小説「死の川を越えて」第285回
「この医師の態度は決して重監房だけの問題ではないと思います。全国の収容所の隔離政策に共通した問題に違いありません」
「そうだ、その通りだ」
「しー、静かに」
講堂内の熱気は抑え難い程に高まっていた。
沢田は自らの胸の高鳴りを静めるようにしばし唇を閉じていたが、やがて一枚のメモ用紙を取り出した。
「私はここで重監房の悲劇を数字で示したい。どうかお聞き下さい。この施設への収監は昭和14年9月30日から始まり昭和22年8月まで続きました。収監された数は、2回収監された4名を含め延べ93名であります。
入室中または退室後1年未満の死亡者は合計23名です。冬期の死亡者が最も多く13名であります。これは凍死に違いありません。収監者のうち女性は6名、拘留日数の最長者は549日でありました」
これらの数字に対し冷静な筈の裁判官の顔に大きな驚きが現われていた。
成田明の登場
再び舞台は東京に戻った。
東京地裁大法廷に登場した成田明の証言は衝撃的であった。それは、熊本地裁に於ける和泉眞一、大谷富男、犀川佐一等の証言を別の立場から更に押し進める意味を持ち、首都の司法の舞台での発言は誤った国政にとどめを刺すかと思われる迫力があった。
かつて療養所の最高責任者の立場にあり、彼の医師としての人道主義の姿勢は療養所職員の尊敬を得ていた。医師としての成田は療養所の現場で入所者と接し、隔離政策の誤りを意識するようになり、そのことを講演や著書でも訴えていた。
※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。
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