎朝2時40分に一定のコースを走るがその一角に工業団地がある。食品工場すかいらーくに向う人とほぼ同じ場所で会い、言葉を交わすようになった。この人が霧馬山のファンなのだ。「次は大関ですよ」といかにも嬉しそう。「3場所合計33勝以上というルールがあるんです」とかなり詳しい。

 コロナが静まるのに合せるように会場は連日満員御礼である。15日間の会場の光景に変化を感じた。日が進むにつれマスクが少なくなったのだ。外は桜が満開である。人々の心にも春が訪れたようだ。万葉の歌、「春のその紅いにおう桃の花 下照るみちに出て立つおとめ」を連想する。

◇日中友好条約締結が45周年を記念して福田赳夫の歩みを書いている。400字詰め原稿用紙約160枚を完成させた。中国関係の出版責任者とのやり取りは難しい面もある。私は中国人に読んでもらうという思い入れで書いた。福田派に長く属して福田赳夫を肌で感じてきたこともベースになっている。金古町で生まれ神童と言われ、学歴では自他共に認めるエリートコースを歩んだが、単なるエリートではない。榛名山麓の貧しい農村地帯で育ち、そこでの祖父や父母の教えが福田の原点になっている。優れた官僚が政治家になることは一つの理想の姿である。その例は多いが福田が他と異なるのはその原点を常に大切にしてブレなかったことだ。それは田中の列島改造論や金権政治に反対したことにも現われている。長い道のりを経て総理の座に着くがダッカハイジャック事件に遭遇する。政治に倫理を求め全方位外交を展開する福田は総理辞任後もOBサミットを提唱し死の床につく直前まで現役であった。その波乱万丈の人生には時を超えて人々に訴えるものがある。日中友好条約は覇権を求めないと規定するが、現在の中国は太平洋に向けて覇権を広げようとしている。米中の対立の間に立つ日本の役割は日々増大している。北朝鮮の目に余る暴虐ぶりは日本ののど元に突きつけた刃である。福田が掲げた全方位外交をいかに実現するかが問われる時なのだ。

◇「東京大学の式辞―歴代総長の贈る言葉」を読んだ。我が師林健太郎のこともある。全共闘に屈しなかった姿に全共闘も敬意を表した。今春、難関校に入学する若者へのプレゼントとして購入した。(読者に感謝)

|

2023年3月28日 (火)

人生意気に感ず「太平洋戦時下の強制連行の驚くべき実態。松代大本営の建設。岸田首相のウクライナ訪問」

◇日韓併合(1910年)の後、日中戦争(1937年)の泥沼の中で遂に太平洋戦争に突入した。この戦争の中で、朝鮮人は日本国民として徴兵され、あるいは労働力として酷使された。徴用工の問題はここに登場した。徴用工は強制的に連行され日本の炭坑や土木作業現場で強制的に働かされた。その数は一説には百万人を超えるとされる。元徴用工の証言がある。「子どものアメを買うために歩いていたら突然日本人巡査に乗れと言われトラックに押し込まれ、日本へ行く国家のために尽くしてこいと言われ、福岡県の炭坑へ送られました」

◇強制連行先の作業現場として長野市の松代町がある。「幻の大本営」建設現場である。私はかつて実際にトンネル内に入って慄然とした思い出があるので塾ではそれを語った。

 戦局が悪化していた昭和14年、日本は本土決戦を覚悟していた。沖縄の惨状を経験した日本は本土決戦の時大本営や皇居を守るにはどうするか真剣に考えた筈である。そこで得た結論が長野松代への移転だった。突貫工事は西松組と鹿島組が請け負った。労働者は強制連行された朝鮮人がほとんど。延べ600万人が突貫工事で働き敗戦の8月には計画された13キロの約80%が完成していた。岩盤を縦横に切って不気味なトンネルは闇の中を伸びている。裸電球が冷たい岩盤を照らしている。その先のどこかに天皇の仮皇居があるのだろうか。皇居や大本営の要所は特に秘密が重視されたに違いない。そういう場所の一画が完成すると朝鮮人労働者を殺したという証言がある。19909年11月、このトンネル内で慰霊祭が行われた。全く無駄な企画であった。

◇この日のふるさと塾の締めくくりに岸田首相のウクライナ潜行を話した。セキュリティと秘密保持が最大の課題だった。まるでスパイ映画のような事実が後に明らかになった。実際に行われたインド訪問がカモフラージュとして利用された。雷雨の夜、インドのホテルから一行は密かに抜け出す。裏口からバスで空港へ。チャーターしておいた飛行機でポーランドへ向ったのだ。外務省が綿密に計画した。グッドタイミングなことに習主席のプーチン氏訪問に重なった。この企画の成功に自由主義諸国は拍手した。G7の国でウクライナを訪問しないのは日本のみだった。私は5月のG7広島会議で日本は議長国としてどのような成果を示せるかに注目すると語った。(読者に感謝)

|

2023年3月27日 (月)

人生意気に感ず「尹大統領の歴史的な譲歩の意味。韓国併合と皇民化政策。皇国臣民の誓いと創氏改名」

◇今月のふるさと未来塾のテーマは「世界の危機と日本の危機」で、はじめの映像は日韓首脳の握手の姿である。私はこれを材料にして先ず粗筋を話した。「尹大統領は不幸な歴史を乗り越えて両国の改善をはかるために来日しました」と語ったが、不幸な歴史とは何か、なぜあえて来日したのか。不幸な歴史とは韓国を植民地として暴虐の限りを尽くした過去の出来事である。そしてあえて来日して大きな譲歩の姿勢を示したのは北朝鮮の脅威に対応することで、これが粗筋であると説明した。

 北朝鮮の弾道ミサイル発射は異常である。一発は北海道の西200キロのEEZ内に落下した。北朝鮮に対し直接の脅威を感じているのは韓国である。北が誇示するミサイルの力は国境を接する韓国を射程内にしているからだ。冷静に判断するなら、自由と民主主義という価値観を共有する隣国日本との連携を強化することを優先すべきは当然である。尹大統領は新たな協力の時代を開くと表明した。

 日米韓の連携強化が重要であるがアメリカを本気にさせるためにも日韓の連携を進めることが重要なのだと私は強調した。

◇「不幸な歴史」について私は韓国併合を中心に話した。朝鮮半島を支配することはロシアの南下に対抗する意味でも重要であった。日露の対決は不可避で遂にその時は来た。日露戦に勝利した日本は韓国を保護国にする。するとこれに対して猛烈な反対運動が起き、韓国支配の最高責任者として伊藤博文が狙われる。伊藤が暗殺されると日本の態度は一気に硬化し、1910年韓国は日本に併合され日本の一部となった。ここから「不幸な歴史」が強引に進められた。私はここで朝鮮人の心を踏みにじった皇民化政策を話した。天皇陛下の民となったとしてそれを実現するための強引な政策である。皇民化政策として「皇国臣民の誓い」と「創氏改名」をあげた。

「誓い」は子どもたちが「大日本帝国の臣民です」、「天皇陛下に忠義を尽くします」、「忍苦して立派な強い国民になります」と、意味も分からず唱えさせられた。日本人意識を植え付けることが目的であった。

 創氏改名は朝鮮式の姓を廃止し日本式の名に変えることで、朝鮮人にとって最も屈辱的とされた。朝鮮では死を選ぶとも姓は変えないと言われる程、一族の姓が大切にされた。拒否する人には子どもの入学を許さない、就職できないなど様々な圧力が加えられた。(ふるさと塾の続きは明日のブログで)読者に感謝。

|

2023年3月26日 (日)

シベリア強制抑留 望郷の叫び 四十六

※土日祝日は中村紀雄著「シベリア強制抑留 望郷の叫び」を連載します。

 

呆然と立ち尽くしていると、無人と思った一角から一大の軍用トラックが走り出してきた。塩原さんの部下が2,3人走り出して乗せてくれと叫んでトラックの荷台の囲いに飛びついた。トラックには兵士の黒い影がひしめいている。

「だめだ、お前たちを乗せる余地はない」

 血走った目の兵士は哀願する眼下の顔を軍靴で蹴った。もう一人の兵士は、引きずられながらも必死でしがみつく両手を、物でももぎとるように引き剥がした。地面にたたきつけられた兵士を置いてトラックは走り去って行った。

〈人間は、ギリギリのところでは自分のことしか考えられないのです〉

 塩原さんは、当時のことを思い出してしみじみと語った。

 これは、これから始まる、追い詰められた状況における人間模様のほんの一例に過ぎなかった。

 取残された暗闇の中で、塩原さんはこの時それまで半信半疑だった敗戦ということを冷厳な事実として受け止めた。同時に身体中の力が抜けて、その場にへなへなと座り込んでしまった。

 生きて虜囚の辱めを受けるなという日頃の厳しい教えにもかかわらず、塩原さんたち13人は虚脱状態の中で、あっけなく捕虜となった。今まで見たことのない赤い毛、青い目のソ連兵に追い立てられあちこち歩かされた。信じられない光景がいたるところにあった。町の一角には日本兵のあらゆる武器が山のようにうず高く積まれていた。裸足で髪を振り乱し半狂乱で子どもの名を叫ぶ女性の姿、ソ連兵に抱きすくめられ足をばたばたさせながら連れ去られて行く若い女性など。これが戦いに敗れるということなのかと塩原さんは生唾を呑み目をそらした。悔しくても、どうすることもできないのだ。

 塩原さんたちは、やがて、鉄条網で囲まれた日本軍の馬小屋に閉じ込められた。

 拘束されてから毎日、食べ物はごく少量しか与えられない。仮宿舎に入れられてからは何も与えられず、2日3日と過ぎてゆく。ワラをかじったり、木の皮を食べたり、人々は口へ入れるものを求めて馬小屋の中を這い回っていた。4日目、5日目になると空腹に耐えることが銃弾の雨にさらされるより怖いことだと思えるようになった。この飢えに対する恐怖心こそ、塩原さんたちがこれから先の長い収容所生活で向き合う最大の敵であった。

つづく

 

|

2023年3月25日 (土)

シベリア強制抑留 望郷の叫び 四十五

※土日祝日は中村紀雄著「シベリア強制抑留 望郷の叫び」を連載します。

  私のこの手紙に対して数日後、塩原眞資さんから返事がきた。それには、「シベリアを離れるときは、こんなところに二度と来るものかと大地を蹴りつけたい気持ちだったのに、今、そのシベリアが非常に懐かしく思える。私の体験がお役にたつのなら、何でも喜んで話したい」と書かれていた。

 塩原さんは、現在81歳。耳が少し遠くなったが身体はいたって健康である。シベリアから帰国した後は、前橋市の建設会社に勤務し、持ち前の忍耐力と誠実さで事業発展に貢献し、退職後は町の自治会長もつとめ、現在は前橋市田口町で悠々自適の生活を送っている。

〈日本は大きく変わりました。あの頃を思うと夢のようです〉

 こう言って塩原眞資さんは、遠くを見るような目をして感慨深そうに若き日のシベリアを振り返る。

 

二 軍馬を殺して食べる

 

 塩原さんは、「中島飛行機」で働いていたが、昭和19年3月に召集され満州に渡った。関東軍の中で通信の任務についていたが、吉林省延吉で終戦を迎えた(昭和20年8月15日)。

 ソ連軍が満州に侵攻を開始したのは8月9日であった。8月17日、本部より全日本軍に対して即時戦闘行動停止命令が下されたが、満州方面の戦闘状態がおおむね終わったのは8月20日とされる。

 塩原さんの部隊がソ連軍の突然の侵攻を受けたのは8月17日の夜であった。「ドドーン」、「ゴーゴー」と大地を震わせて戦車の音が迫ってきた。

 塩原さんは12人の部下を持つ無線通信所の所長であった。その場所は本隊から遠く離れた山の中腹にあった。戦車の轟音は次第に山の麓に迫りつつあった。命よりも大切な物を敵に渡してはならない。塩原さんたちは必死で穴を掘り、通信機材や暗号書を埋めた。

 命がけの作業を終え本隊に辿り着くと、兵舎はすでに空で慌ただしく走り去る軍用トラックの後ろ姿が闇に消えてゆく。

つづく

|

2023年3月24日 (金)

人生意気に感ず「浅間大爆発と鎌原の奇跡。岸田首相の決死のウクライナ訪問。G7は成功するか」

◇気象庁は浅間山の警戒レベルを2に引き上げた。このところマグマの上昇が確認され火山性地震が顕著に増えていると言われる。世界的な大火山は眠りから醒めようとしているのだろうか。私の子どもの頃は黒い噴煙が東へ流れるのがしばしば見られた。

 東日本大震災を機に日本全体が地震も火山も活発化を始めたようだ。あれだけの、地球の回転にも影響を与えるような衝撃である。素人の感覚でもマグマに力が働くのは当然と思えた。富士山の噴火は目前のように切迫している。1783(天明3)年の浅間山大噴火では死者は2万人に達し、噴火は冷害を生じ、日本の各地で大飢饉となり、奥羽地方は特に酷く、人肉相食む惨状となった。

 私は日本のポンペイとも言われる嬬恋村鎌原村地区の惨状を知るために鎌原観音堂を何度も訪ねた。堂に至る石段わきの古い石に「天明の生死をわけた十五段」と刻まれている。この段より上に逃れた人は助かったことを物語る。その数93人。村の長老たちが生き残った男女を組み合わせ夫婦にさせた。人々が唱える和讃には「妻なき人の妻となり、主なき人の主となり」とある。生活を営む夫婦の地下には亡き夫、亡き妻がいると思うとその胸の内は複雑であったに違いない。「嬬恋・日本のポンペイ」の中に講を唱えた老人の声として次の記述がある。「わしらは九十三人の子孫です。ご先祖がここに逃げたお陰でわしらはこうしていられるのです」。この人は被災者の6代目だという。鎌原の悲劇はポンペイと比べられるが、このように助け合って村を再建させた文明史的意義はポンペイの比ではない。私たちは、今、大災害の時代の中で鎌原の事実を改めて歴史的教訓として捉えるべきである。

◇まるでスパイ映画を観るような岸田首相のウクライナ訪問の実態である。事実は小説より奇なりという。首相の一行はインドのホテル裏口から抜け出し空港に用意したチャーター機でポーランドに向った。全員が携帯の電源を切った。電波で位置がキャッチされ襲撃されることを恐れたのだ。安全と秘密保持の徹底は外務省に任された。「それができなければ外務省なんか要らない」、首相は珍しく感情を出して支持したという。先ず向ったのは虐殺の町ブチャだった。ゲーム感覚で民間人が殺された実態を説明され首相は決意を語った。「強い憤りを感じる。これからも最大限の支援を続けたい」。5月のG7の最大の課題はウクライナ問題である。議長国日本の調整力が試される。今回の首相の決行は成功に向けて大きな意義があったと思う。(読者に感謝)

|

2023年3月23日 (木)

人生意気に感ず「サムライジャパンの奇跡に思う。岸田首相のウクライナ訪問。習主席のロシア訪問」

◇グローブを投げ帽子が舞った。大谷が最後の一球で打者を下した瞬間である。日本の侍が一騎打ちで見事に勝利した姿であった。球場のどよめきが太平洋を越えて伝わってくるようだ。全員が力を合わせ一勝一勝を積み重ねた過程は精神力の凄さを示した。世界の人々は腰の刀に命をかけるサムライを連想したのではないか。大谷はインタビューで子どもたちへのメッセージをと問われていた。この快挙が生む影響は野球少年に限らない。全ての少年少女が夢と希望、困難に挑戦する勇気を学んだに違いない。

 82歳の私はアメリカに打ちのめされ廃墟と化した幼児の日本を思い浮かべる。真珠湾の奇襲は世界の非難を浴びたが、今回は堂々とアメリカに遠征しスポーツの試合という文化の戦いで勝利したのだ。日本がここまで進歩したことに私は感動した。高齢化と人口減少で元気を失っている日本人の心にサムライジャパンは爽やかな喝を与えた。

◇サムライジャパンとほぼ時を同じくして岸田首相は戦時のウクライナを訪問した。極秘に計画を練って決行した、漏れれば失敗する性質のもの。野党も一部を除いて意義を認め評価しているようだ。ウクライナの戦争は重要な局面を迎えている。ロシアの大規模な攻撃も予想され、西側諸国の支援疲れの声も出ている。そして、ウクライナの被害は増大している。国外に逃れたウクライナ人が800万人以上に達し、他に約500万人がウクライナ国内で避難生活を余儀なくされている。こういう状況でウクライナとすれば一国でも多くの支援を必要としている。習近平氏の訪露とほぼ時期が重なったことも首相のウクライナ訪問の意義を高めているといえる。

 首相はゼレンスキー大統領との記者会見で表明した。「日本はウクライナと共に歩み、切れ目のない支援を続け殺傷能力のない物質を供給する」。ゼレンスキー大統領はアジアの主要国である日本の首相の訪問に感謝の意を表した。バイデン大統領がウクライナを電撃訪問し続いてイタリアのメローニ首相も訪問、G7首脳で訪れていないのは日本だけになっていた。危険に飛び込む岸田首相の胸にはサムライの覚悟に似たものがあったかも知れない。

◇習主席はプーチンとの記者会見で述べた。「積極的に和平交渉を促す。終始、対話と歴史の正しい側に立つ」。しかしロシア軍の撤退は求めず、併合を宣言したウクライナ領については関与しないという中国の姿勢はロシアの有利に働くことは否定できない。(読者に感謝)

|

2023年3月22日 (水)

人生意気に感ず「死の淵から生還した袴田さんに思う。死刑制度を議論する時だ」

◇ハラハラしていたが遂に再審開始が確定した。東京高検が特別抗告を断念したのだ。歓喜に燃える人々の光景が伝えられる。対照的なのは無表情の袴田さんの姿である。状況を理解できない認知能力であるらしい。このことが私には死の影に怯えて生きた長い時間の経過を物語っていると思えてならない。死刑からの生還は5例目である。この事実は、もし冤罪で死刑が執行されていたらという恐怖を訴えている。

 再審確定までには弁護団等の筆舌に尽くし難い努力があった。その一つに「1年以上みそに漬かれば化学反応が起きて血痕は黒褐色になる」という弁護側の実験結果がある。証拠とされた衣類は袴田さん以外の第三者が捏造した可能性がある。その第三者とは捜査機関の可能性が極めて高いと裁判所は認定した。

 袴田さんは長時間の取り調べを受けトイレも許されず自白を強いられた。この事実は憲法が絶対に禁ずると定める拷問に当たるというべきである。警察や検察側のおかしな点は他にも多くあった。裁判で犯人のものとされたズボンを袴田さんが着用したとしたら小さすぎてはけなったという。正に言語道断であり司法に対する信頼を地に落とすものだ。死刑判決に携わった一審の裁判官は無罪の心証をもちながら他の裁判官を説得できず心ならずも死刑判決を書いたと告白している。正しい裁判を実現する妨げとなっている問題として特に強調されるのは検察側に証拠を開示させるルールがないことだとされる。検察は被告に有利な証拠を表に出さないのだ。袴田さんのケースでは第二次再審請求になってから約600点の証拠が開示された。過去に再審無罪となった事件でも、新たに開示された証拠が無罪の決め手となったケースが多いと言われる。

 袴田さんが数十年もの長い間死の影に怯え続けたことは人権侵害の極致である。審理の長期化を招く一因は検察側が不服を申し立てるからである。欧米は再審制を進化させており、ドイツは検察の不服申し立てを認めない。日弁連は検察の抗告を認めないよう制度改正を求めている。かつて再審は針の穴を通るように困難とされた。しかし、冤罪は現実に多く存在する以上、再審の在り方を国会は議論すべきである。日本国民の多くは死刑制度を支持しているが、その多くは感情論に流されている。再審制の在り方も死刑の存廃とあわせて冷静に議論する時に来ていると思う。(読者に感謝)

|

2023年3月21日 (火)

シベリア強制抑留 望郷の叫び 四十四

※土日祝日は中村紀雄著「シベリア強制抑留 望郷の叫び」を連載します。

 

 同じ日本人が今から半世紀ほど前にシベリアの凍土で必死で生きたことを私たちは今、改めて冷静に見詰めることによって、命の大切さと苦難に立ち向かう勇気を学ぶことができるのだと思います。そして、このように貴方たちの体験を現代に生かすことが、抑留された60万人を超える方々の苦労、そして命を落とされた6万人を超える方々の無念に幾分でもこたえることだと信じます。

 シベリア抑留というと、暗いイメージばかりがつきまといますが、そこからこのようなプラスの面を発見することが、21世紀の新しい日ロの関係を築く上でも必要なことだと思います。

 塩原さん、貴方は、人間は極限の飢えの前では動物と同じようになってしまう、と言われました。また、帰国したい一心で、日本人同士が密告したり吊し上げをしたことは誠に恥ずかしいとお話になりました。願わくば、それらもすべてお話頂いて、私は、戦争を知らない人々に、戦争とはどんなに過酷な結果を伴うことかを知らせたいと思います。

「過去に目を閉ざす者は、現在に盲目になる」これは、元西ドイツの大統領ヴァイツゼッカーが言った言葉です。私たちは、今こそ過去に目を向けて、そこから現在を直視する勇気を持つことが大切なことだと思います。そのために、貴方の貴重な体験を聞かせてほしいと思うのです。どうか、ご協力のほどお願い致します。

以上、取材に関する私の気持ちの一端を申し上げました。

 

つづく

|

2023年3月20日 (月)

人生意気に感ず「プーチンに逮捕状、その影響は。日本アカデミーの改革の行方。トランプは逮捕されるか」

◇「プーチン大統領に逮捕状」のニュースに耳を疑った。そして次の瞬間当然のことと頷いた。ウクライナから子どもを連れ去った容疑である。ウクライナ当局は連行された1万6千人余の身元を特定した。しかし実際の数は数十万に達するとも推定されるという。

 逮捕状を出したのは国際刑事裁判所(ICC)。ICCに加盟している123の国と地域は逮捕する義務を担うことになる。プーチンを実際に法廷で裁く可能性は低いらしいがロシアとプーチンが受ける負のイメージは非常に大きいに違いない。直ぐ頭に浮かぶのは中国である。中国はロシアへの接近を加速させている。ロシアへ武器を供与しているとの報道もある。そういう動きに今回の逮捕は事実上のブレーキになるだろう。中国は国際世論を非常に気にする国である。これからは犯罪国家への協力として批判が高まることが予測されるからだ。

 今回の逮捕状は戦局が重要な局面を迎えている状況でロシア軍に事実上のダメージを与えるだろう。前戦の兵士の志気に水をかけるに違いない。また、そんな戦争に子どもを送り出す母親の心にロシア政府への不信と怒りを生むだろう。

◇またまた不思議なニュースが駆け巡る。トランプ前大統領が21日に逮捕されるというのだ。容疑はトランプと性的関係をもったポルノ女優に13万ドルの口止め料を支払ったことと言われる。

 トランプが自らのソーシャルメディアに投稿し、「抗議せよ、我々の国家を取り戻せ」と呼びかけている。信憑性は不明らしいが大統領にからんだアメリカ社会の混乱を浮き彫りにしている出来事だろう。そしてトランプの化けの皮が剥がされていくことを物語る事実だと思う。

◇私が名誉学院長を務める日本アカデミーが大きな変革の時を迎えた。経営トップの一見不可解な言動が誤解を生み混乱を招いた。この学院はブラジルからアフリカに至るという地球的規模の展開で、その中にはウクライナも含まれる。そのことも関係し混乱は国際問題とも結びつき学園の教師や関係者はその重圧に耐えきれずパニック状態である。そこでトップの交替も含めた大改革が行われることになった。私はイメージを一新した姿でこの学園が間もなく再生に向けて立ち上がることを確信している。私は今、数人の志を同じくする同志と新しい体勢を支えるために動くつもりである。(読者に感謝)

|

2023年3月19日 (日)

シベリア強制抑留 望郷の叫び 四十三

※土日祝日は中村紀雄著「シベリア強制抑留 望郷の叫び」を連載します。

 

第二章 塩原眞資さんのシベリア

 

 一 塩原さん、半世紀を振り返ってシベリアを語り始める

 

 拝啓、塩原眞資様、いつもお元気で何よりです。誠に恐縮ですが、近日中にまたシベリアのお話を伺うためにお邪魔したいと存じます。取材の目的を理解していただきたくお手紙を差し上げることに致しました。

 これまでに二度ほどさまざまな体験を話して頂きましたが、いずれも衝撃的で、今日の私たちには信じ難いことです。中でも深い感銘を受けたのは、塩原さん、貴方が日本に帰国後、激変した環境の中で耐え難い辛さに直面した時、収容所時代のボロボロになったロシア服を取り出して頬にあて、昔を思い出して耐えたという話です。そこで貴方は、次のように語られました。

〈家族の不幸、子どもたちに対する悩み、経済的な苦しさなどに出遭ったとき、これを着てあのシベリアで吹雪に叩かれたことを思えば、これくらいのことは何なんだと自分に言い聞かせました〉

 私はこれを聞いて、シベリアの異常な出来事を身近なものと感じることができました。そして私たちも、あの過酷なシベリア抑留の事実を少しでも共有し、そこから大きな勇気をもらうことができるに違いないと思うに至ったのです。

 これは大きな発見だと思いました。貴方たち抑留者は生きることが大変難しい極限の世界で自分の生命を必死で守り通したのですね。それに比べ、生きることが非常に容易な豊かな社会で、私たちは何と命を粗末にしていることでしょう。毎年三万人を超える人が自殺しています。また、身勝手な欲望のために簡単に人を殺す犯罪も増加の一途を辿っています。

 

つづく

|

2023年3月18日 (土)

シベリア強制抑留 望郷の叫び 四十二

※土日祝日は中村紀雄著「シベリア強制抑留 望郷の叫び」を連載します。

 

 「日本へ帰れますか」

 青柳さんの最初の言葉であった。私は青柳さんの手を握り、大丈夫と頷いてみせた。

 青柳さんはインツリーリストホテルに戻り、ベッドで休むことになった。青柳さんが順調に回復していることを確かめた後、私たちは、アムールのクルージング、そして最後のハバロフスク市長訪問など予定のスケジュールをこなした。

 7月23日、最後の日であった。青柳さんは元気に歩けるようになっていた。私たち一行はハバロフスクの空港に向かった。空港にはパタポア女史、通訳の仕事を立派に果たしたドミトリーらが別れを惜しんで見送ってくれた。私たちは、再会を約束して機上の人となった。この機には、楠本総領事も退任して帰国するため乗り込んでいた。

 機は離陸し、ハバロフスクは眼下から次第に小さくなり、やがて消えた。

 青柳さんは、昔ナホトカを離れるとき、本当に日本に帰れるか心配しましたが、今回も自分だけ残されはしないか心配でしたと、嬉しそうに語った。数十年の時が経って、あの時のムシロを敷き詰めたすし詰めの帰還船とは異なり、今は近代的な航空機に乗っての帰還である。青柳さんと塩原さんの二人の老人は、感慨深そうに遠ざかるシベリアの光景をじっと眺めていた。

 

つづく

|

2023年3月17日 (金)

人生意気に感ず「京大に合格した若者よ。私の駒場時代・ガーシーの国際手配。天網恢々疎にして漏らさず」

◇近くの知人の孫が京都大学に現役合格した。大学入試発表の季節である。北海道に住むH君は4月から京都に住む。新緑と歴史の古都で若者は心身共に成長するに違いない。農学部で森林学を学ぶという。森林は日本の未来を開く重要な産業である。国産材を有効に利用することはCO2削減につながる。

 京都へ旅立つ若者に刺激を受け昔の自分を思い出す。光陰矢の如しというが学生寮から今日までの長い年月が矢のように感じられる。私が住んだ駒場寮は時が止まったように明治大正からの蛮カラの風が残り、昼も夜もなく騒然としていた。寮はキャンパスの一角にあって私は夜抜け出して近くの通称本館と呼ばれた時計塔の建物の一室で勉強した。昼間窓のカギを開けておくのだ。離れた一室にいつも明かりがついている。N君が同じような手段で占拠していた。守衛のおじさんは黙認していた。駒場を離れるとき二人はこの人に礼を言った。先年N君の葬儀で弔辞を読んだ時、私はこの本館の出来事を語った。寮では多彩な人々との交流があった。数百人の自治寮の寮委員をしたこともあって顔が広くなったのだ。その後、人生に失敗した人、社会の各層のトップに登りつめた人などの人生航路は面白いドラマのようである。3つの寮は取り壊され時代は一変した。先年駒場を訪れ、昔の寮を想像して強者共の夢の跡の感を深めた。入学時、意気軒昂で天下を取るような鼻息だった人々も人生の終盤を迎えている。異色の存在と見られた私は、その後自分なりに異色の人生を歩み現在82歳で現役の人生を走り続けている。近著で102歳まで走ることを宣言した。ふと大変な約束手形を出したとも思うが、最大限努力する覚悟。京大に入学するH君への適切なプレゼントを考えているが、まずこのブログを送ろうと思う。私の入学時を振り返って、「しっかり学べ」、「誠意をもって人脈をつくれ」、と私のメッセージを伝えたいからだ。西へ向うH君は人生の荒波と共に自然の大災害にも近づく。それらを乗り越えた先の明るい地平線を信じてやまない。「頑張れ」。

◇警察はガーシーに対する逮捕状を取得し国際手配を進めることになった。ガーシーはテレビで住所を変える、住所は言わないと述べた。こそ泥が逃げる姿は笑止。天網恢々疎にして漏らさずという。世界にめぐらす法の網は決して悪事を逃がさない。フィリピンで捕まった特殊詐欺と同程度に違いない。テレビで泣きっ面を見る日はそう遠くないだろう。(読者に感謝)

|

2023年3月16日 (木)

人生意気に感ず「ガーシーの除名が意味すること。朝鮮半島支配の歴史」

◇ガーシー議員が除名となることが決まった。国会欠席を続け議員の職務を果たさないのだから当然である。遅きに失したと思う。世耕議員は「言語道断」と表現したが同感である。国会欠席を理由とする除名は憲政史上初である。ガーシーには昨年の参院選で約28万8千票が投じられた。政治に対する不信から何かを期待した人もいるだろうが野次馬気分で投票した人も多いのではないか。現代の軽薄な世相を象徴するものと思う。国会が軽視され舐められたことを議員たちは反省すべきである。

 ガーシーは警察が恐いと言っていた。国会議員には不逮捕特権があるということも口にしていた。詐欺とか恐喝とかいろいろ怪しいことがあるとも聞く。私は警察は毅然とした態度を示すべきだと思う。事実関係を調べ逮捕の理由があるなら鉄槌を下すべきである。

 除名に反対する人々約50名が国会前に集まって気勢を上げた。「ガーシーは立派な国会議員です」。除名が決まると「ふざけるな」、「同僚であるガーシーを売った全ての国会議員ども恥を知れ」と叫んだ。このような光景を特別のグループだけの現象と見るべきであろうかと迷ってしまう。ガーシーのことは現在の有権者のレベルと無関係ではあるまい。民主政治が衆愚政治に落ちていると見て私たちは反省しなくてはならない。

◇尹韓国大統領が徴用工問題で「大局的決断」を示そうとしている。日韓関係が大きく改善する契機となることを期待する。

 私は今月の「ふるさと未来塾」で朝鮮半島の歴史を取り上げるのでその一環として尹大統領の徴用工問題にも強い関心を持っている。日本の朝鮮半島支配は朝鮮の人々を踏みにじった血塗られた歴史だった。日本は朝鮮半島に関して、今でもそれを引きずっている。現在新聞・ラジオを騒がしている徴用工問題もその1つである。

 韓国併合は日本の朝鮮侵略の総仕上げであった。現在の尹大統領は未来志向の日韓関係を築いて行くと述べている。未来志向ということで私たちは過去の歴史を忘れてはならない。若者は過去の悲惨な侵略の事実を知らず、年配の人は事実を正しく理解しない。第二次大戦中、日本に強制連行され、炭坑や土木作業現場で働かされた人々の状況は過酷を極めた。それは正に奴隷の姿であった。日本の明るい未来を築くためには過去の汚点も見詰めねばならない。歴史は繰り返されるからだ。現在、世界も日本も大きな転換点に来ている。朝鮮半島の歴史を正しく学ぶ時である。(読者に感謝)

|

2023年3月15日 (水)

人生意気に感ず「死の淵から生還した死刑囚は元ボクサーだった」

◇死刑囚の再審決定は驚くべきことである。死刑が確定した袴田さんについての東京高裁の決定である。死刑確定後、長い年月が過ぎていた。この間もし死刑が執行されていたらと想像するとぞっとし身の毛がよだつ。過去にそういう事態が皆無とは言えないだろう。このことは死刑廃止論の大きな論点の1つなのだ。東京高裁は証拠捏造の可能性が「極めて高い」と述べている。当時のある警察官は味噌樽に衣類はなかったと述べている。極めて異例な捏造の指摘はそうした事実を踏まえているに違いない。事実とすれば重大な国家の犯罪である。人権尊重を最大の基盤とする日本国憲法の下で司法の正義はそれを守る砦である。死の淵から奇跡的に生還した87歳の袴田さんの体調はその喜びをかみ締める認識力も薄れているように見受けられる。長い間支えてきた姉の晴れやかな笑顔が印象的である。

 袴田さんの姿はかっしりしている。元ボクサーだったという。私は袴田死刑囚の手紙をいくつか読んだ。長い獄中生活で書いた手紙は膨大な数に登る。次のようなものがある。「私の心身は反則によってKOされたまま踏みにじられている。そのKOの底に身を横たえてしまうしかないのか。そして日一日と正義を殺されていくのか。これが私の生である。私の無念とするところである。私の恥ずかしい部分である」。袴田さんはボクシングで才能を発揮し国体の選手にも選ばれた。プロボクサーとして活躍し、フェザー級全日本6位にランクされた。事件のあった味噌工場の従業員だった袴田さんが居た社員寮から現場は30メートル、元ボクサー、妻と別居、これらから素行不良とみなされた。取り調べは長い日には16時間を超え、1日平均12時間、水も与えられずトイレにも行かせないという異常なものだったことが裁判でも認定されている。これは拷問である。憲法は拷問を絶対に禁ずるとしている。

 姉の秀子さんは90歳を迎えた。袴田さんの試合を見に言ったことがあった。「おとなしい巌がそんなことをするわけはない」と信じた。世間の目を恐れ買物は夜中に行き、「息を潜めて生きた」と振り返る。秀子さんは「死刑囚でなくなって、巌に真の事由を与えて欲しい」と祈る。今後の焦点は東京高検が最高裁に特別抗告をするかどうかである。人間の尊重と日本の正義が問われている。この姉弟に残された時間は少ないだろう。司法の結末を私は息を呑んで見守る。(読者に感謝)

|

2023年3月14日 (火)

人生意気に感ず「大川小と船越小の違い。校務員の必至な訴え」

◇「3・11」を迎えて改めて2つの小学校の出来事を取り上げたい。宮城県の大川小と岩手県の船越小である。一方は108名中74名が犠牲になり、他方は全員が救われた。この違いを生んだ理由は何か。そこから多くの教訓を得て活かすことは迫り来る大災害に対する私たちの最大の務めに違いない。

 大川小では裏山に登らないで校庭で長い時間を過ごしたことが生死を分けた。先生たちはそこまで津波が来ないだろうと思っていた。津波の想定外の地域だった。高い所から海を見た人は津波の大きさを知り逃げていた。なぜ裏山に逃げなかったのか。道がなかった、下草をかき分けて登れば登れたはずだが地震の中、木が倒れることを心配したらしい。学校はその山で椎茸を栽培しており、人々は山をよく知っていた。結果論だが登れる状態の山を登らなかったことの一事に尽きる。校庭で列を組んで待機している間に想定外の津波が襲い多くの人が一瞬の間に呑まれた。生き残ったある教諭は言った。「最後に山に行きましょうと強く言っていればと思うと、悔やまれて胸が張り裂けそうです」。

 宮城県の大川小の事態と比較して考えさせられるのが「もう少しで大川小になるところだった」と言われる岩手県の船越小である。この小学校も明治以降津波が来たことがない。地震後生徒は校庭で整列していた。ここまでは大川小と同様だった。運命を分けたのはその後の決断だった。一人の校務員は校庭と防潮堤の間を何度も往復して海の様子を確かめようとした。防潮堤に4度目に立った時、水平線が立ち上がるのが見えた。必死で校長に訴えた。「草をつかんでも逃げましょう。後で笑われてもいいじゃないですか」。校長は校務員の鬼気迫る様子に押されて決断した。136人の児童は一年生を先頭に必死で草を分けて登った。津波は轟音と共に校舎を飲み込んだ。校長は語る。「校庭で5分も考えていたら全員が呑まれていたと思います」。

 現在、東海、東南海、南海という巨大地震が連動して起きる恐れが迫っている。全てが想定外と思わなければならない。大川小と船越小は至る所に存在するに違いない。2つの小学校の例を簡単な冊子にして全国の小学校に配布することは行政がやろうとすれば簡単ではないか。多くの学校現場の先生やPTAなどが「3・11」の惨状を他人事と考えていると思う。昔は「稲村の火」の例を教材として教えた。その現代版は「船越小校務員の決断」である。トルコ・シリアの地獄の状況もそれを促している。(読者に感謝)

|

2023年3月13日 (月)

人生意気に感ず「3・11を振り返る。貞観地震の教え。原発に適地はない」

◇「サンテンイチイチ」と言い続けて12年が過ぎた。3月11日午後2時46分、鉛のような雲が立ち込めた東の方角から轟音と共に激しい揺れが伝わってきた。私はこの異変を小坂子町公民館で遭遇した。この公民館は、私の最後の県議選の事務所予定地であった。ここで当選を果たしその4年後に私は政治の世界を去った。

 先日、ある記者に「引退後もいろいろ活き活きやってますね」と訊かれ、「束縛がなくなり、魚が小さい池から海に飛び出したようです」と言ったらこれがそのまま記事になった。この記事で私が主催者代表として実施する県議選の公開討論会が触れられた。

 公開討論会がうまくいって私は司会を務めた降旗さんと昔のことを振り返った。この女性はかつて幾つもの私のイベントで司会をされたのだ。昔を語り合ううちにある懐かしい出来事に及んだ。元東大総長林健太郎先生が私の応援で県民会館に駆けつけられた時の司会者もこの人だったのだ。私は林先生のゼミ生だった。手弁当で駆けつけた先生は歴史を活かす政治家になれと励ましてくれた。先生の死後、私は奥様の計らいで先生の多くの蔵書を頂いた。書斎のその書物は先生が「やっているか」と語りかけているように感じられる。光陰矢の如しである。

◇「3・11」から12年を迎え改めて過酷事故は人災だったこと、歴史は嘘をつかないことを痛感する。東北大学の学者は869年の貞観地震の堆積層の調査研究から大津波が繰り返し襲った事実を科学的に突き止めたその結果を学会に発表した。3・11が迫る中での警鐘を政府や東電は正面から受け止めることをしなかった。私は3・11を迎えて改めて「福島原発事故独立検証委員会」の報告書を読んだ。政府はエネルギー危機に際し簡単に原子力のエネルギー政策を転換したがこの報告書に示された事実を真正面で受け止めているのか問いたい。更に大規模な巨大地震が迫っている。3・11を迎えて多くの被災者があの日のことを証言している。あの複合災害の死者行方不明者は2万2,212人に達した。これら犠牲者の声なき声に耳を傾けねばならない。迫り来る南海トラフ型の被害想定は桁違いである。この地震、そして津波を前に各地の原発は風前の灯ではないか。最大の原発、柏崎原発の新たな危険性が指摘されている。「原発に適地はない」という専門家の叫びが聞こえる。Eテレで「原発に抗い続けて」を観た。福島の住職の原発と闘う姿に胸を打たれた。(読者に感謝)

|

2023年3月12日 (日)

シベリア強制抑留 望郷の叫び 四十一

※土日祝日は中村紀雄著「シベリア強制抑留 望郷の叫び」を連載します。

 

 五百ルーブルというと二千円足らずの金である。私はお礼の仕方が分からず、これでよいのだろうかと思いながらドクターの消えた階段に向かって頭を下げていた。

 ロシアの医療制度では、医療費は医療保険によってまかなわれるが、保険料は勤務先の企業や団体が支払い、年金生活者や失業者の保険料は、国や州などの行政機関が支払う(ただし、事業活動をしている者などは本人が保険料を支払う)。したがって、国民は無料で医療を受けられるのである。この制度の趣旨からして、外国人は別で、有料とされても仕方ないとも考えられるが、青柳さんは無料というありがたい扱いを受けた。ここでも、私たちは、ロシア人の温かい心に接した思いであった。

 タチアナさん親子は、一時は自分の客が大変なことになったと驚愕している様子であったが、事態が好転していることを知って、やっと人の良さそうな元の笑顔に戻っていた。

 青柳さんはうっすらと目を開けた。その顔に小さな生気が蘇っていた。

 青柳さんは、先ほどロシア民謡を歌っているうちに身体の力が次第に抜けていくように感じた。意識が薄れてゆくなかで、シベリアの強制抑留の収容所へ向かって暗い穴を落ちて行くような恐怖感にとらわれていた。日本へ帰れなくなる、そう思いつつ青柳さんは真っ暗な世界に入り込んで行った。

 青柳さんは、暗い冬のシベリアの森で伐採の作業に当たっていた。初めてのシベリアの冬で命を落としたはずの男たちが働いている。その一人が、おまえは祖国に帰ったのではないかと言う。青柳さんはその通りだが、君たちのことが心配で再びシベリアに墓参りに来たのだが、ここに迷い込んだ。すぐに帰りたいのだがどうしたらよいか分からない、と答える。昔の抑留者たちは、俺たちは淋しいのだから、帰るなどと言わないで一緒にいてくれ、と言って青柳さんの腕を掴んで森の奥へ引き入れようとする。青柳さんは、それに、必死で抵抗し足を踏ん張った。後方で、青柳さん頑張って、と声援を送る声がした。その時、青柳さんは明るい光の世界にいる自分を感じて我に返った。人々の顔がのぞき込んでいる。

「青柳さん良かったね、意識が戻ったね」

 皆がそれぞれに叫んだ。

つづく

 

|

2023年3月11日 (土)

シベリア強制抑留 望郷の叫び 四十

※土日祝日は中村紀雄著「シベリア強制抑留 望郷の叫び」を連載します。

 ドクターは何やらドミトリーに話している。ドミトリーが私に説明するところによれば、暑い中の過重な行動で心臓に負担がかかったことが原因で、しばらく安静にしていれば回復するという。

 それを聞いて私はほっとした。ハバロフスクに到着以来、今日は特に暑い。その炎天下で青柳さんは長時間直射日光に晒されながら一心不乱に経を読んだ。あれが祟ったのだ。私は、日本人墓地の青柳さんの姿を思い出しながら改めて思った。

 一同は、静かに青柳さんを見つめている。

 しばらくして、青柳さんの顔にいくぶん生気が蘇ってきたように感じられた。ドクターは青柳さんの脈を確かめている。次に、心臓あたりにそっと触れた。それから私たちの方を見た。その目が大丈夫ですと語っている。

 ドクターは立ち上がった。入院はしなくてもいい、一日静かにしていれば普通に行動できるようになるとドミトリーに伝え、それから私に近づいて、細長い心電図と診断の結果を記したものらしい一枚の紙片を渡した。

「治療費は、いくら払えばいいの」

 私は先ほどから気になっていたことをドミトリーに聞いた。

「無料です。お礼として五百ルーブルやってください」

 ドミトリーが小声で答えた。私はすぐに、言われるままに五百ルーブルをドミトリーを通してドクターに渡した。ドクターは、にっこり笑って受け取ると助手と共に階下に下りていった。

つづく

|

2023年3月10日 (金)

人生意気に感ず「ガーシーの除名は当然だ。過酷事故の教訓を活かさぬ政府。国際女性デー」

◇ガーシー議員の除名が確実の流れだ。「国会は国権の最高機関」と定める憲法が泣く事態だ。衆愚政治の象徴であり民主主義に泥を塗るもの。NHK党に投票した多くの人を欺くと非難するが、欺くのは投票した人だけではない。国民全体の問題なのだ。除名は当然である。

 立花党首は「国会に出席しないことが迷惑をかけているとは思わない」と語った。こういう認識自体、小学生をも呆れさせる低級なもの。こういう連中の効用といえば国会や民主主義を考える生きた教材を提供していることか。それにしても月約130万円の歳費は教材費として高すぎる。立憲と維新の会は正当な理由なく登院せず懲罰を受けた議員の歳費を4割減額する改正法を今国会に共同提出している。N党は党名を「政治家女子48党」に変えるという。「政治劇団チンコロ一座」が適当ではないか。

◇東日本大震災から3月11日で12年となる。過去の歴史の中で幾度となく繰り返されてきた地震と津波だが、原発が津波に呑まれたのは初めてのことだ。岸田政権は原発政策を大きく転換させ原発エネルギーの比率を高めようとしている。過酷事故の教訓を活かすことと矛盾するのではないか。巨大地震の巣の上にある日本には原発の安全な適地はない。エネルギー危機は深刻であるが経済の論理を重視し過ぎてはならない。世論の監視がゆるくなっている感がある。それはあの事故を他人事とみている証拠だろう。先日の公開討論会でも小水力発電の積極活動を訴える人がいた。原発をぎりぎり抑えることで新しい産業が芽生えるに違いない。

◇私は毎日深夜2時40分に走る習慣があるが工業団地で反対方向から歩く人と挨拶を交わすようになった。ほんの短時間立ち止まって身の上などを話すことがある。岩手県の三陸町の出身だという。近い身内が波に呑まれ、直後はあたりに人の頭や切断された脚などがあったと語る。「故郷に花を送りました」と話した。3・11が近づいたからだ。

◇3月8日は国際女性デー。女性の社会的地位の低さは人類の歴史と共に歴然だった。洋の東西で顕著な違いがあり極端なのはイランなどアラブの世界である。日本の現状は人間の平等という理念の重要性と共に少子化、人口減少など差し迫った問題が女性の地位向上を求めている。世界各地で権利向上や差別撲滅を訴えるデモや行進が行われた。(読者に感謝)

|

2023年3月 9日 (木)

人生意気に感ず「公開討論会を終えて。群大女学生の質問。南海トラフの恐怖」

◇3月8日、公開討論会の時を迎えた。私の提案で始まったことだが、10人の候補予定者の発言をうまく調整できるだろうか、想定外のことが起きて混乱が生じないだろうかという不安もあった。結果は非常にうまくいった。私は初め多くの質問事項を作ったが群馬大学の教授のアドバイスも入れ5項目に絞った。K君の綿密な計画が功を奏し私の主観では100%近く成功したのである。司会のFさんとも何度も電話でやり取りして臨んだ。

 報道陣が最前列に着席し午後4時の定刻を迎えた。私の挨拶が済むとFさんが注意事項を説明。笑顔が緊張を抑え込んでいるのが窺える。「客席からの声援、誹謗中傷、ヤジ等はご遠慮下さい。討論会の公平公正さを保つためご理解下さい」

 9人が着席し初めは自己紹介で各自所信を語る。五十音順に着席、発言順は乱数表で決め1人3分。終了30秒前にタイムキーパーが合図する。この部分がかなり充実し私はホッとした。続いて5項目の質問に移る。正面に大きな文字で表示がなされる。Fさんの声が流れる。「簡潔明瞭に1問1分でお答え頂きます」。質問項目は次の5つ。①県会議員になったら第一に力を入れたいことは何か。②外国人の人権を守りつつ地域と共生していくためのアイデア。③高齢者が暮らしやすい社会づくり。④議員のなり手不足解消の解決策。⑤県都前橋の長所と欠点。

 一人一人が熱心に答えていた。最前列の担当があと30秒の表示板を上げ、チンと鳴らす姿に観客が注目していた。最後に群馬大学の2人女学生が質問。いかにも心細そうな女性に教授が「立って、大きな声で」と促すのが耳に入る。それぞれ一問ずつで、「若者を群馬に呼び戻すアイデアは」、「CO2対策として何を」。答える人は少ないかと予想したが女子学生の声に刺激されたかのように次々手が上がった。終了後、私はテレビの取材に応じたが各紙の関心は専ら二人の女学生に向いているようであった。司会のFさんのホッとした笑顔を見て討論会の成功を感じた。私は帰宅後いつものコースを走った。極度の疲れがあったが、満月の下で走る私の心には達成感があった。

◇深夜NHKのスペシャル番組を観た。南海トラフの惨状をドラマ化したもので最大26メートルの津波が襲うという。現実感があった。トルコ・シリアで進行中の巨大地震の惨状が重なる。古来日本では、悪い政治を天が戒めるために地震が起きると考えられた。近づく地震の狙いは何か。(読者に感謝)

|

2023年3月 8日 (水)

人生意気に感ず「マスクが一斉に外れる時がくる。韓国大統領の英断に思う。H3ロケットの失敗」

◇6日現在の県内コロナ新規感染者は70人で、ピーク時に比べがくんと減った。正に重苦しいトンネルから眩しい陽光に近づいた感がする。新緑の春が目前である。スポーツの世界が大谷翔平やダルビッシュで沸き返っていることと何か連動しているようにも思える。

 新型コロナの県内感染が確認されてから3年が過ぎた。県内感染者の累計は43万7千人を超え死者は1,000人以上に達した。県の歴史に刻まれる出来事になるだろう。感染症法上、5月8日から「5類」になる。季節性インフルエンザと同じ扱いになるのだ。

 今月13日からマスクの着脱は個人の判断となる。長く続いた習慣を変えることに迷う人も多いに違いない。マスクを外すことは一種の自己主張でもある。周りに合せる国民性が強い日本人は自己主張が苦手である。マスク外しは徐々に進み社会の光景は一変するに違いない。マスク美人という表現はコロナ以前からあった。コロナ禍で目元の美しい女性と対面して「マスクを外してもらえませんか」と言いたい衝動に駆られたことがよくあった。今月13日からは楽しみが一つ増えることになる。

◇一難去ってまた一難に備えねばならない。巨大な自然災害が確実に迫っているからだ。その一つが南海トラフ型地震である。津波の規模が想像を絶するのは間違いない。ある大学教授は街に押し寄せた津波が狭い路地で集中し盛り上がり突進する状況を語っていた。幅2メートルの路地に比べ1メートルの場合波はどっと高くなり力も強くなるという。これは津波が想定されていない日常生活の場が修羅場に化すことも意味する。阿鼻叫喚の地獄を覚悟して備えねばならない。

◇日韓両政府が徴用工訴訟問題で合意に達したことにほっとし、胸をなで下ろした。挑戦半島を日本に併合し人々の誇りを踏みにじった暗い歴史に私は胸を痛めてきた。尹大統領の英断を高く評価するが、大統領を駆り立てたのは北朝鮮の暴挙に違いない。巨大なミサイルの行進に涙を浮かべて熱狂する民衆の姿はこの国が全体として凶器と化していることを物語る。日米韓の連携は最大の国防策である。

◇H3ロケット打ち上げがまさかの失敗となった。宇宙時代の扉が開き月探査の夢が実現しそうな時に誠に残念である。膨大な予算もかかっている。JAXAは大きなダメージを乗り越えられるのか。試練の時である。日本の科学の力が危機にある。宇宙に向けて子どもたちの夢がしぼむことを恐れる。(読者に感謝)

|

2023年3月 7日 (火)

人生意気に感ず「原発の適地はあるか。原発反対集会の思い出。女性宇宙飛行士。日韓新時代」

◇NHKの日曜討論会で原発の増設、延長のことを論じていた。ウクライナ戦争によるエネルギー危機でこの問題が煽られている感がある。自民党議員はCO2を出さないことを強調するがトイレなき高級マンションと批判されている課題、一度事故を起こした時の惨状が忘れられようとしている。狭い日本に「原発の適地はあるか」という声が胸に刺さる。南海トラフ型の巨大津波のシュミレーションが示されている。巨大地震と津波は南海トラフだけではない。東日本から北海道にかけても懸念は広がっているのだ。このような状況を踏まえて再度「適地はあるか」を考えるべきである。

◇過日親しい知人が「原発をなくす群馬の会」の案内を持って訪ねて来られた。同封の別の案内に「第12回さよなら原発アクション」がある。これは恒例になっている高崎城址公園の集いである。この集いには原発事故の翌年の集会に自民党県議として唯一人壇上に立った思い出がある。赤旗が揺れるあたりから「なぜ自民党の議員が、おりろ」と激しい野次。私は「だまれ」と大声で叱責してその狭量に対抗した。続く私の発言に会場からは大きな拍手が起きた。原発問題の解決には党派は関係ない筈である。私を非難した人は自らの首を絞めていることに気付いたに違いない。

◇日本人宇宙飛行士候補が14年ぶりに誕生した。4,127人から2人が選ばれた。特に28歳の女性米田あゆさんに注目する。若鮎のように輝く才色兼備の人。東大医学部卒の医師である。全国の女性に限りないインパクトを与えるに違いない。後に続こうと宇宙に夢を広げる少女たちが増えるだろう。宇宙時代の発展に資するだけでなく女性の社会進出の上で良い影響があると期待する。

◇韓国との関係改善は非常に重要である。北朝鮮の脅威に有効に対抗するには日米韓が連携しなければならない。今度、韓国政府は元徴用工訴訟問題の解決策を6日午前に正式発表することになった。この問題は日韓間で解決済なのに韓国最高裁は日本製鉄及び三菱重工に賠償を命じた。過去、日本は韓国に酷いことをした。韓国の国民感情は分かるが両国間で解決したことを守るのは法の支配の原則である。大統領の現実を踏まえた英断は画期的だと思う。日本が謝罪を表明するのも現実的である。外交こそ最高の防衛ということをかみ締める。昔は朝鮮人ということで軽蔑する人が多かった。(読者に感謝)

|

2023年3月 6日 (月)

人生意気に感ず「公開討論会迫る。県議選の4分の1が無投票とは。女性議員進出の意味」

◇公開討論会が迫り司会者を交えて打ち合わせをした。元群馬テレビの女性アナウンサーのFさんは司会には慣れているが公開討論に臨むのは初めてだ。多くの候補予定者が分刻みでマイクを握る。その実態感がつかめず不安だったらしい。K君が綿密な読み原稿を作った。それを見て彼女は安心したようだ。私もほっとした。ミライズクラブの多くの会員が役割分担する。予期せぬことが起きるかも知れない。記者会見をし新聞等で報道されたため徐々に関心が高まっているらしい。また、関心の高まりには最近の選挙を巡る異常な事態も関係しているに違いない。出手がいない、無投票、投票率の低下、議会の形骸化、そして何よりも現代社会が抱える深刻な課題、これらに危機感をもつ有権者は多いに違いない。8日午後4時、群大情報学部の教授及び学生も参加して大渡町の県公社ビルで私の挨拶から始まる。

◇新聞社の調査では都道府県の県議で4分の1が無投票だった。直近の選挙の結果である。無投票のところでは当然有権者は自分の意見を現せない。その数は約2,400万人だという。正に民主主義の危機である。現在は危機の時代である。内外の深刻な課題は地方にかかっている。この地方議会選の無投票の実態は議会の形骸化を雄弁に物語る。深刻さは1人区で際立っている。1人区では最初に誰かが当選するとその人が続くことになる。他の人が出ても勝てないという実情がある。その壁に信念と情熱をもって挑戦するガッツを持つ人が少ないのが現代社会の特色なのだ。私が県議時代の群馬県でも一人区の状況は同様であった。このような1人区では有権者の関心度が低いのは当然である。選択肢が事実上ないのだから、選挙権を得てから一度も投票したことがないという人が出るのも頷けることだ。一人区で女性はより新人として出にくいことだろう。これでは少子化対策の進展も望めないと思う。

◇地方議会に於いて女性議員の数が非常に少ないことは今日の社会が抱える課題解決の上でも憂慮すべきことである。女性宇宙飛行士が次々に出る可能性がある時代である。出産、育児と議会活動が両立できる環境を整備すべきだ。政治は男性の役割という社会の意識も変えるべきだ。首相が異次元の少子化対策を主張するが地方議会の女性議員の実態はこの対策と多いに関係があると思われる。現在社会が大きく変化する節目である。目前の県議選にどのような変化が現われるか注目したい。(読者に感謝)

|

2023年3月 5日 (日)

シベリア強制抑留 望郷の叫び 三十九

※土日祝日は中村紀雄著「シベリア強制抑留 望郷の叫び」を連載します。

 

 ドミトリーだけが頼りであった。彼はいろいろな所へ電話している。ロシア語で話すドミトリーの声も緊張している。

 彼は私の方を向いて言った。

「すぐに救急車が来ます」

 私はほっとした。十分くらいというが、その間が長く長く感じられた。やがて、三人の太った女性救急隊が姿を現わした。彼女たちは、青柳さんの腕をまくり、脈を触診、まぶたを裏返したり、心臓に手を当てたりしている。ロシアの医療スタッフは、正規の医師と看護師そして中学卒業後三年間の医療の訓練と教育をうけた補助医から成っている。目の前の女性は看護婦か補助医か。彼女たちは、顔を見合わせて何やら囁き合っている。私には、彼女たちがいかにも心もとなく見えた。焦る心を抑えてドミトリーを見た。ドミトリーも同じ気持ちであったらしい。女性と何か話していたが、再び携帯電話でどこかに連絡している。彼は話の途中で私の方を向いて、青柳さんの年齢、普段の病気について尋ねた。私は、心臓の持病のことを話した。彼は、再び電話の相手と話していたが、間もなく話し終えて、私に言った。

「ドクターが来ます」

 地獄に仏とはこのことだと思った。間もなく、恰幅の良いドクターが助手を連れて現われた。助手は重そうな医療用機器らしいものを携えていた。ドクターは、それからラインを伸ばして青柳さんに取り付けている。心電図をとるらしい。

「日本の危機です」

 ドミトリーが小声で言った。ドクターは体温と血圧を測り、心臓に手を触れ、器機から出てくるデータを見ていた。ややあって、ドクターはバッグを開けて注射器を取り出した。小瓶の液体を注射器にくみ上げると、青柳さんの腕に針を刺した。先ほどとは違った、医師らしい行動に私は幾分安心した。

つづく

|

2023年3月 4日 (土)

シベリア強制抑留 望郷の叫び 三十八

※土日祝日は中村紀雄著「シベリア強制抑留 望郷の叫び」を連載します。

 

 談笑のうちに時間が過ぎて、時刻は正午をかなり回っていた。メインディッシュが用意された。キャベツ、パプリカ、キュウリを細かく刻んだサラダ、二種類の黒パン、ハムやサラミソーセージの盛り合わせ、それに水餃子など。テーブルはカラフルな食べ物で華やかであった。食べる前に一同でロシア民謡の「ともしび」を歌った。前の二人のロシア女性はロシア語で歌っている。その時のロシア女性の表情は生き生きとし、見とれていた私は、ロシアに溶け込んだような気持ちになっていた。

 その時のことである。ふと横に目をやると青柳さんの口が動いていない。瞑想にふけっているのかと思ったが、そうではない。顔の血の気が失せている。ただごとでないと思った。人々は気付いて歌うのを止めた。

「そっと横にさせよう」

 塩原さんが言った。ドミトリーが抱えてソファにのせた。青柳さんは微かに右手を上げて何か訴えようとしている様子であるが、その手も力なく下がってしまった。

「青柳さん、どうしました、しっかりしてください」

 私は静かに言った。答えはない。意識がなくなっているように思えた。異国の出来事なので私たちはどう対応したらよいか分からない。

 この時、ドミトリー成年が冷静に的確に行動を起こした。

「まず、総領事館ですね」

 彼はそう言うと、片手でさっとメモ帳を開き、もう一方の手で携帯電話のボタンを押した。私はドミトリーの指先を見詰め、息をのんで応答を待った。

「昼で、だめです」とドミトリーは言った。一秒一秒が長く感じられる。青柳さんがこのまま回復しなかったらどうしよう。私の不安は高まっていく。頑張ってくれ、と私は祈った。

つづく

 

|

2023年3月 3日 (金)

人生意気に感ず「アカデミー理事長の暴言をただす。公開討論会の反響。県議選近づく」

◇日本アカデミー理事長の暴言が大きく問題となっている。私は全体の名誉学院長である。清水理事長は外国人学校を世界的規模にする雄大な理想をもつ人で私の人生の同志でもある。昔の公卿さんを思わせる風貌に似ず中味は鋼のようで人の意見を容易に聞かない。直情径行型である。私が県会議員時代、議員仲間には「清水さんは中村さん以外の言うことは聞かない」という人がいた。私はこの人に惹かれるところがあり意気投合して名誉学院長を引き受けている。今、学院は嵐の中にあるが私のこの人を支える気持ちは揺るがない。先日、密かに役員会が開かれた。現在の理事長の発言問題を話し合うためだ。理事長の一方的な説明で時は流れ誰も発言しない。私は手を上げて「難民貴族」、「泥棒」、「わがまま」などの発言につき謝罪すべきだと厳しく指摘した。これらの言葉が切り取られ、一人歩きし誤解を膨らませている。それぞれには深い背景がある。マスコミを敵に回し、世の野次馬を喜ばせることは企業の経営者として失策である。清水さんの構想の中にはウクライナに学校をつくりゼレンスキー大統領に参加してもらう企画もある。単なる金儲けが目的ではないのだ。清水さんは記者会見を強行して私の意見を容れた謝罪をする意思を固めていたが熟慮の末、記者会見は中止となった。謝罪は別のかたちでも可能と考えている。実態が天下に恥じない堅固なものだから嵐は過ぎ去るに違いない。「難民貴族」について知事は記者会見で真相を調べたいという主旨の発言をされた。私は知事のところへ電話して清水さんとの会見を申し入れた。謝罪行動の一歩にしたいという意味もある。

◇公開討論会が目前に迫った。私の記者会見が報道されたこともあり、関心が高まりつつあるようだ。長野県の某氏は、公平性についての私の発言「野党の発言が大切だと思っているので自民党有利に進めるつもりはない」に賛意を送ってきた。

 各討論参加者には5つの質問項目を送った。参加者同志の討論はない。

◇県議選が近づき各地の状況が報じられている。館林市区や佐波郡区が無投票の可能性がある。佐波郡区はこのままでは4回連続無投票となる。地区の活性化、そして民主主義のためにも無投票は避けたいもの。この地区の連続無投票は井田さんが日頃堅実な議会活動をしていることの結果でもある。今回の県議選では旧統一教会の問題がどう響くかも興味が注がれる点である。全国的に女性議員が少ないがどういう結果になるかも注目点である。(読者に感謝)

|

2023年3月 2日 (木)

人生意気に感ず「コロナの終息と昔のスペイン風邪。驚くべき死後再審が」

◇県内コロナ感染者は凸凹はあるものの着実に減っているようだ。先月の27日の感染者が44人と報じられた時はトンネルを抜けた気分になりほっとした。感染者の数だけでなくウイルスの質も弱い方向に変化しているのだろうと想像する。ウイルスのレベルをインフルエンザと同じ扱いにすること、つまり感染症法上の5類への移行を5月8日とすることは先に発表されていた。私たちの関心は医療体制がどう変化するかである。政府が発表する見直し案が明らかになった。それによれば現在は無料となっている検査や陽性判明後の外来診療は患者の負担となる。入院費も自己負担を原則とするが高額となる場合は9月末まで月に最大2万円を軽減し、高額の薬は従来通り無料にするという。

 私は昔のスペイン風邪の終息過程を思い出す。第一次世界大戦中に全世界に蔓延し多大の被害を出した今日でいう新型ウイルスである。県議時代、議会で新型コロナの襲来を予想し警鐘を鳴らしたのだ。その時は3年間をピークにしてほぼ消滅するまでに数年かかった。今日とは様々な状況が異なるから単純に比較はできないが、ウイルスという生物のしたたかさからすれば完全に姿を消すまでになおしばらくかかることを覚悟しなければならない。

 私たちは生活習慣を整え心身の健康を維持して免疫力のアップに努めねばならない。

◇驚くべき司法界の出来事が報じられた。死後再審が認められたことだ。再審はかつて針の穴をくぐるより困難と言われた。司法判断の安定から一度確定した判決のやり直しは例外中の例外とされたのだ。しかし裁判も人間のすることで誤りは存在する。冤罪の可能性は常にあった。その後、DNA鑑定など科学の力で証拠を分析する方法が事態を大きく変えることになった。その究極の課題が死後の再審である。有罪判決を受けた被告が死んだ後に冤罪を示す証拠が発見されたらどうするかという問題である。今回は強盗殺人罪で無期懲役の元被告である。元被告の死後に遺族が死後再審を請求していた。そして高裁が死後再審を認めたのだ。

 従来論じられてきた死後再審の最大の課題は死刑執行後の再審である。今回無期懲役で認められたことは死刑についても再審があり得ることを意味する。これは、死刑制度の賛否を論ずる場合の重要な論点である。私は基本的には死刑制度に反対である。人命を尊重し、「残虐な刑罰は絶対に禁ずる」のが憲法の原則だ。近い将来死刑はなくなると思うが、それに一歩近づく死後再審を重く受ける。(読者に感謝)

|

2023年3月 1日 (水)

人生意気に感ず「公開討論会実施の記者会見をした。楫取の会の再スタート」

◇2月は逃げるというが早くも3月である。2月28日、私は県庁記者クラブで公開討論会実施の記者会見を行った。ミライズスラブ最大の企画である。見栄えのいいカラーの案内をもって臨んだ。県庁舎が描かれ、3月8日、県公社総合ビルで16時から実施とある。県議選での実施は前例がないと言われる。冒頭、私は実施の動機と意義を話した。地方議会の役割は極めて大きいが一方でその形骸化も指摘されている。無投票、出手がいないなどの深刻な事態が背景にある。このような状況で候補者には自覚を促し、一般の人々には関心を深め参加意識を高めてもらう。このような切迫の意識を私は説明した。記者からは党派の公平な実施について訊かれた。私は野党の存在が重要なので公平には十分に意を用いていると答えた。

◇楫取素彦顕彰会を再スタートさせることになった。コロナ禍、その他の事情により活動停止の状況にあった。振り返れば映画をつくり、顕彰碑を整備し、楫取の像を造るなど多くのことを行ってきた。現在、時代の大きな転換点を迎え人々の心は羅針盤のない船に居るように揺れている。今こそ群馬県の原点を見詰めねばならない。現在幹部の人たちと話し合って再スタートの準備を進めている。

 もともと楫取素彦の知名度は高くなかった。大河ドラマ「花燃ゆ」で一時的に脚光を浴びたがその後熱は冷め若い人の歴史離れは進む。人づくりと生糸の新産業で近代群馬の基礎を築いた楫取を甦らせねばならない。それは混迷の時代に群馬を再建させることを意味するのだ。私の「楫取素彦読本」は11刷まで版を重ねたが今でも細々と売れている。数年前には九州の出版社から「楫取素彦―吉田松陰が夢をたくした男」を出した。これらの書物も楫取が再び脚光を+浴びることを願っている。

◇赤ちゃんの出生率減少が加速している。日本の沈没を想像してしまう事態である。日本及び本県の2022年の減少ぶりは衝撃的である。日本の赤ちゃん出生は予測よりも早く80万人を切った。かつての赤ちゃんブームの頃と比べるとその落差の大きさに愕然とさせられる。それを縮小した姿が本県の出生数である。1万1,528人であり過去最少を更新した。日本全体が未婚化や晩婚化を背景に少子化に歯止めがかからない。首相の言う異次元の対策と発想の転換の施策が求められる。8日の討論会で壇上の人々は何を語るであろうか。(読者に感謝)

|

« 2023年2月 | トップページ | 2023年4月 »