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2019年10月31日 (木)

人生意気に感ず「79歳。八千草薫の死。聖火ランナー。スマホと読書」

◇10月が終わる。昨日はこれまでで最良の誕生日をかみ締めた。朝の「へいわ845」の講義で、冒頭「79歳の誕生日です」と告げると一斉に拍手がおきた。そして「元気です。今朝も水をかぶり走ってきました。4日後のマラソンでは10キロを走ります」と続けた。多くの人から祝いのメッセージを頂き、心温まる誕生会に招待された。台風19号の爪痕は鋭く、多くの人が命を落とした中で申し訳ない気持ちと共に命の尊さを思った。

◇忖度の言葉と共に世間を騒がせた森友学園問題。忘れかけた人も多かったに違いない。検察は夫妻それぞれに懲役7年を求刑した。学校建設費の詐欺容疑である。句の中で「令和のもののふここにあり」などと威勢がいい。国士の風は本物なのか。判決を待つ。

◇八千草薫さん、続いて緒方貞子さんが世を去った。私は八千草薫さんのファンだった。私の中では吉川英治の「お通」と切り離せない。吉川英治は「宮本武蔵」の中で剣の道を厳しく歩む武蔵とそれを追うお通を描いた。天守閣に3年間閉じ込められて武蔵は書を読んだ。天守閣が見える茶屋で働きながらお通は待った。再会を果たしたが、お通が仕度をしている間に武蔵は橋の欄干に決意の文字を刻み去ってしまう。それを追うお通。武蔵を追うお通を演じる八千草薫。お通の姿は私の胸に理想の女性像として刻まれた。がんを患い遺品として一つ一つを「これはあの人に」と整理する姿が先日の週刊誌で報じられていた。88歳だった。

◇聖火ランナー44人の候補者が決定したらしい。倍率は130倍である。私も応募したが針の穴を通るような厳しさは絶望的だ。推薦人である元ハンセン病患者93歳の藤田三四郎さんはこのところ体力が急に落ちてきた。三四郎さんの思いを担って聖火を掲げて走ることで三四郎さんを力づけられればという願いがある。

◇文化庁が読書とスマホに関する重要な調査を公表した。スマホの普及が読書量減少の理由になっているという。電車に乗れば横一列の乗客のほとんどがスマホを操作している。その光景は異様である。調査では特に若者についてスマホに時間をとられ読書しない傾向が著しいという。本を読まないことは心の貧しさに通じる。スマホという機器によって人間が器械化されていく現象が現代に現われている。これは人間の危機であり国家の危機だと思う。

◇高齢者運転に限定免許の時代が。安全運転サポート車に私も乗ることになる。(読者に感謝)

 

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人生意気に感ず「79歳。八千草薫の死。聖火ランナー。スマホと読書」

◇10月が終わる。昨日はこれまでで最良の誕生日をかみ締めた。朝の「へいわ845」の講義で、冒頭「79歳の誕生日です」と告げると一斉に拍手がおきた。そして「元気です。今朝も水をかぶり走ってきました。4日後のマラソンでは10キロを走ります」と続けた。多くの人から祝いのメッセージを頂き、心温まる誕生会に招待された。台風19号の爪痕は鋭く、多くの人が命を落とした中で申し訳ない気持ちと共に命の尊さを思った。

◇忖度の言葉と共に世間を騒がせた森友学園問題。忘れかけた人も多かったに違いない。検察は夫妻それぞれに懲役7年を求刑した。学校建設費の詐欺容疑である。句の中で「令和のもののふここにあり」などと威勢がいい。国士の風は本物なのか。判決を待つ。

◇八千草薫さん、続いて緒方貞子さんが世を去った。私は八千草薫さんのファンだった。私の中では吉川英治の「お通」と切り離せない。吉川英治は「宮本武蔵」の中で剣の道を厳しく歩む武蔵とそれを追うお通を描いた。天守閣に3年間閉じ込められて武蔵は書を読んだ。天守閣が見える茶屋で働きながらお通は待った。再会を果たしたが、お通が仕度をしている間に武蔵は橋の欄干に決意の文字を刻み去ってしまう。それを追うお通。武蔵を追うお通を演じる八千草薫。お通の姿は私の胸に理想の女性像として刻まれた。がんを患い遺品として一つ一つを「これはあの人に」と整理する姿が先日の週刊誌で報じられていた。88歳だった。

◇聖火ランナー44人の候補者が決定したらしい。倍率は130倍である。私も応募したが針の穴を通るような厳しさは絶望的だ。推薦人である元ハンセン病患者93歳の藤田三四郎さんはこのところ体力が急に落ちてきた。三四郎さんの思いを担って聖火を掲げて走ることで三四郎さんを力づけられればという願いがある。

◇文化庁が読書とスマホに関する重要な調査を公表した。スマホの普及が読書量減少の理由になっているという。電車に乗れば横一列の乗客のほとんどがスマホを操作している。その光景は異様である。調査では特に若者についてスマホに時間をとられ読書しない傾向が著しいという。本を読まないことは心の貧しさに通じる。スマホという機器によって人間が器械化されていく現象が現代に現われている。これは人間の危機であり国家の危機だと思う。

◇高齢者運転に限定免許の時代が。安全運転サポート車に私も乗ることになる。(読者に感謝)

 

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2019年10月30日 (水)

人生意気に感ず「79歳に。留学生に即位と台風を。10キロマラソンが。へいわの講義を」

◇今日は私にとって大切な日。満79歳を迎えた。振り返えると感慨深いものがある。酷く健康を害し、また追い詰められ落胆したこともあった。現在、毎日充実感を抱き、朝の走りを続けられることを神に感謝している。人生百年の時代を迎えた。この人生の大きな節目に当たり、あと21年を生き抜き百歳の私の世界に走り込むことを自分に誓う。あと4日後、11月3日には恒例の群馬マラソンで今回も10キロを走る。

◇先日(28日)の授業は、私個人の問題を超えて重要なのでここに記したい。日本アカデミーで私が月1回担当する合同授業である。大勢なので工夫を凝らさないと良い授業にならない。私は毎回幾枚もの映像を使う。この日のテーマは「令和の即位式と台風19号」であった。冒頭、ホワイトボードに次の文を書いた。「日本は今大変です。まず高齢化と人口減少です。3人に1人が65歳になり、外国人との共生の時代となります。このような時新しい天皇が即位し大災害の時代を迎えました」。新聞の紙面に踊るカラー写真を説明し質問をつくる。1例を挙げれば「天皇は次のお言葉を表明しました」。「私は( イ )の幸せと世界の(  ロ  )を願います」。諸外国の若者が手を挙げて空欄の言葉を探す。日本という異文化を見る彼らの視線は実に面白い。(イ)については、妻や友人という言葉が飛び出し、最後にネパールの若者が「国民」の正解を出した。(ロ)はアフリカの学生が「平和」と正解を得た。この授業は日本語を教えることが目的であるが、私の役目は日本の文化、歴史、社会の出来事も理解させることである。「大災害」については台風19号の渦巻く濁流、流される家を紹介し、地球温暖化のため大変な時代に突入したこと、そして安全と言われてきた群馬県も大洪水におそわれる時代になったこと等を話した。一例として八ツ場ダムが一夜で満水になったことを挙げた。

◇群馬マラソンが4日後となった。私は10キロメートル男子「11307」である。番号が送られてくると緊張感が湧く。昨年は前立腺の手術の後だったので完走は果たしたものの制限時間内の最後から2番目であった。今年は、先日不動の滝の水行も果たし、体調は順調である。私にとって走ることは生きることの証。令和の時代に走り込むのである。

◇今朝は「へいわ845」の講義の第111回。短時間で田中正造を語る。毎日新聞連載と並行である。正造は文明の危機を訴えた。文明の危機は平和の危機である。(読者に感謝)

 

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2019年10月29日 (火)

人生意気に感ず「人権の碑と子どもたち。記録的大雨。災害の二つの序曲」

◇人権の碑が完成に近づき、11月15日の除幕式に万全を期している。29日、最後の会議で重要な提案があった。除幕式への子ども達の参加である。教育の見地、そして人権の碑の真の目的からも子ども達の参加は実現すべきものと考えた。碑文は子どもたちの視線を意識して平易な文を工夫し、碑の高さも考慮したのである。楽泉園の自治会は早速それを進めるために動いた。私は県教育委員会に側面からのサポートを頼んだ。事態は急速に動き草津小から数名の子どもたちが参加することになった。彼らはメッセージを発することになるだろう。人権の碑は差別のない社会の実現を訴えている。そしてそれは未来を担う子ども達の手にかかっていると言える。子ども達が何を語るか楽しみである。

◇私は11月7日、中国貴州省へ向けて出発する。その前に人権の碑の栞(しおり)を完成させる予定である。この栞は碑に協力された全員に配布される。小冊子ながら一大事業の内容が集約される。碑の全文、賛同者の氏名、知事や元総理の挨拶文も入る。作成の担当を任された私は事務局及び楽泉園自治会と協力しながら進めている。

◇25日の大雨は酷い。千葉・福島両県で死者10人と行方不明者1人。特に千葉県の惨状には言葉も出ない程だ。千葉だけで9人の死者とは。日本のあらゆる所で台風や大雨に対する対策は新規まき直しでやらねばならないことを痛感する。何百年もの間、秩序を保ってきた自然界がお手上げの状態なのかも知れない。

 2011年の東日本大震災の時、私はこのブログで災害の時代の序曲と書いた。それは巨大地震を意識してのことだった。この考えは今でも変わっていない。あれを序曲とした巨大地震は必ずやってくる。それは明日かもしれないのだ。

 最近のもう一つの序曲は地球温暖化を原因とする異常気象の多発現象である。50年に一度、100年に1度という台風や豪雨の時代が始まったのだ。二つの序曲は響き合って本番が近付いていると思えてならない。令和の時代はこのようにして幕開けして進んでいく。

◇読書週間が始まった。活字離れが著しいと言われる中、読書の意味を考える時。本との出会いは人々との出会いと同様な意味がある。ある人との出会いが人生を決することがある。限りある人生で本との出会いは人生を豊かにする出会いである。(読者に感謝)

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2019年10月28日 (月)

人生意気に感ず「フランス革命を熱く語った。憲法97条の歴史的意味。人権の碑と小学生」

◇先日土曜日は「ふるさと未来塾」の日だった。「フランス革命第二回・恐怖政治の真実」の講義に力を入れた。テーマがテーマだけに疎かにはできないという思いがあった。丁寧なレジメをつくり全員に配布し、冒頭、私がそれを読みながら要点を解説する手法に効果を感じた。

 フランス革命は世界を変えた。「人権宣言」はそれまでの旧来の世界に別れを告げるものであった。恐怖政治は革命の危機に対し革命を守るための必死の姿であった。私の話はこのように進んだ。難しいテーマも工夫によって人々の胸に届くことを実感しつつ。

 話の大筋は次のような構造で示した。ルイ16世は行き詰った状況を打開するため170余も開かれなかった三部会を召集したが第三身分は疎んじられ、その改革の要求は入れられない。彼らはテニスコートに集まり国民議会をつくり憲法が制定されるまで解散しないことを誓う。いわゆるテニスコートの誓いである。シェイエスはパンフレットで訴える。「第三身分とは何か。すべてだ。いままで何であったか。ゼロだ」。一方民衆はアンバリッド(廃兵院)から武器を奪い、悪政の象徴バスチーユ牢獄を襲撃する。革命の勃発であった。革命の波及を恐れる諸国の君主は一斉にフランスに攻め込もうとする。これに対してフランス国内各地から義勇軍がパリに集まる。マルセイユの義勇兵は「いざ祖国の子らよ、栄光の日は来た」と歌った。これがフランス国家の起源である。このような状況下でルイ16世と妃マリー・アントワネットはオーストリアに逃れようとして逮捕される。これは最も反革命的行為であった。民衆は怒り、恐怖政治を進めるジャコバン派のロペルピエールらは王と王妃を処刑した。このような内外の危機の中で風雲児ナポレオンが登場する。次回はナポレオンを取り上げるつもり。しめくくりに日本国憲法97条に触れた。「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は過去幾多の試練に堪え、現在及び将来の国民に対し侵すことのできない永久の権利として信託されたもの」。ここに記される「過去の試練」にはフランス革命もその一つとして入ることを話した。

◇人権の碑の除幕式に草津小の子ども数人が参加してメッセージを読むことになった。子どもたちの参加の意義は大きい。何を語るであろうか。(読者に感謝)

 

 

 

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2019年10月27日 (日)

小説「死の川を越えて」第245話

 苛藤は脂ぎった赤ら顔に大きな鋭い目を持ち、患者からは獲物狙うを猟犬のように恐れられていた。

 各地の療養所には治安維持の手段として監禁所が設けられていたが、栗生園では苛藤の気ままな判断で監禁所へ入れられた人は少なくなかった。

 彼は特別病室が出来る以前からこの管理の特権に酔っていた。彼のさじ加減一つで監禁所へ入れることができたからだ。平身低頭し彼の顔色を窺う患者を前に警察官とか裁判官にでもなった気分であった。悲しい人間の性である。

「少し涼しい所で反省するか」

 と監禁所入りを仄めかすだけで哀れな患者は怯えて震え上がった。自分でも気付かぬサディスティックな感情、それと権利と義務の行使だという特権意識が一緒になって彼を衝き動かしていた。

 その上に、彼の背後に新たに特別病室という名の刑務所が守護神のように立ったのだ。彼が閻魔大王のような気分に陥ったとしても無理はなかった。

 ある時、上地区の清水佐助という患者が事件を起こした。この男、湯の沢集落の飲食店で無銭飲食をして捕まったのだが、日頃話題の常習犯であった。主人は開き直ったふてぶてしい態度が許せなかった。栗生園が管理出来ないなら草津の警察に突き出すということで騒ぎになった。

 園としては患者の管理責任を問題とされることはまずいことであった。古田園長はどのように懲戒すべきか迷った。

 この時、苛藤は待ってましたとばかりに言った。

「折角国民の税金で作った特別病室を使わないのはまずいんじゃないですか。無銭飲食という常習癖を直すには本来刑務所に行くべきなのだから、少しあそこへ入れて反省させるべきだと思います」

 苛藤の言うことには一応の理屈があるので古田園長は考えこんでしまった。そして言った。

「よし、2・3日入れて様子を見ることにするか。よいか、君、2・3日ですよ。この特別病室にはもともと疑問があります。胸を張って使える施設とは思えませんからね」

「はい、よく分かりました。反省の効果が上がるようなら直ぐ出すことにしましょう」

 特別病室入りが決まった時の清水の狼狽ぶりは大変なものであった。もう絶対しねえからと苛藤に手をついて助けを求め、手を合わせて哀願するのであった。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2019年10月26日 (土)

小説「死の川を越えて」第244話

 日が経つにつれ、特別病室の存在は栗生園の人々の心に重くのし掛かるようになった。それは激しさを増す戦争の足音と相まって人々を言い知れぬ不安に駆りたてていた。

 やがて内部の構造までが漏れ伝わるようになった。それによれば、内部も外と同じような高さの鉄筋コンクリート塀によって幾重にも仕切られ、8つの房から成る。そして各房の広さは便所も含めて約4畳半で、くぐり戸式の出入り口は厚さ約15センチの重い鉄扉で閉ざされていた。そして、窓は立て13センチ、横75センチのものが一つついた半暗室で、食事の出し入れ口は足下にあり、汁の椀と飯の箱がやっと通る程のすき間であった。

 実態を秘かに知って、人々はこれは病室どころか重罪人が入る刑務所だと言って恐れおののいた。

「どういう人が、どういう手続きであそこに入れられるのだろう」

 人々は様々な想像を巡らし不安に駆られた。実はやがて明らかになるが「手続き」などと呼べるものは存在しなかった。本来なら刑罰を科すには司法の手続きに従うことが当然であるが、ここにはそのようなものは皆無であった。人間無視の無法の世界が展開していくのである。

 

 二 苛藤精市

 

 人を支配したいというのは人間が本来もっている欲望である。本能といってもいいだろう。権力は時に悪魔の誘惑となって人を衝き動かす。正常な理性と人権感覚は人間の野蛮な本性にとってブレーキとなる。もし、理性も人権感覚もない野蛮な人間が権力を欲しいままにすることになったら悲惨な結果を生むことは火を見るより明らかなことである。

 栗生園に苛藤精市という患者の管理業務を受け持つ男がいた。肩書きは看護長である。

 日中戦争が激化する中で、国内の治安維持は重要さを増し、ハンセン病患者の管理も一層深刻化していた。国立療養所の中は一般社会とは異なった別世界であった。そこでは、園長に治安維持の権限が与えられている。その手段が検束権である。しかし、実際にその行使に当たるのは園長から管理を任された者であり、この者の人柄や人間性などの個人的事情によってそれが大きく左右されることは止むを得ないといえる。栗生園の場合の担当者が苛藤であった。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2019年10月25日 (金)

人生意気に感ず「疑惑のデパート経産相の行方。教師いじめの怪。韓国首相と親書」

◇菅原経産相が週刊誌の網にかかった。新潮と文春は大臣の首刈りを競っている感がある。今やこの2誌は政界浄化機関として役割を果たしているようだ。それにしてもまたかと思う。週刊文春は特集を組んで、後援会幹部に組織的に金品を渡していた事実を報じた。メロン・リンゴ・高額な胡蝶蘭に至るまで。

 私が注目するのは香典である。長い政治生活の中で私は香典には注意していた。選挙区内で自分が香典を包むことは許されるが代理の者が出すと公選法違反になる。菅原議員の公設秘書が2万円の香典を手渡した。事態は国会の審議が止まるかというところまで進んでいる。大臣の辞任、更にはそれ以上に進むかもしれない。東京の選挙で大々的にこのようなことが行われていたことに驚く。

 私の現職時代、新盆回りも問題の舞台であった。回っていくと仏壇に先着国会議員の香典が置かれていることがよくあった。政治家は社会の習慣と法制度の間で悩む。有権者の中にはもらうことを当然と考え、それによって支援に力をいれる人もいる。そういう悪しき習慣の中で政治活動を続けるには勇気が要る。みかんひと箱を神社に出したことで地方議会の議長の席を失った者もいた。今回の週刊誌のような出来事があると、それを理由にして空手で後援会回りが出来やすくなる点は皮肉なことであった。今や夏祭りなど各種の祭典、葬儀から解放され、執筆活動など別世界の仕事が出来ることに私も家族を幸せを感じている。

◇同じ週刊誌で、教師による教師に対するいじめがこれでもかという風に報じられている。4人の教師の1人の若手教師に対する信じ難いいじめ事件である。ことが小学校という教育の場であり、今子どもたちのいじめが大問題となっている時だけに社会の注目度は「香典」問題に劣らない。

 いじめ教師はつるし上げられ激しく非難されている。教師たちは「あってはならない事態を引き起こした」、「最低な人間だと実感」、「私の犯した行為は許されない」など。当人たちはコメントを発表して雲隠れしている。このような前代未聞の事態を許してきた校長や父母たちの責任も大きいというべきである。

◇即位式を舞台にした安倍首相の外交が華やかである。その中で韓国の李首相との対面にはほっとさせるものがある。韓国ではこの間も元外相の妻が逮捕されるなど緊迫が続く。窮地に立った大統領の親書が渡された。事態は展開するのか。

◎明日26日の「ふるさと未来塾」はフランス革命の続き。近代の世界を誕生させた流血の革命の真実。(前橋市日吉町・福祉会館:6時半・申込み不要。どなたでもご参加頂けます)

◎同じく26日、毎日新聞(群馬版)で私の小説「田中正造―死の川に抗してー」第二回が。

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2019年10月24日 (木)

人生意気に感ず「即位礼は憲法の象徴制を深める。19号は本県への警告。家庭トラブルの急増」

◇即位の儀が内外に向けて盛大に行われたことにより、私は令和の扉が令和の意味にふさわしく開かれたことを改めて感じた。そしてお言葉を述べる天皇の姿に接し象徴の意味の重要さを考えた。憲法第一条は「天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であってこの地位は主権の存する日本国民の総意に基づく」と定められる。お言葉の要点は「国民に寄り添いながら憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としてのつとめを果たすことを誓います」である。

 今、日本は内憂外患の渦の中にあり正に国難の時を迎えている。これをどのように乗り切るかの鍵は憲法にある。そしてその一条は重要である。天皇の言葉にはその決意が窺える。上皇が度々被災地を訪れひざを折って国民を勇気づけた姿に象徴性が現われていた。今回のお言葉に「国民に寄添い」とあるのは上皇の姿勢を受け継ぐ決意を込めたものと思う。儀式が戦前の様式に倣ったことに多少の批判があるが、私は日本の文化を守る上で重要なことだと信じる。人口減少の日本に国際化の波が押し寄せている。外国人との共生の波に日本の文化が呑み込まれてはならない。

◇台風19号の惨状は本格的な災害の時代の到来を告げるものだ。被災し泥にまみれた人々の心には祝賀の思いが湧かないだろう。祝賀パレードの延期は妥当なことだと思う。

◇台風19号による死者は84人に達し行方不明者は9人にのぼる。追い打ちをかけるように南の海には21号が発生し列島に向かっている。19号が過ぎて、私の周りでは「やはり群馬が大丈夫だった」という声が聞こえる。しかし、それは誤りである。八ツ場が一夜で満水となったことを始め西毛地区で大きな被害が生じたことは、19号が「安全神話」に警鐘を発したものと受け取らねばならない。

 昨日、私の知人宅で家庭内トラブル(DV)があり、数人の警察官が訪れ立ち会った。私は女性から相談を受けた。家庭のトラブルは今日の社会の混乱を象徴し、そこから離婚が多発し、犠牲になる子どもたちが増えている。何とかしなければならない。この度、県は女性のための電話相談室を充実させるため、男女共同参画センター内の常駐相談員を増やす。増え続ける女性の相談に対応するためだ。他機関との連携により成果をあげることを期待したい。(読者に感謝)

 

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2019年10月23日 (水)

人生意気に感ず「即位式の意味。田中正造の拠点を訪ねた。19号の爪痕」

◇即位の礼で全都は沸き立ち緊張した。世界中の主要な人物が皇居に集まったような状況であった。即位の礼は憲法七条の「儀式を行ふ」に当たる国事行為。日本の伝統文化を世界に知ってもらう最大にして最高のチャンスであるが、最大の課題の一つは治安であった。テロリストにすれば絶好の場。一つでも不祥事があれば儀式の失敗に繋がり日本の威信を失墜させる。最大2万6千人という空前の数の警察官が動員された。治安当局とすれば目前に迫った五輪の警備の予行の意味もあったと思われる。儀式を取材する報道陣も大変なものであった。全世界の人々は、世界的に稀な存在である皇室の光景に目を見張ったのではなかろうか。
◇22日、田中正造に関する取材で館林市及び栃木の佐野市などを訪ねた。朝の日課を全て済ませ、早朝激しい雨の中出発。館林の田中正造記念館、雲竜寺(これも館林市)、佐野では田中正造旧宅などである。毎日新聞(群馬版)で、私の田中正造に関する連載が始まったが、取材はその関連である。
 雲竜寺は正造の運動の一大拠点であった。正造の墓の一つがあり、「救現堂」などを確認した。住職に昨年取材で世話になった御礼を言い「毎日新聞連載」の件を報告した。ここではつい最近田中正造の107回忌が行われた。須藤館林市長はそこでの挨拶の中で、連載が始まったことを紹介されたのである。
◇田中正造旧宅については、連載の中で取り上げているので、その報告とお礼が目的であった。黒い土の土間と古い木造の構造は正造とカツ夫人の生涯を連想させた。
◇佐野市では台風19号の被害のあとがいたる所に見られた。渡良瀬川に至る国道270号は川のようであったという。この道路沿いのラーメン屋で美味しい佐野ラーメンを食べた。代金は災害対策のためになるとかでNHKが取材しており夜のニュースで報じていた。
「旧宅」のボランテァイの人は、このあたりは昔、キャサリン台風の被害を受けたと語った。昭和22年のことで、私は小学1年生であった。この人に「群馬の雨量は」と訊かれたので「八ツ場ダムが一夜で満水になりました」と答えると、大変驚いておられた。たまたま19号と重なる時にこの地を訪ね、利根と渡良瀬を通じて正造と群馬が深く関わることを感じた。「毒流すわるさ止めずば我止まず渡良瀬川利根に血を流すとも」雲竜寺に刻んだ正造の歌。(読者に感謝)

 

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2019年10月22日 (火)

人生意気に感ず「唖然とする学校の実態、教育界は無力なのか。街道を走りぬける涼風は女子駅伝」

◇学校で信じ難い変化が起きているようだ。いじめ、不登校、暴力行為など。昨今の異常気象のような異変を感じる。文科省及び本県教委の調査を見てそう思う。

 文科省の調査ではいじめは過去最多で、およそ54万4千件。「重大事態」に当たるものも最多であった。この全体像が縮小したように本県の実態も深刻である。これは被害者の立場に立って積極的に実態把握に努めた結果と言われるがそれだけではなく何か大きな変化が生じていることを痛感する。

◇文科省の調査では暴力と不登校が急増しているとのことであるが不気味さを感じる。小中高校の暴力行為は前年度比15%増で特に小学校低学年の増加が著しい。原因として社会的背景があるに違いない。ある校長は「親も子もスマホを手放さず、会話が減ったこと」を挙げる。いつも器械相手で人間相手の対話が減って口喧嘩もできなくなったというのだろうか。またある教師は「どうしたら怪我をするか分からない子がいる」と語る。

 よく今の子は喧嘩の仕方を知らないと言われる。私の子どもの頃は口喧嘩も取っ組み合いも日常茶飯事だった。そういう中で手加減とか仲直りの仕方も学んできた。このような体験は大人になっても大変役にたっていることを感じる。逆に今の子は喧嘩の仕方と仲直りの方法も分からずに大人になり、そして社会人になる。教育とは何か、家庭、地域、学校はそれぞれの役割がある筈でそれを果たすためには連携すべきであるが現実はバラバラである。

◇解決のために何から手をつけたらよいか分からない状態である。長いこと道徳教育が叫ばれているが、文科省の今回の調査結果はそれが効果を生んでいないことを物語る。やれることからやるとすれば、教師が毅然とした態度を示すことだ。それには教師を支える父母やPTAの存在と役割が重要である。

 神戸いじめ教師事件は日本中を唖然とさせた。こともあろうに4人の先輩教師が若い教師にリンチのようないじめを行い、この被害教師は遺書を書いたと伝えられる。この時の校長やPTAが腰抜けと言われても仕方がない。いじめの手本を見せているようなものである。今回の調査を踏まえて、文科省は学校の現場に非常事態宣言を出すくらいの覚悟を示すべきである。

◇実業団女子駅伝の必死に走る少女たちの姿に感動を受けた。一陣の涼風が街道を走り抜けていく。大きく引き離されながら美しさでは負けないとばかりの姿もあった。(読者に感謝)

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2019年10月21日 (月)

人生意気に感ず「人権の碑大詰めに。八ツ場の満水をスケッチ。中国人と釣り」

◇草津楽泉園の「人権の碑」の事業が大詰めを迎えた。19日、最後の実行委員会が開かれ詰めの作業を行った。開会前に碑の現場に立ち寄るとコンクリートの基礎がつくられ着々と準備が進んでいた。除幕式の次第等の詰めを行った。除幕式の場はスペース的に限られているので、そこに参加する人は来賓、主催者、元患者の方々である。現在多くの方々が参加の通知を寄せておられるが、その多くの人のために集会室に席を設けた。除幕の場とは7~800メートルの距離がある。集会室の大型スクリーンで除幕式の様子を見られる工夫をした。除幕のセレモニーの後は集会室がそのまま祝賀の場になる。多くのお手伝いの方々の役割分担の打ち合わせが大変であった。この「人権の碑」が提起する波が全国に及ぶに違いない。ことはハンセン病に限らない。差別と偏見は様々な形で起こり絶えることがない。そこに一石を投じ新しい扉を開きたいという悲願がある。碑文の中に「人権のひろば」という文言が刻まれるのはこれを意味する。

◇私にも大切な役割がある。碑の建設に温かい心を寄せられた方々は800名に及ぶがこの方々に小冊子・栞(しおり)を贈ることになった。私はその編集を任せられた。来月7日、訪中の旅に出るがその前に仕上げるために懸命である。この小冊子「人権の碑―納骨堂からの遺言―」にこの事業の全てが凝縮されていると思える。非力ながら後世にのこすものをと心掛けている。

◇この日、会議の帰途「お福の店」に寄った。お福さんはダム建設の前、温泉街に通じる坂の登り口で土産品屋を営んでいた。お福さんの名で有名なこの人と私は懇意であった。この店はダムを見下ろす位置に移ったが、お福さんの元気は変わらない。90歳と7カ月を迎えたが満水のダムの光景を心待ちにしていた。台風19号は意外な結果をもたらした。一夜明けたら目の前に満水の湖面が忽然と姿を現したのだ。信じられなかったと語る。下流のファンからダムのおかげで助かったという声が寄せられたという。私は移動し、八ツ場大橋と展望台から三枚のスケッチを描いた。

◇20日、中国帰国者のマス釣り大会に出た。太公望の故事にうかがえるように中国人は釣り好きである。県の援助の下に続いている。人々は激動の日本社会に溶け込もうとしている。釣りは日頃のストレス解消に有益。好天に恵まれた。(読者に感謝)

毎日新聞第二回は26日付

 

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2019年10月20日 (日)

小説「死の川を越えて」第243話

 万場老人が言った。

「特殊な病室か。問題は中味じゃ。病室とは名ばかりで、問題の刑務所であろうか。大変な時局柄、我々には難しい問題じゃ。どうです。水野先生、すぐに反対運動というわけにもゆかんでしょう」

「そう思います。特殊な病室というものの運用が問題ですね。冷静に観察し、打つ手を研究することにしましょう」

 水野の表情はいかにも不安そうであった。しかし、人々の不安をよそに、建築作業は着々と進められた。

 栗生園の正門から中、下地区に向かって道路が伸びる。この道路の西側、道路から見えにくい小高い林の奥で建設は進められていた。建設中の特殊施設の奥は深い谷が落ち込んでいる。あそこは熊や猪が出るし、マムシや青大将もいる。そんな声も聞かれた。昭和13年12月特殊な病室という名の刑務所が完成に近づいていた。

「あれが新聞にあった世界の文化施設ですか。とてもそんな風には見えませんよ」

 正太郎が笑う顔には厳めしいコンクリートの塊を軽蔑する様子が窺えた。そして、その表情は怒りに変わっていった。

 昭和13年の暮れ、シートが取り払われると林の陰に重々しい不思議な物体が忽然と姿を現した。

 建坪は約32坪余り、周囲は高さ約4mの鉄筋コンクリートの塀で囲まれている。その姿は不気味な要塞である。背後の落ち込んだ谷から見上げると中世ヨーロッパの牢獄のようで不気味さと共に鬼気迫るものがあった。正太郎たちは、この段階で未だ過酷な内部構造は知らないのである。しかし、文化施設などと銘打ったことがいかに国家の欺瞞であるかは一目りょう然であった。

 栗生園の人たちは「文化施設」の実態から目をそらし、あるいは気付かぬふりをする人が多かった。園の役人の姿勢が自然と患者たちにそうした態度をとらせていたのである。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2019年10月19日 (土)

小説「死の川を越えて」第241話

「はい、ハンセン病患者の刑務所を草津温泉の地につくるというのです。内務省と司法省が協議して計画を進めているそうです」

「まさか、草津に刑務所をつくるなんて。草津の名声を台無しにすることではありませんか」

 正太郎が憤然として言った。

「四国民報の伝えるところによればですね、たちの悪いハンセン病の患者をですね、温泉で病を治しながら矯正させる。そういう世界に誇るべき文化施設にすることになっています」

 水野の説明に正太郎がすかさず言った。

「きょうせいって何ですか、無理に抑えつけることですか」

「いや、矯正とは刑務所の教育によって悪い性格を直すことです。だから、文化施設だと言っているのでしょう」

 水野の説明に正助が首を傾げながら言った。

「刑務所と、教育と、文化と、これらが並び立つことが、実際可能なんでしょうか」

「さあ、疑問ですね。政府のお手並み拝見ということですな。戦争が始まって、荒々しい嵐が吹いている。国家総動員が叫ばれている中です。矯正とか文化とかがうまく進められるか疑問ですね。国家にそれだけの余裕がありますかね」

 水野は口元に冷ややかな笑いを浮かべて言った。

 ある日のこと、正太郎が興奮した表情で言った。

「お父さん、上地区の正門の近くで変な建築が始まっているよ。水野先生が言った文化施設という刑務所ではないだろうか」

「何、栗生園の中に。それは大変だ。調べてみよう」

 正助は早速動いた。正太郎の言った通り、正門近くの西側に引っ込んだ谷に臨むところでコンクリートの基礎工事が始まっていた。工事をやっているのは地元の建築業者である。水野が苦労して情報を集めたところによると、国の指示で特殊な病室を建設するのだということが分かった。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2019年10月18日 (金)

人生意気に感ず「マラソン札幌説。沈みゆく中で妻に手を。いじめ教師の鬼畜さ」

◇マラソンと競歩の会場が変更されるとの報道で衝撃が走っている。地球温暖化の影響が遂にここまで来た。酷暑は当初から想定のことで、その上で対策を進めてきた。変更となればゼロからの準備となる。東京新国立競技場のチケットは既に販売されているのだ。そもそも夏のオリンピック自体にその暑さ故、強い批判の声があった。急きょの変更案にはドーハのマラソンが大きく影響したらしい。9月に行われたドーハ女子マラソンでは深夜の実施にも拘わらず棄権者が続出した。選手の健康を考えれば北海道への変更も頷けるが根回しなしの唐突の感は否めない。小池都知事は不快感を現し「それなら北方領土でやればいい」と発言したとか。いずれにしろこの出来事は今後のマラソンに一大衝撃を与えることは間違いないだろう。

◇台風19号は様々な生と死のドラマを生んでいる。100人を超える犠牲者一人一人が死に直面した恐怖を味わったに違いない。その一例としていわき市の老夫婦のことを新聞は伝えている。13日未明、夫婦が寝ている部屋に水が流れ込んで来た。86歳の夫は上昇する水に没していく。差し伸べる手を同じく86歳の妻が掴むが引き上げることが出来ない。見つめ合う顔と顔、そのごくわずかな距離を濁流が縮めていく。私はその光景を想像して胸が詰まった。そのわずかな空間に長年共に生きた夫婦の生と死が凝縮されている。夫は「長年世話になったな」と最期の言葉を残して水中に消えた。

 結果論であるが、避難していたらと思う。この一例だけでも多くの学ぶべき課題を投げている。長年人々の平穏な生活を支えてきた自然を信じることが出来なくなったことを物語る。狂い始めた自然環境に対する備えを私たちは自らの心の中に築かねばならない。その材料がきめ細かな情報であることをこの老夫婦の例から学ばねばならない。

◇崩壊するような社会では何が起きても驚かなくなっているが、それでも信じ難いのが教師による教師のいじめである。神戸市立の四人の教師によるいじめである。週刊誌は特集をくんで「悪魔の職員室」、「あまりの幼稚さと凄惨さ」、「鬼畜の所業」と報じる。この小学校では生徒間のいじめも急増しているといわれる。いじめをなくす責任を負う教師が自らいじめをやっているのだから当然である。刑事が泥棒をするの比ではない。校長は、そしてPTAは何をしていたのか問いたい。(読者に感謝)

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2019年10月17日 (木)

人生意気に感ず「19号の警告。八ツ場の存在感。13年懲役の意味。滝行の写真」

◇台風19号は今後の日本の災害問題に重大な警告を与えた。犠牲者の数は日を追って増え、15日あたりで90人を超えた。50ミリを超える雨量に発せられる特別警報が各地で発せられた。「命を守るための緊急の避難を」と訴える報道の声に緊迫した悲壮感があった。私はこのような状況で情報がいかに重要であるかを改めて痛感した。命や財産を守る筈の堤防も想定を遥かに超えた脅威に役割を果たせないことが分かった。命を守るために必要なことを自分で選択しなければならない。それに必要なものが情報であるからだ。

◇想定外を示す雨量は信じられないほどだ。阿武隈川流域では100年に一度の雨量は180ミリと想定されていたが今回現実には230ミリに達した。高齢者など「災害弱者」が激増する時代の知恵が問われている。地方の役割は特に重要である。対応力は地方の特色にかかり、不足のところと余裕の所がある。何が必要かは明らかで、それは地方間の連携である。

 昨夜(16日)、私はある会合で訴えた。「自治体は船に例えられる。首長は船頭である。船頭が判断を誤れば船は転覆する」。あちらでもこちらでも船が漂流を始めた。船頭も乗員も試練の時を迎えている。

◇赤羽国交相は、16日の予算委員会で八ツ場ダムの効果について発言した。膨大な水量をダムがせき止めた為に「下流での大きな氾濫を防ぐのに役立った」との認識である。私は直前の水位ゼロの湖底をみた。そして台風の時、一夜でほぼ満水に達したことを知り驚愕したのである。県当局は私の問合せに対し急上昇した水位は131mで満水まで3mと答えた。湖畔のOさんは電話で「満水までに2・3ヶ月かかると聞いていたのに朝、目が覚めると満水なので驚きました」と語る。Oさんは90歳を過ぎ生きているが、生きているうちに満水の光景を見たいと言っていた元気なおばあちゃんである。異常気象の序曲の時に八ツ場はタイムリーに存在感を示した。

◇目黒虐待死事件は病める現代社会を象徴する犯罪である。同種の事件が頻発する中で、私は父・雄大被告に対する判決を注視した。15日、東京地裁は13年の懲役を言い渡した。検察側は18年を求刑していた。世論の反応は様々で「軽い、許せない」という声も聞かれる。この判決を我が事のように受け止めている人は非常に多いに違いない。

◇9月28日の岩櫃山麓の滝行の写真が送られてきた。吠える滝に打たれる私の姿。19号の時は巨大に荒れ狂う竜に変化したであろう。(読者に感謝)

 

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2019年10月16日 (水)

人生意気に感ず「大震災津波被害。大川小勝訴判決。船越小にも注目すべき。八ツ場満水まであと3mとは驚き」

◇大川小訴訟勝訴の意義は深く大きい。最高裁は遺族の主張を認め石巻市及び宮城県の上告を棄却した。東日本大震災の大惨事から8年余が過ぎた。私はこのブログで大川小の悲劇を船越小校務員の決断と対比して何度か取り上げた。今回の訴訟の対象となった大川小では74人の生徒等が犠牲になり船越小では全員助かった。最高裁は教員には子どもを救うために高いレベルの防災知識と経験が求められると指摘した。裁判官の胸には船越小のことがあったのではないかと考えてしまう。

◇大川小では揺れが去った後、児童たちは校庭に整列し、教員たちは山へ逃げるか迷っていたらしい。「木が倒れるから山は危ない」、「ここまで津波はこない」等様々な意見があって言い争いもあったとされる。長い時間があったのに動くことなく結局大津波に呑まれてしまった。親の中には「人災だ」、「人殺し」と叫ぶ声もあった。大川小の命運を決めたのは山に登れたか否かであった。

 市教委は「大川小震災時の対応」を文書にまとめたが、その中で津波時の避難場所を定めていなかったことにより高台避難を迅速に判断できなかったことや、過去の経験や知識等から津波が来ないだろうと思い込み校庭避難を継続した等を挙げている。教育の場の人命尊重の観点と津波についての地質学的研究が進んでいる背景からすれば最高裁の判断は適切であったと言わねばならない。地質学的研究とは「地層は語る」という視点から進められた貞観地震に関する分析である。

◇大川小の事件と対比されるのが岩手県の船越小である。児童たちは校庭に整列して指示を待った。決断できないでいる校長たちに鬼気迫る態度で迫ったのは校務員の田代修三さんだった。田代さんは言った。「裏山へ逃げましょう。きれい事では子どもを守れない。草をつかんででも逃げなければ」。全員が田代さんを信じて山を登った。全員の後を追うように津波は校舎を呑み込んだ。「もし田代さんの言葉がなく校庭で5分も考えていたら全校が呑み込まれていた」と佐々木校長は語ったと言われる。地域で育ち津波の歴史を肌で知る人の経験を生かすことこそ今求められていることである。

◇19号の被害は西毛で酷かった。私は八ツ場ダムの状況を気にしていた。報道は水位が急激に上昇と伝えた。その実態は113mの水位で満水まであと3m。驚くべき雨量であった。かねて親しい湖畔の「おふく」に電話した。90歳のおふくさんは生きているうちに満水を見たいと思っていたら一晩で達せられたことに「びっくりです」と語られた。(読者に感謝)

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2019年10月15日 (火)

人生意気に感ず「19号襲来の意味。大災害に目を醒ます時。毎日新聞で田中正造の連載が始まった」

◇大型で強い台風19号の接近は首都圏の人々に緊張感を持って迎えられた。「かつて経験したことのない災害」、「生命の危険にかかる」、「大雨特別警報の可能性も」。このような報道が繰り返しなされ、そしてそのようになったのだ。私は小学生の時経験したキャサリン台風を想像した。1947年9月15日の台風は関東地方に未曽有の大風水害をもたらした。あれから72年が経った。大雨特別警報とは50年に一度の雨量が予想される時に出される。テレビは瞬間最大風速60mとさかんに叫んでいる。私は最近の異常気象からこれらの予測は間違いないと直感した。養生テープなるものをコメリで買い込み窓ガラスに貼った。

 12日夕方、雨は滝のように激しくなり風は爆音のように響く。遂に「大雨特別警報」となり、それは群馬県に、更には前橋市に及んだ。

 テレビは各地の状況を伝え「命を守るために最大の努力を」と訴え、かつて1,200人以上の犠牲者を出した狩野川台風に匹敵すると強調した。都会のマンホールは水を吹き上げ人影はほとんどない。各地のダムの緊急放流が報じられる。私は台風銀座と呼ばれる西日本の惨状を思った。19号は、他人事と考えていた自然災害が自分たちと直結していることを教えることになった。これは、これから常態化するであろう災害の時代の序曲に違いない。

◇群馬県の大雨特別警報は0時10分に解除された。雨も風も止み嘘のように静かになった。空には満月に近い月が輝き静かな白い雲が流れている。午前1時過ぎ私はロイヤルホテルと日本アカデミーに向かった。この組織の責任ある立場として気にかかることがあったのだ。氾濫の危険が報じられていた利根川は月明かりの下で濁流が唸りをあげている。自民党県連の裏をのぞくと石段の半ばまでを波が洗っている。これもかつてない光景である。凝視する目の前を光るものが過ぎて行った。スマホであろうか。その主はどうなったのかと想像を巡らせた。被害の全容が明らかになるであろう。首都東京は大災害に弱い。「安全神話にあぐら」の本県も目を醒ます時となった。

◇12日、毎日新聞(群馬版)に「甦る田中正造―死の川を抗してー」の第一回が載った。「悪魔になった神通川」に何人かの人から感想が寄せられた。この連載の中でも利根川の氾濫を描くことになる。夜の濁流に正造の叫びを聞く思いであった。(読者に感謝)

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2019年10月14日 (月)

小説「死の川を越えて」第240話

 

「それで国会議員はどうしたのですか」

今度は正助が尋ねた。水野は答える。

「強い反対意見もありましたが、結局は皆賛成となったようです。社会大衆党も賛成しました。この党のある議員は、賛成演説の中で、近衛首相は、ヒトラーのごとく、ムッソリーニのごとく確信に満ちた指導者たれと激励している始末です」

「三国が手を組む姿を予感させるようじゃ」

「では、この国家総動員法は、この湯の沢や私たちとどう関わることになりますか」

 正助が深刻な表情で訊ねた。万場老人が頷いて答える。

「国民が心を一つにして戦争に向かわねばならないというのが法の目的じゃ。ハンセン病はこの目的の妨げになるというのが国の考えでな、このままでは、我々はこの法律の下で増々厳しく管理されることになるだろう。わしの所へ入る情報では、厳しくなる管理に患者は反発する、そういう不穏分子を国は更に厳しく押さえ込もうとする、こういう悪循環が加速しているらしい」

「そのことですがね。万場先生、これをご覧ください」

 水野はそういって手にした封筒から何やら畳んだ書類を取り出した。

「これは、昔の教え子副島悟郎君が、関西のある新聞の記事を送ってきたものです。驚くべきことが出ているのです」

「ああ、熊本県庁の方で、以前わざわざ湯の沢へ来て、義務の衝突という難しい話をされた人ですね」

 正助が懐かしそうに言った。

「おお、そうです。彼はあれ以来、時々各地の情報を寄せてきております。他県の実情はここと比べ悲惨です。それだけに、我々は自覚が足りないのかも知れません。これからはそういう訳にいかないでしょう」

「ところで水野さん、新聞の記事とは何ですかな」

 万場老人がもどかしそうに言った。

 

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2019年10月13日 (日)

小説「死の川を越えて」第239話

「草津の湯の沢という所は患者さんたちが助け合って村を運営している。そういう助け合いが免疫力を生み出しているとさせ言えるんじゃないかってね」

「先生、それは大変重要なことですね。今、湯の沢に大きな変化が起きています。近くに国立の療養所が出来て、湯の沢の集落は取り込まれようとしています。戦争が近づいている中で、どうすることも出来ません」

「困ったことです。国をあげて一つの方向を目指す時、それに異を唱えることはとても難しいことと思います。しかし、嵐はいつかきっと過ぎる時が来ます。心の中の真実まで曲げる必要はありません。じっと、できることを守って時を待つことです。京都大学は全国唯一のハンセン病の外来診療をやっています。どこまで貫けるか不安ではありますが、私なりに命がけで頑張る決意です」

 小河原医師は唇を噛んできっぱりと言った。小河原の言葉を正太郎はずしりと重く胸に受け止めたのであった。母子は京都大学までやってきた成果を胸いっぱいに受け止め、上州に向けて帰って行った。

 ある日のこと、万場老人、水野高明、下村父子が生生塾で会っていた。

 下村正太郎が訊ねた。

「日中戦争がとうとう始まりました。最近新聞では国家総動員、国家総動員と大騒ぎしています。日中戦争とどういう関係があるのですか」

 万場老人が直ちに答えた。

「中国は途方もなく広い。そこで小さな日本が戦いを広げるのじゃ。正に総力戦。総力を挙げても追いつかぬ。人も物も全て駆り立てなければ戦いは出来ぬ。そこで国を挙げての総動員をと呼びかけているのじゃ」

 水野が継いで言う。

「無謀な戦いだが、始めたからにはやむを得ないのだろう。しかし乱暴なものです。国家総動員とはですね、法律には、国防目的達成のため、国の全力を最も有効に発揮させる様に人も物も運用することと書かれているのです。そして、更に重大なことはですね、天皇の命令で国民を徴用できると定められていることです。国会は要らないではないかという議論が国会内で起きたそうです。当然です」

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2019年10月12日 (土)

小説「死の川を越えて」第238話

「同感です。あの時、草津温泉ということで深く印象づけられました。お母さん、私はあの時あなたに会って、隔離しないで治療するというここの方針が正しいことを実感したのです。もう一人の女性の方がおられましたね。遺伝はしない、感染力は非常に弱いという私の説明をお二人は恐い程真剣に聞いておられた。あの食い入るような瞳が私の目蓋に焼き付いています」

「こずえさんのことよ」

 さやがそっと正太郎に囁(ささや)いた。

「この子の父親は戦地にいて、私は本当に不安でした。先生のことが救いの神様に見えました。お礼を申し上げることが出来ず、長い年月が経ってしまいました。本当にありがとうございました」

 さやは目頭を拭っている。

「父はシベリアで生死の境をさまよったとき僕たちのことを思って頑張ったそうです。このことを聞いて、僕は家族の強い絆を感じました。また、人の命というものは神秘的だと思いました。だから尊いのですね」

「その通りです。私は昔、ここで確か、体の中にある菌と戦う力、免疫力のことを話しました。覚えていますか」

 小河原はさやに顔を向けて言った。

「もちろん、よく覚えております。湯の沢でも岡本トヨ先生にそのことを教えて頂き、ここで先生に話して頂き、跳びあがるほど嬉しかったのです」

「免疫力って体が生み出す力だとすれば、それは心が大きく関係するのですか。希望を失ったらそういう力も生まれないのでは」「まったくその通りですよ君。自由がいかに大切か私は言いたい。閉じ込められ、自由を失えば希望も失い、心が縮み心の力など生まれません。私はね、あなたたち2人の女性が去っていく姿をこの窓から見て、国の隔離政策は間違っていると確信したのです。草津から出て来たあなたの元気な姿は、この病気が治る証拠と思えました。治るのに生涯隔離なんておかしいと確信したのです。施設に隔離すれば、あの輝くような笑顔は失われてしまう。私はね、あなたたちが去った後、同僚と話したのです」

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2019年10月11日 (金)

人生意気に感ず「ノーベル賞の快挙と教育。恥を知れは国民の声」

◇「やったー」と思わず快哉。ノーベル賞である。日本は凄いという純粋な感情が湧く。日本のノーベル賞は27人目。化学賞は8人目だ。吉野さんの笑顔がいい。リチウムイオン電池開発でノーベル賞を得たことは日本の科学技術の高さを示すもの。私は湯川秀樹が日本人として最初にノーベル賞を得た時、小学校3年生であったが強い衝撃を受けた。訳は分からなかったが社会全体が沸騰する中で日本ということを強く意識したことが記憶に刻まれている。あれは敗戦で打ちひしがれた日本人に測り知れない勇気と希望を与えた。以来、ノーベル賞の文字が躍るたびに私の胸は高鳴る。アジアでは群を抜く受賞の数。平和憲法の下で何のうしろめたさもなく喜べることが素晴らしい。

◇リチウムイオン電池は軽量かつ高出力、充電して繰り返し使える。スマートフォン、ノートパソコン、電気自動車などに広く使われている。今や全ての人の日常生活に結びついている電子機器を持ち運び可能にしたことは社会の革命である。単に利便性の点だけでなく、地球温暖化で地球の危機が叫ばれる今日、リチウム電池はクリーンエネルギーの極致である。科学の目的は社会貢献にありという理念を改めて強く思う。科学の暴走が文明の危機を招くと懸念される今日である。

◇ノーベル賞受賞の度に、日本の教育の在り方を思う。日本におけるノーベル賞受賞を支えるものは教育である。現在、教育の世界は様々な深刻な問題を抱えている。ノーベル賞受賞の衝撃を教育改革に活かすべきである。こつこつと諦めないで社会のために研究を続ける姿は道徳教育の教材である。理科離れが叫ばれている。子どもの心に夢を追う心が失われている。吉野さんは「好奇心」の大切さを訴えている。吉野さんの関わりが深い大学の学生たちの笑顔が輝いている。「頑張らなければ」と語っていた。元気のない社会、沈みゆく日本にとって今回のノーベル賞は大きな光明である。

◇国会で関西電力幹部の不祥事が追及されている。原発は必要性と共に負の側面が叫ばれている。私は原発に反対であるが、救いを感じるのは研究者たちの真摯な姿である。この人たちは関西電力の不祥事に強い怒りを抱いているに違いない。スーツの仕立て代とか小判とか極めて低次元の問題と結びついていることにあきれる。関西電力を追及するデモのプラカードにある「恥を知れ」は多くの国民の声である。(読者に感謝)

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2019年10月10日 (木)

人生意気に感ず「日航飲酒に怒り。国会論議を拾う。台風激化。恥を知れ」

◇どうしても理解不能、そして許せないのが日航パイロットの飲酒不祥事である。8日、また改善命令が出た。のど元過ぎれば熱さ忘れるというが、誰もが忘れ得ないのが1985年の日航機事故である。御巣鷹山で520人が命を失った。怒り狂う遺族の前で土下座して謝る日航職員たちの姿があった。昨年10月には飲酒不祥事で副操縦士が英当局に逮捕された。今回日航社長は「深刻かつ危機的状況と認識、不退転の決意で再発防止を図る」と謝罪した。

 日航は御巣鷹の原点に戻るべきだ。現地に行って慰霊碑に手を合わせるべきである。「うちの人を返せ」「私の娘だ。お前らに殺されたんだ」と叫ぶ人々、棺に顔を入れて謝った職員、腐臭で満ちた阿鼻叫喚の世界。これらを社員教育に活かさねばならない。私が社長なら断行する。

◇国会の論戦が熱い。言論の府であり。最高機関であるにふさわしい姿を演じているかと思いながら私はやりとりに注目する。今日の日本の内憂外患が凝縮し象徴される世界であるべきだ。私は野党の質問を注視する。「一強」と言われる現状で存在感を発揮すべき舞台である。いくつかを拾ってみる。消費税の追及、憲法改正の是非、処理水の海洋放出、豚コレラの対策、日韓関係、地球環境、恩赦など。これらの中には私がブログで取り上げている問題もあり興味が募る。

◇本県で野生イノシシの豚コレラ感染の3度目が確認された。一歩山林地帯に入ればイノシシ対策の電線が畑のまわりにはりめぐらされている。捕獲され感染が確認されるのは氷山の一角かと恐れる。養豚場の関係者は戦々恐々に違いない。山本知事の決断と実行が求められる一例である。

◇地球環境の一環として台風の変貌激化がある。15号はその先例、象徴として多くの課題を地方に投げかけている。波状攻撃のように19号が近づいている。予想される風速60mの恐怖はこれ迄災害が少なかった地域の「安全神話」を吹き飛ばそうとしている。鉄塔が倒れる程の風に私の家などは備えようがない。

◇気候変動への対策を訴えて「絶滅への抵抗」と題する取組が、7日世界各地で始まった。世界市民の反乱の狼煙である。

◇8日、関電東京支社前講義デモが行われた。国会でも追及されている問題である。人々の掲げるプラカードの「恥を知れ」に同感である。私は東電元幹部にもこれを伝えたい。(読者に感謝)

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2019年10月 9日 (水)

人生意気に感ず「懲役18年の求刑に注目。北の漁船の暴挙。国会論戦」

◇遂に懲役18年の求刑がなされた。結愛ちゃんを虐待死させた事件。非常に厳しい刑となるに違いないと思っていた。新聞やテレビではあどけない結愛ちゃんの写真が必ず添えられた。重刑求刑の背景には世論の怒りもあったと思われる。散髪屋の主人は怒りでニュースが見られないと言っていた。

 母親の優理被告には既に懲役8年の判決が下っている(控訴中)。結愛ちゃんはノートに「ゆるしてください おねがいします」と綴った。5歳のその胸を想像するとたまらない。検察側は「いじめ抜いた犯行は比類ないほど悪質だ」、「両親に未来を奪われた苦痛と無念を考えるべき」と非難した。この雄大被告と結愛ちゃんとの間に血の繋がりはない。この種の事件が余りに多くこんがらかるようだ。結愛ちゃんのおじいちゃん、おばあちゃんなどは何も出来なかったのか。日本の社会が崩壊していることを痛感する。雄大被告は泣いて「本当に申し訳ありません」と陳述していた。今更の感がする。裁判員裁判の判決は15日に言い渡される。

◇北朝鮮の漁船が日本の排他的経済水域に繰り返し侵入している。水産庁の取締船に向かって来て衝突し沈没。60人が海に投げ出された。日本海の好漁場、大和堆(やまとたい)と呼ばれる周辺。日本の畑に隣りの無法者が野良荒しに来るようなものだ。安全保障上の脅威を感じる。食糧難に苦しむ北朝鮮の事情があるのだろうが許せない。開会中の国会で野党も取上げ質問し、安倍首相は毅然として対応していくと強調した。北朝鮮の態度にはアメリカの姿勢が微妙に関係していると感じられる。ここのところトランプの制裁に向けた圧力が緩んでいる。平和憲法を掲げる日本の対応は非常に難しいが、日本の国は国民の手で守らねばならないことを感じさせる身近な例である。

◇国会の論戦が盛んである。日々起こる社会の問題と結びつけて論戦を見ると興味が湧く。

 野党代表は先ず今連日大問題となっている関西電力幹部の金品受領問題を追及した。また憲法改正は今国会に於ける大きな問題であるが大島議長の発言を越権だと厳しく批判した。大島議長は改正論議と深く関わる国民投票改正案につき「この国会で合意を見つけて欲しい」と発言した。同法案が与党ペースで進むことを警戒しけん制する姿勢が窺える。(読者に感謝)

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2019年10月 8日 (火)

人生意気に感ず「安倍首相舩後さんを語る。友人は臨死体験を語った。恐竜博を観る」

◇安倍首相の所信表明演説に大変驚いた。それは重い身体障害を抱えて国会に入った舩後靖彦氏を語る部分である。極めて異例なことである。友人としてその当選を祝うと述べ、「人間どんな姿になろうとも人生をエンジョイできる」と語った。

 首相は「1億総活躍社会」の項で舩後さんを語った。1億人の人が全て活躍する社会とはどんな障害があっても活躍できる社会を意味する。安倍首相はこのような意味で重度障害者の象徴的存在として舩後さんを取り上げたと思われる。舩後さんは「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」を患っている。かの有名な車イスの天才物理学者、故ホーキング博士もALSと闘って生きた。

◇1億総活躍社会が実をあげるためには差別や偏見をなくすことが不可欠である。そこで首相はこの項でハンセン病に関する問題を取り上げ「かつての入所政策の下、ハンセン病の患者・元患者のご家族の皆様に極めて厳しい偏見・差別が存在したことを率直に認め訴訟への参加不参加を問わず新たな補償の措置を早急に実施します」と述べた。

◇5日、神田の学士会館で東大駒場寮の同窓者等が集まり近況を語り合い昔を振り返った。特に注目したのはOさんの特異な体験談である。この人とは駒場時代親しく付き合っていたが卒業後は警察庁に入りその幹部を勤めた。退職後はある大学の教授となり現在はその大学の名誉教授である。Oさんは胃がんの告知を受け、それを乗り越えたと思ったら再発し大変な口腔ガンになった。ここでOさんは臨死体験を詳しく語った。その体験の光景の自筆のスケッチは体験談と共に、ある雑誌で紹介された。最初の奥さんは33歳で亡くなり新しい奥さんが献身的に闘病を支えたらしい。私は自分の人生を振り返る中で妻が40歳で亡くなったことを話した。今回は大学を中退したK君も出席した。皆、それぞれ様々な人生を歩み、その放物線の軌跡はそれぞれのカーブを描いて地上に向かっていることを感じる。

◇この席で近況を語ることになり、私は毎日新聞に田中正造を連載すること、人権の碑、日中友好協会のことなどを説明した。

◇この日の午前、国立博物館で恐竜博を観た。私は恐竜少年だった。子どもたちの好奇心の熱気が渦巻いていた。「恐竜ルネサンス」と呼ばれる新しい恐竜観が進んでいることを知った。(読者に感謝)

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2019年10月 7日 (月)

人生意気に感ず「イノシシ豚コレラの感染確定。八ツ場湛水の現場。田中正造の連載開始」

◇遂に県内でイノシシの豚コレラ感染が確定した。養豚業者の悲鳴が聞こえる。藤岡市と上野村で捕獲された野生イノシシである。先日埼玉県の群馬県境近くのイノシシで確認された時、群馬県内でのイノシシの感染は時間の問題だと思っていた。イノシシに県境はないからだ。イノシシは多産である。今回幼獣に確認された。この家族への感染が心配である。

 県は、捕獲地点から半径10キロ圏内の養豚場を「監視対象農場」に指定した。農場の豚に感染すれば全頭が殺処分になる。農家は対策として早期のワクチン接種を求めている。「豚の命を奪われるのは人生を奪われることに等しい」と訴える養豚業者の声が身に染みる。全財産を失うほどの打撃を受けるに違いない。

◇豚コレラ対策には関連隣接県の連携が求められる。特に県境を越えて動く野生イノシシについては情報の共有が喫緊の課題である。山本知事は栃木県知事とテレビ電話で対策を協議した。両県が関東各都県の知事に呼びかけ関東で連携してワクチン接種などを国に働きかけるという。関係する各県が力を合わせれば凄い力を発揮することが出来る。私はそのことを八ツ場ダム推進に関する一都五県の連携で経験した。

◇4日朝、私は草津の栗生楽泉園へ向かった。気温は高いが周囲の山々には秋の気配が漂っていた。長い雁ヶ沢トンネルを抜けると目の前が一気に開け、そこが八ツ場ダム建設の現場であった。試験湛水開始が報じられたため、多くの人が訪れていた。満水となった光景は素晴らしいに違いないが太古からの歴史を刻んだ山河や村が湖底に消えることを淋しがる人は多い。訪れる人の中には水没前の最後の姿を見たいという人も多いに違いないと思った。展望用の丘から見下ろすと遥か下に一筋の流れが光って見える。その周辺に道路や集落の跡が広がっている。あの細流が目の前の空間を全て埋めて海のように広がる光景を想像した。日本武尊が「吾が妻よ」と叫んだという伝説と結びつく歴史の一部が湖底に沈む。

 今月12日(土)から「甦る田中正造―死の川に抗してー」の連載が毎日新聞(群馬版)で始まる。隔週、週一回でスタートするが毎週の方向である。渡良瀬川鉱毒問題は公害の原点である。明治天皇直訴に見られるように田中正造は命をかけて権力と闘った。その姿は今日的課題を訴える。それを「甦る」に込めて書き進めている。(読者に感謝)

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2019年10月 6日 (日)

小説「死の川を越えて」第237話

さやは、正太郎の興奮した表情を見て、自分も是非会って一言お礼を言いたいと言った。早く報告し礼を言うべきなのに、それが出来ずずっと心にかかっていたのだ。そういうことで、さやが同行することになった。

 ある日、京都帝国大学の構内に踏みいれる母子の姿が見られた。

「こずえさんと初めてここを訪れた時のことが昨日のように思い出されるのよ。あの高い塔を見上げて足が竦(すく)む思いでいるとね、こずえさんがお腹の小さな赤ちゃんが頑張れと応援していると言ったの。すると、お前の動きが感じられてね、本当に励ましてくれているようだったの。それで私は勇気を出したのよ」

 さやは、時計塔を見上げて言った。

「僕がここを通るのは2度目ということになるんだね」

 正太郎が不思議そうに言った。

 受付に告げると、2人は直ぐに一室に通された。<わあー>さやは心で叫んだ。こずえと訪れた20年前の昔がそこにあった。思いにふけっているとドアが開いた。

「やあ、お待ちしておりました。実にお久しぶりです。小河原です」

「まあ」

 さやは胸が詰まって、小河原が差し出す手を握ったまま声が出なかった。自分がここに立っているのが不思議であった。目の前の人物は一目見た時、かなり年を重ねたように見えたが、懐かしそうに笑う顔は、一変して長い歳月を吹き飛ばしたかのように若々しかった。

「この方ですか」

 小河原は正太郎をじっと見た。昔、さやがお腹をそっとさすりながらすがるような目で小河原の話に耳を傾けていた姿を思い出していた。さやがその後子どもを生んだことは水野から聞いていた。母が深く頷くのを見ながら正太郎が言った。

「下村正太郎です。先生に大変お世話になって、私がここにいるのです。運命というものは不思議だと思います」

「実にその通りです。こんなに立派に成長したのですね。感無量です。命の大切さと偉大さを突きつけられる思いです」

「この大学と先生のことは母から聞いていました。先生にお会いして、僕の命がここと深く関わっていたことを実感出来ました。本当に不思議です」

※土日祝日は中村紀雄著・小説「死の川を越えて」を連載しています。

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2019年10月 4日 (金)

人生意気に感ず「関電の不正義に怒り。原発事故の人災性。人権の碑に向かう」

◇関西電力役員の記者会見は衝撃であった。会見は、高浜原発立地の高浜町の故元助役から驚くべき高額の金品を受領していた事実を明らかにした。受領者20名のうち二人の受領額はそれぞれ1億円を超える。会見で、私は元助役の性格の特異性を挙げている点が気になった。「暴言や恫喝で金品の拒否や返却が難しかった」と語ったのだ。「死人に口なし」の感を抱いた。「原発マネー還流疑惑」の声が高くなっている。提供されたものは、現金、小判、金貨、スーツの仕立券などが挙げられている。原発に関して最小限の理念を信じていた人々は次元の低い週刊誌的レベルの事実に怒りと驚きを感じているだろう。これらの資金の提供元の建設会社は膨大な原発関連事業を受注していた。

◇この事件は原発に関する国民の疑惑を一挙にふくらませるに違いない。最近東京地裁は東京電力旧経営陣3人に無罪の判決を下した。刑事事件の裁判に於いて有罪の認定は慎重でなければならないことは分かるが、それにしてもこの判決に対し「正義に反する」と感じた人は多かった筈だ。担当する裁判官によって結論が異なってしまうことは許されないと素朴な感情を抱いてしまう。この事件が東京地裁判決の前に出たら判決に影響を与えたのではないかという声が私の周辺から聞こえた。なお、この判決に対しては「著しく正義に反する」として控訴がなされた。

◇前記の原発マネー還流疑惑とは「電気料金を原資とする工事費の一部が経営陣らに還流していたのではないか」という疑いである。信じたくないが、今回の事件はこの疑惑を深めることになった。原発マネーの闇は深まった。噂は他の原発でも指摘されているから、今回の事件はそれらに波及するだろう。地元の「吉田開発」のこれからの動向には大いに興味が湧く。

◇福島原発の過酷な事故は発生以来8年半が経過したが未だ「終息」しない。私は独立検証委員会の調査検証報告書を読んだが、そこでの痛烈な指摘「人災だ」を今改めてリアルに受け止めている。終息はしないが人々の胸中の衝撃度は薄れていく。最大の教訓として生かさねばならない。

◇今日、栗生楽泉園に向かう。11月5日の「人権の碑」除幕式の準備で業者と現場で打合せをする。途中、八ツ場の試験湛水の状況も見たい。それは歴史の歯車の動く姿である。(読者に感謝)

 

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2019年10月 3日 (木)

人生意気に感ず「八ツ場ダム満水に思う。遺伝子治療で甦る群大」

◇八ツ場ダムの試験湛水が始まった。その遠景は緑の海の中に忽然と巨大な要塞が姿を現したように見える。計画発表から67年が経過した。計画の発端は昭和22年のキャスリン台風であった。未曾有の大雨は赤城山麓に集中したが雨の降り方が吾妻川流域であったならダムがないことから大変なことになるだろうということであった。計画が発表されると大きな反対運動が起き、以後大変な紆余曲折を経た。それを乗り越えてやっと着手の段階に至ったら民主党政権の下で計画中止が発表される。吾妻渓谷に着手された巨大な橋脚は宙に浮く十字架のように哀れな姿をさらした。

◇キャスリン台風の時、私は旧宮城村の小学校一年生だった。登校時、通学路の二つの川は濁流が逆巻き恐ろしい光景だった。学校は早く終わり私はこれらの川を逃げるように走ったが、その後間もなく橋は落ちたのである。

 この台風のことは八ツ場ダムを考える上で私の原点になった。私は県会議員として、群馬県八ツ場ダム推進議員連盟会長を勤めた。県議会は推進派、反対派の攻防の場となった。八ツ場ダムの目的は洪水対策だけではない。一都六県の治水と利水がかかっている。下流大都市の水瓶の意義は大きい。最近の異常気象はこのダムの存在価値を増している。想定外のゲリラ豪雨がどこでも襲う時代になったからだ。

◇3~4ヶ月後に水が満ちた時、ダムを中心とした光景は一変するだろう。私は草津の栗生楽泉園に関する事で頻繁にダムの現場を通る。新しい観光名所を想像するのは楽しいが同時に私は白根や浅間の火山の動きを不気味に思う。天明の大噴火から236年が過ぎた。長く続いている沈黙は何を意味するのか。群馬は災害のない県として安全神話が支配しているが歴史を振り返れば決してそうではない。浅間が目を覚ます時は意外に早いかも知れないのだ。

◇群大医学部が最先端の遺伝子治療の国内初拠点を設置したことに私は大いに注目する。この拠点は「ウィルスベクター開発研究センター」。ウィルスベクターは遺伝子処理をしたウィルスで、病気の遺伝子を正常化させる。白血病や神経疾患などの難病治療に有効だという。センター長は「世界最先端の成果を生む」と語る。私が注目する点は最悪の不祥事で沈み込んだ同大が甦った姿である。重粒子線治療と共に群馬県の医を支える砦としての復活を期待する。(読者に感謝)

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2019年10月 2日 (水)

人生意気に感ず「消費税10年の歴史的意味。建国70年の中国。人権の碑の意味は」

◇遂に消費税が10%になり、日本中がごった返している感である。スーパーなどで日用品を大量に買う人の群は爆買いを思わせる。一時中国人の爆買いが話題になったが似ている現象ではないか。オイルショックの時トイレットペーパーの爆買いに人々が押し寄せたが、その時も今回も多分に群衆心理が働いているに違いない。

◇今、世界の若者が自分たちの未来に危機を感じて動き出した。消費税問題も若者の未来に強く関わる一面を持つ。日本は空前の高齢少子社会を迎えている。求められるのは空前の社会保障費でそれを支えるのは税である。現在の日本は財源不足で借金(国債)に頼っている。国の借金は1,000兆円を超える。借金は返済しなければならない。このまま借金が増え続ければ、そのツケは将来の若者の負担になる。だから、財政の健全化のために公平性と安定性に優れる消費税の増税は止むを得ない。

 問題は政治不信にある。経済的な格差が広がり貧困層が増えているのに税の運用を任せる国は怪しいという国民の思いがある。増税した政府は選挙で破れるのがこれまで常の事であった。しかし安倍政権は違うような気がする。消費税は国家百年の計の一環である。安倍政権の執念となっている憲法改正も百年の計の一つである。消費税で失敗すれば憲法改正も水泡に帰すに違いない。

◇世界の目が天安門広場に注がれている。度胆を抜く軍事パレードである。広場を行進する大陸間弾道ミサイルはアメリカ全土に達すると言われる。正にアメリカに対して中国の覇権を主張する姿である。報道は天安門上の毛沢東の叫びを伝えている。1949年10月1日、毛沢東はここで中華人民共和国の成立を宣言した。あれから70年、中国の変化は凄まじい。自転車の海は車の洪水に変じ、世界の最貧国は高層ビルが天を覆い国民は爆買いに日本へ押し寄せるに至った。習近平はかつての毛沢東を思わせる。中国はどこへ向かうのか。その動向は世界を変え日本も変える。

◇草津、栗生楽泉園の「人権の碑」の除幕式が迫る。11月15日である。家族訴訟で勝訴が確定、その家族の範囲が決まりつつある。甥、姪、孫も対象の方向である。「人権の碑」はこの流れに連動しその先頭に立っている。私たちはこのことを強く意識して碑文を刻んだ。その中心は「人権のふるさと」とすることである。ハンセン病を超えて進まねばならない。(読者に感謝)

 

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2019年10月 1日 (火)

人生意気に感ず「ワールドラグビーの目を見張る動き。若者たちの凄さ。香港及び気候マーチ」

◇優勝候補のアイルランドを下した。格闘技のような巨体のぶつかり合いに私は唸った。日本中が歓喜の渦に包まれている。ここまで来るのに大変な試練の道があったに違いない。体と身体のぶつかり合いという点ではサッカーの比ではない。この勝利の裏には大変なドラマがあったに違いない。試合を見ながら私はそう思った。体力とは肉体だけではない。精神も体力の重要な一部である。また技術もその要素に入るに違いない。世界一の体力づくりを目指したというが、それはこの意味の総合的体力のことであろう。選手たちは試合の日、どのような心境で臨んだのであろうか。

 試合当日の朝、指揮官は選手に語ったという。

「誰も勝てるとは信じていない。しかし俺たちがやってきたことは誰も知らないのだ。自分たちを信じて戦おうではないか」

 戦いに於いて勝敗を決める重要な要素の一つは志気である。志気といえばサムライである。日本の精神文化を象徴する武士道は、昨今消えうせた感がある。武士道の本質は守るべき価値であるが戦争を否定する平和憲法と調和せねばならない。今日の道徳の中で生かすべきであるが、闘争的場面ではスポーツである0。ラグビー選手の心にも武士道の志気が燃えていたと思いたい。連勝をどこまで伸ばせるか、元気のない日本人の精神に喝が入ることを期待する。

◇今の世界の大きな歴史的特徴は香港のデモ及び現在全国で展開されている温暖化対策を求める動きである。香港の動きは民主主義の危機を訴える若者たちの姿であり、天安門事件で強権を発動した超大国中国が手をこまねいている。私は地球環境で動き出した世界の空気が無関係ではないと思う。

 若者を中心として世界各地で動いている「グローバル気候マーチ」は27日、驚くべき規模になった。スウェーデンの少女グレタさんが火付け役となった動きである。イタリア、ギリシャ、オランダ、スイス、フィンランドなどのヨーロッパ各国、そして南米でもチリやアルゼンチン等の国々で学生たちが立ち上がっている。彼らは自分たちの未来に直接関わることとして温暖化に危機感を抱いている。私はこの動きは一時的なものでなく永続すると思う。一方で世界には偏狭なナショナリズムが台頭している。ナショナリズムは連帯が出来ない。若者の動きはそれを突き破って連帯する本質を有している。(読者に感謝)

 

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