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2020年2月28日 (金)

人生意気に感ず「遂に全校休校に。群馬県も決断し行動の時。ハンセン特別法廷の違憲判断」

 

 

◇遂に緊急異常事態に突入した。安部首相は27日、学校の休校を要請したのだ。3月2日から春休みまで全ての小中高校と特別支援校である。学校は濃厚接触の現場。やむを得ない政治的決断である。北海道で感染が多発しているのは驚きである。四国でも発生した。本州で急激に感染が拡大しているのは間違いない。群馬県で情報がないのは不思議である。それも時間の問題だろう。近県ぐるりで発生しているのだから人と物の動きが奔流のような今日の状況で、ウィルスは県内に流れ込んでいる筈。表に現れないのは偶然と誤った制度の結果に違いない。誤った制度は容易に受診出来ない仕組みのことだ。ウィルスを放置しているのがもどかしい。待ちの政治では駄目。山本知事の突破力が本物か否かが試される時。山本前橋市長の行動力が今ほど期待される時はない。両山本の突破力と行動力は今こそ連携すべきである。

 

 韓国での新型肺炎状況が深刻だ。27日現在で感染者1,595人、その中で死者は12人。更に増加の一途と言われる。これは隣接する中国の状況を推定させる。米国との合同軍事演習が延期になった。

 

◇26日、ハンセン病患者を裁いた特別法廷での審理が憲法違反とされた。ハンセン病患者として隔離された男性が隔離先の療養所内に設けられた裁判所(特別法廷)で死刑とされ執行された。国の隔離政策は既に断罪され、草津楽泉園での特別法廷について最高歳は裁判所法違反と認め謝罪した。今回、菊地事件を裁いた特別法廷を「憲法違反」とした。熊本地裁は憲法13条、14条に反すると判断。13条は幸福を追求する権利(人格権)、14条は法の下の平等を定める。差別と偏見の象徴たる隔離施設内での裁判がこれらに反することは明白である。私は上毛新聞紙上でハンセン病をテーマにした小説「死の川を越えて」を連載した。そして楽泉園内には昨年11月「人権の碑」が建立された。私の胸には人権の碑建設委員会会長として感慨深いものがあった。人権の碑には「私たちは、人間の空を取り戻しました!まさに太陽は輝いたのです!」と刻まれた。今、改めて思う。美しい自然に囲まれ陽光が注ぐ楽泉園に「悪魔の牢獄」と恐れられた重監房が存在し、隔離政策の一環である「特別法廷」が設けられたことを。今回の憲法判断により人権の碑は一層輝きを増したのだ。(読者に感謝)

 

 

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2020年2月27日 (木)

人生意気に感ず「田中正造記念館で正造の再現を見る。川俣事件の現場を歩くこと。インフルの瀬戸際」

◇25日(火)、早朝田中正造記念館に向かった。ジョギングを中心とした「行」を早めに済ませ、8時前に館林へ急いだ。5月9日に行う田中正造をテーマにした講演の打ち合わせである。私の毎日新聞連載は今週土曜日(29日)に第10回となり、ここから「川俣事件」に入る。
 記念館では川俣事件120周年記念企画展をやっていた。私は事件の裁判資料の厚い束や当時の新聞が積んであるのを見た。川俣事件は渡良瀬鉱毒事件の「核心」であった。記念館にはひときわ大きな正造の肖像が掲げられており、私は激しい闘争に思いを馳せた。私の連載の題は「よみがえる田中正造」である。
 文明の危機を叫んだ正造の声が聞こえるようだ。現在地球の危機が迫っている。正造は天から“俺の言ったとおりだ”と叫んでいるかも知れない。現在、地球温暖化の影響は益々深刻で、氷河は溶け海面は上昇し、世界各地で大洪水が続いている。アフガニスタンで倒れた日本人医師中村哲さんは怒りの大地の空前の大旱魃の中で正造の言葉に勇気づけられた。その著書の中で公害運動の元祖の言葉を取り上げているのだ。正造の公害運動は時空を超えて世界を巡る。
◇田中正造記念館は小さいが存在感を発揮している。人々は正造を世に伝えることに使命感を抱いているに違いない。私は数冊の著書を贈呈したが、その中に「死の川を越えて」の上下巻がある。人権をテーマにしたこの書では、ハンセン病と闘った人々の姿が描かれている。正造は国家権力によって人権を踏みにじられた農民のために生涯をかけた。権力と人権という点でハンセン病の闘いと正造の運動は通じるものがある。来る3月15日は川俣事件の現場までを歩く催しが企画されている。私も参加するつもりである。
◇新型肺炎の猛威は拡大の一途だ。埼玉、栃木、千葉、長野等と隣県で発生している。ウィルスに県境はないから、ウィルスは群馬県に入り感染者はいるに違いない。表に現れないだけだ。国内で更に大規模に拡大するか、今が重大ポイントだという。この事件に対応するために政府は次の基本方針を発表した。①感染者の小集団が次の小集団をつくるのを阻止する。②患者が増え続ける地域では外出に自粛を求める。③大幅に増えた地域では一般医療機関も感染が疑われる人を受け入れる。④症状が軽ければ自宅療養を原則とする、等である。群馬は大丈夫という安全神話は通用しないのだ。(読者に感謝)

 

 

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2020年2月26日 (水)

人生意気に感ず「中村医師と田中正造。怒りの大地アフガン。正造は甦った」

◇ふるさと塾の熱心な塾生Kさんから、アフガニスタンで凶弾に倒れた中村哲医師の著書を頂いた。アフガニスタンは世界で最も苛酷な環境のところ。裸の幼女が地に伏して泥水を飲む姿は胸を打つ。中村医師はパキスタンでハンセン病に取り組んだ人であった。アフガニスタンと接する地帯(ペシャワール)はハンセン病の多発地帯であった。当時(1982年頃)パキスタン全土のハンセン病患者は約2万人。そしてハンセン病専門医は3名であった。私は上毛新聞にハンセン病をテーマにした小説「死の川を越えて」を連載した。そこでは患者が差別と偏見に苦しむ姿を描いた。
 小説の中で実在した医師小笠原登氏を別名で登場させた。この人は普通の医師は近づくことも恐れた患者を人間として接し丁寧に触診した。私は中村哲医師を小笠原医師と重ねて捉え、心を打たれたのである。
◇驚いたことはこの中村医師が田中正造に傾倒していたことである。それはペシャワールやアフガニスタンで、世界で最も深刻な環境問題に直面したからである。地球温暖化による想像を超えた大旱魃(かんばつ)だ。ここで中村医師は井戸を掘る決意を固めてその運動を行った。「知行合一」の実践につき中村医師は環境問題の元祖田中正造を心に描いたに違いない。中村医師は地の果てで、この大旱魃と対峙することは古くて新しい問題と受け止め、足尾鉱毒事件に一生を捧げた田中正造の言葉を記した。広がる鉱毒の原を目にして言った。「以上の毒野もウカと見れば普通の野原ナリ
。涙ヲ以テ見レバ地獄ノ餓鬼ノミ。気力ヲ以テ見レバ竹槍、臆病ヲ以テ見レバ疾病ノミ」鉱毒の原も環境と闘う姿勢によって異なる光景に見えるというもので、その意味は深い。これは怒りの大地を前にした中村医師の心境に違いない。田中正造全集第15巻352頁には明治34年12月7日と日付がある。正造が明治天皇に直訴したのは直後の12月10日であった。私に中村医師の著書を提供したふるさと塾のKさんは80歳を過ぎた敬虔なキリスト教徒である。昨年11月17日(日)、私は友人とKさんの教会のミサに出た。
◇私は現在、毎日新聞(群馬版)に「よみがえる田中正造」を連載している。正造は「俺の事業を理解する者がいない」と嘆いた。今、時空を超えて正造の信念が甦っていることを確信した。正造の歓喜の表情が浮かぶ。(読者に感謝)

 

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2020年2月25日 (火)

人生意気に感ず「ふるさと塾で中国の試練を。精神病院を訪ねる。アフガンの中村医師とハンセン病」

◇22日のふるさと塾は意外に盛況だった。意外とはコロナウィルスの影響が懸念されたからである。テーマは「超大国を目指す中国の試練」、副題は「日本の役割」であった。塾生は難しいテーマに熱心に耳を傾けてくれた。話が一区切りした後の次の質問にこの日の塾生の熱心さが現れていた。「先生、中国はアメリカと覇権を争うと言いますが、覇権国家といえるためには寛容が必要だと思います。中国は寛容ではありません」。「うーむ」と腹の底で唸る質問であった。私は民主主義の観点から丁寧に答えたがここではそれに深入りしない。ふるさと塾を新型ウイルス問題に絞って振り返る。中国大使館が群馬県日中友好協会に贈った「習近平国政運営を語る」の中で習主席は「医療衛生」で重大な発言をしていた。私はこれを切り口にして覇権国家中国を語った。主席は「国際的な重大突発公衆衛生事件」に備えて超大国の責任を果たすと表明した。今回の新型ウイルスもんだいは正に重大突発公衆衛生事件である。武漢で起きたことをなぜ迅速に適切に抑えられなかったか。武漢の拠点病院の院長は異常を察知し警告しようとしていた。それを許さない政治の体質がその後の暴走を招いてしまった。「寛容さの欠如」である。習氏は「一帯一路」建設で沿線諸国に幸せをもたらすと決意を示すが、果たしてそれが可能なのか問われることになった。中国の食文化が試練の時を迎えている。中国五千年の歴史がウィルスの挑戦を受けている。「中国の特色ある社会主義」。「中華民族の偉大な復興という中国の夢」。これらが微細なウイルスによって脅かされている。「新型ウイルス」は日本に上陸し列島を危機に陥れている。南は九州から北は北海道まで侵略の波は及び、遂に隣県埼玉に及んだ。ウイルスに県境はない。恐らく群馬にも入っているだろう。

 

 私は22日、多胡碑記念館の17回書作家展での挨拶でウイルス問題に触れた。「現代の伝統文化も意外に弱い面を晒しています」と。

 

◇23日、私はある精神病院を訪れた。少し前、不思議な電話があったのだ。カギのドアをくぐると幽鬼のように歩く人の姿があった。電話の主は5階の個室に居られ妻は6階とのことだった。この男性は極く正常な様子。また来ることを約束した。人権を考える機会となった。

 

◇ふるさと塾のKさんから中村哲著「天、共に在り」を頂いた。アフガニスタンの中村医師がハンセン病と闘い田中正造を尊敬していることが書かれている。(読者に感謝)

 

 

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2020年2月24日 (月)

小説「死の川を越えて」第282回

 七、戦局の激化

 

 真珠湾で見せた日本の勢いは長くは続かなかった。翌17年には早くも暗雲が激しさを加え始めた。4月、米軍機による東京初空襲は日本軍の心理に重大な影響を及ぼし、6月のミッドウェー海戦の惨敗は戦局の行方に決定的な意味を持った。そして、18年、ガダルカナルからの撤退、続いて連合艦隊長官山本五十六が暗号を解読された結果の待ち伏せによりソロモン島上空で戦死した。

 この頃、ヨーロッパの戦場にも大きな変化があった。破竹の勢いで進撃を続け、日本の人々は軍部を始めドイツに乗り遅れるなという気運に押されるように三国同盟を結んだが、そのドイツの勢いにも陰りが見え始めた。それに拍車をかける事態が「真珠湾」を機としたアメリカの参戦であった。アメリカが参戦を決めた時、イギリス首相のチャーチルは「これで勝った」と叫んだと言われる。昭和18年、イタリアは無条件降伏し三国同盟の一角が崩れた。

 ドイツもソ連戦線で敗北し、敗色は増々濃くなっていった。

 昭和19年、マリアナ沖海戦では日本は空母の大半を失った。更にこの年、サイパンが奪われたことは日本にとって、また、この物語にとって重大な意味があった。

 マリアナ群島は日本の「絶対国防圏」を形成していた。サイパンはその一角である。従ってサイパンが陥落したことは絶対国防圏の一角が崩れたことであり、ここからB29による本土空襲が本格化する。

 サイパンとこの小説の関係とはどういうことか。それはサイパンからアメリカの日本向けラジオ放送が始まったことと関係する。ここから日本全国に中波の電波が届くことになり、いわゆる「謀略放送」、デマ放送が日本全国のラジオで聞くことができるようになった。

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2020年2月23日 (日)

小説「死の川を越えて」第281回

「草津では日本がアメリカと戦うことを心配している人がいますが、もしそうなったら日本はどうなるでしょうか」

 りー女史の問いに、一族の代表は答えた。

「日本の指導者は賢明だから、そのような道は選ばないでしょう。しかし、政治というのは不可解な動きをするもの。もし米日が戦うなら結果は火を見るより明らかです。私が関わるある研究機関の分析があります。ご覧なさい」

 こう言ってこの人物が、工業生産等日米の経済力の比較を現したグラフを示した。

「大人と小人ですね」

「もし、米日が戦うなら、イギリスはアメリカと一体となります。世界は民主主義とファシズムの戦いになり民主主義が勝つことになります」

 一族の代表の表情は確信に満ちていた。

「ああ、神様」

 リー女史は、日米開戦を知って、ふとんの中で十字架を握りしめた。目を閉じた女史の胸に草津の人々の姿があった。

 日米開戦の10日後、昭和16年12月18日、リー女史は84歳の生涯を閉じた。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2020年2月22日 (土)

小説「死の川を越えて」第280回

 

「巨象に立ち向かう日本犬ですぞ。結果を想像するのが恐ろしい。しかしこれからは、このようなことを言えば戦争に反対する国賊と言われる」

 水野がため息をついて言った。

「ハンセン病の患者はどうなるのでしょう」

 正助がぽつりと言った。

 万場老人たちはなす術もなく呆然としている時、聖ルカ病院のさやが息せき切って正助のところへ走り込んできた。

「正さん大変よ、母さまが亡くなったのよ」

「何だって、それは本当か」

「そうなのよ、嘘であって欲しいけれど本当なのよ。さっき病院に連絡が入ったの」

 2人は万場老人の下に走った。こずえも事実を知って駆け付けて来た。万場老人はしばし目を閉じていたがやがて口を開いた。

「そうか、遂にお亡くなりになったか。あの手紙が本当に遺言になってしまったな。真珠湾の攻撃と米英への宣戦布告はリー先生の心を打ち砕いたに違いない。

「母さまの手のぬくもりがまだ残っているようですわ」

 こずえの声にさやが頷いた。

 リー女史が真珠湾の攻撃による開戦を知ったのは、さやたちが去った数日後のことであった。

周囲の人たちはリー女史の心に衝撃を与えないように真珠湾を隠そうとした。しかし、それはどだい無理なことであった。号外が出され、ラジオは終日ガンガン戦争でもち切り、人々の日常生活は戦争一色となっていたのだ。人々の配慮とは裏腹に、リー女史は死の床でじっと聞き耳を立てていた。リー女史の頭にはイギリスに帰った時、一族の代表が語った世界情勢のことがあった。リー女史が心配していたことを訊いた時のことであった。

 

土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2020年2月21日 (金)

人生意気に感ず「マスク1000枚を送る。クルーズ船内の地獄。受験認めないとは」

Img_9728-1_20200221093701 ◇「漳州市 加油!」、“加油”は頑張れ。写真はこれを貼った段ポール箱の前に立つ私である。昨日(20日)言葉を添えて漳州市に送った。音声で伝わる言葉は「中国の皆さん、漳州市の皆さん、大変な災害に遭われ心からお見舞い申し上げます。群馬県日中友好協会は力いっぱい応援します。この災害に国境はありません。心を一つにして乗り越えましょう」。中国のテレビでは画面に字幕も表示される。私の胸には昨年11月に漳州市を訪問した時のことが甦った。美しい山々に囲まれた町や村は群馬に似ていた。今あそこでも人影は少なく人々はマスクを付け見えない敵におびえているのだろうか。

◇日本人の死者が3人になった。80代の女性に加え、クルーズ船客の2人が死亡したからである。この2人は87歳男性と84歳女性である。日本国内の感染者増と共に新たな衝撃が走っている。国内感染者は729人に達した。「群馬県は大丈夫か」、「前橋市も隠れた発症者がいるのではないか」。このような声が広まっている。

 クルーズ船から多くの乗客が下船している。船内の状況は凄まじかったらしい。ある政府高官は「船内が武漢になってしまった」と漏らした。密閉された空間のことを思うと、武漢以上の惨状で地獄のような苦しさだったに違いない。船内で食事を運ぶ乗員が各部屋を回る時「感染連鎖」に拍車がかかったと言われる。もしウィルスが目に見える存在であったとすれば、船内の人々は気が狂う程の恐怖に駆られたことだろう。下船した乗客は約550人。この人たちはほっとして家庭に帰って行った。私は、この人たちのその後が非常に心配である。家庭の関係者を含め市民の間に残されたウィルスが広がる危険はないのか。私がこう思う位だから、乗客に対する「差別と偏見」は広がるに違いない。風評被害は新たなパニックを生むのではないか。

◇イベント中止が拡大している。一般ランナー抜きの東京マラソン実施、天皇誕生日の一般参賀中止、知的障害者のスポーツ大会など、縮小や中止が広がっている。卒業式、入学式の季節と重なりつつある。大勢の集会はウィルス感染の危険箇所である。私の所にもいくつかの高校や大学から案内が来ている。前代未聞の事態が社会全体に広がろうとしている。

◇群大など県内大学が感染者の授業を認めない方針。ウィルスは新たな社会問題を生んでいる。(読者に感謝)

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人生意気に感ず「マスク1000枚を送る。クルーズ船内の地獄。受験認めないとは」

◇「漳州市 加油!」、“加油”は頑張れ。写真はこれを貼った段ポール箱の前に立つ私である。昨日(20日)言葉を添えて漳州市に送った。音声で伝わる言葉は「中国の皆さん、漳州市の皆さん、大変な災害に遭われ心からお見舞い申し上げます。群馬県日中友好協会は力いっぱい応援します。この災害に国境はありません。心を一つにして乗り越えましょう」。中国のテレビでは画面に字幕も表示される。私の胸には昨年11月に漳州市を訪問した時のことが甦った。美しい山々に囲まれた町や村は群馬に似ていた。今あそこでも人影は少なく人々はマスクを付け見えない敵におびえているのだろうか。

◇日本人の死者が3人になった。80代の女性に加え、クルーズ船客の2人が死亡したからである。この2人は87歳男性と84歳女性である。日本国内の感染者増と共に新たな衝撃が走っている。国内感染者は729人に達した。「群馬県は大丈夫か」、「前橋市も隠れた発症者がいるのではないか」。このような声が広まっている。

 クルーズ船から多くの乗客が下船している。船内の状況は凄まじかったらしい。ある政府高官は「船内が武漢になってしまった」と漏らした。密閉された空間のことを思うと、武漢以上の惨状で地獄のような苦しさだったに違いない。船内で食事を運ぶ乗員が各部屋を回る時「感染連鎖」に拍車がかかったと言われる。もしウィルスが目に見える存在であったとすれば、船内の人々は気が狂う程の恐怖に駆られたことだろう。下船した乗客は約550人。この人たちはほっとして家庭に帰って行った。私は、この人たちのその後が非常に心配である。家庭の関係者を含め市民の間に残されたウィルスが広がる危険はないのか。私がこう思う位だから、乗客に対する「差別と偏見」は広がるに違いない。風評被害は新たなパニックを生むのではないか。

◇イベント中止が拡大している。一般ランナー抜きの東京マラソン実施、天皇誕生日の一般参賀中止、知的障害者のスポーツ大会など、縮小や中止が広がっている。卒業式、入学式の季節と重なりつつある。大勢の集会はウィルス感染の危険箇所である。私の所にもいくつかの高校や大学から案内が来ている。前代未聞の事態が社会全体に広がろうとしている。

◇群大など県内大学が感染者の授業を認めない方針。ウィルスは新たな社会問題を生んでいる。(読者に感謝)

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2020年2月20日 (木)

人生意気に感ず「ネパール少年との対決。新島襄はあわや抜刀に」

 

 

◇17日、日本アカデミーでちょっと面白い出来事があった。ネパールの少年H君との力の対決である。その前に前座を語らねばならない。月一回の合同授業を前に私は毎回工夫を凝らし精力を注ぐ。この日のテーマは「新型インフルエンザ」。中国武漢市から始まったウィルスの猛威は中国本土をパニックに陥れ世界に波及、日本も深刻な事態になりつつある。新聞からセレクトした映像を使って私は授業を進めた。娘の声が耳の底に焼き付いていた。「パパ、パウロなんだから今日は怒鳴らないで」。何十年の私の授業を振り返ってそこには常に対決があった。子どもたち相手の場合は胸の熱いものを抑えるのは自分との闘いでもある。国際授業は文化や価値観を異にする人々が相手だから特に難しい。居眠りやあくびなどは大目に見て耐えることにしている。しかし、こちらが全力投球の時、「もう休憩にしましょう」などと言われるとガクンとくる。この日、一角で数人が授業を無視しておしゃべりをしていた。私は娘の言葉も忘れ大声で怒鳴った。しんとなったところで私は上着を脱ぎ腕立て伏せを70回やってみせた。大勢の目を一点に引きつけ、私の意気込みを示すパフォーマンスである。私は言った。「私は間もなく80歳。毎日この腕立て伏せを250回やっている。この体力と気力で皆さんの勉強にこたえようとしています」。会場には緊張感が流れ若者たちの表情には爽やかなものが感じられた。

 

 授業の後、外に出ると一団のネパールの若者が私を笑顔で迎えた。熱戦を終えての温かいものが流れていた。一人の若者が進み出て言った。「先生の力は凄い。腕相撲しませんか」私の胸にニヤリとするものが湧いた。多少の自信があったし、昨年の岩櫃不動滝の滝行を思い出していた。アフリカの青年と滝に打たれた経験は最高のコミュニケーションであった。私は見上げるようなH君の手のひらを握りある程度いけると感じた。腕相撲は手首の返しと一瞬の集中力が勝敗を決める。八百長なし。国際試合に私は日本の高齢者の名誉をかけた。もがくH君のこぶしを引き倒した時、大きな拍手が起きた。私の授業のことは忘れてもこの出来事は生涯彼らの胸に刻まれるに違いない。

 

◇18日の「へいわ845」は新島襄の4回目。脱国して上海へ向かう船上の出来事を語った。殴られあわや抜刀と銀のスプーンを海に落としたことだ。波乱の船出が始まった。(読者に感謝)

 

 

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2020年2月19日 (水)

人生意気に感ず「某県立校のいじめ問題。新里東小の明子さん自殺問題を振り返る」

 

 

◇某県立高校のU君はいじめで追い詰められていた。スクールカウンセラーは「危ない、目を話さないで」と言っていた。自殺をおそれて私に訴える母親の目は必死だった。この生徒は成績優秀で級長までやった。深刻な事態に対し学校は動かないのである。私の頭に、県議時代の上村明子さんの自殺のことが浮かんだ。私はすぐに行動を起こし教育関係のトップに訴えた。この人は事態を察知して即座に手を打ち学校に変化が現れた。母親は「命が救われました」と拝まんばかりだった。このようなケースは全国に多いことだろう。

 

◇私は平成22年12月の県議会を語ろうと思う。私は上村明子さんの自殺を本会議で取り上げた。私は明子さんの自宅を訪ね遺影の前で母親から話しを訊いたのである。私は当時の大澤知事に向かって発言した。「明子さんの死の背景にはいじめの重圧に苦しむ多くの子どもがいるに違いありません。なぜこの子を助けられなかったのか。恐らくたくさん出されていたシグナルをなぜ受け止めることが出来なかったのか。このような事件を再発させてはなりません。事件が起きると大騒ぎし冷めるとまた繰り返される。この連鎖を群馬で食い止めることが明子さんの死を生かす唯一の道だと信じます。そのために私たちは何をなすべきか。それを問うことが私の今回の質問の目的であります」。

 

 これに対し大澤知事は答えた。「命を絶つという一線を越える前に子どもが発しているサインを学校現場がしっかり受け止められたかどうかが最も肝要ではないかと思います。こういう問題に校長は常に当初、私の学校にはいじめはなかったと話します。こういう事件に対してもっともっと真剣に見詰める学校サイドの姿勢が問われるのではないかと思っております。もう一度しっかりと掘り下げてしっかり検証していかないと再発防止にならないと思います」。

 

◇また私は、教育委員長の責任を追及した。委員長が「学校の現場を訪ねると先生方は一生懸命子どもに向き合って指導に当たっている」と答えたことに対して私は言った。「学校は視察に対し準備する。予告なしに飛び込むべきです。混乱はあっても本当の姿が見られます」。

 

 あれから9年余が過ぎた。県議会で子どもの命を守る教育の使命を語る議員はいないのか。教育の危機は日本の危機。議会の形骸化が言われて久しい。(読者に感謝)

 

 

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2020年2月18日 (火)

人生意気に感ず「11年前のブログから。高齢者に危機迫る」

 

 

◇引き続き私の過去のブログを再現する。ここで紹介する私のブログは2009年4月28日のもの。記録では非常に多くの人がアクセスした。今ここに再現することに多少の意義を感じる。私は常任委員会で大正年間の新型大流行とその時の群馬の被害状況を取り上げ「90年前の惨状を活かせ」と訴えた。地元の小中校や自治会関係者に呼びかけ県の担当者を招いて勉強会も開いた。県衛生環境研究所の小沢(こざわ)さんを地元の公民館に招いて講演を聴いたのもこの時のことであった。今回の事態は、より深刻と思われるのに議会関係者の声は小さい。議会の形骸化が叫ばれている。議会は飾り物であってはならない。11年前の新型インフルは若い層に被害を及ぼしたのが一つの特徴であったが、今回のは高齢者に被害が集中している。高齢化が中国でも日本でも加速している。

 

 ある人がおかしなことを言っていた。「相模原の施設の大量殺傷犯にウィルスは加勢しているんじゃないか」と。冗談にもこんな発言が飛び出さないようにしなければならない。新型ウィルスの挑戦を受け、高齢社会の人権問題が問われているのだ。

 

◇今日は月一回の留学生相手の合同授業。中国の若者も多くいる。「母国を助けて下さい」と訴えた少女の姿は私の胸にある。新型ウィルスは国境を越えて広がっている。助け合いにも国境はないはず。その意味で人間尊重の普遍性が問われている。

 

 国内感染の波が広がっている。タクシー運転手が大変らしい。国際化の時代である。ウィルスを持った人が乗る可能性がある。乗せれば密閉の空間である。クルーズ船、屋形船が密閉空間の恐怖を伝えている。同じことが電車やタクシーなどの交通手段の中で起きている。新型ウィルスは現代社会の虚を突いている。超便利な社会は意外に弱いことを思い知らされている。ウィルスは北海道、愛知、和歌山、沖縄、東京と、止まるところを知らぬ勢いである。群馬、そして前橋での発生も時間の問題に違いない。

 

◇中国では感染者が17日、1,665人に。日本の専門家の認識は「流行期」はこれからで、現在は「国内発生早期」との認識を示す。厚労相は高齢者と基礎疾患保有者は重篤になる可能性が高いとしている。死者が続出する非常事態はこれからと覚悟しなければならない。「群馬は大丈夫」という安全神話を崩すことが第一だ。(読者に感謝)

 

 

 

 

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2020年2月17日 (月)

人生意気に感ず「日本国内の流行が始まった。11年前のブログを示す意味」

 

 

◇「日本国内で流行している」と厚労相が認めた。日本各地の感染者が増えているらしい。東京で新たに8人の感染が伝えられ(16日朝)、そのうちの一人は重症だと言われる。和歌山の病院では院内感染が始まった。院内感染は新型ウィルスに立ち向かう前線の兵士が倒されたことを意味するから重大である。感染力が当初の予想より強いらしい。群馬県内で患者が急増した場合を想定して対策を立てるべきだ。時間はない。新型インフルに対応できる県内病院の利用の仕方を整えることが重要だ。一度に対応できない以上優先順位を考えねばならない。高齢者や持病を抱える人などをいかに守るかが急務である。かつて、メキシコから豚由来の新型インフルエンザが襲来した時、パニックになった。幸い強力でなかったので最悪の事態は避けられた。あの時の経験を教訓として生かすべきである。

 

2009年に新型インフルエンザが現実となった。私は当時県議会におり、かなり以前から「新型」への警鐘を鳴らしていた。当時、東南アジアの鳥インフルエンザが「新型」に変異することが恐れられていた。しかし、予想に反しメキシコの豚由来のものが「新型」に変異したのであった。2009427日の私のブログでは次のように記した。「メキシコ市では1,300人を超える人がウィルスに感染し、ウィルスが原因と思われる死者も86人と伝えられる。人から人への感染が確認されたことで恐れていた新型インフルエンザ発生の疑いが濃くなった。WHOは極めて深刻な事態と発表、アメリカは公衆衛生における緊急事態宣言を出した。衝撃が世界を走っている。政府はウィルスが国内に入るのを防ぐために水際対策を強化すると述べ成田空港の緊迫した状況が報じられている。本県も26日午後2時から群馬県新型インフルエンザ対策本部幹事会議を開いた」。私が敢えて11年前の私のブログをここに再現したのは、私の周りの人々はほとんどがこの事実を忘れていることに衝撃を受けたからである。新型インフルエンザ、水際対策と、今起きていることと極めて似た事態ではないか。「災害は忘れた頃にやってくる」とはよく言ったものだ。現在、県議会で議員たちはこの事態にどう向き合っているのだろうか。山本知事及び山本市長は異色の突破力を掲げて登場した。対するに県議たち市議たちは何をしているのか。二元代表制が問われている。(読者に感謝)

 

 

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2020年2月16日 (日)

小説「死の川を越えて」第279回

「新しい人権闘争の軍資金ですな。私が昔、大学で教えた人権が日の目を見ることがあるでしょうか」

 水野が不安そうにつぶやいた。

 それから数日が過ぎ、天地が崩れるような出来事が生じた。万場老人がいつものようにラジオを聞いていると、緊迫した声が飛び込んできた。何と日米開戦のニュースであった。ラジオは12月8日午前6時大本営発表として、帝国陸海軍は8日未明、英米軍と開戦状態に入ったことを報じた。続くニュースで、わが海軍はハワイ方面アメリカ艦隊及び空兵力に対する大奇襲作戦に成功したこと、また上海に於いてイギリス砲艦メロトシル号を撃墜したことをアナウンサーは興奮気味の声で告げていた。

 政府は直ちに次のような声明を発した。東亜の繁栄を求める我国の真意を米国は理解せず物量にたのんで我国を屈従させようとしたので東亜の安定と我国の存立は危機に瀕することになった。ここで遂に米国に対して宣戦の詔(みことのり)が発せられた。これは誠に感激に耐えない。我々臣民は鉄石の団結をもって国家の総力を挙げてことに当たらなければならない。これは皇国の興廃がかかった戦いである。全国民はこの聖戦の淵源と使命を深く思い、いやしくも驕ることなく怠ることなく、そしてよく耐え難関に立ち向かわなくてはならない。

 天皇の詔と政府のこの声は真珠湾の衝撃的勝利と共に国民の心を大いに煽った。

 万場老人、水野、正助、さや、こずえたちの表情は引きつっていた。

「ついに来るものが来た。日本の歴史上かつてない出来事じゃ」

 万場老人は天を仰いで言った。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2020年2月15日 (土)

小説「死の川を越えて」第278回

 万場老人はそうつぶやきながらリー女史の手紙を読んだ。ある箇所には何度も視線を走らせている。そして言った。

「水野先生、正助もいれて話し合いたい」

 ある日、万場老人は水野、正助、さや、こずえを前にリー女史の手紙について語った。

「こずえたちの話ではリー先生の様子は深刻らしい。誠にお気の毒ながらこの手紙はリー先生の最期の言葉ではなかろうか。我々はそのつもりで受け止めねばなるまい。先生が草津の人々を命をかけて生涯をかけて愛したことがよく現われておる。遺言じゃ。教会は警察が目を付けており連絡もできないと申しておる。世界情勢が書かれておる。母国イギリスに帰って外から日本を見たのじゃ。リー先生にはヨーロッパのことがわずかながら伝わるらしい。リー先生が一番伝えたい思いは、今行われている世界戦争の先には人間の自由や平等が尊重される社会が実現する。それが神の意志だというのじゃ。生きるに値しない命などという考えが強く否定される社会じゃ。それが神の意志だと言っている。その時は遠くない。頑張ってくれと申しておる。そして、その時にハンセンの患者の皆さんの新しい闘いが始まるだろうと言うのじゃ」

 万場老人はここで言葉を止め、さやから受け取った包みを目の前の机に置いた。万場老人は一同の顔を見据えて言った。

「その時にこれを使って下さいと申しておる。こずえ、開けて見よ」

「はい、御隠居様」

 こずえは応えて、ハサミを包みに当てた。人々の目が一斉にハサミの先に集まり、そして声が出た。

「おおー」

 包みから現れたのは、分厚いお札の束が4個、それぞれがきれいに束ねられていた。

「イギリスのお金、ポンドではないか。ポンドの価値は大変なものですぞ。それにこの量は千ポンドはありますかな」

 水野が一つを手に取って言った。万場老人が大きく頷きながら言った。

「大変なことになったぞ。まず大切なことは絶対に秘密にしなければならぬ。我々ばかりでなく、教会の人々にも迷惑がかかる。スパイの疑いでもかけられたら大変じゃ。リー先生の命がけの好意を無にすることになる。リー先生が申しておるように、新しい世の中が来るまで、我々が命をかけて守ることにしようではないか」

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2020年2月14日 (金)

人生意気に感ず「日本人初のコロナウィルスによる死。蔓延本格化に備えるべき県と市。雪洞で生きた少年のこと」

◇新型ウィルスは止まらない。中国との関連が密であることを痛感する。感染者の多さは中国以外では日本が第一であることがそれを示す。「ヒト・ヒト」の恐さが現実になりつつある。「動物から人」を超えて「人から人」は、変異した悪魔が檻から解き放たれたことを意味する。第一次世界大戦時、人から人の新型ウィルスが世界に蔓延し、その数2千万人とも言われた。あれから百数年が経過し人と物の交流は比較にならぬ程激しくなった。今回のウィルス攻撃で恐ろしいことは、日本が超高齢社会に入っていることである。新型ウィルスの犠牲者は主に高齢者と身体に疾患を抱えた人である。ウィルスと闘う免疫力の低下が原因なのだろう。
あれよあれよという間に、新型コロナウィルスは日本全国に広がる気配となってきた。最新のニュースが伝えるところによれば日本国内で日本人感染者の死者が出た。この80代の女性の死は何を意味するのか。これからこのような高齢者の犠牲が増えることを覚悟しなくてはならない。
◇群馬は災害に無縁という安全神話が崩れる時が来た。適切な対応はまず行政の役割からである。県はクルーズ船の感染者6人を指定医療機関に受け入れた。その医療機関名は公表しないという。山本知事は「その病院を受診する人に過剰な不安を与えることを避けるため」と説明した。県内には指定医療機関は12カ所あり、それぞれはウィルスが外に出ないように設備された専用病室がある。ウィルスの蔓延が激しくなればこれらの指定医療機関を県民のために使うことを考えねばならない。
 山本市長は選挙選で「優しい心」と「正しい心」を高く掲げた。これは第一に弱者を守ろうとするものである。新型ウィルスが蔓延してからでは遅い。市長は指定医療機関の活用を含めた対策に今から陣頭指揮に当たるべきである。
◇山本市長は3期の当選を期に大胆な山本カラーを打ち出すと思う。その第一歩を新型ウィルス対策で示して欲しい。
谷川岳で遭難を心配された中学生が保護されほっとした。自然の雪山を滑るバックカントリーに挑んだ少年はコースから外れ迷ったらしい。日没前に雪洞を掘りチョコレートと沢の水で一晩を過ごした。その冷静沈着さには感心する。少年は「怖くなかったが大事になり申し訳ない気持ちでいっぱい」と語った、バックカントリーの事故は多い。安全対策が求められる。(読者に感謝)

 

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2020年2月13日 (木)

人生意気に感ず「ノムさんの旅立ち。“へいわ845”で新島襄を。ふるさと塾は中国を。45人殺傷事件の行方」

 

 

◇野村克也さんが旅だった。つい最近まで死と無縁の笑顔であったことを思うと「旅立つ」という表現がふさわしい気がする。三冠王、監督日本一など正に野球一筋の素晴らしい人生だった。妻沙知代さんがこの世を去って間もないことを思うと精神的に支え合っていただろうことが分かる。人間が生きる上で精神がいかに重要な要素であるかをうかがわせる。それにしても死とは何か、あの世とは何かを考えてしまう。最近の金田たちと「やあ、やあ」と言って再会を喜びあっているのだろうか。

 

◇昨日は、「へいわ845」の講義第125回で新島襄その3を行った。朝の15分間、密度の濃い話を行っている。歴史に関心が薄い人々の心に歴史の芽を育てる努力を続けてきた。最近はアンクルトムの小屋、田中正造などと話を繋げてきた。安中藩の江戸屋敷で生まれた襄は時代の子であった。オランダの巨大な軍艦を目の当たりに見て仰天し日本の危機を思った。これは上海の租界地を見て憤りを感じた高杉晋作や黒船に決死の覚悟で乗り込もうとした吉田松陰と同様であった。襄は松陰の轍を踏まず函館からアメリカ船に潜り込むことに成功した。ここから波乱の人生が始まるのである。

 

◇今月の「ふるさと未来塾」は22日(土)である。前回に続き壮大な中国のうねりを語る。近代中国の原点の一つはアヘン戦争で受けた屈辱である。上海の租界地には「犬と漢人は入るべからず」という標識があったといわれる。漢民族の誇りを世界に示そうとするのが最近の中国の姿であり、その典型的光景は「一帯一路」政策に示される。躍進する中国の足下の伏兵が新型コロナウィルスである。「ふるさと塾」ではこの問題も取り上げる。新型ウィルスの問題は中国にとって獅子身中の虫ともいうべきもの。中国を支える食文化と深く関わり表現の自由をおさえる一党独裁が問われる課題なのだ。余談として前橋市長選秘話も語ろうと思う。

 

◇45人殺傷の植松被告の公判で遺族が意見を述べた。回復の見込みがない障害者は社会に不要だという特異な思想に基づく犯行。一人の遺族は極刑(死刑)を求めた。「日本には終身刑がない。選択肢は一つです」と発言した。19日に結審、3月16日に判決が言い渡される予定。「生きるに値しない命」を消すという動機はどう裁かれるのか。死刑判決に注目は集まる。(読者に感謝)

 

 

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2020年2月12日 (水)

人生意気に感ず「新型ウィルス初動のまずさ。想像を超える武漢の混乱。言論の自由の行方」

 

 

◇新型コロナウィルスの感染は益々深刻となっている。武漢市は手が付けられない程の惨状らしい。武漢市では日本人と米国人の死者も出ている。中国本土の死者は一日に90人近く増えているようだ。中国政府がコロナウィルスの検出を初めて発表してから9日で一ヶ月が経った。発生源の初動対応のまずさが改めて指摘されている。コロナウィルスによる惨状は政府の公表前から深刻だったと言われるからだ。住民の証言や報道によれば、公表前の昨年12月下旬頃から武漢市の複数の病院で連日数百人の発熱を訴える市民が詰めかけていた。病院内で臨床実習に当たっていた人の証言によれば「院内では患者が多すぎて通路を歩けない状況だった」。この頃、実際はヒトからヒトへの感染があったに違いない。しかし当局はヒトヒトは確認されていないと繰り返したので市民は通常の生活を送っていたと言われる。

 

◇世界の超大国中国はこの未曾有の新型ウィルスを適切にコントロールする能力がないのではないか。だとすれば中国はアメリカと覇を競う大国と言えないことになる。

 

 習近平氏は「健康中国の建設を推進しよう」、「健康は人間の全面的な発展を促す必須条件である」、「健康中国の推進は人民に対する党の厳粛な公約である」と訴えた。また、習氏が衛生と健康面に於いて主張する次の点は特に重要である。「我が国は国際的義務の履行、世界的健康ガバナンスの面で国際人道主義と大国としての責任を果たす」、「医療衛生と健康分野で一帯一路沿線諸国との協力を深める」。つまり、世界に対するこれらの公約が今回の新型ウィルスで重要な試練に見舞われたのだ。新型ウィルス問題は一党独裁体制を傷つけかねない意味をもつといえる。

 

◇武漢市の医師李文亮氏は政府の公表前に新型肺炎を警告していたが7日未明に死亡した。この医師は、デマを流したとの理由で地元警察から処分を受けていたという。李氏は生前、「健全な社会に必要なものは様々な声です。公権力を利用して過度に干渉されるのは同意できません」と言論統制を批判していたと言われる。政府当局は、李氏を処分した警察に対する調査を開始するという。公務員の腐敗の一環として摘発するのだろう。国民の不満に対するガス抜き効果を担うのだろうか。今回の新型ウィルス事件は言論の自由を認めない一党独裁体制の難しさを物語っている。(読者に感謝)

 

 

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2020年2月11日 (火)

人生意気に感ず「選挙戦を振り返る。正義の戦いだった。地球の危機が迫る時」

◇今回の選挙はわたしが関わった多くの選挙の中でも特筆すべき部類に属する。選対の中核にいても、中には候補者に心底力を入れられない人もいた。今回は現職の市長が現職を退いた私に特に「選対事務長を頼む」と懇願した。それは異例な出来事であった。血気の男の心中には大きく期するものがあったに違いない。山本龍が私を説得するために用意したものは「優しい心」と「正しい心」であった。未曾有の高齢社会が進み、社会的弱者が増える中で格差が広がっている。この流れに追い打ちをかけるように軽薄な思想が不気味にうごめいている。生産に参加できない存在は金がかかるだけだから処分してよいという、かつてナチスの底流をなした「生きるに値しない命」の思想である。相模原大量殺傷事件に象徴されるものである。これを許さないと怒るのは「正しい心」である。物は豊かになったが心が逆に貧しくなった。機械文明が果てしなく進み、それを制御する人間の心が貧しくなってゆく時、人間は益々機械と化し社会は干からびて滅びるだろう。山本龍は私の手を握って、このことを語り、「だから紀雄先生、今回は正義のための戦いなのです」と言った。「やりましょう」と私は龍の手を握り返した。この男の突進力は並大抵ではない。かつて知事選で群馬県中を駆け抜けた。東日本大震災ではボランティアの先頭に立って草津の湯を被災地に運んだ。「知行合一」を地でゆく男である。知行合一の典型はかの田中正造である。市長室の奥には田中正造のひげの肖像画が掲げられている。この肖像画は山本龍だけのものではない。全ての政治家が習うべき理想像である。

◇かくして私は選対事務長として主に事務所の訪問者に応じた。そして選挙戦が大詰めを迎えた時、多くの会場でマイクを握った。手応えはあった。対立候補の足掻きが伝わってくる。投票日の朝の某紙に市民の投稿が載った。それには「選挙期間中、候補者を誹謗中傷するビラが配られました。時代遅れです」とある。その通りで、選挙は民主主義を支える柱。それは正義であってこそ光りを放つ。

私は9日早朝、投票所で心を込めて山本りゅうと書いた。

◇今、地球が大変な時にある。スウェーデンのグレタさんの叫びは敏感な若者の心を示すものだ。氷河が溶ける。海面が上昇する。もう手遅れなのか。地球の危機は足下にまで来ている。この夏はとんでもないことが起きるに違いない。(読者に感謝)

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2020年2月10日 (月)

人生意気に感ず「当選の瞬間の感激。氷が溶け凍土が消える」

 

 

人生意気に感ず「当選の瞬間の感激。氷が溶け凍土が消える」

 

◇9日夜、9時が過ぎた頃、選挙事務所は重苦しい雰囲気に包まれていた。「僅差、どちらが当選かわからない程接戦」という情報がどこからか伝わったからである。9時半に第一回が発表になった。山本と岩上は共に3,100票である。焦る私たち幹部の下に様々な憶測や情報が流れてくる。9時45分をまわった頃、「わぁー」とどよめきが湧いた。山本龍の当選が決まった瞬間であった。信じられなかった。テレビの数字が事実を語っていた。山本りゅう49,565票、岩上憲司39,439票。約1万票の差で当選であった。私はマイクをつかんで「優しい心、正しい心が勝ちました。前橋の新しい扉が開かれました」と声を限りに叫んだ。激戦を制した喜びと興奮が渦巻いていた。候補者山本りゅうの声も上擦っていた。ぎりぎりの言論の戦いの勝利はこれが民主主義だということを示していた。

 

◇旧約聖書にはノアの箱船の大洪水の伝説がある。あのような大洪水を含め地球が滅亡するような危機が繰り返されてきた。今日、近づいているとされる地球の危機は人類が文明を追求した結果生来させたものだ。氷河が消え極地の床氷が崩れているのは私たちと無関係のことではない。年々訪れる記録的豪雨や強風などの異常気象とつながっている事実である。

 

 世界では信じられないことが生じている。消滅する氷河に対し「葬儀」や追悼式が行われているという。スイスでは昨年消滅する氷河に喪服姿の人々が参列し温暖化対策の強化を訴えた。何千年と続いた氷河が消去される姿は人々の心を厳粛なものにしたに違いない。

 

 北極圏では永久凍土が溶け地下の二酸化炭素やメタンガスが大量に放出される危機が叫ばれている。地球温暖化の原因としてこれらのガスの消滅が必死で求められている時である。悪循環は巨大な歯車のように動き出している。

 

◇南極で過去最高気温が観測されたらしいと世界気象機関(WMO)は発表した。事実とすれば18.3度という。今冬の群馬よりずっと高いことになる。南極の氷は北極のそれとは比較にならぬ程大規模である。南極の床氷については、既に日本の一県に相当する程大きなものが漂い出していると言われる。かつて私が県議会にいた頃、松沢県議をリーダーとする議員たちが南極視察をした。賛否両論があった。地球の危機を見る意味では卓見であった。(読者に感謝)

 

 

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2020年2月 9日 (日)

小説「死の川を越えて」第277回

「それからもう一つ大切な物をお渡ししなければなりません」

 リー女史は半ば体を起こして床の下から何やら包みを取り出した。2人の好奇な視線が包みに注がれた。

「イギリスのお金、ポンドです。イギリスと日本の関係が険悪になりイギリスからの献金を送れなくなっていました。これを教会の人に渡すことは危険なこととずっと私の手許に置きました」

「今は、もう時間がありません。このお金を使える時が来ることを私は信じています。そのことも手紙に書きました。この家は目を付けられています。あなたたちも咎められないように工夫して草津まで持ち帰って下さい。神の御加護を祈ります」

 さやとこずえは、驚くべき話を聞いて事の重大さに身が引き締まる思いだった。リー女史は話し終えて安堵の色を現すと同時に大役を果たした時のように疲れた様子で体を横にした。

「お母さま」

 2人は同時にこう言ってリー女史の手を取りその上に涙を落とした。2人は後ろ髪を引かれる思いでリー女史の家を後にした。渡された物は目立たぬように粗末な風呂敷に包まれ、さやがしっかりと身に付けていた。2人はリー女史が警察などに監視されていると聞かされていたので、どこからか声をかけられ呼び止められはしないかと生きた心地もない程びくびくしながらリー女史の家を離れた。リー女史の家が視界の外に去った時、2人はやっと解放された気持ちをもつことが出来た。

「大変なことになったのね」

 こずえがそっと囁いた。

「これを草津まで無事に持ち帰ることが私たちの大役なのね。これはリー母さまの命ですわ」

 さやは自分に言い聞かせるように言った。

 2人は無事に草津に帰り、万場老人に包みと手紙を渡し、リー女史の様子を話した。

「うーむ、大変なことじゃ」

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2020年2月 8日 (土)

小説「死の川を越えて」第276回

 

 リー女史は血液を得て甦ったように語り出した。

「いろいろなことがはっきりと頭に浮かびます。大門さんという親分が来て草津に来てくれ、ハンセン病の光が消えようとしていると申されたあの気迫と情熱に打たれて、私は湯の川へ行くことを決意しました。夢のようでございます。それから、さやさんあなたは聖ルカ病院の岡本トヨさんにお腹の子のことで相談に見えましたね」

 ここで女子は言葉を止めてさやに視線を移した。さやがそれを受け止めて言った。

「岡本先生は福島の郡山で私の隣村の方、私は全てを話しました。先生は、ハンセンは遺伝しない、感染力は弱いと申され、更に京都大学の小河原先生に会うことを勧めて下さいました」

「私はさやさんと一緒に会いに行き、そのお話に感動しました。あのことを忘れることは出来ません」

 こずえはリー女史の上に身を乗り出すようにして言った。それに頷いて女史は言った。

「それで正太郎さんが生まれたのですね。正太郎さんは立派に成長しました。湯の川が懐かしい。人は死の川と申すそうですが、私たちには人間として逞しく生きよと励ます川ですね。皆さんは生きる喜びを掴むことができました。私は喜びの谷と申しましたが万場先生のハンセンの光と同じだと信じます。今、このハンセン病の光と私がいう喜びが消えてしまうのが私は心配なのでございます」

 女史の手にはいつの間にか十字架が握られている。2人は何が語られるのか、姿勢を正し身を固くして女史の言葉を待った。

「世界中が大きな嵐に襲われています。私はハンセンの人たちが心配です。嵐に吹き飛ばされないためには心が大切です。今こそ、神を信じる心が試される時なのです。嵐が去る時は必ず来ます。このことは教会の人々にこれまでにお話してきました。草津の人たちを守るためには、万場先生たちの力が必要です。草津は教会の人と教会の外の人が力を合わせてきた素晴らしい所です。ハンセンの光が喜びの谷で一層光を増し、またそれによって人々の喜びも大きくなりました。湯の川地域の人々が育てたこの力を大きく未来に向けて守らねばなりません。私の思いをここに書きましたので、万場先生にお渡し下さい」

 そう言ってリー女史は、枕元に手を伸ばして一通の封書を取り寄せてこずえに渡した。こずえはリー女史の顔を見詰めたまま震える手でうやうやしく受け取った。

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2020年2月 7日 (金)

人生意気に感ず「終盤を迎えた選挙戦。裁かれる元高級官僚。刑法犯の減少」

 

 

◇昨日(6日)のこと。選挙戦も大詰めとなり緊張した。寒さはこの冬一番のもの。朝出かけに我が家の柴犬さん太の水おけをのぞくと厚い氷。朝の冷気は身を切るようだった。長く選挙をやったが、いつもは外の選挙カーの中だった。今回のような座敷当番は初めての経験で大変な勉強の機会である。終盤となり前橋以外の自治体の幹部が訪れるようなった。隣接自治体は市長継続に期待するものがあるのだ。自治体間の連携の重要さを改めて痛感した。吉岡町の幹部は「人口が毎年300人以上増えています」と誇らしげに語った。

 

 今日、私は元総社地区10カ所の集会でマイクを握る。二人でチームを組み、9時からスタートする。短時間で聴衆の心をつかむ演説をしようと思う。かつて私の県議選でマイクを握った地区である。私の胸には市長選のゴールが前方に見えてきた。

 

◇世間を騒がせた元高級官僚が在宅起訴された。元通産省工業技術院長飯塚幸三氏88歳である。事件直後はこの人に対する同情論が高かったが、その後「高級官僚なら許されるのか」という厳しい世論の前に同情論は姿を消した。高齢者の運転問題を象徴する事件として裁判の行方が注目される。起訴状によれば、ブレーキとアクセルを踏み間違えて赤信号の交差点に進入、死亡事故発生時の時速は96キロだった。過失致死傷の罪で裁かれるらしい。トップまで栄達の道を登り詰めた人が、人生最後の段階で法廷に立つ。

 

 この事件を機に政府は高齢ドライバー対策を強化させている。自動ブレーキの義務化や限定免許の新設などだ。今、車社会が大きく変化しようとしている。それを支えるのは技術の進歩である。高齢者の身体能力は日々低下するからその運転には危険が伴う。従って様々な規制が伴うのは当然である。しかし、足腰が弱くなった高齢者にとって車は命である。

 

 前橋市長選でも高齢者の運転問題は大きなテーマとなっている。山本候補はマイバスなど高齢者の交通問題に大きなエネルギーを注いでいる。高齢者社会の高齢者の票は選挙の勝敗を左右する。

 

◇県警によれば刑法犯が15年連続して減っている。驚くべきことだ。かつて、日本の治安の良さは世界の奇跡とまで言われた。その再現を意味するとは思えない。防犯カメラの普及は大きいと思う。特殊詐欺が増えているのも不思議である。(読者に感謝)

 

 

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2020年2月 6日 (木)

人生意気に感ず「選挙と民主主義。相模原殺人が問うもの」

 

 

◇選挙事務所は面白い。様々な人が現れるからだ。恐らく選挙でなければ決して出会えない人が毎日登場する。選挙戦が終盤に入る昨日(5日)も選挙事務所は劇場であった。登場人物は様々な思いでやってくる。それは山本龍の個性に引きつけられる人物である。劇場に看板をつけるなら「民主主義劇場」である。民主主義は理想である。現実との乖離は当然であるが、その開きが大きく恒常化すると民主主義に対する疑念が湧く。例えば投票率。50%を大きく割り込み、40%台になると選挙の正当性、そして民主主義の意義を疑ってしまう。私は激しい選挙戦で、有権者に密接に近づく状況の中で民主主義を実感することが多かった。今回、選挙事務所を預かる立場で様々な来訪者と接する時も同様である。今回は投票率が従来より上がることが予想される。

 

◇中国での新型ウィルスの猛威は止まらない。死者は600人に迫り、感染者は2万8000人を超えた。もう手の打ちようがないと思えてしまう。アメリカと覇を競う世界の大国としての責任が問われる。新型ウィルスの問題は中国の食習慣と深く関わっていると見るべきだから、今後も同様の事態は起こるに違いない。中国本土以外の感染者数では日本が最多である。事務所来訪者の中にはオリンピックの実現を危ぶむ者もいる。

 

◇私は相模原殺傷事件の判決の動向に非常に注目している。人権尊重の観点から到底是認すべきでない価値観が被告の口から語られ、一般社会に影響を与えることを恐れるからだ。

 

 知的障害者施設で入所者等45人が殺傷された。今回の公判は被害者参加制度に基づき遺族の質問もなされた。被告は「重度障害者を育てるのは間違い。金と時間を奪っている」と従来と同様自分の行為を正当化した。気になるのは遺族が被告に「さん付け」で丁寧な言葉を使っていることだ。被告の価値観に敬意を払っているととられかねない。「生きるに値しない命」としてかつてドイツでは公然と「死を賜る」行為が権力によってなされた。財政が極度に窮するとき予算の無駄遣いとして回復の望みのない人たちの処分は受け容れられがちである。人間とは何か、国家は何のために存在するかを根本的に考える時である。憲法は人間の価値の平等を掲げている。これを守るのが国家ではないか。憲法が絵に書いた餅になり人権の砦が崩れ去ろうとしている。(読者に感謝)

 

 

 

 

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2020年2月 5日 (水)

人生意気に感ず「現職リードの報道。民主主義の原点が問われる。ウィルス募金の訴え」

◇4日、新聞の一面に「現職山本リード」、「新人、岩上氏追う展開」の文字が躍った。選挙ではいつも当落の予想記事が載り、そのアナウンス効果が話題になる。今回の前橋市長選に於けるアナウンス効果を私は選対事務長として特別の思いで受け止めた。その理由はいくつかある。第1に今回、現職は初陣の時のように打ち込んでいることだ。家族が一丸となっている点も凄い。1・2期で蒔いた種が3期で芽を出し根付くのを見届けたいという執念が感じられる。第2に今回、前代未聞ともいうべき6人の候補者の出現である。それは山本市政が理解されていない現れともいえる。これを感じた市長は深夜まで自らマニフェスト作りに取り組んだ。私に選対事務長を頼んだ決意にもそれは感じられた。「原点に立つ」という決意と政治姿勢は徐々に浸透したのである。4日の報道はその成果を評価するものと私は受け止めた。

この日、事務所を訪問する人は俄然多くなった。私は事務所を守る責任者としてこれらの人々に対応した。これらの人々が共通に口にすることは「龍は悪いことはしない」である。これは地味ではあるが最も重要なこと。「信なくば立たず」は民主政治の大原則である。

◇この日午後6時からの拡大選対会議には多くの人が参加した。私は冒頭の挨拶で訴えた。「皆さんこの文字をご覧下さい」。私が指すのは大書した正面の「至誠にして動かざるは未だこれあらざるなり」である。「これは真心を以て当たれば感動しない者はいない。吉田松陰が江戸へ引かれていく直前に義弟の楫取素彦、初代群馬県令に与えたものです。今、前橋市を導くリーダーとして最も求められるものは政治の信頼です。この文字を旗印に掲げて残された時間、勝利を信じて戦い抜きましょう」

◇この日、中国の留学生劉さんと張さんという2人の少女が現れた。遠慮がちに募金のお願いをしたいと言う。これらの女性は、先日日本アカデミーで「祖国を助けて下さい」と訴えた人たちである。私は来客たちに主旨を伝えた。何人かの人が応じて募金箱にお金を入れてくれた。小さな行動が隣人を助けるための大きな意義をもつ。群馬県日中友好協会は私の名で寄付を呼びかけることにした。中国は窮地に落ちている。中国のコロナウィルス拡大は世界は一つ、人類は一つであることを教えている。(読者に感謝)

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2020年2月 4日 (火)

人生意気に感ず「選挙戦初日の光景。この戦いの大義は。私の役目は」

 

 

◇昨日、市長選の火蓋は切られた。そして、早朝から恒例の行事が行われた。必勝祈願祭、出陣式等である。「選挙は戦い」を示す光景であった。戦国時代の実際の戦いもこのように進められたのであろう。祈願祭は総社神社で、出陣式はグリーンドームでそれぞれ行われた。総社神社、通称明神様は、私が長い県議選の中で手を合わせた社(やしろ)であった。元総社地区は私の固い地盤であったから、この日も多くの懐かしい顔ぶれが境内に集まっていた。山本龍は「私がやってきたことは、これからの4年の継続にかかっています。龍はこれから命がけで戦い抜きます。皆さんよろしくお願いします」と訴え、「えいえいおー」の声が朝の空気を裂いて響いた。陽光が東の空を染めていた。空気は身を切るように冷たい。間もなく選管から選挙活動開始に必要ないわゆる七つ道具が届いた。掲示板の番号も1番とわかる。

 

◇出陣式の会場、グリーンドームはすぐ満員になった。セレモニーは工夫がされ、国会議員の挨拶はなく、壇上には山本龍の家族が立った。

 

 来賓として二人の異色の人が話した。一人は夫をなくして頑張る女性実業家、もう一人は障害児をケアする施設の青年である。時代の方向を示唆し、わが陣営の特色が表れていた。夫人は「主人をよろしく」と頭を下げ、長女は「父は私の誇りです」と笑顔で訴えた。仲の良い家族が力を合わせる姿は人々に好感をもって受け止められたようだ。私の下には何度かの世論調査の結果が届いていた。市長選の大義を世論の大勢は理解しているようだ。とんでもない大波が襲いかかろうとしている。前橋丸の船頭に求められるのは力を合わせるために必要な信頼である。

 

◇今回の選挙戦に於ける私の主な役目は事務所を守ることである。事務所では簡単な茶菓が並ぶだけで飲食は一切ない。かつて何何食堂と言われた光景はもはや伝説となっている。民主主義をつくるべき選挙が理想に向かって進化していることを示すものだ。20人ほどの集団の前で私はマイクを握った。「選挙はしないつもりでしたが、龍候補の情熱に動かされて選対事務長を引き受けました。東日本大震災の時、ボランティアの先頭に立って草津の湯を被災地に送った姿が焼き付いています。市長室の奥の壁には田中正造の肖像が掲げられています。これらは龍さんの政治姿勢を雄弁に語るものです」。私はこのエピソードをまたかと思われても繰り返すつもりだ。(読者に感謝)

 

 

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2020年2月 3日 (月)

人生意気に感ず「募金集会に見る留学生の心。市長選の大義と田中正造の知行合一」

◇1月30日の募金集会は驚きだった。中国人留学生の少女は訴えた。「皆さん、中国は大変です。私は祖国の友人を助けたい。協力して下さい」。いつもは授業でおしゃべりが多く居眠りも目立つのに、満堂水を打ったように静かで、その光景は異常に見えた。全員に小さな袋が渡され、大きな段ボール箱が用意された。集会が終わった時、留学生たちは出口の段ボールに小さな袋を次々に入れた。私はコンビニや町の工場でアルバイトする彼らの姿を想像した。募金の合計は28万4700円であった。世界の若者たちには熱い心があったのだ。私は天安門事件や香港のデモを思った。若者の心にはマグマが眠っている。それはまさかの時、目を醒ますのだ。
私は大勢の留学生を相手に講義する時、いつも怒鳴ってしまう。募金に協力する姿を見て、私は反省した。彼らの心のマグマを動かせない自らの非力を恥じた。
◇日本アカデミーでは職員を対象に、私は毎週水曜日の朝、平和の講義を続けている。1月29日で123回となった。近くは「アンクルトムの小屋」、「田中正造」を話し、現在「新島襄」に入った。私はいつも日本の若者は覇気を失っていると訴えている。幕末の鎖国の時代に国法を破って外国を見ようとした吉田松陰や新島襄の姿には大いに学ぶべきものがある。現在、日本にやってくるアジアの留学生の胸には単に金を求める以上の熱いものがあるに違いない。私は松陰や襄に彼らの姿を重ねた。
◇今日、前橋市長選の火蓋が切られる。5人の候補者が立ち、市長選としては珍しく激戦である。政治の信頼は失われているが、政治の課題は山積している。人口減少、大災害、テロなど日本は正に国難を迎えている。これらを地方が受け止めねばならない。私は山本龍候補の選対事務長を引き受けることになった。選挙運動はもうしないと決めていたが市長の市政に寄せる情熱に押し切られる形で承諾した。市長室には田中正造の肖像が貼られている。田中正造は「知行合一」を命がけで実践した人である。山本龍は東日本大震災の時、ボランティアの先頭に立って草津の温泉を被災地に運んだ。それは「知行合一」を示す光景であった。選挙は戦いであり、その本質はボランティア活動である。戦いには大義が要る。信じたことを実行する知行合一はこの大義である。今日、民主主義が試練に立たされている。(読者に感謝)

 

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2020年2月 2日 (日)

小説「死の川を越えて」第275回

 

 昭和16年の暮れ、万場軍兵衛にリー女史の手紙が届いた。それには次のようなことが書かれていた。「万場先生が恐れていたように世界が動いております。草津の皆さんのことが心配でございます。万場先生とは草津の人々のために同じことを目的にして力を合わせて参りました。私は今、神のもとへ行く時が近づいておりますが、先生とお話することが叶いません。私の思いを伝えたい、そしてお渡ししたいものがございます」

 万場老人は食い入るような目で文字を追い、目を閉じてしばし動かない。やがて意を決したように頷いて行動を起こした。水野高明、正助、さや、こずえと相談した。万場老人は言った。

「事態は差し迫っておる。リー先生は御自身のことを長くないと申されておる。大切な話があるらしい。明石まで行かねばならぬ。公安などに監視されているらしいから、目立たぬよう女がよかろう。さやさんとこずえが大役を引き受けてくれぬか」

 さやとこずえは見合わせて頷いた。そしてこずえがきっぱりと言った。

「さやさんと昔、京都大学へ行ったことを思い出しています。頑張りますわ」

「あの頃とは状況が違う。何が起こるか分からぬ。普通のおかみさんの様子で行くがよい」

 万場老人は心配そうに言った。

 さやとこずえが明石に着いたのは昭和15年12月初めのことであった。もんぺ姿の2人の女性は勤労奉仕に出かける主婦に見えた。2人が見たリー女史の様子は予想していたより悪く、それは死の床で喘ぐ姿であった。

「かあさま」

 2人は同時にリー女史にそっと呼びかけた。女史はうっすら目を開け、二人を認めると更にはっきりと目を開いた。その瞳に生気が甦っている。唇には微笑が生まれていた。

「ありがとう、遠いところを大変だったでしょう」

 さやとこずえはリー女史の左右の手にそっと手を添えた。

「温かい」

 リー女史が言った。その言葉に促されるように2人は手に力をこめた。リー女史は2人の手を握り返して言った。

「この温もりが草津の人々の心なのですね」

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2020年2月 1日 (土)

小説「死の川を越えて」第274回

 出発の準備をしている時、妙な郵便物が届けられた。女史は差出人のない封書に不審なものを感じながら封を切った。

 目に飛び込んだのは鋭く鮮やかな筆跡だった。

「イギリス女、イギリスは敵だ、許さぬぞ」

「お前のやっていることは日本を穢している。日本人の心を弱くしている。日本は国難の時、神国日本を取り戻す時なのだ」

 不気味な意志が伝わってくるのを感じ、リー女史は不安に駆られた。手を合わせて神に祈ると、全ては御旨のままにという神の声が胸に湧き神を信じる者の安らぎを得た。そして、リー女史が草津を離れた日の午後、彼女の活動の重要拠点聖マーガレット館は原因不明の出火により焼失した。

後に、聖マーガレット館の焼失を知ったリー女史は、無気味な手紙と関係あるのかと暗い時勢と重ねて心を痛めた。

 昭和12年日中戦争開始、昭和14年(1439)母国イギリスはドイツに宣戦布告し、第二次世界大戦が始まった。続いて昭和15年、日本はイギリスが戦うドイツと三国同盟を結んだのだ。

 これにより日本と米英の関係の悪化は決定的となった。明石のリー女史の近辺には女史を秘かに監視する官憲の影がちらつくようになった。女史の下へは極く限られたヨーロッパの情報が伝えられた。情報のかけらは戦争の激しさを想像させた。<日本はどうなるのか>、リー女史は日本が世界の濁流に呑み込まれる不安を感じた。目を閉じるとその黒い渦に草津の人々が巻き込まれていく。もどかしさを感じつつもリー女史の肉体には行動を起こす力がなかった。

 考えあぐねた末にリー女史は万場老人に手紙を書くことにした。草津の教会関係者は、官憲に目を付けられていることを承知していたから文物の交流も慎重になっていたのである。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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