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2020年8月 9日 (日)

小説「死の川を越えて」第258回

和泉氏は、ハンセン病の専門家として正しいことをきちんと証言しなければならないと考えましたと決意を語ったのです。この時、回りからはほっとした人々の胸の内が静かに流れるのが感じられました。

 それを見て、これは私の個人的な思いですが、和泉氏は京大病院の大先輩たる小河原泉氏の壮絶な生き様と信念を体現しているように見えました。また、これも私の感想でありますが、和泉氏の証言は裁判官の心証に大きな影響を与えたに違いありません。近づく次の口頭弁論に備えて、大谷証人は、和泉証言をしっかり受け止めていると思います。和泉氏は京大の医師ですから国の役人です。そして、大谷氏もかつて国の役人でハンセン病対策の最高責任者の地位にあった人です。しかも和泉さん、大谷さん2人とも小河原泉の信念を強く受け継いでいる人です。大谷氏の証言が待ち遠しいようです。私たちは一大ドラマの展開を見る思いであります。国の隔離政策の象徴がそちらの重監房だと思うと私たちは何か運命の流れともいうべきものを感じます。この流れの中で正太郎さんたちがおられることが不思議でなりません。大谷さんは、自身の証言で正太郎さんのことを取り上げると申しておりましたね。実に楽しみです。皆さんの興奮の息づかいがこちらに伝わってくるようです。どうか皆さん、次の私の報告をお待ちください」

 

 大谷富男の証言

 

 やがてその日が来た。傍聴席に副島と共に、本吉と有馬の姿があった。彼らは大谷証人の姿を見詰め一語も聞き漏らすまいと緊張していた。証言の中味は、裁判所に請求し入手して水野に送るつもりであるが、それとは別に副島たちが心で受け止めた感想を水野に報告するつもりであったからである。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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