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2020年8月 1日 (土)

小説「死の川を越えて」第255回

 師を語る大谷の瞳は理想と信念で燃えていた。

「国は絶対隔離政策を続けていました。ハンセン病は恐ろしい伝染病だ、罹ったら治らない病気だから外に出すべきでないというのです。そんな中で唯一人、学会で孤立しながらハンセン病は治る病気である、隔離政策は間違っているという信念を貫かれた」

 言葉を止めると大谷は両手を顔にあてて肩を震わせている。大谷の胸の内が皆に伝わってきた。

「私に先生のような勇気がなかったことが恥ずかしい。先生は、あなたに何を話しましたか」

 さやは訊かれて暫し目を閉じて回想している風である。さやの胸に様々のことが去来していた。社会の激流に翻弄されてあっという間に人生の終焉を迎えようとしている。全てが夢のようであった。さやは深く頷いて答えた。

「はい、人間の細胞の絵を描いて、遺伝は細胞の中のものが伝えるが、感染源はこの中にはない。それはらい菌という細胞外のもの。だから遺伝はしない。そして、この菌の感染力は極めて弱い。体に力があれば発病しないと申されました。その体の力を免疫力と申されたのです。私もこのこずえさんも天にも昇るような嬉しさでした」

 さやの表情を見て大谷は言った。

「小河原先生は、去って行くあなたたちの後ろ姿を見て、国の隔離政策は間違っていると確信したそうです。弾むような後ろ姿がそのことを雄弁に語っていたと申すのです。そして今、逞しく人生を生き抜いてこられた正太郎さんを見て、私は先生が申されたことの意味を本当に納得致しました。ありがとう、ありがとう。私は皆さんから、今勇気をもらいました。これこそ、わが師の最大の教え、最大の贈り物です。私は元国の役人で、しかも隔離政策の責任者だったので患者側の証人になることには迷いもあったのですが、今の話で吹っ切れました。来月の法廷ではしっかりと証言する自信と覚悟が出来ました」

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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