« 2019年11月 | トップページ | 2020年1月 »

2019年12月31日 (火)

人生意気に感ず「一年の計は大晦日にあり。市長選で訴える心の危機」

◇いよいよ大晦日。一年の計は元旦にありというが、私は「大晦日にあり」と思う。個人それぞれによって年末と年始の状況は異なる。今、一年を振り返っているが、この一年は過去の到達点であるから、一年だけを切り取って振り返るのも意味がない。私の場合激動の79年を生きて新年を望む。人生百年の時代が本格化しつつある。その一歩をしっかりと記す決意を今固めている。

◇人生百年の時代に歩み込むためにまず従来の生活習慣を進める。今年は群馬マラソンの10キロコースを良いタイムで完走した。今年もこれを果たすために健康管理には注意する。今年新しく始めたことは行水である。岩櫃の不動滝で2回滝行したが、以来毎日水をかぶる行を始めた。精神と身体に大きな効果を感じている。

◇人権の問題は長年の課題である。人権の意識を底流において、新聞の連載小説を2回行った。楫取素彦(産経)、死の川を越えて(上毛)、そして現在ノンフィクションで田中正造を毎日新聞上で連載している。また、人権の問題の大仕事は草津に「人権の碑」を完成させたこと。これは人権訴訟の勝訴と重なったこともあり、人権の歴史に大きな一歩を刻むことが出来た。

◇来年は前橋市長選が行われる。私は人権の意識に基づいて政策として提案したいことがある。今や国際化時代の人権である。従来から主張されている線香臭い道徳教育は通用しない。私が関係している日本語学校ではおよそ20か国から留学生が集まっている。そこには肌の違い、宗教の違い、貧しい国から実に様々である。これらの若者が日本の教室で古里を語る効果を私は期待する。国際化時代の生きた教材である。カメルーンの黒人が海を越えて学びに来た姿に子ども達は感動するに違いない。私は今年黒人青年アラン君と岩櫃不動滝に打たれてそれを実感した。生きること、学ぶこと異質なものを理解する大切さを知り豊かな心を育むきっかけになるだろう。

◇高齢者虐待が後を絶たない。人権侵害の極致である。社会の生産に参加できない人間は税金ばかり使う汚いゴミだ、生きるに値しない存在だという意識がある。虐待をする人の心が既に死んでいるのだ。人の心は人権を理解することによって「人間」たることを取り戻す。現在、心の砂漠化が進み日本の危機が進む。(読者に感謝)

| | コメント (0)

2019年12月30日 (月)

人生意気に感ず「豊かな人生を支える縁結び。それを仲介する行政の役割を」

◇令和元年が終わる。振り返れば私は79回も年末を迎えてきた。物心ついてからでも数十回に及ぶ。その中でもこの年末の重要さはトップレベルに入るものだ。市政を語る会のある若手メンバーが言った。「先生がふるさと塾でよく語るあの敗戦以来ですか」。私が頷くのを見て他のメンバーが発言した。「大きくふくらんだ日本が急激にしぼんでいくようですね」。「こんな時に巨大地震が起きたらどうするのよ」「しぼんでいく原因は人口減だけでなく日本人の心ですよ」これは私の発言である。私は更に続けた「あまりにも物が豊かになりました。それに反比例するように人間の心は貧しくなりました。スマホの氾濫は機械に支配された哀れな人間の心を物語るようです。そう思うと今日の物の豊かさは砂上の楼閣です」。これを受け若いメンバーが鋭い声で言った。「政治家は何をしているんだ。先生が言う砂上の楼閣の象徴は政治家の現状だと思います」。その通りという雰囲気がその場を支配していた。年末の市政を語る会は熱く燃え上がった。この時の要点は人口減少問題に移っていった。

◇急激な人口減が進む。まるで坂道を転げ落ちるように。この先には何が待受けるのか。大規模な国民を抱える国でこのように急激に少子化が進行する例は世界史にないと言われる。私たちはこれをただ傍観するのか。国政が最大の責任を負うべきは当然であるが、私たちが直接に関わる地方政治から改革の動きを示さねばならない。目前に市長選が迫る時、「語る会」は具体的に市長に提言することにした。

◇県が行っている「縁結び世話人」の試みの前橋市版を企画すべきである。県の着想は素晴らしい。結婚願望の男女が登録しておく、世話人も研修を受けた人が登録しておく。世話人はネットワークを利用しふさわしい相手を探し仲介な役割を果たすというもの。県の制度がどのような実績を上げているのか。世話人は女性に限られているが豊富な人生経験と人脈を活かして世話人となる可能性の人は女性に限らないのではないか。市は県と比べより地域に密着している。今の社会は大衆の中の孤独が増々深刻となっている。結婚したい男女は多いのに出会いを活かせない。家族の喜びも知らずに淋しさに耐えている人々を救うことは行政の使命。大胆な一歩を提案したい。(読者に感謝)

 

| | コメント (0)

2019年12月29日 (日)

小説「死の川を越えて」第267回

正太郎の闘い

 

 昭和16年の初め、正太郎に赤紙が来た。高崎15連隊に補充兵としての召集令である。一家の驚きは筆舌に尽くし難いものであった。出征前夜、正助はかつての自分を語った。

「あの時、お前はお母さんのお腹の中だった。朝鮮の陣営にいたとき母さんから来た手紙にもみじのようなお前の手形が押されていた。忘れられない感動だった。シベリアで戦車に踏みつぶされ生死の境をさまよった時、光の中に母さんとお前が現われて励まされ助かったのだ。お父さんはどんな時でも絶対にあきらめてはならないことを知った。私を救ってくれたハンセンの集落の人たちは今どうしているだろう。あの人たちに導かれて恐ろしい海底洞窟を抜けた。あの光景が昨日のようだ」

正太郎は正座して父の話を聞いた。さやが必死の目で言った。

「正ちゃん、今のお父さんの言葉で一番大切なことは、どんな時も絶対に生きることを諦めないことよ。生きて帰ると約束しておくれ。あなたは、ハンセンの患者から生まれた健康な命なのよ。世間の差別を押しのける希望なのよ。万場先生がいつも言っているハンセンの光なのよ」

 母のすがるような目を見て正太郎は両手をついて言った。

「お父さん、お母さん、今の言葉、僕はしっかりと胸に刻みました。しっかりとお国のために働いてきます」

「正ちゃん、これはお守りです。体のどこかに着けていておくれ。リー先生から頂いたものよ」

 さやはそう言って、首から外した小さな十字架を正太郎に渡した。一家はその夜、眠ることなく夜明け近くを迎えた。親子は湯川に向かった。東の空は白んできたが、木々の下にはまだ濃い闇が漂っていた。川は轟々と音を立てて流れ下っている。白い波頭をすかし見ながら正助は言った。

「正太郎、この流れを人は昔、死の川と言った。しかし、俺たちにとっては生の川だ。目を閉じて開けば強く生きよと呼びかける声が聞こえる。この音を胸に刻め。何かの時にお前を助ける力になるに違いない」

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

| | コメント (0)

2019年12月28日 (土)

小説「死の川を越えて」第266話

「おお、凄いこと。カツオがあなたを助けた。そして、カツオを牢獄に入れたのはあなたたちね。すごいレジスタンスですね」

 カールは両手を広げて心のうちを現した。

「レジスタンスって何のことですか」

 正太郎が訊ねた。

「おお、権力に対する抵抗運動のことよ。今、ナチスに占領されたヨーロッパ全域で行われている。パリの下水道の中で。また、ドイツやポーランドでユダヤ人を救うために。女も必死で参加しています。つかまれば銃殺ですが人々は命がけで、死を恐れません。何ものにもかえ難い自由のための闘いです。国家の軍隊はヒットラーの軍に破れても、市民は負けません。ファシズムがいくら頑張っても市民の心を打ち倒すことは出来ないのです。皆さんの活動はこの抵抗運動と共通のものがあります。私、大変勇気をもらいました」

 カールの話に人々は遠い西欧社会の市民の闘いを想像して、自分たちの存在がそこに繋がっているという不思議な思いに駆られた。

「ドイツは破竹の勢いと聞きますが、ヒトラーは勝ち抜くことが出来ますか」

 中村実平が訪ねた。

「分かりません。私、ドイツ国民の一人として大変複雑な気持ちよ。第一次大戦の敗戦の苦しみは痛い程わかる。だからドイツ国民が熱狂してヒトラーを支持していること、心の半分で理解できるの」

「心の半分とは」

 実平が不思議そうに呟いた。

「ヒトラーがやっていることは神に反するからです。生きるに値しないとして、ユダヤ人を抹殺しようとしている。これ、人道に反すること。ファシズムの極致よ。ヒトラーは民主主義を殺そうとしている。だから、ユダヤ人だけの問題ではないのよ」

「最近、日本はそのドイツと手を組んだ。三国同盟を新聞は大々的に報じているが、カールさんの話を聞くと、これは悪魔と同盟したことではないか。悪魔と運命を共にすることになった。カールさんの話を聞いて、三国同盟の本当の恐ろしさが分かった気がします」  

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

| | コメント (0)

2019年12月27日 (金)

人生意気に感ず「国難を救う地方の再生。その突破口は市内大学の連携。知の森が動く時」

日本は今日国難の時を迎えている。それは様々な面に現われているが、私は人口減少に関して特に危機を痛感する。厚労省は24日、2019年の子どもの出生率が初めて90万人を割ったことを発表した。これは国の機関が示していた人口減の将来推計より速度が加速していることを示す。日本が地盤沈下し、日本がしぼんでいく。国を支え、社会の活力を生み出すものは人間であるからこの危機を私たちは真剣に受け止めねばならない。この流れに更に暗い陰を落とすのは子どもたちの心の問題である。物の豊かさの中で心の貧しさが指摘されているのだ。私は、地域の再生の糸口として地方の大学の連携を重視する。

◇「前橋市を語る会(以下、語る会)」は市長に提案した。「市長、前橋の再生は知の森を築くことだと思います。知の森とは大学間の連携です。近づく大災害に対し知の森の住人たる学生たちの存在は非常に重要です。市内に存在する多くの大学は力を合わせれば東京に存在する有名な総合大学以上の存在になります。それはこの危機を救う巨大な砦となりますよ」。市長は我が意を得たりとばかりに応じた。「のりお先生、市内の6つの大学・短大の連携を立ち上げました。それは“めぶく。プラットフォーム前橋”です」。私たちは市長の発言に大いに勇気づけられ、暗闇に光明を見る思いであった。「作る会」のあるメンバーは夢を語った。「先生、市内の大学の生徒が他校の講義を受けられるようにすべきです。大学間の連携を深め学び合う場をつくれば、そこでは地域の人材を育成することができ、地域の人口減を食い止める砦となります。万一の場合のボランティアの巨大な拠点が可能となります」。私はなるほどと思い同感し、胸を熱くした。東京一極集中は首都直下大地震を思えば死の淵に足を突っ込むようなものである。こんな思いで、私は「プラットフォーム前橋」を改めて注目した。その主要テーマは、①市内大学への進学、②市内での就職、③社会人の学び直し、等であるという。私は赤城の裾野に令和の時代の「知の森」が生まれつつあることを実感した。これを実現するには行政のトップに熱い情熱と市民の心に働きかける高い理想が求められる。これこそ、迫る市長選に於いて高く掲げる旗であり大義名分ではないか。8年前の出馬の原点に戻る時がきた。初心が試される時である。(読者に感謝)

| | コメント (0)

2019年12月26日 (木)

人生意気に感ず「髪を提供する女子学生の社会貢献。災害の時代に学生との連携を」

◇24日、前橋市長は女子学生の社会貢献を嬉しそうに語った。「のりお先生、私にその学生から手紙が来たのですよ」。市長は私のことをのりお先生と呼ぶ。長い盟友なのだ。ある女学生が成人式後に髪を切ってそれを寄付する話は新聞にも大きく載った。がん治療を受ける子ども向けウィッグ制作のためだ。女子学生のグループは「ハタチ最初の社会貢献」を決意した。若いさわやかな志が市長の胸を打った。このような動きを市長が先頭に立って支援することはたやすいことだ。成人式会場でチラシを配ったり呼びかけることが認められた。3人に1人ががんで死に2人に1人ががんに罹るという正に「がんの時代」である。この波は子どもたちにも及んでいる。女子学生グループは「ウィッグを受け取った子が笑顔になってくれるといい」と期待する。

◇来年の成人式が楽しみになった。若者の心がしぼんでいく時代と言われ、成人式の在り方も問われる中の朗報で、私は希望の光を感じる。私は市長に言った。「市長、この動きを活かして下さい。政策として発展させるべきです」。「もちろんです。のりお先生」こう応えて私の手を握る市長の目は輝いていた。女子学生のグループには群馬大学や県民健康大学の学生が加わっている。学生たちが率先して社会貢献を目指す姿は社会を変える力を生むだろう。若者の社会貢献がボランティアの波として広がることを私は大いに期待する。

◇間もなく令和2年の扉が開く。扉の向こうに待受けるものは希望と混乱に違いない。私は災害の時代の幕開けを感じる。万一の時、最も重要なことは市民の協力であり、市民が行政と力を合わせることである。その場合の重要な要素の一つとして「ボランティア」がある。

◇作る会のあるメンバーが言った。「先生、阪神大震災とボランティアについてもっと教えて下さい」。私は大きく頷いた。「この大災害の歴史的意義はボランティアが社会を変えることを示した点にあります。1995年はボランティア元年と呼ばれるようになりました。その後の大災害では常にボランティアがなくてはならぬ存在となりました」。かつては国の権力による強制で国民が動かされた。新憲法の時代は自由意志で国民は動く。ボランティアの活躍はその象徴である。無秩序になりがちなボランティアにはリーダーの存在が不可欠である。成人式に向けた女子学生の社会貢献は示唆的である。私たちは市内の大学生と行政の連携を市長に提案していく考えである。(読者に感謝)

| | コメント (0)

2019年12月25日 (水)

人生意気に感ず「迫る危機に前橋の役割は。混乱時の知性。医は仁」

◇県が大地震に備えて道路網確保案を打ち出した。道路沿いの建物倒壊が道をふさぎ救助活動に支障が生じるのを防ぐ目的である。阪神大震災の時の状況を教訓として活かすものだ。県内の大動脈沿いの建物について耐震診断を義務づける。私は巨大地震が近づいたことに対するシグナルと受け止める。本県は首都直下型が発生した時、大混乱の受け皿となる役割を担うからだ。

◇前橋市政の課題を調べ情報を発信し提言するグループが出来た。メンバーは私を中心にした5名で、うち2名はふるさと未来塾の塾生である。名称は「前橋市を語る会」。これからは「語る会」としてこのブログでも取り上げる。

 約20の項目を選んだ。その中には、観光・少子化・高齢対策・教育・医療・首都のバックアップなどが並ぶ。今日は先ず首都緊急時のバックアップを取り上げる。

◇群馬は安全地帯である。かつて上州遷都論があった程だ。現在首都直下の大地震は明日にもという程迫っている。その首都に来年はオリンピックである。万一の事態には避難の車は津波のように本県に押し寄せるだろう。前橋市は県都として県や関連自治体と連携して備えねばならない。焦眉の急なのだ。「語る会」では熱い議論が交わされていた。その主な状況を示せば、「前橋は安全安心の街を最大限発信すべきだ」、「赤城山の山麓は避難の人々を受け入れる懐となるべきだ」、「業者と連携して食料と衣料を急いで集められるネットを作れ」等々である。メンバーのある女性の発言に私は大きく動かされた。「赤城には水があるわ。水は災害時の命よ。それに市内の病院や大学を活かすべきではありませんか。大学生をボランティアの中心に位置づけることも重要だと思うわ」

◇私は阪神大震災の時、大学生が果たした動きを思い出していた。今の若者は駄目だと言われる中で世界が注目するような状況が生まれた。のべ150万人と言われた若者がボランティアに参加し、ボランティア元年と言われたのだ。私は市内の大学生に呼びかけてボランティアの組織をつくるべきだと思う。混乱時に求められるのは知性である。学問をする若者にとって災害は最高の学びの場であるべきだ。医療機関の使命はそれ以上に重要である。「医は仁」の諺が試される。この女性は私に迫った。「先生、このことを市長にもしっかり伝えて下さい」と。(読者に感謝)

| | コメント (0)

2019年12月24日 (火)

人生意気に感ず「知行合一と政治家の役割。前橋市の課題」

◇昨日のブログは続きがあった。塾の後で私と会話した女性は興味が尽きないらしく、更に鋭く質問したのだ。

「先生、知行合一とはどういうことですか、易しく教えて頂けませんか」

「はは、分かりました。知は知識です。考えたことを意味し、行は行動です。つまり知識と行動を一致させることです。正しいと思ったことを行動で示す。正しいと考えたことをそれだけに止めず実行することですよ」

「今、口先だけの政治家が多いですね。その逆ですか」

「その通りです。選挙の時だけにうまいことを言う。有権者の機嫌とりを目的に受けのよいことを言う。政治家の言葉が軽くなっています。政治の信頼が失われている第一の原因ですよ」

「まあ、よく分かります。東日本の被災地に草津の湯を運ぶ。市政の疑惑を晴らすために立候補する。まさに知行合一なのですね」

「はい、8年前の出来事はドラマチックな知行合一でした。それを言われ、それを原点にして前橋のために戦うと言われれば私は断れません」

「先生は、ふるさと未来塾で現在の政治状況は民主主義の危機を示すと申されました。そんなに深刻ですか」

「深刻です。例えは悪いですが、茹でガエルを想像してしまいます。じわじわと進み気付いた時は取り返しがつかなくなる。そんな恐怖を感じます」

「先生は龍さんに何を期待しますか」

「先ず、前橋丸の船長として船の進路を示し、乗り越えるべき課題は何かを語って欲しいと思います。そのことによって市民は船長を信頼し力を合わせることができるからです」

「龍さんは前橋のシャッターを開けようと叫んでいます」

「そうですね。私は前橋市民の心のシャッターを先ず第一に開いて欲しいです。多くの人が心の扉を閉ざしています。超高齢社会では人間の尊厳が最も尊重されるべきです。誰もがそこに行き着きます。高齢者が安心して生甲斐をもって暮らせる社会は社会全体に安心感と希望を与えます。教育も医療も福祉もそこに結びつきます。産業、ビジネスの発展も同様です。龍さんは4つのスローガンの一つで「市民が政治の温かさを感じる市政へ」、「弱者や働く女性、高齢者を支えます」と訴えます。これは先の私の考えと一致します。このスローガンを具体的に丁寧に説明することは近づく戦いの重要な戦略になるでしょう」

(読者に感謝)

 

 

| | コメント (0)

2019年12月23日 (月)

人生意気に感ず「一年を振り返る。市長選で示すべき知行合一」

◇21日の「ふるさと未来塾」は今年最後にふさわしく充実したものになった。数回に亘ったフランス革命の終決で、テーマは「革命を駆け抜けた風雲児・ナポレオン」。人間にとって最も大切な自由と平等。それを押し潰す圧政。目覚めた民衆は王をギロチンにかけるまでに。周辺諸国は革命の波及を恐れて同盟してフランスに。フランスの危機の中で現われたナポレオンはロシアの酷寒に勝てず没落の道へ。彼は絶海の孤島セントヘレナで没した。人権の歴史とその現代的意義につき議論が沸いた。今日の世界と日本に、民主主義の危機が生じ政治の劣化が起きていることを語った。

◇昨日の塾では一年を振り返って、人権と政治の問題にも触れた。人権の問題としては草津の楽泉園に完成した「人権の碑」の意義に触れ、ふるさと未来塾の人にお世話になった御礼を述べた。政治は前橋市長選についてである。ここで私が目前に迫った前橋市長選で山本龍選対の事務長になることを説明すると塾生たちから「ほぉー」という声が上がった。その後塾が終わってからある女性に訊かれた。

「なぜ山本さんなのですか」

「私は県議会で彼と同僚でした。真っすぐな、私心のない人なんです。東日本大震災の直後、被災地に草津の湯を運びました。あの地獄のような惨状で草津の湯は正に天の恵でした。多くの若者が龍ちゃんの行動を助けましたよ。あの実行力には脱帽しました。それがあったからその後の市長選に私は本気で応援したのです」

「草津の温泉を被災地に運ぶことと市長選立候補はどう繋がるのですか」

「はい、よく訊いてくれました。当時、前橋市政には大変な疑惑がもたれていました。それは県政にも関係していたので県議会でも追及が行われていたのです。結局、未解決に終わりましたが、心ある人は腹が煮えくり返る思いだったのです。多くの人は諦める他はなかったのですが、龍ちゃんの正義感はそれを許さなかったのです。司法も味方しないなら、道がある。それは選挙だ。有権者に訴えて市政を刷新してみせる。私が普段言っている知行合一の実現でした」

「ははあ、初めて納得がいきました」

「私は先頭に立って龍ちゃんを助けました。戦国時代の圧政に立ち向かう百姓一揆の思いでした」

「フランス革命で習ったバスチーユの襲撃のようですね」

「彼は今、日本の危機・前橋の危機に当たりあの原点に立とうと決意したのです」

(読者に感謝)

 

| | コメント (0)

2019年12月22日 (日)

小説「死の川を越えて」第265話

 

「私、日本がドイツと同じような方向を目指していること、大変心配なの。そこで重監房のこと詳しく知りたい」

 カールは身を乗り出すようにして言った。その視線は恐い程真剣である。

 水野は深く頷いて言った。

「最近重監房を経験した人物がいます。是非お会い下さい。驚きますぞ」

 水野は、2日後の夜、夜陰に紛れて中村実平を連れ出し生生塾でカールに会わせた。

 中村実平はドイツの宣教師を紹介され、ヨーロッパの戦場が草津の山奥と繋がっているように感じ大いに驚いている。実平は、寿監房の恐怖を話した。そして、外からの救いの手がどんなに有り難かったか言葉では表せないと語った。

「カツオブシとは」

 カールが不思議そうに訊ねた。

「これです」

 実平はそういって懐から丁寧に紙で巻いた物を取り出した。紙から黒い木の根のような物体が現われた。

「おおー」

 回りから声があがった。

「私たちが差し入れたものだ」

 水野が叫んだ。

「毎日、これを舐めたりかじったりして飢えを凌ぎました。皆さん、改めて、本当に有り難う」

 実平は両手をついて言った。

「これ、何ですか。動物の骨ですか」

 カールはなお不思議そうに手にとって言った。

「カツオという魚の肉を日干ししたものです。どうです。この強さ」

 そう言って、実平はカンカンと傍のテーブルの端に打ち付けた。そして続けた。

「カツオは広い太平洋を自由に一年中泳いでいる。私はカツオが広い海を泳ぐ姿を想像して頑張った。暗い中でこれをかじると、自分が太平洋を泳ぐ姿が想像でき、力が湧いた」

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

| | コメント (0)

2019年12月21日 (土)

小説「死の川を越えて」第264話

「悪魔のことね。ドイツは今大変な勢いよ。今度こそ負けないために国民は固く結束しなければならない。国民はドイツ民族とドイツ国家に忠誠を誓わなければならない。そのためにはドイツ人の血と名誉に誇りを持たねばならぬということになる。つまりドイツ人の血と名誉を守る、そのためには・・・」

 こう言って、カールは言葉を止め、一同を見詰めた。何を語ろうとしているのかと、その場に緊張が走り、人々の視線はカールの口元に注がれた。カールは唾を呑むようにして口を開いた。

「そのためには、ユダヤ人を排除しなければならないということになりました。実に乱暴な理論、人間無視の理論ね。実は私はユダヤ人なのよ」

 えーっという驚きの声が起きた。人々の表情を見ながらカールは続ける。

「ユダヤ人を生きるに値しない命として排除することを国家目的にあげたの。私の祖父母はユダヤ人なので、私はユダヤ人に入れられた。これからユダヤ人に対する大変な迫害が予想されるのよ。私が日本に来たの、逃げることが目的でない。これ、信じて欲しい。本部は、東京に欠員が出来たので私を動かしたの。私、日本で人間の自由のために頑張る。私、神様の命令と思って頑張る。皆さんと、力を合わせられることが心の救いです」

 人々の間に拍手が起きた。

 水野は日本の政情を語った。それは日中戦争が行き詰り泥沼に入っており、アメリカとの戦争が避けられそうもないこと、力を合わせて戦い抜くという理由で国はハンセン病の管理を強める方針をとり、そのために草津栗生園がつくられ湯の沢集落もそれに呑み込まれることになったこと等に及んだ。

「それで重監房ですか。この平和の草津、ハンセン病の光があると言われ、マーガレット先生が活躍されるこの地に刑務所とはひどいです」

「国に騙されたのです」

 正太郎が顔を上げて言った。

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

 

| | コメント (0)

2019年12月20日 (金)

人生意気に感ず「朝6時、市長と時代の原点を語る。私は選対事務長を引き受けた」

◇昨日(19日)は大変厳しく、また充実した一日であった。「午前6時にある政治家に会う」と昨日のブログで書いたところ驚いた人がいたらしい。ある友人から「誰か、何事か」と電話。今はそれを書ける心境である。その政治家とは山本龍前橋市長であった。私はいつもより早く朝の行を済ませた。真っ暗な中のマラソンを終え、車を走らせて6時少し前に市庁舎に着く。約束したけどこんな時間に市長は大丈夫かという思いが胸の片隅にあった。建物の陰には未だ濃い闇が残っていた。その中に立つ人影は外套をまとった市長であった。4階の市長室は勿論誰もいない。会話は8年前の市長選に及んだ。目の前に一枚の資料がある。市長舎を黒い雲が覆う絵である。「懐かしいですね」、「今日、いろいろ課題を抱えていますがあれが原点でした」。こんな風に話は弾んだ。「お湯が沸いたようです」。市長は立って紅茶を入れてきた。紅茶を運ぶ市長の口元に静かな決意が滲んでいた。それを受け止める私の胸に令和2年の戦いが描かれつつあった。

◇令和元年は時代の大きな転換点であるが私にとっても重大な節目の年であった。10月末に満79歳を迎えたが、私の内には青年の血がたぎる。群馬マラソン10キロコースで満足の完走を果たし、岩櫃の不動の滝で2回の滝行に挑戦した、私を支えるものは戦後廃墟から立ち上がって生きて来た軌跡である。あの原点が今失われつつあるという思いがある。世界は激変しつつあり日本は「内憂外患」の危機にある。そんな中で目前に前橋市長選が迫っている。

◇私は、実は来る市長選の選対事務長を引き受けることになった。要請があった時、政治から足を洗った身と言って固辞したが、8年前の原点に立たねばならないという山本市長の決意に共鳴した。県都前橋への恩返し、そして私の人生の一つの決算という思いが背を押すことになった。目を閉じれば恩師林健太郎先生の姿が浮かぶ。私の初出馬の時、県民会館の集会で「歴史を踏まえた政治家になれ」と言われた。歴史の転換点に立って林先生の学恩に応えねばならない。

◇今月の「ふるさと未来塾」は明日21日。「ナポレオンの栄光と没落」を語る。ナポレオンは「人権宣言」を生んだフランス革命で頭角を現した。フランス大革命は人権の原点を築き近代社会の扉を開いた。「歴史とは何か」を語りたい。(読者に感謝)

| | コメント (0)

2019年12月19日 (木)

人生意気に感ず「特殊詐欺と暴力団トップ。無期懲役に万歳とは」

◇振り込め詐欺などの特殊詐欺は現代社会の怪奇現象である。この形態の詐欺が発生して久しい。被害は一向に衰える風がない。昨年の認知件数は約1万6000件、被害額は360億円というから唯事ではない。犯罪は社会の実態から発生する。金を持つ高齢者の存在、人情の機微を突く騙しの言葉、そして簡単に大金を騙しとられる現実。現代社会にはこの特殊詐欺を支える構造的原因があると思う。一つは倫理や道徳が薄れ人を騙すことに心理的抵抗がない風潮である。二つには、金を持ちながら冷静に事態を判断できない高齢者の大群の存在。しかも高度で複雑な社会の仕組みが彼らを取り巻いている。社会全体で撲滅に当たらねばならない。NHKが毎朝「私は騙されない劇場」をやっている。金融機関も防止に必死である。しかし敵は研究を重ね手を替え品を替えて攻め立てる。犯罪に関わる若者には罪の意識はほとんどないようだ。一種のビジネスと化している状況を法治国家は克服しなければならない。

◇今日(19日)、この特殊詐欺と暴力団の関わりが高裁で判断される。暴力団がこの犯罪に関わっており資金源としていることは容易に想像される。しかし、そのトップの責任を追及することは至難の技だ。いつもトカゲの尻尾切りで終わっている。暴力団対策法は「傘下の組員が暴力団の威力を利用して資金を得た場合、トップも賠償責任を追う」と定める。現在、この規定を踏まえてトップに対する民事訴訟が起こされている。難しい点は「威力を利用した」ことの認定である。組員が特殊詐欺をした以上、威力の利用を認定すべきではないか。高裁の判断を私は息をのんで待つ。

◇前代未聞の裁判劇が展開された。無期懲役刑の判決に万歳三唱で喜ぶ被告の姿。呆れて開いた口がふさがらないとはこのことである。被告は新幹線の中でナタで乗客に切り付け、止めに入った男を殺し、他を傷つけた。無期懲役によって刑務所で暮らすことが願望であった。万歳は願いが叶ったことに対する喜びの姿であろう。裁判所はこのような男を適切に裁くことは出来ないのか。法秩序が嘲笑されている光景である。この男の生い立ちと背景が知りたい。冷たい鉄扉の中で目覚めることはあるのであろうか。今日は午前6時にある政治家に会うために5時半に家を出る。それまでに「水行」から「走り」に至る全てを終了させる。(読者に感謝)

| | コメント (0)

2019年12月18日 (水)

人生意気に感ず「元高級官僚の犯罪。ひきこもりの実態。自ら無期懲役を求める特異な犯罪」

◇遂に判決が下りた。懲役6年の実刑である。執行猶予がつくかと思ったがつかなかった。元高級官僚の犯罪に対して同情もあったが世の批判の目は厳しかったのだ。ひきこもりの長男を刺殺した元次官の犯罪は「80・50」問題として世の大きな関心も呼んだ。80代の親が50代の子どもの介護をするという高齢社会の深刻な一面である。熊沢被告は76歳、長男は44歳だった。中学時代のいじめをきっかけに家庭内暴力を振るうようになったと言われる。熊沢英昭元次官は犯罪の被告一般によく見られるようにカメラを避けて顔を隠すこともなかった。それは覚悟の姿であった。恐らく冷静になって、我が子を手にかけたことを深く反省しているに違いない。地獄の日々を振り返っていることだろう。熊沢被告以上に殺された長男には耐え難い地獄があったはずだ。また、この事件の背景には我がことのように受け止めている人々が多く存在するだろう。

◇中高年の「ひきこもり」は内閣府の推計では61万3千人と言われる。しかし現実を知る専門家の推計はこんなものではない。優に100万人は超すという。ひきこもりが高齢期を迎えている。かねてからひきこもりの高齢化が大変な事態をもたらすという警鐘が鳴らされていた。今回の元高級官僚の事件はこの警鐘の現実化を意味する。

 ひきこもりの定義は社会参加がないことだと言われる。その人たちは、おおむね六カ月以上学校や職場に通わず、恋人も友人もおらず関係者は家族のみである。しかもほとんどの場合家族関係はこじれている。家族が迫る「働け、経済的に自立しろ」はグサグサと胸を刺す。母親との関係はまだ良いのだろう。父母が退職して家に入ると父親の存在は決定的な対立原因をもたらすに違いない。肉親の情愛が憎悪と化した時生きる道を絶たれる。救いの道は何か。国と地方が連携して孤立したひきこもりが社会参加する場を作らねばならない。格差が増々広がっている。まばゆいばかりの社会と、その中で広がる格差はひきこもりにとって地獄絵に違いない。憲法が保障する自由と平等が空虚なものになりつつある。

◇自ら無期懲役を求める特異な被告。新幹線で3人をナタで殺傷した事件の判決が今日18日、横浜地裁で行われる。「一生刑務所にいたい」、「出所すればまた必ず人を殺す」。これは社会の病理とどう関わっているのか。判決に注目したい。(読者に感謝)

| | コメント (0)

2019年12月17日 (火)

人生意気に感ず「書道展で文明の危機を思い、その救いに胸を熱くす」

◇14日、第70回記念群馬県書道展覧会の表彰式及び祝賀会があった。その実態は令和元年を締めくくり新しい年に臨むにふさわしいものであった。私は県書道協会顧問及び群馬県日中友好協会会長として参加し発言の機会を得た。いつもの通り激しい時代の風を感じつつ臨んだ。「風」とは文字を書くことが薄れていく時代の現象である。そこでは、人間の心が砂漠のように生気を失っていく。人間が機械にとって代わられていく。人間とは何かが問われているのだ。

◇表彰式及び祝賀会には400人もの人々の姿があった。そこで感じたことは「AI」には到底及ばない「人間」の存在であった。書道協会会長は言った。「墨を磨り、2000枚の練習をすべきです」。ある女性受賞者は自分の書歴を振り返った。「小学1年の時、母に手を引かれて書塾に入ったことが昨日のようです。嫁いだ先が酒屋であったため客に頼まれてお祝いの字を書きました」。受賞者のあるグループを代表して前に進み出たのは何と男子高校生であった。私はこれらの人々の背景に限りなく多数の墨を磨る書人の群れを想像する。機械に征服されない熱い血をもった人間の存在である。ホッとする瞬間であった。

◇私は挨拶の中で田中正造の文明論に触れた。「現在、毎日新聞の群馬版で私は田中正造の連載を始めました」。「田中正造は死の直前の日記に真の文明は川を破らず、村を破らず、人を殺さざるべしと記しました」。「今日の世相はスマホが氾濫し人々は文字から離れ心の砂漠化が進んでいます。これは田中が予言した文明の危機に他なりません」。「このように多くの人々が書に打ち込む姿は救いです」。

◇祝賀会の来賓席で西林乗宣さんと隣り合わせた。この先生は私に現在行われている特別展示の観覧を勧められた。今回の70回記念展の一環として行われる「山崎種二記念特別賞受賞作品の展示である。西林先生は山崎種二記念賞の第一回の受賞者である。以来30数名の受賞者が出ている。できたら今月22日までの期間中に見たいと思っている。西林先生は多胡碑の研究に打ち込まれた人で、かつて「一本の線が引けるまでに十年はかかる」と言われた。書にはその人の長年の修行が現われている。富岡市立美術博物館に出かけ歴代会長の作品に会ってこよう。心の栄養を意識し、心の充電を遂げて新年を迎えねばならない。(読者に感謝)

 

| | コメント (0)

2019年12月16日 (月)

人生意気に感ず「議員は自ら報告書を作れ。議会の形骸化は民主主義の危機」

◇県会議員が視察旅行に関して自ら報告書を書かないことが報じられている。これは今に始まったことでなく、悪しき慣習ともいうべき現象である。議会改革が叫ばれて久しい。議会の重要性は改めて言うまでもない。民主主義を支える柱であり、民主主義を実現する拠点でもある。「地方は民主主義の学校」という諺がある。地方は、民主主義を支える主人公たる国民に密着していることに基づく言葉である。地方の時代と言われて久しいが、地方の重要性は増々大きくなっている。その中で地方議会の形骸化が指摘されているのである。

◇議員の視察は非常に重要な役割を担っている。時代の情勢は激しく動いている。その実態を肌で知り見識を高めることは政策の立案とその実現にとって不可欠なものである。私が県議会にいた頃、ある委員会の海外視察がマスコミによって「観光旅行」だと激しく批判されたことがあった。このような批判が的外れでない一面もあった。批判は世論でもあったことから県議会は海外視察の改革に立ち上がった。その忠心は、事前に目的を審査し、事後に「報告書」をつくることである。今回指摘されているのではこの報告書に関することである。事務局が形式済ませ、議員が報告書を作らないとすれば改革は名のみであり与論を欺くに等しい。

◇議員は文が書けないと言われることがある。議員の使命の中心は政策を作り発信することである。この発信のために文の作成は不可欠である。この能力が悪い人物は議会に存在すべきでない。文を作ることに不慣れなら努力すべきなのである。選挙の洗礼を受けて議会に入る人には潜在的に文を作る能力があると思う。議会事務局の役割は議員を本質的に助けることである。議員には地方民の中にあって体感している熱い思いがある。稚拙であっても議員自らが文の筋書きを作り、それを完成することを事務局は支えるべきだ。私の経験では議会事務局の存在は空回りしている。議会制民主主義の根幹を支えるべきなのに、現状はそれと程遠い。議会の改革は議員と議会事務局の歯車が噛み合うところから始めねばならない。私が議長の頃、議会改革として一問一答形式が始まり、議員は自ら質問を組み立て自分の言葉で語るようになった。これは議員が能力を発揮し事務局が支える姿の成功例である。議会が根底から試される時が来た。(読者に感謝)

| | コメント (0)

2019年12月15日 (日)

小説「死の川を越えて」第263話

 ドイツ人宣教師カールは、4人の祖父母のうち3人がユダヤ人だということで、ユダヤ人として迫害の対象とされることになった。

 生きるに値しない命、否それどころか国家を滅亡に導く命としてユダヤ人絶滅政策が進められると噂されていた。単なる噂でないことがひしひしと感じられるようになり、カールは生命の危機を感じたが、神から与えられた自分の使命を命懸けで果たす決意を固めていた。しかし、教会本部は緊迫した情勢の中で、カールを国外に出すことに決定した。

 ユダヤ人の亡命は既に始まっていたが、カールの場合は教会本部が日本の教会支部への派遣という措置をとったのだ。

かくしてカールは昭和15年の暮れ、再び日本にやってきた。

 カールは日本でも戦争前夜の激しい社会の変化が生じていることを肌で感じた。そして、ドイツでユダヤ人に対する国家の政策としての迫害が進んでいることが日本のハンセン病対策と重なって感じられ大きな不安に駆られた。

 カールは東京に着任後、草津の出来事を知った。それが、全国のハンセン病患者の隔離政策の一環であることが分かった時、ナチスのユダヤ人政策との共通性を感じ、ここでも同じことがと心を痛めた。かつて、草津で大いに議論した「生きるに値しない命」が巨大な力によって深刻化していることを感じたのだ。カールは逸る心にせきたてられるように草津に向かった。

 草津駅に出迎えたのはこずえとさや。3人は激動の社会状況の中で長い時を超えて再会出来たことを喜び合った。

 その夜、万場老人、水野高明、正助たちも加わってカールの話を聞くことになった。

「ヨーロッパでは大変なこと起きてます。昨年9月、世界戦争となりました。私、前に話したね。生きるに値しない命のこと。あれがモンスターのように広がっているのよ」

「モンスターとは」

 こずえが怪訝な顔つきで言った。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

| | コメント (0)

2019年12月14日 (土)

小説「死の川を越えて」第261話

 監禁の期間はもとより無制限ではない。検束規定では最高で30日、反省が見られない特別の場合は更に30日を加えて60日迄という定めがあった。本妙寺からの人々は、刑法の重罪犯であり、本来刑務所に入れられるべき者であるから検束規定に従わなくともよいという考えが当局にはあった。実平の下へは2本目の鰹節が届けられ、そこには微かに読める線で「近シ、水」とあった。水が水野を示すことはもはや疑う余地がないと思えた。

このような、生生塾の人々の努力もあって、実平等は9月11日解放されることになった。7月17日以来、57日間の息が詰まり発狂寸前の生活であった。

 9人の人々は外に出され、青い空に輝く太陽を見た時、自分の肉体の隅々までが命の魂であることを実感した。

 実平が水野と会う時が来た。

「やはり先生でしたね。鰹節とひたすら耐えよに救われました」

 2人はしっかりと抱き合い、実平は胸を震わせて泣いた。

 昭和15年、国内外の情勢は増々深刻となり、風雲は急を告げ、ハンセン病の人たちを圧迫する世相は日ごとに濃くなっていった。

 

カール、再び日本へ

 

 世界大戦下のドイツでは、ヨーロッパでの快進撃が進む中で、必勝を期して「ドイツ人の血と名誉を守る」ことが熱狂的に進められていた。それはユダヤ人の徹底的弾圧であった。第一次大戦の敗北はユダヤ人の裏切りのため力を結束できなかったことが原因とヒトラーは固く信じていたのである。また、ユダヤ人弾圧は、ドイツ国民の政治に対する不満や批判のはけ口に利用する意図もあった。ドイツ国民の義務及びユダヤ人の定義を定めた法(ニユルンベルク法)が制定され、ユダヤ人に対する迫害が本格化していく事態となった。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

| | コメント (0)

2019年12月13日 (金)

人生意気に感ず「元次官の公判。『8050問題』の衝撃

◇11日、元農林水産次官の初公判があった。エリート高級官僚だった人がひきこもりの長男を殺した。世間が驚愕したのは熊沢元次官の天国と地獄という衝撃のドラマを見せられたことだけではない。中高年のひきこもりという社会の土台を崩す巨大な波が迫っていることを象徴する事件だからである。

 検察側、弁護側のそれぞれの主張から悲劇の実態が浮かび上がっている。「殺された長男は進学した有名私立中学でいじめを受けた頃から家庭で暴力をふるうようになった」・「被告は長男を必死に支えたが長男が人に危害を加えることを恐れ、殺すしかないと決意した」等々のことである。裁判員裁判の行方が大いに注目される。

◇3月末、内閣府は初めて「中高年のひきこもり」の調査結果を公表した。それによれば中高年のひきこもりの推計は61万3千人だという。しかし専門家によれば中高年のひきこもりの実態はこんなものではない。100万人を超えるというのだ。超高齢社会が進む中で中高年のひきこもりは今後更に増えるに違いない。80歳代の親が50歳代の子どもを支える「8050問題」の恐怖が迫っている。元次官の事件は76歳の親(元次官)と44歳の長男の間で起きた。高齢の親は自分の先が短いことを憂え子どもは孤立し生きる道を失っていく。これは社会全体の深刻な問題であるから社会全体で支えなければならない。

◇厚労省は包括的な「ワンストップ型」の支援体制を整備すると言っている。問題の実態により近いのは地方自治体であるからその取組が問題解決のカギとなる。実際に対策を実施している自治体が出始めている。市役所内に「福祉まるごと相談窓口」を開設するなどだ。そこでは「未婚の子と高齢者」という深刻な問題が浮き上がっている。老老介護という言葉があるが、老いた親が老いた子に面倒を見てもらうどころの話ではない。

◇引きこもっている人の最大の支援者は家族である。父親が定年退職で家に入ると引きこもりの子どもとストレートに対立し、働かない子を責めて悲劇の原因となる。高齢社会の中味を考えると日本は絶望的である。しかし解決の道は必ずある筈だ。日本は何度も絶望の淵から這いあがってきたのだから。きっかけを作るのは政治ではないか。真の政治家はいないのか。国会では相変わらず茶番劇が繰り返されている。(読者に感謝)

| | コメント (0)

2019年12月12日 (木)

人生意気に感ず「ノーベル賞の将来。ロボット化する人間の未来は。文章が書けない若者達よ」

◇吉野さんの笑顔がいい。ストックホルムは晴天の白銀。「今日の天気のように晴れ晴れしています」と語った。毎年、ノーベル賞の季節になると今年は誰がと期待する。日本人の名が挙がると「やったぁ!」と心で叫ぶ。純粋に嬉しい。ノーベル賞は学問と文化の高峰である。吉野さんはリチウムイオン電池の開発が高く評価され化学賞受賞理由になった。日本人のノーベル賞受賞は27人目で、化学賞は8人目である。科学立国、技術立国日本の面目躍如である。

◇私は先日多くの留学生を対象にした授業で吉野さんの快挙を語った。スマホやノートパソコンを可能にした電池の話にアジアの若者たちの表情も動いたように見えた。スマホは世界を一変させた。私は同時に「文章が書けない若者たち」のニュースを紹介した。最近の国際的学力調査の結果は深刻である。国語力が低下していて、主語述語がはっきりしない意味不明の文章が多いというのだ。この現象はスマホが一因になっているという指摘があル賞のことを考えてしまう。受賞は多くが70代である。こつこつと地味な研究を続けた人たちである。時代を遡るほど国語が盛んであった。国語は人間の心をつくる基礎である。想像力が豊かでなければ独創のアイディアは生まれない。今日の子どもたち、若者たちの活字離れは甚だしいという。文学などへの関心は薄れているらしい。一歩街に出れば至るところスマホの氾濫である。便利なものに飛びつくのは人の常であるがこの目を覆う光景は日本の危機を象徴するものだ。人間の心が増々貧しくなり機械に取って代わられている。人間が機械に支配されロボット化していく現象の先にあるものは何か。私はノーベル賞受賞者の先細りを心配する。ロボット化した心に夢は育たない。夢のないひからびた心に独創の技術は育たない。私はノーベル賞受賞の快挙の度に化学立国、技術立国の危機を思う。学問の分野における中国の躍進は凄い。近い将来、中国がノーベル賞の分野で脚光を浴びる時代が来るだろう。教育の危機が日本の危機に繋がっていることを指摘したい。夢を育む教育の推進は待ったなしである。

◇私は留学生に地球の危機を訴えた。温暖化は地球の壊滅を招きつつある。吉野さんのリチウム電池は二酸化炭素を発生させない技術である。技術立国の技術とは人類の技術でなくてはならない。(読者に感謝)

| | コメント (0)

2019年12月11日 (水)

人生意気に感ず「国ぐるみのドーピング。ロシアの五輪出場停止。拉致展を観る」

◇ロシアが来年の東京五輪・パラリンピックから排除されることになった。国ぐるみのドーピングは五輪の精神を踏みにじるものだ。平和の祭典は公平で公正でなければならない。精神と肉体の極限に挑戦する競技は公正であってこそ価値がある。目的のために手段を選ばぬロシアの行為は五輪の価値を否定するだけでなく五輪の下にある全世界のスポーツに泥を塗るものである。スポーツが教育の重要な一環であることを考えれば国ぐるみのドーピングは世界の教育を打ち壊すものである。真の教育は心をつくるものであり平和の基礎であることを思えば、ロシアのドーピングは世界の平和と精神の世界に対する挑戦である。

 恐らく国ぐるみのドーピングは今日に始まったことではないだろう。長いこと続いてきたに違いない。世界反ドーピング機関(WADA)の決断は非常に大きな意義があることである。データの削除や修正された箇所は少なくても数百以上というから呆れる他はない。

 ロシアは恐ろしい国というイメージがあるが国ぐるみのドーピングは正義や自由・平等といった個人の問題を無視し国家の体面を重視するもので、これが全体主義の正体かと思わせる。正に恐ろしい国なのだ。私たちはこのような隣国と付き合って生きねばならないのだ。

◇かつて、ソルジエニーツインの「収容所群島」を読んだことがある。国家に反する者、その疑いのある者がある日ふいに姿を消し、収容所に入れられる。個人の自由や幸せは木の葉のように軽く無視される。先ず国家第一なのだ。個人の自由や権利を考えない恐怖の全体主義はこの地球上に少なからず存在する。なりふり構わず核の開発を進める北朝鮮もその例である。

◇昨日、県庁で拉致被害者の写真展を観た。ある日突然袋に入れられ連れ去られた人々及びその家族の苦しみを今更のように思った。北朝鮮は航空機を爆破し公然とテロを行い他国の人間を連れ去る。正に国家ぐるみの犯罪国家である。小さなことに腹を立て大きな不正義に怒ることを忘れた日本人もさすがに拉致は許せない。しかしその怒りの感情も長い時の経過と共に薄れていく。一枚の写真を見詰めていたら報道の人に意見を求められた。「国としてなぜ救済できないのか不思議だ。拉致を絶対に許さない世論の盛り上がりが重要なのでこのような企画には意義がある」と述べた。(読者に感謝)

| | コメント (0)

2019年12月10日 (火)

人生意気に感ず「相模原大量殺人の裁判が近い。生きるに値しない命を思う」

◇入所者19人をゴミ処分するように殺した惨劇は記憶に生々しい。その裁判員裁判が間もなく始まる。それは2016年、相模原市の障害者施設で起きた。植松聖被告はこの施設の元職員である。19人を殺し26人を負傷させたこの事件に、私が特に衝撃を受けたのはその特異な動機の故である。この事件が報道された時、直ぐに思ったことは私の連載小説「死の川を越えて」の中で語られる「生きるに値しない命」であった。植松被告は最近の新聞記者との面会の中で「意思疎通のとれない人は社会にとって有害で、お金と時間を奪っているから死ぬべきだと思う」と語っている。「お金と時間を奪う」とは、長期にわたり税金を無駄に使っているということであろう。3年前の逮捕時と同じことを語っている。一種の確信犯なのであろう。排泄も出来ない障害者や高齢者を汚物のように扱う虐待事件が跡を絶たないが、その底流には社会の生産に関われなくなった人を人と認めない論理があるに違いない。「人権」を全く理解しないこの特異な価値観は現代社会に突きつけるものがある。植松被告は重ねて述べた。「事件を起こしたことは有意義だったと思っています」

◇私は上毛新聞で一年以上にわたり、ハンセン病と闘う人々をテーマにした小説を連載した。戦争の時代を背景にしてハンセン病患者は「国辱」と扱われ絶対隔離の対象とされた。最近除幕式が行われた草津楽泉園の「人権の碑」にはその事実が生々しく刻まれている。

 第二次世界大戦の時、ナチスドイツでは史上例のないユダヤ人虐殺が起きたが、ドイツではナチスの政権に先だって社会の生産に参加出来ない重病者に「死を与える」行為と論理が展開されていた。小説ではこの事実を背景に、ドイツ人宣教師カールを登場させ、「ドイツでは恐ろしい思想が横行している。ハンセン病についても同じことが起ることを恐れる」と語らせている。人間は生ある限り尊厳ある存在である。安楽死が安易に認められるべきではない理由もここにある。ハンセン病の訴訟で裁判所は国の隔離政策を厳しく断罪し、ハンセン病で苦しんだ人々は「人間の空を取り戻した」と言って歓喜した。現在、人権尊重の日本国憲法の下で人権の岩盤が崩れようとしている。障害者の虐待はその現われである。植松被告にハンセン病と人権について訊いて欲しかった。裁判員の対応が注目される。(読者に感謝)

| | コメント (0)

2019年12月 9日 (月)

人生意気に感ず「あおり運転の厳罰化を考える。懲役18年の意味。書道展に出る」

◇「あおり運転」及び「ながら運転」が社会の大問題となり厳罰化の方向が進んでいる。交通は今日市民生活の根幹であり、交通犯罪はそれを脅かす現代の重大犯罪となっている。かつては、殺人・強盗・強姦などといった非倫理的犯罪とは異質なものという受け止め方があったが大きく変化した。交通犯罪は市民生活の秩序を破壊する非倫理犯罪の典型となりつつある。

◇警察庁はスマホやケータイの操作をしながらの運転を厳しく取り締まる方向である。運転中の着信につい取り上げてしまう。ちょっとだからという意識を改めねばならない。ながら運転が交通事故の大きな原因になっているのだ。運転中のながら運転を封じる習慣をつくらねばならない。私は運転時、ケータイの電源を切ることに決めた。

◇あおり運転は新たな危険運転行為としてにわかに社会問題化した。道交法の条文を改正し厳罰化を進めている。きっかけは東名高速道におけるあおり事故である。あおり運転を受けた夫婦が事故に巻き込まれて死んだ。横浜地裁は被告に懲役18年を科し、東京地裁は横浜地裁に差し戻したが懲役18年という判断は変わらないらしい。各地であおり運転が問題となっている。高速道路のあおり運転は危険性が極めて高いから殺人行為にもあたるというべきであるが、あおり運転の定義ははっきりしない。改正はこの定義を定め罰則も一新させる。免許は即取り消しとなる可能性があり、罰金は高額となり、2・3年程の懲役刑も想定されている。法律は常に後追いであるが、制定された法律は新たな秩序を形成していく。いらいらして目まぐるしい社会、そして高齢者が走る高速道に新しい秩序が生れようとしている。

◇6日、第70回記念県書道展に出席してテープカットに参加した。小倉釣雲会長がこの展覧会の歴史を語っていた。スタートは昭和25年であった。最初の頃の応募者がごく少なく、遠方からリヤカーで作品を運ぶ人もあったとか。今回の展示作品は1,919点である。文字離れが進む中での堂々たる伝統文化の流れにほっとし、また感動した。ある来賓は書にはAIにない温かい心があると語った。その通りである。今日の日本には文化の危機が押し寄せている。自らの手で文字を書かない若者の心は文明の利器に害され人間本来の感性を失いつつある。私は日本の危機を見る。書道はその救いである。(読者に感謝)

| | コメント (0)

2019年12月 8日 (日)

小説「死の川を越えて」第260話

 入監して数日が過ぎたある日のこと、中村実平はあおむけに身を横たえじっと目を閉じていた。チッ、チッという鳥の声が微かに聞こえた。朝なのだ。目を開けると天井の小窓からぼんやりと明かりが漏れている。その時、ギィーと扉の開く重い音がした。実平は一つ二つと扉の音を数える。やがてコトリと身近な音がした。朝食の差し入れ口からいつもの箱が入れられたのだ。空腹に耐えかねていた実平は半ば身を起こして食事の箱に手を伸ばした。箱を引き寄せた時、実平は妙な物に気付いた。何やら黒い棒状のものがある。はっとして、身を起こして手に取った。薄明りで透かして見て鼻に近づける。何と鰹節ではないか。実平は堅い表面に舌を這わせた。<誰であろう>実平は、舌が捉えた鰹節の感触よりも自分を助けようとしている人物がいることに胸をときめかせた。想像を巡らせながら鰹節を頬にあて指で撫でた。その時、実平は更に妙なことに気付いた。目を凝らすと文字が刻まれているのだ。実平は差し入れ口に精一杯近づけ角度を変化させ必死で細かい文字を読み取ろうとした。

 君ガ生 何スレゾ 窮獄ニアルヤ ヒタスラ耐エヨ 再会ヲ期ス 九大ノヒト

苦労してこのように読めた。実平は正座していた。九大とは九州帝大のことであろうか。それにしても九州帝大の人とは誰であろうか。思い当たらないのだ。

 実平は鰹節に歯を当てた。ガリガリという音が「ひたすら耐えよ」と励ます声に聞こえる。実平は涙を流して天に感謝した。

本妙寺の9人は生生塾の人々の水面下の周到な、そして必死の努力に応えて頑張った。秘かに協力した職員は、首になることを覚悟しながら遂に全員に鰹節を配布した。

 中村実平は、鰹節を舐めたりかじったりを繰り返しながら差し入れの主、九大の人のことを考えた。鰹節がだいぶ細くなったある日、はっと閃くものがあった。

「そうだ九州帝大の水野先生に違いない」

 実平は思わず叫んでいた。以前、ハンセン病の実態を調べるということで、学生と一緒に本妙寺の集落に来て、親しくなっていた水野の姿を思い出したのだ。しかし、水野先生がなぜこの鰹節なのかと不思議に思った。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

| | コメント (0)

2019年12月 7日 (土)

小説「死の川を越えて」第259話

 食事は極くわずかであった。小さな茶碗にわずかな麦飯、そして梅干し一個に味噌汁では健康な胃袋を満たすことは到底できない。しかも一日2回であった。重監房に入れられた本妙寺の人々は、これも重刑の一部で、餓死させられるのかという不安におびえた。

 本妙寺の9人が監房に入れられた時、万場老人たちは秘かに策を練った。本妙寺の町から嘆願書が出ているのだから、こちらもそれに応えねばならないというのが共通の認識だった。彼らの努力は、少しでも早く人々を監房から出すこと及び、それまでの間をいかに支えるかに向けられた。

 話の中で、正太郎が突然言い出した。

「鰹節を何とか中に届けられないですか。僕は草津小の時、萩野先生から鰹節の話を聞きました。先生の故郷は高知県で、昔漂流した兄さんが一本の鰹節で何日も生き延びたというのです」

「うーむ。それは凄い話ですな。重監房は絶海の孤島のようなもの。鰹節は命をつなぐものになるでしょう。だが、問題はどうやって中へ届けるかです」

 水野高明が首をひねって言った。

 その時、じっと考えている風のこずえがそっと言った。

「実は、私は食事を運ぶある職員を知っています。教会にも一度見えた方です。この人は役目柄とはいえ、監房の人の大変さは可哀想で耐えられないと言っています。鰹節をそっと添えられないか私から話してみましょうか」

 これを聞いて水野は瞳を輝かせて言った。

「それは素晴らしい策です。人道を解する人なら、あなたが頼めば引き受けてくれるかも知れない」

 早速、こずえはその職員に話した。こずえの必死な目には神を信ずる者の深い力が現われている。職員はこずえの姿に引き込まれるものを感じ、結果の重大さを覚悟の上引き受けると言った。

それを聞いて水野はこずえの手をしっかり握って喜んだ。そして、鰹節を用意し、リーダーの中村実平に届けることになった。水野は表面に釘で何やら刻んでこずえに渡した。

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

| | コメント (0)

2019年12月 6日 (金)

人生意気に感ず「中村医師の死の衝撃。文章を書けない子ども達と日本の危機」

◇中村医師の死に衝撃を受けた。アフガニスタンで武装集団に襲撃された。民間活動団体「ペシャワール会」の現地代表だった。この会ではかつて日本人の若者伊藤和也さんが殺害されている。中村哲さん(73)がアフガンでの医療活動に関わるようになったきっかけは同地でのハンセン病患者の医療活動であった。ハンセン病は社会環境と関わりがある。日本ではほぼ絶滅されているが世界の貧困地域では未だ深刻なのだ。中村さんはアフガンの貧困が平和を害し治安が安定しない要因と考えていた。中村医師の死を通して海外の過酷な紛争地で命をかける日本人が多くいることに今更ながら胸を打たれる。

 アフガニスタンは古代のアレキサンダーの遠征以来、東西紛争が激化し続けた地であった。2001年のニューヨークの同時多発テロ後はアメリカの攻撃の的となった。イスラム教の人たちの中では、アメリカとの対話を「十字軍」戦争と呼ぶ人は少なくない。中村さんは「米国に近いと思われたらここでは誰も信用してくれない。米軍とは距離を置いているから武装勢力の恐さを感じない」と語っていた。

 ある時、中村さんの診療所を米軍が訪れて薬の提供を申し出たが、中村さんは拒絶した。薬は喉から手が出る程欲しいが米軍との関係を疑われたら全てが水の泡となるからだ。

 中村さんは井戸を掘り、用水路を引いて褐色の大地を緑に変えた。これまでに掘った井戸は1600本に上る。アフガンの人々は中村さんの献身的な姿を見てこれが真の日本人だと思ったに違いない。かつてアジアの果ての島国日本がロシアを破った時、その快挙は中東の人々まで感動させた。しかし、日本はその後、征服者白人のサイドに立ってしまったとがっかりさせていた。中村さんのような命がけの民間人の姿を見て、アジアの人たちは平和憲法の下で生まれ変わった日本の真実を知ったことであろう。中村医師の死は実に残念である。日本の多くの若者が中村さんの死を乗り越えて前進することを祈るばかりである。

◇日本の若者の国語力の低下がしきりに報じられている。「この公園には滑り台をする」。これは主語述語が不明で意味が通じない文の例である。日本の文化が崩壊する姿である。「読み書きそろばん」の時代の方が生きた学問をしていたと思わざるを得ない。人間の心が機械化して死滅する。漂流する日本はどこに向かうのか。(読者に感謝)

| | コメント (0)

2019年12月 5日 (木)

人生意気に感ず「国語力の低下は心の危機。暴力団を許すな。はやぶさ2の巨大な一歩」

◇日本の若者の「読解力」急落は重大事である。国際学習到達度調査(PISA)の結果が公表された。日本は読解力の分野で前回の8位から更に順位を下げて15位。これは何を物語るのか。文科省は事態を深刻に受け止め「長文を読み書きする機会の減少」が一因と分析している。15歳を対象にした調査であるが小中高全体の姿に違いない。子ども達の言語環境は異常である。彼らはどこでもスマホに熱中している。心の世界が機械に侵食されている光景に見える。小説、伝記、新聞などを読んでいる生徒の読解力は高いという調査結果が出ている。この傾向を食い止めないと大変なことになる。文科省は国語の授業の充実改革を訴えている。近年、日本人の心の貧しさが指摘されている。今回の調査は世界との比較の中でその現実を示したことになる。私の子どもの頃は冒険や探検の物語、そして偉人の伝記などに夢中になって胸をときめかせた。現在、子ども達の心の世界に広がるスマホの残骸を想像するとぞっとする。日本の危機を救う一つの糸口を国語の授業改革に求めねばならない。

◇暴力団の抗争が深刻である。最近軍用の自動小銃で組の幹部が射殺される事件があった。指定暴力団山口組と神戸山口組の抗争が日常化している感を受ける。法治国日本が犯罪集団の存在を許していること自体が本来はおかしなことである。兵庫県警は山口組と神戸山口組を「特定抗争指定暴力団」に指定する手続きを進めている。それに指定されると組員5人以上での集合、組事務所への立ち寄り、対立する組事務所近くでうろつくなどが禁じられ、違反すれば逮捕される。近年犯罪は減少傾向にあるが暴力団の存在は市民社会のガンである。巧妙に法の網をくぐって黒い影が広がるのを防ぐためにも、警察は毅然として暴力団の撲滅に当たらねばならない。

◇暗い世相の中での歓声である。「はやぶさ2」が帰りの途についたことで、相模原市の管制室は沸き立った。イオンエンジンの噴射が成功し約8億キロの旅が始まった。小惑星で得た資料は地球の成り立ちばかりでなく、生命の起源の解明にも繋がるという。ジャクサの関係者はリュウグウからのお届け物につき「大きな期待と少しの心配と共にお待ちください」とコメントした。宇宙への果てしない夢は緒に就いたばかり。しかし人類の巨大な一歩なのだ。(読者に感謝)

| | コメント (0)

2019年12月 4日 (水)

人生意気に感ず「冷戦終結30年。中国の台頭・アメリカの凋落と日本の役割。ながら運転の厳罰化」

◇私の書斎に丸い穴があいた煉瓦の塊がある。1989年に崩壊したベルリンの壁の一部である。崩壊の直後にベルリンを視察した際に入手したものである。ベルリンの壁崩壊直後、12月3日、東西冷戦が終結した。昨年は、それから30年が経過した日であることをマスコミは大きく報じた。驚くべきことは、30年経過したことではない。この節目に生じた世界情勢の変化である。それは米ソの対立に代わって生まれた米中の対立に象徴される。それは新たな冷戦の誕生に違いない。私は最近、中国内陸部を視察して中国の凄さを肌で感じた。一方でアメリカの凋落は歴然たるものだ。トランプは「アメリカ第一」を掲げて墓穴を掘った。アメリカが世界のリーダーとして輝かしい存在を発揮できるのは民主主義の理念の故である。それは目先の利益を超えた普遍的価値である。アメリカ国民はアメリカの国際社会における指導力の低下と中国の目を見張る台頭を前にして、ようやくトランプの愚に気づき始めた。目前に迫った大統領選が注目される。民主主義の強みはその復元力にある。

◇昨日も中国の客を迎え、私は米中の対立の中に於ける日本の役割の重要性を強調した。いつもこのブログで書いているが、日本は東西両文明の間に立ち、両文明に深く根差した特別の国である。この立場を活かして米中の衝突を調整する歴史的、文明史的役割を担っているのだ。

◇改正道交法が1日施行された。その中心は「ながら運転」の厳罰化である。スマートホンや携帯を操作しながらの運転の事故が後を絶たない。従来の罰金を引き上げることに止まらず、懲役刑まで科されることになった。運転中に着信があった時、「ちょっとだけ」という意識で操作してしまう。私にもそんな習慣があった。改正道交法はそんな習慣に対する厳しい警告である。小さな油断が大きな事故につながる。思い切った改革を自分に課さねばならない。師走と共に「運転する時は電源を切る」を実行しようと思った。

◇今朝は「へいわ845」の講義の第116回。田中正造の中で古在由直を取り上げる。権力に屈せず足尾銅山の鉱毒を科学的に分析し因果関係を立証した。感情に流れやすい大衆運動にとり科学の援軍は測り知れない勇気を与えた。群馬天文台長を務めた故古在由秀博士は由直の孫にあたる。公害の元祖を助けた意義は大きい。(読者に感謝)

| | コメント (0)

2019年12月 3日 (火)

人生意気に感ず「令和元年、私の重大ニュース。人権の碑・人権テーマの新聞連載」

◇師走である。激動の時代という言葉は聞き飽きた感があるが、自分と結びつけて一年を振り返ると激流に翻弄される木の葉のような自分の姿に衝撃を覚える。中曽根元首相がお亡くなりになった。101歳の大往生である。昨日のブログでも書いたが中曽根さんの政界デビューを知ったのは小学校一年生の時である。旧宮城村の鼻毛石小学校、母が盛んに噂したのを覚えている。格好いい青年で立て板に水のような雄弁を誉めていた。多くの国民は飢餓線上にあったが社会は新しい空気の中で活気があふれていた。

 中曽根さんの死によって私は自分の時の流れを今更のように見詰める。今年10月満79歳になったが中曽根さんの年まであと20年ある。一つの目標として頑張ろうと決意している。

◇こんな思いで新年に備えるために私の一年を振り返る。11月3日、ぐんまマラソン10キロを完走したことは私の勲章であった。昨年よりも9分近く好タイムであった。来年のマラソンは80の大台に乗るが、まず90歳までは走る決意で毎日の走りを続けている。走ることは生きることであり、私にとって人生の縮図でもある。健康に関することでは今年の重要事として「水行」を始めた。7月28日及び9月28日に岩櫃山の不動の滝に打たれ、少し大げさになるが革命的な体験をした。山嶽修行の修験者の「行」には深い意味があったのだ。落下する水は脳細胞の奥に意味のある衝撃を届けるのか頭の中を入れ替えたように心が爽やかにある。以来私は毎日7杯の冷水を浴びる「水行」を続けている。

◇草津楽泉園の「人権の碑」建設に関われたことは幸せであった。長く人権を意識して動いてきたことと繋がっている。長い議員生活の間も憲法と人権を意識した発言を続けてきた私は、議員退職後は作家活動に入って議員時代の思いを筆に託すことになった。二つの新聞連載はその現われである。産経新聞(群馬版)に「楫取素彦―生涯の至誠」、そして上毛新聞にハンセン病をテーマにした「死の川を越えて」を書いた。私の胸の奥では「人権の碑」は小説の到達点でもある。ここに綴ったことは令和元年の私の重大ニュースなのだ。ここにもう一つ加えると最近毎日新聞(群馬版)紙上に連載を始めた「田中正造―死の川に抗して」がある。公害の原点を画した正造は人権の為に、農民のために命を捧げた人。それを甦らせたい。(読者に感謝)

| | コメント (0)

2019年12月 2日 (月)

人生意気に感ず「101歳の生涯。文武両道、信念の政治家。巨星は墜ちた」

◇遂にその日が来たという衝撃であった。中曽根元首相の死。29日、テレビでニュース速報の文字が流れた。101歳であった。私が中曽根氏を知ったのは小学校一年の時である。昭和22年4月、小学校に入学して間もなくの頃、戦後初の衆院総選挙が行われた。この選挙に颯爽と登場したのが弱冠29歳の中曽根氏だった。自転車に乗って選挙区を走り、集会では流れるような弁舌で訴える姿が話題になっていた。私は子ども心に大人たちの噂話を受け止め、すごいなと思っていたのである。人の一生を決めるものは重要時の決断である。中曽根氏の立候補は絶妙の決断であった。

 日本が敗戦の焼土から立ち上がった時である。何もない貧しさの中で人々の活気がみなぎり至るところで「りんごの歌」が流れていた。中曽根氏の姿はこの時流に合っていた。以来連続20回の当選は凄い。

 私が県会議員として県政に関わり始めた頃は自民党の中で、福田・中曽根両派が激しく競っていた。私は福田派だったので一定の距離をもって中曽根氏を見ていたのである。政治不信が叫ばれ政治家の質の低下は深刻である。そして文武両道の政治家は少ない。そういう中で中曽根氏は政治哲学をもった優れた政治家であったと思う。それは時々に作られた句にも現われていた。権力の頂点にたっても謙虚さを忘れなかったことが窺われる。「自省録」には次のようにある。「権力は決して至上ではありません。政治権力は本来文化に奉仕するものです。文化創造のサーバント(奉仕者)なのです」

◇かつて、首相を直接選挙でと訴える大看板が各地で立った。それは憲法改正をしなくては実現できないことであるが、大統領型の政治は中曽根氏の信念であった。強い指導者による大胆な行政改革を成し遂げたことはこの人の大きな業績である。国鉄、電信電話、専売の3公社の民営化である。「棺を覆って事定まる」という。政治家に説くにあてはまること。中曽根氏は、「政治家とは歴史という名の法廷で裁かれる被告である」と日頃語っていた。先日の私の「ふるさと塾」である塾生が「中曽根さんは百年後に大きく評価されますね」と語っていた。愛妻家であった。晩年の結婚記念日に「つつましく老ゆる心に梅の花」と詠み、夫人の死に際しては「頼みあう夫婦となりて年のくれ」としたためて棺に入れた。さようなら。(読者に感謝)

| | コメント (0)

2019年12月 1日 (日)

小説「死の川を越えて」第258話

 水野高明がその場の雰囲気を察知して言った。

「私たちはみなさんが心配するような不穏分子ではない。湯の沢の歴史を踏まえ正攻法で動く。国や世論に訴える頭脳闘争ですぞ」

 これを聞いて古田園長はやや慌てた顔付きで言った。

「皆さんの気持ちは分かります。国は存亡をかけた危機にある。きれいごとは通らない社会状況です。特高などに目をつけられたら大変です。本省の指導も仰がねばなりません。その際に湯の沢の特色と歴史はきちんと話します」

 こう話す園長の顔には、どうか騒がないでくれという腹のうちが現われていた。

 古田園長は苦しげな表情を浮かべて結果を水野高明に伝えると言った。水野が京都大学の同窓ということを知り、相通じるものを感じているらしかった。水野は深く頷いて見せた。

 本妙寺から送られた37人中、女と子ども計20人は間もなく一般病棟に入れられ、こずえとさやはひとまず胸を撫で下ろした。人々の重大関心事は重監房の件であった。

園側が水野に知らせた結論は中村実平等本妙寺集落の幹部9名を相当期間重監房に入れるということであった。水野たちは古田園長に説明を求めた。

園長は、本省の見解だと断って苦渋の決断を語った。本省とは内務省であり、警察権力もその中にあった。

「本妙寺のいんちき部落を長年束ねた幹部の責任は重いというのです。知事の印を偽造して公文書を作り、各地の寺社から寄付を集めたことは重罪に当たり、裁判にかければ何年も刑務所に入らなければならないところだと言っています。大変な国難の時、国も国民も姿勢を正さねばならないということなのです」

 水野たちは、もし裁判になったとすれば、偽造のことは裁判所が立証しなければならないがそれは困難である、また寄付集めは習慣となっていたことであり、詐欺罪の故意はないと主張しようとしたが通用することではなかった。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

| | コメント (0)

« 2019年11月 | トップページ | 2020年1月 »