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2020年8月14日 (金)

人生意気に感ず「シベリア抑留。にせの民主運動。シベリアのサムライの再評価」

◇シベリア抑留につきもっと知りたいという要望がいくつか寄せられた。ブログでの限られたスペースで語り尽くせるものではない。多くの抑留経験者が、胸が痛んだと語るのは「民主運動」であった。これは民主主義の運動ではない。収容所で行われた“つるし上げ運動”のことである。日本の軍国主義を批判しソ連を擁護する運動であった。収容所側、つまりソ連当局に迎合するゴマスリである。運動の指導者は抑留者中の者で当局から特別扱いされ、多くの抑留者は表面的にはこれに協力した。ある抑留者は語った。「天皇制支持者とされた者等が壇上に立たされ、やじられ、追求される。日本人同士の異国での酷い争いに本当に胸が痛んだ」

 多くの日本人はこの運動に協力しないと帰国が許されないと思っていたらしい。スターリン大元師への感謝状に64,000人以上が署名したと言われるものも唯一途な望郷の念からであったに違いない。

「望郷の叫び」で書いたが、帰還船の上ですさまじい復讐劇があったと言われる。船がソ連の領海を離れた時、「そろそろいいだろう」ということで始まった。いわゆる「民主運動」の指導者は「俺たちを覚えているだろうな」と言われて引きずり出された。ロープで縛って海中につけたという話もある。瀬島隆三は回顧録で書いている。「本気で海にぶん投げようと相談していたが彼らにも親兄弟があると言って指導した」と。

◇前回ブログのハバロフスク事件の関連で注目すべき事実がある。これも「望郷の叫び」で書いたことである。平成になってからロシア科学アカデミーの学者アレクセイ・キリチエンコが発表した論文「シベリアのサムライたち」である。論文はハバロフスク事件を正しく、そして高く評価した。「統一行動は十分に組織され、秘密裏に準備され情報漏れもなかった。事件は軍の突入で抵抗は終ったが兵士は銃を持たず日本人の負傷者もほとんどなく、解除後の交渉では日本人側の要望はほぼ満たされた」と。これはハバロフスクの古文書館長が私に示した大きな好意と共にソ連(現ロシア)を一方的に悪と見るべきではないという私の考えを支える材料となっている。

◇これも「望郷の叫び」で書いたが、ハバロフスク市郊外にある立派な「平和慰霊公苑」のことである。この存在を許すことにソ連の一片の良心を感じた。ここを真冬に訪れた当時の小泉首相は外套を脱いで大地に跪きシベリア人は一斉に拍手したという。ロシア人はシベリアのサムライの姿を見たに違いない。(読者に感謝)

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