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2020年6月24日 (水)

人生意気に感ず「グローバル化とコロナ。藤田三四郎さんのこと。北の大地の便り。北海道新聞で田中正造が」

 

 

◇「グローバル化」の世界の状況をコロナは痛い程あぶりだしている。この言葉は図らずもコロナによって現代社会を語る不可欠の手段となった。人も物も情報も、そして特にコロナも一瞬で世界の隅々に至る。人類とコロナとの戦いは混沌としている。その惨状はまだら模様に見える。世界との対比で見れば日本はひとまず落ち着いたといえる。ここで最も重要なことはこの数ヶ月を検証し第二波第三波に備えることだ。様々な課題が浮き上がった中で差別と人権の問題は特に重要である。

 

92歳でなく待った元ハンセン病患者藤田三四郎さんのことが各紙で大きく取り上げられている。楽泉園の藤田さんの部屋を何度も訪れた。92歳と元ハンセン病ということから人々は勝手にイメージを作り上げる。実際は昔と変わらない熱い血が流れていた。この人を中心に、この人と力を合わせ、人権の碑を完成させた。私は人権の碑建設委員長として藤田さんと会議を重ねた。碑文の中の「私たちは人間の空を取り戻しました。まさに太陽は輝いたのです」は藤田さんの叫びであり、遺言となった。コロナの直前にこの世を去ったこの人の訴えはコロナの惨状と重なり悲痛な響となって広がっている。「人間の空」、「太陽の輝き」は油断すれば直ぐに崩れてしまう。楽泉園では藤田さんの歌碑も出来た。「定位置にルーペとペンと春ごたつ」。歌碑と人権の碑は一つになって藤田さんの悲願を草津の山中から全世界に向けて訴えている。

 

◇私の毎日新聞連載「よみがえる田中正造・死の川に抗して」が静かな反響を生んでいるようだ。鉱毒との闘いは人間の空を取り戻す闘いであった。田中正造の訴えは今日でも生々しい。この人は予言者であった。藤田さんの存在も、長いハンセンの歴史を背景に予言者的である。

 

◇先日、北海道恵庭市のMさんという方から手紙を頂いた。私の田中正造を読んだことが契機だという。この地域は昔、渡良瀬川の鉱毒被害民、谷中村の人々が移り住んだ。今年5月北海道新聞が「公害の原点今も問う」・「平穏な村消滅の悲劇」と題して大きく取り上げた。Mさんはそのコピーを送ってくれた。92歳のこの人の声は若く力強いが最近胆管ガンの4期と宣告された。今まで病気をしたことがなかったという。今日、闘う材料として藤田さんの資料を投函する。北の大地で敢然と闘われることを祈っている。(読者に感謝)

 

 

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