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2020年7月11日 (土)

小説「死の川を越えて」第247回

 水野高明は身体全体で感動を現していた。<ここは俺の原点だ>、水野がそういう思いで熊本の大地を踏みしめると、熊本の自然が<お帰り>と応えている。全てが一変していた。軍国主義の進む中、九州帝大で人権を講義し、本妙寺のハンセン病の集落の人々と交わった。自分がハンセン病に羅患したときの驚愕、人生を捨てたつもりで草津に行った、湯の川の集落で遭遇した様々な人と出来事、それらは不思議な運命の流れであった。この運命の流れに大転換をもたらしたことが、敗戦と新憲法の公布であった。基本的人権を研究し、自らハンセン病の患者として人間の平等に関わってきた水野にとって、正に劇的な展開でありその舞台が熊本地裁なのだと思うと、水野の胸に夢か現実かという思いすら湧いてくるのであった。

 副島悟郎は2人の仲間を連れて面会の場に現われた。路地の奥の小さな食堂である。

「先生、遠路誠に恐縮です。この2人も昔先生の講義を聴いた者です。あの講義が続いていて、熊本地裁に至ったと、先程も話していたところです」

「本吉正です」

「有馬春男です」

「水野です。不思議なご縁ですね。この2人は下村正助さん、正太郎さん親子です」

 水野は正助親子のことを話した。

 本吉、有馬たちは、ハンセン病の患者の両親から生まれた正太郎を目の前にして心を打たれている風であった。2人は特別病室のことを知りたがった。そして、本妙寺集落の人たちが収容されたことには特に強い関心を示した。

 正助が言った。

「特別病室と呼びましたが、病室とは全く違った重監房、悪魔の監獄でした。餓死した人、凍死した人が多くいました。熊本の人を私たちは必死で助けようとして秘かにカツオブシを差し入れたのです」

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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