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2020年3月31日 (火)

人生意気に感ず「カトリックのミサも中止に。届けられた教皇の言葉。新聞連載の田中正造を冊子にして配る」

 

 

◇私が関わる様々な行事等が中止や延期になっている。その中のいくつかを記したい。先ず毎週水曜日の「へいわ845」の講義が131回で中断になった。現在新島襄の9回目で襄が岩倉使節団の視察に随行し重要な役割を果たすところまで語った。誠に残念である。放送大学同窓会で楫取素彦を語る4月12日の講演も延期となった。もう一つここに記すべきはカトリックのミサの中止である。先日前橋カトリックの一組織であるフランシスコの役員会の折、ミサの中止は耳にしたが3月28日付で正式な通知がなされた。

 

 通知には次のようにある。「私たちの切なる願いにも拘わらず新型の感染拡大の勢いはむしろ増しつつあります」、「この世界は私たちが共に暮らす家、私たちはすべての違いを超えて互いを大切にし合いながら生きなければならない家族であることを今程ひしひしと感じたときはありません。感染した方々の速やかな回復と世界的な流行の一日も早い終息を父である神に祈りましょう」。そしてこの通知には告解できない信徒に対するフランシスコ教皇のアドバイスが添えられている。

 

 カトリックの歴史はキリスト教の誕生と共に長い。その中で様々な人類の受難を経験してきた。フランシスコ教皇の胸にはそれらと比べて今回の新型コロナウイルスの深刻さが突き刺さっているのだろう。

 

 日本人は宗教に淡泊であると言われるが歴史を振り返れば決してそうではない。キリスト教に限らず信者が血を流して戦った多くの事実がある。「淡泊」なのは現代人の堕落を物語るものに違いない。

 

◇新型コロナウイルスが全人類に広がる状況は現代文明に対する天の警告と思える。田中正造の声が聞こえるようだ。「真の文明は山を荒さず川を荒さず村を破らず人を殺さざるべし」。

 

 毎日新聞連載の「よみがえる田中正造・死の川に抗して」が第12回に達した。隔週の土曜日に掲載している。12回分を冊子にして希望者に配布することにした。私の事務所でとりあえず500部ほど作る作業を進めている。27日に知事や前橋市長に渡した。休みにした「ふるさと塾」の会員にも届ける予定である。ブログの読者にも連絡があれば郵送が可能である。5月9日、館林の田中正造記念館の総会で田中に関する講演を予定しているが実施できるであろうか。田中の呼びかけが聞こえるようだ。(読者に感謝)

 

 

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2020年3月30日 (月)

人生意気に感ず「山本知事はコロナについて語った。地方が試される時に。正しく恐れることこそ」

 

 

◇27日、山本知事に個人的に面会した。歴代知事はそれぞれ難しい課題に囲まれていたが、山本知事は最も厳しい状況の一つの中に登場した人と言えるだろう。言うまでもなく新型コロナウイルスに関する深刻な状況である。

 

「睡眠を削ってやっています」笑顔でこう語る知事はピアノ線を思わせる細い身体に闘志が漲っている。知事はまた「ピンチをチャンスに変えなければなりません」と言った。東京のように密集した所はこれからビジネスがやりにくい、群馬は広いから大きな可能性があるというのだ。そして新型コロナウイルスはなかなか治まらないだろう、新型コロナウイルスにいつも脅かされることに対応する社会をつくらねばならないと感想を語った。危機のリーダーに求められるのは決断と突破力、そして深い哲学である。私はこれらを肌で感じ取って群馬は時代にふさわしいリーダーを得たと確信した。「安全神話にあぐらをかいている」と言われてきた群馬がまさかの異常事態を迎えつつある。新型コロナウイルスは現在東毛が厳しい状況であるが今後群馬全域に広がることを覚悟しなくてはならない。東京が「緊急事態ぎりぎり」に至っている。これはコロナウイルスの大群が群馬に近づいていることを意味する。

 

 私は知事と話しながら県会議員時代に、県議会で新型ウイルスに対して盛んに警鐘を鳴らしたことを思い出していた。それは1918年に全世界を襲ったスペインかぜであった。世界の死者は4,000万人を超え、群馬県の死者も4年間で4,500人を超えた。この時の新型は終息に長くかかった。今回のコロナウイルスも長期化することを覚悟しなければならない。

 

 地方の時代と言われて久しい。現在は地方創生の時に入った。その意味で地方が試されている。正に群馬県、および一人一人の県民が試されているのだ。

 

◇全国敵に自粛ムードが進む中で群馬県でも様々な企画と行事が中止や延期になっている。私が関わるいくつもの講演も中止に追い込まれた。台風19号の惨状はまだ生々しいが新型コロナウイルスはそれをはるかにしのぐ超大型の嵐である。新型コロナウイルスは絶えず変異する怪物である。私たちに今求められることは「正しく恐れる」ことである。そのために最も重要なことは正しい情報である。真の勇気を生み出す時である。(読者に感謝)

 

 

 

 

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2020年3月29日 (日)

小説「死の川を越えて」第288回

 さやが万場老人に頷きながらたずねた。

「鬼畜米兵と教えられてきました。負けた後は仕返しとして残虐なやりたい放題のことが行われるのでしょうか」

「わしはそうは思わぬ」

「それは、この放送がデマか真実かにかかっておる。水野先生は占領政策を語る部分を聞きましたかな」

「聞きましたぞ。多くの日本人には最も信じ難いことではないでしょうか。しかし、私は昔の九州帝大の続きのような気持ちで受け止めましたぞ。人権や平等や民主主義が実現されると申しております。もし本当なら、こういうことを主張する国が、真逆な、殺す、犯す、奪うなどを行う筈はない。こう私は信じたい」

 水野は拳を突き出して言った。

水野は一同を見て、唾を呑み込んで続けた。

「その上、この放送局は信じ難い占領政策を述べているのですぞ。古い憲法体制をなくして民主主義体制にする、社会生活の民主化を促進する、労働運動を自由にする、農地改革を行うなどです。民主主義とは人権が尊重されることです。私が大学で教えていた理想が実現されるかも知れんのです」

「ハンセンの患者など弱い者が胸を張れる社会ですか。生きるに値しない命などという考えが強く否定される社会じゃな」

 万場老人は、かっと目を開いて言った。

 このことがあった数日後、7月末のある日、新国民放送は大変なことを告げていた。それは、日本に対する最後通牒たるポツダム宣言が出されたというのだ。この放送を人々は万場老人の家で身を寄せ合い息を殺して聞いた。

「皆さん、新国民放送局は、今日重大なことをお知らせしなければなりません。ポツダム宣言が出されたことは既に多くの皆さんがご承知のことでしょう。最後通牒なのです」

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2020年3月28日 (土)

小説「死の川を越えて」第287回

 万場老人は大きく頷きながらラジオを止めた。そして、不思議そうに囁いた。

「遅くならない内にとは何を意味しているのであろうか」

「何かとんでもないことを予告しているのでしょうか」

「まあそんな、さやさん何を言うの」

 2人の女性は怯えたように顔を見合わせた。

 実は、昭和20年7月16日、アメリカではとんでもない出来事が生じていた。ニューメキシコ州の砂漠で人類初めての核実験が成功したのである。新国民放送で繰り返し述べられた「遅くならない内に」は。原爆使用の可能性を念頭においた言葉であったと思われる。人々にはそのようなことは思いもよらないことであった。女たちの不安そうな表情を見て、水野の胸にもふっと不安がよぎった。

「アメリカの科学の力は恐ろしい。戦争は全ての国力を尽くして兵器を作り出す。だから何が起きるか分からない。何が起きてもおかしくないのだ」

 それを聞いて正助が言った。

「例えば新型の特殊爆弾とか」

「まさか、そんなことは」

 こずえがすかさず否定しようとしたが誰も笑う者はなかった。人々の不安を募らすようにラジオは響く。

「皆さん、軍部は国民を道連れに、民族絶滅という底なし地獄に国民を投げ込もうとしています。遅くならない内に戦争を止めさせねばなりません。本土決戦など全く無駄なことなのです。もう時間は余り残されていません」

 万場老人は耐えられないといった顔つきでラジオを切った。そして、ポツリと言った。

「もう時間がないと言っている。何かがあるに違いない。何が起きても我々は力を合わせて頑張らねばならぬ」

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」連載しています。

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2020年3月27日 (金)

人生意気に感ず「東京都の爆発的感染者増と特別措置法。群馬にも異常事態が近づく」

◇小池都知事は25日夜、緊急の記者会見を開き「感染爆発の重大局面」だと述べ週末の不要不急の外出を控えるよう都民に求めた。都で爆発的に患者が急増することは何を意味するかを考えた。東京都は他の自治体との往来が多いから東京都の状況は直ちに地方に波及する。群馬県への波及も覚悟しなければならない。先日埼玉県のある知人が呟いた言葉が耳の底にある。「埼玉は東京のベッドタウンです。都と埼玉は強く連動しているから東京の異常事は埼玉の異常事なのです」と。
 都は25日、41人の感染者を確認。26日夕方のニュースはこの日更に47人の感染を報じた。この両日に爆発的に増加していることを数字は語っている。早急に手を打たねばならない。
 先日成立した特別措置法の存在感が高まっている。都だけの問題ではない。近隣県及び国との連携が重要である。まさかの時、群馬県は重大な役割を担うことになる。東京や埼玉の人々を助けなくてはならないからだ。
 このような事態は首都直下型地震の場合と思っていたがコロナウイルス関連でもあり得る。これは東京都が「都市封鎖」を実施するかと密接に関わる。
 厚労省は「1月~12月とは全く異なる流行の第二波に入った」として危機感を強めている。マンモス都市東京でコロナウイルスが新たな渦を巻き起こしている。もしウイルスが目に見える存在だとすれば人々は大変な恐怖に襲われるだろう。一人一人の自覚が必要なのは当然だが多くの人々はどうしてよいか分からないからだから、行政の役割が重要なのだ。特別措置法という伝家の宝刀を抜くことをためらってはいけないと思う。時間はないのだ。
◇群馬県の事態も風雲急を告げる状態となりつつある。太田、大泉両市の事態が県内各地の都市に飛び火する恐れがある。これに東京都の事態が重なる可能性がある。山本知事
は25日、新型コロナウイルス対策の為総額49億8千万円を増額する補正予算案を発表した。予想される患者の増加に備えて医療体制などを確保するためだ。現在開会中の県議会で審議される。都の新たな状況も踏まえ緊迫の度を増す事態の中で県議会の議論が注目される。私は今日、山本知事と会うが、知事から何かを感じとることが出来ると思う。
◇昨日渡良瀬川源流の松木村(旧)の人と会い、田中正造について話をきいた。筋金入りの共産党の老人と私は不思議な絆を深めることができた。(読者に感謝)

 

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2020年3月26日 (木)

人生意気に感ず「五輪延期を支えた国際協力の意義、学校再開の期待」

 

 

◇今私たちは沸騰するような世界情勢の中で歴史が大きく動く瞬間に立っている。五輪延期が大きく報じられたがそこには壮大な世界の動きがあった。謙虚な気持ちで重要な事実をこのブログに刻みたい。

 

 安倍首相の発言は重要である。それはバッハIOC会長との電話会談でなされた。「人類が新型コロナウイルス感染症に打ち勝った証として完全な形で東京五輪・パラリンピックを開催していくことで一致した。日本は開催国の責任をしっかりと果たしていきたい」

 

 電話会談の場は緊迫した雰囲気だったと言われる。バッハ会長が「100%支持する」と発言した時、同席した人々はほっとして胸をなで下ろした。「延期」が決まったことは「中止」が避けられたことを意味する。会談直後、森元首相は「良かったなあ、安倍君」と声をあげ、小池都知事は「来年夏というゴールが具体的になったことで次の目標に向かって準備を進められる」と明るい表情を見せた。

 

 ここに至るには重要な国際的動きがあった。そこでの安倍首相の根回しが奏功した形が中止を避けた「延期」であった。国際的な動きとして注目すべきものは二つあった。トランプ大統領とG7である。12日、首相はトランプ氏との電話会談で延期の考えを伝え、トランプ氏は「100%指示する」と約束したのだ。そして16日にはG7首脳とのテレビ会談で各国首脳から延期の支持を得た。バッハ氏の「100%支持」発言はこれらの動きの上で確実であったと思われる。来年、完全な形で開催できた場合、それは国際的な連携の成果ということを意味し、正に平和の祭典にふさわしいといえる。ここで一層重要なことはトランプやG7首脳がコロナウイルス対策に全力をあげて協力することである。偏狭なナショナリズムの台頭が危惧される時図らずも世界は新型コロナウイルス問題を契機に国境を越えて協力することになった。

 

◇一斉休校が続いたが新学期を迎えることになった。文科省は学校再開の指針を発表した。学校内での密集を避け、換気をよくし、マスクなどの対策の徹底等である。休校を経験して、生き生きした

 

学校の再開が社会の活力にとっていかに重要かを知った。再開した学校では新型コロナウイルス対策を教材で教えるべきだ。それは次に控える巨大地震に備えることを意味する。(読者に感謝)

 

 

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2020年3月25日 (水)

人生意気に感ず「五輪は延期と決まる。ヨーロッパは地獄と化した。追突事故に遭う。保健所はパニックか」

 

 

IOCと安部首相は東京五輪・パラリンピックの一年間延期を合意した。新型コロナウイルスの猛威は悪化の一途を辿っている。7月24日の開幕を強行すれば選手や観客の生命への危険は明らかである。世界中が人の密集を避けることを必死で呼びかけている。五輪予定通りの実行は、最大の濃厚接触の実現である。私は、今の状況からして7月24日までの沈静化は客観的に無理だと思っていた。敢えて実行することは「無神経で無責任」であり、その上人命軽視である。平和の祭典というオリンピックの原点と理念にも反する。

 

◇私は毎日の世界各国の感染一覧表を見ている。注目点は中国からヨーロッパに移った。その中でもイタリアの状況は地獄の感がある。死者は6000人を超えた。ドイツのメルケル首相は「第二次世界大戦以来の試練」と発言した。EU(欧州連合)が危機に直面している。各国間の移動の自由はEUを支える柱であるが、逆に拡大の原因の一つになっている。EU結束の理念を各国の強力・助け合いに生かすべきなのに実現していない。イタリアでは医療崩壊が起きている。医療の体制が追いつかないのだ。イタリア、スペイン、フランスで爆発的に感染者と死者が増加している状況は正に世界大戦である。

 

◇21日、私は交通事故に遭った。上武道路で渋滞のため停止していると「ドカーン」と物凄い衝撃音。若者の軽がブレーキせずに追突したのだ。車が大きく損傷したが私は大したことはなかったらしい。高い高架の上で警察を待ち、状況調べが行われた。かかりつけの外科医で診てもらった。打撲の影響は後で現れる。3週間程の打撲症と言われた。待合室でコロナウイルスの影響を感じた。診察を受ける人は少なく、目についた貼紙にはコロナウイルス感染の心配者へのお願いが書かれていた。いきなり一般の診療所に来ないで「先ず帰国者・接触者相談センターに」というもの。一般の人の多くはそれがどこか分からないだろう。このことが感染者数の顕在化を妨げている一因に違いない。相談窓口は各保健所に設置されているが保健所は押し寄せる業務のためパニックに近いという。「安全な群馬」に感染の波が広がり遂に死者が出た。感染者として公表されている数は氷山の一角だろう。太田や大泉ではクラスター(小規模集団発生)が現れているとも言われている。風評被害も広がり始めた。健全な社会力が試される時が来た。(読者に感謝)

 

 

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2020年3月24日 (火)

人生意気に感ず「ローマの休日を観た。死の街と化したローマ。オリンピックは延長が常識だ」

 

 

◇イタリアの惨状は信じがたい程である。その死者は1,809人(16日)、3,405人(20日)、4,032人(21日)と推移している。現地の市民は「戦争より酷い」と言っている。市民生活の実態は猖獗(しょうけつ)を極めるものに違いない。移動を制限された市民の生活空間でコロナウイルスが渦を巻き変異を続け、その中でもがき倒れる人の姿を想像する。一日数百人以上も死者が増えている現状は何を意味するのか。医療体制が追いつかないのは火を見るより明らかである。死者の周辺には途方もない数の感染者が存在する。もはや神頼みの段階なのだろうか。

 

 イタリアは中国との関係が深い。中国の世界戦略、「一帯一路」と重要な関わりを持っている。今回のコロナウイルスの惨状はこのような中国との関わりに一因があるとの声をある。現状では一帯一路どころではない。私は、群馬県日中友好協会の会長として中国の動向に大きな関心を持っている。

 

◇昨年末、11月7日から11日までの中国訪問は振り返って大きな意味を持つ行事であった。貴州省の人たちは、同州がこれまで感染症の害が少ないのはドクダミを食べる習慣の故だと語っていた。その科学的根拠は不明だが今回の新型コロナウイルスについても被害が少なかったようである。最近更に一段落したこともあって、貴州省から群日中に嬉しい連絡があった。2点をここに記すことにする。

 

 一つは、昨年実現できなかった京劇を今年は9月25日、または26日(会場をこのいずれかに決める)により本格的なものとして実現する。

 

 二つ目は、貴州省体育局との間で昨年企画した群馬マラソンへの参加である。やはり準備不足で昨年は無理であったが今年は実現できる運びである。80人ほどで来県する計画を進めている。私は例年通り10キロコースを走る。昨年貴州省の朝を走り、その日の会議で話すと私の年齢と合わせて人々は驚いていた。「来年は前橋で一緒に走りましょう」と手を握って約束したことが懐かしい。共に汗を流すことは国境を越えて心の絆を深めるに違いない。秋までにはコロナウイルスが沈静化することを祈るばかりである。

 

◇遂に県内初の死者が。基礎疾患ある高齢者と報じられた。県内感染者11人の中の一人。10人中4人が重症。この先の群馬が心配だ。イタリアは1日で800人近く死んでいる。(読者に感謝)

 

 

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2020年3月23日 (月)

人生意気に感ず「ローマの休日を観た。死の街と化したローマ。オリンピックは延長が常識だ」

 

 

◇昨日、DVDで懐かしの「ローマの休日」を観た。何度も観た映画であるがその度に胸に迫るものがあり、涙をこらえる場面がいくつもあった。主演はグレゴリー・ペックとオードリー・ヘプバーン。私はこの二人の俳優の大ファンである。記憶に残るグレゴリー・ペック主演の作品は「大いなる西部」、「ナバロンの要塞」など活劇ものが多いが、ローマの休日で演ずる新聞記者も素晴らしい。規則で縛られたストレスで苦しむ王女が宿舎を抜け出して賑わいのローマの街に立つ。自由を得て心に喜びを抱いた女性はこんなにも変化するのかと胸を打たれる。偶然助けられた新聞記者ペックと恋におちる。二人でスクーターで走る王女の姿は解き放たれた白鳥のようである。やがて別れの時が来た。記者は王女の正体を知らないふりをしている。「私はあそこの角を曲がります。私を追わないと約束して」そう言って王女は大使館に消える。記者会見の場面が胸を打つ。並ぶ記者たちの中にペックを発見した時の驚く顔。各国を訪ねてどこが一番印象に残ったかと問われ「なんと言ってもローマです」と応える。一人ずつ言葉を交わす時がきた。「人と人との間の友情を信じます」。「王女様の信念が裏切られることはないでしょう」。この二人の会話に恋が本物であったことを確認し合う意味が込められていた。去っていく王女。一人立ち尽くすペックの姿は西部劇のガンマンと重なる。

 

 私は終演と共に我に返った。そこには、コロナウイルスの現実があった。そこは、二人が鳥のように走った賑わいは消えて死の街と化している。ローマの休日はコロナウイルスにうちのめされて死の休日に変じた感がある。王女アンは「なんと言ってもローマです」と言ったローマを振り返って泣いているかも知れない。

 

 歴史の都市ローマを含むイタリアはコロナウイルス惨禍の象徴的存在となっている。死者は中国を越えて止まるところを知らない。

 

◇新型コロナウイルスは怒濤のように世界に広がっている。昨日、親しい中国人と会った。中国の大勢は終息に向かっているという。14億人の中国を追われたウイルスの大群は、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカで猛威をふるいつつあるようだ。日本ではこれからが本番との見方も出ている。このような中で予定通りにオリンピックが開かれるとは思えない。人命第一に考えれば延期が常識であると思う。(読者に感謝)

 

 

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2020年3月22日 (日)

小説「死の川を越えて」第286回

 万場老人はこれ以上耐えられないという様子でラジオを切った。
「これが事実とすれば、日本の運命は事実上決まったことになる」
「ここにもアメリカの兵隊が来るのでしょうか」
 泣きそうなこずえの声に万場老人は答えなかった。この放送がヒトラーの死を報じたのは5月31日のことである。
 翌日、万場老人が考え込んでいると、水野高明が姿を現した。水野は声を潜めて言った。
「大変なことになりましたな。ドイツがこのような形で破れるとは信じられません。しかし、これは間違いない事実だと思います」
「うーむ。分からん。いよいよ本土決戦になって、その先はどうなるのであろうか」
 万場老人は呻くような声で言った。
「男は殺され、女は犯されるという話は本当でございますか」
 こずえは青い顔をし、声は震えている。
「仮に日本が破れても、そのようなことはないと信じます」
 水野はこう言って手帳を開きメモに目をやった。
「先日はこの放送で沖縄のことを聞きました。それによるとですね、軍部支配のなくなった沖縄ではアメリカ軍政府の下で、混乱もなく島民は自由な生活を築いていると言っています。アメリカは、今噂で流されているような女や子どもを苦しめる占領政策はしないと信じます」
 昭和20年の世界情勢は信じられないほど目まぐるしかった。事態は刻々と動いていた。それに応じるように新国民放送局が報ずることにも緊迫感が現われるようになった。7月の半ばも過ぎたある日、万場老人たちはラジオを囲んでいた。澄んだ明るい声が響いた。
「こちらは新国民放送局です。当放送局はこの大東亜戦争が不正義の戦いであり、そのために我が国民は今開闢以来の国難にいると痛感する男女の一団が国を救いたいという切なる思いからつくったものです。したがって、我々は遅くならない内にこの戦争を終わらせ、新しい日本、本来の日本を築かねばならないと信じます」

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2020年3月21日 (土)

小説「死の川を越えて」第285回

 万場老人はあたりを窺うように低く笑った。

「まあ、それでこのように」

「ラジオのことは水野さんに教えられた。何度か聞くうちに、わしが驚くことは話がデマとは思えないことじゃ。じっと聞くとな、声から誠意のようなものが伝わってくる。話の中味も理論的で筋が通っておるのじゃ。戦地で闘っておる人たちのことを考えると言ってはならぬことじゃが、日本の未来を予言する天の声にも聞こえる」

 水野高明によれば、南方のどこかの島を占領したアメリカが中波の電波で日本国民に情報を送っているというのだ。水野は九州帝大の昔の同僚から秘かに情報を得ていたのだ。

 アメリカは一つの戦略として、日本にとって絶望的な戦況と戦後の占領政策を伝えようとしているというのだ。目的は日本人の戦意を喪失させることが主であるが、それだけではなく新時代の流れである人道主義と民主主義を日本人に広める意図が感じられるというのだ。

 万場老人は再びスイッチを入れた。事情を知ったこずえに聞かせたいと思ったのだ。ラジオの声は信じられないことを言おうとしていた。

「皆さん、こちらは新国民放送局であります。ヒトラーが自殺しました」

「おおぅー」

「えーっ」

 万場老人とこずえは同時に声をあげた。そして息を殺して次の声に耳を傾けた。

「4月28日、ムッソリーニは国民に銃殺されました。4月30日、ヒトラーは自殺しました」

「おお・・」

「ああ、何と」

 2人はまた同時に声をあげた。ラジオの声は冷静である。

「皆さん、これは紛れもない事実です。ドイツとイタリアは破れ三国同盟は消滅しました。残るは日本のみとなりました。これからアメリカとイギリスは全力を挙げて我が国を襲うことは明々白々のことです。つまり、アメリカの軍隊が我が本土に上陸する危険が迫ったのです」

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2020年3月20日 (金)

小説「死の川を越えて」第284回

「御隠居様」

 こずえは恐る恐る声をかけた。返事はない。近づくと漏れてくるのはラジオの音らしい。こずえは更に近づいて布のすき間に口を当てるようにして声をかけた。

「おー」

 中から驚いた声がして老人が顔を突き出した。

「おお、お前か。驚いたぞ」

「驚いたのは私でございます。御隠居様、一体どうなさったのでございますか」

「驚くのは無理もないな。大きな声を出すな。まず中に入れ」

 万場老人は垂れ下がっている布を伸ばし、押し広げようにしてこずえを中に導いた。

「まあ」

 こずえは異様な光景を目にして息を呑んだ。裸電球が下がり、その下の小さな机にラジオが置かれ、そこから流れる声に万場老人は必至に耳を傾けていたのだ。

「まあ、座って聞くがよい。日本の未来を告げる天の声じゃ」

 驚いているこずえの顔を見ながら万場老人はわずかにボリュームを上げた。

「こちらは、新国民放送局であります」

 ラジオからは意外な言葉が流れていた。こずえが何か言おうとすると。<まあ聞け>と老人が目で制した。ラジオの声は続いた。

「皆さん、この国難はあの元の襲来に比しても遥かに恐ろしい未曽有の一大国難であります。今回の国難は軍部が真珠湾作戦によって引き起こした大東亜作戦の結果として我が国を襲ったものです」

「軍部は大東亜共栄圏はすぐにも成功する、最早時間の問題だと豪語したのであります。だがそれは、重大な誤算であり痴人の夢でありました」

 ここで万場老人はスイッチを切って顔を上げた。

「一体これは何でございますか、御隠居様」

「うむ。アメリカ人が日本人に聞かせるためにやっているデマ放送じゃ。これを聞くことは厳しく禁じられておる。分かればお前も同罪じゃ。ふふふ」

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2020年3月19日 (木)

人生意気に感ず「世界中が宣言を出した。パンデミックの中心はヨーロッパに。中国は終息に向かうのか」

 

 

◇大変な事態が世界で進んでいる。ほとんどの国が非常事態宣言を出している。世界的大流行(パンデミック)の中心は欧州となった。欧州で最も厳しいのはイタリアである。これらの世界の情勢は世界大戦の様相を呈している。トランプ政権は13日、国家非常事態を宣言し国民に10人を超える会合を自粛するよう呼びかけた。フランスのマクロン大統領は15日、15日間の外出制限措置を発表し「我々は戦争状態にある」と危機感を示した。イタリア、フランス、イギリス、ドイツ、スペインなどのヨーロッパの状況は第二次世界大戦を思わせる。

 

◇改めて思うことは国際協調体制の重要さである。G7(先進7カ国)はテレビ会議を行い緊密な協力を確認する声明を発表した。

 

 ウイルスに国境はない。国際化をあざ笑うように国際化の波に乗って瞬く間に地球を席巻しつつある。ウイルスの人類への挑戦である。人類は謙虚になって国境を越えて手を握らなければならない。敵は時と共に「変異」する怪物である。様々な情報が飛び交っている。重要なことは敵を侮らないことである。ウイルスには30億年を超える歴史がある。その間変異を繰り返してきた超怪物なのだ。私は1918年に始まったスペインかぜを思い出す。これも新型ウイルスだった。第一次世界大戦の動きの中で拡大し、世界の死者は4000万人を超えた。日本での被害も想像を超えた。群馬県の死者は4年間で4,500人を超えたという資料が存在する。

 

◇世界の連携の動きと日本の動き、国内地方の動きを連動させなければならない。群馬は大丈夫という根拠のない「安全神話」が崩壊しつつあるのは良いことだ。大災害は現在のコロナウイルスの先にも予想されるからだ。大災害の時代を私たち国民は冷静沈着に乗り越えていかねばならない。日本人の国民性と日本の文化に世界の目が集まっている。「敵を知り己(おのれ)を知れば百戦危うからず」の教えはウイルスとの戦いに於いても有効である。

 

◇一方でかすかな光も感じる。最近貴州省での感染発症がゼロになったという情報に接した。湖北省は依然深刻であるが中国全体としては終息に向かいつつあるらしい。しかし巨大津波は押しては返すの連続だろう。東毛の惨状は拡大するだろう。このような中、21日、グリーンドームでは市長の強い中止要請を押し切ってプロレス興行が行われる。(読者に感謝)

 

 

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2020年3月18日 (水)

人生意気に感ず「植松被告に死刑。人権の碑の前で思う。コロナの状況は世界戦争の様。東毛は氷山の一角」

◇16日、植松被告に横浜地裁は死刑を言い渡した。判決文からは身の毛がよだつ光景が伝わってくる。改めて背景にある重度障害者に対する差別を痛感する。知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園の元職員である被告は人間に対する特異な価値観をもっていた。意思疎通のとれない重度障害者は「人間ではない」、「不要な存在」、「重度障害者に使われる金を他に使える」。このような考えに基づき19人を殺害。

 私は上毛新聞連載の小説「死の川を越えて」の中でドイツ宣教師カールが草津で訴えた「生きるに値しない命」という危険思想を思い出す。かつてドイツに実在しナチスの大量虐殺に繋がった思想である。

 この相模原の殺人事件の直後インターネットでは同調する多数の書き込みがあった。社会の底流に深刻な病根が横たわっている。日本は危険な状態にある。人間の尊重を基底とする日本国憲法の下で人間無視の実態が進んでいる。死刑を下した裁判所は審理の過程でこの点をもっと深く議論すべきであった。

◇15日の朝、私は藤田三四郎さんの死に際し楽泉園を訪れて献花し、人権の碑の前に立った。藤田さんが生涯をかけて差別のない社会を訴える碑である。碑面には国賠訴訟を踏まえた藤田さんの快哉の声が踊る。碑文は語る。

「私たちは人間の空を取り戻しました。まさに太陽は輝いたのです。この訴訟によって人間回復の道が開かれました」

 ハンセン病に限らず社会には差別の根が広がっている。津久井やまゆり園の事件はそれを物語る。藤田さんの死の翌日、植松被告に対し死刑判決が下った。藤田さんは天国でどんな思いでいるだろうか。

◇新型コロナウイルスが県内でも猛威を振るい始めた。大泉町の「ましも内科・胃腸科」で医師・看護師、そして女性事務員の感染が確認され、知事は16日クラスター(小規模感染集団)に近いと表明。12日に感染が確認され、診療所名の公表は13日だった。大泉町の町長は「県は遅すぎる。1分でも早い対応が必要なのに」と強く批判した。太田市、大泉町の例は群馬県に於ける氷山の一角に違いない。

◇欧州では信じがたい状況が広がっている。中心はイタリアで、16日の時点で死者は1809人である。この波はスペイン、フランス、ドイツ、イギリスへと波及。世界大戦のような状況には現状の認識と連携が強く求められる。(読者に感謝)

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2020年3月17日 (火)

人生意気に感ず「新型コロナ特別措置法と民主主義。首相の緊急事態宣言と知事の権限」

 

 

◇13日新型コロナ特別措置法が成立した。襲来するウイルスの大群に立ち向かう決意の一撃である。WHOは既にパンデミック(世界的大流行)を宣言し、人類とウイルスの戦いは正念場を迎えている。この非常事態に対して最も重要なことは国民が力を合わせることであり、そのために国が決意を示すことだ。法案成立で政府は電光石火の動きを示した。阿倍首相の党首対談の呼びかけは重要な布石として功を奏した。この動きに様々な議論が起きているが当然である。私は民主主義の観点から意見を述べたい(後述)。

 

◇特別措置法のポイントは、首相が緊急事態宣言を出すことを可能にし、その時該当する都道府県の知事が強力な行政権限を発揮できる点である。これらは憲法が認める個人の権利を制限する可能性があるために非常に重要なのだ。「桜を観る会」の騒ぎが音をひそめ、国会が珍しく存在感を示した。

 

 私権制限に関わる知事の強い権限とは次のような点である。①外出の自粛や大規模な施設の使用停止などの要請、指示。②臨時の医療施設を設ける際に土地や建物を所有者の同意なしに使用したり、医薬品を強制収容する可能性などである。特別措置法成立によりこのような首相の「緊急事態宣言」、知事の「強力権限発揮」に法的根拠が認められることになった。

 

 ここで注目すべきことは北海道知事の動きである。鈴木北海道知事は特別措置法成立に先立って、緊急事態を宣言した。これが、法的根拠がないままの独自の判断であった。北海道のコロナウイルス状態は悲惨の一語である。知事は批判を覚悟で「宣言」を行った。地方の時代の面目躍如という見方もできる。

 

◇首相は未だ緊急事態宣言を出す状態ではないと言っている。伝家の宝刀は抜かなくても抜ける状態にあることで大きな意義を持つ。今回の特措法に関する事態は民主主義が抱える重大事である。民主主義は手続きに時間と労力を費やすから非効率である。だから非常の緊急時に苦しまねばならない。今回は正にそれに当たる。一方、中国のような独裁国ではトップの決断で直ちに決まるから事は速い。しかし、今回はその速さ故に中国は大きな誤りを招いた。効率は悪くも民主主義が素晴らしいことは歴史が証明している。今回の特措法の手段は民主主義の下でのギリギリの解決策である。この法律の運用が重要であり日本の民主主義は試練に立たされている。(読者に感謝)

 

 

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2020年3月16日 (月)

人生意気に感ず「藤田三四郎さんの死。人権の碑の前で思うこと」

◇昨夜15日0時20分、藤田三四郎さんがお亡くなりになった。94歳であった。ハンセン病と闘った偉大な人生だった。栗生楽泉園の自治会長としての藤田さんは優れた文人としても存在感を示していた。「定位置にルーペとペンと春ごたつ」藤田さんが詠んだこの歌は昨年県庁のロビーでハンセン病患者に関する写真の展示会があった時、会場の一画におかれていた。今朝早く「ともに生きる会」事務局長の大川さんから逝去の連絡があった。この知らせと共に様々なことが甦った。連載小説「死の川を越えて」の取材で藤田さんの元には何度も通った。私が驚いたのは、その驚異的な記憶力である。90歳を超えられた時、死生観を語り合う中で「死は恐くありませんか」と訊ねたことがあった。死線を越えて闘い続けた人には愚かな質問であった。思い出はなんと言っても「人権の碑」である。何回となく会議を重ねた。この碑に寄せる藤田さんの姿には執念を感じたし、碑文を検討した時の意気込みには鬼気迫るものを感じた。私は人権の碑建設委員長として協力したが昨年11月の完成は正に藤田さんの生涯をかけた成果であった。  棺に横たわる藤田さんの表情は安らかで眠っているように見えた。看護に当たっていた女性が藤田さんの最期の言葉を教えてくれた。「死は恐くない。天国に行くのだから」。藤田さんの胸には小さな十字架がおかれていた。  私は「人権の碑」の前に立った。刻まれた一つ一つの文字が訴えている。「私たちは自らの名前、かけがえのない家族、そしてふるさとを失い、更には人としての未来を奪われました。正に『人間の尊厳』を剥奪されたのです」。私の視線は文面を辿る。そして一点で止まった。藤田さんが最も力を入れた箇所である。「二〇〇一年五月、私たちはついにらい予防法違憲国家賠償訴訟で勝訴しました。一世紀に亘る国の政策が断罪されたのです。私たちは、人間の空を取り戻しました!まさに太陽は輝いたのです!」棺で眠る藤田さんの顔が碑面に浮かぶのを感じます。「藤田さん、さようなら」。遺体は16日献体として群大病院に運ばれる。葬儀はせず、コロナウイルスが去った頃お別れの会を開く。私は三冊の著書及び毎日新聞連載中の「甦る田中正造」を棺に入れることにした。田中正造は、私の中で田さんとの出会いによって人権の闘士として成長した。藤田さんは天国で田中と熱い握手を交わしているだろう。(読者に感謝)

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2020年3月15日 (日)

小説「死の川を越えて」第283回

 草津の山奥で秘かにこの放送を聞く人がいたとしても不思議ではない。

 デマ放送と呼ばれる放送がサイパンから流されていることは当時の日本人には分からなかった。

「こちらは新国民放送局であります」

 放送はいつもこの言葉で始まった。きれいな日本語で、国を憂える日本人が国を救いたいために真に訴えているという形がとられていた。もちろんアメリカの作戦は国民に勝ち目のない戦いであることを知らせ、誤った戦争への協力を国民に止めさせる目的であったが、それ以外の意味があったのである。ラジオでは、それを次のように語った。

「このかつてない国難にあたり、国民の皆さんに正しい情報を伝え、明日の日本のために力を合わせるために、最も短い時間に最も多数の皆さんにお伝えするにはラジオの他ないと悟り、我々はここにこの新国民放送局を設置したのであります。私たちは謙虚な気持ちで誠意をもって一語一語を皆さんにお伝えします」

 多くの人はこの放送をデマ放送として否定したが中にはこの放送に引かれるものを感じた人も少なくなかった。

 この頃、毎日万場老人には不思議な行動が見られた。閉め切った部屋の奥の一角がつい立などで区切られ、そこに敷布や衣類などが掛けられ、老人はそれをかき分けるようにしてもぐり込むのであった。奇妙な行動には老人が気が触れたかと思わせるものがあった。

 ある朝、こずえが訪ねると老人の姿が見えない。不審に思って足を踏み入れると奥の部屋の一角から微かな音が聞こえてくるのだ。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2020年3月14日 (土)

小説「死の川を越えて」第282回

 

 七、戦局の激化

 

 真珠湾で見せた日本の勢いは長くは続かなかった。翌17年には早くも暗雲が激しさを加え始めた。4月、米軍機による東京初空襲は日本軍の心理に重大な影響を及ぼし、6月のミッドウェー海戦の惨敗は戦局の行方に決定的な意味を持った。そして、18年、ガダルカナルからの撤退、続いて連合艦隊長官山本五十六が暗号を解読された結果の待ち伏せによりソロモン島上空で戦死した。

 この頃、ヨーロッパの戦場にも大きな変化があった。破竹の勢いで進撃を続け、日本の人々は軍部を始めドイツに乗り遅れるなという気運に押されるように三国同盟を結んだが、そのドイツの勢いにも陰りが見え始めた。それに拍車をかける事態が「真珠湾」を機としたアメリカの参戦であった。アメリカが参戦を決めた時、イギリス首相のチャーチルは「これで勝った」と叫んだと言われる。昭和18年、イタリアは無条件降伏し三国同盟の一角が崩れた。

 ドイツもソ連戦線で敗北し、敗色は増々濃くなっていった。

 昭和19年、マリアナ沖海戦では日本は空母の大半を失った。更にこの年、サイパンが奪われたことは日本にとって、また、この物語にとって重大な意味があった。

 マリアナ群島は日本の「絶対国防圏」を形成していた。サイパンはその一角である。従ってサイパンが陥落したことは絶対国防圏の一角が崩れたことであり、ここからB29による本土空襲が本格化する。

 サイパンとこの小説の関係とはどういうことか。それはサイパンからアメリカの日本向けラジオ放送が始まったことと関係する。ここから日本全国に中波の電波が届くことになり、いわゆる「謀略放送」、デマ放送が日本全国のラジオで聞くことができるようになった。

 この放送を聞くことは厳禁されていたが隠れて秘かに聞く人は少なくなかったのである。

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2020年3月13日 (金)

人生意気に感ず「本県感染者3人に。知事は深夜の会見に。イタリアで感染者が多いのは」

◇遂に恐れていた事態が現実となってきた。先日、太田市保育園の女性保育士の感染が確認され「安全神話」を切り裂くような衝撃が走ったばかり。それに追い打ちをかけるように12日、県内在住の2人の女性の感染が確認された。恐らく早い時期から新型コロナウイルスは県内に侵入していたに違いない。他人に迷惑をかけること等を恐れて隠そうとする心理が働くのが通常と思われる。本県で確認された3人の感染者は氷山の一角だと思う。見えない所で感染が拡大し隠しきれなくなって堰を切ったように感染の渦が広がるのではないか。
◇昨日午後9時山本知事は記者会見で新たな緊急事態を語った。中心は県内3人の感染者について。うち1人は先に発表の太田市保育園の保育士の女性。この人を便宜上Aさんとする。あとの2人は12日に感染が確認された60代の女性で、同じくBさん・Cさんとして以下記述する。Aさんは依然重症でその感染経路は、関係者からの情報など断片的なので、知事は発表をひかえると述べた。不確実な情報は誤解を生み混乱を招くからだろう。
 他の2人の新たな感染者のうちBさんはAさんの母親で様態は安定しているという。3例目のCさんは60代の看護師で医療機関勤務であり、Cさんについての濃厚接触者は配偶者である。目下の注目点はこのCさんの夫の感染の有無で、現在調査中らしい。検査機関はいずれも私の地元の県衛生環境研究所である。
 知事は重ねて強調した。「県民の皆様は落ち着いて冷静に行動を」と。この言葉には誤解に基づく風評被害の発生を抑えたいという気持ちがうかがえた。そして、集団発生は未だ起きておらず、感染の8割は軽症であると強調していた。
◇日本時間11日現在の世界の感染者及び死亡者は中国本土が8万778人(死者3,158人)。中国以外で突出しているのはイタリアで、感染者は1万149人、死者は631人である。なぜヨーロッパの先進国であるイタリアに感染者がこのように多いのか不思議である。ある確かな情報は伝えている。それは中国との密なる交流。「一帯一路」につき中国は健康のシルクロードを築くと宣言し、イタリアはG7の中では初めて中国と協力文書を交わした。慌かにイタリアを訪ねる中国人が増えた。中国系住民の7割は感染が深刻な地域出身。因果関係が大いに気になる。(読者に感謝)

 

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2020年3月12日 (木)

人生意気に感ず「東日本大震災を振り返る。油断を戒めるように新型コロナウイルスの猛威が続く」

 

 

◇厳粛な気持ちで9年前を振り返りこのブログに歴史を刻もうと思う。あの日、3月11日午後2時40分頃私は小坂子町の公民館にいた。県議選が迫っていた。選挙事務所に決まったこの公民館での準備に追われていたのだ。その時、東の方から突然の轟音と大地の大揺れが起きた。空には鉛色の雲が垂れ込めていた。事務所の背後には赤城の鍋割が迫っていた。「来たな」、瞬間私はこう直感した。不気味な揺れは長く続き、私には近くの山の稜線が大津波に変じた姿に見えた。大混乱が生じた。生活を直撃したのは停電であった。現代の文明が全て電気に依存している事実が突きつけられた。時の経過と共に事態の全貌が明らかになっていく。東北沿岸の巨大津波、そして過酷な原発事故を全てのメディアが報じ始めた。私はテレビに映る津波の光景を息を呑んでみた。流される人々の姿は信じがたく、私は目を疑った。

 

◇日を追って明らかになったことは原発の過酷事故である。その過酷さは9年後の今も終息しない事実が雄弁に物語る。私は東北の被災地を訪れて様々な事実を見た。大きな船がビルの上にあり、またコンクリートの建造物が地中の基礎と共にえぐられて倒壊していた。これらは現代文明が大自然の前にいかに脆弱(ぜいじゃく)であるかを示していた。

 

 私が特に衝撃を受けたことは次第に実態が明らかになった福島第一原発事故である。私は原発事故検証委員会の調査報告書を引き込まれるように読んだ。その中味はこの原発事故のことを「人災」であると論証していた。私は次第にこの原発事故は現代文明の矛盾を示すものであり、「公害」の象徴的姿であるとの確信を深めた。

 

 私は原発事故は人災であり公害であるという認識を深める中で公害運動の元祖と言われる田中正造に出会ったのである。現在、毎日新聞に「よみがえる田中正造」を月2回のペースで連載を続けているが、これを書く動機の一つに原発事故を教訓として活かさねばならないという思いがある。

 

◇9年があっという間に過ぎた。あの過酷災害を今後の教訓として活かさねばならない。東日本大震災は巨大地震の序曲といわれている。首都直下型、南海トラフ型などの巨大地震は確実に近づきつつある。教訓として活かす上で最大の課題は「群馬は大丈夫」という安全神話である。この慢心に鞭打つようにコロナウイルスが現れた。国難の時に立っているのだ。(読者に感謝)

 

 

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2020年3月11日 (水)

人生意気に感ず「保育園の事態は起爆剤か。地方議会が動く時。社会公共と個人の人権とか関わる」

 

 

◇新型コロナウイルスの本県感染者発表は県内に大きな衝撃を与えている。感染確認の女性保育士は依然重症で集中治療室(ICU)におり詳しい事情を訊けない状況だ。ここに大きな課題がある。この女性が動いた経路が分からないからだ。濃厚接触者は152人と公表されているが、この女性だけが知る隠された状況があるだろう。心配された4人の園児は陰性と分かったが、全国の状況は一度陰性と判断された後、陽性となる例も報告されている。今後、保育園関係者、女性保育士の接触関係者の中で感染者は増える可能性がある。

 

 正に「未知との遭遇」である。県と市は医療病床の確保など医療体制の強化に躍起となっている。重要なことは太田市だけの問題ではないことだ。たまたま太田市の特定の保育園にスポットが当てられたが、隠れた感染は県内に存在すると考えなくてはならない。本格的なパンデミックはこれからである。

 

◇厚労省は感染者を推計する計算式を示した。ウイルス関連の資料や統計の知識などに基づく計算式なのだろう。科学的な目標がなければ緊急時に雲をつかむようなことになる。

 

 県内の関係する医療機関は重大な局面に立たされている。医療関係者は十代なリスクの中で役割、使命を果たさねばならない。県民の関心もにわかに高まっている。昨日(10日)の上毛新聞「ひろば」の欄に保育園に関する私の投稿が載り何人かの人から電話を頂いた。それは県民の関心の高さを示すものであった。

 

 コロナウイルス発生の問題は社会公共の問題であると共に個人の人権の問題でもある。両方の緊張関係とその調整が必要である。太田市長が女性保育士の結婚関係にツィッターで触れたことはこの点から問題となる。

 

 太田市議会の動きが報じられている。市長と議会は市政を支える2つの柱なのだから当然である。市議会は提案とチェックの点で役割を果たすべきだ。議長が、患者等のプライバシー保護、感染者家族の精神的ケア、子どもの安全確保、正確な情報提供等につき市長に要望書を提出した。議員たちは地域社会に根をおろしているから地域の実態を肌で感じ取っている筈だ。だから、今回の事態に関して正に正念場に立っている。それは太田市議会に限らない。県議会及び全県下の市町村議会が立ち上がり連携すべきだ。形骸化が批判されている地方議会の存在が試されていることを強調したい。(読者に感謝)

 

 

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2020年3月10日 (火)

人生意気に感ず「木崎あおぞら保育園の深刻さ。大災害に備える時。安全神話を捨てる時」

 

 

◇太田市の新型コロナ発生の保育園は慌かに戦場と化した感がある。7日の午後から同保育園は保護者らに事実を伝えた。保育園は園児の活発な活動が重視される所。園児たちの元気な触れ合う姿、大声で遊ぶ光景が目に浮かぶ。正に「濃厚接触の場」である。お母さんお父さんたちは生きた心地もないだろう。

 

 40代の女性保育士は重症と言われる。担任を受け持ち人気の保育士だった。全てが裏目に出た今回に対し、市と県は先ず事実を科学的に分析直視し、冷静に対応すべきだ。保育士や園児に最悪なことが起こらないことを祈る。

 

◇県内初の新型コロナ発症に関し、事態が明らかになると共に衝撃が広がっている。先ず重大な事実は濃厚接触者が152人、発熱などの症状がある人3人、園の名は木崎あおぞら保育園ということだ。

 

 これらの事実から懸念されることは感染者の有無である。感染が確認されれば、保育園という密集団体のことゆえ拡大が大問題となる。保育園所在地住民の不安は大変なものだろう。疑心暗鬼から風評被害が広がる恐れがある。ある保護者はこれからどんな目を向けられるのか恐いと言っている。

 

 保育園の名を公表したのは適切だったと思う。さもなければ、多くの保育園に疑いの目が向けられ風評が発生するだろう。感染者保育士の経路が分からないことが問題である。濃厚接触者が存在する可能性があるからである。当人が重症で調べられないという。

 

◇群馬県はこれまで災害がない県とされてきたが、今後状況が大きく変わる可能性があるのではないか。浅間や白根などの活火山が多い、急峻な断崖絶壁が多く首都直下地震も迫る。

 

 これらに備えることは住民の意識と行動にかかるが行政の責任と役割は大きい。県は豪雨災害時、逃げ遅れの犠牲を防ぐための対策を立てる。住民自身が時系列に沿って避難行動を事前に決めておく。「タイムライン」と名付けた工夫である。住民の行動計画を助けるものである。最近の異常気象の豪雨、台風の状況は年々凄くなっている。適切な情報に基づき、ひどくなる前に行動(逃げる等)すれば命が助かることは明らか。重要な河川について考えられる。行政は資料をもっているしそれを集められる。それを提供することにより住民は計画を作ることができる。大災害の時代の地方の知恵が試されている。(読者に感謝)

 

 

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2020年3月 9日 (月)

人生意気に感ず「遂に群馬で発生。安全神話から脱して災害の歴史に目を向ける時」

 

 

◇これまで、私の周りに2種類の声があった。「群馬は災害のない県だからコロナも来ない」、そして「いや必ず来る。既に隠れた所で発生している」。後者が圧倒的に多く、私もほぼこちらを確信していた。7日、遂に不安は的中した。しかも、小学校の休校措置をとっていなかった太田市で発生したのだ。太田市は慌てて小学校を臨時休校にすると決めた。40代の女性保育士で十分に聞き取りをできない程重症と言われる。保育園の関係者はさぞ不安に違いない。

 

 山本知事は記者会見で言った。「性格な情報に基づく冷静な対応をお願いしたい」。迅速かつ正しい情報が災害時にいかに重要かを私たちは嫌という程思い知らされた。東日本大震災で的確な情報を得られないために多くの人が命を失った。今回のコロナウイルスが世界に蔓延してしまったのは情報を正に発信すべき時にそれをさせなかった政治の仕組みに大きな原因があった。大災害を前にして「正しく恐れる」ことの重大性を痛感する。今後のウイルス展開状況に関わるが、新型コロナウイルスは群馬県民の災害意識に新たな衝撃を与える意味をもつだろう。多くの県民は群馬は大丈夫という安全神話に多かれ少なかれ支配されていた。

 

◇知事が訴える「情報」に関して、私は今回特別に歴史的な視点を持つべきだと思う。そうでないと新型コロナウイルスの真の深刻さを受け止められないからだ。私はかつて県会議員のとき新型ウイルス問題に繰り返し警鐘を鳴らした。特に大正年間(1918年)に始まったスペインかぜに関して訴えた。それは日本に達し群馬にも及び数年に亘り甚大な被害を本県に与えた。資料によれば本県の死者は4,500人を超えた。今回のコロナウイルスは誠に不気味である。全国の被害はこれから本格化する状況である。全国で猛威を増すことは本県の状況も深刻化するであろうことを意味する。私たちは軽薄な文明の上で生きている。便利さのみを追う文明は人類の自殺現象を意味するかのようだ。新型コロナウイルスの襲来は天の警告かもしれない。

 

◇対策は個人が自覚して正しく行動することが何より肝要であるが、それを促し、力を合わせるために政治の役割は大きい。知事は各市町村の首長との連携を強化して行動を起こすべきだ。かつて草津の湯を被災地に届けた山本市長の行動力を思い出す。市長三選を果たした龍さんの正に正念場である。行動で示す時。(読者に感謝)

 

 

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2020年3月 8日 (日)

小説「死の川を越えて」第281回

「草津では日本がアメリカと戦うことを心配している人がいますが、もしそうなったら日本はどうなるでしょうか」

 りー女史の問いに、一族の代表は答えた。

「日本の指導者は賢明だから、そのような道は選ばないでしょう。しかし、政治というのは不可解な動きをするもの。もし米日が戦うなら結果は火を見るより明らかです。私が関わるある研究機関の分析があります。ご覧なさい」

 こう言ってこの人物が、工業生産等日米の経済力の比較を現したグラフを示した。

「大人と小人ですね」

「もし、米日が戦うなら、イギリスはアメリカと一体となります。世界は民主主義とファシズムの戦いになり民主主義が勝つことになります」

 一族の代表の表情は確信に満ちていた。

「ああ、神様」

 リー女史は、日米開戦を知って、ふとんの中で十字架を握りしめた。目を閉じた女史の胸に草津の人々の姿があった。

 日米開戦の10日後、昭和16年12月18日、リー女史は84歳の生涯を閉じた。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2020年3月 7日 (土)

小説「死の川を越えて」第280回

 

「巨象に立ち向かう日本犬ですぞ。結果を想像するのが恐ろしい。しかしこれからは、このようなことを言えば戦争に反対する国賊と言われる」

 水野がため息をついて言った。

「ハンセン病の患者はどうなるのでしょう」

 正助がぽつりと言った。

 万場老人たちはなす術もなく呆然としている時、聖ルカ病院のさやが息せき切って正助のところへ走り込んできた。

「正さん大変よ、母さまが亡くなったのよ」

「何だって、それは本当か」

「そうなのよ、嘘であって欲しいけれど本当なのよ。さっき病院に連絡が入ったの」

 2人は万場老人の下に走った。こずえも事実を知って駆け付けて来た。万場老人はしばし目を閉じていたがやがて口を開いた。

「そうか、遂にお亡くなりになったか。あの手紙が本当に遺言になってしまったな。真珠湾の攻撃と米英への宣戦布告はリー先生の心を打ち砕いたに違いない。

「母さまの手のぬくもりがまだ残っているようですわ」

 こずえの声にさやが頷いた。

 リー女史が真珠湾の攻撃による開戦を知ったのは、さやたちが去った数日後のことであった。

周囲の人たちはリー女史の心に衝撃を与えないように真珠湾を隠そうとした。しかし、それはどだい無理なことであった。号外が出され、ラジオは終日ガンガン戦争でもち切り、人々の日常生活は戦争一色となっていたのだ。人々の配慮とは裏腹に、リー女史は死の床でじっと聞き耳を立てていた。リー女史の頭にはイギリスに帰った時、一族の代表が語った世界情勢のことがあった。リー女史が心配していたことを訊いた時のことであった。

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2020年3月 6日 (金)

人生意気に感ず「中国の死者は3千人超に。ふるさと未来塾は中止に。その他の講演もコロナの挑戦に晒されて」

 

 

◇昨日(5日)中国の死者は3,000人を超えた。一方で新たな薬の発見も伝えられる。コロナウイルスと人類との必死の戦いが展開されている。ウイルス無発生県が次第に少なくなってきた。その一つが群馬である。本県にも隠れた感染者は存在するに違いない。次々に発表される人は大騒ぎの対象になっている。誰もがこれを避けたいと望むから身に覚えのある人は息を殺して嵐が過ぎるのを待っているのだろう。しかし、発表の日は必ず来て、衝撃が走り大きなパニックが起きるに違いない。

 

 昨日、今月のふるさと塾(28日)の中止の案内を出した。誠に残念である。毎回参加する40人ほどの会員は高齢者が多い。福祉会館(日吉町)の建物全体が閉ざされた空間であり、小グループの催しもかなりあるだろうからウイルスが浮遊する可能性は否定できない。案内には「塾生のみなさん、この歴史的瞬間をふるさと塾中止と結びつけて心に刻んで下さい」と書いた。

 

59日の講演の案内が出来た。「足尾鉱毒事件田中正造記念館主催」で題は「甦る田中正造―公害運動の元祖―」である。私のコメント欄には次のようにある。「今日の地球環境を見るとき田中正造は偉大な予言者でした。『真の文明とは』と訴える彼の信念は極めて今日的です。現在私は毎日新聞で『よみがえる田中正造』を連載中ですが、思いは甦らせるべき田中正造です。アフガニスタンで凶弾に倒れた中村哲医師が正造の言葉『毒野』を著書で取り上げていることは示唆的です。空前の大旱魃の『怒りの大地』に時空を超えてよみがえった田中正造の姿を思わせるからです。身を低くして正造を語るつもりです」。5月にはコロナウイルスが去っていることを祈るばかりだ。田中正造は怒りをもって「真の文明は」と訴えた。現代の文明がコロナウイルスの挑戦を受けている。そのとばっちりを私の講演も受けているのだ。

 

◇講演は毎月のようにあるが、差し迫った心配は来月12日、放送大学同窓会企画のもの。初代県令「楫取素彦」を話すことになっている。ここ12週間が分かれ目というが至急に対策を検討しなければならない。吉田松陰の義弟も天国ではらはらしているのではないか。昨日の報道は、松陰と楫取の生誕地山口県でもコロナウイルスが発生したと報じた。群馬県で発生すれば私の講演もお手上げである。(読者に感謝)

 

 

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2020年3月 5日 (木)

人生意気に感ず「新型を巡る国会の論議。ふるさと塾、遂に休塾に。某高校のいじめは訴訟に向かう」

 

 

◇コロナウイルスの論戦が国会で激しい。これまで不毛の議論にいらだたしさを感じていた。多くの国民が同様だろう。国会は言論の最高機関。国難の時は国難に対応するために国難の中枢を語るべきは当然である。世界の目が日本のコロナ蔓延に注がれている。特にアメリカで目立つマスコミの論調は、日本政府が中国に気を使いすぎて入国制限の措置が遅れたために日本国内でウイルスが広がったというもの。そういう面もあるかも知れない。しかし、今は現状と今後に全力を尽くす時だ。

 

 3日の国会では、1918年のスペインかぜ、2009年の新型ウイルス、サーズ、マーズなどが発言に現れていた。ウイルスとの戦いに過去の被害が活かされていない。天災は人災に変ずることを痛感する。

 

◇3月の「ふるさと塾」(28日)は迷っていたが休むことにした。多くの各種会場の福祉会館(日吉町)がコロナの影響で使えなくなっている。慎重を期してふるさと塾も休むことにした。長い間で選挙と重なる時期を除いて休んだことはなかった。「ウイルスめ」と怒りが湧く。

 

◇昨日、某県立高校の教頭と会った。一人の真面目な生徒がいじめで追い詰められている。障害を受け医師は具体的な病名をあげて診断書を書き、スクールカウンセラーは「危ない状態、目を離さないで」と言っている。被害生徒はこの学校をやめる決意だ。私の頭には平成22年の明子さんの自殺がある。当時県会議員だった私は明子さんの自宅を訪ね、本会議で取り上げた。「明らかなサインが出ていたのに、学校はなぜ一人の少女を救えなかったのか」と私は訴えた。「明子さんの死を無駄にしないために自殺の連鎖を絶たねばなりません」と私は議場で叫んだ。私が知る限り、学校側に本物の誠意はなかった。教師に使命感、人権感覚はなく、保身に慌てふためく姿は見苦しく腹立たしかった。遺族に残された道は裁判であった。時間をかけて勝訴したが勝訴の結果が活かされたかは疑問である。今回も同じパターンで動いている気がしてならない。親子は裁判の決意を固めているようだ。4日、法テラスの制度を利用して弁護士に相談するという。「聖職」という言葉は死語になったのか。聖職意識を思い出させるためには関係者を法廷に立たせざるを得ない。明子さん事件に関わった私には他人事と思えない。学校とは何か、教育とは何かが問われるだろう。(読者に感謝)

 

 

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2020年3月 4日 (水)

人生意気に感ず「毎日新聞連載の田中正造のこと。休校中の課題として新型ウイルスを生かせ」

 

 

◇毎日新聞(群馬版)連載の「田中正造」が第10回を迎えた。隔週の土曜日に掲載、少しずつ世の注目を集めるようになった感がある。5月5日には館林市の田中正造記念館主催の講演会で私は話しをする。記念館は毎回の記事をコピーして会員に読んでもらっているという。第10回までは導入部分で序曲。第11回から川俣事件、帝国議会の亡国演説、直訴と進む。

 

 記念館では現在、川俣事件の特別展示の催しが行われ、関連行事の予定も組まれている。3月15日(日)の「川俣事件120周年記念の集い」及び4月29日の「川俣事件の現地を歩く」などだ。これらの企画にも新型ウイルスの黒い影が及んでいる。心配である。現代の文明は精微の段階を止めどなく積み重ねていくが今回の新型ウイルス事件は現代文明の脆弱さを晒し出しているように思える。

 

◇学校の一斉休校に関して提案したいことがある。それは子どもたちに何らかの形で課題学習として新型ウイルスを学ばせることだ。今回の新型ウイルスはいったん終息しても息を吹き返すように繰り返す可能性がある。1918年にスペインから始まったいわゆるスペイン風邪は何年間かに亘り全世界に波及し甚大な被害を及ぼした。私はかつて県議会でこのことを取り上げて新型ウイルスへの警鐘を鳴らした。当時、現館林市長の須藤和臣さんも県議会でパネルを使って昔のインフルエンザの被害を説明しておられた。

 

 当時東南アジアの鳥から由来する新型が今か今かと恐れられたが、意外にも新型は2009年(平成21)に地球の反対側メキシコからそしてブタ由来のものとして発生した。それは瞬く間に世界に波及し日本にも、そして群馬にも及びパニックを引き起こした。不幸中の幸いというべきはこの時の新型は強力でなかったために被害は最悪とはならなかった。私は連日のようにブログで取り上げた。様々な対策が論じられたのである。私はまた次に起きる事態への教訓として活かすべきだと訴えた。あれから11年、未曾有ともいうべき新型の災害が押し寄せている。11年前のことを忘れている人は多い。東日本大震災もそうであるが人はすぐ忘れ歴史的事実は風化していく。今回、災害教育の絶好の機会に、各教委は知恵を絞り子どもたちに課題を与えるべきだ。私のブログは冊子となって県議会図書室にある。(第13巻と24巻)。改めての警鐘である。(読者に感謝)

 

 

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2020年3月 3日 (火)

人生意気に感ず「一律休校の波紋。地方が試される時。五輪の行方は」

 

 

◇安部首相の「一律休校要請」はコロナ異常事態に大きな一石を投じた。混乱も生じているがそれを承知の上での決断に違いない。全国の地方が混乱の波を受け止めている。それも首相の「要請」が生んだもので、私は全体として首相の決断を評価する。異常時には異常の対応が求められる。遅きに失した感はあるがやむを得ない。地方の時代が試されている。ウィルスの発生がない本県の自治体がにわかに動き出した。災害について「群馬は大丈夫」という安全神話を打ち消す機会とすべきだ。

 

◇一律休校が生む問題点の第一は生徒の居場所をどうするかである。休校を放置すれば不足の事態も予測され、学校は教育の責任を果たせない。前橋市は「スクールホーム」として午前から共働き家庭の児童を小学校で預かる対応をとる。太田市は小学校と養護学校を休校しない。高崎市は子どもの居場所として各校の体育館などを解放する。県内市町村の各教育機関はこのようにそれぞれの対応を迫られているが当然のことながら合わせて感染対策は強化することになる。

 

◇新型肺炎の猛威に関して国民最大の関心事の一つは東京五輪である。このまま終息しなければ通常の開催は期待できない。現在の小規模な人の集まりさえ抑えていることからもそれは明らかだ。世界の人が東京に集まりウィルスが世界に拡散することは悪夢である。以前から私たちはテロの影に怯えているが、それどころではないだろう。小池都知事や政府や五輪関係者は夜も眠れない程頭を痛めているだろう。

 

 このような時、IOCの重要メンバーが「1年延期」に言及した。委員の中で最古参のディック・バウンド氏(カナダ)だ。同氏は「世界的な健康問題が五輪より大事」と言う。このことに異論はない。同氏は一方で、インフルエンザは温暖な時期に通常落ち着くから4月~5月には過去のものになっているかもと言っている。しかし、心配なのは今回のウィルスについては謎の部分が多いことだ。人から人へと限りなく感染する課程で変異していると思われる。専門家を含め大方の見方はここ1~2週間が山場としているが、繰り返す変異のことを考えるとピタリと完全に終息するかは疑問である。下火になってまた復活するということも十分あり得るだろう。かつてのスペイン風邪は何年か続いて大きな犠牲者を出した。現代の文明が原始の微生物の挑戦を受けている。(読者に感謝)

 

 

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2020年3月 2日 (月)

人生意気に感ず「中国の友に詩を送る。新型の挑戦で試される日本と中国。群馬も非常事態」

◇新型の恐怖がじわじわと迫っている。群馬が発生なしとはあり得ない。ウィルスに県境はない。日本全国が蔓延の状態になりつつある。安部首相の呼びかけがあって集会の自粛が学校以外でも一気に進んでいる。それは私たちの日常生活も同様である。これは当然企業にも波及する。経済活動がこうむる影響は甚大である。中国の国難は想像を絶する。群馬県日中友好協会は漳州省にマスク数千枚を送った。同州から感謝のメッセージが送られ、「詩」も欲しいとのこと。私は即席で用意した。
「中国の友よ。目に見えぬ敵が襲う国難に向かい、敢然と戦う中国の友よ。我は信ず、君の勝利を。中国の長い歴史と民族の誇りが君の味方だ。勝利の日は近い。それを信じて耐えて欲しい。我は心からの支援を送る。日中の長い絆が試される時。中国の友よ、共に戦おう」
◇世界を襲う新型肺炎の状況はそれぞれの国の政治の在り方を浮き彫りにしている。北朝鮮の情報は一切伝わらない。非民主主義の国だからだ。情報は民主主義を支える命であることを物語る。国民の生活を無視して核にかける国は国民の健康など無視しているに違いない。誰かの声が聞こえた。「金正恩が新型で倒れるのが見たい」。核でも対抗できない相手がウィルスだ。北朝鮮以外の全体主義の国々の状況が気にかかる。中国の少数民族はどうしているだろうか。権力に逆らって収容されている人々は無事だろうか。中国は死者と感染者の数を発表しているがそれを信じる人は少ない。誇り高い中国の文化が試練に立たされている。一帯一路は沿線国に幸せをと叫んでいるがその逆の流れを作り出すのではないか。覇権を争う米中の対立も異なる土俵に移っている。中国は国内経済が大きなダメージを受ける中でトランプに強気を貫けないだろう。
◇中国は野生動物を食べることを禁止するというが実現は可能か。中国人は何でも食べるとよく言われる。14億の胃袋は貪欲である。中国の市場ではヘビや蛙やコウモリも、あらゆる物があふれている。胃袋へ向かう奔流を変えることは難しい。中国の躍進はめざましいが医療と高齢者福祉は貧弱である。中国の社会は恐ろしい程に高齢化が進んでいる。新型は高齢者にとって一層の恐怖である。倒れて秘かに葬られるおびただしい高齢者の姿を想像するとぞっとする。中国の全てはこの新型との戦いで決まるだろう。この教訓をいかに生かすかに中国の世界戦略もかかっている。(読者に感謝)

 

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