« 小説「死の川を越えて」第243回 | トップページ | 人生意気に感ず「ふるさと塾は盛会だった。命の選別の問題、第二波に備えて。グローバリゼーションの課題」 »

2020年6月28日 (日)

小説「死の川を越えて」第244回

 法学士水野は文面を食い入るように見つめ、読み終わると腕を組んで目を閉じた。本妙寺のハンセンの集落のこと、湯川に来て以来の様々な出来事、特に重監房の出来事に思いを馳せると、これらのことが熊本の訴訟の舞台に流れ込んでいく不思議さを感じるのであった。

 水野は副島の手紙のことを正助たちに話した。その中には木霊勇二もいた。正助が言った。

「とうとう始まったのですね。絶対隔離のところでは重監房のことも追及するのでしょうね。国は被告としてどんな言い訳をするのでしょう」

 水野が応えた。

「国を相手に裁判することはよくあることだが、私たちに直接関わることで国と対決するなんて凄いことです。身震いする思いです。国は強(したた)かです。簡単に落城させるわけにはいかんでしょう」

 これを聞いて木霊が憤然と顔を上げて言った。

「絶対に勝たねばならん。もし負けたら、長い間日本中で人間以下に扱われてきた数限りない人たち、患者に限らず関わりのある人々が浮かばれない。やはり、彼らは人間ではなかったということになるだろう。差別や偏見が息を吹き返し、勢いづくことになる。それからこの裁判の重大性から熊本地裁だけに任せるのはよくない。日本の首都東京で訴えを起こすことの意義は限りなく大きい。この研究と準備を始めねばならぬ」

「その通りですぞ。その上に更に大きな意味があるのです」

 水野は普段見せたことのない険しい表情で言った。そして、人々が驚くのを見ながら続ける。

「その上にです。聖戦と言って国民を戦争に駆り立てた、そして、私たちを聖戦を汚す国辱として収容した国の行為が正しかったことになる。更にだ、これは最も重大ですぞ。正に晴天の霹靂とも言うべき、新憲法のことです。基本的人権を高く掲げ、人間の平等を謳った憲法は絵に描いた餅だということになる。こんなことは絶対に許されませんぞ。新しい国家の存立の基礎を台無しにすることです。国を相手にしたこの裁判にはこのような大きな意味があることを私たちは噛み締めねばならぬ。しかも、私たちはその裁判の主人公だということを自覚しなければならぬ」

 水野の発する一語一語は、その場でこれを聞く者の胸を熱く揺り動かすのであった。

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

|

« 小説「死の川を越えて」第243回 | トップページ | 人生意気に感ず「ふるさと塾は盛会だった。命の選別の問題、第二波に備えて。グローバリゼーションの課題」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 小説「死の川を越えて」第243回 | トップページ | 人生意気に感ず「ふるさと塾は盛会だった。命の選別の問題、第二波に備えて。グローバリゼーションの課題」 »