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2020年1月31日 (金)

人生意気に感ず「WHO緊急事態宣言。立ち上がる中国の少女。差別の動き」

◇30日、WHOは遂に新型肺炎に関し「緊急事態宣言」を出した。ウィルスが世界に広がり、無症状の人からも感染が広がっているなどの異常事態を踏まえてのことと思われる。中国本土の死者は170人に達し、世界の感染者は7,800人を超えた。専門家の中には氷山の一角と指摘する人もいる。現在、感染の広がりは初期の段階であり、ここでの適切な対応が非常に重要なのである。従ってWHOの「緊急事態宣言」は全世界への警鐘となるに違いない。
◇昨日、前橋市内のホテルで新型コロナウィルスに立ち向かう「緊急募金集会」が開かれた。この集会は中国出身の少女の提案で実現した。呼びかけ人の劉さんは地味な感じの少女である。この人は約千人の留学生の前で「母国の人たちを救うために皆さんの力を貸してください」と立派な挨拶をした。私は群馬県日中友好協会の会長として次のように挨拶した。「現在、世界の人類の危機といえます。このような時、国任せでなく個人が立ち上がって行動することが非常に重要です。劉さんの勇気に感動しました。スウェーデンの少女グレタさんは環境問題で立ち上がり、今世界を動かしつつあります。同じように劉さんの行動が、この場から大きく広がることを信じます」。多くの国から集まっている留学生たちは真剣に耳を傾け、その後募金に応じていた。日本アカデミーは、日頃生徒たちに「おもいやり」を教えているが、募金活動はおもいやりの心で行動することにほかならない。
◇県は30日、新型はいえん患者発生時の対応につき県内に保健所との緊急会議を開いた。政府が行った「指定感染症」の決定を踏まえてのことだ。県と市町村との連携は重要である。私は山本市長に刻々と変化する事態に全力で対応するよう求め、市長も担当課内を指揮して市民の健康を守るために万全を尽くしている。市長選が迫っているが、新型コロナウィルス対策に空白があってはならない。市長は「今こそ市民の健康を守る正念場です」と言って決意を示した。今回、WHOが「緊急事態」を宣言したことを日本の地方自治体は真剣に受け止めねばならない。
◇今回の新型ウィルスの拡大の中で差別の問題が各地で起き始めたという。やはり、そしてまたかと思う。中国人ということで接触を避ける動きである。世界的規模で人類は試練の時にある。(読者に感謝)

 

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2020年1月30日 (木)

人生意気に感ず「中国の客と知事室へ。新型ウィルス募金集会」

 

 

◇昨日、中国書法家協会主席、蘇士樹氏の知事表敬に同行した。中国では書道を書法と表現する。2月に行われる「日中書道展」の案内を兼ねた訪問であった。山本知事は上毛三碑、特に多古碑のことを盛んに話しておられた。私は群馬県日中友好協会会長として蘇氏を案内した。私は、群馬県書道協会顧問でもある。

 

 2月の書道展(前橋市民文化会館)は書家郭同慶さんの尽力で開かれる。郭さんは来日以来33年間続く親友である。蘇氏とは家族共々6時から食事をした。知事との面会及び私との食事では新型肺炎のことが話題になった。知事も私も中国からの客と「濃厚接触」したことになる。中国ではこのウィルス問題が益々大騒ぎになっているが、我が群馬では緊張感がまだ薄いらしい。「群馬は大丈夫」は新型ウィルスに関しても変わらない。

 

◇機能、新型肺炎問題に関し、身近でおどろくべきことがあった。私が関わる日本アカデミーの中国人女性の動きである。留学生劉貴航さんは母国の危機を救いたい思いで仲間を誘って募金を始めることになった。アカデミーも私も直ちに動いた。ウィルス問題は今や国境を越え全人類の問題となっている。また、留学生が助け合いに動くことは人道上も教育上も極めて重要なことである。そこで今日30日、日本アカデミーと群馬県日中友好協会は共催で緊急支援集会を開くことになった。呼びかけ人には中国人留学生代表として劉貴航さんも名を連ねる。中国が最大の危機に直面している時、中国に救いの手を伸ばすことは日中友好の証である。1,000人規模の集会になると予想される。

 

◇新型肺炎の猛威は拡大の一途である。中国本土の感染者数は6,000人を超え、死者は169人に達した。ウィルスには30億年を超える歴史がある。その生命力の秘密は変異であると言われる。変異しながら拡大する様は現代の人類をあざ笑っているかのようである、

 

 微かな朗報はウィルス培養の成功である。オーストラリアの研究機関が新型コロナウィルスの培養に成功した。診断や治療の研究が大きく前進することが期待される。しかし、世界の情勢はそれを待ってはいられない。かつて、スペイン風邪の時、新型ウィルスは突如として現れ世界を席巻し、やがて去って行った。その去来する仕組みは謎である。群馬は大丈夫という安全神話への警鐘が聞こえる。(読者に感謝)

 

 

 

 

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2020年1月29日 (水)

人生意気に感ず「新型の猛威は世界戦争のようだ。市長選の公開討論会の光景」

 

 

◇新型コロナウィルスの猛威はただ事ではない。中国本土に於ける感染者は4,599人、同死者は106人と発表された(29日現在)。しかし、未発症の感染者は多く、こうして原稿を書いている間も増え続けているに違いない。人から人への段階に入り、ウィルスは人間の中で変異しながら全人類の間で増殖を続けている。ウィルスにとって国境はない。そして人間が国境を越えて激しく動く時代である。中国は武漢市を閉鎖したが、閉鎖の前に500万人の人が外に脱出したという情報がある。これらの人と共にウィルスは国外に流れ、そこで人に感染し、その先の人から人へと伝わっているに違いない。正に、目に見えない敵との世界戦争が始まっていると言っても過言ではない。

 

◇政府は閣議で「指定感染」にすると決定した。患者の強制入院などが可能となる。国の決定は地方と連携しなければ効果は上がらない。

 

 前橋市政は、国の決定を受けホームページでも第一の重要項目として予防のための注意点を打ち出した。その中で、手洗いやマスクの着用は第一になすべきことと指摘する。敵は目に見えないために、私たちは油断してしまう。中国における死者の多くは高齢者や身体に疾患を抱えている人と言われる。このことは非常に示唆的である。身体に免疫力のない人がウィルスに負けることを意味しているからだ。私は、市内の福祉施設などに重点的に「新型ウィルス対策」をなすべきだと市長に強く求めた。

 

◇28日の夜、テルサの市長選公開討論会に出た。ホールは既に満席。この選挙に対する関心の高さを示している。前橋青年会議所主催のこの企画は良く練られていた。5人の候補予定者がそれぞれの最も主張したい政策を順に述べ、これに他が質問や反論をなす企画を興味深く見た。会場には緊張感があったが新型肺炎の対策に触れる人はいなかった。

 

 山本市長は少子高齢化を第一の課題に挙げた。他にも人口減少や少子化対策をあげた人がいた。これは最重要課題の一つであるからもっと議論を戦わせる工夫があってもよかったと思う。山本市長は少子高齢化対策としてガンの早期発見と治療や子育て世帯の負担の軽減のために高校までの医療費無料を訴えた。山本龍氏の発言には政策を現実に進めている者の自信が感じられた。いよいよ告示まで秒読みとなった。討論会の様子から、こんかいは投票率が少し上がるかも知れない。(読者に感謝)

 

 

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2020年1月28日 (火)

人生意気に感ず「新型肺炎と生命の歴史。ウィルスは政治の在り方を問う。五輪は大丈夫か」

◇中国の新型肺炎は刻々と激しさを増し、瞬く間に世界に広がりつつある。武漢市は地獄の釜の中にあるようだ。変異して「人から人」に伝わることは何を意味するのか。「野生動物から人」の段階と異なり、何十億人という人間の中に微生物が関を切って流れ込むことを意味するのだ。30億年も前に初めて地球に誕生した生命体は、その後幾多の地球の変化の中を生き抜いてきた。その生命力の秘密は「異変」にあると言われる。細菌の歴史は神秘に満ちている。ここからスタートした生命は進化の道をたどり、今日の私たちの存在がある。彼らが、気が遠くなる程の道のりを生き抜いたカギが変異にあるというのだ。彼らの生命力の前には近代科学も蟷螂の斧の感がある。細菌のDNAには突然異変が続出する。感染症を一掃するかと思えたペニシリンに対して瞬く間に耐性を身につけてしまった。コロナウィルスの猛威は現代文明の弱さを物語るといえる。このウィルスとの対峙は政治の問題でもある。今回の事態は中国という表現の自由が制限される社会で生じた。かつてのサーズの時も中国は発表が遅れたために惨状を拡大させてしまい世界の批判を浴びた。今回も伝えられるところによれば武漢市当局は情報の規制を行ったとされる。情報は命、そして表現の自由は社会と個人を支える柱ということがよくわかる。私たちは日本国憲法の真の素晴らしさをこの事件を機にかみしめねばならない。

 

 中国は世界の大国として国際的な責任を担う立場にある。「一帯一路」を掲げ世界に雄飛する時に、その足下で今回の事態が生じた。これから情報の分析が進む中で「天災」か「人災」かの論議が起きるかもしれない。

 

 現在、科学技術は一人歩きのように暴走している。科学を適切にコントロールする哲学がないのだ。ウィルスの変異は現代の文明に対する警告かもしれない。

 

◇東京五輪が目前に迫ったが、この新型肺炎の騒ぎはそれまでに終息するのか。オリンピックどころではないかもしれない。

 

◇政府は南海トラフ型の発生確率を初めて公表した。首都直下型も迫る。「風前の灯火」にどう向き合うか。地方が足を踏ん張る時。市長選のテーマに災害対策の意味は大きい。(読者に感謝)

 

 

 

 

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2020年1月27日 (月)

人生意気に感ず「ふるさと塾で中国を語る。中国はウィルスにどう向き合うのか。市長が塾に現れた」

 

 

25日の今年初の「ふるさと未来塾」はいつもより盛会であった。途中、予告なしに現れた前橋市長を多くの塾生は拍手で迎えた。テーマは「躍動する中国と日本の役割」。先日来県した孔中国大使のこと及び先日大勢で貴州省・福建省を訪ねた報告も取り入れた話に塾生は身を乗り出すように興味を示していた。

 

 私は極貧地区を視察する習近平主席の写真を紹介しながら主席が力を入れる「小康社会の実態について話した。「小康」とは少しよくなった状態を言う。鄧小平が自由経済にカーブを切って以来、中国は世界の工場としてその経済の発展はすさまじい。しかし、その結果生じた格差も大変なものだ。社会主義とはそもそも貧富の差のない平等の社会を理想とするものではないか。鄧小平は社会主義の理想に近づく一歩として「小康社会」を目指した。

 

 今や、この「小康」を目前にしつつ、世界に躍進しようとして「一帯一路」を掲げてなり振り構わず突進しているように見える。

 

 私は主席が強調する「健康中国の建設」を話した。習主席は全人民が健康でなければ全面的な「小康」はないと断言する。そして特に、世界の健康に関し大国としての責任を果たすとアピールし、「国際的な重大突発公衆衛生事件に対応する」と決意を述べている。

 

 私はこのことを説明し、次のように発言した。「では、現在のコロナウィルスの惨状は正に国際的重大突発公衆衛生事件ではないですか。アメリカ、ヨーロッパ、日本、オーストラリアと世界中にウィルスの拡大を許したのは情報の発信など対応がまずかったことを物語るのではないでしょうか」

 

 ちょうどこのとき、市長が現れた。山本市長は少しの間塾生として私の話に耳を傾けた。市長は私に促されて皆の前に立った。「紀雄先生は県議会の頃からの私の同志です。市政の継続は前橋の明日を開くことを意味します。私は紀雄先生が執筆中の田中正造を最も尊敬しています。政治に正義を貫くために大きな力を貸してもらうことになりました」。市長は気を使って短時間で切り上げて教室を出た。私は後を追って話しかけた。「市長、ウィルスは人から人の段階に突入しました。大変なことになりますよ。前橋市も市民の健康のために緊急の対策を打ち出すべきです」、「紀雄先生、そのとおりです。今の話を聞いてその決意を固めました」。知行合一を実現する時がきた。(読者に感謝)

 

 

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2020年1月26日 (日)

小説「死の川を越えて」第273回

 こう思う時、リー女史の胸に自分のことを母さまと呼んで慕う草津の人々の姿が浮かんだ。そして、日本との距離が広がることが神の意志に逆らうように思えるのであった。

 イギリスに着くと、ふるさとでは一族が温かく迎えた。一族の人々はリー女史が日本での任務を終えたと思いイギリスに住むことを願った。

 しかし、リー女史はしばらくの療養生活で体調が回復すると心に新しい力が甦るのを感じた。すると、リー女史の心に立ち上がるのは草津の山河であり、「お母さま」と言って慕う人々の姿であった。リー女史にはその光景は神が草津へ帰れと示しているように思えるのであった。

 昭和10年、リー女史は遂に日本へ向かう決意を固めた。イギリス最後の夜、一族の代表はリー女史を一室に呼び入れ黒い包みをテーブルに置いて言った。

「日本との関係は誠に不安です。そこへ向かうあなたの勇気は一族の誇りです。クサツには神との出会いがあるのですね。これが神の意志に添うてあなたの仕事に役立つことを願います」

「これは何でございますか」

「イギリスのお金、ポンドです。あなたの権利でもあります。国際情勢が酷くなって、今までのように日本へお金を送ることが面倒になりました。利用の方法は十分気を付けて研究して下さい」

 リー女史は、ずしりとする手応えに一族の深い絆と神の力を感じるのであった。

 この年の4月、リー女史は草津湯の沢の地を踏んだ。久しぶりに見る草津の姿はリー女史の老いた心に新しい血液を流し込むように感じられた。リー女史との再会を絶望していた草津の人々は夢かと喜んだ。その姿を見てリー女史はこの人たちに尽くすことが神の意志であることを噛み締めた。

 しかし、老いた肉体がその思いについて行くことは増々難しくなっていた。草津の冬は特に厳しく老体にも容赦することがなかった。その痛々しい姿を見て、医師はリー女史に草津を離れることを勧めた。リー女史は自分が生きることが草津の人々への貢献の基礎と考え、医師の勧めを神の声と受け止め草津を離れる決意を固めた。行先は兵庫県明石の教会である。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2020年1月25日 (土)

小説「死の川を越えて」第272回

マーガレット・リーの最期

 

ある時、さやとこずえが改まった表情で語り合っていた。

「世の中の変化が激しすぎて何が何だか分からないわね。御隠居様はハンセン病の光を信じて生きてこられた。この光はどうなるのでしょう」

「本当に不安ね。こずえさんの気持ち、よく分かるわ。リーかあさまは喜びの谷と申されました。振り返れば、同じことを意味していたのね。私はかあさまのことが心配で」

 さやは、リー女史の身近かで働きながらその衰えを痛切に感じるようになっていた。さやが心配するように、女子の身に重大な変化が起きていたのだ。ここで、リー女史の人生の重大事を知るために、時代を昭和8年に遡ることにする。

 昭和8年の春、マーガレット・リーは故郷のイギリスに帰ることになった。喜寿を過ぎめっきり体力が衰え病気がちのリー女史にとって草津の寒さは骨に刺さるようで耐え難いものであった。また、リー女史は天に召されるときが近づいたことを感じつつ生まれ故郷で何かを得たいという思いがあったからだ。

 12月末の深夜のこと、横浜港は非常に寒かった。びゅうびゅうと強い風が吹き、船体にぶつかる氷の音が冷たく響いていた。リー女史を乗せた船が出発しようとしていた。船上から手を振るリー女史、そしてそれを見上げる人々の表情には壮絶なものがあった。

「母さまー」

 叫ぶ声が風に吹きちぎられていく。見送りの人々の胸には、これがリー女史との最後になるという思いが強かった。汽笛はリー女史がこの世に別れを告げる声に聞こえた。船は真暗な太平洋に突きいるように出て行った。人々は黒い船影が視界の外に去った後も呆然として立ち尽くしていた。

 リー女史の船はホノルルに寄港し、ここで彼女はキリスト教徒の同志と再会し、その後パナマ運河を通ってニューヨークに達した。

 この間、リー女史は対日感情の悪化を肌で感じた。草津という小さな世界で見る状況は日本の諺でいう「よしの髄から天井を覗く」であった。前年に満州国が設立され、この年国際連盟を脱退したことについて、日本はナチスと同じことを目指しているのかと鋭く迫る知人にリー女史は戸惑い驚いた。そして生生塾で万場老人がしきりに心配していたアメリカとの対決の危機が現実であることを実感したのである。

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2020年1月24日 (金)

人生意気に感ず「五輪まで半年。パラリンピックの意義。平和を実現するために」

 

 

◇今日24日、東京五輪まであと半年になった。日本で開かれる56年ぶりのスポーツの祭典は様々な課題を伴いながら正に秒読みの段階である。その課題とは何かを五輪の意義を踏まえて考えねばならない。

 

 五輪の本質は平和の祭典という点にある。だから政治的宣伝の場であってはならない。五輪の歴史を振り返れば、この本質に反して国威発揚に利用する事態が多くあった。今回の五輪にも黒い影を落とすロシアのドーピング問題などはその一例である。平和の祭典は公平で正義を示すものでなければならない。日本は平和と人間尊重を国是としいて掲げる国である。東京五輪を成功させるために日本が試されている。日本は未曾有の高齢少子化を抱え、五輪競技人口の減少に悩んでいる。そして、日本人の心は活力を失い貧しくなっていると指摘される事態が続いている。東京五輪は日本人が心を合わせて国難に立ち向かう舞台である。それは偏狭なナショナリズムを言うのではない。競技に参加する選手だけでなく国民全体が参加する意識を持つことで平和の祭典は目的に近づくことが出来る。

 

 同時に開催されるパラリンピックの意義は大きい。義手、義足、車椅子の人たちの躍動する姿に光りが当てられている。この光景は今社会を変えつつあることを感じる。障害ある人に対する差別と偏見が少なくなりつつあると思う。

 

 平和の祭典は人間尊重の場でなければならぬことを考えれば当然のことだ。私が関わる日本語学校(日本アカデミー)では多くの国々の若者が学んでいる。宗教と人種、肌の色も多種多様である。五輪は宗教も国境も肌の色も超えて行われる。それを日本でこそ成功させねばならない。成功に導くための最大の課題はテロと災害である。56年前と違う点はテロの時代に入っていることだ。首都直下型の大災害も近づいている。万一の時、群馬県の役割は重大である。前橋市長選が秒詠みとなったが五輪に関する課題を主張する候補予定者は少ない。山本市長は私と政策について話し合う中で、この点を熱く語った。「五輪はスポーツを教育として見つめ発展させる良い機会です。何かあった時の受け皿として前橋市の役割を果たします。赤城山を中心とした観光を躍進させる場です。前橋市政継続の中で五輪の成功を最大限活かします。先ず五輪成功のため全力を尽くします」と。(読者に感謝)

 

 

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2020年1月23日 (木)

人生意気に感ず「新型ウィルスの変異と政治。市長継続と医療の在り方」

 

 

◇新型肺炎の猛威が異常事態を迎えている。中国武漢市から始まったとされる肺炎は22日現在、中国国内で発症者473人、死者9人となった。国際化が進み、人と物の交流が地球的規模になっている状況下、ウィルスの拡大はアメリカにまで達している。そして現在新しい段階にまで達した。それは「人から人へ」の感染が確認されたからである。ウィルスは変異して人類に挑戦している。「人から人へ」という新たな攻撃力を得て被害は雪だるまのように拡大するに違いない。マスクや手洗いの必要が叫ばれているが、正しい情報がなければ人々は何も出来ない。時間との戦いなのに、的確な情報が遅れたためにウィルスが拡大したのではないかと批判が高まっている。政治の姿勢、行政の病に対する在り方、そして究極的には国が人命をいかにみているかが問われている。中国は春節が近く、30億人の移動が予想されるという。このもみ合うような人の動きの中で、ウィルスは「人から人」を繰り返し強い力に変異することが懸念される。WHOは緊急委員会を開き、「国際的に懸念される緊急事態」に当たるか否かを検討する。

 

◇私はかつて県議会にいたころ、鳥インフルエンザに関する「新型インフルエンザ」問題に取り組んだ。「新型」か否かのメルクマールは「人から人」であった。鳥インフルは幸い実現しなかったが、メキシコの豚由来の「新型」が発生し日本にも伝わって、パニックになったことは記憶に新しい。幸いそれは強力でなかったために最悪の事態は免れた。敵は進化し変異する怪物であることを忘れてはならない。これは日本としても重大な課題なのであり、日本の地方社会が深刻に受け止めなければならない課題である。

 

◇市長選が目前に迫り、昨夜は政策を訴える大きな集会があった。私は挨拶の中で述べた。「市長は人口減少、高齢化、大災害などの対策に力いっぱい取り組んできました。これらに打った施策の継続に明日の前橋はかかっています」と。私は昨夜、新型肺炎の新しい段階に際し市民の生命を守る医療について市長に提案した。「紀雄先生、市政継続の中で必ずやりますよ」と市長は答えた。

 

◇昨日、ある野党代表が国会で田中正造の文明観「真の文明とは」を語っていた。政治が先頭に立って真の文明を目指せというもの。新型ウィルスの猛威は「文明」への警告かもしれない。(読者に感謝)

 

 

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2020年1月22日 (水)

人生意気に感ず「改めて中国大使と新春パーティ。市長選の大義に人間尊重を」

◇20日、孔中国大使夫妻を迎えての群馬県日中友好協会の新春の集いは、協会としての一大行事であった。警備上の事情が行事を複雑なものにした。大使の来県は難しいという内容の案内を関係者に出したが、その後一転して可能ということになり日を改めて案内を出し直した。16日の予定が20日になったのである。大使参加ということを明記して案内を出したが、その後県警から大使の来県は伏せて欲しいと要請され、私たちは神経を使うことになった。世界情勢のこともあって中国大使の警備に当局は大変苦労したと思われる。

 20日の午前11時過ぎ、ロイヤルホテル玄関で出迎え、食事をとりながら懇談した。ここには福田元総理夫妻も参加した。午後のパーティの前座として打ち解けた話ができた。大使は日本人と変わらぬ程日本語が巧みである。出身は黒竜江省とのこと。大使の前には榛名、妙義の山々の光景が広がり白い雪を頂いた浅間が美しかった。大使は上州の特色に興味を示しておられた。午後は知事を表敬訪問し、続いて上州人宰相記念室に案内した。山本知事は中国との今後の交流に強い意欲を示した。パーティで、私は胸にイメージした通り力を入れた挨拶をした。それはこの協会が日中間の大変な時に船出したこと、そのことによって民間交流の重要さを知ったこと、現在日中間の役割は格段に重要になり、地方の役割、日中友好協会の使命が格段に重要になったことなどである。孔大使はこの春に習主席が来日し、そのことによって日中の関係は新たな歴史の段階を迎えると強調した。新春パーティは成功であった。当初予定した数の倍近い人が参加し、群馬県日中友好協会も新たな段階を迎えたことを感じた。

◇21日、県庁舎で行われた障害平等研修(DET)に参加した。障害の有無に関わらず全ての人がお互いの人権を尊重して支え合い、生き生きとした人生を享受する「共生社会」の実現を目指すもの。山本知事が参加し、多くの県職員が参加した。車椅子の主催者が「障害とは何ですか」と語りかける研修会は良い勉強の機会であった。私はこの問題の根底に憲法の人権の尊重があると考えながら話を訊いた。

◇市長は障害者、高齢者、がん患者などの社会的弱者を厚く守ろうとしている。これらの根底には人権尊重がある。これは易しく表現すれば「人間尊重」であり市政そして市長選の大義として高く掲げるべきである。正義を主張する山本市長の旗印として多くの有権者の胸に訴える。私がこれを市長に申し入れると市長は私の手を握り「その通りです」と大きく頷いた。(読者に感謝)

 

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2020年1月21日 (火)

人生意気に感ず「中国大使孔氏来る。地域起こし協力隊を市長選で訴えるべき」

 

 

20日、群馬県日中友好協会の新春の集いが行われた。孔特命全権大使が奥様と共に出席された。長期に亘った程永華前大使の後継である。孔大使は前日水上に一泊された。水上と前橋の自然を見てその美しさに心を打たれたようだ。20日の午前には新春パーティの前に市内のホテルで昼食をとりながら私たちと懇談の機会をもち、この会には福田元総理夫妻も出席された。

 

◇新春パーティでは私は会長として群馬県日中友好協会の歩みとこの協会の役割について話した。その中で「激動する世界情勢の中で日中の関係は極めて重要で、日中は新しい段階に入った」とこを述べた。私の胸には、この春習近平主席が来日すること、長い日中の歴史を踏まえた民間交流及び地方の役割の大切なことがあった。大使との懇談の席で、昨年未貴省及び福視省を訪れた際の報告書を渡した。

 

◇国が進める「地域おこし協力隊」に注目する。地方の衰退に歯止めをかけ、地方の活性化を図ることは今や国難を救うカギである。若者が地方で活躍することは人口減を救うことにも通じるからだ。制度は2009年度に始まった。隊員は都道府県や市町村が募集する。隊員はこれら自治体のサポートの下で、地域で仕事を見つけ、あるいは起業を行い、その中でやりがいや生きがいを見つければ地域に定着していく。現在隊員数は増えている。若者の中央指向は強いが、その流れが変わる時が来ている。地方には魅力がいっぱいである。地方の特色はその自然と歴史にある。地域の魅力が忘れられる中で、地域が危機を迎えている。それは、国と地方の協力と工夫で回避できる。その工夫の一つとして「協力隊」があるといえる。

 

◇前橋市は既に様々な政策を実施している。例えば赤城南麓の環境と文化を守り、ブランド力を高める若者が集まることを目指す事業(スローシティ)、市内の大学の支援を得る創業支援、古民家空き家の積極利用の推進などだ。これらの政策を「地域おこし協力隊」の制度にも位置づけるべきだと思う。私たちはこのことも山本市長に提案していく考えである。前橋市は地の理からしても若者を呼び寄せる潜在力が豊富である。今や日本の各地が特色を競い合う時代になった。前橋は山本龍の情熱と突進力でこの流れを押し進めるべきだ。協力隊を市長選の一つのテーマとすべきである。(読者に感謝)

 

 

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2020年1月20日 (月)

人生意気に感ず「CDRは前橋市の重要課題。市長選の訴え。ミライズの提案」

 

 

◇厚労省は子供の全死亡例を検証する。2022年度に制度を導入する。チャイルド(子ども)・デス(死)・レビュー(再調査)「CDR」は子どもの虐待死などの再発防止につなげるのが狙い。子どもの虐待死は止まらない。虐待死として国の検証対象となるのは年間約70人と言われるが、実際、隠れた虐待死は非常に多いに違いない。厚労省の研究班が全国の

 

「約150」の医療機関を対象に調査したところ虐待死と認められるケースが「118人」に上がった。

 

 150の医療機関でこれだけの数だから全国を対象とした場合どれだけの数が現れるのか空恐ろしい気がする。社会の病理現象が背景にあるに違いない。子どもの命を救わねばならない。レビュー(再調査)の実を上げるには地方の協力が不可欠である。4月施行の死因究明推進基本法は、施行後3年をめどにCDRの検討を明記している。

 

◇山本市長は「虐待ゼロへ」を政策として掲げている。市政は子育て環境の改善につなげる意図をもつ。子どもを育てづらい環境が虐待の一因になっていることは容易に想像されることだ。子育て環境の改善は子どもの出生率の増加にとって不可欠の要因である。人口減少は今日の日本の最大に課題の一つである。このようにいくつもの重要な課題につながる虐待の防止を私たちは改めて市政の重点として進めることを市長に求めた。山本市長は「CDRを新たな市政の旗としいて掲げます。そのためにも市政の継続は重要なのです」と力強く語った。

 

◇私が代表を務める社会問題を勉強する会「ミライズ」は過日観光問題に関する提言を山本一太知事に提出した。知事は自ら提言提出の場に出席され、私たちと充実した懇談の時を過ごした。「観光」は前橋市にとっても重要課題である。赤城山を初め前橋は観光資源の宝庫。私たちは「観光」の推進について、県と前橋市が連携すべきことを強く求めている。山本市長はこの点も「その通りです」と強く受け止めている。観光のメッカ草津出身の両山本氏は前橋市の観光で協力する方針である。18日のミライズの例会では重要な提案が出された。それは「地方議会の改革」である。民主主義を支えるべき地方議会が形骸化の危機にある。二元代表制の一翼でありながら執行部の追認機関になっている。全国自治体の先進例を調べながら議論することになった。(読者に感謝)

 

 

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2020年1月17日 (金)

人生意気に感ず「阪神大震災から25年。群馬も警戒の時。新型肺炎に備える時」

 

 

◇今日、阪神大震災から25年を迎えた。あの大震災を教訓として生かせたかが問われている。神戸で大地震は起きないという「安全神話」が被害を大きくしたと言われる。「安全神話にあぐら」とは群馬県について繰り返して言われてきた言葉である。自然を恐れぬ人間の思い上がりである。日本で大地震がない所はないと思わねばならない。群馬でも平安時代に大地震があった。赤城山麓の歴史地震として、その跡が発掘調査された。それは類聚国史の記述とほぼ一致するものであった。

 

 昨日地震を研究している元大学教授のHさんから電話を頂いた。この人はかねてから群馬の地震に関して警鐘を鳴らしていた。昨日の電話では、弘仁・貞観の地震からおよそ1200年を経過した今、その時期に来ていると指摘した。1200年が周期なのだ。現在、私は巨大地震近しの気配を感じる。首都直下型が近い。この関係でも群馬は手を打たねばならない。

 

◇実は山本市長は重要な施策の大前提として大地震対策を強く意識している。その施策とは次のものである。①首都のバックアップ機能の実現。②地域防災組織の充実。③水と電気が止まらない安心の実現。④ガス発電や蓄電装置を避難所、病院に設置。⑤これらを市内の大学の知識によってサポートする、等々。

 

 私たち「前橋を語る会」の仲間は「市民の多くが近づく大地震に不安を抱いています。だから大地震対策をわかりやすく大きく掲げて欲しい」と提案し、市長は大きく賛成しているのである。市長は重ねて答えた。「特に①の首都バックアップの役割は重要です。首都直下型が起きた時、東京はパニックになり、距離が近い群馬県に殺到するに違いありません。阪神大震災、そして東日本大震災から教訓を引き出したいと思っています。これは、特に次期の市政の大きな政策目標にする決意です」

 

◇新型肺炎患者が日本で初めてでた。この男性は神奈川県在住の中国人ですでに感染している父親から感染した可能性があり、すると人から人へと感染した疑いが強いという。私が県議会にいた頃、新型ウィルスに関して大きく騒がれたことを思い出す。武漢市で発症が続いている。この地域で企業を展開する本県関係者も多いので、日中友好協会も関心を寄せている。健康医療都市を掲げる前橋市の対応が問われる。私たちは市長が強いリーダーシップを発揮することを求めるつもりだ。(読者に感謝)

 

 

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2020年1月16日 (木)

人生意気に感ず「公開討論会の光景。知事を語る」

 

 

◇市長選公開討論会はどのような展開になるのか。私は興味と期待をもって参加した。新前橋商工会主催ということもあって、新前橋の課題を語る論者が多かった。国難の時における地方都市の使命と役割という大上段の覚悟も訊きたかった。市議会の一般質問の光景を想像させた。給食費や医療費の無料化、子育てのまちづくり、高齢ドライバーの問題など、各論の提起はあったが、それらは何のためになされるかとう前橋市のリーダーとしての決意がもっと聞きたいと思った。山本市長としては、ほとんどの論点がすでに手がけていることなので、新しいものを打ち出す時のような迫力に欠ける点が感じられた。いつものように持ち前の情熱をぶつける姿勢を示せば聴衆の心をもっと捉えることが出来たと思う。「敢えて争点は示さない」という論者がいたが、この市長選の意義を明らかにするために争点を明らかにすることは必要である。今日の日本が抱える最大の課題の一つは少子化対策である。これに対して危機感を訴える論者はいなかった。少子化を打開する改革を断行しなければ、日本は国が機能しなくなってしまう。人手不足は益々深刻となって極く近い未来、企業も行政も行き詰まるだろう。産学官の連携の素晴らしい試みを前橋は始めているではないか。公開討論会は山本市長が継続を訴える絶好のチャンスである。有権者が求めるのは激流を乗り切る船頭の羅針盤に示す決意である。公開討論会は選挙戦の縮図である。今回の討論によって他陣営の状況がわかった。討論会の後で飯を食べながら私の仲間は語っていた。「山本市長は自信を持って駒を示せば乱戦を突破できますね」、「今回の討論を今後の戦略に生かすことが重要です」。

 

◇昨日、私が代表を務める「ミライズ」という政策研究会に山本市長が出席した。激務の中で時間を探して民間の会に顔を出すのは異例だと思う。私たちは観光政策について日頃の研究を踏まえた提案書を渡した。群馬県は素晴らしい観光資源を持ちながらそれを十分に活かしていない。観光政策のための予算規模は全国で最下位に近い。何とかして欲しいというのが提案の中心である。昼食をとりながらの一時間は密度の濃いものとなった。知事は休みを利用してギリシャ神話を読んだことを語りその神々の名を楽しそうに話した。知事の記憶力は素晴らしい。あの爆発的なエネルギーの底に深い教養があるのを感じた。知事と市長の両山本はエネルギーの塊。連携により大きな力が生まれると感じた。(読者に感謝)

 

 

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2020年1月15日 (水)

人生意気に感ず「近づく市長選。地方の時代の真価が問われる時。公開討論会が」

 

 

14日、建築関係者の集会で私は大災害の時代到来を訴えた。市長選が刻々と近づく。そこで求められることは危機への対応と政治の安定である。「大変な事態として人口減少や大災害があります。今回の市長選の目的は、そのために信頼できるリーダーを選ぶことです」。私は主催者を代表してこう訴えた。会場のスクリーンには「信頼の2文字」が映し出されていた。

 

◇総務省は災害多発の時代突入に備え全国の自治体に被災地への技術系職員による応援を呼びかける。2020年度の施策である。災害に対し道路や橋などの補修、再建に技術職員は欠かせないが災害多発の中、現場でいつも不足する。自治体の職員に対して国は財政支援する。14日の集会で、建築関係者の代表は自分たちの役割の重大さと決意を示していた。

 

 被災地を支援することは私たち自身の問題でもある。なぜならいつかは必ず来る災害について学ぶことになるし、また日本は他の自治体と互いに助け合わねば滅亡を免れないからである。私たちは、市長に他の自治体の被災地支援を政策として打ち出すことを提案した。かつて、県会議員だった頃、東日本大震災の被災地に草津の温泉を運んだ市長はにっこり笑って言った。「その通りですね。のりお先生。大賛成ですよ」。

 

◇地方の時代と言われて久しい。この考えは時代の必然の要請として進化した。地方分権が進み、今や「地方創生」が叫ばれることになった。現在は未曾有の難題が山積し国難の時を迎えている。これを打開するカギは地方の力である。地方がその特色を生かして発展を遂げ、地方と地方が力を合わせることによって日本は国難を克服する力を生み出すことができる。その意味で、現在各自治体は真価が問われている。市長選は市民が前橋市の役割とその未来を考える絶好の舞台である。私は長い政治生活の経験からこのことを痛感する。14日の会合で私は言った。「前橋市に対する最後の恩返しの決意で選対事務長を引き受けることにしました」

 

15日、新前橋商工会主催の市長選公開討論会が行われる。県社会福祉総合センターで午後6時からである。各候補予定者の見識と資質を知る機会なので私は参加するつもりである。また、今月28日には青年会議所主催の同討論会が午後7時からテルサホールで行われる。乱戦の行方が次第に明らかになるだろう。(読者に感謝)

 

 

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2020年1月14日 (火)

人生意気に感ず「令和の成人式に思うこと。若者対応は市長選の最大のテーマ」

 

 

◇令和の成人式は特に意義深く感じられる。弾けるような女性の姿が目立つ。私は自分の成人式を振り返った。嬉しいという気持ちはなく漠然とした重い不安を抱いていたことが思い出される。当時社会は未だ貧しく、私は定時制高校の夜学生だった。

 

 新成人の前途は多難である。高齢少子と人口減が進み、格差は激しくなるだろう。山本市長は「勇気と絆と正義で人生を切り開いて」と訴えた。一見平和で豊かな今日の社会は国難のまっただ中にある。恐らく若者たちにはそれに立ち向かう自覚が薄いに違いない。この若者たちを支える社会、特に行政の役割は大きい。前橋市長選が目前に迫った。若者対策こそは市長選の最大のテーマだと思うが、それを叫ぶ候補予定者は少ない。私たちは山本市長に若者支援策を大胆に打ち出すべきことを提案した。

 

◇先日11日、山本市長の市政報告会があった。市長選を目前にしたこの集いで私は最初に登壇し挨拶した。選挙戦の火蓋が切られた時、私は選対事務長となる。私はこの挨拶で待ったなしの前橋の政策を訴えた。

 

「高齢・少子・人工減で日本が沈んでいきます。大災害の時代に入っています。首都直下、南海トラフの巨大地震は明日かもしれません。前橋丸を安全な方向に導くことが山本市政の使命です。若者に夢を、若者にチャレンジのチャンスを、高齢者に生きがいと安心を、それを目指す山本市政の継続を実現させましょう」

 

 続いて市長は、前橋市政の目玉の政策をコンパクトに凝縮した映像を使って熱く語った。自信に満ちた姿には「この政策を継続して市民を幸せにしてみせる」という決意があふれていた。「このようなことは他の陣営ではできないね」と会場から声が聞こえた。市長の政策の中で特に若者支援策が輝いていた。それは「修行支度金で応援」、「就学支援の奨学金」、「市内の6大学連携による産業人材の養成」、「公的結婚相談センターを開設」等々である。

 

6日、日本アカデミーで入学式があった。今回のグループは比較的小規模で、50人程度。中国出身者が多かった。日本アカデミーは大連事務所の計画を進めている。中国との関係が好転する中で、日本アカデミーの留学生も中国の勢いが増しているようだ。彼らには日本の若者には見られないガッツが感じられる。私は彼らの姿を見ながら日本の若者の交を進めたいと思った。市長に提案している。(読者に感謝)

 

 

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2020年1月12日 (日)

小説「死の川を越えて」第271回

正太郎の胸に熱いものが込み上げた。

「よく言ってくれました。あなたのお父さんにカツオブシを差し入れた人たちもハンセンの患者でした。僕の父と母もいました。本当に不思議なつながりです。僕は今、ハンセン病から大きな力、勇気を頂きました。生きて帰れたらこのことをきっと生かします」

「ありがとう」

 男は顔に微かな笑みを浮かべ、がっくりと首を落とした。その時、一陣のスコールが襲った。その雨は天国に昇る男の身体を洗い清めているようであった。

 正太郎は立ち上がった。身体に力が回復していることを感じた。あの男からもらった力だと正太郎は思った。正太郎は遂に4,000メートルのサラワケットを征した。頂上の夜の寒気は凄かった。草津の寒さを経験している正太郎にとっても限界の厳しさであった。

 頂上には多くの人体が重なりあっていた。正太郎はその下にもぐり込んで一夜を耐えることが出来た。一夜明けると目の前に見たこともない雲海が広がっている。その下から朝日が差していた。

 正太郎は両手を大きく広げ、日本の方向に向かって叫んだ。

「お父さーん、お母さーん」

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2020年1月11日 (土)

小説「死の川を越えて」第270回

 

「重監房と言いましたか」

「そうです、重監房ですよ。恐ろしい牢獄で私の父が入れられたのです。父は草津の人に助けられて生きて出ることができた。父は悪魔の牢獄と申しました。父は、草津の人たちがカツオブシを秘かに差し入れてくれたお陰で救われました」

「えー」

 正太郎は思わず叫んでいた。死屍累々の地獄絵図の中で、もう何も驚くことはない筈の状況でなおかつ声を上げずにおれない驚きだった。正太郎は男の上に身を重ねるようにして言った。

「もしかしてあなたのお父さんは本妙寺の」

「そうです。本妙寺から昭和15年の夏、草津へ送られたのです」

「ああ、何という奇縁。カツオブシを差し入れたのは私たち。カツオブシの提案は私でした。仲間の学者先生がカツオブシに頑張れと文字を刻んだ」

「ああ、ああー。指導者の中村という人のかつお節に文字が刻まれていたことも聞きました。かつお節があなたの提案だったとは。ここであなたに会えるのは神の導きです。これを古里の父に」

 男はそう言って手を差し出そうとしている。正太郎が渡されたものは小さな守り袋だった。

「生きて帰れたら」

 そう言って正太郎は男の手を握りしめた。男の手に服から這い出した蛆が動いている。正太郎の手に伝わる男の力が弱くなった。

 男の声も次第に小さくなった。

「幸せな気分で死ねる。あなたのお陰です。もう一つあなたに言って死にたい。私はハンセンの患者」

 そう言って男は残された力を振り絞るようにして腕をまくった。正太郎の視線はそこに釘付けになった。赤い斑点があり、その上を一匹の蛆が動いているのだ。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2020年1月10日 (金)

人生意気に感ず「孔大使がやってくる。私が山本市長を支える意味は知行合一」

◇この春「桜が咲く頃」、国家主席習近平氏が国賓として来日する。孔大使とすれば、それへの対応は着任後最大の任務に違いない。中国側も群馬県日中友好協会を重視していると言われる。それは4人の総理を出した県ということもあるが特に福田赳夫・康夫親子の存在が大きい。現在、県庁舎一角に福田赳夫夫妻及び鄧小平夫妻を映す2メートル・3メートルの大きな写真が掲示されているが、今回私は大使夫妻をここに案内する予定である。私は現在、大使を迎える準備に追われている。

◇令和2年はどんな年になるか。これは国や社会にとって、また個人一人一人にとって重要な問題であり、個人の社会に於ける役割を考える上でも正面に立ちはだかる課題である。

私にとって新年初めの大仕事は中国大使を迎えての「新春パーティ」及び前橋市長選である。私は山本陣営の選対事務長を熟慮の上引き受けることになった。私は日頃、政治の劣化と政治不信の問題を訴えてきた。この観点から山本市長の政治に打ち込む姿勢は重要である。端的に言えば「知行合一」の実行である。大局的に見て、彼はこのことを貫いていると私は見ている。知行合一とは正しいと認識したことを行動で現わすことである。今日、政治不信の最大の原因は政治家が言葉に出した信念を貫かない点にある。「口先だけ、票が目当て」という声が至る所から聞こえてくる。政治の劣化は民主主義の危機に他ならない。この危機に際し山本市長を助けることは、私にとっての「知行合一」なのである。「熟慮」と言ったのはこのことを意味する。

◇私は県会議員を7期やったが、その間痛感したことは行政の根底に人権の理念をしっかり踏まえるべきことであった。行政の目的が人々の幸福の実現にあることを考えれば当然である。ここで書くことは繰り返しになるが、私は敢えて発言したい。市長は前橋市政の基礎として、人間の尊重、つまり人権を強く意識して欲しい。市長選は民主主義を救う最高の舞台である。これこそ市長選の大義なのだ。

◇毎日新聞(群馬版)の私の連載「田中正造」について多くの関心が寄せられるようになった。公害運動の元祖は偉大な予言者でもあった。「知行合一」を生涯貫いた人。市長室にはその肖像がある。(読者に感謝)

 

 

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2020年1月 9日 (木)

人生意気に感ず「駐日中国大使の発言。生きるに値しない命はない。市長選の大義」

 

 

◇中国大使館主催の「日中友好新春の集い」に出た。都内のホテルの会場は飛行機に乗る時のようにチェックが厳重であった。世界情勢が緊迫している時、孔新任大使が何を語るかに私は注目していた。今月20日、群馬県日中友好協会の集いにこの人が出席することも私の関心度を高める要素であった。

 

 孔特命全権大使は重要なことをいくつか発言した。その第一は日中の友好が発展し新たな段階に入ったことである。その中で今年春に習近平氏が来日することは最重要課題だと強調した。その他私の胸に響いたことは、「中日友好の土台は民間交流にある」、「地方自治体の協力が重要」、「青少年の交流の重要性」などであった。これらは群馬県日中友好協会が発足以来、心がけてきたことである。20日の前橋における集いでは、これらのことを念頭に挨拶しようと思う。

 

◇この集いで、大使に続いて登壇した弁士は今日、イランが米軍にミサイル攻撃したことに触れた。報復の応酬は意外な方向に発展する恐れがある。私たちは大戦の勃発を警戒しなければならない。私は平和が累卵の危機にあることを痛感し目前の五輪パラリンピックを心配した。

 

◇この日の注目すべき出来事は相模原殺傷事件の初公判である。この事件の最大のポイントは植松被告の障害者観とこれを支持する一部の声である。被告は「意思疎通が出来ない人は有害」と信じている。生きるに値しない命と考えているのだ。この問題は高齢者や重度の障害者などにつながる。弱者の人権をいかに守るかは今日の最重要課題である。私はハンセン病を描いた「死の川を越えて」の中でナチスの思想につながる「生きるに値しない命」に触れた。

 

◇前橋市長選が刻々と迫る。争点がはっきりしない選挙と言われている。社会の存在がかかる重大問題が山積していることを考えると、これは候補予定者の責任ではないか。私は現実の重要問題に直接対応してきた現職にとって、この選挙はその信任を問う意味があると思う。この際、大いに政策の継続の意義を訴えるべきだ。

 

◇市長は「生きやすい前橋」を政策の中心に据えている。私たちはそこに光を当てたい。「生きやすい」の重点に、弱者を置くこと。そして、高齢者や障害者などの人権を守ることを大きく掲げることだ。

 

世は正に人権の流れの方向にある。選挙に求められる大義名分にしたいと私は決意する。(読者に感謝)

 

 

 

 

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2020年1月 8日 (水)

人生意気に感ず「恐怖の核汚染と海面上昇。市長の放射能対策と食の安全」

◇恐ろしい記事である。核汚染物質が漏れて太平洋に広がる危険を指摘する。南太平洋で行った米国の核実験の結果である。地球温暖化による海面上昇がこの危険度を加速させている。
 アメリカは戦後すぐに南太平洋のマーシャル島で67回の核実験を行った。核爆発で出来たクレーターに放射能汚染廃棄物を捨てコンクリートで蓋をした。コンクリートで作られた施設が時の経過により老朽化し劣化している。この事態に追い打ちをかけているのが海面上昇である。太平洋の汚染は世界に影響を与える出来事である。そして、漁業国日本の食卓に直結する問題である。太平洋を汚染してはならない。
 マーシャル諸島のこの問題に世界の批判が集まり始めた。これは他人事ではない。日本には福島第一原発事故の問題がある。原発はトイレのない高級マンションと言われる。太平洋をトイレにしてはならない。核汚染は日本の問題であり、日本の地方自治体が真剣に受け止めねばならない。このことは放射能の問題が前橋市民の問題であることをも意味する。
◇市長選が秒読みの段階に入った。市長は「放射能対策、食の安全」を重要政策として掲げている。また、「前橋の命を守る」と訴える。この二つは不可分の問題である。原発がない県だから放射能に関しては市民の関心が薄い。しかし、現実に原発事故による放射能で前橋の山や田畑は被害を被った。風評被害は大変なものだった。放射能に県境はない。政治の使命は有権者の啓蒙である。私たち「前橋を語る会」は山本市長に声を大にして提案する。「放射能」の問題をもっと大きく取り上げてほしい。これは農業の問題であり「食の安全」と直結することである。教育の現場で放射能をもっと教えるべきである。県の衛生環境研究所や関係する市内の大学と連携して放射能と食の安全をもっと強く打ち出してほしい。各陣営が目先の問題ばかり主張している。これは有権者の機嫌取りであることを指摘したい。
◇今月の「ふるさと塾」は「躍進する中国の実態」である。昨年11月、貴州省・福建省を訪ねた。そこで見た驚くべき光景の報告を兼ねて中国の将来と日本の役割を語る。本年は習主席が国賓として来日する。また、今月20日には中国大使夫妻が群馬県日中友好協会の新春パーティに参加する。令和2年最初の塾にふさわしいテーマだと思っている。(1月25日土曜日。午後6時半。日吉町の福祉会館。どなたでもご参加頂けます。申し込み不要)
◇恐ろしい記事である。核汚染物質が漏れて太平洋に広がる危険を指摘する。南太平洋で行った米国の核実験の結果である。地球温暖化による海面上昇がこの危険度を加速させている。
 アメリカは戦後すぐに南太平洋のマーシャル島で67回の核実験を行った。核爆発で出来たクレーターに放射能汚染廃棄物を捨てコンクリートで蓋をした。コンクリートで作られた施設が時の経過により老朽化し劣化している。この事態に追い打ちをかけているのが海面上昇である。太平洋の汚染は世界に影響を与える出来事である。そして、漁業国日本の食卓に直結する問題である。太平洋を汚染してはならない。
 マーシャル諸島のこの問題に世界の批判が集まり始めた。これは他人事ではない。日本には福島第一原発事故の問題がある。原発はトイレのない高級マンションと言われる。太平洋をトイレにしてはならない。核汚染は日本の問題であり、日本の地方自治体が真剣に受け止めねばならない。このことは放射能の問題が前橋市民の問題であることをも意味する。
◇市長選が秒読みの段階に入った。市長は「放射能対策、食の安全」を重要政策として掲げている。また、「前橋の命を守る」と訴える。この二つは不可分の問題である。原発がない県だから放射能に関しては市民の関心が薄い。しかし、現実に原発事故による放射能で前橋の山や田畑は被害を被った。風評被害は大変なものだった。放射能に県境はない。政治の使命は有権者の啓蒙である。私たち「前橋を語る会」は山本市長に声を大にして提案する。「放射能」の問題をもっと大きく取り上げてほしい。これは農業の問題であり「食の安全」と直結することである。教育の現場で放射能をもっと教えるべきである。県の衛生環境研究所や関係する市内の大学と連携して放射能と食の安全をもっと強く打ち出してほしい。各陣営が目先の問題ばかり主張している。これは有権者の機嫌取りであることを指摘したい。
◇今月の「ふるさと塾」は「躍進する中国の実態」である。昨年11月、貴州省・福建省を訪ねた。そこで見た驚くべき光景の報告を兼ねて中国の将来と日本の役割を語る。本年は習主席が国賓として来日する。また、今月20日には中国大使夫妻が群馬県日中友好協会の新春パーティに参加する。令和2年最初の塾にふさわしいテーマだと思っている。(1月25日土曜日。午後6時半。日吉町の福祉会館。どなたでもご参加頂けます。お申し込み不要)

 

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2020年1月 7日 (火)

人生意気に感ず「赤城の水は命の支え。水は環境・観光の原点。巨大地震の受け皿を」

 

 

◇食と水は命の支えである。先ず水について訴えたい。私は外国にしばしば出かけるが、外から日本を見てつくづく思うことは日本の水のありがたさである。安心して生の水を味わえる国は少ない。日本国内でも地方は水の宝庫である。市長選が迫っているが、他陣営の政策には私の知る限り「水の政策」がない。山本市長は「水が止まらない安心」を実現すると訴えている。私たちは更に踏み込んだ「水の政策」を市長に提案した。「うん、のりお先生、その通りです。市長の政策を継続する中で、美しい水・美味しい水を守る企画を実現します。美しい水は赤城山が生み出すもので観光の重要な要素ですから」市長はこう発言した。盟友の龍さんは私のことを今でものりお先生と呼ぶ。

 

 上毛かるたは「裾野は長し赤城山」と謳う。有史以前から存在する名山は壮大な水の母体なのだ。林道から一歩踏み入れてみれば至るところで水が生まれ小さな音を立てている。それは水の惑星地球の鼓動である。市長がしっかりした哲学を基礎にして命の尊重を訴えるなら環境問題の基礎に「水」を据えるべきだ。名山赤城にふさわしいものは国定忠治と名月ではない。観光の真の光りとして名水をブランド化して世に訴えることを私たちは提案する。私の小学生時の国語の教科書に「水の赤ん坊チチヨチチヨアワワ」という一節があった。この産声を守らなければならない。福島第一原発の事故は放射能・セシウムで赤城山を汚染した。群馬の人々は原発がないと安心しているが、放射能に県境はない。距離的には新潟の柏崎原発にも近いのだ。山本市長は「放射能対策・食の安全」を大きく掲げるが、それを掘り下げて水と結びつけなければインパクトに欠ける。「群馬は大丈夫」という安全神話にあぐらをかくと言われる我々である。このように環境問題が放射能とも結びついて迫る現在、赤城の名水を観光と結びつけて前橋市の政策として発信すべきである。

 

◇世の中が騒然としてきた。巨大地震の不気味な足音が聞こえる。今後30年の間に首都直下型地震発生の確率は70%。それは明日かもしれない。首都圏はパニックになり人々は群馬県に、そして前橋市に押し寄せる。山本市長はその受け皿対策を真剣に考えるべきだ。名山赤城は優しく微笑みかけているがそれに甘えてはならない。市長選は前橋市民の見識度が問われている。(読者に感謝)

 

 

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2020年1月 6日 (月)

人生意気にに感ず「赤城山は観光の宝。観光の一大拠点を作れ」

 

 

◇今日から令和2年が動き出した。北西に見える雪領は私たちに今年も厳しいぞと呼びかけている。我が赤城も雪化粧となった。この厳しくも美しい大自然は我々の宝である。国際化が大きく進む。その中で観光のうねりが押し寄せる時代となった。観光客は外国人だけではない日本中が観光にわいている。前橋を発展される絶好のチャンスである。名山赤城を真に名山たらしめねばならない。これは私が県会議員の時痛切に感じたことである。県外の多くの人は赤城山と国定忠治を結びつけてイメージしている。名山赤城が泣くと思った。このことは逆に言えば赤城を真に売り出す可能性が限りなく存在することを意味する。私たちは市長選に臨む政策として赤城山を甦らせることを訴えてきたが、令和2年の歯車が動き出す時に当たり、赤城山のことを改めて思う。赤城の懐で少年時代を過ごした私の胸には赤城への強い愛情がある。先日、赤城神社に初詣した時、参道は数百年の杉の古木で覆われ、その下に歌を刻んだ石があった。「上毛(こうずけ)の勢多の赤城のからやしろ やまとにいかであとをたれなむ」。からやしろとは唐風の社の意である。詠み人は鎌倉三代将軍の源実朝である。赤城山の深い歴史の一端が顔をのぞかせている姿である。

 

◇山本市長は赤城山を私に熱く語った。周辺6市町村との連携で観光を進めるというのだ。おもてなしの精神を活かすと言っている。観光は光を観ることを意味する。光りとはその地の特色である。その地の特色である歴史や自然を真心で示すことがおもてなしだと思う。昨日、赤城の裾野の林道を歩いた。空気は美味しく緑は目に優しい。憩いの場として最適だが整備が不十分だ。倒木があり、宝の持ち腐れの感がある。名水が沸いている。ベンチを置いてちょっとした茶店でもあれば旅人を大いに楽しませるのにと思った。赤城国際青年の家から北上すると東西の林道にぶつかる。左に進めば市街から赤城山頂に至る道にぶつかる。右に進めば大間々方面にまで伸びる杉の林が続き杉の木立から癒やしを感じた。このあたりの一画に小動物、例えば山羊が羊の牧場を作れば観光の名所となるだろう。市長は栃木の日光を訪れる外国人を赤城に結びつけたいと言っている。それなりの大胆な策を打ち出さねば待っていても人は来ない。市の政策担当者をつれて市長は自ら赤城の実態をつかむべきだ。(読者に感謝)

 

 

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2020年1月 5日 (日)

小説「死の川を越えて」第269回

 急な斜面を下りて渓谷に出たと思うと今度は木の根や小枝にすがって絶壁を登るのだ。日が落ちて、急斜面の途中で夜を迎える。正太郎は滑り落ちそうになる身体を木に結んでうとうとと一夜を過ごした。一つの頂上に出ると前方には遥かな尾根が続き幾つもの山頂が連なっている。前方遥かな絶壁に目を凝らすと蟻のように無数の兵が一本の綱にすがってよじ登っている。細い山道にはうずくまりあえぐ兵士、既に息絶えた兵士などが延々と続く。正太郎は死体を踏み越えて進んだ。累々と続く死体、腹が裂けて蛆があふれているのを見ても感傷は沸かない。それは間もなく迎える自分の姿なのだ。

 食糧が極度に不足していた。草や木の根、きのこなど何でも口に入れた。

 正太郎はただ生きたいという執念で歩いていた。何も考えられないもうろうとした頭の奥で草津の父や母の姿、そして湯川を描いた。父がシベリアで味わったという苦痛はこれかと思った。目を閉じると轟々と流れる湯川が頑張れと励ましている。

 正太郎は標高3,000メートルを超える所にあるアベンという集落に辿り着いた。原住民は引き払っていない。正太郎は何か食べ物はないかと捜した。畑は既に通過した多くの兵士が隅々まで掘り尽くした後で何もなかった。

 正太郎が大の字になって寝転んでいると、近くで何か気配がした。草の陰に一人の男が横たわっているのだ。視線が合うと男は這い寄ってきて力ない声で言った。

「私はここで死ぬ。最期に人と話しがしたかった。私は熊本の出身で佐々木といいます」

 男の口元には蛆が動いている。

「僕は群馬です」

 男は、群馬と聞いて、その力ない目に好奇心を示して言った。

「草津は近いですか」

「草津の出身です。何か」

「おお、じゅうかんぼう」

 男はそう言って、苦しげに上半身を起こした。驚いたのは正太郎だった。耳を疑ったのだ。

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

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2020年1月 4日 (土)

小説「死の川を越えて」第268回

 3人は湯川の流れ下る方向を見詰めながらしっかりと手を握り合っていた。

 正太郎は短期間の初年兵教育を受けた後、大阪港から船団を連ねて上海に向かった。任地は杭州だった。着任後間もなく兵営を震撼させる出来事が生じた。真珠湾攻撃による太平洋戦争の勃発である。中国大陸に於ける戦雲もにわかに慌ただしくなった。緒戦の勢いは長くは続かず、昭和17年の後半になると太平洋に於ける日本軍の大敗の情報が伝わるようになった。中国大陸の兵士の多くは南方の守りに回される動きとなった。昭和17年の末、正太郎の連隊はニューギニアに派遣されることになった。南の果て、赤道直下のニューギニアとはどんな所か。敗色濃い激戦の様子が伝わっている中で、兵士たちの動揺は大きかった。青い空ときれいな海が果てしなく広がっていた。一見、この世の楽園と思える光景が血の海と化すことを正太郎は想像することができなかった。そして、間もなくこの世の地獄が待受けていることを正太郎は激戦地にありながら予想すらできなかった。この時期、太平洋の各地で日本軍は制空権を失った状態で全滅の危機に晒されていた。

 正太郎たちの隊はニューギニアの要衡ラエの師団に配属された。近くの海はダンピール海峡に続き、その彼方にはラバウルで名高いニューブリテン島があった。ラエの師団は玉砕の決意を固めていたが、戦略を変更して撤退することになった。移動の先は反対の北岸、キアリである。日本に面した北岸の地で日本防衛の作戦を進める作戦であった。ラエとキアリの間には雲を頂く高い山々が連なっていた。そこには、幾多の湿地、ジャングル、深い谷、そして断崖絶壁が待受けていた。約8,000の将兵がここに足を踏み入れ、そのうち約2,200名が犠牲になった。

 この部隊がここに入ったのは昭和18年9月のことであった。工兵が決死の努力でつるの橋を作りブス川の急流を越え、沼地を通って山岳地帯に入った。ほとんどの兵士は負傷し、あるいはマラリアや赤痢に冒され体力が著しく低下していた。草津の山河で鍛えられて育った正太郎も骨と皮ばかりの姿になっていた。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2020年1月 3日 (金)

人生意気に感ず「誰も置き去りにしない。そのために世界、日本、私たちは連帯を」

 

 

◇地球規模の開発が進み地球は益々小さくなる。人口は増え、地球船の定員は限界に近づいている。文明は破局に向かっているのか。田中正造の“真の文明は自然を壊さず人を殺さないものだ”という叫びが地の底から聞こえる。

 

 2015年に国連が打ち出した「持続可能な開発」の訴えは生き残りを懸けた人類の悲鳴として私の胸に響く。国連はこの中で、「誰一人置き去りにしない」を目標に掲げた。この目標は何を意味するのかを考える。第一に思うことは、格差と紛争と自然破壊が進む中で途方もなく多数の「置き去り」にされている人々の現実である。

 

 日本の社会でもこの現実の縮図が進みつつある。このことを私たち一人一人が自覚すべき時がきた。このことをある若者の集いで話すと反応があった。「パキスタンのマララ・ユスフザイやスウェーデンの女子高生グレタ・トゥーベリに日本の若者も習うべきです」。こう発言する若者たちの中に、山本市長の長男と長女の姿があった。家族が一体となって父の政策に共鳴して動く光景はさわやかに映る。私はグレタの言葉を思い出してかみしめた。「人々は困窮し死に瀕している。永続的経済成長なんておとぎ話はやめて」と16歳の少女は叫んだのだ。彼女の小さな胸には「置き去り」にされた人々の姿が焼き付いているに違いない。

 

◇このような状況は「前橋を語る会」のメンバーを衝き動かした。あるメンバーは言った。「市長が掲げる貧困、医療、高齢者対策は国連の置き去りなしや、グレタやマララの訴えと連動していることを訴えるべきだ」。他のメンバーが直ぐこれに応じた。「そうです。その点を明らかにし、市民が自覚することで市長の政策に魂が宿る」。これらの声を聞いて私は嬉しくなり大いに勇気づけられた。人類は一つ、そして世界は連動しているのだと実感する。

 

◇このような視点から市長の政策を改めて見つめる。「生活困窮世帯を対象とした子供への学習支援」、「がん、歯科健診等の充実」、「健康都市まえばしをもっと磨く」、「虐待ゼロへ」、「子どもを育てやすい前橋、不妊治療の応援」、「老後の不安をなくす施策として、自宅療養をサポートするおうちで療養相談センター」などなどである。そしてこれらを包んで方向性と力をつける合言葉が人間の尊重である。地方政治の役割と使命が益々大きくなっている。前橋市民が試される時だ。(読者に感謝)

 

 

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2020年1月 2日 (木)

人生意気に感ず「ゴーンは許せない。市長選で掲げる正義の旗。高齢者を救え」

◇ゴーンが木箱に隠れて逃げた。自らの敗北を認めたことだと思う。このような結果を許したのは司法の責任である。保釈を簡単に認めたことに一因があるからだ。一般市民は巨億の富があれば何でもやれると受け止めている。力ない哀れな人々は抵抗も出来ずに獄に繋がれる。司法は公平で正義でなければならない。この問題をいかに解決するかは日本の治安問題に大きく関わるに違いない。「裁判所だってあんなものだ」「正義もいい加減なものだ」という空気が社会に広がれば大変なことになる。今の社会に求められるものは正義である。そして正義が崩壊しつつあるのが現実である。

◇山本前橋市長は政治の根底に正義を据えようと考える珍しい政治家である。政策の表には出さないが長年の同志として私はそれを感じる。彼の正義とは現実の中で実現すべき公平さである。今の世は享楽に流されている。物の豊かさに毒されて日本人の心が崩れ機械に負けようとしている。それを食い止めるのが彼の正義なのだ。市長室に田中正造の肖像が掲げられている。田中正造は政治の原点である。

◇令和2年正月2日、「前橋市を語る会」のメンバー3人が集まって新年の目標について話し合った。ある人が言った。「高齢者の問題を具体的に取り上げるべきです」。これに引かれるようにもう一人が発言した。「動けなくなった高齢者が汚物のように扱われています。かつてのハンセン病と同じですよ」。これを聞いて私は言った。「高齢者の現実は、誰にとっても明日の我が身の問題です。虐待防止法が出来ても地方の政治が手をつけなければ絵に描いた餅に終わってしまいます。相模原の施設の大量殺人は他人事ではありません。人権の問題として、高齢者の尊厳を市長に提案しましょう」

 私の胸には小説「死の川を越えて」で取り上げた「生きるに値しない命」のことがある。社会の生産に関われない先のない高齢者を無用の存在と考える価値観である。1930年代のドイツに現実に存在した思想でナチスの大虐殺に通じるものであった。今、民主主義の危機が叫ばれる。民主主義を根底で支えるのは人間の尊重あり正義である。私たちは高齢者の尊重を文書でまとめ市長に提案しようと決めた。

◇五輪・パラリンピックが近づく。日本の正義を世界に訴える歴史的瞬間である。パラリンピックにより障害者に向ける世の視線が替わりつつある。これを前橋市で受け止めねばならない。(読者に感謝)

 

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2020年1月 1日 (水)

人生意気に感ず「新年にあたり思うこと。新しい夜明けとは」

 新年おめでとうございます。激動の社会、そして大変な刺激の中で生きる喜びを実感します。2020年の扉が開きました。上毛三山の彼方から大変なことが近づいている気配を感じます。地球が狂い出しています。昨年の台風の惨状はその前兆に違いありません。人間は自然と一体ですから人間の心も狂い出しているようです。このような中で、私は自分の信念に従い、前途の光明を信じて今年も歩みを続けます。長年続けているブログは、私の舞台です。多くの読者との絆を感じます。私の内なるものを発信する舞台といえば、月1回の「ふるさと未来塾」もそうです。恩師林健太郎さんとの約束に従って、愚直に続けているこの歴史塾は今年も貫いてまいります。

 私の日常の舞台裏を少し紹介させて頂きます。私は約30年に及ぶ政界を引退しましたが、新しい現在の世界はかつてより忙しいのが現実です。バッジの世界は枠にはまった規制されたものですが今は拘束のない自由な海に放たれた思いです。私の日常を支えるのは小さな事務所と一人の事務員です。嫁いだ娘がわずかな給料で真剣に頑張っています。遠慮のない間柄なので時々衝突もありますが、それも心地よい刺激です。この事務所の奥は書庫で数千冊の書があり、いわば私の心の世界でもあります。どこに何があるか大体のことが分かっており、私の家はみすぼらしいあばら家とも言うべき存在ですが書物が財産です。この書庫とは別にいつも使う資料は書斎の壁を埋めています。

◇新年最初の大仕事は2月の前橋市長選です。固辞しながらも結局決意して選対事務長を引き受けました。それは私心のない山本氏の情熱に動かされたからです。粗雑なところもある荒削りの野人は8年間の激流で磨かれ風格を感じる人となりました。「知行合一」を絶叫する姿に本物を感じます。「知」と「行」が一致しないことが世の政治家の常であり、政治不信の根底にあります。山本氏はかつての県議時代の同僚です。この人に前橋丸のかじ取りを任せることを、私はふるさと前橋に対する恩返しと考えて頑張るつもりです。79歳の血が騒ぎます。今年も毎日走り続ける私ですが、2月9日の勝利に向けて戦いの道を走り続けます。

 オリンピック、パラリンピックは新しい日本の夜明けです。パラリンピックが世の注目を集める中で障害者に注ぐ視線も大きく変わりつつあります。これこそ日本の夜明けです。

 2020年が皆様にとって素晴らしい一年となりますよう祈念致します。また一年、どうぞよろしくお願い申し上げます。(読者に感謝)

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