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2020年8月 7日 (金)

人生意気に感ず「終戦に果たした鈴木貫太郎の役割。お盆の帰省が心配だ」

◇8月15日が近づくと鈴木貫太郎を思う。前橋市の桃井小の校庭には鈴木の言葉を刻んだ石碑が建つ。「正直に腹を立てずにたゆまず励め」。腹をたてずに、つまり忍耐は生涯を貫いたこの人の哲学であった。75年前の御前会議もギリギリの忍耐で乗り切ったに違いない。日本の運命が鈴木の忍に懸かっていた。鈴木が総理大臣に就いたのは昭和20年4月7日、日本は断末魔を迎えていた。鈴木が日本を救った宰相と言われるゆえんは最後の御前会議を巧みに導いて終戦を実現させたからである。鈴木を議長とする会議は即終戦派と本土決戦派が3対3に分かれいずれも譲らず長時間に及んだ。機をみて鈴木が遂に発言した。「議を尽くすこと既に数時間、なお議は決しない。かくなる上は聖慮をもって決定と致したい」鈴木はこう言うや、さっと立って進み出て天皇の意見を求めた。ここに、私は軍人鈴木の大いなる戦略があったと思う。「どう致しましょう」などと図っていたら事態は動かなかったに違いない。軍の統帥権は天皇にあるが立憲主義の建前から天皇が自ら決断を下すことはしないのが慣例であった。しかし国家存亡の非常時であり、議論はギリギリ尽くしたのである。鈴木が聖断を仰ぐことに異論はなかった。天皇は「もう意見は出つくしたか」と言い、「自分は外務大臣の意見に賛成する」と述べた。外相の意見とはポツダム宣言の受諾である。天皇のこの発言によって、つまり聖断によって終戦は決定したのである。天皇が「耐え難きを耐え」と述べた時、会議のメンバーはどっと泣き伏し、中には身もだえ号泣する者もあったと鈴木はその自伝で書いている。この御前会議の状況及びそれを踏まえた8月15日の天皇の言葉は新生日本の原点である。

 長く平和が続きあの大戦も忘却の彼方に去ろうとしている。今年は図らずもコロナ禍の下で8月15日を迎える。日本の原点を確認することがコロナに勝つための要である。

◇山本知事は、お盆は特別な行事だからとして帰省の自粛を求めないと述べた。お盆後にどのような影響が現われるか心配である。県内感染者が増加している。6日、新たに10代から50代の男女6人が陽性と判明。10日連続の感染確認で累計では208人、うち死亡は19人である。これまでの県内感染中には都や他県へ訪問した人が多い。このことからもお盆の帰省は心配である。(読者に感謝)

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